オープニング

「壱番世界に遊園地がある。閉鎖が決まって以降来場者への感謝をこめて一部のアトラクションを無料にしていたが、どうやらその遊園地が継続しそうだと噂で知ってね。皆でその再生を祝いに行かないかい?」
 イルファーンが期待に紅い瞳を煌めかせて誘った。
「僕も一度足を運んだが、とても楽しかった。貴重な経験ができたよ。ツーリストの皆にも遊園地の魅力を知って欲しい」
 既にヘンリーの方にも話を持ちかけ、異世界コンシェルジュ企画として動き出したのだと言う。
「気の合う友人と誘い合って回るのもいい、恋人と仲睦まじく逢瀬を楽しむのもいい、童心に返って一人はしゃぐのもいい。楽しみ方は人それぞれだ」
 思い出作りには最適な場所だと思うのだけれどね。
 軽く首を傾げて微笑むイルファーンに、思わず頷く者がいる。



「考えは決まったかね」
 白髭園長に尋ねられて、
「返事をする前に」
 経理担当は思い詰めた顔で白髭園長を見返す。
「今度無料にするアトラクション、ですが」
 一瞬口を噤んで、ついにこう言った。
「一日でいい、全てのアトラクションを無料にできませんか」
「……」
 園長は黙ったまま、事務室の窓から外を眺める。

 この遊園地には、観覧車、ジェットコースター、回転木馬、お化け屋敷、ミラーメイズ、コーヒーカップ、バイキング、ゴーカート、射的場、チェーンタワー……他に食堂、売店、花壇に囲まれた噴水がある。トイレも4カ所、休憩のためのベンチは20カ所、チケット売り場も各ブースの他に2カ所、入ってすぐのイベント会場ではキャラクター・ショーや手品、アクロバットなども見せていた。交通手段も駅から5分、バス停留所から3分と悪くない。
 だが、ここはもう閉園が決まってしまった。
 現在は、これまで当地で営業してきたお礼を込めて、残り時間を存分に楽しんでもらおうと、一日に一つ、アトラクションを無料にしている……いたのだが。

「よかろう」
「えっ」
「君の言う通り、今度は全てのアトラクションを無料にしよう」
 言い切ってから、白髭園長は微笑む。
「本当は、射的場を無料にしようと思っていたのだがね」
「本当は、ゴーカートを無料にしてほしいとお願いしようと思っていました」
 経理担当はふいと顔を背けて続ける。
「あれをどうやって楽しめばいいのか、まだわからないけど」
「久しぶりに射的をしてみるのも悪くないと思うようになったが」
 重なるように白髭園長が呟き、二人とも「え」と互いを見やる。
 白髭園長がためらった後、
「ここは不思議で素敵で訪れた人に安寧を与えてくれる場所だと、全身真っ白い、可愛らしいような何とも言えない娘さんが言ってたよ」
「ここは誰かとその人の『大事な誰か』が大切な楽しい思い出を作りに来る場所だと、届いた手紙にもありましたね」
 遊園地のあちこちを撮り、より安全に楽しめるように整えるためのヒントが添えられた写真を、経理担当は眺める。
「子ども用の衣装を準備しておいてよかったな」
 バイキングって何と聞いてくれた子どもは不思議な布を頭につけていたけれど、何と言うことなく乗せてしまったな、と園長が首を捻り、
「後はここにどうしたいか聞いて、走ってみたらどうかと胸を叩いて励ましてくれた、元気のいい女の子もいました。失敗しても全力投球だったらきっと無駄じゃない。それに一人じゃないだろう、と」
 経理担当も顔を上げ、つられたように白髭園長と二人、窓の外を眺める。
 やがて、経理担当が呟いた。
「昔……運転してた時は、ずっと一人な気がしてたんですが」
 深夜トラックで、北から南、東から西。
「明けても暮れても荷物ばかり運んで、休みの日はくたくたになって眠ってる」
 そんな日に嫌気がさして、お金を貯めて勉強して、資格を取って。
「けど、俺を雇ってくれたのは、あなただけでした、園長」
 遊園地は大好きだった。けれど来る機会なんてほとんどなくて、別れた妻子ともやってきたことがない。いつも横目で通り過ぎていた、幸せそうに笑う人々の隣を。
 自分にはきっと、楽しみも喜びも無縁なものなのだと言い聞かせて。
 疼く心を押し殺して。
 経理担当は密やかに囁く、一世一代の告白をするかのように。
「…俺こそ、この遊園地で夢を見ていた。腹一杯になるほど、幸福な夢を」
 白髭園長は静かに頷き、そっと応じた。
「君を雇ったのは、私にとって最高の決断だったよ。犯人逮捕や事件の捜査には、何の才能もなかったのだが」
 苦く笑った瞳には、それまで見たことのない苦渋の光がある。
「警察官、だったんですか…」
 呆気にとられたような経理担当に、白髭園長はくすりと笑い、軽く咳き込んだ。
「風邪ですか」
「歳は取りたくないな」
 さて、と白髭園長はゆっくりと伸びをした。
「始めようか」
 今度は全てのアトラクションを無料にする。
「はい!」
 経理担当が立ち上がる、弾けるような笑顔を隠すこともせず。


 その数日前。
 白髭園長は一つの病名を告げられた。
 余命数ヶ月。
 心残りのないように過ごされる事をお勧めします。
 医師のことばに園長は微笑んだ。
「心残りなど、何一つ、ありません」
 人生という荒海を渡り切ってきたのだ、何を悔いることがあろう。
 我が為したことは全てこの背に負うていく。
 バイキング達のように、吠えてみせよう。
「いいタイミングじゃないか」
 閉じた瞼に、遊園地を訪れた人々の笑顔が広がっている。


