オープニング

 「ヘンリー&ロバート・リゾートカンパニー」は、より純粋に「異世界への旅」を行うことで、一人でも多くのロストナンバーに、外へ出る機会を与え、お互いの交流や、それぞれの旅の目的への意識を高めさせることを意図しているらしい。
 そんな彼らが拾ったのは、こんな声だった。


 あちらは旧暦だから、七夕だってこれからなんです!
 それに壱番世界ほど猛暑じゃないし、夕涼みの川遊びとか凄い風情があるって聞きました!
 優雅な夏休みをすっごく堪能したいので、是非夢浮橋の夏の行事を堪能しに行きたいです!


 そして雅なる絵巻物・夢浮橋出身の夢幻の宮へ聞き取り調査が行われ、ツアーを行うことが決定したのである。


 *-*-*


 夏は夜――そう語ったのは壱番世界の女性だ。
 夢浮橋も季節は夏である。だが現在の壱番世界・日本よりは涼しい。
 川のそばであれば、視覚や聴覚への刺激も相まって更に涼しく感じるかもしれない。

「とある川のそばに、蛍の宿(ほたるのやどり)といわれる建物がございます。大きなお屋敷で、普段は貴族の方々が訪れることもございます」

 夢幻の宮が言うには、その建物からは晴れていればよく星が見えるという。
 また、近くにある川まで出れば、蛍の舞う幽幻な様子を見ることも出来る。

 *

「折しも時は乞巧奠(きこうでん)――七夕でございます。この日、宮中では儀式が行われますが、蛍の宿では織女に対する願掛けと祈りの時間として過ごします」

 七夕の夜、蛍の宿の庭に机を出して供え物を置き、牽牛・織女の二星を祀る。
 牽牛・織女の二星会合を願うだけでなく、女性の針仕事の上達や、染織、書道、詩歌、音楽などの技芸が巧になるよう願われる。
 とくに針仕事の上達を祈るには、ヒサギの葉に金銀の針をそれぞれ7本刺して、5色の糸をより合わせたものを針穴に通す。
 また、願い事はカジの葉に書いて成就を祈るのだ。
 満天の星空で二人が出会うことを祈り、また願いをかけるのも良いだろう。

 *

 夜が明けたら、日差しも強くなる。
 川で遊ぶのはどうだろうか?
 澄んだ川の水は冷たくて、岩場に腰を掛けて足を浸すだけでも気持ちがいい。
 勿論、川の水は綺麗で飲むこともできるので、清水で喉を潤すのもいいだろう。

「蛍の宿りには氷室がございます。天然氷をけずって、蜜をかけた氷蜜は格別にございます」

 他にも川で冷やした野菜や果物を頂くのもよいだろう。
 蛍の宿に旅の商人が立ち寄るというから、この世界らしい小間物などを買い求めることもできるだろう。

 *

 夜、曇りがちになってきたら、川辺に出るといい。
 蛍たちが、幻想的な光景を作り出している事だろう。

「蛍の宿の名の通り、蛍狩りの名所にございますれば、幻想的な光景の中過ごすことも可能でございます」

 大騒ぎせず、静かに蛍の光を眺めるのであれば、その幻想的な光景を楽しむ事を許されるであろう。
 蛍はとてもデリケートな生き物なので、脅かしては来年以降その姿を見ることができなくなってしまうかもしれないので、そこは注意してほしい。蛍の集まる草むらに押し入ったりしなければ、もしかしたらあなた達の手にそっと、蛍の光が舞い降りるかもしれない。

「蛍狩りに出る時は、川辺に近づいたら明かりを消してくださいませ。カメラのフラッシュもご遠慮くださいませね」

 偽物の光で蛍を怯えさせないよう、注意して鑑賞してほしい。
 源氏蛍の黄色の光、姫蛍の桃色の光、さまざまな光があなた達へロマンティックな時間を与えてくれるだろう。


「この世界のほんのひと欠片ではありますが、皆様に夢浮橋の夏を堪能していただければと思います」
 そっと、案内役を引き受けた夢幻の宮は微笑んだ。



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!注意!
パーティシナリオでは、プレイング内容によっては描写がごくわずかになるか、ノベルに登場できない場合があります。ご参加の方はあらかじめご了承のうえ、趣旨に沿ったプレイングをお願いします。
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品目パーティシナリオ 管理番号2878
クリエイター天音みゆ(weys1093)
クリエイターコメントこんにちは、天音みゆです。
今回は吉備 サクラ(cnxm1610)さんの案で夢浮橋へのツアーを行わさせて頂きます。

