「ティアラ姫は、眠る王子を背負ったまま、悪い魔法使いを倒しました」 ターミナルの一角、『Pandora』という看板が掛かった小さな古書店で、店主のティアラ・アレンは、大きな革表紙の本を手に呟いていた。丸眼鏡の奥の瞳が真剣に光る。「……そして、王子を連れて国に帰ったティアラ姫は女王となり、全世界に君臨しました。――おおおおおっ! これは行ける! 行けるわ!」 一人で盛り上がる彼女をよそに、灰毛の猫のリルデは、積みあがった本の上で丸々と太った体を揺すらせ、興味なさげに「ウニャァ」と鳴く。 ティアラの元いた世界は、魔法が一般にも広く浸透していて、勉強すれば、誰もが魔法を使うことが可能だった。だが、元来の無精さが影響したのか、本好きの彼女の魔法は、本にしか効果がない。 こちらの世界に来て古書店を始め、色々な本を作っては売り出したのだが、飛び出す絵本は中身が逃げ出して返品され、読み聞かせをしてくれる本は、滑舌が悪い上に読み間違いが多すぎて返品、勉強を教えてくれる参考書は、スパルタ過ぎてついて行けずに返品……と、ロクな商品が出来ていない。 今回完成した新作は、好きな者を主人公や登場人物にし、勝手に物語を創作してくれるという本だった。さらに、希望するシーンの挿絵も一枚描かれる。「早速宣伝よ!」 ティアラは気合を入れると、チラシの制作に入った。●ご案内このソロシナリオでは、PCさんが古書店『Pandora』を訪れて依頼するというシチュエーションで、主に、魔法の本により作られた、PCさんを登場人物とした物語の内容が描写されます。物語は、童話や絵本のような雰囲気になります。プレイングには・物語にしてもらいたい内容・その物語を読んでの反応や感想・挿絵にしてもらいたいシーンなどをお書きください。お任せも可能ですが、その場合でも、キーワードやモチーフ、方向性などを何かしら書いていただけると助かります。ご希望があれば、NPCのティアラを登場させることも可能です。その場合は、その旨をプレイングに明記してください。
「えっとね、こんにちはなのですー」 シーアールシー ゼロはそう言ってふわりとお辞儀をし、カウンターの前に置かれた椅子に、ちょこんと腰掛けた。 「ふんわりでふわもこでねむねむなお話をお願いするのですー。ティアラさんにもぜひ登場してもらいたいのですー」 「それはありがとう。どんな話になるか楽しみね!」 ティアラは笑顔で頷き、儀式の準備が始められる。 彼女の口から声にならない言葉が紡がれた後、羽根ペンが本に叩きつけられた。 「本よ、本よ、我が意志を受け変化を遂げよ!」 そして本は眩い光を放ち、浮き上がり、ページがひとりでにぱらぱらと捲れ、始まりのページまでたどり着く。 「さぁ、ゼロさんとティアラのお話の、はじまりはじまり!」 ◇ ◇ ◇ ふんわりでもこもこな、小さい綿帽子。 それは魔法の綿帽子でしたから、魔法の箱に入っていました。 魔法の綿帽子といえば、魔法の箱に入っていると決まっていますし、だとすれば、それが魔法の綿帽子の役目というものです。 小さなティアラはというと、魔法の綿帽子を大事にしまっておくのが役目でした。 大事に大事に、無限に入れ子になっている箱の奥の奥の奥の奥にしまっておいたのですけれども、ある日のこと、魔法の綿帽子はお役目をすっかり忘れてしまったようで、魔法の箱から飛び出してしまったのです。 箱は無限に入れ子になっていますから、綿帽子も当然、無限に小さくなっています。 無限に小さな魔法の綿帽子は、ちょうど吹いてきたふんわりとした風にそのまま飛ばされて、広い広い世界の何処かへとすっかり見えなくなってしまいました。 ティアラは困り果て、綿帽子が消えてしまった空と、うずまきのようにぐるぐるになった箱の中を見比べて、泣きそうな声で言います。 「ゼロ、どうしよう」 すると、ほんわりとした声が、ふんわりと返ってきました。 「いっしょにさがすのですー」 ゼロというのは、大きな大きな無限に大きなふんわりねむねむしている女の子で、ふんわりでふわもこでねむねむな世界に住み、いつもふんわりほんわりまどろんでいるのですが、お友だちの声はよく聞いていました。 別にお友だちの声でなくても聞いているのですけれどもね、特別によく聞こえるのです。お友だちの声ですから。 ティアラはゼロの返事を聞くとほっとして、広い広い草原を走って綿帽子をさがすことにしました。 