オープニング

 ブルーインブルーの何処かにあるという、『シレンシオ』という島は海で亡くなった人々を弔う為の場所だった。天然の洞窟の奥にある祭壇にはお供え物の酒や花が絶えず、島の裏手にある温泉では魂の洗濯をしていく者も少なくはない。
 時期によっては濃霧に包まれる事もあるこの島は、海に生きる人々によって大切にされていた。目的が目的な為、戦いは御法度となっている。

(ふむ)
 金の髪を揺らし、ロバート・エルトダウンは先程提出された企画書に目を通し、小さく口元をほころばせた。
「ブルーインブルーでのツアーですねぇ。弔いの島、ですか」
 傍らで青い瞳を輝かせたヘンリー・ベイフルックの言葉に頷きながらロバートは企画書を手渡した。

 その企画書はコンダクターの一人、ジョヴァンニ・コルレオーネによるものだった。
 なんでも、この時期のシレンシオには雪が降るという。といっても空から舞うのではない。近隣の海へと降るマリンスノーである。
 自然現象か、温泉の源泉が流れ込み付近の海水の質に異常が生じたのか、今の時期だけシレンシオの近海にて極彩色の雪が舞うという。そのあたりから、島の人々は『珊瑚の散骨』というらしい。この時期は特に多くの人が訪れ、祈りを捧げていくという。

 興味を持った彼らは早速ツアーの計画を立てる。そして数日後、シレンシオへの旅行プランが発表された。

 旅人達の中には、先の『ジェロームポリス』での戦いに思い入れがある者も少なくはないだろう。亡きジェロームや鋼鉄将軍に思いを馳せるのも悪くはない。
 世界司書の話によると、この時期は濃霧に包まれることも無く、天候も安定しているそうだ。

 考えてみてはどうだろうか? 双蒼の世界のどこかにある『静寂』という名の島で過ごす休日を……。マリンスノーを見る為に行くもよし、大切な人を弔う為に行くもよし、温泉で羽を伸ばすもよし。『シレンシオ』は静かに貴方々を待っている。

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!注意!
パーティシナリオでは、プレイング内容によっては描写がごくわずかになるか、ノベルに登場できない場合があります。ご参加の方はあらかじめご了承のうえ、趣旨に沿ったプレイングをお願いします。

品目パーティシナリオ 管理番号3093
クリエイター菊華 伴(wymv2309)
クリエイターコメント菊華です。
今回はブルーインブルーに浮かぶ『静寂の島』シレンシオでのツアーです。この季節、島の近海では極彩色のマリンスノーが楽しめます。

島の人々は『珊瑚の散骨』といい、この時期は特に熱心に祈りを捧げるそうです。

島で出来る事
・島の洞窟で礼拝   ・島の上部で墓参り
・食事を取るなど休憩 ・裏手にある温泉に浸かる
・海でマリンスノーを見る

温泉について
基本、水着着用。不要と思う方はなしでもOKですが、マスターの判断で着用になるかもしれません。ご了承下さい。

注意点
・戦闘はご法度です。武器は隠しておいた方が無難です。
・騒ぎ立てないようにしましょう。

今回は次の選択肢の中から1つ選び、プレイング冒頭に記号を記入して下さい。また、一緒に行動したい方の名前とIDの記載もお願いします。

【ア】マリンスノーを見る
【イ】島の洞窟へ行く
【ウ】温泉に入る
【エ】島を散策する
【オ】その他

因みに
「シレンシオ」についてはシナリオ「『静寂』という名の島」を参考にしてください。

PL情報
生き残った鋼鉄将軍に会う事も考えられます。
(どうやら祈りに来ているようです)

