「やぁ、ばーさんお邪魔するぜ。おぉうミケも元気にしていたか」 0世界。葵大河はなじみになった老夫婦のチェンバーを訪れていた。 老夫婦が飼っている大型犬に押し倒されるのも最近の日課である。最初のえづけが成功したからか、今では気配を玄関に漂わせるがするだけで彼は飛び出してくるようになっていた。「おまえ、相変わらず元気だな。おーよしよし、いいにおいだ。ちゃんと風呂に入れてもらってるな」 犬としては原種に近く、顔は精悍、毛並みはつややかである。狼と言っても通用するだろう。いや、実際のところ狼なのだが、大河は犬だと信じているようである。それがどういうわけか老夫婦にミケと名付けられていた。「……それで、これから壱番世界のホームセンターに行こうと思うんだけど。ばーさんたちなんか必要なものある? ついでに買ってくる」 大河が膝の埃を払って立ち上がると、犬もぬっと起き上がって、大河の太ももを鼻先でつつく。「ん、お前も来るか? 楽しいぞ」 しっぽがばしばし叩いた。 † 大河の中でホームセンターがマイブームである。 壱番世界の依頼で立ち寄ったときにずいぶんと感銘を受けた。もちろん0世界にもハローズのような大型店舗はあるが、なにぶん18世紀大英帝国の様式である。品揃えもいささかに高級すぎた。 ハローズをひっくり返した宝箱だとしたら、壱番世界の大規模なホームセンターはちょっとしたテーマパークである。 そして、大河向けのアウトドア用品はこちらの方が品揃えがよい、老夫婦に頼まれた園芸用品も、そして、ついてきたミケのためのペット用品も豊富である。 とりわけ、このライク&ラブホームは広大な敷地に、カー館、カデン館、パートナー(ペット)館、ライフスタイル(家具)館そして、ガーデン館の代わりザ・パークと言う庭がついている。「なぁ、広いだろ。これだけの店は0世界にはないからなぁ」 歩道は広く、家族連れ、ペット連れの買い物客で賑わっていた。 親の監視から離れた子供達が走り回っている。 パートナー館では大小様々の犬ケージから、なかなかにりっぱな犬小屋まで展示されていた。しかし、ミケのような大きな犬を犬小屋で飼う人は少ない。大型犬はデリケートなのである。そのためか犬小屋の多くは中小型犬向けでミケには少々狭かった。「犬小屋は嫌か……そうだな」 ミケは小屋に首を突っ込んでは中でうまくUターンできずにいた。勢いよく後ずさった拍子に小屋の屋根がずれた。「っとと。もと戻さないと」 大河が、小屋の屋根を持ち上げ動かすと、今度は小屋の中に敷いてあったマットが引っかかった。「……ん」 そして、かがんだ拍子に大河の胸からコイン大の小石が落ちた。薄ぼんやりとした透明感のある緑だ。これは……大河の記憶には無いが、とても大切なものである。 とっさに手を伸ばそうも小屋の隙間に転がり込んでしまう。 視線をあげると、いたずらっぽそうなビーグルと目があった。そして、不覚なことに小石はビーグルにくわえられてしまった。「おっおい!」 止める間もなく、中型犬は展示のラインをくぐって、反対側の列の方に出てしまった。ここから回り込むにしても、列の途切れ目は遠い。 ミケが列を突き破ろうと突進してディスプレイ棚をなぎたおしかけ、必死で止める。 もたもたしている内に向こう側から「賢者の石ゲットー!!」とか言う子供の声が聞こえてきた。 さらに「おう、みせろよー」「うわぁ、すげー」とか言う声まで…………これは嫌な予感がする。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>・葵大河(cuwy5401)・仁(csmh5517)
