クリエイター夢望ここる(wuhs1584)
管理番号1187-26646 オファー日2014-01-29(水) 21:43

オファーPC オゾ・ウトウ(crce4304)ツーリスト 男 27歳 元メンテナンス作業員

<ノベル>

▼0世界、ターミナル
 大通りから袋小路に入り、長くて緩やかな階段を下っていく。狭くて入り組んだ路地裏に、その御店はひっそりと佇んでいた。
 木材をふんだんに使った建物だ。素朴な色合いが暖かさをかもし出している。
 けれど窓は厚手のカーテンで仕切られており、店内の様子を窺うことはできない。何も知らない者が見れば準備中か、あるいは休業中にも見えてしまうような、物寂しい雰囲気。
 けれど。
 その店舗が営業していることを、オゾ・ウトウは知っていた。行きつけの店だからだ。相変わらず看板に何の装飾も施さず、店名すら表記していない木の看板――名無し亭、とオゾは呼んでいる――を、力なく見上げてから。ふらふらと漂うな手つきで、力なく扉を開ける。
 店員に来客を告げるための、木製の鐘がからころと軽い音を立てた。

「お邪魔します。お店、空いてますか」

 開いているかどうかは、もう知っているから。自分を受け入れてくれる余裕があるかどうかという意味を込めて、オゾはそう問いかけた。
 窓を厚いカーテンで締め切っているため、全く外の明かりが差し込まない店内は、非常に暗い。いくつかある小さな洋燈が、ひと気のない店内を儚い光で照らすのみ。視界のすぐ向こうでは、真っ暗な闇が佇んでいる。店が広いのか狭いのかすら分からない。
 そこへ、店主である人物が音も無く姿を見せた。明かりの陰になっている濃い暗がりから、泡のようにそっと涌き出てきた店主。2m半はある長身を、ゆらりと傾かせながら。
 店内であるというのに、つばの小さな帽子を目深に被り、裾が膝下にも達する長套を着込んでいる。
 唇は堅く閉ざされていた。店員が振りまくべき愛嬌など微塵もない。帽子のつばの影からオゾを見下ろす瞳にも、感情なんてまるでない。歓迎の意も、拒絶の意も。ただただ真っ直ぐに、無感情に、オゾを見下ろすだけ。
 顔つきは青年のようであったが、その雰囲気には青臭さも老成した成熟さも、何も感じさせない。ただ最初からそうして無表情であったかのよう。まるで人形のよう。

「ようこそ、同胞」

 耳元で囁くような、小さな声音。同じ目線に立ち、淡々と諭してくるような声音。喜怒哀楽に欠けた、無色透明を感じさせる声で、店主は言った。
 店主のいつもの調子に、安心しつつ。オゾは異常な長身の店主を見上げ、疲れ切った微笑みを向けて。

「お邪魔します。……なんだか、眠れなくて。ターミナルには昼も夜も無いですから、こんなときは助かりますね……」

 溜息交じりにオゾがそう呟く最中、店主は長い手足を動かして、カウンター席の向こうで何かを支度しているようだ。オゾを見向きもせず。彼の言葉に反応もせず。これもいつものことだ。
 オゾは疲れた足取りでカウンター席に腰掛け、重そうに一息をついて。

「重い気持ちを忘れられそうな、濃いものを、一杯――」
「それは勧められない」

 オゾの言葉を遮って、無表情の店主が告げた。手作業を中断し、今はオゾの瞳をじっと見据えている。瞬きもせずに。

「あなたは今、何もかもを忘れるために、ここへ来たのではないはずだ。淀んだ気持ちと向き合うために、ここへ来たはずだ。その目標を果たしたいのであれば、注文の変更を提案する」

