そこはトラベラーズ・カフェの一角。机を囲み、手札を眺めて唸る複数のロストナンバーが居た。「みなさん、カード確認しましたぁ? それじゃ合図したら一斉に出してくださいねぇ? ……いっせいのせっ!」 川原撫子の掛け声とともに、吉備サクラ、 シーアールシー ゼロ、ニコ・ライニオ、ロボ・シートンが一斉に机の前にカードを出した。「それっ」「きゃぁ!?カード落としちゃいました」「あー、ロボさんもゼロと同じなのです?」「俺は撫子ちゃんと同じかぁ。まぁ前回のことを考えるとそうだよねぇ」「俺も遠い同族のことは気になるからな」 サクラがとり落とした分を除き、他の4人が差し出したカードは『ボーズ』と『東京ポチ夫』の2択にきれいに分かれていた。 時間は少し巻戻る。 バイト前の撫子とサクラはトラベラーズ・カフェでだらだらと時間を潰していた。「サクラちゃん…この前のアレ、気になりません~?」「川原さん、この前とアレじゃさっぱり分かりません。私、エスパーじゃないので無理です」「サクラちゃんイケズですぅ。ほら、4月頃にヴォロスで色々あったじゃないですかぁ」「もしかしてポチ夫さんやボーズさんの話ですか?」「それだけじゃなくてぇ。サツキちゃんとかランガナーヤキとかアルスラの竜刻の城塞とか、他にも色々あったじゃないですかぁ」「……ありましたけど。でも全部興味深くて気になりますぅとか言われても困ります」「サクラちゃんのイケズ~」「1度に全部調べたいとか絶対無理ですから! 大人になりましょう川原さん! せめて1~2個に絞って下さい」「絞り切れたらこんなところでウダウダしてません~」「ここに居るのはバイトの時間調整ですよね!?川原さん本当に私の4つ上ですか!?」「お困りのようだね、お嬢さんたち?僕でお役に立てることはあるかな?」「ゼロも相談に乗るですよ。もうとっくに乗りかかった船なのです」「こういう時耳が良いのは不幸だな。要らぬ問題ごとまで解決してやらなければならなくなる。フン、これも王者の務めか」 2人のぐでぐでな会話が本当にどうしようもなくなった時、全てを救う3人の天使?が現れたのだった。 撫子が1人につき6枚のカードを配る。 それにはそれぞれ、「ボーズ」「東京ポチ夫」「岐阜サツキ」「ランガナーヤキ」「因果律の外の存在?」「アルスラの竜刻城塞」と書かれていた。 撫子が他の4人の顔を見渡した。「みなさんヴォロス、というか竜星やアルヴァクに興味がおありだと思いますぅ。でもさすがにバラバラに全部調べるのも難しそうなのでぇ、みんなが選んだ上位2つについて調べに行きたいと思いますぅ。それではカードを選んでくださいねぇ」 そして場面は冒頭に戻り、全員が机の上にカードを出した。「私はボーズさんのファンですから、これからどうするか、とっても気になるんですぅ」「カード出し損なっちゃいましたけど、私もポチ夫さんがどうするか凄く心配です」「僕も犬猫のことは気になるよ。でも1番気になるのはボーズかな…正体が誰なのか、結局想像しかないわけだし」「ゼロはどれも気にかかるのですが、他世界への移住を考えてる東京ポチ夫のさんの動向が1番気になるのです。異世界への移住、ゼロが直接背中を押したっぽい気がするのです」「俺もあの場所はいろいろ気がかりだが、とりわけ竜星の犬猫は気にかかるからな。あの場所に王が必要だと、俺は今でも思っているからな」「それじゃボーズさんとポチ夫さんの居場所は大体分かっているわけですし、がーっと行っちゃってから考えましょう!考えるよりまず行動です!頑張りましょう、えいえいおー!」 そこは考えた方が良いんじゃないかなーと思いつつ。 付き合いの良い4人は、撫子の掛け声に合わせて手(一部前足)を挙げた。 † 5人が竜星のフォン・ブラウン市に辿り着くと、街は高揚していた。 なんでも犬族王者決定戦とか言うのが開催されることになっていた。「あれ? この案はボツになったんじゃ!?」 この場にはいないが、竜星に関心を持っていたロストナンバーの姿がいくつか頭に浮かぶ。ひょっとしたら連中のうちの誰かがこっそりしかけたのかもしかない。 呆然としていると犬たちの儀仗達が一行を席に案内した。 この王者決定戦の勝者たち者の中から新生竜星評議会を作り、田中神宮直属の諮問機関とするとのこととなった。 