俺は、ニノ・ヴェルベーナァ、無職だ。 昔は暗殺者をやっていたこともある。 植物を操る能力があり、仕事に使ってきた。 そう説明すればわかると思うが俺はツーリストだ。 暗殺という仕事には色々難しいところがあるが、暗殺者としてやっていく上でなにが一番大切か言われても簡単には説明できない。暗殺者によって色々違うこと言うのも、たぶん、他の職業と変わるところがない。まったくの平和ボンボンに過ごした映画脚本家なんかは荒唐無稽な極意をご開帳するものもいる。 今日は、暗殺者にとって大切な逃げ足について説明したい。 言うまでもないが、ターゲットを無事始末できたとしても、自分が死んではまったく意味が無い。 戦場で戦う騎士や、警官ならば、任務半ばで倒れたとしてもその誉れは語り継がれ、家族や仲間に見返りが返ってくる。 しかし、暗殺者の場合はそのようなことはない。それどころか口封じと、雇い主に命を狙われることもしばしばである。 そんなだから、俺はロストナンバーに覚醒したことを奇貨としてこれまでのしがらみを断ち切り、暗殺者を辞めることにした。 そして、平和なロストナンバー生活を送ってい……た。 しかしそれも昨日までだ。 一匹のセクタンに追われるようになって俺の日常は一変した。 セクタン……0世界のどこにでも現れるこいつを俺は信用していない。なんでもチャイ=ブレのエサマーキングらしいからだ。奴隷の鎖どころではない、牛の焼き印と言っても過言ではない。それなのに自分のセクタンをかわいがるツーリストが後を絶たない。真正のドMばかりだ。 俺にはこいつらが気味悪くて仕方が無い。 ともかく俺はセクタンとは無縁の平和なツーリスト生活を満喫していた。昨日まではだ。 きっかけは知り合いのコンダクターに預かってくれとかなんとかいわれたことだ。 そいつもセクタンを溺愛する変人だった。 それがある朝起きたら可愛らしいフォクタンがクソむかつくデフォタンになっていたという。まったく薄い愛情もあったものだ。 にわかには信じがたい話しだが、そいつはセクタンを俺のところに持ってくると、ロストレイルに乗ってどこかの世界へととんずらしてしまった。全館長ですらセクタンを捲くのにあれだけ苦労したのに、そんなイージーな手段で縁を切れるとは思えない。 が、どういうわけか俺がそのセクタンにロックオンされてしまった。 俺はセクタン持ちのツーリストになってしまったのだ。 暗殺者に24時間監視がついているなど冗談ではない。 † ロストレイルに乗ってセクタンを捲くことが可能なら試してみるしかない。 俺は適当な依頼をかっさらってヴォロス行きの列車に飛び乗った。 列車の中ではいまいましいセクタンは見当たらなかった。 ほっと一息をついた。 ――依頼・とある商人が奇妙な竜刻を手に入れた。それを分析して欲しい。 それは、壺状の陶器で、壺の底のところに竜刻石がはめ込んであったと言う。 ところが、壺と言うには不完全で底には穴が開いていた。長年の間に割れてしまったのではなく、おそらく最初から穴が開いていたものだという。 さらには、壺の脇に呪文が彫られており、それを唱えると噴水のように水が吹き出た。 かといって、水は勢いが良すぎて壺と飛び出してあたりにまき散らされたので、噴水と言うにも妙である。「ひょっとして、こちらはより大きな装置の一部なのでしょうか」 髭の商人は不安げな表情でこちらの顔を覗き込んだ。「ウォシュレットじゃねーか!! クソ!」「はぁ、さすが旅人様、一目でおわかりで」「ああ、取り乱してすみません。大体目星がつきましたが、一応確認したいので、こちらをトイ……いえ、雪隠に運んでいただけませんでしょうか」 なにごとも実験である。 俺はズボンとパンツを下ろして、この便器の上に座った。 用を足してみる。 実に具合が良い。それから呪文だ。 水流がケツの汚れを押し流してくれる。 ところがである。濡れたケツを拭こうとトイレットペーパー(この地方はトイレットペーパーが使えるほど裕福なのだそうだ)に手を伸ばしたときに、俺は信じられない物を見た。 セクタンだ。 セクタンはちょうど便所紙を口に放り込んで咀嚼しているところだった。 ヤギかよ。 チャイ=ブレの情報収集というのはドッキリも含まれているのか!?=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>セクタン(cnct9169)ニノ・ヴェルベーナァ(cmmc2894)