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!注意!
パーティシナリオでは、プレイング内容によっては描写がごくわずかになるか、ノベルに登場できない場合があります。ご参加の方はあらかじめご了承のうえ、趣旨に沿ったプレイングをお願いします。
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品目パーティシナリオ 管理番号3104
クリエイター葛城 温子(wbvv5374)
クリエイターコメント皆様に年末パティシナのお誘いに参りました。
壱番世界での異世界コンシェルジュ、ご希望下さったのはイルファーン様です。
有難く乗っからせて頂き、クリスマス〜年末の遊園地をお楽しみ頂くこととなりました。
今回の無料アトラクションはオール・アトラクションです。
どうぞお好きなものをお好きなようにお楽しみ下さい。
次回はシリーズ最後のシナリオをお届けする予定です。


では、チケットもぎりバイトとなって、皆様を御待ち致しております。

参加者
川原 撫子(cuee7619)コンダクター 女 21歳 アルバイター兼冒険者見習い?
アマリリス・リーゼンブルグ(cbfm8372)ツーリスト 女 26歳 将軍
司馬 ユキノ(ccyp7493)コンダクター 女 20歳 ヴォラース伯爵夫人
イルファーン(ccvn5011)ツーリスト 男 23歳 精霊
ニコル・メイブ(cpwz8944)ツーリスト 女 16歳 ただの花嫁(元賞金稼ぎ)
坂上 健(czzp3547)コンダクター 男 18歳 覚醒時:武器ヲタク高校生、現在:警察官
メアリベル(ctbv7210)ツーリスト 女 7歳 殺人鬼/グース・ハンプス
ファルファレロ・ロッソ(cntx1799)コンダクター 男 27歳 マフィア
吉備 サクラ(cnxm1610)コンダクター 女 18歳 服飾デザイナー志望
ニワトコ(cauv4259)ツーリスト 男 19歳 樹木/庭師
ニコ・ライニオ(cxzh6304)ツーリスト 男 20歳 ヒモ
ミルカ・アハティアラ(cefr6795)ツーリスト 女 12歳 サンタクロースの弟子
幽太郎・AHI/MD-01P(ccrp7008)ツーリスト その他 1歳 偵察ロボット試作機
ルン(cxrf9613)ツーリスト 女 20歳 バーバリアンの狩人
ユーウォン(cxtf9831)ツーリスト 男 40歳 運び屋(お届け屋)
ナウラ(cfsd8718)ツーリスト その他 17歳 正義の味方
シーアールシー ゼロ(czzf6499)ツーリスト 女 8歳 まどろむこと
ジューン(cbhx5705)ツーリスト その他 24歳 乳母
奇兵衛(cpfc1240)ツーリスト 男 48歳 紙問屋
ドルジェ(cstu8384)ツーリスト 女 18歳 東宮妃の女房
鳥貝 光一(cryc9043)コンダクター 男 16歳 高校生
ヴァージニア・劉(csfr8065)ツーリスト 男 25歳 ギャング
コンスタンツァ・キルシェ(cpcv7759)ツーリスト 女 13歳 ギャング専門掃除屋
氏家 ミチル(cdte4998)ツーリスト 女 18歳 楽団員
ルサンチマン(cspc9011)ツーリスト 女 27歳 悪魔の従者
ヘルウェンディ・ブルックリン(cxsh5984)コンダクター 女 15歳 家出娘/自警団
仁科 あかり(cedd2724)コンダクター 女 13歳 元中学生兼軋ミ屋店員
枝折 流杉(ccrm8385)ツーリスト 男 24歳 『博物館』館長
ノラ・グース(cxmv1112)ツーリスト 男 13歳 『博物館』館長代理
リヤナ・サドリ(cmyd7157)ツーリスト 男 23歳 調理師
アルウィン・ランズウィック(ccnt8867)ツーリスト 女 5歳 騎士(自称)
イェンス・カルヴィネン(cxtp4628)コンダクター 男 50歳 作家
村山 静夫(csrr3904)ツーリスト 男 36歳 ギャング

ノベル

「遊園地に来ると、童心に帰れるね。子供の頃に家族に連れてってもらったなあ」
 司馬 ユキノはゴーカートに向かい、F1の形を模した赤と白の一台に乗り込む。
「大人になってから乗るのは初めてかも」
 隣のレーンを振り向くと、川原 撫子と目が合った。
「よかったら、私と勝負しませんか? 負けませんよ!」
 リュックにジュースと弁当を詰めて参加した撫子は全制覇を目指している。なかでもゴーカートは絶対挑戦するつもりだった。機械好き運転好きの血が騒ぐ。
「ふふふっ、何人たりとも私の前を走らせません~☆」
「レディ? ゴゥッ!」
 チェッカーフラッグを振って合図したのは経理担当だ。
「やっぱり車の運転は楽しいっ!」
 ユキノは長髪を揺らせてハンドルを切る。速度は出ないが、頬に当たる風は清冽、陽射しの中を駆け抜ける。目を閉じたままでも運転できそうな集中力に酔い痴れる。
「移動速度と流れる景色のおかげで普段の自分の向こう側に居る感じがするんですぅ☆ タイムトライアルすっごく楽しいですぅ☆」
 ゴールにはコースタイムが表示中だ。最高タイムを目指して撫子もアクセルを踏み込む。お子様用でもライン取り一つで数秒がひっくり返される。
「ゴォルッ!」
 飛び込んだのはほぼ同時、互いの力量に満足して、興奮もさめやらぬまま、出口で別方向に歩き出す。
「いい雰囲気の場所なのに…閉園なんて悲しいな」
 ユキノはカメラを手に園内を回り出す。撫子は次のアトラクションへ走り出す。
「引っ越したら見納めになっちゃうかもしれないので…今日は堪能しますぅ☆」