そして、これにより大神官東京ポチ夫は象徴的な立場に退くという。 猫もこの諮問機関に参加する資格がある。猫たちは当然にいぶかしんだが、たとえ翻意されようと神宮の沽券を下げることができるという結論になった。 フォンブラウン市の湖の畔に特設会場が設けられていた。 見てみれば各種勢力が入り交じっている。そして、猫の姿も多い。例えば、タタ大公家はアルティメットメイドロボ、Fタイプ-Sの参戦させている。 やがて歓声が沸き上がると、西ゲートから、5人のコーギーが入ってきた。それぞれが鉄ぴぷやレンチを担いでベテランの工員であることをアピールしている。 しかしながら、竜星の運命は雲のように気まぐれで、予断を許さないものであった。 司会役のチワワ種が笑顔を振りまこうと、振り返ったときに、会場に掲げられた巨大プロジェクターに異変が生じた。 トーナメント表がかき消え、不吉な文言が表示される。 それにあわせて開城のスピーカーが乗っ取られた。『雑種同盟はここに宣言する。我々、犬と猫は偉大な竜に導かれてこの地――ヴォロスにやってきた。しかし、愚かにも竜星にしがみつくものによってヴォロスに軋みが生じている。犬も猫も等しく竜星より退去し、地に降りよ。ヴォロスに平穏あれ』 ロストナンバー達が会場に見ると、フィールドのコーギー達は笑顔でレンチを振り回していた。 † 吉備サクラは混乱するバトルアリーナにたたずんでいた。雑種同盟の宣戦布告は、竜星全域に届いていた。 タタ大公家は同盟の暴挙に抗議の声を挙げ、アルティメットメイドロボに、コーギーの殲滅を命じたが、同盟の火力支援によって無力化され、機能停止したロボはコーギー達に解体された。 ミサイル群によって会場に火の手がのぼり、掲げられた旗が灰を散らしている。 ニコ・ライニオは観客の非難を煽動しに行き、川原撫子の姿は見えない。「どうして、こんなことになったのかしら……」 楽しいイベントになるはずだった。 それなのに……。 幸い第二派の攻撃は、ゼロによって無効化された。「王者の不在は争乱しかもたらさない」 ロボ・シートンがつぶやく。 静かに雨が降り始めた。 † 元来、竜星は戦争に不向きな土地だ。 地下に築かれた都市は核シェルターを形成しており、それぞれの都市は貯蔵しているヘリウム3で長期間の籠城が可能である。 深奥部に打撃を加えるには隕石を用いた質量攻撃くらいしかない。 これが、宇宙の真空から逃れようと地に穴を掘り続けた竜星1000年の歴史である。 そのためにリニア駅の封鎖による通商破壊を超える戦いは長いこと起きていなかった。 しかし、今回攻撃を受けた都市はもろくも陥落した。とりわけ、猫たちの降伏は早かった。しめっぽい竜星にうんざりしていたのだろう。 宣戦布告と同時に始まった攻撃は、二種類に別れる。内部に浸透した雑種同盟に共感する分子による反乱。 そして、ヴォロスで新しく開発された新兵器である。 東京ポチ夫の座する田中市(賢明にも持ち前の消極性を発揮してテレビ放送で王者決定戦を見ようとしていた)は、上層階層を既に突破されており、神殿区画が陥落寸前であった。 正体不明の攻撃により、親衛隊の足並みが乱れている。もとより、隊の精鋭はフォン・ブラウン市に出向いてしまっている。 † その頃、撫子はもちまえの行動力を発揮して、駐機してあった飛行機に乗り込んで飛び立っていた。「ボーズさん聞こえていますよね。聞こえていなかったら同盟のどなたかさんがつないでください! 私、怒っているんですからね!」 無線の出力を全開にして全方位に呼びかける。調整つまみはねじ切れていた。「もうしゃべってしまいますよ! ラース・ボーズさん、いや、ボーズさんと一緒のネルソンさん。貴方は本当は擬神なんかじゃなくて純血の犬族じゃないんですか!?」 飛行機のエンジン音が耳障りだ。 かまわず、マイクにどなりつける。「猫は自己主義で、他者を名乗る考えが浮かばないと思いますぅ。あの時犬族の体術が使われて、私たちはタイムラグなしにお話してましたぁ。ラースさんはあの場に居たと思いますぅ。そして雑種でないから顔を出せないって考えたら……ネルソンさんしかいないかなって」 すると、コンソールにBOSEとコールサインが出た。「川原撫子さん。