簡単に言ってしまえば今回のご案内は七夕+川遊び+蛍狩りです。

1日目夜……七夕
2日目昼間……川遊び&買い物
2日目夜……蛍狩り
のイメージです。


以下から行動をお選びいただければと思います。
1つに集中、または2つくらいがプレイングの文字数的にも良いかと思われます。


【1】七夕に参加
・蛍の宿の庭で、技芸発達のための祈りを捧げたり、カジの葉に願い事を書いたり、星空を見上げてロマンティックな夜を過ごしたりできます。


【2】川遊び&冷たいものをいただく&買い物
・川で遊んだり、足を川の水に浸してまったりしたり、川の水で冷やした野菜や果物を頂いたり、天然氷でつくった氷蜜(かき氷のイメージでどうぞ)を頂いたりできます。
・蛍の宿に小間物を売る商人が立ち寄ります。和の小間物をお買い求めいただけます。


【3】蛍狩りに参加
・蛍の光飛び交う幽幻なシチュエーションをお楽しみ下さい。オープニングにある蛍観賞のルールは守ってくださいませ。



●お願い
同行者がいる場合はわかりやすく相手のお名前をお書きください。
誰とも絡みたくない場合は「独りで」などわかりやすくお書きください。
心情があるとキャラクターの把握がしやすいので、字数に余裕がありましたらぜひ沢山お書き添え下さい。


●NPCについて
私の担当NPCでしたら、お誘いいただいても構いません。
ロストメモリーは無理ですが。
お誘いがなければ出ません。

お誘い頂ける場合は、ツアーを楽しむという主旨から外れない形でお願い出来ればと思います。


※怨霊・物の怪は出ません。
※お召し物につきましては、基本、皆様浴衣を着ていただいているイメージです。あくまでもイメージですので、着たくない場合は無理強いはいたしません。
※今回蛍の宿付近は「ヘンリー&ロバート・リゾートカンパニー」の貸切扱いですので、人外の方も物の怪だとかなんだとか言われずにご参加いただけます。

比較的、静かな内容の多いツアーとなりますが、皆様に楽しんでいただければ、と思います。

参加者
吉備 サクラ(cnxm1610)コンダクター 女 18歳 服飾デザイナー志望
華月(cade5246)ツーリスト 女 16歳 土御門の華
百(cmev9842)ツーリスト 男 49歳 鬼狩りの退魔師
ニワトコ(cauv4259)ツーリスト 男 19歳 樹木/庭師
川原 撫子(cuee7619)コンダクター 女 21歳 アルバイター兼冒険者見習い?
ジューン(cbhx5705)ツーリスト その他 24歳 乳母
ニコ・ライニオ(cxzh6304)ツーリスト 男 20歳 ヒモ
坂上 健(czzp3547)コンダクター 男 18歳 覚醒時:武器ヲタク高校生、現在:警察官
シーアールシー ゼロ(czzf6499)ツーリスト 女 8歳 まどろむこと
アルウィン・ランズウィック(ccnt8867)ツーリスト 女 5歳 騎士(自称)
ティリクティア(curp9866)ツーリスト 女 10歳 巫女姫
百田 十三(cnxf4836)ツーリスト 男 38歳 符術師(退魔師)兼鍼灸師
司馬 ユキノ(ccyp7493)コンダクター 女 20歳 ヴォラース伯爵夫人
夜叉(cven2934)ツーリスト 男 25歳 鬼
ジャック・ハート(cbzs7269)ツーリスト 男 24歳 ハートのジャック
脇坂 一人(cybt4588)コンダクター 男 29歳 JA職員
ユーウォン(cxtf9831)ツーリスト 男 40歳 運び屋(お届け屋)
マルチェロ・キルシュ(cvxy2123)コンダクター 男 23歳 教員
榊(cdym2725)ツーリスト 男 27歳 賞金稼ぎ/賞金首
ドアマン(cvyu5216)ツーリスト 男 53歳 ドアマン

