あたためましょう、このたまご。 たいようのくれたあたたかい、このたまご。 たくさんたくさんおはなしきいて、たくさんたくさんおもいをうけて。 さてさてなにが、うまれるのかな? *-*-*「ねぇみんな、不思議なたまごの話、しってる?」 ターミナルの一室。世界司書の紫上緋穂が好んで使うこの一室に入ると、彼女は元気いっぱいに口を開いた。目の前の机に置かれたバスケットの中には、白と赤茶のたまごがいっぱい入っている。「モフトピアで不思議なたまごがいっぱい見つかったんだって! アニモフ達も頑張っているみたいなんだけど、孵すのが結構大変みたいなんだ。だから調査がてらたまごを孵しに行ってきてくれないかな?」「そのたまごって、何のたまごなの?」 ロストナンバーの尤もな問いに、だが緋穂は首を傾げた。「それがねー、『太陽のたまご』ってアニモフ達は呼んでるんだけど、何が生まれるかわからないんだ」「「「……ぇ」」」「ああ、そういう意味じゃなくて!」 ロストナンバー達の声と表情に言いたいことを悟ったのか、緋穂は慌てて訂正をする。「生まれるのは生き物に限らないんだよ。『物』とか『植物』とかも生まれるの。ただし」 孵化のさせ方がちょっと特殊だと緋穂は続けた。 太陽の玉子は高さ20cmほどの白いたまごだ。これを一人1つずつ持ち、二人一組になる。たまごは抱くなり膝の上に載せるなりして自分の体温を伝えられるように持つ。「なんで二人一組?」「それはね、自分が孵すのは相手が持っているたまごだからだよ」「???」 問うたロストナンバー、緋穂の言葉の真意がよくわからない。 聞けば、ただ温めるだけではたまごは孵らないという。相手の持っているたまごに対して『気持ち』を注がねばならないということだ。 例えば自分の生い立ち。例えば自分の過去。例えば自分の冒険譚。例えば自分の大好きな人のこと――そんな、気持ちのこもった話を聴かせることでたまごはだんだんと色づいていく。 また、歌や詩などでもたまごに気持ちは伝わる。 暖かさと気持ち、ふたつが揃った時、たまごは色を決めて、そして孵化するのだ。「自分の抱いているものには相手が気持ちを込める。相手が抱いているものには自分が気持を込める。そうやって孵化させるんだって。一人でやっても、三人以上でやってもだめ。どうしても二人でじゃないと孵化しない不思議なたまごなんだ」 必然的にペアを組む相手にも自分の話を聞かれることになる。だからこの人になら聞かせても良いと思う話を選ぶのが自然だろう。「たまごはたくさんあるから、何組かに調査に行ってもらうことになるけど、とりあえず今回は一組にお願いするよ」 はい、と緋穂はモフトピア行きのチケットを二枚出して。「もしも孵ったものが持ち帰りできるものならば、持って帰っても構わないよ」 と付け加えた。======※このシナリオは、ナラゴニア襲来以前の出来事として扱います。======
モフトピアの駅に降り立つと、待ってましたとばかりにアニモフ達がノラ・グースとメアリベルを取り囲んだ。どの瞳もキラキラと好奇心に満ちている。 「旅人さん、旅人さん。たまご温めにきたの?」 「いまね、面白いたまごがあるんだよ!」 アニモフ達は二人の返事も待たずに手をとって、引っ張っていく。 「メアリ達もそのたまご、孵しに来たんだよ!」 「なのですー」 かろうじてそう告げると、アニモフ達は嬉しそうにもふうっと笑顔を見せてくれた。その笑顔を見たら、メアリベルもノラもなんだか心が暖かくなるのだった。 連れられてきた浮島は、パステルピンクのふわふわな草の上に白いたまごが沢山転がっているところだった。アニモフ達は思い思いにたまごを拾い、二人一組になって談笑している。なるほど、ああやってたまごを孵し合うのかとメアリベルもノラも頷いて。 「まずはたまごを決めよう!」 「決めるのですー!」 二人はきょろきょろと草の上を眺め、転がっているたまごを物色していく。