クリエイター鴇家楽士(wyvc2268)
管理番号1185-23416 オファー日2013-04-20(土) 21:07

オファーPC ユーウォン(cxtf9831)ツーリスト 男 40歳 運び屋(お届け屋)

<ノベル>

 あの時、おれのほうを見ていたきみは、何を考えていたんだろう。

 ◇ ◇ ◇

 雪交じりの砂嵐が、轟々と唸りを上げながら、その凶暴な拳を所構わず叩きつける。
 その様子を、ユーウォンと少年は暗闇の中から見つめていた。
 急激に下がった気温に、少年は外套の前を指先で手繰り寄せて、白い息を吐く。

 ◇

 数日前。
 ユーウォンが運び屋としての仕事を終えた帰りのことだった。
 ゆっくりと翼を動かす彼の眼下に、ふと、小さな集落が現れる。
 そのほとんどは無数の槍を突き立てたかのような岩山となり、素朴な住居の数々を転覆させ、串刺しにしていた。
 周囲を囲む豊かな森の木々は、広げた枝や太い根を蠢く触手へと変えて、近づく者を手当たり次第捕食し、大地は乾ききった砂となり、わずかに残った湧き水も枯れかけていた。
 人々が集まっている場所にユーウォンが降り立つと、どよめきと表現するのは憚られるような、弱々しい複数の声が上がる。
 彼は、周囲を見渡した。
 恐らく、ここに集まっているのが、生き残った住人の全てなのだろう。
 主に住居があった区域は岩山になっていたため、非常用のテントや、落ちていた板や木の枝、岩などを使った即席のバラックが彼らの今の棲家となっていた。
 負傷者や病人が優先的にそこへと入っているようだが、表にいる者たちも、とても元気そうには見えない。
 このまま集落が滅びていくのは、時間の問題と思われた。
 生気を失っていた人々の目の奥に光がともり、強張った顔に浮かんだ笑みが、ユーウォンへと向けられる。
 彼は、まれにではあるが、集落から別の集落へと、人間を案内することがあった。
 ここの人々にとって、突然現れたユーウォンは、まさに僥倖そのものだったのだ。

「いやだ! ――いやだよ!」
 その少年は、泣きながらそう叫んだ。
「……頼む、村のためでもあるんだ」
 少年の叔父だという男は、腹の底から搾り出したような声で、彼を説得しようと試みる。
 彼の両親は共に、木に食われて死んだという。
「おれがここを通ったのも偶然なんだ。もう二度と、こんなことはないかもしれない」
 ユーウォンもそう言って少年を見る。
 彼はその視線は受け止めずに、集まる人々を見ながら言った。
「みんなも一緒じゃないなら、いやだ!」
 彼の必死の訴えに、けれども皆は悲痛な面持ちで口ごもる。
「それは、できないよ」
 はっきりとしたユーウォンの言葉に、少年は恐ろしいものでも見たかのような顔を向けた。
 旅は、確実に厳しいものとなる。
 この集落の中でそれに耐えうるほどの体力が残っているのは、少年だけだ。満足に動けない者は、足手まといにしかならない。下手をすれば全滅という結末が待ち構えている。
 ユーウォンには自然の脅威を過小評価することは出来なかったし、自分の力を過大評価する気もなかった。
「お願いよ、どうか、お願い……」
 身動きがままならない者も、這ってでも少年を説得しようとする。
 説得はそれから長い時間をかけて行われた。
 少年が泣いても、喚いても、何を訴えようとも皆、引くことはせず、ユーウォンもまた、精一杯の誘いの言葉をかけた。
 せっかくこうして出会い、助かるかもしれない命を、このまま見過ごすわけにはいかなかったからだ。
 この旅を乗り越えるには、少年自身の決意、自らの足で進もうという意志が必要だった。
 説得する人々の体力も限界へと近づき始めた頃、ようやく少年は折れた。