 プレイング期間は10日間です。それでは宜しくお願いします。

参加者
相沢 優(ctcn6216)コンダクター 男 17歳 大学生
司馬 ユキノ(ccyp7493)コンダクター 女 20歳 ヴォラース伯爵夫人
東野 楽園(cwbw1545)コンダクター 女 14歳 夢守(神託の都メイムの夢守)
ジョヴァンニ・コルレオーネ(ctnc6517)コンダクター 男 73歳 ご隠居
ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノ(cppx6659)コンダクター 女 16歳 女子大生
坂上 健(czzp3547)コンダクター 男 18歳 覚醒時:武器ヲタク高校生、現在:警察官
アクラブ・サリク(chcz1557)ツーリスト 男 32歳 武装神官
有馬 春臣(cync9819)ツーリスト 男 44歳 楽団員
しだり(cryn4240)ツーリスト 男 12歳 仙界の結界師
ヴァージニア・劉(csfr8065)ツーリスト 男 25歳 ギャング
星川 征秀(cfpv1452)ツーリスト 男 22歳 戦士/探偵
百田 十三(cnxf4836)ツーリスト 男 38歳 符術師(退魔師)兼鍼灸師
ダンジャ・グイニ(cstx6351)ツーリスト 女 33歳 仕立て屋
吉備 サクラ(cnxm1610)コンダクター 女 18歳 服飾デザイナー志望

ノベル

起:マリンスノーの見える場所で

 ブルーインブルーのどこかに浮かぶ、静寂の島。その近海が極彩色のマリンスノーに彩られると聞いたロストナンバー達がここを訪れた日。同じように、『鋼鉄将軍』の生き残りである2人もここにいた。
「ジェローム様達は、今何を思っているのでしょうね」
「……静かにはしておらぬだろう」
 海原を見つめながら、漆黒のドレスの女性と、下半身を刃金で出来た馬とした男性が並んで言う。暫くの間、2人はそうしていたが、ややあって女性の方が口を開いた。
「アスラ様、少し歩いてきますわ。また、後で落ち合いましょう」
「ああ、そうしよう。例の場所でいいな、ポーラ」
 アスラと呼ばれた男性に言われ、ポーラと呼ばれた女性は1つ頷く。そして、女性はシャンパンゴールドの髪を揺らして立ち去る、後に残った男性は静かに海を見つめていた。

 男性の方は『刃金のケンタウロス』アスラ・アムリタであり、現在はネヴィル卿の推薦を受け、《海賊法廷》に判事の1人である。女性の方は『香蘭の未亡人』ポーラであった。

 マリンスノーが見たい、と思ってやって来た東野 楽園は海に浮かぶ極彩色の雪に感嘆の息を吐いた。彼女の故郷もこのように寂しい島であったが、雪が降る事がなかった。それ故、より興味を惹かれていた。
(不思議ね……。やはり、ここは別の世界なんだわ)
 魅入られるように極彩色の世界を見つめていると、黒いドレスの女性が少し離れた所で海を眺めていた。噂に聞いていた元鋼鉄将軍だろうか? そう思っていると女性が楽園に気づき、僅かに会釈した。楽園もまた、会釈を返す。
「貴女が、香蘭の未亡人ポーラ?」
「ええ。……まぁ、貴女は旅人さんかしら?」
 ポーラの問いに楽園は頷く。元気にしていたかと問えば、ポーラは笑顔で頷いてくれた。

 少し離れた所。痩身の青年、相沢 優は小柄なしだりと並んで海辺を歩いていた。
(少し寒いな)
 海に浮かぶ極彩色の雪を見つめながら苦笑していると、脳裏に『彼女』の事がよぎった。おそらくは元気にしているだろう、とは思うのだがやはり気になる。傍らのしだりはそんな優に何かを感じたのだろう。服の裾を引っ張るとぽつり、とこう言った。
「……見てほしい」
「ん?」
 優が見守る中、しだりはふわり、と水面へと降り立った。同時に、周囲に漂っていたマリンスノーが増えたように見え……少年がトラベルギアである椿の花を海水に浸すと、辺りに冷気が漂った。いつの間にか、かなり広い範囲で海面が凍りつき、音を立てて砕ける。
「わぁ……!」
 優は目を見開く。陽光に煌くダイヤモンドダストが、マリンスノーと合わさって幻想的で見事な風景を作り出していた。しだりは優のとなりに戻ると、そっと口にした。
「……命の終りは、次の命の始り。……この雪もまた次の命への繋がりの一つとなる。……縁もまた同じ」
だから、優が望み続けるなら、その願いはいつか形になるだろう、としだりなりに彼を励ましているようだった。
「ありがとう」
 優は穏やかな眼差しでそういい、しだりの頭をそっと撫でてあげた。

