オープニング

 ロストレイル号がロンドンのキングス・クロス駅に入線した。
 早朝始発が動き出す直前の静まった駅の0番線。
 冷たい風が吹いた。
 キングス・クロス駅は1852年、ヴィクトリア時代、第1回ロンドン万国博覧会の翌年に開業した。王配アルバートは健在で第7子アーサーまでが生まれていた。ヴィクトリア女王の幸福であった時代と言える。
 大英帝国の全盛の時代、キングス・クロス駅からは世界のどこへでも行けると言われていた。船に乗らなければどこにも行けない島国ならではのウィットとも取れるが、スコットランドとイングランドを結ぶ東海岸本線は連合王国の有機的結合を象徴するとも言える。
 11本あるプラットホームは巨大な駅舎にすっぽり収まっていて、屋を支える巨大なアーチが印象的だ。天井はガラス張りになっていて月が見えた。
 100年前からそこにある石組は所々剥がれており、空いたところを支えるように金属骨格が覗いている。
 続く駅舎は……5階建てだろうか……。プラットホームからこれまた錆びた外階段が昇っていた。
 一行は、階段を見上げつつ、駅舎から外へと消えていった。
 司書に先導されて、奇妙奇天烈なロストナンバーの集団。
 観光であった。

「やぁ、やぁ、イギリスが初めての人はどんくらいいるのかなぁ。ロストレイルに乗ればタダで世界観光が出来るからいいよね」
「ミスタ・トビタ、何回目かが油断してスリに遭いやすいのよ。ソーホーやウーリッジでは気をつけることね。まぁ、修羅場を何度もくぐり抜けたあなたなら大丈夫かもね」
 メアリベルがアリオに注意する。
 キングス・クロス駅の隣はコンコースを挟んでセント・パンクラス駅がある。セント・パンクラス駅にはユーロスターが乗り入れており、こちらは本当に世界に向けて出発することが出来る。
 もっとも、ユーロトンネルが開通したのは英国が斜陽の帝国と堕してから80年も経ってからであった。
 このセント・パンクラス駅からワンブロック進むと大英図書館である。
 そして両駅の間には地下鉄駅、キングス・クロス・セント・パンクラス駅がある。6路線が走っており、ここからロンドンのどこへでも行ける。
 そろそろ、始発が動き出す頃合いだ。
 ぽつぽつと駅員が準備を始めている。
 ロストナンバー達は、それぞれ一人で、あるいは連れ立って目的地へと向かっていく。
 大英帝国の輝かしい歴史は数多くの史跡、観光名所を残した。
 例えば、メンタピはパブを探しに出かけた。ゲームセンターに利用できるものがないか探したいようである。イギリスと言えばパブで、パブと言えばエールとフィッシュ&チップスである。このChipsがいわゆるポテトフライであることはよく知られている。そこでポテトチップスをなんというかと言えばCrispsである。
 茶缶はプラットホームに置き去りにされていた。爆発物でないかと怪しむ乗客がいたが、通報を待つ間に消え去っていた。盗まれたようである。
 時間はたっぷりある。
 年末休暇の間、ロストレイル号は一週間ほどキングス・クロス駅に居座るつもりだ。


 緯度の高いロンドンの冬ではなかなか日が昇らない。暗いうちから朝早い労働者で地下鉄は一杯になる。
「どこ行こうか? メアリベルちゃん。観光って言ってもおれ、楽しみ方がよくわからないんだよね」
「シャーロックホームズ博物館や蝋人形館、お楽しみ!」
「有名なのは大英博物館だっけ?」
「とってもおっきい百貨店や植物園もあるんだよね?」
「世界で一番古いおもちゃ屋もあるんだって」
 アリオがメアリベル(の外見年齢)にあわせた提案をするがどこ吹く風。
「ビッグベンがリンゴン鳴らす鐘を聞いて、トラファルガー広場で踊りましょ!」
「何日もあるから焦らないでね」
 アリオは彼女のテンションにちょっと引き気味である。

 むべなるかな。
 英国は、メアリベルにとってはマザーグース発祥の地。
 ファミリーが生まれたのもここ。
 そして、ウェストミンスター寺院をめぐって闘ったロストナンバーも大勢いる。