ノベル

 夜空には満天の星が瞬き、風がさやさやと葉を揺する。
 蛍の宿(ほたるのやどり)の庭では供物を並べた机が出され、ヒサギの葉やカジの葉も十分に用意されていた。


 *


「ジューンさんと相談して菖蒲ちゃんの浴衣を作りました! 本当は手縫いが正式ですけど時間足りなくてミシン使いました、ごめんなさい! 来年期待して下さい」
 吉備 サクラはジューンと共に菖蒲を誘い、お手製の浴衣姿で庭に出ていた。
「ありがとう、嬉しい!」
 慣れない浴衣姿で転ばないようにと菖蒲の手を取りながらカジの葉を取りに行くサクラ。墨と硯に向き合い、迷うことなく筆を動かす。
「何をお願いするの?」
「お願い事は人に喜ばれる仕立て屋になるです勿論です! これ機織りに関係する行事だから凄く楽しみでした」
 訪ねた菖蒲に意気込みが感じられる強さで答えたサクラは、まだ何も書いていない菖蒲の葉を見て。
「菖蒲ちゃんは何をお願いします?」
「うーん」
 訊ねられた菖蒲は瞳を閉じて首を傾げる。そして暫く唸った後、顔を上げた。
「サクラさんやジューンさんみたいな素敵な女性になれますように、かな!」

 願いを込めた葉を吊るす場所として、木と木の間に何本もの糸が、高さを変えて張られていた。
 百はカジの葉にラスが良い道を歩めるようにと記し、願いをこめて上の方へ吊るす。
 その横で背伸びした川原 撫子が吊るしていたのは『支え合える素敵な家族になれますように』『友達がみんな幸せになりますように』と書かれた二枚の葉。
(だって誰に見られるか分からないのに、素敵なお嫁さんになりたいとか書けないじゃないですかぁ。そんなに飛び越し過ぎの願いじゃないですよねぇ!?)
 ドキドキしながら吊るすと、さわりと優しい風に葉が揺れた。その拍子にちらりと撫子の願いが見えてしまった百は、乙女の温かい願いを黙っておくことにした。

「できた!」
「お上手でございます」
 ふわりと微笑む夢幻の宮と共にカジの葉を手にして糸へと向かうニワトコ。
『夢幻の宮さんとずっと一緒にいられますように』
 そう書かれた葉は、
『ニワトコ様とずっと一緒にいられますように』
 と書かれた葉と対になったように、同じリズムで風に揺れた。

「ゼロは世界群の安寧安息安泰安心安定安全安眠安逸をカジの葉に書くのですー」
 一枚じゃ足りなくて、数枚にわたって書かれたシーアールシー ゼロの願い。ずずずと大きくなって一番上の糸に葉を飾る。なんとなく、一番上のほうがお星様に願いが届きやすい気がしたのだ。
 ふと空を見上げれば、満天の星空がゼロを見下ろしていて。
「星空はどの世界でも変わりなく綺麗なのです」
 星空に願うのは、二星会合。だって世に『りあじゅう』が増えるのはめでたいから。
「りあじゅうさんが増えますようになのです」
 その様子を樽酒を飲みながら眺めていたのは百田 十三だ。酒豪の彼はもうすでに持参した樽酒をかなり飲み干したようだが、酔った様子はない。
「魍魎夜界の夜は人の時間ではなかったから、夜を楽しむという行事自体がなかった。何を見ても興味深いし楽しいぞ」
 近くに座ったロストナンバーに酒を差し出して一緒に飲めば、楽しい時間がより楽しいものとなった。