まったくなんてこった。 油断した拍子に、翡翠を落としてしまった。 所詮は翡翠であるのだからさほど高価なものではないが、なぜかずっと大切にしてきたものである。どれほど、ずっとなのかは忘れてしまったが、ようはそれくらい大事にしていたものだ。 石をくわえたビーグルにはもちろん。その価値はわからないだろう。彼にとってはただの石ころと違いは無いだろう。 しかし、ダイヤとガラス玉の区別もつかない子供にとってはこういったものこそ、むしろ、かえって素晴らしいお宝に見えることがある。 「賢者の石」などと言うまったく不吉な声までもが聞こえてきた。 これというのも全部ミケがあばれたのが悪い。 「おい、ミケ、お前はあっちからまわれ」 そう言ってもミケは言うことを聞いてくれない。 ぷいと明後日の方向を見ているばかりだ。 ホームセンターの天井は高く、暖房は控えめで床の冷たさに押し負けていた。 ミケのしっぽはばしばし足に当たっていて、ほんの少しの痛みと同じくほんの少し暖かさを俺にくれた。 仕方が無いから、陳列棚を大回りすることにした。 ミケは自分と一緒についてくる。 予想通り最悪に近い状態だ。 向かってみれば、子供達が集まってお宝鑑定会を開いていた。男子三人に女子一人だ。それにビーグルが一匹、誇らしげにしっぽを振っている。 ビーグルの飼い主とおぼしき少年が、残りの二人の少年に見せびらかしていた。そして、少女は興味無さそうな落ち着きのない様子でしたが視線は翡翠の方に泳いでいた。 面倒な予感がする。 俺は先の手を考えながら話しかけることにした。 「すまんがその石、俺のなんだ」 「なに? おじさん」 「うっせ。オレが拾ったんだから、オレのもんだぜ」 「おい、拾ったのはミミクロだろ」 「……」 よく見ればこのビーグル、正統に茶白黒の三色だが垂れた耳は黒一色であった。名前を呼ばれたのが嬉しいのか、少年の腰に前足をかけて二本足で立ち上がった。 「ああ、だから、その……なんだ。これ、俺がさっき落としたもので、大切な物なんだ。返してくれないかな」 「えっコレただの石でしょ」 「うっせ。オレが拾ったんだから、オレのもんだぜ」 「おい、拾ったのはミミクロだろ」 「……」 案の定の展開になってきた。 通廊をふさいだ形になってしまったのか周囲の視線を感じる。 小学生相手に凄むおっさんの絵図はよろしくない。だから無理矢理取り上げるのは却下だ。 ミケも俺の足下に伏せている。状況をよく理解しているようだ。 かといってこの子達のご両親と交渉するのもまったく気が乗らない。最近の壱番世界に多いというモンペアとか言うのとエンカウントしたら大変なことになる。 そこでプランB、俺は彼らに魅力的な提案をすることにした。 胸を反らし、キリッと表情を作る。そして、もったいぶったような声色に変えた。 「ならば……。俺とゲームしないか? 今からミ……このケルベロス。がホームセンターのどこかに、あるものを隠す。お前らもその翡翠を隠す。時間内に見つけられたらお前らの勝ちだ。これでどうだ?」 「ええっ、なんかかったりーなー」 「うっせ。オレが拾ったんだから、オレのもんだぜ」 「おい、拾ったのはミミクロだろ」 「……」 いかんなぁ。どうも反応が悪い。もう少しエサを増やさないといけないかな。 「……いいわ。ただし、あるものってなによ。私たちが勝ってちゃんと得するものよね。あなたは何を賭けるの?」 そう思っていた矢先に、無口だった女の子が食いついてきた。 「そうだな。ミ……ケルベロスを好きなだけモフモフできる券でどうだ」 大型犬は顔を上げて、しっぽを一振りした。 「……」 「……」 「……」 「……」 可愛くねーガキどもだなー。……ちょっともったいないが、俺は懐からソリドゥス金貨を出した。 子供達の視線が集まる。 「「マジもの!?」」 「「すげーっ」」 交渉は成立したようだ。 俺は風船をたくさん取り出した。手品用の口が広いやつだ。これに小さな物を入れることができる。 そこらへんのただの石を紙で包んで、風船を膨らまし、中に入れてみせた。 子供達はそれにならう。 そして、ハズレの小石とアタリの翡翠、そしてもう一つのアタリの金貨が入った風船達ができあがった。 これらを子供達は協力して、俺とミケも一緒に隠してまわると言うことだ。 † そして、15分後。俺とミケと子供達はここパートナー(ペット)館に戻ってきた。 「よーし、始めようぜおっさん。おれらこう言うのかなり強いよ」 「よかろう。ただし、ルールには従って貰おう。お前らもヌルゲーじゃ面白くないだろ」 「あ、あぁ」 「ダッシュとシャウトは禁止だ。