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●特別ルール
この世界に対して「帰属の兆候」があらわれている人は、このパーティシナリオをもって帰属することが可能です。希望する場合はプレイングに【帰属する】と記入して下さい(【 】も必要です)。
帰属するとどうなるかなどは、企画シナリオのプラン「帰属への道」を参考にして下さい。なお、状況により帰属できない場合もあります。
http://tsukumogami.net/rasen/plan/plan10.html

!注意!
パーティシナリオでは、プレイング内容によっては描写がごくわずかになるか、ノベルに登場できない場合があります。ご参加の方はあらかじめご了承のうえ、趣旨に沿ったプレイングをお願いします。

品目パーティシナリオ 管理番号3126
クリエイター高幡信(wasw7476)
クリエイターコメント 「You have great queen's accent」と(お世辞でしょうが)ほめられたことのある高幡です。間違いが無いように崩さないようにしゃべるとそう聞こえるようです。
 異世界コンシェルジュが年越し便になだれ込んでしまったようです。メアリベルさんありがとうございます。
 よく考えたら、英国ネタは一本も書いていなかったような気がします。
 ですので、最後ですので皆様には英国で遊んでいただきたいと思います。
 特別なイベントは用意していませんが、年末から新年にかけて適当に観光できます。
 観光名所に行ってもいいですし、ホタルや公園でのんびりのもオツな楽しみ方です。日数がありますのでロンドンの外に出てもOKです。
 NPCとしてはアリオ、茶缶、メンタピがぷらぷらついてきています。からみたい人はどうぞ。
 アリオは前にも来たことあるようで案内役を買って出ています。あんまり当てにならなそうですが。
 茶缶は……。新型MacProと間違えられて盗難されたようです。
 メンタピはゲームセンター【メン☆タピ】で出すための料理を探しに行くようです。
 ロンドンと言えば、友達がピカデリーサーカスのゲーセンで、飛び込みアッパー昇竜拳→ピヨ→飛び込みアッパー昇竜拳だしたら、ギャラリーがぽかーんとした後、リアルファイトになったのを思い出します。
 なお、私が最後に英国を訪れてから10年以上が経過していますので、細かい描写に齟齬が出ることは了承いただきたいと思います。地下鉄名物の木製エスカレーターももうほとんど残っていないようですし、少々さみしく感じます。
 そうですね。
 ロンドンにはロンドン駅はないと言う謎と……。
 紅茶とイギリス料理には一家言ありますので食いついていただけるといいかもしれません。

 タイトルはUKロックバンドのMotörheadより。キャッチコピーはU2から。

参加者
ヴァージニア・劉(csfr8065)ツーリスト 男 25歳 ギャング
メアリベル(ctbv7210)ツーリスト 女 7歳 殺人鬼/グース・ハンプス
メルヴィン・グローヴナー(ceph2284)コンダクター 男 63歳 高利貸し
ジョヴァンニ・コルレオーネ(ctnc6517)コンダクター 男 73歳 ご隠居
ティリクティア(curp9866)ツーリスト 女 10歳 巫女姫
幽太郎・AHI/MD-01P(ccrp7008)ツーリスト その他 1歳 偵察ロボット試作機
ヘルウェンディ・ブルックリン(cxsh5984)コンダクター 女 15歳 家出娘/自警団
ファルファレロ・ロッソ(cntx1799)コンダクター 男 27歳 マフィア
カーサー・アストゥリカ(cufw8780)コンダクター 男 19歳 教師
オゾ・ウトウ(crce4304)ツーリスト 男 27歳 元メンテナンス作業員
燎也・オーウェン(cxzh3286)ツーリスト 男 25歳 万ハンター&パブ店主
ニコル・メイブ(cpwz8944)ツーリスト 女 16歳 ただの花嫁(元賞金稼ぎ)
村崎 神無(cwfx8355)ツーリスト 女 19歳 世界園丁の右腕
坂上 健(czzp3547)コンダクター 男 18歳 覚醒時:武器ヲタク高校生、現在:警察官
ミルカ・アハティアラ(cefr6795)ツーリスト 女 12歳 サンタクロースの弟子

