オープニング

 謎の病によって、活気が失われていた地域。しかし、その原因の撲滅と特効薬の発見により、少しずつ活気を取り戻しつつあった。

 元来、花の栽培をやっていたこの辺りでは2月に花の祭りを行っていた。ドライフラワーなどの細工が市場に並び、花の酒やお茶を飲みながら踊りに興じ、恋人達がむつみ合う。
 また、そんな恋人達をやっかんだ独り身たちが木の葉や薬草をふらせて邪魔をするのも許される。そんな、愉快な夜の宴が……。
 その頃は何故か月が淡い蒼色となる為、人々はその夜を『ブルームーンハーベスタ』と呼んで楽しんでいた。

 しかし、例の病が流行した事で観光客も減り、祭も行われなくなって50年。漸く沈静化が見えた、と判断した村の長たちは、今年『ブルームーンハーベスタ』の再開を発表した。
「協力してくれた『旅人』を呼びたいのですが、よろしいでしょうか?」
 研究員のアルスが村長たちに問うと、彼らも笑顔で頷く。
「私たちの絆を取り戻してくれた恩人です。是非参加していただきましょう」
「しかし、どうすれば呼ぶ事ができるのでしょうか?」
 村長の1人が不思議そうに首をかしげるも、アルスは小さく微笑んだ。
「私の堪ですが、彼らはきっと、風の便りか何かで知ってくれる事でしょう」

…・…・…・…・…・

 ――0世界。

「……という祭が、ヴォロスで行われます。もし、お時間がありましたらお友達を誘って行ってみてはいかがでしょう?」
 世界司書のリベル・セヴァンが穏やかに説明し、『導きの書』を閉ざす。壱番世界ではちょうどバレンタインの日にあたるのだが、たまには、こんなバレンタインもいいかもしれない。

 

品目パーティシナリオ 管理番号2440
クリエイター菊華 伴(wymv2309)
クリエイターコメントども、菊華です。
今年こそバレンタインにシナリオを!
とか思ってたらこうなってたんだ。

参考資料:『竜刻は希望の印』
(読んでいなくても無問題ですが、まぁ、こんな経緯ですって事だけは)

推奨
・バレンタインに花を送りたい方
・バレンタインデートを楽しみたい方
・団子より花って方
・リア充爆発させたい方

という訳で、よろしくお願いします。
今回はプレイング冒頭に以下の選択肢より立ち寄りたい場所を1つ選び、記入してください。
また、一緒に行動したい方がいる場合は名前とIDも一緒にお願いします。

【ア】花の市場を見て回る
【イ-a】ダンスホールで踊る
【イ-b】ダンスホールで歌や楽器等の腕前を披露する
【ウ】村の人たちと交流する
【エ】恋人達の邪魔をする
【オ】好きな事をする

注意:【イ-a】ダンスを選択された方へ
お相手がいる方はお相手の名前(ID)の記載を必ずしてください。お願いします。

ダンス希望でお相手がいないPCさんはPCさん同士で組み合わせがOKかNGかの記載をお願いします。NGの方は村の方と踊ります。

注意その2:お酒・喫煙に関して
外見年齢が20歳未満となっている方は、プレイングに記載しても省かれる可能性があります(村の人から止められると思ってください)。

また、煙草ですが大変申し訳ありません。
会場は花の香りを楽しむため禁煙になっております(汗)。

それではよろしくお願いします。
プレイング期間は10日間です。


それでは、楽しい夜を。

参加者
ハクア・クロスフォード(cxxr7037)ツーリスト 男 23歳 古人の末裔
セリカ・カミシロ(cmmh2120)ツーリスト 女 17歳 アデル家ガーディアン
ジャック・ハート(cbzs7269)ツーリスト 男 24歳 ハートのジャック
マフ・タークス(ccmh5939)ツーリスト 男 28歳 園芸師
ジョヴァンニ・コルレオーネ(ctnc6517)コンダクター 男 73歳 ご隠居
吉備 サクラ(cnxm1610)コンダクター 女 18歳 服飾デザイナー志望
ゼシカ・ホーエンハイム(cahu8675)コンダクター 女 5歳 迷子
ジューン(cbhx5705)ツーリスト その他 24歳 乳母
カンタレラ(cryt9397)ロストメモリー 女 29歳 妖精郷、妖精郷内の孤児院の管理人
瀬崎 耀司(cvrr5094)ツーリスト 男 20歳 大学生
南雲 マリア(cydb7578)ツーリスト 女 16歳 女子高生
音琴 夢乃(cyxs9414)コンダクター 女 21歳 学生
クージョン・アルパーク(cepv6285)ロストメモリー 男 20歳 吟遊創造家→妖精卿の教師
坂上 健(czzp3547)コンダクター 男 18歳 覚醒時:武器ヲタク高校生、現在:警察官
花菱 紀虎(cvzv5190)コンダクター 男 20歳 大学生
華月(cade5246)ツーリスト 女 16歳 土御門の華
川原 撫子(cuee7619)コンダクター 女 21歳 アルバイター兼冒険者見習い?
ユーウォン(cxtf9831)ツーリスト 男 40歳 運び屋(お届け屋)
臼木 桂花(catn1774)コンダクター 女 29歳 元OL
セルゲイ・フィードリッツ(csww3630)ツーリスト 男 18歳 使用人
ホワイトガーデン(cxwu6820)ツーリスト 女 14歳 作家