「ゆーえんちぃー!」
 アルウィン・ランズウィックは白いミニワンピース、同色の厚めレギンスに薄茶色のショートブーツ姿で回転木馬に向かって走り出す。
「アルウィン!」
 イェンス・カルヴィネンは慌てて追いかける。振り返って笑う愛らしいアルウィンを何枚撮ったか。二人で一緒の所も撮ってもらったし。
「王様、どうぞ、のりのりにまいりましょーっ」「はいはい、遠乗り、かな?」
 二階に駆け上がり、ピンクの馬に跨がったアルウィンの姿を、イェンスはまず一枚撮り、続いて自身も紫の馬に跨がった。
「オスカー……それぞれ違うのだね」
 首に下げられた名前を読み取り、馬達をじっくり観察する。音楽とともに上下し始めた馬達にアルウィンが歓声が上げて手を振ってくる。色と光を跳ね返す鏡や飾り、馬達の瞳が笑みを含んでこちらを見返す。
『ぴかぴかの嬉しいがつまったお城だ、ゆーえんち』
 ベンチで休憩中に、アルウィンが絵を描いて園の人に贈っていたが、確かにここは、体に眠る記憶と感覚を掘り起こしていくようだ。
 回る世界に、いなくなった妻と出逢った頃の彼女、そこに寄り添う自分の姿を見る。幼少期を思い出し、死に行く果ての天界冥界の気配を見て取る。
「時を越えさせるのか」
 後で取材の申し込みをしよう。本に書こう。
 ここは、訪れる人のあらゆる瞬間が綯い合わされる空間だ。半透明の不可思議な道化師がくすくす笑いながら、見えない糸と針で人々の絆を縫い合わせていく。
「ナウラーッ!」
 馬から降りたアルウィンが駆け寄っていく先に、両手を差し上げて振り返すナウラがいる。イェンスはちらりと時計を見て、父親らしく声をかけた。
「一緒に食堂に行かないか。混み出す前にご飯にしよう」


 またここに来れたんだ。夢みたい。
 ナウラは喜びを噛み締める。とくとく弾む鼓動。胸を押さえて吐息を漏らす。
 ジェットコースターに何度も乗った。体がせり上がっていく緊張と興奮、ひゅ、と落ち始める寒気と不安、瞬きする間もなく一気に加速し空中に放り出される感覚。周囲が叫ぶのに一緒になって叫び倒すのが楽しかった。
 ちょっとふらふらして園内を歩きながら、園長に会えるだろうかと探した。温かさがお父さんみたいだった。彼の家族が彼の想いを分かっていてほしいと密かに願う。だって『お父さん有り難う。大好き』そう呟く声が大気に満ちている気がする。
 その声が彼にも聴こえるといいのに。
 回転木馬に目を奪われていると、アルウィン達に食事に誘われた。家族みたいにわいわいと食堂に入る。
「アルウィンお子様だんちー!」「お子様ランチだね。ナウラは?」
「オ、オムライス食べたい」
 優しく聞かれて訴える。運ばれてきた熱々のオムライスと旗のたったお子様ランチに、おおおおっとアルウィンが目を丸くした。イェンスは『回転木馬ランチ』と銘打たれた十種類以上のパスタやミニパイ、サラダやデザートの盛り合わせだ。
 ご飯を前にVサインを出すアルウィンとナウラをイェンスが撮る。
「ここ、食事も美味しいね」
「あーんしてごらん」「あ、あ……ん…」
 穏やかに微笑むイェンス、アルウィンにお子様ランチを匙で差し出され、ナウラは赤くなりながらも一所懸命に口を開く。くすぐったくて恥ずかして、嬉しい。
「うわあああっっ」
 突然、食堂の厨房から悲鳴が上がった。
「またあいつだっ! 食材の緊急注文発動っ! 大食いライオンが来てるぞ! 売店各所に警戒警報発令! 事務所に救援物資と人員呼集依頼っ! 今度こそ迎え撃て! 腹ぺこで帰すなああっ!」「うおおおっ!」
「なんだ…っ?」「さあ」
 スプーンをくわえたアルウィンとナウラが鏡映しのように首を傾げ、その姿もイェンスはいそいそとカメラに収めた。