0世界から手に入れた書籍では、猫は思いの外に仲間想いだと言うものがあったがどうだろう。チャンドラー・ボーズの弟はそうでは無かったかな。さて、君の推理だが、だが回答は控えさせてもらおう。真実というものは、おのずと明かさる刻がある。そうだな……同盟には我々の思想に賛同する純血種も数多くいる」「はぐらかさないでください」「君の希望通り、ネルソンをそっちにやろう」 コンソールにNELSONが追加され、コンピュータが座標情報を送信しあい、最短ランデブーポイントが指定された。「ネルソンさん。貴方はなんで同盟に参加したの☆?」「愛……のために」 † そして、ロストナンバー達もそれぞれの正義を果たしにいなくなった頃。 バトルアリーナに薄汚れた人影……。 ローブのフードを下げると、つんと立った柴犬の耳があらわれる。赤茶色の毛並みがつややかだ。 錫杖で地を打つと地響きが起きる。「みんな! ぼくは神さまを見つけたんだ! それを伝えに来たんだよ」=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>川原 撫子(cuee7619)吉備 サクラ(cnxm1610)シーアールシー ゼロ(czzf6499)ニコ・ライニオ(cxzh6304)ロボ・シートン(cysa5363)
航空機で竜星に昇ろうとすると、キャノピーを覆うように灰色の大地が雲間に透けて見えてくる。 どちらが上だかわからなくなる。 竜星では万有引力が働き、ヴォロスの地では素朴に下へとものは落ちる。 その力の働きが切り替わるところはまだはっきりとしない。パイロット達は雲の中を飛んでいるうちにいつの間にか上下が入れ替わっていると証言している。 この不思議な感覚はロストナンバー達にはなじみのあるものだ。ロストレイルが世界繭を突破するときに味わうからだ。 そのためにフォンブラウン市の地上からはヴォロスの大地が空に斜めにかかっているように見える。 ただ、それも雲の切れるほんの一瞬のこと。 普段のフォンブラウン市は雲におおわれていて、灰色の空しか見えない。 竜星の諸法則が混じらないように、慧竜の雲が慎重にヴォロスの大地を守っているからだ。 その結界を超えて、ヴォロスが竜星に侵攻を加えている。 雑種同盟の拠点でもあるフォンブラウン市は同調者たちの働きにより早々に陥落している。そして、湖の向こうの飛行場からは補給を終えた攻撃隊が次々と飛び立って行っていた。 残されたフォンブラウン市の犬猫達はほっと胸をなで下ろし、田中市を住む犬たちの支配者に哀れみをつぶやいた。 彼らは知っているのだ。 雑種同盟の新兵器はアルスラからもたらされていることを――。 それに抵抗することは、すなわちヴォロスと言う強大な世界に戦いを挑むことと同義であると言うことを。 † フォンブラウン市の空を撫子の乗った攻撃機がゆるりと旋回している。 撫子は、ボーズの擬神――ことネルソンに会いに行くつもりのようだ。新しいボーズがただの抜け殻でネルソンが黒幕ではないのかと疑っている。 ボーズとネルソンは共にいるのかもしれないし、そうでは無いのかも知れない。 雲間に消えゆこうとする機体を見上げて、サクラはニコに話しかけた。 「ニコさん、ボーズに会いに行くなら途中まで私も連れていって下さい! ボーズは田中大神宮を攻めているんでしょう? リニアより速く移動できるのはニコさんしかいない気がしますお願いします!」 「う~ん。そうだね。僕も撫子ちゃんと同じでネルソンの方が気になるかな。ボーズは田中市にいるかもしれないけど、まずはネルソンに会ってみたいかな。ちょっと気になることがあるんだよね」 そう言うと、ニコは滑走路をかけだし、竜の姿に戻ると撫子の機体を追いかけて飛び立っていった。 「全く、今回はどうなってやがる。俺は全力でポチ夫のほうに向かうぜ」 「ゼロも田中市に向かうのです」 残されたサクラにゼロとロボ・シートンが声をかける。ならサクラも田中市を目指すべきなのだろう。 急がないと全てが手遅れになりかねない。最近開通したばかりの列車では遅いかも知れない。 「いっそロストレイルで乗り付けようかしら」 サクラが考えあぐねているところで、ロボがちょうどいい集団を見つけた。大会が中止となり右往左往している親衛隊の面子だ。