それから店員につまみ出されたら、その時点で失格負けだ。いいな」 「犬は使用可能か?」 「もちろん……OKだ」 そして、男子達は……やや遠慮気味な駆け足で去って行った。 あとには俺とミケ、そして、女の子が残っていた。 「おまえはいいのか?」 彼女はミケを撫でている手を止めた。 「……私がこうしていると、あなたはこの……」 「ミケだ」 「ミケちゃんに頼れなくなるでしょ」 確かに、ミケの嗅覚がないと小回りの利かない俺はだいぶ不利だ。だが、トレジャーハンターとしてそうそう小学生に後れを取るわけにはいかない。 「冗談よ。あなたいい人ね。弟たちと遊んでくれてありがとう」 彼女が立ち上がるのにあわせて、ミケはスカートから鼻先を離してすたすたと歩き始めた。 陳列棚を抜けて通廊に出るとこっちに振り返る。 「早くしろ? わかったよ。楽しい楽しい宝探しと行こうぜ」 しっぽが振られた。 人がもの隠すときは、特にこういう子供――素人が隠そうとするときは、必要以上に慎重になって絶対に見つからないと確信が持てるようなところに隠す傾向がある。 ホンモノの宝探しでもそうだ。遺跡の最深部と言うわかりやすい場所に大事にしまい込むのは人間の習性と言って良い。 それを、一番奥にダミーをおいて、そこら辺にぽいっとアタリを置くにはとても勇気と実力が必要だ。裏をかいたつもりでも、あっさり発見されては元も子もないからだ。 カー館をさっと覗いて出る。油の臭いがミケにはつらいだろう。それに宝を隠すには遮蔽があまりに少ないし、細かな車用パーツは子供が触るには危なっかしい。 「なぁ、俺はライフスタイル(家具)館を探そうと思うんだけど、お前はどうする? あそこは犬は立ち入り禁止なんだ」 ミケはふんっと鼻を鳴らして、立ち止まった。じゃあねと、手を振ってやる。 この勝負、俺には有利だと思っている。子供達は相当ミケを警戒していた。となれば犬の入れない売り場――ライフスタイル(家具)館、もしくはIT館に宝を隠したと考えるべきだろう。 そしてパソコンのそばには店員が目を光らせている。 思ったよりも大変そうだな。ライフスタイル館……。広大な郊外の敷地を利用して、あらゆる種類の家具がずらりと並んでいる。本棚からシステムキッチンまで収納スペースは豊富だ。 まずは、ベットの下を調べるところからかな。 † 大河と別れて、ザ・パーク(園芸)に来た。 乾いた北風が吹いている中でも、犬には胴と言うことはない。空が澄み渡っているおかげでそこまでは寒くもない。 クレープやホットドックの屋台も出ていて休憩所を兼ねている。 やはり外の方が落ち着く。 みんなそう思うのか、パートナー館よりもペットが多い。飼い主も無しにほっついているのも俺だけではないのが助かる。 小さい犬たちがこびを売るように近づいてくるので、すきなように横っ腹をつつかせてやることにした。 「またハズレだよ」 「あいつ、アタリ入れなかったんじゃねーだろうなぁ」 しばらくそうしていると、例に賑やかな子供たちがやってきた。ビーグルの――ミミクロが俺に気付いて、飼い主達を引っ張ってきた。 『まだ見つけられてはいないようだな』 『うん』 さて、こいつに聞きだしても良いのだが。 素直そうな表情を見ているとからかってやりたくなった。 俺が走ると、ミミクロも子供達からリードをふりほどいて追いかけてきた。 池の周りを回り、肥料の山を飛び越える。人間達が目を見開くのが楽しい。 『まってまって』 ミミクロも飼い犬してはがんばっている方だが、身体能力には格段の差がある。そこで知恵を巡らせ、花壇の隙間を見つけ、時には先廻しして、俺についてきた。 『ミミクロは飼い主に満足か?』 『う、うん』 『俺の相棒はどうしようもない』 『ぼくのおやつ盗るし、散歩はサボるし』 『で、どこに隠した』 目を逸らされた。 聞くべきでは無かったか。 『あっ、コウタが呼んでいる。あいつはぼくがいないと夜寝られないんだ。だから行くよ』 戻ってみたら子供達は作戦会議中だった。 