 借りた浴衣を纏って髪を結い上げて。司馬 ユキノは縁台に腰を掛けて空を見上げる。
(満点の星空、澄んだ空気、川のせせらぎ……なんだかここは、ふるさとに似ていて落ち着く)
 それにこの世界にも七夕伝説があるなんて。
(ホントに昔の壱番世界って感じなんだなー。他にどんな伝承があるのか興味あるかも)
 それこそユキノの知っている伝説が他にもあるかもしれない。
 カジの葉のある台がすいたのを見て立ち上がったユキノ。浴衣を着るのは小学生以来で、少し心もとない。動きがぎこちなくなってしまう。
(だ、大丈夫かな私……歩き方とかおかしくないかな?)
 あたりを見渡してみれば、ユキノの歩き方に特に注目している者はいないようだった。よかったと口の中で呟き、カジの葉と筆を手に取る。
『壱番世界が救われますように』
 葉の墨が乾くのを待って、空を見上げて葉を抱く。そして心の中で祈った。

 黒地に細い白い縦線が入った浴衣。腰で締めた白地に紺で模様の入った帯が映える。
 以前世界司書の紫上緋穂が見立てた浴衣に身を包んだマルチェロ・キルシュ。すっかり一人で着付けもできるようになった。肩に乗ったロボットフォームのセクタンがお供え物に視線を向けるのに気づいて、いざというときは止めようと心に決めながら、カジの葉に願いをしたためていく。
 したためたのは恋人、もとい婚約者のお店の繁盛と『今後も旅先で楽しいことが起こりますように』と。
(いずれ真理数0を得る日が自分にも来るだろう。冒険旅行もだが、人生という意味での旅路にも幸多からんことを……)

 まだ一緒にいてもいいわよね、と自分に言い聞かせるのは華月。傍らには浴衣を着込んで現れた藤原鷹頼がいた。
「手紙……返事していなくてごめんなさい」
「いや、いきなりだったからな、仕方ない」
 返事がないということは無視されてしまったか途中で散ってしまって届かなかったか――そんな考えのこの世界で手紙の返事がこないまま別の誘いをかけられて戸惑わなかったわけがない。しかし鷹頼は快く誘いを受けてくれた。よかった、華月は彼の姿を見た時ほっと息をついた。それと同時に彼のいつもと違う姿に逸る鼓動を抑えきれなかった。
 この世界は壱番世界の平安時代と似ているが、所々異なった部分もあるようで、特に食べ物が顕著だが服装に関しても庶民や畏まらない場合の貴族は振り袖や浴衣を着たりするようだ。現に華月も鷹頼の浴衣姿を、冠をかぶっていない姿を初めて見た。
「鷹頼さんは小さい頃から行事には参加しているのよね」
「ああ、家でも宮廷でも乞巧奠の儀式は行われるからな。と言っても主に女性の儀式という印象が強かったが」
「あっ……お仕事!」
 宮廷でも儀式が行われるのならば、頭中将である鷹頼も出席しなければいけなかったのではないか。気づいて華月は顔を青くする。
「大丈夫だ。宮廷での儀式は夜中から早朝に行われた。それに俺は自分が来たかったから来たんだ。華月が気に病むことははない」
「そう……?」
 今日は特別な日。ならば信じてしまおうと華月はカジの葉を手にして。
『銀細工作りがもっと上手くなりますように』と書き記した。それを鷹頼の手によって上の方に結んでもらい、縁台で心地よい風に揺れる葉を眺める。
(2人がちゃんと出会えますように、自分ももう少しだけ鷹頼さんと一緒にいられますように)
 そっと、心の中で祈った華月は正面を向いたまま、名残惜しげに口を開いた。
「今日は急なお誘いに付き合ってくれて有難う。とても楽しかったわ」
 しかし返ってきたのは言葉ではなく、重み。そして耳を澄ませば聞こえてくるのは寝息。
「鷹頼……さん?」
 彼を見ようとしたが思うように身体が動かない。
 鷹頼は隣に座る華月にもたれ掛かって寝息を立てていた。それは心を許してくれている証のように思えた。


 *


 薄曇りの翌朝。強い日差しを薄い雲が遮ってくれているので、日差しが肌を痛めることも少ないだろう。
「このまま曇ってくれれば、ホタルを見るのに最適ですよ」
 蛍の宿の人の言葉に期待が募る。