「……どうか、この子を頼みます」
「うん、頑張るよ」
 ユーウォンは少年の叔父に頷く。それ以上のことは言えなかった。
 それなりに強い人間だけが、生まれた集落を離れることが出来る。
 しかし、無事に目的地へと辿り着ける時もあれば、そうではない時もあった。結局は、運の良さがそれを左右するのだ。
 少年は泣きじゃくり、何も言葉を発せずにいた。
 叔父は彼を抱きしめてから、その手を名残惜しそうに離す。
 まだ動けるものは、少年の頬に触れたり、言葉をかけたりし、それぞれの別れを惜しんだ。
「おいら、がんばるから! それで……」
 少年の口からやっと出た言葉も、涙の中にうずもれる。何と続けたら良いのかも、わからなかった。
 そして彼はユーウォンに手を引かれ、集落を後にする。

 ◇

「運が良かったよ」
 ユーウォンは波打ち、弾ける砂嵐を見ながら、そう言った。
 数日の間、それほどの危険に見舞われなかったこともだが、この砂嵐の中、上手い具合に隠れられる木のうろを見つけられたのは大きい。
 少年の反応がないので振り返ると、彼は壁によりかかり、小さく寝息を立てていた。ここまでの疲れが、一気に噴き出したのだろう。
 休息をとることも旅には必要だ。不安のあまり眠ったり食べたりすることも出来ず、自ら命を削ってしまう者もいる。その点、少年は心配なさそうだった。
 ユーウォンは念のため、眠る彼よりもさらに奥の方を確認する。
 最初に見た時は行き止まりだったが、次の瞬間にはぽっかりと口を開けているということもありうる。しかし、そういった危険は今のところなさそうだった。
 再び外へと目を向ける。まだ嵐の勢いは変わる気配を見せない。
 しばらく、その咆哮だけが辺りに鳴り響いた。
「……みんな、あのまま死んじゃうのかな。父ちゃんと、母ちゃんみたいに」
 いつの間に起きていたのか、少年が、ぽつりと言った。
 幸いというべきなのか、彼が両親の無残な死に様を目の当たりにすることはなかった。
 過酷なこの世界の中にあれば、死というものを理解するのに幼すぎるということはない。
 だが、両親は骨すらも残らず食べつくされたために、もう会えないのだという実感は、なかなか少年の中に湧いてはこなかった。
「おいらだけ逃げて、よかったのかな」
「みんな、きみが生きのびることを望んでる。おれだって、きみを助けたいと思ってる」
 言葉は違っても、幾度も繰り返したことを、ユーウォンはまた口にする。
「……わかってるよ」
 少年は、もう泣かなかった。
 前へと進もうとはしていたけれど、それでも、どうしても様々な感情が湧き上がってきてしまう。
「おいら、早く大人になりたい。それで、たくさんのことを知って、強くなって、みんなを助けたい」
 少年の心へ去来していたのは、具体的な未来ではなく、大人になったら何か変わるのではないかという、漠然とした期待だった。
 実際の大人たちは、なすすべもなく世界に飲み込まれてしまった。
 それでも少年は、大人になりたいと願った。大人になってから見た世界は、きっと今とは違って見えると思ったからだ。
 そのためには、まず、今を生き延びねばならない。
「嵐がおさまってきたみたいだ」
 その少年の願いに応えるかのように、外が次第に静かに、明るくなってくる。
 ユーウォンは円い目と大きな口を笑みの形へと変え、少年の方を見た。
「出発しよう」
 少年も、ぎこちない笑みを、初めてその顔に浮かべ、頷いた。
 だが、異変はすぐに訪れることとなる。
「あれって――!?」
 うろの中から外へと出てすぐ、何気なく上を見た少年は、その場に立ちすくんだ。
 木の枝に、何かが引っかかっている。――いや、捕らえられている。
 枝は、風に揺れるのではなく、明らかに自らの力で蠢いていた。
 それに絡みつかれた影に両親の姿を重ね、彼は言葉を失う。
 しかし、それは人間の持つ形とは、ずいぶんと違っていた。
「あっ……」
 少年は、今度は喉の奥から微かな声を漏らす。
 半身を食われた状態でいるのは、ユーウォンの同族だったのだ。
 それを知り、少年は隣を、恐る恐るといったふうに窺う。
 しかし、当のユーウォンの顔に浮かんでいたのは、微笑みだった。
「ありがとう」
 一瞬自分にかけられた言葉かと思い、少年はぴくりと体を動かす。
 けれどもユーウォンが感謝の言葉をかけたのは、彼の同族に対してだった。
「きみのおかげで、助かったよ。――新しい旅に幸いあれ」
 木が満腹だったおかげで、二人は命を助けられた。それも非常に幸運な出来事だったといえよう。
 戸惑う少年には構わず、明るく挨拶をしたユーウォンに、もちろん亡骸が返事を返すことはない。虚ろに開かれた円い瞳が、こちらをぼんやりと見据えているだけだ。
 その奥に、底のない闇を見たような気がして、少年は体を震わせる。
 そこからようやく視線をもぎ取るようにして逸らすと、また同じ形の瞳に出会い、思わず彼は声を上げそうになった。
 明るい光を灯した青の瞳はくるくると動き、彼を不思議そうに見ている。
「さぁ、行こうか」
 少年は何も言えず、再び歩き出したユーウォンの背中を、しばらくぼんやりと眺めていた。