 売店と食堂のメニューは全撃破。次にルンがやってきたのは、射的場だ。
「ルンは狩人。獲物に当てない、恥ずかしい」
 備えられた玩具の銃の重心や照星の状態をしっかり確かめ、威力や弾道をきちんとイメージできるように観察とチェックを繰り返す。これなら大丈夫と見極めた時点で銃を構えて一気に連射した。
 ぱぱぱぱぱぱぱぱっ! どどどどどどどっ!
「ひえええええ」
 倒れていく的に係員が震え上がる。差し出された景品に、ルンは不敵に笑う。
「当てるは仕事、当たり前。欲しい子にあげてくれ」
「凄い凄い」
 拍手したのはニコル・メイブ。開園直後から射的場に居座って、飲み食いしつつ射撃の腕を磨いている。
「遊びなのは判ってるけどさ…いいや、遊びこそマジでやらないとね!」
 ムキになって大きくて重い的を選んでは当たらず熱くなり、我に返っては深呼吸して再挑戦を繰り返しているが、命中率は上がらない。あまりにも駄目駄目な時は他の客を観察して、時には「自慢じゃないけど」と打ち明けてコツを訊いて試してみるが、それでも腕が上がらないのはなぜなのか。
「あれが欲しいんだけどなあ」
 溜め息まじりに見たのは、咲く花の蜜を吸うハチドリを象ったガラス製のオブジェ。なかなか倒れない的の景品だ。
 その視線に気づいてアマリリス・リーゼンブルグは銃を取り上げる。
「0世界大祭で射的を行ったが、ここにも射的はあるのだな」
 故郷で軽量の銃はあまりなかった為、銃の扱いは不得意だ。0世界大祭では悔しい想いをした。ここでリベンジのつもりだったが、新たな理由が一つできた。
 集中して狙いを定める。一発目二発目。当たらない。気持ちを切り替え、息を吸って止め、ついに見事撃ち倒す。
「よし!」「あ」
 隣でニコルが息を引いた。彼女が望んでいた景品をアマリリスが当ててしまった。不安そうなニコルに、受け取ったハチドリのオブジェを、アマリリスが微笑みながら差し出す。
「初めての獲物だ、記念に受け取ってくれないか」
「え、あたし、あの」
「君の視線に射抜かれた、私の心の代わりに」
「う、わ…」
 かあああっっと見る見る赤くなったニコルが、唇をねじ曲げ、やがて照れくさそうに頷いて手を差し出した。
「いいよ、受け取って上げるから、命中率を上げるコツを教えてくれないかな」
「喜んで」
 アマリリスは銃を手にニコルに近づく。
「いいか、見てろよ」
 やってきたのはファルファレロ・ロッソ、背後にヘルウェンディ・ブルックリンを引き連れている。
「片っ端から撃ち落として景品全部ぶんどってやる」
 手本見せてやるからてめえもやってみな。
 言うや否や、構えた銃を速射した。
 ぱぱぱぱぱぱぱぱっ! どどどどどどどっ!
「ひえええええっ!」
 再び首を竦め顔面蒼白になる係員。
「な、こーゆーのにはコツがあるんだ」
「えーと、こうかな」
 ぱぱぱぱぱぱぱぱっ! どごどごごっごっ!
「ひいいいいっ!」
 的が倒れるだけではなく、その周辺に次々と玉が飛び散って、係員が慌てて逃げ去る。どっちがより多く景品を落とすかで勝負しようとしていたヘルウェンディは苦笑しながら肩を竦める。
「うーん駄目か、悔しいな」
「えい、えい、えい、えい」
 その隣ではシーアールシー ゼロがぱすんぱすんと的を狙っている。どうやらふわふわした白い子猫のぬいぐるみを狙っているようだが全く当たらない。
「ところでここゲームないのかよ? しけてんなー。アイアムチャンピオーン! ってやりたかったのによ」
 鳥貝 光一はうんざりした顔で肩を竦める。動体視力運動神経が良くゲーセンのガンシューティングキングだ。普段からゲーセンに通い込み、対戦しているので遠征気分でやってきたが、とんだ期待外れ。
「俺達向けじゃない場所だよなー。こうならなきゃ知らなかったし、タダで遊べたし、しょうがないか」
 無料分は堪能することにして、その場を立ち去っていく。
「何でしょうかこの場所は」
 周囲を見回しつつやってきたドルジェは、困惑顔で呟いた。
「見たこともない機械が鎮座しております。皆様楽しそうな表情で機械に座っておられますが、私は抵抗が…」
 彼女は遊園地が何かを知らない。並べられた小銃に、ようやく気づいて立ち止まる。
「これは銃ですね。あの獲物を狙う遊びですか?」
 ぐるぐると動き回る的を目で追い、一つ頷いた。
「私が普段使うのは弓ですが、射撃という点では同じです。訓練になるかもしれません、挑戦してみます」
 左目を眼帯で覆っている彼女(外見上は少年にしか見えないが)を係員代行で入った白髭園長が不安そうに見たが、構える動きは危なげがない。数発で的を撃ち抜くと、溜め息をついて銃を降ろす。白髭園長も吐息をついて景品を渡した。
「おめでとうございます。景品です、どうぞ」
「え? 頂けるのですか?」
 色とりどりの小花の籠、中央につぶらな目をした小動物のぬいぐるみが添えられているのに、ドルジェの顔がほころんだ。
「あ、ここはこういう場所なのですね。来た者の心を和らげる…少し理解できた気がします」
 微笑んでそっと景品を胸元に抱く。
「目隠ししても構わねえぜ」
 言い放ったのは村山 静夫だ。準備した二丁拳銃、早撃ち曲撃ち挙げ句の目隠し撃ちでも百発百中、時にわざと外して周囲のはらはら感を盛り上げるばかりか、得る景品は少なめで、ナウラに渡そうと考えた小熊のぬいぐるみ以外は、周囲で声援を送ってくれた連中に渡してやっている。コツを知りたがる者にはもちろん教え、褒めたり励ましたりして上達を促す。興が乗ったのかくいと首を捻った。
「おい、そっちで的の速度を変えられるかい?」
「挑戦ですか。させて頂きましょう」
 白髭園長はにっこり笑って手を上げる。
「勝負!」「おう!」
 周囲が唾を呑んだ。一瞬の間の後、どっと歓声が上がる。的が次々倒れる高い音が響き渡り、やんやの拍手が沸き起こる。