ノベル

起:ようこそ、蒼い月の宴へ。

 日が沈み、やがて、浮き出るように淡く蒼い月が空に登る。その美しいくも妖しい光に寄り添うように、カンテラの灯火が祭を彩る。
ブルームーンハーベスタへやって来たロストナンバー達はその光景に見とれながらも、皆思い思いに会場へと散らばっていった。

 セリカ・カミシロは、会場を見渡しながら笑みをこぼした。魔法の眠りから目覚め、藍色の薔薇から作られた薬を飲むことで病に苦しんでいた人々は徐々に元気になっている。それを実感したからだ。
(皆、元気そうでよかった……)
 そう、安堵する一方で人の役に立てた実感が持てない自分がいた。複雑な思いを抱えたまま、セリカは金色のツインテールを揺らし、祭の様子を眺める。
(少しでも、彼らの幸せに貢献できたのかな)
 薬を作るのを手伝っただけだけど、と内心で付け加え、覚醒前の事や現在の事を振り返る。思えば、迷惑をかけたり、傷つけたり、不幸にし……、そんな事ばかりだった気がする。それでも、いや、それだからこそ、こう思うのかもしれない。

 ――誰かの幸せの為に、生きたい。
それはきっと、一人で生きるよりも、もっと素敵な事かもしれないから。

 ポニーテールを弾ませ、川原 撫子はロボタンの壱号を肩に乗せたまま祭の会場を走っていた。彼女の手には花籠が抱えられている。というのも、冒険者として無償で祭を手伝っているのだ。
 今、彼女が運んでいるのはダンスホールに飾られる花籠の一つだ。どうやら久しぶりの開催だった為か、準備に遅れが出ているらしい。撫子が花籠を運ぶと、準備をしていた人々は皆、笑顔でお礼を言ってくれた。
「無償っていうの悪いし、これでも持ってってくれ」
 と、村人から渡されたのは、ふわふわとしたサンドイッチだった。中にはジャムやクリーム、花弁の蜂蜜漬けなどが入っている。
「え? いいんですかぁ~? ありがとうございますぅ☆」
 その優しい香りに、撫子は思わず顔を綻ばせ、村人たちもまた優しい眼差しを向けてくれるのだった。

「この辺りに活火山?」
「はい。ガスや粉塵等で月が青く見えることがあると聞きまして」
 ジューンは村の長達に話しかけ、祭に関する伝承などを聞いていた。特に気になった蒼い月に関して、彼女は穏やかに問いかける。と、長老の1人が彼女の目を見、「今は死火山だが……」と穏やかに解説を始めた。
「遠い昔、まだ活火山であった時は、この頃になると決まってガスが酷かったらしい。けれども、今でもこうして蒼くなる理由は分かっていないね」
「そうでしたか」
 熱心にメモを取る傍ら、ジューンにはもう一つ気になる事があった。この祭にこれなかった人や、養い子達に何かお土産を買って帰りたい、と思っているのだがいいものが思いつかない。
 ややあって「特にこれは買った方が良いというお土産」について聞いてみると、一人の老婆がガラスケースを開けた。中には愛らしい砂糖漬けの花が入っている。
「お花の砂糖漬けは珍しいお土産になるわ。値段も手頃だし、いかがかしら?」
 甘い香りと、可愛らしい姿にジューンは小さく笑う。彼女はそれを買おうと思い、長たちに礼を述べてその場を立ち去った。