「な、籠もってるだけじゃ勿体無いだろ?」
「たまにはこういうのもいいものですね」
 着流しに下駄をはき、懐手で建物内のウルリヒ・グラーニンを見るのは榊だ。
「こー言う格好だとすずしーぜ?」
 その言葉を受けて浴衣を借りたウルリヒ。長身の二人が和服で並ぶと見応えがあるものだ。
「いらっしゃい。見るだけでも構わんよ」
 縁側に品物を広げ始めた小間物屋を冷やかしのつもりで覗く。だが案外興味をひくようなものもあって。
「色んな小間物屋がきてんな」
「趣きのある素敵な品ばかりですね」
 根付や簪、鏡などの上に視線を滑らせ、榊が手にとったのは煙管だ。
「へえ、いいな、これ」
「榊さんによく似合いますね」
「そうか? なら買うかな」
 小間物屋をひやかして最後にウルリヒが買ったのは組紐だった。
「プレゼントか?」
「いえ、自分用です」
「……そうか」
 なんとなく微妙な空気が流れたところで榊は「ちょっと待ってろ」と告げて席を外した。再び戻ってきた彼の手には、よく冷えて切り分けられたスイカが乗っていた。
「川が近いと暑さが違うな」
 ウルリヒが受け取ったのを確認して、隣に再び腰を掛ける榊。シャクっと一口かじって。
「ツアーはどうよ? 俺もこー言うのは初めてなんだけどよ」
「私も初めてですが……悪く無いですね。気軽に他の世界へ行けるというのは」
「そうだよなー。こうやってのんびり過ごすのも悪く無い」
 男二人、のんびりと時間は過ぎていく。

「蛍達はこの流れに沿って住んでるんだよね?」
 ユーウォンは浅い水の中を身体をくねらせて泳いだり、這ったりしながら水中の小さな魚やカニなどと戯れている。水を跳ね散らしてはしゃぐのもいいけど、今日は流れに浸りたい気分なのだ。
「気持ちいい! お魚居る?」
 浅瀬を歩きまわるアルウィン・ランズウィック。砂利の感触が楽しい。
「アルウィン、滑って転ばないようにね!」
 ティリクティアが後から追うようにして声をかける。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ!」
 振り返りもせずに告げるアルウィン。すると……

 むぎゅ。
「ぎゃっ!」
 ごぼごぼごぼ。

「わぁっ!?」
 なにか踏んでしまった。慌てたアルウィンは足をあげる。だが高く上げすぎて視界がぐるんとまわって。
「アルウィン!?」

 ばっちゃーん!

 水面に仰向けに転んでしまった。大きな岩がなかったものだから、怪我はなかった。駆け寄ろうとしたティリクティアは、突然水の中からザバーっと姿を現したオレンジ色の物体に驚いて。
「きゃー!?」
 ジャバジャバと水をすくってはかけまくった。
「ちょっ、まっ、まってよ……!」
 けれども水音の合間に声が聞こえたものだから、手を止めて見てみれば、それはユーウォンではないか。
「ご、ごめんなさいっ!」
「アルウィンがふんだのはユーウォンだったのか! ごめんなー!」
「や、大丈夫だよ……って流されてるよ!」
 謝罪の言葉が遠くから聞こえる。ふと見れば、アルウィンが仰向けになったまま流されている。本人は面白いからと故意にやっているのだったが、はたから見れば大事件。
「アルウィン!」
 慌てて、ティリクティアとユーウォンは流されるアルウィンを追いかけた。
「アールウィーン!」
 遠くから、笑顔で手を振るエーリヒの姿と、慌ててこちらへ向かって走りだす坂上 健の姿が見えた。

 大きな岩に腰を掛けて、足を浸して涼をとる。自然の風が肌を撫でていくのが心地よい。
 ジューンは浴衣姿の菖蒲とともに足を浸して、川の水で冷やされていたスイカをいただいていた。甘みとみずみずしさ、そして自然な冷たさが優しく体に染みこんでいく。
「川も自然風もコロニーにはないので……何度見ても感動します。これが重力の底、大地の上の生活なのですよね」
「綺麗で穏やかだよね。素敵……」
 ジューンは自らの故郷と比べて思った。菖蒲は何を思うのだろうか。故郷を恋しく思うのだろうか。
「食べ終わったらお買いものをしましょうか? 私も緋穂様やツギメ様、うちの子たちにお土産を買いたいので」
「うん! 何が売っているのか楽しみ」
 彼女の瞳が悲しみに沈む前に、ジューンは新しい楽しみを彼女に与えた。