 シャボン吹くモーリンを肩に、あちこち写真撮影した仁科 あかりは、お礼を添えて事務所へ贈った。
『お楽しみはこれからだ!』
 コインやカードも密かに補充。もっとも今回の楽しみは絶叫系、まずはジェットコースターに突進した。
「皆! 替え下着はあるですか!?」
 あかりの隣を擦り抜け、コンスタンツァ・キルシェがヴァージニア・劉を引きずりながら駆け込んでくる。
「まずはジェットコースターっす!」
「は!? 絶叫系は苦手なんだよ! って聞いちゃねーし!」
 劉はコンスタンツァにせがまれて遊園地へきた。なかなか繁盛してるみてーだな、存続するのは嬉しいこった、楽しい思い出が増えるのはガキにとってもいい事だ、などとまったり歩いていたのは先ほどまでだ。
「きゃーっ気持ちいいっす最高っす!」「よせええええっ!」
 半泣き一歩手前なのを意地で堪える劉と何度もジェットコースターを楽しんだ後、コンスタンツァはふらふらする相手と腕を組みながら次のアトラクションに向かった。途中、何を思ったのか劉がアイスを奢ってくれて、寒い中でも気持ちは熱く舞い上がる。
 なんかデートみたいでウキウキするっす。劉があたしの事ちんちくりんのガキとしか見てないのはわかってるっすけど……ずっとフツーの女の子の暮らしに憧れてたっす。
 抱え込んだ劉の腕は予想以上に逞しくて温かい。何ということもなく、視界が滲む。あり得なかった夢、叶わなかった望み。
「…覚醒して…それが叶ったっす」「あ? 何?」
「次はあれっす!」
 呟きに胡乱な目を返した劉に首を振り、コンスタンツァはチェーンタワー目指して急ぐ。
 チェーンタワーでは劉と隣同士に座れた。劉は微妙に顔を引き攣らせているが、時々こちらを優しい瞳で見てくれる。
「う、わああああっっ」「きゃあああっはははっ!」
 嬉しいとこんなに自然に笑い声が零れてしまうのか。こんなに勝手に胸がどきどき走り出し、こんなに体が軽いのか。
「もっともっと高く上がってほしいっす!」「…えええい、こうなりゃ自棄だああ、天まで行っちまええええ!」
 劉がコンスタンツァの願いを後押しするように、笑いながら空に向かって叫ぶ。
 降りて来たチェーンタワーから離れながら、コンスタンツァはそっと劉に指を伸ばした。
「ねえ、劉……。……また遊園地連れてきてほしいっす……っ!」
 触れた小指が絡んで思わずびくっとした。
「また来ようぜ」
 劉は明後日の方向を向いて応える。
「悪くねーな、こーゆーのも」
 絡んだ小指が双方からもう少し強く引き寄せられる。
 約束。
 二人を眺めていたイルファーンは、もう一度降りて来たチェーンタワーを振り返る。ブランコは今はだらりと垂れ下がって、次の客が乗り込みつつある。
 以前に来た時は観覧車で、けれどやっぱり考えていたのは彼女のことだった。
 彼はエレニア・アンデルセンの故郷に帰属する。彼女の故郷に遊園地があるかわからないけど、いつか親子で遊びにいきたいと願っている。人と精霊の間には大きな溝があるのは熟知しているけれど、それでも、どこに居ても何もしていても、イルファーンはエレニア・アンデルセンのことばかり考えてしまう。
 シルクハットと白タキシードの礼装に着替え、イベント会場に向かう。
 そこで彼は手品を披露して人々を楽しませようと思っている。といっても、種も仕掛けもないただの『魔法』だ。年端もいかぬ少女や鳩やうさぎに変身し、テーブルも箱も仕掛けるものが何もない手品師は、きっと会場を沸かすだろう。
「楽しませてもらったお礼に、虹色の光のイリュージョンをご覧に入れよう」
 イルファーンは、彼の愛する人間達の喜ぶ顔を想って、笑顔になる。

 イベント会場にはもう一人手品師が居た。髪も服も白い少女、シーアールシーゼロだ。ハンカチが指そっくりのサックに隠されて消える手品などを見せていたが、後にはぬぬっと巨大化して見せたり、そこに居た子どものお菓子を巨大化して見せて手品と言い張る暴挙に出る。
「手品師は種を秘密にするものだそうなのですー」
 ゼロの手品、イルファーンのイリュージョンを、あかりはワクワクして観覧していた。拍手喝采、飴のおひねりを投げながら、
「イェー! アンコール!!」
 大きく叫べば、隣に居た人が膝から転がった飴を拾って渡してくれた。
「はい、落ちましたよ」「あ、ありがとございまー……っっ」
 息を呑む。そんなことあり得ない。ならば祖母そっくりなこの人は誰だ。受け取る手が震えて飴を再び落とす。慌てて俯いて下を探し、同時にあらあらと言いたげにまた身を屈めて拾ってくれる相手の髪から、覚えのある匂いが漂う。
 神様仏様それとも遊園地の神様ううんもう何でもいい、もう少し消えないで、隣に座っていて顔を上げても側に居てお願いだから。
 がたがた震えながら体を起こしても、亡くなった祖母そっくりの人はやはり隣に座っていて。
「よく頑張ってるねえ」「……うん、うん…」
 全く別の話かも知れない、けれどあかりは溢れる涙に何度も頷く。