どれも白く、同じように見えるがじーっと見ていると違った表情が見える気がするから不思議だ。 (太陽のたまごさんなのですー? リーダーに尋ねてみたら、マンゴーをいただきました、うまうまなのですー。でも、この太陽のたまごさんはマンゴーとは違うみたいなのですー) ノラはたまごを物色しながら出発前の出来事を思い返す。出発前に彼が聞いた相手は、壱番世界の宮崎県の名産品と勘違いしたようだが、残念ながらマンゴーでははなくて。こっちのたまごは中身も美味しいとは限らないのだ。何が出てくるのかわからないのだから。 「……変わったたまごさんなのです?」 そんなノラが発見したのは、手足と顔のついたたまごだった。辺りにあるたまごよりちょっと大きくて、服を着ていて……。 (モフトピアの皆さんとは、とっても違う雰囲気がするのですー) それも当然、そのたまごは太陽のたまごではなく、メアリベルのつれているミスタ・ハンプなのだから。ノラがハンプを持ち上げようとすると、必然的につながれていたメアリベルの手が引っ張られる。 「きゃあっ♪ ミスタ・ノラ、可愛い猫さん♪ ミスタ・ハンプは太陽のたまごじゃないの、ごめんね♪」 「ああっ、そ、そうなのですー?」 歌うようにメアリベルが告げる。彼女はごきげんのようだ、特に気を悪くした様子はない。ノラはほっと胸をなでおろし、ぺこりと頭を下げた。 「間違えてごめんなさいなのです。えっと、ハンプさんというのですねー。妖怪さんなのです?」 メアリベルが「これに決めた!」とたまごを抱えるためにハンプの手を離した。ノラとハンプは暫くの間見つめ合って。 「御米さんの妖怪もいますし、たまごさん妖怪? ちなみにノラは猫又なのですー」 ノラがにこっと笑ってみせると、ハンプはニヤッと笑ってみせる。なんだろう、ちょっと微妙な気分。 「妖怪なのかな? ね、ミスタ・ハンプ。メアリ達はマザーグースの世界から来たんだよ」 「マザーグース……お歌の中の人なのですかー?」 「うーん、そうなんだけどそうじゃない、さあどっちかな?」 首を傾げるノラをよそに、たまごを決めたメアリはそれを抱え、ハンプの手を引っ張って草の上にちょこんと座って準備万端。 「あ、待ってくださいなのですー。ノラもたまごを決めるのですー」 きょろきょろきょろ。あたりを見回して一番、目についたたまご。ちょこちよこちょこと他のたまごを蹴らないように避けながら、ノラは少し離れたところにあったたまごを拾う。 (なんだかこのたまごさんに呼ばれた気がしたのです) 胸にたまごを抱きかかえ、ノラは転ばないようにメアリベルの近くを目指す。たどり着くとゆっくりと草に腰を下ろし、体温が伝わるように太腿の上に卵を置いた。メアリベルはたまごを胸にしっかりと抱きかかえている。 「メアリはメアリのいた世界の話をしようと思うんだ。可愛い猫さんミスタ・ノラもたまごと一緒に聞いてくれる?」 「もちろんなのですー!」 ノラが元気よく返事をすると、メアリベルは嬉しそうに笑って口を開いた。 *-*-* メアリベルが語って聴かせるのは、可哀想な小鳥たちの話。 「メアリが住んでたのはマザーグースの住人達が暮らすマーダーグースガーデン。メアリは忘れられたマザーグース。自分の箱庭がないから、他の箱庭を渡り歩いてその日暮らしの仮暮らし。唄って踊って毎日を過ごしていたわ」 メアリベルの語りはまるで唄のようで、彼女の語るその言葉自体がまるでマザーグースのよう。 その日、メアリベルはクック・ロビンの箱庭を訪れたのでした。 「そこでは毎日マザーグースの歌詞通りに可哀想なロビンが殺されていたわ。犯人は雀」 いきなりの物騒な話に、ノラの毛がざわっと波立つ。けれどもメアリベルはそんな事気が付かなかったかのように、話を続けて。 「でもメアリはずっと不思議だったの。雀はなんで駒鳥を殺したのかしら? 