「絶対あのおっさん俺らが隠したところわからないって」 「犬が入れるけど、犬には届かない場所」 ミミクロには悪いが大体当たりはついた。 俺は俺で探しに行くとしよう。 ……その前にどこかで人間の姿にならければ。 † くそっ見つからないなぁ。 パソコンソフトの棚の裏は絶対だと思ったんだけどな。 まったく賢者の石が実在したら俺が欲しいわ! 用を足してトイレから出る。 IT館は暖房がよく効いていて、外に出る気分をえぐってくる。 その時右を向いて、ふと気がついた。 あー。まさか。あのお嬢ちゃん頭良さそうだったもんなぁ 俺は、窮地に立たされた。 † 大河はIT館のトイレの前でキョロキョロしていた。 時々視線が女子トイレの方に泳ぐ。 めちゃくちゃ怪しい。 店員に見つかったら即負けどころじゃないぞ、あいつは。 ――目があってしまった。 やましいこと考えている目だ。間違いない。 ガンつけてやったら思いっきり目を逸らしやがった。しょうが無い奴だな。 さて、そろそろ子供達も見つける頃合いだろうし、俺も本命のところにいこう。 ――つか、気付よ。 † 流石に尊厳は代えられない。それにリベルにバレたらどうなるかを想像するだけで裏寒くなった。 これは敗北したかも知れない。翡翠は強硬手段――エクストリーム土下座で取り返すことにしよう。 そう腹をくくったところで、ミケが翡翠をくわえてやってきた。 「おう、見つかったのか。やるじゃねーか」 誇らしげにしっぽを振っている。 「ああ、いくらでも撫でてやるとも。ん? 食い物の方が良いか」 俺の周りをうろちょろするミケを連れて、パートナー館に戻ってみれば、小学生達も集まっていた。金貨の掲げてみてははしゃいでいた。 「これ、偽物じゃない?」 「そうだよ。なんか小汚いし。あっ、噛んでみてよ。金貨って噛むと歯形がつくって本に書いてあった」 「マジかよ。お前やれよ」 「お前こそやれよ」 「かっ硬ー」 硬いか、これはローマ帝国後期のものだから金の純度が低いんだよな。トレジャーハンターは鑑定もできるってものよ。 そして、子供達に翡翠の入った風船を見せる。 「おっさん見つけられたのかよ。やるじゃん。これも返してやるよ。なんかあんまり価値無さそうだし。マジだったらやっぱりヤバいし」 女の子はミケの頭を撫でていた。 「その代わり、この子を触らせて」 「お安いご用だ」 子供達とビーグルはミケに群がると「すげー」だの「でけー」だの発しだした。 ミケは静かに伏せたまましっぽを振り続けた。 † 俺と大河は老夫婦に頼まれた物を買うと帰路につくことにした。このホームセンターというのもなかなか面白い。0世界だったら俺でもハローズに入れるんだが……なんだろう、こちらの方がしっくりくる。そんな気分だ。 「で、ミケ、翡翠はどこにあったんだい?」 『カー館の車のトランクの中』 「え、なんだって? 教えてくれったっていいだろ。どうだ、そこまで案内してくれないか?」 せっかく人間の姿を見せてやったのに気付きようがない奴だ。 教えたら、俺が人間の姿になれるってばれちまうじゃねーかよ。流石にトランクは犬には開けられないからな。 その代わりと言ってはなんだが俺は大河をホットドックの屋台に引っ張っていった。 「あー、ここかぁ。普通の犬だったらホットドックに興奮して探してくれないもんな。あのガキ達ようやるわ。あの女の子の口ぶりで臭いがヒントなのはわかったのだが。俺、女子トイレかと思ってさんざんだったわ」 『アホが』 「流石だなミケは。食いたいんだろ」 『そうだ。早くしろ』 大河はベンチに腰掛け、俺もひょいと登って大河の横に座った。包みごとホットドックをひったくる。 「あーあ、ケチャップ。……それでな。あんときなんか妙な雰囲気の奴ににらまれてさ。思いとどまったわけよ。結局、翡翠はミケが見つけたんだし、入らなくって良かったよ」 ここのホットドックは粗挽きで好みだ。 「ひょっとして、俺の尊厳はそいつに助けられたのかな。はは」 撫でられるのは気分がいい。 ふんっ
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