 メアリベルはミルカ・アハティアラとコーヒーカップにやってきた。
「コーヒーカップでぐーるぐる! 誰よりも早くもっと早く!」「うわああああっっ」
 乗り込んだ二人は夢中になって銀の輪を回し、速度を上げていくコーヒーカップの中で振り回されながら笑い声をたてる。
「もっともっと!」「もっともっと!」
 遠心力で吹き飛ばされたミスタ・ハンプがぐちゃりと割れて、虹色の黄身を溢れ出させながら飛び散っていく。
「ノラはみなさんとコーヒーカップ乗りたいのです、カップのなかでぐるぐるーなのですー♪」
 勢いよく回し続けるのはノラ・グースだ。かなり視界がぐるぐるしているが、枝折 流杉やリヤナ・サドリと遊園地に来られて、弾む気持ちは押さえられない。
 さっきまでは「久しぶりだね、リヤナ」と流杉が微笑み、それに対して単語帳に筆談で、『久しぶりだね流杉、笑顔が戻ったようで良かった。ターミナルで君を何度か見かけたよ、声を掛けられれば良かったんだけど。ノラはよく僕の店に来てくれるよ、今度流杉も来るといい』などと穏やかに旧交を温めていたリヤナも、今は壮絶に振り回されている。
 この後彼らはノラの提案により休憩を兼ねて、遊園地内の店でお茶会を開催、リヤナは持ち込んだカロリーメイトと注文したココアを口に運びながら、自慢のラテアートで二人の笑顔を描いて楽しませた。ラテアートを見たがっていたノラはそれはそれは喜んだ。


 観覧車は回る、様々な人生と運命を乗せて。
「次は観覧車ですね!」「行こう、ハンプ!」
 ミルカはメアリベルと手を繋ぎ、メアリベルはミスタ・ハンプと手を繋ぎ、笑いながら園内を駆け抜ける。
「どんどん高くなっていきますね! 空を飛んでいるみたい!」
 窓から見下ろす地上にミルカはトナカイのソリを思い出す。プレゼントは無事届いただろうか、祖父は無理をしていないだろうか。
「ここから飛び降りたらどんな気持ちがするでしょうね」
 メアリも地上を見下ろし、隣のミルカの視線に気づいたのだろう、目を細める。
「ふふ、冗談。ゴンドラを落っことしたりしないから安心して」
 もう少しで頂上だ。満足げなメアリベルの声が響く。
「今日はとっても楽しかった!」
 別のゴンドラの中ではファルファレロがヘルウェンディと景色を眺めていた。アイスも奢ったし観覧車希望にも舌打ちしつつ応じた。景色に魅入っている娘の横顔に不意に女を感じて視線を逸らせる。
「色々あったな、本当に」
 いつの間にこんなにでかくなりやがったんだ。脳裏を掠めるのは珍妙な同居人。
「なあ……後悔してねえか? ……ならいいさ、別に」
 振り向く相手の視線に自分でさっさと返答を口にする。
「笑わないで聞いてね。………あんたと遊園地にくるの、ずっと夢だったの、パパとママには何度も連れてきてもらったけど」
 同じように視線を逸らせてヘルウェンディが呟く。
「この選択を後悔しないとは言いきれない。でも、あんたを失うほうがずっと怖い。一緒に生きたい」
 言い切った語尾が震え、ファルファレロは唇をねじ曲げて続きを待つ。
「……言わせないで、こんな事」
 欲望を刺激されないのに、胸に堪える囁き声を初めて聞いた。
「少し落ち着きたいし、観覧車に乗らない?」
 流杉の提案でノラとリヤナは観覧車に乗り込んでいる。
「前々から高いところが好きでね、風景を一望できるからかな」
 せり上がっていくゴンドラに外の風景は刻々と変わる。その変化を透明な眼差しで捉えながら、童顔の青年は道具を取り出した。
「記念に一枚、この窓から見える景色を描いてみようか」
 ちらりと残りの二人を振り向く。助け助けられ。関わり関わられ。元の世界とは全く違う関係性の在り方。疲れ切った長い年月の果てに見つけた、その関わり。
「皆でここに来た、その記念に」


 お茶入り保温水筒、クッキーやマフィンやサンドイッチをバスケットに詰めて、ジューンは参加している。妖精の双子達も一緒、さっきからあれは何、これはどうするの、と興奮状態だ。
「悪戯は絶対駄目ですよ」
 念押ししつつ一緒に園内を回っていたジューンは、泣いている女の子に出くわした。
「迷子ですね。ご両親も心配なさっているでしょう」
 入り口で受け取ったマップを手がかりに迷子センターに届けることにする。何なら、身内がやってくるまでしばらくそちらで遊んでもいい。妖精の双子も、自分達が寂しい想いをして居たのを覚えていたのだろう、すぐ同意してくれた。
「迷子シールなどがあると良いかもしれませんね」
 帰りに遊園地の改善案として事務所に提出していこう、とジューンは微笑む。
「こんなに手放しで遊べる機会、就職したらなさそうだもんな。倒れる寸前まで堪能するぜ。待ち時間なんて気にしないぞ」
 坂上 健は遊園地の中を急ぎ足に通り抜けていく。予想以上に混んでいる。とにかく全アトラクション制覇を目指そう、特に『ドラゴンズ・ウィング』はとっても欲しいぞと速度を上げかけ、踞っている少年を見つけた。側に居るのは母親か、青い顔で周囲を見回している。
 健はくるりと向きを変えた。
「あれ見逃したら楽しめなくなるもんな。客が多けりゃ園が頑張っても色々あるだろうし」
 どうかしましたか、と駆け寄っていく健に母親がほっとした顔で笑い返す。
「という感じでえ☆」
 撫子は親子に駆け寄っていった健に安堵しながら、隣の吉備 サクラを振り返った。ベンチでお茶しながら一服、体験型アトラクションについて話し続ける。
「そこのところがとっても難しかったですぅ☆」
『難しそうだけど、そこがまた楽しそうですね』
 サクラの会話は全て筆談だ。さっきまでミネルヴァの眼で園内隅々を見渡しながら、スケッチをしていた。楽しそうな親子連れ、ジェットコースターや回転木馬に並ぶ人、手品をするイベント会場のスタッフ、寒いのに噴水の周りを楽しそうに走り回る小さな子、追いかける親、そして、楽しげに園内を回るロストナンバー。
『みんな幸せそうでいいですよね。ここに居るとそれを共有しているような気がするんです』
 全部錯覚だと分かっているけれど。その言葉は口に出さずに微笑む。