唄では動機が語られてないの」 Who killed Cock Robin? I, said the Sparrow, with my bow and arrow, I killed Cock Robin. 確かに、雀は自分が弓と矢羽で駒鳥を殺したと告げるのみ。動機はどこにも書かれていない。 メアリベルも駒鳥のお葬式に招待された。啜り泣いて囀り和する小鳥たちにまじって冥福を祈ったメアリベルは、そっと、雀に尋ねてみた。 『ねえ、なんで駒鳥を殺したの?』 「そしたらね……なんて言ったと思う?」 ノラには見当がつかなくて。彼はかぶりを振った。それを見てメアリベルは小さく息を吸って、そして。 『私はロビンを愛していたから殺したの』 『ロビンを独り占めしたいから』 その時の雀の口調を真似て言い放ったメアリベルの瞳は無表情で、聞いていたノラの心臓を恐怖に似た感情でドクンと跳ねさせる。 「空が晴れては曇るように、人も鳥も生きていれば心変わりするわ。雀とロビンは恋人同士。でもロビンは移りげな浮気者。お葬式に招かれた雌鳥たち全部と番っていたの」 鳩を筆頭に梟、深山鴉、雲雀、ヒワ、鳶にミソサザイの妻にツグミ――なんという事だろうか。 「雀は自分が地味で冴えない鳥だと知っていた。ロビンのハートを射止めるためには浮気な心臓に矢を撃ち込むしかなかった」 メアリベルはまるで雀が乗り移ったかのように、どこか達観したような表情で歌うように言葉を紡いでいく。ノラは背中を、すうっと何かが触れて撫で上げるのを感じた。毛がざわりと再び波立つ。 『御覧なさいな、沢山の鳥たちがロビンの死を悼んでいる』 『柩の中のロビンはそれを知る由もない。生前の彼が知るのは自分がどんなに私に愛されてたか、それだけよ』 なぜこんなことを、と瀕死のロビンは問うたかもしれない。しかしそれに答える雀の言葉はひとつ。 『あなたを愛しているからよ』 果たしてロビンはそれを正しく理解できただろうか。 愛しているから殺して自分だけのものにしたい、そこまでの気持ちが果たしてロビンにあっただろうか――ああ、愚問だ。それがあればロビンは殺されないで済んだだろうから。 多情と深愛、どちらが悪いのだろうか。 いや、どちらもきっと、つきつめれば純粋な愛の形――行き過ぎたものではあるだろうが。 「アイって怖いね。小さなロビンのハートを手に入れて、雀はきっと幸せなのよ」 「幸せ、ですかー。ノラにはちょっとその幸せはわからないのです」 「わからないならわからないままのほうが、きっといいわ」 眉根を寄せて一生懸命考えるノラを見て、メアリベルはクスリと笑って。視線をノラの抱くたまごへと移した。 「メアリのお話は気に入ったかしら?」 どんな雛が孵るか興味津々で、メアリベルはたまごを見つめる。するとノラの膝の上のたまごはぷるぷるっと小さく震えだして。 「動いているのですー」 よく見れば、色もほんのり赤く染まりだして。思ったら、急速に赤く、紅く、朱く染まっていく――。 「素敵な赤い色のたまごさん♪ メアリの髪の色とおんなじ赤い色♪」 膝をついたまま、たまごを持つノラに近寄って。メアリベルはじっとたまごを見つめる。 「真っ赤な真っ赤なたまごさん♪ あなたからは何が孵るの?」 パリッ……ピリリっ……たまごにひびが入り、その動きもだんだんと激しくなって。太腿から転げ落ちてしまわないように、ノラは慌てて卵を抱える。すると……。 パリンッ……! たまごが、砕けた。 そう、割れたというより砕けたという方がふさわしい光景だった。中が空洞のガラス玉を落とした時にパンッと弾け散るような、そんな感覚。 「ああっ……」 ノラは一瞬、自分が抱きしめたせいでたまごが割れてしまったのかと思い、強く目を閉じた。けれどもそれは思い違いで。 「ミスタ・ノラ。目を開けて」 「……わっ!」 メアリベルの優しい声に導かれて瞳を開けると、ノラの膝の上にはたまごの中から出てきたと思われるものが落ちていた。 