 射抜かれるように見つめられ、注文を遮られ。オゾは憂いげに細められた双眸で、覇気なく店主を見返して。そしてくすりと自嘲気味に頬を緩めて、注文を言い直すのだ。

「向き合う……そうかもしれませんね。では軽くて甘くない奴を一杯、いただきたいのですが」
「注文に、応えよう」

 店主はそう短く返すと、手元に顔を落として作業を再開する。
 やがてシンプルな硝子製のグラスに注がれた飲み物が、オゾの前にそっと置かれる。

「迷いを振り切る標。透き通る希望の蒼天」

 謳うように店主が告げて。それが、このカクテルの名前らしい。液体の色は青空のように透き通っており、気持ち良さそうな気泡が生じている。
 オゾがそれを傾ける。氷は入っていなかったが、目が覚めるような冷たさが喉を通った。甘さは控えめであり、後味にも引くものはない。

「迷いの澱みを感じる……心身の疲労がもたらす、思考の停滞を」

 カウンターの向こう側で、身じろぎひとつせずに立ち尽くす店主が、そう言った。問いかけるわけでもなく、ただ呟くように。
 オゾは苦笑しながら、グラスに満ちる青に目を落とす。

「いえ、大丈夫。今は、気持ちが下向きに振れているだけなんです」
「まるで振り子のように」
「そうですね……僕の感情は、不規則な振り子と同じです。前へ飛び、高く上がったりもするし、大きく後ろに揺れたりもします。沈み込む動かないことも、時々」
「心の濁り。停滞の楔。それには原因がある」

 原因、という言葉を耳にして。オゾは自嘲気味に疲れた笑みを浮かべる。

「原因は、あります。えぇ、とっくに分かってもいます。……かつて、僕は自分の失策を自分ひとりで取り繕おうとして……結果、大きな災いを招いてしまったことが、あるんです」
「慢心が呼ぶ、油断と隙」
「そうかもしれません。だからこそ、その事を大いに悔やんで、二度と同じ事は繰り返すまいと思っていました。そのためにも、努力は欠かさなかった。同じ悲劇を繰り返してはならない、そのために強くならなくては……と」

 オゾは、落ち着いたような溜息をひとつ挟んで。

「しかし、ですね。この間、何気なく言われた一言に、はっとしたんです。〝仕事は一人でしてるんじゃない〟って。そのとき、自分に呆れてしまいました。以前もそうして、自分ひとりだけで解決しようとし、失敗したというのに」

 くくくと肩を揺らしながら、愉快そうに笑う。哂う。自分自身を。諦めにも似た色の混ざる声で、言葉を吐き出し続ける。細々と、早口に。

「僕はまた、またひとりで勝手に思いを抱え込んで、ひとりで悩んでいた。同じことをまた、繰り返そうとしていたんです。進歩も何も、ありゃしない」
「……」

 店主は、ただ静かに。沈黙したまま、オゾを見下ろすのみ。

「……何を聞いても、何を見ても。すぐに忘れて、同じことで悩んで。そして結局、同じことを堂々巡りしているだけ……」

 オゾの言葉の勢いが弱くなっていく。表情にも翳りが差し込む。悲しそうな、切なそうな。

「僕は! 本当ならば――っ!」

 やがて搾り出すような声で、オゾは叫ぶ。感情を抑えていた皮が破けてしまったかのように。激昂に声が弾けて。

「こんなところで、くだを巻いている余裕なんてないはずなんです。こうして立ち止まっている間にも、故郷世界は刻々と変わってしまっていると言うのに……!」

 溢れかけた感情を、オゾは再び抑え込もうとした。それでも隠し切れない己への怒りと不甲斐なさで、オゾの肩は小刻みに震えていて。

「早く、早く……戻らなくてはならないのです。僕らロストナンバーは、時間が停滞している。けれど他の世界は今も、これからも、時を刻み続けていきます……!」
「その通り。時は進んでいく。針は元に戻らない。平然と、当然の如く。平等に、無慈悲に、残酷に……」
「そうです。その間にも、世界は変わってしまっています。土地も自然も、ひとの姿も在り方も……絆も。今はまだ、ふたつの時間に大きな相違はありません。けれど確実に……離れていって、しまっている」