「これ可愛いですぅ☆ フランちゃんとお揃いにしますぅ☆」
 小間物屋の広げた商品をあちこちと見て回っているのは撫子。品物が広げられた直後のほうがいいものがたくさんあるのは当たり前。いいものは早く売れてしまうのだから。撫子が見つけたのは、星を散りばめたような細工の髪飾り。結った髪に挿せばアクセントになるだろう。
「コタロさんのお土産、どうしましょぉ……お素麺?」
 確かに素麺はあるかもしれないが、消え物は少し味気ないかもしれない、なんて悩む時間も楽しい。

「さぁてまずは土産か。マスカローゼとツギメと緋穂とミル……茨姫はどうすっか」
 送る相手の多いジャックはいつもの様に土産を選ぶ。
「髪飾り、根付、帯留め、手巾……後は櫛でも買うか?」
 女物の土産を買い込んだその時、健に抱き上げられて小間物屋を覗いているエーリヒが目に入った。
「よぅ、テメェらも楽しそうだナ?」
「ジャックお兄ちゃんも来てたんだね!」
「ああ」
 エーリヒの頭をワシャっと撫でて、笑む。エーリヒが楽しそうにしているのを確認して、ジャックは土産を持ってその場を離れた。
「エーリヒ、緋穂は仕事が忙しいから、土産を買っていってあげよう。何がいいかな?」
「うーん……うーん?」
 何がいいかなと悩んでいるエーリヒ。保護者に徹すると決めていた健はふと思い出して、一度エーリヒをおろして鞄を漁る。そして取り出したのは巾着。
「そう言えば急で換金できなかったろう? 今日の軍資金な」
「え、でもいいの?」
「ああ、そのかわり大切に使ってくれよ?」
 頭を撫でると笑顔が返ってくる。それだけで健は十分だった。

 和柄の綺麗な手鏡を見つけたロキはそれをお土産にと購入し、氷蜜を食べられる場所へと移動した。供物へ手を出すのを封じられてしまったセクタンのヘルブリンディは今か今かと縁台で待っている。
「ほら」
 小さな器にセクタン用に盛って貰った氷蜜を差し出すと、すぐに食いついた。ロキも隣に腰を下ろし、匙で一口すくう。自然の甘さとふわふわの天然氷がさっと口の中で溶けていった。セクタンを見れば、ジェリタンの時のほうが氷菓は好きなようだが、それでも美味しそうに食べているので目尻が下がった。

「ティア、どぞ」
 シャッシャッシャッと天然氷が削られていくのをアルウィンはじっと眺めていた。刃を滑らすごとに雪のような氷が器へと盛られていくのがいくら見ていても飽きない。自分の分とティリクティアの分を両手に持って、落とさないように注意しながら運ぶ。
「ありがと、アルウィン」
 ティリクティアが受け取ったのははちみつ色の蜜のかかった氷蜜で、アルウィンの方は半透明の白い蜜のかかった氷蜜だった。味も微妙に違うらしい。
「一口、交換しないか?」
「もちろん、いいわよ!」
 そっと匙で救って、互いに食べさせあう。
「冷たいー!」
「でも甘くて美味しいぞ!」
 勢いづいてがつがつとかっこんでも頭が痛くならないのは天然氷ゆえ。気がつけばティリクティアの器は空になっていて、彼女は次の一杯を求めて席を立っている。
「アルウィンも負けないぞ!」
 でもこのあとにスイカやキュウリやトマトも待っているのだ。味付けをしていなくても美味しい野菜達を食べないのはもったいないから。

 川辺の岩まで氷蜜の入った器を持って出たニワトコと夢幻の宮は、足を川に浸しながら氷蜜を楽しむ。
「ひゃ、冷たいね」
「ええ」
 しゃく……という匙の入る音を聞きながら冷たさと甘さを楽しむ。甘さの感じられないニワトコにも、水の良し悪しはわかるので、氷蜜は楽しい。
「この氷に使われているお水、おいしいね。混じりけがない感じがする」
「ふふ、ニワトコ様に気に入っていただけて、良かったです。これで、夢浮橋での夏の楽しみが一つ増えましたね」
「そうだね」
 柔らかに流れる時間。
 その近くでは水音を子守唄にしながら、ゼロが幸せそうに昼寝をしていた。