 それからさらに口数が減り、気がつけば妙な面持ちでずっとこちらを見ていたり、かと思えば突然視線を逸らしたりする少年を不思議には思っても、ユーウォンはその理由をあえて尋ねることも、考えることもしなかった。
 命がけで旅をするという人間の事情や気持ちというものを、その頃の彼が気にすることはなかったのだ。

 やがて無事に別の集落に着き、ユーウォンは運び屋としての仕事を全うした。
 少年は新たな集落へと温かく迎えられる。
 彼はこちらに向かって小さくお辞儀をし、ユーウォンはそれに手を振って応えたようにも思う。
 別れる時の顔を思い出そうとしても、それは上手く像を結ばない。

 ◇ ◇ ◇

 故郷の空、故郷の人たち、故郷の家。
 みんなは、それを懐かしく語る。
 でもおれが思い出すのは、どんどん変わっていく景色なんだ。
 それが故郷の景色だっていうことはわかっても、そこに懐かしさってのを感じることは出来ない。

 今はここの大地も、見渡す限りの緑に覆われて、おれが来たときとはずいぶん様変わりをしたけど、それでも、おれの故郷に比べれば、はてしなく変化がないって言ったっておかしくない。
 ここへ来て、いろんな世界から来た人に会って、故郷のことだけじゃなく、出会いや別れとか、幸せとか、生きることや死ぬってことにも、たくさんの考えかたがあるってことを知った。
 そして、旅をするニンゲンにも、それぞれにいろんな理由があって、それぞれに覚悟と決心を持っていたっていうことが、ようやくわかったんだ。

 そう――確か、黒い目をしてた。
 最初はまっすぐにこっちを見てた目も、旅の終わりのころには、どこか違うところを見てたことも多かったけど、最後の最後、別れるときに、またまっすぐにこっちを見たんだ。
 あの男の子は、無事に大人になれたのかな。
 家族と暮らして、たくさんのことを知って、みんなを助けているんだろうか。
 あの時は気にもとめなかったけど、今になって気になるんだ。

 もしかしたらおれも、少し大人になってるってことなのかもしれないな。

クリエイターコメントこんにちは。鴇家楽士です。
お待たせいたしました。プラノベをお届けします。

今回はこういった構成にしてみましたが、いかがだったでしょうか。
故郷のシーンでは、ユーウォンさんとの立場や考え方の違いなどがわかりやすくなるかと思ったので、少年側の描写も結構入れてみました。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

改めまして、オファーをいただき、ありがとうございました!
またご縁がありましたら宜しくお願い致します。
公開日時2013-05-12(日) 11:50

 

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