ニノはピンク色のセクタンを掴むと腕を大きく振り上げ、そのまま便器にウィンドミルダンク。そして速やかに竜刻石に呪文を怒鳴りつけた。 セクタンは短い手足をばたつかせたが、やがて水流に飲まれ、流れていった。 「どうかしかましたか?」 「声の大きさで、効果が変わるかと思った。違った」 ニノは幸せが逃げ出すようなため息をつくと、まだ、ケツを拭いていなかったことを思い出して、厠の外の依頼主達に気付かれないようにそっと便器に座り直した。 セクタンがあらわれたのが洗浄後だったことが不幸中の幸いである。 後は、竜刻石からほとばしった水をぬぐうだけだ。 それにしてもだ。 このままでは、冒険旅行に出た程度ではセクタンはまけないという、0世界の常識を確認しただけになってしまう。 「だいたい、わかった」 (それもそれでいいか、依頼の方はこなせそうだし) ニノは(元)暗殺者で、多くの暗殺者がそうであるようにどことなく倦怠感をまといつつも頭の冷静な部分は現実的であった。 念のために、最後と一拭きをするためにトイレットペーパー……は危険な気がするから能力で葉を出してそれを使うことにした。 「ひゃっ!」 肛門に走る冷ややかな感触。 ついついらしからぬ声を挙げてしまった。 「どうかしかましたか?」 ニノは、崩壊しかかった自らの尊厳を守るために、そのままパンツとズボンを引き上げ、呪文を再度唱えた。 セクタンは再び短い手足をばたつかせながら流れていった。 「なんでもない」 「そうですか」 よし、これで問題は無いはずだ。 流れが収まるのを待って、俺はトイレから出た。 依頼主の商人に、ぶっきらぼうながらも自信に満ちた表情を見せ、鑑定は完了したと告げた。 「それはそれは良かったでありまする」 「今でも、正常に動作する。良い竜刻」 暗殺者というのは裏家業であるわけだが、そういったヤクザ仕事では当然そうであるように信用に非常な重きを置いている。 相手に実力を疑われる、あなどられることは許されないことだ。 精神的に追い詰められた時ほどぼろが出やすい。 「それで、ニノ様は雪隠で確認されたわけですが、これはいかなる役割を持った竜刻なのでしょうか」 「説明するの、難しい」 「ほほう」 「色々な使われ方」 「ほほうほほう」 「例えば、不治の病(痔)による痛みの軽減」 「それはそれは」 「伝染病の予防……」 「ふむふむ」 「ご婦人の……。いや、やはり。違う」 「つまるところ、これはなんだったのですか?」 商人の視線の先には、竜刻を宿した壺がある。 「ええっと……」 便器だと、口にしかかったところで、俺はふと気がついた。 さっきは慌ててズボンを上げてしまった。ケツは拭き終わっていたはずだ。 そして、最後のあのセクタンのいたずら、あの短い手で触ったか、……舐めたか、何をしたかだ。 あのセクタンは、流されたはずで、この屋敷に下水なんかあるはずは無いから……。浄化槽と言うべきか肥だめと言うべきか……。そういったところからヤツは登ってきたはずだ。 だとしたら、う○こまみれの手で俺のケツを……。 冷や汗が出そう。 いや、冷静に思い返そう。もう一度、流すときにちらりと振り返ったが、あのときにセクタンはどんな色をしていただろうか? ピンクの記憶はある。だが、完全にピンクだったかと言われると……。 「ようは?」 