彼らは急ぎ田中市に戻る必要がある。 「おい、お前ら、田中市に帰るぞ。飛行機寄越せ」 犬たちの持っている航空機は、雑種同盟のものとは設計思想が大いに異なる。 ヴォロス地上の法則と距離を置いているが故に、竜星の弱い重力に適応し、ほとんどがVTOL(垂直離着陸)機である。彼らが今まで使っていた戦車に、流線型外装と格納式の羽を取り付けて、ブースターなど推進装置は従来のものを流用している。6本の足に取り付けられたロケットで浮上し、揚力を得るだけ加速すると足を畳んで、飛行機のようになる。その見た目は、どちらかと言えば、壱番世界の快速船のようであった。 雲を抜けてヴォロスの空に出たらたちまち揚力を保てなくなるであろうが、竜星においては堅牢さが同盟機より勝る。 「三人くらい余分につめるだろ」 「でも、ちょっと遅そうですね」 ロボとサクラが乗り込んだところで、白の少女がにっこりほほえんだ。 「ゼロが巨大化して運ぶのです。ポチ夫さんを助けに行くのです」 みなの返事を待たずに彼女は雲を突く大きさになり、掌に、航空戦車(親衛隊の一個小隊を含む)をのせ、すたすたと田中市の方へと歩き出した。 † ネルソンの指定した座標は、ヴォロスからみても、さらに竜星を超え、天上間近であった。 空の青さはなりを潜め、真昼だというのに夜の暗さに近づいていく。太陽がまぶしい。後もう少しでディラックの空に手が届きそうなところだ。 遙か眼下ではどこまでも雲海が続き、ヴォロスの広大さが身にしみる。 雲の下には竜星が見え隠れしていた。 空気は薄く、超巨大ヘリコプターである玄武もここまでは登っては来られない。 撫子の攻撃機と、竜の姿のニコが編隊を組んでいる様は現状のヴォロスと竜星の関係を映している。 ニコもしんどそうだ。コックピットの撫子も急ぎ出てきたために酸素マスクをつけていない。 「僕はたしかに空を飛べるわけだけど、専門の飛竜じゃないからね。撫子ちゃんは大丈夫?」 キャノピーの向こうから撫子がちいさく手を振ってくるのが見える。 「撫子ちゃんは無茶なんだから」 最初は機に同乗しようと思ったニコではあったが、撫子は無茶をするだろう。ならば、竜の姿で並んで飛んでいた方が彼女を守りやすい。 最近は、つと竜の姿を使うことが多くなってしまった。旅の終わりが近づいている予兆かも知れない。 そして、ネルソンは本当に来るのだろうか。 ――愛……ね。 ――愛の為に戦うって言ったら美しく聞こえるけれど。ネルソンにとっての愛って何なのかな? ニコが聞けば答えてくれるだろうか。 その時、正面の空に小さな黒い点を見つけた。 「あっ、アレ」 「しばらく前からレーダーには見えているわ」 程なく、黒点は見慣れた同盟の可変アヴァターラになった。 回り込んで、撫子機の横に並ぶ。 アヴァターラのコックピットは装甲に覆われているが故に中の様子はわからない。 それでもニコにはそこにたしかな存在感が感じられた。 それは撫子も感じていたようだ。 アヴァターラの機外スピーカーから声が聞こえる。 「またお会いしましたね。ロストナンバーの皆様。いえ、今では私達もロストナンバーですが。竜刻巨人討伐の時はお世話になりした」 この自称擬神はよくしゃべるようになった。 それでも部隊から離れこのようなところまで来ると言うことは、これからの会話の内容を同盟には聞かせたくないと言うことなのかも知れない。 「撫子ちゃんの方はちゃんと聞こえている?」 「ネルソンさん、私怒ってますぅ☆」 撫子機の集音マイクは優秀のようだ。こういった対話機能も従来の竜星の兵器には無かったものだ。犬族は脳に埋め込まれたチップによって直接無線通信することができたからであるし、真空の宇宙ではスピーカーは役に立たない。 これはヴォロスの住民と機上から対話するためのものだ。 「それは、私がボーズを偽っているとされていることでしょうか? それとも戦争を始めたことにでしょうか? それともヴォロスの秩序を乱していることでしょうか?」 「ふざけないで!」 撫子が機内で拳を振り上げる。その勢いで機体を破壊してしまわないか心配だ。 雲の下では嵐が渦巻いている。その表面を滑るように同盟機が展開し、ときおりなにかを投下している。 