「あうぅ、マフ様と離れてしまいましたぁ……」
 しゅんと萎れた尻尾のセルゲイ・フィードリッツはいつの間にか同行していた相手とはぐれてしまったらしい。涙目になりつつ探していると、村の子供たちがセルゲイの元に駆け寄ってきた。
 元気な子供たちに囲まれ、わたわたしたセルゲイであったが、同行者の事を聞くことを忘れない。残念ながら子供たちは同行者の居場所を知らなかったものの、彼が特効薬作りの恩人である事は知っていた。
 招いてくれた事についてのお礼と、病について聞いている事を伝えれば、子供たちは笑顔で答えてくれる。
「あのお薬のお陰で、皆回復に向かってるよ」
(そういえば、再発も聞かないなぁ……)
 別の村人から聞いた話を思い出しつつ、セルゲイは小さく微笑む。これを聞いたらきっと彼は喜ぶだろう。普段、怖い顔故に近寄りがたい印象を持つ同行者が、実は優しくおせっかい焼きである事を思い出し、セルゲイはにっこり微笑んだ。


承:花市場では……。

 祭の会場には、市場があった。ちょっとしたお菓子や軽食等も売っているけれども、メインはやはりドライフラワーの細工や、花束、花の砂糖漬けなどだろう。

「あの、そのお花をスケッチさせてもらってもいいですか?」
「ええ、勿論! 他にも描きたい物があったら言って頂戴な」
 吉備 サクラが店主の女性に問えば、彼女は快く応じてくれた。サクラが目に止めたのはアネモネに似た赤い花をメインに持ってきた花籠だった。
 丁寧にスケッチし、その様子に他の村人達や観光客が熱心に見入っている。それに気づかないサクラは店主と色々話していた。彼女が仕立て屋の見習いである、と言えば店主は小さき微笑む。
「よかったら、何か花の刺繍でもしましょうか?」
「なら、このエプロンにこの花を刺繍して貰えるかしら?」
 その申し出に、サクラは笑顔で応じると早速裁縫箱を取り出した。そして、作業をしながら刺繍になりそうな伝承などを聞いていくのだった。

(そういやぁ、あの藍色の薔薇はドライフラワーになったりしねェのか? まぁ、酒や菓子でもいいんだけどヨ)
 そう思いながらジャック・ハートは市場を歩いていた。彼は知人を誘っていたが、彼女は忙しいらしく一緒ではない。「お土産を買ってくる」と約束したジャックは、それならば、と藍色の薔薇を使った物を探していたのだ。
「おっ、これはいいんじゃねぇカ?」
 暫く歩いていると、藍色の薔薇を使ったドライフラワーのリースを発見する。その他、愛らしい細工を見つけると指折り数えて「女子供が喜びそうな物、7つほど見繕ってくれや」と店主に言う。そうしながらも、藍色の薔薇の髪留めを見つけ、別れ際に撫でたやわらかな髪の感触を思い出していた。
(マスカローゼ、これとか気に入るかナ? あいつに似合いそうな気がする)

 マス・タークスは蒼い月をみつつ、小さく笑う。蒼い薔薇の咲く場所だ。この場所に相応しい祭だな、と思ったのだ。
 すれ違う人々の楽しそうな笑顔に瞳を細めつつ、病気の再発がない事にほっ、と胸をなでおろす。そして、賑わう花市場をゆっくりと歩き、眺めているうちにある事に気がついた。あの藍色の薔薇はよりよい品質になっていたのだ。
(製薬技術も向上すれば、効果も高くなる筈だ。……育ちも大切だがな)
 そんな事を考えていると、アルスと出くわした。彼は白い薔薇の花束を抱えていた。
「お久しぶりですね、マフさん。あの時は本当にお世話になりました」
「元気そうだな。……そういやぁ、あの原因の茸は、どうなってるんだ?」
 ふと、気になった事を問いかけると、アルスは笑顔で答えた。
「この辺り一体では全滅が確認されています。今は、更に足を伸ばして生えていないかの捜査をしている所です」
 ゆっくりとだが、アルスは自分の声で話している。かなり回復してきている事を実感しつつ、マフは「そうか」と相槌を打った。