もっと過酷な仕事は過去にいくらでもあったはずだ。俺は0世界に来て精神がなまってしまっていたようだ。 気を取り直して、便器だと、告げようとしたところで、可愛らしげな声が聞こえた。 「お父様~っ。あれがなにかわかったのかしら?」 通路の角からかんざしが覗く。 素敵なお嬢さんだ。 髪は邪魔にならないように結い上げられ、豪商の娘らしく、衣服も上等な布で縫製された衣に、赤と銀の派手目のベルトを巻いている。 「お、おう」 案の定、商人の娘だという。居住まいを正した。 「一風変わった、日常的な用途、使う」 「すごーい!」 「大きな声をあげて、はしたないですよ」 商人は、軽く笑って娘をたしなめ、その娘は父の後ろに半分隠れる程度には慎みがあった。 「ご覧の通り、こちらは厠で……」 と、そのとき、通路の角からちらちらとピンクの影が見え隠れした。 いつの間に肥だめから脱出したんだ。 俺の視線に気付いたか、商人が振り向いた。娘もつられる。 「あら、かわいい~~! どこから入ってきたのかしら?」 そして、俺が止める間もなく、娘はセクタンを抱き上げた。 おい、そいつはさっきまで肥だめにいたんだぞ! ぷるぷると娘に甘えるように震えている。 ほおずりしやがった……。 臭ってこないよな。臭ってこないよな。一般的には女性の方が臭いには敏感だと言うし、その彼女がOKと言うならOKなのだろう。 なんでだよ。理解しがたい事態だ。 ひょっとしたら、セクタンは二匹いたのか? それとも脱皮したのか? デフォタンガード発動のようにバッステがリセットされたのか? 確かめようも無い。 「すみません」 「いやいや、これはセクタンというのでございましたね。旅人様が連れて歩いているという。なかなかに不思議な生き物ですね」 「実は、セクタン……」 と、その時、ピンクと戯れていた娘が割り込んできた。 「ねぇ、お父様、こちらのセクタン。買ってはいただけませんでしょうか」 商人は髭をさすりながら、わざとらしい威厳顔になり、娘をたしなめようとした。旅人様が困るとか、売り物じゃ無いとかなんとか。 いやいや、売れるものなら売りたいよ。 娘はこちらにも拗ねた表情を向けてくる。ピンクは、頭の後ろに隠れつつ、彼女の髪の毛で遊んでいた。 「わたくし、この子に惚れましたわ。是非とも譲ってくださいまし」 娘の背後でセクタンはニィッとほおを吊り上げ、わかりやすい邪悪な表情をした。 仕方が無い。 「そいつ、危ない」 「こんなに愛らしいのに」 商人も、ニノもどちらも折れないとみると、娘は「ぷんすか」とか地団駄を踏んで去ってしまった。セクタンを抱えたままである。 「申し訳ありません。甘やかして育てすぎたようです」 「いや、こちらこそ、アレに娘様を怪我させてしまっては悪い」 「まさか」 「アレ、眷属。俺らの監視。倒し方知らない」 「まさか」 「もしかしたら、娘さんもロストナンバー。ヴォロスに帰ってこれない」 商人は、ニノのセリフを真実と受け止めたかどうか、髭をしごいた。 「それは、困りましたね」 「捕まえてくる」 「よろしくお願いします」 そして、ニノは走り出した。振り返りながら商人に告げる。 「あの竜刻、あれはウォシュレット! 水でケツを拭いてくれる装置だ!」 † さっそく、屋敷の周囲に茂る緑を支配。 蔦を建屋に這わせ、視界を植物と共有した。何度も繰りかえしてきたニノの定石だ セクタンと娘は中庭にいることがわかった。 (俺を暗殺者モードにしたことを後悔するがいい) そして、外壁を登る。この屋敷が緑豊かな地方にあることを感謝した。 屋根から中庭を見下ろすと、セクタンと娘はお茶をしていた。 正確には、娘はお茶をしているが、セクタンはうまそなショウガ焼き定食をついばんでいた。飯テロの成功に小躍りしている。 空腹を我慢して、はっしと、蔦の投げかけ捕縛しようとする。当然、油断しきっている二人に逃れることはできない。 