 *


 日が落ちる。人工的な明かりを控えた蛍の宿からはロストナンバーたちが川辺へと向かっていった。
 遠くからでもわかる仄明るい光が、人の心を引き寄せていく。

「蛍さんこんばんはなのですー。ゼロはゼロなのです」
 ゼロは蛍の飛び交う中にそっと、気配もなく佇んでいる。蛍たちもゼロに気づいているのかいないのか、彼女の近くをふうわりふわりと飛び交っていた。幽玄な雰囲気の中、ゼロは間近に迫る蛍の光を楽しんで。

「蛍狩りって……網とか持って行くんじゃないんだね、よかった……」
 ちょっとホッとした様子のエーリヒの言葉に笑顔を向ける健。
「蛍狩りはホタル観賞会のことだよ。確かに鑑賞を狩りと言われるのは不思議かもな?」
 手をつないで川原に降りて行くと、一面の優しい光に出迎えられた。
「昼間と同じ川なのに、全然雰囲気が違うな」
「すごおぉぉぉい」
 目を見開くエーリヒと視線の高さを合わせて蛍を視界に収める。
「エーリヒは何が楽しかった?」
「ん~全部!」
 その答えを聞けてよかったと、健は胸をなでおろした。

「蛍を脅かさないように明かりをつけられませんから、代わりに手を繋ぎましょうか?それなら危なくないでしょう?」
 ジューンの提案で、右の手をジューン、左の手をサクラと繋いだ菖蒲。転ばないようにゆっくり川原へと向かえば、まだ距離があるのに前方の視界は蛍の光で覆われていて。
「すごいですね、菖蒲ちゃん!」
「サクラさん、しーっ」
 興奮したサクラが菖蒲にたしなめられて、開いた手で口を塞いで。笑んで頷きあった三人はゆっくりと蛍に近づいていった。

 蛍を見つめると、故郷への憧憬が募る。故郷へ帰還しても幸せになる者はいない。このまま旅人でいるか、それとも他世界に帰属するか、それが百の悩みだ。帰ったら最後、鬼と殺しあう狂いが続く。
 蛍火の中、そっと足を踏み出した。舞うつもりだった。だが、舞えない。
「唄がねぇんじゃあな」
 動きを止めた百はひとりごちる。
「蛍は鳴かずに身を焦がす、か。あっしはもう舞うこともできやしねぇ」
「百」
 舞えない彼に近づいたのは夜叉だ。これは再会。鬼火、人工の炎と違い、生き物が寄ってくるあたたかな炎、死者を慰める効果もあるその明かりの中、ゆっくり近づく。
「夜叉は故郷に帰る。夜叉の王のもとに、お前はどうする?」
 まるで今考えていたことが読まれたかのようだった。百は答えない。答えられない。
「……お前を求める鬼がいる。お前の過去の呪縛。死ぬか、それとも新しい道を選ぶか、決めろ。夜叉は慈愛深い、死ぬときは一瞬で終わらせる」
 その言葉にも、百は答えることはできなかった。

「きれー……。びっくりしちゃうから、しーってする、分かってる」
 蛍の明かりに圧倒されたアルウィンは、口を開けてじーっと蛍に見とれていた。隣に立つティリクティアは初めて見る蛍に驚きを隠せない。
「こうして、身を焦がしているのね」
 夢幻の宮に蛍という生き物について聞いたティリクティアは、しんみりとしつつ優しい声を向けて。そっと手を伸ばせば、ゆるゆると飛ぶ明かりがティリクティアの指先に灯った。
(すごいや! なんて明るい蛍なんだ)
 蛍を怖がらせてはいけないから、心の中で思ってユーウォンはそっと首を伸ばす。そしてじっとしていると、ぽう……ぽう……と飛んできた明かりが鼻先にとまる。少しムズムズするがここは我慢だ。
「ティアもユーウォンもいいな! いいな!」
 小声で羨ましそうに告げるのはアルウィン。
「おすそ分けするよ」
 ユーウォンがそっと鼻先を差し出して、アルウィンが蛍を驚かさないように息を止めて手を伸ばす。
 そっと、明かりがアルウィンの小さな手へと移った。