あまり長時間ここにいるわけにもいかないだろう。 「失礼しました。私は決してあなた方、図書館のロストナンバーと敵対するつもりはありません」 「わかったわ。でもねぇ☆ 私にはネルソンさん達がなんのために戦っているのかがわからないんですぅ☆」 ネルソン機は静かに高度を保っている。 「でもそれ以上に未だにネルソンさんが純血の犬族だと確信してますしぃ、ネルソンさんがラース・ボーズを騙っているとも思ってますぅ。大体ネルソンさんがこちらに来たら、戦場のボーズのアヴァターラ動かないんじゃないんですぅ?」 「撫子ちゃん、とりあえず彼の話しを聞かない? 座標を維持するために上空を周回するコースに入る。 「無線では、愛のためにって言っていたけど」 「そうですね。お察しの通り、私は元はごく普通の犬でした。レトリーバー種になります。はい、そう聞かれますと純血になりますね。ただ、私自身は一門の中では出来が悪い方でして、そのことを誇る気にはなりません。そして、私が彼女に出会ったのはもっと若くてまだ生身の体を持っていた頃でした」 「サクラちゃんの方が私より遥かに恋バナに食いつきますけどぉ。ネルソンさんが雑種同盟に加わることになった愛のお話、聞きたいですぅ☆」 長い話になりそうだったが、いつの間にか、撫子は神妙に聞き入っていた。 ――まったく、女の子は恋バナには目がないんだから。 かくいうニコもその手の話しは好物である。多く知っていれば多く知っているほど、女性との会話を円滑に進めることができる。 ネルソンがレトリーバー種ならば……。 「はい、私はもともと田中神宮の神聖防衛隊に所属していました」 そこから駐在武官としてバーマンのクップサーミ家に出向したと言う。猫が作るアヴァターラは犬族にとっても脅威であり、クップサーミ家の技術力は傑出していた。 最初のうちは領事とともに祝い事に出席する程度であったが、そのうち工房に出入りするようになった。ネルソンは信仰心が低く、取り込みやすいと判断されたのかもしれない。 「クップサーミの姫。そう、スバス・ボースとタルヴィン・クップサーミの母親だ」 彼女は、兵器開発主任で天才とうたわれていた。彼女の作ったアヴァターラの名声は竜星にとどろき。軍事バランスは危うくなった。ネルソンは、並みの擬神よりよく研究の助手を務めることができた。とりわけ、忍耐強く猫の気まぐれにつきあうことができたので天才の歓心を得ることができた。 「雑種……の話しじゃないのか? 犬と猫でカップルになることはありえるのかい? いや、プラトニックなら良いとして子供は無理だよな」 「ステキ♡」 二人のロストナンバーはついつい自分の境遇を重ねてしまう。 「そんな折、彼女は出入りの商人と懇ろになった」 ネルソンの任務は、彼女をそそのかしてアヴァターラ開発から興味を失わせることであった。身分の異なる商人は良いターゲットだ。そのまま、交易の旅にでも出てくれれば申し分ない。 二人の猫は、ネルソンの手引きにより駆け落ちした。 しかし、ボーズを身ごもった頃に連れ戻された。 そして、彼女は意の沿わぬ相手と二人の子猫をもうけ――一人はタルヴィン――そして、早世した。 これによりクップサーミ家のアヴァターラ開発は、彼女の息子、タルヴィンが引き継ぐまで停滞することとなる。多くの技術が失われた。 「私は手柄を評価され、神宮に戻って交配相手と巡り会わされました。当然、私と同じレトリーバーで、昔からよく知っている娘でした。その時、私はもはや誰も愛することができないと悟ったのです」 多くの犬がそうするように、与えられた相手を好きになるように自分をコントロールすることが――ネルソンにはできなかった。「その娘には可哀想でしたけどね」と付け加える。 そして、神聖防衛隊を辞して姿をくらました。 成長し、フォンブラウン市で活動していたボーズと出会った。彼は、決してクップサーミ家では評価されることの無い非嫡出子である。母親の無念を晴らすために雑種同盟を構想していた。そして、犬は、機械の体を得、擬神らしいネルソンと言う名前に変え今に至る。 「私は、ボーズのような青年が胸を張って生きていける世の中を見たいのです。そうですね。愛のためと言いましたが……私自身は誰も愛したことなど無いのです」 そのボーズは旅団との激戦で戦死した。 