ノベル

 ロンドン市内には朝靄が漂っている。
 大西洋から運ばれてくるしけった空気はブリテン島を覆い、日が昇るのを街をダウナーな気分で包んでいた。
 もう少しすればホワイトカラーが続々と出勤し始めるだろう。今は早番の労働階級と移民達がちらほらと見られるだけだ。
 ジョヴァンニも懐かしそうな表情を見せた。
 その脇をすり抜け、坂上健とミルカはアリオにからみながら観光に向かって走って行った。不敵な笑みを浮かべてメアリベルが追いかける。アリオは手斧を持ったハンターには気付いていないようだ。


  †


 幽太郎がロストレイル号に戻ってきた。手には、オヤツ代わりに買ってきたジッポオイルを持っている。
 そして、員数整理をしていたはずの茶缶がいないことに気がついた。
「宇治喜撰、何処二行ッチャッタノ……。待ッテテッテ言ッタノニ……」
 二人は(電子的主観で)カップルになったばかりである。
 それでも宇治喜撰はマイペースを崩そうとしない。
「どうしたの?」
 ティリクリアが幽太郎の顔を覗いている。
「アノ、アノッ」
 幽太郎はいつも泣いている。
「幽太郎が困っていることは予知できたんだけど、理由は言ってくれないとわからないわ」
「茶缶ガ……」
「久しぶりだな。ここに戻ってくるのは何年ぶりか分からないよ。さて、宇治喜撰なら先程、ゴミと一緒に運ばれていったよ」
「エッ!?」
 メルヴィンはステップで一瞬止まり、そしてロストレイルから降りてきた。
「あるいは、盗まれたのかも知れない」
「エッー!?」
 頭を垂れて途方に暮れる幽太郎。ティリクリアは背伸びをして撫でてあげた。
「折角のカノジョ……じゃなくてカレシ……だっけ……から目を離すからよ。仕方が無いわね。私が手伝ってあげるわ」
 う~ん、眉を寄せ唸る。
「視えたわ! なんか売りに出されるみたいよ。10ポンドと交換されていた。まわりに他にもコンピュータがあったよ。……それと、Ministryと言う単語が浮かんだわ」
 どうやら、宇治喜撰は中古パソコンとして流れていく運命のようだ。
 ティリクリアに引かれて、幽太郎は涙を拭いた。
「ほら、メソメソしていないで女を上げるのよ。転売されるとややこしいわ」
「それでは、お嬢様方は僕が案内しましょう。ロンドンへようこそ」
 ロンドンでは様々な人種が見られる。メルヴィンの住んでいたニューヨークは白か黒かの極端に走りがちだ。一方、かつての帝国の首都は微妙な茶色が多い。インド、中国、シンガポールらの旧植民地からの人々に加え、中央アジア、東欧からの出稼ぎや流浪民が多いからだ。
 ロストナンバー達が紛れるには好都合である。


  †


「壱番世界は二度目ですが、街の趣は大分違いますね」
 オゾはジョヴァンニと共に朝食を取っている。
「大英博物館ならトッテナムコートロードじゃの。訪れるのは久しぶりじゃが、ゆっくり見て回るのも悪くない。あそこは何度訪れても良い」
「これは魚……の干物でしょうか?」
「ニシンの燻製。キッパーじゃ」
「塩がきついですね。それに量も多い」
 オゾはジョヴァンニが、パサパサになった燻製を何食わぬ顔をしてつつくのを、怪訝そうに見た。
 牛乳雑炊の方をすすってみると、べったりした乳脂でむせかえりそうになった。こちらは逆にまったく塩気がしない。
「これが……イギリス料理……ですか」
 卵料理はうっすら酸味が灰汁の渋みの上にのっていた。
 いつの間にかジョヴァンニは朝食を平らげ紅茶を傾けていた。
「正面の建物、あれが大英図書館。知の殿堂じゃ。儂が真理数に目覚めたのはあそこじゃ。観光客向けの開架にはどこでも手に入る古典文学しかないがの」
「あれがそれですか」
「奥で数多くの文献に目を通すうちに世界図書館の暗躍に気付いてしまっての。ここはファミリーの生まれ故郷、全てはここから始まったのじゃ」