(うふふ、神秘的で、ちょっと秘密めいているわね)
 そんな事を思いながらホワイトガーデンは祭を見渡した。辺りに広がる花々の香りと、どこからともなく聞こえる笛の音が、彼女の心を弾ませる。花の菓子を口にすれば、柔らかな甘味に混じって香りも溶けていき、心が和むのを感じていた。
(五感全てで花を感じられる……。これはこれで、夢見心地ね)
 そう思っていると、市場の片隅に押し花の店を見つけた。よく見ると、色とりどりの押し花が栞として加工されている。
「お嬢さん、押し花の栞はいかがかな? フリージアにクロッカス、パンジーにノイチゴ、色々あるよ」
「わぁ……♪ どれもかわいい!」
 ホワイトガーデンは店主に進められるまま、幾つかの栞を手に取り、どれを買おうか悩んでしまった。


転:共に踊る楽しさを。

 ――ダンス会場。

 広場の真ん中に優しく輝くステージがあり、そこに楽団が集っている。その前に、黒髪を揺らした華月の姿があった。
 蒼い月に見とれたり、花市場でブレスレットを買ったりとしているうちに音楽に惹かれ、この会場へとやって来た。楽しそうに踊る人々と、楽器を奏でる人々を見ているうちに、彼女の気持ちも高まってここにいる。自分も一緒に演奏したい、と勇気を出して言えば、演奏者たちは笑顔で彼女を出迎えた。
「飛び入りも大歓迎だよ、お嬢さん。ぜひ、共に音楽を奏でようじゃないか」
 指揮者らしき男性に手を引かれ、ステージに上がると華月は花の細工が施された漆黒の横笛を取り出す。そして、即興で奏で始めれば、彼らもまた合わせてくれた。

(ほぅ、これはまた優雅じゃのぅ)
 ジョヴァンニ・コルレオーネは楽団の演奏に瞳を細める。そして、一人の村娘に微笑みかけた。
「美しいお嬢さん、一曲如何かね? 久しぶりに体を動かしたくなってねぇ」
 そう誘えば、村娘は笑顔で彼の手を取った。社交界で慣らしたダンスの腕に衰えは全くなく、ジョヴァンニは優雅に村娘をリードする。そうしながらも、若い頃、舞踏会で初めて今は亡き愛妻と引き合わされた時の事を思い出していた。
「まぁ、それは素敵ですわ。……私も、貴方様のような素敵な方にお会いしたいわ」
「きっと、貴女ならば会える。そう思う」
 うっとりとジョヴァンニの話に耳を傾け、微笑む彼女に、微笑み返しながら話を聞けば、彼女は眠りから覚め、新しい人生を生きていると笑った。
 曲が終われば、ジョヴァンニは礼を込めて娘の手に口づけを落とす。そして、あの蒼い薔薇を一輪手渡した。
「花言葉は、『可能性』……。貴女の旅路に幸多からん事を」

 ハクア・クロスフォードは、ゼシカ・ホーエンハイムと共にここを訪れていた。ゼシカは、ハクアがこの村を訪れた時の話を聞きながら、祭を楽しんでいた。
 アルスが二人の姿を見れば、笑顔で「愛らしい娘さんですね」とゼシカの頭を撫でてくれた。そうしながらも、病を克服しようとしている彼の姿に、2人は安堵を覚えるのだった。
 2人がダンス会場へやってきたのは、賑やかな音楽に惹かれての事だった。ゼシカは花の髪飾りなどを付け、愛らしいドレスを纏っていた。
(ゼシ、上手に踊れるかしら? 転んじゃったら恥ずかしいな)
 踊りたい、とハクアを誘ったものの、もじもじしていると彼はそっと手を差し伸べてくれた。笑顔で受け取れば、ゆっくり、優しくリードしてくれる。
「ゼシね、今日の為におしゃれしてきたの。ドレス……似合うかしら?」
 髪もおろしてきたのよ、とドキドキしながら問いかければ、ハクアはそっと、優しく微笑みながら「お姉さんらしくなったな」と囁く。
 そんな二人の姿に、すれ違う人々も心から優しい気持ちになり、温かく見守るのだった。

「お祭りなんだもの、見てるより踊った方が楽しいでしょう? ね?」
 臼木 桂花はにっこり笑うと一人の女の子に手を差し伸べる。彼女は色んな村の人々と踊ろうと思い、ここにやって来た。年齢や性別など関係なく、その人の体調に合わせて踊りを変え、楽しい時間を過ごしていた。
 自分達の事は記憶には残らないだろう。それでも、祭でなんとなく楽しい事があったという記憶が残るのではないか。そうだったらいいな、と彼女は思う。
(少しでも、皆が楽しく過ごせますように……)
 祈るように月を見上げれば、煌々と青白い輝くを放っている。その光を浴びる桂花を見上げ、少女は言った。
「あたし、お姉さんみたいに綺麗になりたいな」