 ふと、ポーラと話しながら幻想的な光景を見ていた楽園は、彼女にこんな事を問う。
「貴女は旦那様の事を愛していたの?」
 彼と恋に落ちた事を後悔していないのか、と問うとポーラはくすくすと楽しげに笑って楽園の髪を撫でる。
「勿論ですわ。心残りといえば、私達の間に貴女のように愛らしい娘が産まれなかった事かしらね」
 そう言われ、楽園は少し頬を赤くしながらも僅かに笑った。
「どうか、お達者で」
 もう会う事は無いと解っていても、心からそう言わずにはいられない楽園であった。

 ダンジャ・グイニは傷が痛む中、木に寄りかかってこのマリンスノーを見つめていた。紫色の瞳を細め、そっと呟く。
「綺麗だね。……まるで花みたいだ」
 海原に広がる極彩色の雪を己の殺した世界と重なる。ダンジャはよろよろと立ち上がると、静かに頭を下げて祈りを捧げた。
 ――どうか、償い続けさせて欲しい。
(もし本当にあれらが魂ならば、よい所へ逝けるといい)
 再び瞳を開いたダンジャは、傷の痛みにほんの少し呻く。それを堪えながらも、彼女は暫くの間海を見つめ続けていた。

 少し離れた所からそれを眺めながら、一人瞳を細める青年がいた。彼は暫くの間煌く世界をたんのうしていたが、やがて背を向けた。
「行こう、ポッポ」
 彼は相棒たるオウルタンに呼びかけると、共に歩き出した。


承:祈る事、語る事

 島の洞窟へ向かうゴンドラに、司馬 ユキノとジュリエッタ・凛・アヴェルリーノ、アクラブ・サリクが乗り込んでいた。3人は手向けの花を用意し、ゆっくりと洞窟の中へと入っていく。

 薄暗い中、青く輝く水面がやけに眩しく思いながらもユキノは瞳を細める。傍らのドッグタン、カリンも尻尾をふって楽しんでいるようだ。
(綺麗な所ですね。私の故郷にも洞窟あったけど、やっぱ異世界のって趣あります)
 そんな事を思っている内に、ゴンドラは祭壇のある場所までやって来た。お供え物はいろんな場所に置かれ、辺りには幾つものロウソクが立っている。その灯火と水面の煌きにに祭壇が浮かび上がる。
(見事な物だな)
 アクラブは静かに、祭壇を見つめた。ロストナンバーとして色々な世界を巡った彼だが、その彼方此方で様々な神の伝承を聞き、宗教があることを知った。そして、その度に神々の偉大さを知っていく。彼自身は彼が信仰する神を信じているが、それは自然と素直に受け止められた。そして、あの世界での争いが全て無意味にさえ思えていた。
 アクラブは自然と膝を折り、遠く神に祈る民の幸せを祈っていた。その傍らで、ユキノとカリンも「戦争って虚しい事ですよね」と思いつつも祈っていた。
(この世界も、色々な戦争に巻き込まれてきたんですよね)
 あまり来た事がないとはいえ、ユキノも先の海底での戦を体験している。その時の事を思い出しながら、彼女は静かに瞳を閉ざした。
 やや遅れて、ジュリエッタがイタリアの銘酒たるワインを祭壇に捧げる。そして、かつて、彼女が作った料理を美味しそうに見つめ、満足そうに頷いた『鋼の皇帝』ジェロームの事を思った。
(叶う事ならば、当時の事を鋼鉄将軍に話す事ができれば……)
 ジュリエッタがそう思った時。カシャリ、と金属めいた音がした。横を見ると、身なりを整えた初老の男性が祈りを捧げている。その下半身はどうみても、金属出てきた馬のようなモノだった。噂が本当ならば、その男は『刃金のケンタウロス』アスラ・アリムタである。
「わたくしは、ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノという者じゃ。そなたは……もしや、鋼鉄将軍であった者か?」
「いかにも」
 ジュリエッタの問いに男性……アスラは頷いた。