  †


「アリオはどこに行くんだ? 俺ロンドン初めてなんだよな……アリオに着いて行くぜ」
「わたしイギリスに来るのはじめてで……よかったら、案内、お願いできますか?」
 アリオはなぜか、にこにこ顔の坂上とミルカに両腕を組まれていた。横に広がって迷惑な三人組である。
「おうよ。俺に任せてくれよ。東京も良いけど、やっぱ歴史ある街って貫禄あるよな」
 アリオ同じく、日本出身の坂上がサンタ見習いに教える。ロンドンと0世界の違いは空の色くらいのものだ。
「で、ミルカちゃんはどこに行きたいんだい?」
「世界一古いおもちゃ屋さんってどんなのでしょう?」
「なるほどね。サンタの仕事に使えそうだから?」
 ――つか、アリオはKIRINじゃなかったのか!? なんでミルカちゃんと馴れ馴れしくしているんだよ。
 Tubeに降りる階段の前には、青い自転車がたくさん並べてあった。
 坂上は場の主導権を取り戻すべく、ミルカにふってみた。
「これ、貸し自転車じゃん。乗ってみない?」
「自転車で回るのも楽しそうかも」
 ロンドンは早朝、まだ車の通りは少ない。

 ……Hamleysね。メアリ、先回りしてみようっと


  †


「暇を持て余してロンドンにきたものの……さてどうすっかな」
 ヴァージニア・劉はメンタピの一行に混ざることにした。都会でぼっち旅も味気ないと考えたからだ。
 この面子。劉に燎也・オーウェン、ファルファレロ、カーサー、それにヘルウェンディ――ブリティッシュパブに行くしかない。
 ロンドンのパブの多くは昼の11時から開店し日付が変わる前に閉店する。
 昼から飲めると言うことだ。
 開店したばかりの店に愚連隊が押し寄せてきた。
 年期の入った木の椅子に劉がドカッと腰掛け、騒々しく席に着く。
 店内は暗く調光されており、ヴィクトリア調の絨毯と家具が傷まないようにしていた。カウンターにはよれたブレザーを着た男がビール片手に新聞を読んでいる。失業者だろうか。
「ゲーセンで出す料理をさがすんだろ? 味見役引き受けてやんよ。ロンドンっていやあフィッシュ&チップスだな」
 劉はメニューを見ずに注文した。
「ねぇ、メンタピはなににするの? ゲーセンのことも考えないとね」
「ふむ。では余はこの店の伝統のソーセージとやらを注文しよう」
 ところで、イギリスでは16才を過ぎれば軽いアルコール(ビール、ワイン、リンゴ酒)はパブで飲むことが出来る。
「私、もう子供じゃないし!」
 しかし、21才未満にみえる客には身分証明書を提示する義務があった。
 カーサーはそんな彼女につきあって紅茶を注文した。
「紅茶で腹ふくれっかよ。酒だせ酒」
 ファルファレロはお構いなしにカウンターに向かい酒を注文。
 燎也もビールについては一家言ある。つまみはチップスだけを頼み、ビールで腹を膨らませることにした。
 燎也は定番のNewcastleブラウンエールを選び、ファルファレロはDark Islandダークエール。劉はFuller's Organic Honey Dew一風変わったフルーツビール。メンタピは新興BrewDogホッピーセゾンを求めた。
 近年の北米産地ビールの攻勢に負けず、この店では英国のエールしか置いていなかった。
 若い店員がハンドポンプで丁寧に一杯づつ注ぐ。
 ホッブと酵母の芳醇香りが漂う。
 笑顔に満たされる。
 が、しかし、鱈のフライは油が切れておらずしかも中まで火が通っていなかった。チップスは新聞紙にくるまれて出てきて、インクが芋にうつっている。ソーセージは混ぜ物のパンが多すぎてスカスカ。ゆででいるときに油とうまみが逃げてしまったのだろう。
 味付けはされておらず、調味料はセルフサービス。麦芽酢、塩のみだ。
「結構イケる」
 劉はつぶやいた。