「これは、なんなのですー?」 そっと持ち上げて、それをメアリベルの手の中に落とす。 「これ、髪飾りよ!」 ひっくり返して傾けて、ソレを確認したメアリベルが声を上げる。 よく見ればソレは、小さな心臓を模したハート型に矢羽が刺さっているというチャーム。ハート型で可愛らしいとおもいきや、血管や滴る血も描かれていて、じっと見ると少し怖いが。 「素敵! 激しい愛の証の髪飾りね!」 メアリベルはどうやら気に入ったよう。早速自分の髪につけてみて「どう?」と聞いてくるものだから、 「うん、似合っていると思うのですー」 少し怖い髪飾りだと思いつつも、ノラはそう答えるしかなかった。 *-*-* 今度はノラの番だということで、ノラはメアリベルの抱えた白いたまごと向き合う。 (何が孵るのでしょうか、ノラはわくわくなのですー) ワクワクが抑えきれずににっこりとたまごに微笑んで、ノラははっきりと口を開いた。 「ノラは旅猫なのです、リーダーと一緒にいろんな世界を旅しました」 森ばかりの世界、海ばかりの世界、大陸が浮いてて、空の中にある世界。リーダーと出会ってからもっともっと、もっともっといろいろな世界を回ったから、思い出すとキリがなくて。ちょっぴり困ってしまう。 「どの世界も素敵なので、あうあう……とても一言では語りきれないのです~」 森ばかりの世界は、木や花を初めとしたいろいろな植物、そして虫や動物達もたくさんいて。空気が綺麗で日差しが気持ちいい。自分達も植物になったように一緒に太陽を浴びたら気持ちよさそうだなと思ったりした。 海ばかりの世界はちょっぴりブルーインブルーに似ているかもしれない。でも、ブルーインブルーみたいに陸地があるわけじゃなくて、文字通り海ばかりの世界。筏に乗ってゆらゆらゆらゆら。横を泳ぐ魚たちとも友だちになれるかなと思った。 大陸が浮いていて、空の中にある世界は日差しが眩しくて。けれども夜になればきっと、手の届くところにお月様やお星様が浮かぶんだろうなと思うととてもワクワクした。 「けどどの世界へ行っても、リーダーはため息一つして通り過ぎるだけなのです。それでノラ、よく置いてかれそうになっちゃうのです……」 「どれも素敵で面白い世界みたいなのに、せっかく行った先で見学しないの?」 しょぼんとしたノラに、メアリベルが声をかける。問われたノラはこくんと頷いて。 「ノラは見学したくてきょろきょろしているから、いつも置いていかれそうになるのです。けれども長い事、いろんな世界を旅してるリーダーは世界を『見飽きてる』んだそうです」 世界群は無数にある。中には知っている世界によく似た世界もあるだろう。同時に全く知らない世界もあるだろう。けれども知れば知るほどどこか似通っていて、そして似ている似ていないなど関係なく世界を知るというこということ自体に疲れていく……。 「だから、ノラはリーダーが見たことないような、素敵なものを見つけたいのですー」 一途にリーダーを想い、彼のためにと考えるノラの可愛さ、無邪気さ。 ターミナルには色々なロストナンバー、色々なものがある。旅立てる世界にも色々なものがあるだろう。だから、本当に見たことがないものを見つけるのは至難かもしれない。けれどもノラはいつかそれを見つけて、リーダーを喜ばせたいと心から思っている。 何かを諦めたかのような、冷めたような表情を時折見せる彼。そんな彼に喜んで、笑ってもらえたら――これ以上の幸せはあるだろうか。 「うん、きっと見つかるよ!」 メアリベルが明るくそういうものだから、いつか本当に見つけるぞという気持ちが大きくなって。 「絶対見つけてみせるのですー!」 きゅっと手を握りしめて、ノラはエイエイオーと手を上げるのだった。 ピ……パリ……。 「「!?」」 と、メアリベルの腕の中でたまごが身動ぎした。同時にヒビの入る小さな音が聞こえる。