 ジュリエッタ、アクラブ、ユキノは暫しアスラと話す事になった。アスラは、ジュリエッタから齎された話に、僅かに瞳を細めて頷いた。が、その時、どこか遠い目になっていたのは何故だろうか。
 しばらく話した後、黙って祭壇を見つめていた4人であったが、不意にユキノが口を開いた。
「私、あと何度ここへ来られるかわかりません。だけど、ブルーインブルーが大好きです」
 不意に放たれた言葉にアクラブとジュリエッタ、アスラは目を見開く。ユキノはこの世界が平和であるよう祈りながらもう一度微笑むと、アスラは静かに
「そうか……。ならば、よく見るといい。この世界の『あり方』を。貴様達ジャンクヘブンの傭兵たちの『視点』から、我ら海に生き命を賭ける者達の『生き様』をな」
 と、藍色の瞳をユキノの黒い瞳、アクラブの金色の瞳、ジュリエッタの緑色の瞳を見て言った。
「そうさせてもらおう」
 アクラブが、力強く厳かに言えばジュリエッタとユキノ、カリンも頷く。アスラはもう一度静かに頷くと、ゆっくりと迎えに来たゴンドラに乗って洞窟を後にした。

 その近くで、坂上 健は一人祭壇を見つめていた。彼は無言で立ち尽くしていたが、やがて膝をついて祈り始めた。
(もう、ここには行かないだろうな)
 4月になれば、壱番世界で警察官になる。再帰属するか否かなど関係なく、壱番世界の中でそこを守ると決めていたのだ。故に、この旅が最後のブルーインブルー訪問になるかもしれなかった。
(今思えば、俺は人を殺しているんだよな)
 健は何気なく祭壇と自分の手を交互に見た。なるべく人を殺したくないと思って旅をしてきたが、全くそうしなかった訳ではなかった。間接的な殺人を含めれば相当な数となる。
(理由が何であれ、殺してしまえば賊となんら変わりない)
 違いがあるとすれば、本人の信念の差だけだろうか。そんなことを考えながら健は嘗て戦った鋼鉄将軍の女性を思い出していた。
「アラクネー、俺はさ…」
 そこから先が、何も言えなかった。ただ、柔らかな感触が頬に、彼女の最期の言葉が耳元に蘇って涙が溢れた。


転:魂の休息?

 シレンシオの温泉は、程よい温度でしかも海がよく見える。僅かに青みがかった温泉で心身の疲れを癒していこうという者も少なからず存在した。

 潮騒と風の音に耳をすませながら、百田 十三は湯を手で掬い、顔を濡らした。
(温泉に釣られたのが早計だったか?)
 軽く頭をふるいつつ持ち込んだ酒を飲んでいると、声が聞こえる。どうやら、自分の他にも客入るらしい。彼はふぅ、と僅かにため息をついて何気なく天を仰いだ。
 戦ってどちらか一方が死ぬのは当たり前で、この世界の海賊たちともその程度の縁しかない。十三が思い深まり悩む死者は魍魎夜界の者だけだ。
(主義主張が違うから戦った。それが戦ならばどちらかが死ぬ。当たり前のことだ)
 自分もいつか『あちら側』へ行くだろう。その時、自分を悼む人間など居ない。負けたから消える。それだけの事だ。十三は妙に覚めていく脳裏の中でそう呟く。
(居心地が、悪いな)
 誰かを悼むのは当たり前過ぎて、非日常が『常』となった十三は、そんな事を思いながらもう一度酒を飲む。海原に輝く陽光が、やけに眩しく感じられた。