 三件目の店になった頃にはすっかりできあがっていた。
 飲んでいないはずのヘルウェンディも酒精に当てられたのか、ほんのり上気してカーサーにもたれかかっていた。
「ダーツあるじゃん。お義父さん……ダーツ勝負!」
「あぁ!? カーサーてめぇ俺に勝てると思ってん? 負けた奴は……そうだな、一発女装して男をひっかけてくるってなァどうだ」
「カカカ、狂酔の沙汰ほど面白い」
「何言ってんだ、てめぇもやるんだよ。メンタピ」
 通常なら自ら出るはずのメンタピ、ふと思うところがあったか、代打ちとして劉を指名した。そして、そのままスタウトを注文する。どうやら、燎也とエールを品評するとの方を優先したいようだ。
「カーサー、絶対勝ってね! 一等とったらイイことしてあ・げ・る……」


  †


 おもちゃ屋Hamleysは1760年、ヴィクトリア時代より一世紀前に既に開業していた。老舗の中の老舗である。
 外見は7階建ての伝統ある建築でまるでデパートのようにみえるが、売り物はおもちゃだけだ。
「はぁぁっ!」
 ミルカは広いフロアに並ぶ大きなぬいぐるみや遊具に驚嘆の声を挙げた。エスカレーターから覗く上の階にはもっともっとたくさんの(そして、ミルカが運べる程度の大きさの)おもちゃが並べられているだろう。
 だが、登ってみるとそこは首の取れたぬいぐるみが飛び交い、子供達が残酷な歌を歌っている空間だった。
 ミルカは思わず卒倒しそうになり、坂上が慌てて彼女を担いで回れ右した。そして、アリオはそのままぬいぐるみ達に捕まっておもちゃの断頭台に連れて行かれた。
「もちろん、処刑人はメアリよ」


  †


「広いですね」
「うむ。一日ではまわれん。何回も来るのじゃ」
 オゾは竜のようなものが描かれたレリーフの前で、立ち止まった。バビロンのウシュムガルと説明書きがある。
 大英博物館である。
「ほぅ、壱番世界にもこのような怪物はいるのですね」
「はたして、神話の時代にはいたのかもしれないのう」
 オゾのような世界の出身の者から見れば、どこまでが壱番世界の創造の産物なのかは判断が難しい。
 先程も、エジプトのミイラを新巻鮭のようなモノと勘違いしたりしていた。
 それをジョヴァンニは微笑みを浮かべながら見守っていた。ジョヴァンニにも想像力豊かな少年時代があったのかも知れない。


  †


 そのころ、茶缶を探す幽太郎と、保護者達はトッテナムコートロードの電気街に来ていた。
 ティリクティアは中古PCショップから出てきて首を振った。Ministryのつく店も見当たらない。
「視えたのはもっとピコピコして暗い雰囲気だったわ」
 メルヴィンは休息を提案した。
 すると、道の向こうからジョヴァンニとオゾの二人組がやってきた。電気街はちょうど大英博物館の横手にあるのだ。
「みなさん、ちょうどYe Olde Cheshire Cheeseへこの若者達を案内しようと思っていたところなのだが、腹具合はどうかね」
「?」
「ほほう、それは素晴らしい。……オゾ君もどうかね」
 メルヴィンは傘を持った手を掲げ、タクシーを止めると、一行に乗るようにうながした。
 テムズ川から一本入ったストラントに並んでいるYe Olde Cheshire Cheeseは、16世紀から営業しているパブだ。とは言え、格式が高いと言うこともなく、売春宿として営業していた時代もあるという。
 有名になったのは近くに新聞社が多く、カストリ書き達がたむろっていたからだ。
「メルヴィンさんでもパブリックに行くことはあるのじゃの」
「いやいや、ジョヴァンニさん。私のような者は社交界には向かない。却ってこういったところの方がくつろげる。それに、ここの料理は絶品だ」
 メルヴィンは自分用にフィッシュ&チップス、そして、みなのためにラムチョップ、ミートパイそしてベイクドビーンズを注文した。
 それらにはヨークシャープディングとマッシュポテト、それからマッシュルームが添えてあった。
「この味も本当に変わらないな」
「懐かしく感じられる場所がこれからも残りつづける信じられるのはありがたいのう」
 ジョヴァンニの相打ちにメルヴィンは、かの賢者のような顔をしてみせながら全員に尋ねた。
 「変わらないのはいいことだと思う? それともいいことだと思うかな?」
 オゾは尋ねる。
「イギリス料理と言えば、ゼリー・イール、キドニー・パイ、スコーン、ショウガパンマン……と聞きました」
「普通に食されるのはミートパイじゃの。冷蔵庫から出して冷たいまま食べるのが、イギリスらしい。それから……このベイクドビーンズ。缶詰の豆とケチャップをグラタン皿に出して粉チーズをかけてオーブンに入れるだけ。二口目でうんざりすること間違いなしじゃ」
「これはおいしく感じますが」
「焦がしタマネギと刻みベーコンが入っているわ。それにケチャップじゃ無くてちゃんとトマト使っているの」
「なるほど」