ネルソンの話しを聞き終わった撫子は。ニコは黙考するように静かに飛んでいる。 「……ちょっと涙出ちゃいましたぁ。サクラちゃんじゃなくても肩入れしたくなりますぅ。大丈夫ですぅ、貴方が生きているからハッピーエンドってまだ絶対迎えられる筈ですぅ。貴方もちゃんと誰かを好きになることができるはずです☆」 「いや、僕は思うんだけどね。君は立派にその猫の姫に恋をしていたんじゃないのかい。僕も竜だけどね。人間に恋をしているんだ。おかしいことじゃないさ」 「……そう、かもしれませんね」 「彼女の名前はなんと言うのか聞いて良いのかい?」 「スバーシュリー、……ボーズとタルヴィンの妹がその名前を継いでいます」 ネルソン機が唐突に機首を起こしループする。 ――背後を取りに来たのか!? 頭上に消えるアヴァターラにニコは警戒し、首をめぐらす。 すると、ネルソン機はコブラの機動からその場で270度フリップ。アヴァターラの偏向ノズルが不自然な軌道を描かせる。 そのまま直下に機首を向けブースト。降下。 「待つんだ!」 「ネルソンさん! だめぇ!」 「愛は呪い。愛を知った者は竜星では生きてはいけない」 † 時間は少し遡る。 ゼロ、ロボ、サクラの三人は、同盟の攻撃を受けているという田中市に到着した。 上空からは戦闘の気配はしない。 むしろ、静けさが広がっている。 ゼロが戦車をおろす。 戦争の傷跡は、遙か昔、ロストナンバー達が訪れるずっと前からあるクレーターと、都市の残骸。 現在の田中市は、他の多くの竜星の都市と同じように地下都市であるので、地上施設はほとんど無い。犬猫たちが核シェルターの中に街を作るようになって数百年が過ぎ去っていた。 目につくのは新しくひかれた線路と、地下へと続くハッチだけだ。 そのハッチは破壊されていた。 「ここから進軍しているのか? 妙だな。全く、今回はどうなってやがる」 「進みますか?」 ロボに親衛隊のレトリーバーが尋ねる。 「やはり、お前達にリーダーが必要なのだな」 「と言いますと」 「進め」 そして、戦車は周囲に脅威が無いことを確認して、進むことにした。無人機を先行させる。 ハッチに開いた穴はなにか空間を抜き取られたような鋭利な断面をしていた。 「ブギーポップでも来たのかしら」 サクラのボケをよそに親衛隊が「兜斬り……」とつぶやく。剣術は犬の嗜みである。犬たちは遙か過去の神々に伝えられた技術を伝承している。 しかし、戦車がくぐれるほどの大きさの都市のハッチを斬るのは人間サイズの犬ではありえない。 「ボーズさんなのです。アヴァターラで竜刻剣を使ったに違いないのです。ひょっとしたら量産できているかも知れません」 † 衝撃と共に竜星が震える。 犬たちが見たことも無い攻撃で、田中市は陥落寸前だ。 田中市の地下深く、神殿区画に立てこもったポチ夫と親衛隊(のうち犬族王者決定戦に参加しなかった者達)が小さく丸まっていた。 先程の地震は、地雷によって引き起こされた人為的なものだ。通常の都市侵攻は地上からの通路を遮断し籠城すれば食い止めることができる。 しかし、今回の敵は違っていた。 「やつらには通常兵器は通用しないのか!?」 カメラから送られてくる映像は、もうもうと煙の漂う斜坑を傷一つ無く行進してくるアヴァターラ達である。中には戦車も混ざっている。 犬猫の混成軍である。 アヴァターラ達のひっさげた剣からは解析不能なエネルギーが観測されている。 竜刻だ。 ポチ夫達は竜刻について聞き及んでいる。便利かも知れないが危険なものであると、そして、図書館の要請により手を出すことを控えてきた。 それが裏目に出たのだと抗議の声を挙げる者もいた。 ここに残る親衛隊の数はあまりに少ない。他の者はみなやられてしまったのだろうか。駆けつけてくるはずの部隊はいっこうに到着しない。仮にも都市である。内部に数十万の人口を抱えているはずなのである。嫌な予感がよぎる。 「内通者がいるのか?」 不安は粛正の引き金となり得る。そうなっては国体の維持は不可能だ。 ポチ夫は懸命にその欲求と戦った。 「みなさん~。助けに来たのです」 そんな時、ポチ夫の椅子の下から眠そうな声が響いた。 親衛隊に抜け道を教えて貰ったロストナンバー達が到着したのである。