が、きつく縛ろうにも、セクタンはところてんのようにぐにょんと出てきて、そのまますたこらと走り去ってしまった。 あとには、もがけばもがくほど露出が多くなる触手状態の蔦にからまった娘だけであった。 この娘にも妨害されては叶わないので、そのまま放置することにした。 その後はさんざんであった。 ホールに逃げ込んだセクタンを追いかけ、蔦をワイヤー代わりに天井から追い詰めようとしたら、どこからともなく、おつかれさまですとタオルを差し出された。 タオルを投げ捨てたところで見失い、植物を通して探そうとした。セクタンは俺の頭の上にいて「まったくどこにいるんだろうねぇ」と言わんばかりにきょろきょろ。 さっとナイフを引き抜き、セクタンに突き刺そうとするもこんにゃく芋に刺さったかのように刃が進まない。 ならばと、塩を叩きつけるとセクタンはしわしわになったが、切り口も緩んで地面に落ちた。そして、よたよたと逃げ出した。 中庭まで、追いかけるとセクタンは残されていた紅茶を吸ってもとの大きさに戻っていた。どことなく茶色くなっている。ふと、トイレでの騒ぎを思い出して、幻臭をかいでしまう。 ニノは、ついに最後の手段、戦闘狂化することにした。 あまり好きでは無い。 するとセクタンはそんな俺の様子をパシャパシャと写真に撮っていた。この姿をリンシン・ウーに見られては大変だ。 そんな俺を尻目にセクタンはカメラを掲げて屋敷に消えていった。 そこで俺はぶち切れて、屋敷ごと証拠を崩壊させることにした。可燃性の油を植物たちに放出させ、火を放つ。 炎上する建物から、しっぽに火の付いたセクタンがかけだしてくる。 今度こそ、逃げられないようにツタを網のように投げかけ、捕縛。 † ぜーはーしていると冷静になってきた。 消火活動は大変だ。 怒髪天に衝かんとする商人が飛び出てくる。これは弁解の余地も無い。ついついカッとなりすぎてしまった。これもセクタンが悪い。 うまく、セクタン(と娘)に責任転換できれば良いのだが、ともかくは水である。実の厚いサボテンを大量に呼び出し、建屋に降らせる。太い茎にたっぷり水分を含んでいて、火の勢いを押さえられるだろう。 と、気がついたらセクタンが網から消えていた。 どこへ逃げたと、見回すと、屋敷の中からセクタンが竜刻を抱えて走ってきた。そして、セクタンが便器を掲げると、水は盛大にほとばしり、屋敷全体に降りそそいだ。 びっくりするほど鎮火する。そして、不思議なことに残された屋敷には焦げ目一つ残っていなかった。 竜刻の力はただの水を出すことでは無かったのだ。浄化の力を持っていたのだ。 だからこそ、下水に流されたはずのセクタンもきれいだったのだ。 ほとばしる水を浴び、ニノの怒りも洗い流される。チャイ=ブレのことも、ロストナンバーの運命も全ては一旦忘れる。曇り無き眼でマスコット生物を見た。 「セクタン……。ありがと」 † 「あ、ついてきた」 結局、司書に報告を追えた後も、セクタンはすぐそばにいた。 セクタン、思ったよりも良い奴なのかもしれない。 こうやって困難を二人で乗り越えてきたコンダクターも大勢いるんだろう。かわいがられるわけだ。 それで、俺がセクタンをどうするかは決めている。久しぶりにリンシン・ウーに会う。 「依頼、危険いっぱい。これで自分の、身、守って」 危険なら、前衛に出るニノの方が大きいのではとウーは言う。そんなところもまぶしい。 「俺は、強いから、心配ない」 そして、三人で茶菓子(別れ際に商人の娘に貰った)を囲んで、穏やかなひとときを過ごした。 ウーは若干困惑げだが、彼女に対してはピンクのデフォタンよりドングリフォームの方が似合うかもしれない。 「緑のになれぁー」 と、気がついたら、コーヒーテーブルで踊っていたはずのセクタンがいない。跡にはべっとりと奇妙な粘液……とそのべたべたに張り付くように狂戦士顔の写真だけがあった。
このライターへメールを送る