  †


「劉子ちゃんって呼べばいいんかな」
 結局、ダーツで買ったのはカーサーだった。
 ――チェスとは違って頭より技術が大切だからな。だから練習してきた!
 更に言えば、彼女につきあう名目で酒を入れていないのが勝敗を分けた。
「ウェンディのキュートな応援があったからだぜ!」
 では、ファルファレロが劉に辛勝できた理由とは。
「カカカ。負けたい……理由がある奴は負ける。勝負の必然よ」
 そう言いながらメンタピは燎也とパイントを空け続けている。
「ケルトの遺跡とか行ってみたいんですよ。あと、魔女博物館とか」
「よいだろう。ロンドンから出ればメシは格段にうまくなるはずよ」
 結局、劉が着替えから戻ってきた頃には、メンタピと燎也は揃って姿を消していた。
「ヒュー! やるじゃねーか。別嬪さんよ」
 なにかのスイッチが入ったのか劉の女装は本気度が高かった。しかも、すでに男を釣れてしまっている。
「おう、にいちゃん。
「なに君は彼に無理矢理やらされているのか?」
「どうよ彼女。一晩、百ポンドで天国にいけるぜ」
「ちょっとパパ、やり過ぎたら警察に通報するからね」
「既に手遅れだ。私が警官だ。そして売春斡旋は犯罪だ」
「やべっ逃げるぞ」
 店から逃げ出そうとするファルファレロ。
「いい気味。ちょっとは頭冷やしなさい」
 しかし、男女平等の現在。ヘルウェンディも一味と見なされるのは明白であった。


  †


 ニコル・メイブと村崎神無はロンドン塔に来ていた。
 0世界のホワイトタワーのモデルとも言われる著名な牢獄である。
 観光客を迎えるワタリガラスにニコルは手を振った。カラスたちは我関せずと顔を横に向けた。
 ――レイヴン……飼われてるのが残念
 そして、傍らの神無に振り返った。
 神無はどこか遠い表情をしていた。
 そのまま、切符を買い、ホンモノの『ホワイトタワー』に足を踏み入れる。塔というよりは城と言った趣だ。
「ここは牢獄だったのね。私も……本当はこういう所に入るべきなのに……」
「カンナ……また暗くなってる?」
「……ごめんなさい。観光に来たのに」
 伝統衣装に身を包んだ係員が、陽気に拷問用具の解説をしている。ときおり、笑いがおこる。
「ここってさ、他人が決めた罪を裁くとこだったんでしょ。ならカンナみたいな奴には似合わないよ。忘れろ、なんて無責任な事言えないけど遊ぶ時ぐらい楽にしなってね」
 そう、ほほえみかけた。神無はぎこちない笑顔を返す。
 博物室を抜けるとチャペルがあった。
 十字架はそっけない。聖公会の様式だ。
 夕日が射し、白石を積み上げた礼拝堂をほんのり橙々に染め上げる。
 一人の老人が祈っていた。
 自らの罪を神の前に告白する時間だ。
 神無は無言ですすみ、ぬかずいていた。
 ニコルは肩をすくめ、じっと待つことにした。
 老人はいつの間にかいなくなっていた。