「こっちがお化け屋敷か」
 ニコ・ライニオはマップを見て、幽太郎・AHI/MD-01Pを振り向いた。
 幽太郎と茶缶が元気になって良かった。さっきは射的場で、抱えられないほどの巨大なくまのぬいぐるみを幽太郎からプレゼントされた。とりあえず今は預かってもらっているが、宇治喜撰の御土産にしようと当てた景品が幽太郎によく似た竜のぬいぐるみだったのは、偶然じゃないだろう。
「今度デートでもすれば? こういう遊園地とか」
「エ、エ、ドウシヨウカナ、宇治喜撰、ドウイウノガ好キカナ」
「ゆっくり計画練ろう、相談に乗るから」
 インヤンガイに帰属した彼女と3人でも行ったよね、とニコは幽太郎に話しかける。回転木馬、ロケット、ちょっと残念だった観覧車、それに空中ブランコ。
 今日は、お化け屋敷の後、日が暮れるのを待ってイルミネーションを楽しもう。
「アリガトウ、ニコ」
 ニコの事がとっても好きだ、と幽太郎は思う。恋人宇治喜撰を助けてくれたし、今も力になってくれている。また遊べて嬉しい。
 今度ハ荷電粒子砲ハ、ナシダヨネ。そう思いつつ背後を振り向く。暮れ始めた遊園地は薄赤い夕焼けに染まりつつある。
 思い出したのは『遊園地の記憶』のような幻。
「マタ、アノ時ノ幻見レルカナ。次ハ、にこト見たいな」
「幽太郎! お化け屋敷に入るよ!」
「待ッ……!!」
「こんにちはなのです。ゼロはゼロなのですー」
 仮面を選ぼうとした幽太郎は『白い服で長い髪の女の子がいつのまにかいる』のにぎょっとした。危うく悲劇を繰り返すところだった。


「わぁい! 今度は何に乗ってもいいんだって!?」
 それも、ニワトコくんと一緒なんだ! 頑張って全部回っちゃうもんね!
 ユーウォンは朝から元気一杯だ。
 まずは回転木馬で、大きめの馬にニワトコと相乗りしてみた。二人で乗るとぎちぎちだったけれど、ゆっくり揺れて回っていくだけなのに、まるで魔法がかったように楽しくて驚く。
 ニワトコは遊園地は初めてだ。回る景色や跨がった馬を交互に眺め、作りものの馬が回る不思議、体の下で歩んでいくように揺れていく動きに目を輝かせる。
 ユーウォンが本当に嬉しそうに見上げるから、思わずニワトコも微笑み返す。
「次はどこ行くっ? できるだけ回ろうね!」
「そうだね」
 初めて遊園地に来た子どものように大はしゃぎするユーウォンに連れられて歩き回りながら、景色の一つ一つ、陽射しの色や風の薫りも心に刻みつける。とても楽しい。とても嬉しい。けれど、これで最後かもしれない。
 しんと静まった心のうちに、この色鮮やかな記憶の全てを残しておこうと思う。
「あ、そうだ!」
 売店に寄ったユーウォンはちっちゃな木馬を三体買った。
「こっちの二つあげるよ!」
 差し出されたニワトコが、意味を察して頬を染め、嬉しそうに受け取った。