 少し離れた所でヴァージニア・劉と星川 征秀は共に温泉に入っていた。普段シャワーで済ませる事が多い征秀は久々に浸かる湯船でうぅん、と伸びをして安堵の息を吐く。
「こうしてゆっくり湯船に浸かるのもいいな」
「気持ちいいよなぁ。疲れが取れる」
 劉もまた僅かに口元を綻ばせ、笑う。その時、何気なく自分と征秀の体を見比べた。痩せた劉に比べ、それなりに引き締まり鍛えられた征秀の身体は健康的に見えた。
「へぇ、お前着やせして見えるけどさ。結構いいカラダしてるんだな」
「そういうあんたはガリガリだな。飯、ちゃんと食ってるのか?」
 自分が言えた義理ではないが、と前置きした上で食事の大切さを語る征秀に劉は苦笑して鍛えても筋肉がつかない体質だ、と答える。そんなこんなで体や健康について話している内に、体の傷の数を争う話になっていた。
「ん?」
 その時、劉が目にしたのは、征秀の背中にある大きな傷だった。征秀はバツが悪そうな顔で背中に触れる。
「こいつか? まぁ、昔、ちょっとしくじった事があってな。……そういうあんたこそおかしな傷痕がいっぱいあるじゃないか」
「ははっ、お互い様ってやつさ」
 劉は笑うが、その傷は全身にある。何をされたのかは定かではないが、征秀は無理に聞こうとはしなかった。

僅かな間の後。劉が「隙有り」と指鉄砲で征秀の顔面に湯をかける。それに面食らった彼はお返しにとばかりに劉の顔めがけお湯をかける。そんな応酬を繰り返しているうちに互いに互いを沈めようとふざけあう。そんな姿に、少し離れた所にいた十三が肩をすくめる。
「静かにしろ」
 十三が呆れたようにそう言えば、劉が「へいへい」とやる気のない返事を返えせば征秀も苦笑する。
(男ってのはいつまでたってもバカでガキでくだんねーな)
 劉は胸の中でそんな事を考えていた。


結:雪と音色と言霊と

 水面に揺れながら、吉備 サクラはマリンスノーに包まれていた。傍らではジェリーフィッシュタンのゆりりんがいっしょにふよふよ浮かんでいる。
 コンタクトをはめた上でゴーグルをつけ、こうして海に潜ったのは下からマリンスノーを見たかったからだ。極彩色の雪の中、サクラはただ静かに揺蕩っていた。
(血煙みたいかしら……でも……)
 僅かに目を細めると、何故だろう。自分の名前と同じ花の花弁が降り注ぐ光景が脳裏をよぎった。儚い世界の中、サクラはただこの光景に溶けるように浮かぶ。
(海底に、血と涙の雨が降る。触っても溶けず染み込まずたださらさらと流れて……)
 このように消えていけたらどんなにいいだろうか。この体も、心も、何もかも全て。そうすれば……。
 そんな事を考えたとき、ぺちん、と何かが頬に触れた。ゆりりんの触手だった。ゆりりんは不思議そうにサクラを見つめる。相棒になんと伝えたらいいのか冷静に考えながら、サクラは小さく微笑んだ。
「ねぇ、ゆりりん。私はもう……」
 その時、波間に三味線の音色が聞こえた気がした。

 マリンスノーを見つめ、静かに祈りを捧げていた老紳士ジョヴァンニ・コルレオーネはわずかに瞳を細め、三味線の音色に耳を傾けていた。
(儂が葬った命も、この海に散った命も等しく冥福あれと願うのは生者の傲慢じゃろうか)
 そう思っていた矢先、ジョヴァンニは見覚えのある女性を見つけた。『ジェロームポリス』での戦いで剣を交えた相手、ポーラは漆黒のドレス姿でそこにいた。彼は紳士的に挨拶をすると、共に歩く事にした。
 暫くゆっくりと海を眺めながら歩いていたが、ジョヴァンニはふと、問いかける。
「マダム、貴女は今幸せか? そうであるなら、よいのじゃが」
「ええ。気の置けない仲間たちと共に旅をしているからかしらね」
 ポーラは首から下げた指輪を見つめつつ答え、ジョヴァンニは静かに微笑む。暫くの間、2人とも黙っていたが、ややあって「一曲お相手してもらえぬか」とジョヴァンニが手を差し伸べた。恭しく手を重ね、ポーラは応じる。三味線の音色が何処からともなく聞こえる中、2人はスロウなワルツを舞うのだった。