穴から這い出たサクラが真っ先にポチ夫に抱きつく。 「ポチ夫さん、無事ですか、ポチ夫さん! 大怪我してなくて、良かった……」 苦しいほどに、やさしく抱きしめる。 「はいはい。私たちが来たからもう安心して大丈夫ですよ」 ロストナンバー達もカメラからの映像を見て状況を理解した。 「竜刻だな。魔法か……厄介な力だぜ。ここは少し大胆な方法が必要だな」 「なのです」 「竜刻巨人じゃなくて良かったわ」 サクラは、腕の力を緩めると、今度はわしゃわしゃとポチ夫の頭を撫でた。 堅くなっていたポチ夫の体が緩む。 本人は決して認めないであろうが、彼女は飼い犬感覚でポチ夫を可愛がっており、ポチ夫が苛められるのは我慢できないのであった。 「それでも……なにか竜刻を使って精神攻撃もしてくると思ったのですけど」 見たところ、この場にいる犬たちは正常である。 「数が少ないな。みんな逃げ出したのか」 情けない連中め――とロボが吐き捨てると、親衛隊達は顔を曇らせた。 逃げ出したというなら、地上に避難民が溢れていても良かったはずである。しかし、そのような気配は無かった。 「このまま負けたら、ポチ夫さんが望んだかみさま探しが出来なくなります! 先に降伏して条件を引き出しましょう! 私もお手伝いします!」 神殿の犬たちは顔を見合わせた。 しかし、細かい議論をする時間は残されていなかった。軽快な電子音が入電を告げる。 スクリーンに猫が浮かんだ。 「ボーズよ!」 「皆さん。雑種同盟がどれほどヴォロスの加護を受けているか理解してくれただろうか? 我々の未来は地上にあると思われる」 「ボーズさん。このままでは犬たちはヴォロスに帰属できないと聞いたのです」 「そうだな。脳機能を補助するチップが必要であったな。これはヴォロスに拒絶される。しかし、脳機能を補助できるのであればなにもチップである必要は無い。ヒントは慧竜にこそあった」 「竜刻?」 「ご明察だ。竜刻に魂を封ずることすら、魂をレインフォースする程度のことはたやすい」 ふとサクラは田中市の市民達が気になった。 「知力結界を張った。市の庶民は二つの知性がせめぎ合って混乱しているはずだ」 「なんということを」 「愚民に英知を授けようというのだ。感謝したまえ。彼らは今頃、ヴォロスに真理に目覚めようとしている」 親衛隊に影響が見られないのは、彼らがそれだけ強固な意志を有していると言うことに他ならない。 「それだけの数の竜刻が揃えられるの?」 「そのための竜刻巨人狩りだ」 † そして、神殿区画まで侵攻軍は突入してくる。 千年間守られ続けたシェルターの扉を豆腐のように切り裂いて、アヴァターラが顔を出し、 犬の歩兵達がなだれ込んできた。 「雑種連盟首魁ラース・ボーズ! 一部条件を飲みます、停戦して下さい! 竜刻巨人と戦い続けるなんて無茶では真の意味で貴方の望むヴォロス平穏は訪れない! 私たちはそれを果たすためにもう1度竜星でディラックの空へ行きます! こちらの方が貴方の真の望みに叶うはずです! 停戦して交渉しましょう! いつ私達が旅立てるか貴方達にも協力してほしいです! その方が早く平穏が訪れるでしょう!?」 「ボーズさん。竜星の犬がみなヴォロスに帰属したら竜刻巨人も出てこなくなっていまうのです。狩はそこで終わりなのです」 スクリーンに向かってまくし立てるサクラ、ゼロ、そして、神官達を守るようにロボが立ちはだかる。 「お前らはややこしいことをしてくれるんじゃねぇよ!!」 ギアで高速化し、歩兵の間をくぐり抜け、アヴァターラの首回りのパイプにくらいつく。 油がシャワーのように降りそそぎ、同盟の犬たちはたじろいだ。 「今のうちなのです」 ゼロはやってきた床下に入り込んで、神殿区画の床を支えるように背伸びした。 「ゼロちゃん!?」 「この真上には何もないのです。親衛隊のみなさん、そうなのですよね」 サクラは、ポチ夫をぎゅっと抱きしめると、ゼロを促した。 ゼロは巨大化する。 「また、この展開かよ!」 ロボが駆け戻ってきた時には、神殿区画の床が持ち上がり、アヴァターラが転倒した。 ゼロは神殿区画を肩に乗せ、広げた左手で親衛隊達も、侵入者達も守る。そして、上に伸ばした右手で神殿区画の天井岩盤を押し上げた。 