結:二人の世界に降る、祝福(とやっかみ? の)花弁

 ダンスホールから音楽が流れ、祭の喧騒は花々をより美しく輝かせる。
 そんな中、愛を語り合う恋人たちと、そんな彼らにイタズラをする者達がいた。

 カンタレラとクージョン・アルパークは腕を組んで市場を見ていた。その密着した姿はどこからどう見てもカップルで、冷やかされる事もあったが、それは気にしない。
「そういえば、ここには藍色の薔薇があったんだよ」
 クージョンが「愛を、藍色の花を贈りたい」と差し出せば、カンタレラはふわり、と頬を赤く染めて。そのままそっと抱きしめれば、柔らかな花の香りと愛する人の笑顔に包まれる。それでも、カンタレラは持ってきたお弁当のバスケットを落とすまい、と内心で苦笑した。
 暫く歩いていくと、アクセサリーや香水が並んでいる店へと差し掛かった。
「お揃いで何か欲しいのだが……」
「そうだね。君が僕のいないときも僕とひとつであるように……」
 カンタレラが上目遣いでそういえば、クージョンは店に並ぶ物を一通り眺めて、お揃いの小瓶のペンダントを買った。中には花弁とエキスが詰まっているようだった。
「元々、『最高の相手』というお揃いの物を持っているんだけれども、こういうのもいいかな?」
 クージョンはそっと、愛する人の首にペンダントをかけつつウインクする。と、突然どこかで爆竹音。上を見れば、ふわり、と花弁が降ってくる。冷たい雫がぱらり、とかかれば、ひらひらと花弁がまた降ってくる。
 そんなことに気づかないのか、はたまた苦笑するクージョンしか見えていないのか。カンタレラは嬉しそうに彼を抱きしめるのだった。

「二人の世界って感じだね~」
「うわ~んっ! 次探すぞ~~!! 祝福してやる~」

 ちょっと市場から離れた、人気もまばらな休憩所。そこで瀬崎 耀司と南雲 マリアはおしゃべりをしていた。……が、マリアは耀司と目が合っただけで顔を真っ赤にしてしまう。
(この調子で……ちゃんとチョコを渡せるのかしら)
 マリアのバッグには、仲間達と一緒に作ったとっておきのバレンタインのチョコレートが入っている。何度か会っているうちに気になり、今回も会えるかも、と期待しながらここへ来たが、こうして出会えて嬉しい半面、彼女は緊張していた。
 こういうお祭も楽しいものだね、と微笑んだ耀司は、少し照れながらもマリアへそっと手作りのブーケを手渡した。春の訪れを告げる花々が、何種類も入った、可愛いブーケにマリアは顔を綻ばせる。
「えっ?! い、いいんですか?」
「気に入ってもらえると、いいのだけれどもね」
 そう言いながら取り出したのは、花のコサージュがついた髪飾り。そっと、マリアの赤い髪に挿せば、少女は更に頬を赤く染め、耀司が彼女の頬に手を添えれば、僅かな熱を覚えた。思わず優しい笑みになってしまう。
 しばし見つめ合っていた2人だが、我に返ったマリアは慌てたようにチョコレートを手渡した。
「僕に? 本当にありがとう。早速食べていいかい?」
 その問いかけにうん、と恥じらい混じりに頷けば、耀司は丁寧に包を開き、チョコレートを食べてみる。とろり、とした特有の甘さに優しい眼差しになり、礼の言葉が改めて、心から溢れ出る。
「まさかもらえるとは思わなかったよ。うれしいな」
 そう言われれば、マリアは自分の鼓動が早くなるのを感じる。そして、本当に耀司の事が『好き』なのだ、と自覚してしまうのだった。
 と、その時。 空気が馳せる音がし、思わず身を竦めてしまうマリア。耀司が庇えば、上からふわふわ舞い落ちる花弁や綺麗な木の葉、冷たい飛沫。正体に思わず緊張がほぐれ、へたりそうになるマリアを、耀司は支えてあげるのだった。