  †


 パブを出た幽太郎と一行は、少し歩いた。
 宇治喜撰は依然として行方不明のままだ。
 陽がロンドン橋からテムズ川に沈み。国際都市は夜の街へと変貌する。
 ティリクティアが予知したのは、よりテクノでアングラな空間であり。それによく考えたら日は暮れていた。
 だとしたら、クラブハウスとかそっち系の店の方が良いかも知れない。

 ――Ministry (省庁、大臣、牧師)

 該当するものが多すぎる。
 ロンドン橋にさしかかったところで見知った一行と鉢合わせた。
 メアリベルがスキップしながら、マザーグースを口ずさみ。ミルカも合わせて歌っている。
 更に、飲んだくれの一団までもが走ってきた。警察に追われているようだ。
「Ministryッテ警察ノ事!?」
「彼らはなにかやらかしたようですね」
「本当はこんな事に使うんじゃ無いんですけど」
 ミルカがため息をつくとロストナンバー達は橋の上からかき消えた。


  †


「すっきりしたか?」
「うん」
 城壁からはテムズ川に栄える街が広がってみえる。
 二人は、夕日に沈むロンドン橋を見下ろしていた。
「あれ? あいつらじゃない?」
 すると、一行はメアリベルを残して煙のように消え失せ。手斧を振りかざした少女を前に、残された警官達が右往左往している。
「やらかしやがった」
 ――くすっ
「あっカンナ。笑った。今、笑ったね」


  †


「それってMinistry of Soundじゃねーの?」
 女装したままの劉が言う。
「有名なクラブがあるのよ。DJが音楽流し続ける方のクラブね。おのぼりさん向けらしいんだけど、世界中に支店があるしよ。大御所もよく皿を回しているって言うんだ」
 茶缶がいてもおかしくない場所である。
 行ってみれば、店に入りきれない観光客と、観光客向けにタバコとマリファナをやりとりする若者がたむろっていた。
 危険を感じたか、カーサーがヘルウェンディの肩をさっと抱いた。
「ちょっとそこのアツいカップルさん。占っていかないかい?」
「わたし達のこと!?」
「よし、二人でこの幸運判定マシーンに手を置くんだ」
 ミラーボールのようにドレスアップされた筒があった。言われるままに手を置く二人。
 ぴろぴろっと気の抜けた電子音がすると、一切れのおみくじが筒から吐き出された。
「あれっこれって??」
 占い師がみえない壁に押されるようにはじき飛ばされた。そして占いマシーンが宙に浮く。
『僕ノ彼ヲ返シテー!!』
 光学迷彩された幽太郎が、茶缶を取り戻した瞬間であった。恋占い装置として使われていたのである。
「くだらねぇ。次、飲み行くぞ(ファルファレロ)」
「口直しに美味いエールを出すパブにいきてえな(劉)」
「アリオだって書類上は成人しただろうが。大丈夫、飲める飲めるパブ入ろうぜ(坂上)」
 感動の再会を無視しして酔っぱらい達はそのまま去る。占い師はへたり込んだままだ。


 そして、ヘルウェンディとカーサーはそっと手の中に残されたおみくじを開いた。


 ~~ 大吉 永遠の愛となるでしょー ~~

クリエイターコメント フォーチュン・クッキーって日本人が発明したんですね。初めて知りました。

 さて、お待たせしました。
 イベントシナリオ群が発表された時はあまりのOP数に衝撃を受けたわけですが、15名様のご参加ありがとうございました。人数が少なめだから、個々人の描写に多めに字数を避けると思っていたのが運の尽き、やはり2000字ほどオーバーしました。2割以上削るのは今回が初めてかと思うのですが、なかなか骨でした。そのためにせわしないところが出来てしまい申し訳なく思います。

 それでは、私のノベルも預かっている内緒の一本と、最後のエピローグシナリオのみとなりました。
 後もう少しですが、おつきあいいただければと思います。
公開日時2014-02-03(月) 22:10

 

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