 ミラーメイズでは健がようやく『ドラゴンズ・ウィング』を手に入れていた。
「やったあああっっ!」
 渡されたカードは青『彷徨は経験の糧、足下に気をつけて』とあり、とにかく踏破するぞと脇目も振らずに出口を探り、行き止まりに繰り返し突っ込んだ果てに、いいじゃんか、と思い直した。
 彷徨は経験の糧だ、そう唱えながら足下を見て戻ったとき、さっきは気づかなかった矢印があるのを見つけた。新たに出現したのか見落としたのか。
 しゃがみ込んで見ると、矢印は何かの蓋に描かれている。指をかけると引っ掛かる。蓋を開けると青い小箱、中に青の『ドラゴンズ・ウィング』が入っていた。
 出口で交換してもらった『幸運のことば』は『君は君のやり方で』。
 事務所の医務室へ送り届けた母子の笑顔を思い出した。あれもまた、遊園地の中にあるものの一つ。アトラクションだけが遊園地なんじゃなくて、自分のアクションもまた、遊園地を形作っていくものの一つ。
「さあて、残り幾つだ!」
 健は笑顔で駆け出していく。
「ルサちゃん? どこスか?」
 氏家 ミチルは焦っていた。ルサンチマンと一緒にミラーメイズに入った。受け取ったのはミチルが黄色のカードで『いないいないばあ』、ルサンチマンが緑のカードで『幻の交響曲』、どっちもかなり難問だ。
 ルサンチマンの分だけでも『ドラゴンズ・ウィング』を見つけたくて、首を捻りつつメイズの中を歩いている間にはぐれてしまった。
「ルサちゃん?」
 鏡に映る無数の像は心の様だ。元気、臆病、不安、恋。いろんな表情の自分が警戒心を満たしつつ、出口を探し求め歩いている。
 でも、自分はどこまでも一人しかいないのだ。ルサちゃんもそう。
 自分と祈りを見失わなければきっと大丈夫。
「あ」
 いないいないばあ、と出てくるのは自分のもう一つの顔だ。人殺しだったり、嫉妬心に塗れてたり、見るも耐えないものもあるかも知れない。けれど、全部自分だと受け入れれば、怖くなんかない、どんなに鏡に不気味な像が映っても。
 ふと見つけた鏡の祭壇のようなもの。覗き込むとべらりと伸びた奇妙な顔が見返してくる。構わず手を伸ばすと妙な感触、奥の方が互い違いになっている。
 指で探って引きずり出す黄色の袋、中には『ドラゴンズ・ウィング』。
 やった、と取り上げた視界正面に、すうっと過った見覚えのある顔。
「見つけた!」
 振り返れば、真後ろをルサンチマンが通り過ぎていく。
「楽器に仕込まれているか、それとも楽譜や音響装置でしょうか」
 カードから想像されるものは周囲に見当たらない。
「交響曲。集団や異種混合物、あるいは何らかの構築物も意味するか」
 ぞわりと総毛立ったのが不思議だった、別に自分の体がそれだと思ったわけではないのだが。周囲の鏡に映る無数の自分に笑われる気がしてきて、不安になった。ミチルとはぐれたのに気づいて、それに今まで気づかなかったことに恐怖が増大した。自分は何を考えていたのか。一体何をしていたのか。
「う」
 竦む体を堪える。ここは遊戯施設に過ぎない。だが脳裏で回転木馬が回る。体がくるくる回されていくような気がして堪え切れずに足を踏み出したら崩れそうになり、泳いだ体を支えようと手を差し伸べた、そのとたん。
「ルサちゃん!」「…ミチル!」
 手を握られ、見つけたよほら、と渡されたのは緑の籠だった。蓋がついており、途中で通り過ぎたピアノのおもちゃの上に置いてあったとミチルが笑う。
「…有難うございます」
 自分がどこにいるのかもわからなかったのに、何を探していたのかも忘れてしまったのに、彼女はきちんと捜し出してくれた。思わずミチルの手を握り返す。
 出口で渡されたミチルの『幸運のことば』は係員が読んでくれたところによると『愛情はいろいろな顔をする』。ルサンチマンのは『それほど多くのものを込められた存在』。
 二人、思い入れ深く握りしめる。
「すっかり暗くなりましたね」
 外に出ると、イルミネーションがきらめく世界は、昼とまた違った顔だ。
「ルサちゃん、お礼しないスか?」
 こっそり囁いてきた、ミチルの言いたい事は、なぜだろう、すぐにわかった。
 頷いて、ルサンチマンは高らかにギアを鳴らす。
 今必要なもの、幻の音楽隊を呼ぶ。
「行くっス! 応援歌!」
 ミチルがルサンチマンとともに歩き出しながら、音楽隊を引き連れて、朗らかに豊かな声を張り上げる。
 翻す、白鉢巻き。
 差し上げる、白手袋。
 周囲の客が歓呼の声を上げて道をあける。
 歌うは奇跡。歌うは喜び。歌うは感謝。
 共に歌え、命の讃歌。
 どれほどの闇が迫ろうとも、人の祈りは理不尽な力を越えていく。
 ルサンチマンは己の想いを自覚する。
 始めよう、願いをかなえるパレードを。
 回転木馬で会った二人の為に、そして全ての人の為に。
 今、そうしたい。


 観覧車は回り続ける。
「寂しすぎる! 誰か一緒に乗ってくれ~」
 訴えた健に手前でよければ、と奇兵衛が付き合う。
 健の話を聞きながら下方を見下ろし、闇の箱庭のような光景を楽しむ。あかりの姿に気づいて手を振った。見えないだろうが、窓から光る紙の鳥を扇であおいで放つと、見えないはずのあかりが手を振り返す。
 下から新たな音曲が響いた。光の川のようなものが遊園地の中を流れていく。頭上にはずっと淡いが同じような流れがある。
 さきほど、人が多いから大病を患う者が多そうだと思い立って、紙奇で園長を探してみると、射的場のあたりで踞っていた。扇で口許をかこって、そうっと病を吸入する。美味かった。深みがあって、苦みがあって。もっと頂きたいぐらいだったが、動かぬものが寿命を教えて、そこまでにした。
「あたしがこんな事するなんて」
 苦笑しながらなおも話し続ける健の顔を振り向く。
 遊園地の魔法、やも知れませんねぇ。
 その背後の虚空を、何かを背負った影がぽんぽんと空中へ駆け上っていく。


 渺々と風が鳴っていた。
 白髭園長は痩せ始めた体をルンに背負われ、観覧車の頂上に居た。
 遊園地が人々で溢れている。笑顔が満ち、喜びが響き合っている。
 日向の匂いのする髪の向こうから、明るい声が問うた。
「ここ、お前の国。笑顔の国。お前も今日、楽しかったか」
 視界が霞んだ。
 楽しかった。楽しかった。楽しかった。本当に楽しい人生だった。
 今はもう、感謝しかない。
「う、あ……ああああああ…っ」
 白髭園長は号泣する。
『邪魔したな、有難さん。あばよ』
 射的場で挑戦してきた男のように、かっこ良く去りたかったが、無理のようだ。
 

クリエイターコメントこの度はご参加、まことにありがとうございました。
書いては削り、書いては削り、
誰もが己の限界を超えていかれる有様を、
何とか描き出したくて、力の限り頑張ってみました。
楽しんで頂けているといいのですが。
喜んで頂けているといいのですが。

私は非常に幸せでした。
ありがとうございました。

またのご縁をお待ち致しております、
たとえもうわずかにせよ。
公開日時2014-01-17(金) 23:50

 

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