 耐え忍ぶような溜息をつきながら、オゾは顔を伏せた。

「故郷世界に有ったあらゆるものが変わり、紡いだ絆の糸も途切れてなくなって……そんな場所に戻ったとしても、何が出来るでしょうか。何の意味があるでしょうか」

 声から生気が無くなっていく。それを自分でも感じていたオゾは、空虚な気持ちを振り切るかのように首を振って、グラスに残っていたカクテルを一気に煽り、飲み干した。

「だから僕は早く、戻らねばならない。僕自身の中の、止まった時計の針を動かさねばならないのです。あの世界で僕が壊してしまったものを、僕の手で修復しなくてはならないのです」

 オゾの表情が固くなってゆく。己のすべきことを再認識した故に。自分の掌を見つめながら、淡々と言葉を続ける。

「自然の流れや誰かの手に任せるだなんて、そんな無責任なことは、したくはない。速やかに償いをしなくてはならない……」

 それなのに、と。オゾが再び自嘲を浮かべた。呆れるように大きくひと息をついて、誰に見せ付けるわけでもなく肩をすくませて。

「本来ならば、こんなくだらない気持ちひとつに振り回されて、思い悩んでいる場合ではないんです。でも眠れない夜に限ってそんな気持ちが頭をもたげ、まとわりついて離れないのです……」

 椅子の背もたれに身を預け、天井を仰ぐ。暗い店内は、すぐそこにあるはずの天井ですら闇で覆い隠しており、まったく先が見えなかった。まるで自分の人生のようだと、オゾは思った。

「僕は、他者の感情を多様な力へと変換する能力を持っています。傷の治癒、攻撃的エネルギーの増減、あるいは感情の沈静化……そのような人の感情を借りる技を得ていながら……自分の感情の制御は……苦手だ。なぜなのでしょうね……」

 力の無く微笑みながら、ひとり、問うた。自分の中で答えを見出せるわけはないと分かっていたし、ただ話を聞くだけの店主が答えを返したりしないことは承知していた。
 案の定、店主はただ真っ直ぐに、従者のように立ち尽くしているだけ。オゾをじっと見つめているだけ。肯定でも否定でもなく、ただ淡々と見下ろしてくるだけだ。
 反応に乏しい瞳。けれどだからこそ、オゾは気が楽だった。自分の気持ちを自分で整理することができるから。
 オゾはしばらく沈黙を保ちながら、自分の中で考えを咀嚼していた。店主はやはり何も喋らなかった。静粛な空気が店内を満たす。

「気にしないで……ただの愚痴です。いずれ、不安定な振り子は……元に戻りますから」

 やがて安らかな表情でオゾは席を立つ。勘定をテーブルの上に置き、店を後にしようとする。

「――あなたは責任を果たそうとしている。償おうとしている」

 その背中に、突然。無色透明を思わせる店主の声が投げかけられた。

「その想いある限り、願いは必ず果たされる。願いを叶えるのは自分自身。そして願いから遠ざかっていくのもまた、自分自身。それが真理――」

 言葉を背中で受け止めながら、オゾは立ち尽くす。しばらくしてから振り返り、店主に顔を向けた。自らを蔑む色の無い、優しい人柄がにじむオゾ本来の微笑みが、そこにあった。

「カクテル、美味しかったです。……また、来ます」
「歓迎しよう、同胞」

 店主の表情には相変わらず何の感情も映っていなかったが、胸元に片手を添えながら、異常に長い体躯を傾がせて礼をする仕草には、どこかオゾを尊ぶ色合いを感じさせて。

 †

 ここは名の無い名無し亭。無色透明の声で囁くように語り掛ける、不気味で不思議な店主が佇む、秘密のお店だ。

「ようこそ、同胞」

 今日もまた、無感動な声音と人形のような視線で、店主は来客を歓迎する。


<オゾ・ウトウの葛藤は、これからも続く>

クリエイターコメント【あとがき】
 大変お待たせしました……!(ぺこ)

 オゾさんの優しくも悩みを抱えた人柄を描くため、プレイングを膨らませた上でこのような形として文に起こしてみました。無色透明の店主が、オゾさんの心の淀みを受け止め、己自身で見つめなおすようなきっかけになってくださればと思う次第です。

 上記のリプレイが、お好みに合えば嬉しく思います。
 それでは、夢望ここるでした。これからも、良き幻想旅行を。
公開日時2014-04-07(月) 21:10

 

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