 他のロストナンバーの後方から、引いた絵を眺めるのは十三。川辺に浮かぶ仄かな明かりはなんとも言えぬ光景だ。
「夜の明かりにこんな風流なものがあるとはな……見せてやりたかった」
 その呟きは、そっと優しい風に抱かれて流れていく。
 同じく他のロストナンバーと離れた位置にいるのはジャックだ。ひとり、皆が来ない岩場付近にまで足を伸ばした。
(夜は50m先の闇も周囲の闇も区別がつかねェ……落ち着いて、いい)
 視界が能力範囲しかないことですり減らしていた神経に、変わらぬ暗闇は優しく染みこむ。
 ぽう、と近寄ってきた明かりを眺める自分の心境に、僅かな驚きを隠せない。
(虫を可愛いと思える日が来るなンてナ……)

「きゃあっ!」
 脇坂 一人が体勢を崩したのは躓いたからではない。下駄の鼻緒が切れてしまったのだ。
「直しましょう」
「えっ……」
 聞き返す間に、一人の足から下駄が奪い取られ、顕になった素足はドアマンの腿に乗せられてしまった。
「僅かの間で済みますのでお待ちください」
 素足に感じる彼の熱。言葉が生まれない心地いい沈黙。鼻緒をハンカチで直す彼の顔は素敵だ。
「直りました」
 すっと差し出された下駄に足を差し入れて、ありがと、と呟く。
 ドアマンの紳士的なエスコートで少し遅れて川原へ降りた二人。ドアマンがそっと出した小さな扉を開くと、そこから現れたのは招き寄せられた蛍たち。まるで自分のために光っているようで、そんな錯覚をさせる光景に一人は魅入った。
 嬉しそうに魅入っている一人を見て、ドアマンは表情を崩す。
 人の喜ぶ顔が見たい、それが己の幸福。
 大切な友人の喜ぶ顔ならなおさら。
 いつか来る別れの日まで彼を見守り、己に出来る範囲なら何でも望みを叶えたい――強く思う。

 浴衣は着慣れていないはずなのに、そつなく着こなすのはニコ・ライニオ。隣を歩くユリアナ・エイジェルステットの浴衣姿とアップにされた髪、そしてうなじが気になる。
「浴衣、似合ってるよ」
「ニコさまも、似合っていらっしゃいますよ?」
 彼女が転ばないように腰を抱いて、ニコは彼女を皆とは離れたところへ誘導する。ゆっくり歩いてきたふたりに、蛍たちはゆっくりと近づいてくる。
「素敵ですね……うまい言葉が思い浮かばないのですけれど」
 けれども彼女の感じている感動は、その輝く瞳から伝わってくる。
「僕達のところにも来てくれるかな?」
 ニコがそっと手を差し出せば、手のひらに収まるように飛んできた蛍が一匹。
「ほら、ユリアナちゃん、見て」
「わぁ……」
 小さな歓声とともに彼女が手を差し出してきた。ふたりで囲むように蛍に手をかざして。
「星を捕まえたみたいだね」
「ええ」
 ふたり、微笑み合って。そしてどちらからともなく目を細め、ニコは彼女の唇をついばんだ。
「ん……」
「……静かにね、蛍が逃げちゃうよ」
 そう言い置いて、彼女の唇を攻め立てる。漏れ出そうになる声を我慢しようとする彼女の息遣いが健気で、ニコの理性を刺激していく。
「……ずるい」
 上目遣いでそう言われれば、我慢する理由などなかった。




  【了】

クリエイターコメントおまたせして申し訳ありませんでした、ノベルお届けいたします。
夢浮橋の夏のひととき、いかがだったでしょうか。
皆さんそれぞれ色々と楽しんでいただけたのでしたら、嬉しく思います。

この度はおまたせして申し訳ありませんでした。
ご参加、ありがとうございました。
公開日時2013-09-15(日) 22:40

 

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