すさまじい地響きと共に、田中市の一画は切り取られ、竜星の地上に持ち出された。 ゼロは、アトラスのように神殿を担ぎ、停戦を呼びかけた。 「止まらないとシェイクするのです」 それでもゼロのワンピースは埃無く白いままであった。 † 雲を突き抜け降下。 ニコと撫子はネルソンを追う。 「前線の指揮に戻るのかい? ボーズはネルソンが直接動かさないとやばいっていって話しだったよね」 「擬神ネルソンが竜刻使用擬神ボーズを使いボーズを名乗る、が正解じゃないですかぁ? 竜刻使えばこの前の人形よりずっとまともな動きをすると思いますぅ」 雲を抜けると、田中市のあるべきところに白い巨人が立っていた。 それが、いつもの女神だと気付いてほっと安堵した。 ゼロがそっと田中神宮を地面に降ろす。 同盟も戦意を喪失したのか、戦いの緊張が抜けていく。 ネルソン機はゆっくりと周囲を旋回降下する軌道に入った ニコが改めて見回すと、竜の魔法の気配を感じた。竜刻が作動している。 「知力結界です。竜刻巨人の使った『雲霧結界』を解析しました」 神殿区画に迫ったアヴァターラからは油が流れ終わり、ぴくりとも動かない。 そして、ネルソン機はその横に着地した。 ネルソンが操作すると、アヴァターラのハッチがぎしぎしと唸ってから開き、中から一匹のバーマン猫が出てきた。 撫子とニコはそのぬいぐるみを見たことがある。戦死したボーズを模したロボットだ。 だが、前にみたときと違って、生き物らしい躍動感を感じた。 「撫子さん。あなたの案は正しい。竜刻を使えばボーズを甦らすこともできる」 いつの間にか、ネルソンも機体のハッチを開けていた。 すらりとしたサイボーグが戦場跡を仰ぐ。 ニコも地上に降りて人の姿に戻った。 「君達、雑種同盟は犬猫は竜星を捨ててヴォロスに降りよという」 でも犬たちは竜星からディラックの空への旅立ちを検討し始めてた。どちらも竜星から出て行こうという意見なのに、どうして襲撃という対立になってしまうのか。 ネルソンに問いかけようとして迷う。 「ネル……いや、ボーズ。なぜ、攻撃したんだ? そのまま見送るのではダメなのか」 「それでは、竜星の民が流浪の運命から救われないからだ」 「どこかにもっと住みやすい新天地が見つかるかも知れないぞ」 ロボが指摘する。 「流浪しているのは魂だ。新天地が単に快適な竜星というのでは意味が無い」 スバス・ボーズは同盟の兵達に言い聞かせるように続けた。 「我々は雑種であることの意味をヴォロスに来るまで真には理解していなかった。これまで我々は単に虐げられた……繁殖の自由を持たない二等市民であると信じてきた。そのために同盟はなされた。だが、我々は生命溢れるヴォロスに降りて知った」 「純血種にはないもの……それは、我々雑種は愛によって産まれたと言うことだ」 「竜星の住民よ。愛に目覚めるのだ!!」 † 少しずつ、田中市の住民が地上に出てきた。 真理数が見え隠れする者もいる。魂がヴォロスに残ることを選択した者達だ。ヴォロスの法則が竜星のそれを超越し、やがて、竜星からは犬猫がいなくなるであろう。 ポチ夫は戸惑っていた。彼にはボーズの演説の内容がまったく理解できなかったからだ。 信仰が目を塞いだのかもしれない。 サクラにはそんなポチ夫にかける言葉が思い浮かばなかった。サクラもまた愛に生きる者だからである。 ゼロは、ぐずぐずしているサクラとポチ夫を微笑ましくみていた。安寧はどこにでも見いだすことができるからである。 そして、ゼロはいつの間にか近くにさつきがいることに気がついた。 神官を辞めたはずのさつきはまたもっともらしいローブを着込んでおり杖を掲げていた。 「ディラックの空へはぼくが連れていきます」 柴犬の高めの声には禍々しい響きが混ざっていた。さつきはシュラクの森林に迷い込んだことが報告されている。そこには旅団の残党と世界樹の苗がある。 「さつきさん。神さまを見つけたと言いましたが、旅団と関わってはいけないのです。イグシストは……」 その時、ゼロはさつきの頭上に見え隠れする見覚えのある番号に気がついた。 「大丈夫ですゼロさん。なんて言ったってぼくは原初の園丁なのですから」
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