走るのは急いでいる時と決まっていますから、広い広い世界も、ものの三分もあればまわれるようになります。 けれども同時に焦ってもいましたので、そういう時は何十週まわっても見つからないものなのです。 ティアラは雲のようにもこもこした、もこもこクジラの口の中をのぞき込んだり、砂漠の小さな砂粒を、もっと小さな小さなスコップで掘り返して調べてみたりしましたが、魔法の綿帽子はちっとも見つかりません。(もこもこクジラの虫歯は二十五本も見つかりましたけどね!) お天気もよかったことですし、そろそろ休もうということになって、ゼロとティアラはお弁当を食べることにしました。 広い広い世界は文字どおりとっても広いので、すてきな緑の山のつらなる景色も、深い底まで見えるほど透きとおった美しい湖や虫たちが遊ぶにぎやかな花畑も、自分の立っている場所でさえ遠すぎて見えないのですけれど、肝心なのはどんな時でも楽しもうという心です。 「お弁当おいしいのですー。お天気もよくて気持ちがいいのですー」 「ええ、すごくふわふわだし、ふわふわな気分になるわね」 ふわもこなお弁当はふわふわでもこもこなだけではなく、たいそうなめらかでやさしくて、食べていると幸せな気持ちでいっぱいになれました。 二人は顔を見あわせてお弁当の美味しさを語りあったり、遠くて見えない景色を眺めたりしてゆったりと時間をすごします。 お日さまの光はあたたかく、無限に広い世界を、ぽかぽかと照らしていました。 それがとっても心地よく、おなかもいっぱいでしたので、ゼロはやがてまどろみはじめます。 ティアラもお友だちですから、いっしょにまどろみはじめます。 するとあたりまえのことなのですけれども、魔法の綿帽子もまどろみはじめるのですね。 「綿帽子だわ!」 あっと気づいた時には、綿帽子もあっと気づきます。 ティアラは急いで追っかけたのですけれど、追っかけられれば逃げるのが魔法の綿帽子です。 すぐに見えなくなってしまった綿帽子にがっかりし、ティアラは立ちつくしてしまいました。 「だいじょうぶなのですー」 でも、ゼロは自信たっぷりに、けれどもほわほわと言いました。 「綿帽子のある場所がわかったのです」 ゼロが無限に大きな目をふんわりと閉じると、無限に広い手のひらの上に、たしかに無限に小さな綿帽子のふわふわが感じとれます。 無限に大きなゼロは、無限に大きな手のひらの上に、無限に小さな綿帽子をのせたまま、いままでのゼロの無限の大きさが無限の小ささに見えるほどに、どんどん無限に大きくなりました。 すると無限に小さな綿帽子は、同じようにいままでよりもずっとずっと大きくなって、普通の大きさの綿帽子になります。 ゼロはその普通の大きさになった綿帽子を手に、またさらに無限に大きくなりました。 そして無限に大きな魔法の綿帽子になった普通の大きさの綿帽子をかぶると、ふわっと笑います。 ティアラもつられてふわりと笑い、綿帽子もふわふわと笑いました。 それから魔法の綿帽子は、逃げ出すことはしなくなりました。 どこへ飛んでいっても無限に大きなゼロの手のひらの上ですから、ここにいたところで同じだからです。 ですからティアラも、魔法の綿帽子を大事にしまっておくのをやめました。 そしてゼロはというと、無限に大きな頭の上に、時に普通になったり大きくなったりする無限に小さな綿帽子をのせ、今日もティアラとお弁当を食べたり、まどろんだりするのでした。 ◇ ◇ ◇ 「無限に大きくて小さくて大きくて……?」 「とっても幸せでふんわりなお話だったのです。ティアラさんありがとうなのですー」 「え? ――ええ。こ、こちらこそ」 本を見ながら難しい顔でぶつぶつ呟くティアラの耳に、ゼロのふんわりとした声が届き、彼女は慌てて顔を上げた。 その表情は、まだどこか狐につままれたようでもある。 ゼロは物語を語り終え、閉じた白い表紙の本を優しく撫でると、そっと持ち上げる。 すると、中から挿絵が滑り出てきてカウンターの上にふわりと着地した。 それを手にした彼女は、物語の中のゼロのように、ふわっと笑う。 「絵もとっても幸せで、ふんわりなのですー」 そこにはふわふわの綿帽子をかぶったゼロが、ティアラと一緒に弁当を食べるシーンが描かれていた。 さすがに魔法の本も絵にしづらかったのか、ゼロもティアラも綿帽子も弁当も、普通のサイズだったけれど。
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