メアリベルは急いでたまごに視線を向けて、ノラは駆け寄ってたまごを見つめる。 「色は、白いまんまなのですー……太陽のたまごさんから、何が孵るのでしょうか」 ちょっぴり心配げに、ノラはたまごを見つめる。すると、一瞬にしてたまごの色は黄色に。 「えっ?」 ピンクに。 水色に。 金に。 銀に。 黒に。 橙に。 紫に。 青に――ぱっぱっと一瞬ごとにたまごは色を変えて。その変化は止まらない。 「たまごさん、ど、どうしたのですー? ノラのお話、変なお話でしたかー?」 あわあわと狼狽するノラ。たまごを抱くメアリベルは最初こそ目をまん丸くしていたが、慌てるノラを見たからだろうか、幾分落ち着いたようである。 「ミスタ・ノラ、落ち着いて。きっと大丈夫だよ、何かが生まれようとしているみたいだもの!」 よく見れば、ヒビはだんだんと広がっていて。ノラが抱いていたたまごの時と同じように、何かが生まれようとしている。 ピ……パリンッ! たまごが爆ぜた。爆ぜたように割れたのだ。殻の欠片がふわふわと風に乗って散る。メアリベルの手の中に残ったのは、一本の筒だった。彼女はその筒をノラに手渡す。ノラはゆっくりとその筒を観察した。 20cmほどの長さのその筒は側面に少しでこぼこした布が張られている。その布は着物の柄によく似た柄が入っていて、見目麗しい。 筒の先は蓋がされていて、中をうかがい知ることはできない。だがひっくり返してみると、もう片方の筒の先には蓋にレンズのようなものがついていて。 「これはなんなのですー?」 覗いてみて、ノラは驚いた。その中には、見たことのある風景と、ノラの笑顔。 「ノラがいるのですー!」 驚いて手が滑って、くるりと筒が回転する。すると面白いことに見える絵も変わって。今度はノラと仲間達の笑顔がそこにはあった。 くるくる、くるくるとノラはその筒――万華鏡とでも呼んでおこうか――を回して、中の絵を見る。よく見れば、その中の光景はノラとリーダーが今まで行った世界のそれだった。リーダーが見飽きたからといって通りすぎてしまった世界。その世界でノラは、仲間達はあんなふうに笑ったところをリーダーに見せたことはないというのに。だって、すぐに行ってしまったのだから。 「あ……そういうことなのですー……」 ノラは気がついた。この筒の中の光景はリーダーの見たことのない光景。だってろくに見もせずに通りすぎてしまったのだから、その場所で楽しく笑っていたかもしれないノラや仲間達の楽しげな顔なんて見た事あるはずがなくて。 「ミスタ・ノラ?」 「確かに、リーダーの見たことのないものだったのですー」 不思議そうに首を傾げるメアリベルに、ノラは笑って答えた。 具体的な『物』ではないが、それは確かにリーダーが見たことのない『モノ』で。 (リーダーに見せたら、喜んでくれるでしょうか……) もしも自分が思っているのと同じように、リーダーが自分の笑顔を見たいと思ってくれているのならば、きっと喜んでくれるだろう。 リーダーはたくさんノラの笑顔を見てきたはずだけれど、そのどれとも違った笑顔がこの万華鏡の中には満ちている。 通りすぎてしまった時に落としてしまった、『もしも』の笑顔が。 「たまごさん、ありがとうなのですー」 ノラは万華鏡を抱きしめつつ、心がほくほく、そしてワクワクするのを感じた。 *-*-* 帰りのロストレイル。向かい合った座席に座った二人は、それぞれたまごから孵った物を見つめて、微笑んでいた。 「だめよ、ミスタ・ハンプには髪の毛がないでしょう?」 髪留めを手にしたメアリベルは、ハンプに取られないように自分の髪につけて。 「リーダー……」 ノラは早くリーダーに逢いたくて、万華鏡を見せたくて。視線を車窓から見えるディラックの空に移す。 不思議な不思議なたまごさん。 あなたは何を孵したの? 【了】
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