「どいつもこいつも幸せそうにしやがって……。ぐすっ」
「次行ってみようよ。幸せそうならいいじゃん、いいじゃん」

 こちらはダンス会場にほど近い場所。カラフルなヘアピンが目立つ花菱 紀虎と春らしい装いの音琴 夢乃は祭の喧騒を楽しみつつ辺りを見ていた。
「これが、話していた蒼い薔薇……」
「とても綺麗ですねぇ~」
 紀虎が病の特効薬となった青い花の話をした際、夢乃はとても興味を持っていた。それを切欠にこの祭へ来たのだが、蒼い月と蒼い花という神秘的な組み合わせに、夢乃は楽しげに頬を緩ませる。
「不思議な一致ですよねーえー? きっと何か、伝承があったりするんですよー」
「だったら素敵だよね。ちょっと話を聞いてみよう」
 こうして2人で伝承がないか聞いてみた所、村長達の中の1人が興味深い事を言っていた。
「そういえば、遠い昔……。人間に恋した月の女神が、病に苦しむ想い人の為に流した涙が白い薔薇に当たって青く染めた、という伝承がありましたね。
 病の特効薬が蒼い薔薇だったのは偶然でしょうが、これもまた何か繋がりがあるのやもしれません」
 思いがけずロマンチックな話を聞く事が出来、夢乃はうっとりと瞳を細める。そんな彼女の姿に、紀虎は祭に来てよかったな、と思うのだった。
 暫く花の話を聞いた後、また先ほどの通りへと戻った二人の目に、楽しげに踊る人々の姿が映った。夢乃は思わず足を止め、どこか羨ましそうにそれを見つめる。
(日本の大学生で、ダンスを踊れる人なんて滅多にいないけど……、二人で踊ったらどうなのかな~?)
 ふと、紀虎を振り返ると、思わず目が合って。気まずくなって、視線をそらすも、その頬は二人とも赤い。と、そんなタイミングで花の香りが漂い、弾ける何かの音。冷たい雫が降り注げば、キラキラと月光に煌きながら花びらも降ってくる。
「!? これが、さっき聞いていた恋人たちへのイタズラ……かな?」
 思わずといった様子で抱きついた夢乃も髪を撫でながら、紀虎は苦笑する。そうしながらも、先ほど買った春らしいブーケを、ちゃんと渡そう、と決意するのだった。

「さっさとくっついちまえ~! 幸せになりやがれチクショウ!!」
「こういうのって見ていると楽しいよね~。あ、またあっちにいるよ~」

 恋人たちにいたずらしようと、若者たちが花弁や木の葉をふらせていく。それに便乗してか、坂上 健が手作りのアイテムを手に駆け回っていた。
「リア充は爆発させたいに決まってるだろ~!!」
「みんな楽しそうだし、喜んでもらえたみたいだし、よかったよ~」
 傍らのユーウォンは蒼い目を細めてにっこり。『恋をしない時期』だという彼は純粋に恋人たちを祝福し、いたずらで盛り上げたい、と思っていたのだ。
 トラベルギアに壱番世界の雪と、この辺りのお店で仕入れた花びらや綺麗な木の葉を入れてキンキンに冷やし、それをふわっ、と上から撒いていたのである。
健が用意した特性爆竹は、火をつければ派手な音と共に花の香りが漂い、花弁が舞い散る仕掛けになっていた。それに合わせて撒き散らせば、効果は抜群だ。
「……ぐすっ、俺も幸せになれるかなぁ……」
 恋人たちを遠くに見つめ、健がぽつりと呟けば相棒のオウルタン、ポッポが励ますようにほっぺにすりすり。ユーウォンも「大丈夫だよ」と肩を叩けば、健はどうだろうなぁ、とちょっと遠い目で祭を見つめるのだった。

 祭の夜は更けていく。ロストナンバー達はこの蒼い月の輝きの中を思い思いに過ごし、また新たな旅に旅立っていくのだった。

 これはちょっとした後日談なのだが、独り身の若者達の間で「リア充祝福しろ」が一時期流行りの言葉になっていたりしたが、ここだけの話で。

(終)

クリエイターコメント菊華です。
ホワイトデーに間に合わなかった!!

という訳で遅くなってしまいましたがお届けいたします。ダンス希望の方が意外と少なかったかな、という印象でした。
 しかし、花の市場は人気だし、逸話があるかと興味を持ってくださった方もいるし、何より恋人たちへの祝福をやってくださった方もいてよかったです。皆さんなりに楽しんでもらえたのならば嬉しい限りにございます。

 花の香りが少しでもイメージできればいいのですが、花には詳しくないもので……。それでも、チョコレートだけじゃないバレンタインを、お届けしたくてこうなりました。

 それでは、また縁がありましたらよろしくお願いします。
公開日時2013-03-18(月) 21:30

 

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