 この三味線を奏でているのは黒髪と細身が印象的な有馬 春臣だった。彼は眠れる者達の為に一曲捧げていた。
(見事な物だな)
 春臣は、自分の中にいる悪魔と共に感嘆の息を吐きながら、トラベルギアである三味線を奏で続ける。そうしながら想ったのは、ある雪の夜だった。
(そういえば、契約した日も……)
 弦から指を、骨を通して体へ流れる音色に悪魔がわずかに笑い、釣られて春臣も笑う。いや、二人共あの夜を思い出して苦笑しているのだろうか。
演奏を終えると春臣は静かに黙祷した。悪魔に翻弄される自分達を珊瑚に重ね、自分と同僚達と大切だった女性の為……。
「また会おう」
 自然と、そう言っていた。

 気がつくと、拍手が聞こえていた。振り返るとダンジャが木に凭れて彼を見ていた。苦笑する春臣であったがダンジャが負傷している事に気づくと彼は医者の顔となる。
 挨拶もそこそこに治療を済ませると、ダンジャの表情は普段の明るい物となった。彼女はふふ、と笑うと先日の事を思い出した。とある人の中にいる悪魔と交戦した日だ。彼女は、僅かに思案すると……徐に懐から糸巻を取り出した。一見白く見える糸だが、僅かに海の色のような光を纏っている。
「それは?」
「ちょいとね」
 不思議そうに問う春臣にダンジャは笑ってみせる。そうしながらも、そっと問いかけた。
「お前さんの中の悪魔は、一体何者なんだい?」
 その言葉で何か気づいたのだろう。春臣は努めて真面目な顔で答える。
「こいつは、理性の一片だ」
「そうかい」
 ダンジャは小さく頷き、「上手にお使い、坊や」と糸巻を春臣の手に渡す。彼は受け取ると「ありがとう」と頭を下げた。ダンジャがなぜ負傷したのか。そしてその糸巻が何なのか、春臣には全て解った。だからこそ、心から礼を述べ、心から『人として』誓う。
 ――只ではやられたりしない。

「ふふ、人間を巻き込んだ事、存分に後悔させておやりな。もう二度と関わりたくないと思う程にね」
「ああ」
 ダンジャの言葉に、春臣は笑顔で頷く。そして、意志を固めるように三味線を握るとより口元を綻ばせ、再び演奏をはじめる。ダンジャはその明るい音色に、彼等の勝利と終わった跡に再び笑顔で会える事を祈った。

 ワルツの後、ジョヴァンニとポーラは再び並んで海を見ていた。マリンスノーの揺れる世界を心に刻み込みつつ、ジョヴァンニは言う。
「どうか、お達者で。世界は違っても心から貴女の幸せを願っておるよ」
「ありがとう、ジョヴァンニさん。わたくしも、貴方の幸せを願っているわ」
 二人はそう笑い合って別れた。

 静かな島に、雪が降る。
 その穏やかな時間は、緩やかに、確実に過ぎていった。

 ――双蒼の世界の片隅は、今日も晴れ渡っていた。

(終)

クリエイターコメント菊華です。
お待たせいたしました。『静寂の島』での一時、お届けいたします。

今回はしっとりと仕上げたつもりです。
残りわずかとなりましたが、私も皆様の旅が素敵なものになりますよう、心から祈らせていただきます。

それでは、また縁がありましたらよろしくお願いします。
公開日時2014-01-25(土) 12:20

 

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