クリエイターあきよしこう(wwus4965)
管理番号1141-26130 オファー日2013-10-26(土) 11:05

オファーPC 相沢 優(ctcn6216)コンダクター 男 17歳 大学生
ゲストPC1 舞原 絵奈(csss4616) ツーリスト 女 16歳 半人前除霊師
ゲストPC2 吉備 サクラ(cnxm1610) コンダクター 女 18歳 服飾デザイナー志望
ゲストPC3 黒燐(cywe8728) ツーリスト 男 10歳 北都守護の天人(五行長の一人、黒燐)
ゲストPC4 シーアールシー ゼロ(czzf6499) ツーリスト 女 8歳 まどろむこと
ゲストPC5 ニコ・ライニオ(cxzh6304) ツーリスト 男 20歳 ヒモ
ゲストPC6 ユーウォン(cxtf9831) ツーリスト 男 40歳 運び屋(お届け屋)
ゲストPC7 しだり(cryn4240) ツーリスト 男 12歳 仙界の結界師
ゲストPC8 クアール・ディクローズ(ctpw8917) ツーリスト 男 22歳 作家
ゲストPC9 レナ・フォルトゥス(cawr1092) ツーリスト 女 19歳 大魔導師
ゲストPC10 ゼシカ・ホーエンハイム(cahu8675) コンダクター 女 5歳 迷子

<ノベル>

 
 ■0■

 村はずれの小さな酒場の古く痛んで動く度にギギーッと地獄の門でも開くような音をたてるその扉は、その日音をたてることもなく、それどころか一向に開かれる気配すらなかった。カウンター奥で手持ちぶさたに酒瓶のラベルの向きを揃えてみたり、自分の顔が写るくらい磨かれた洗い場を更に磨いたりなどして、バーテンは客の来ない暇な時間を持て余していた。
 待てど暮らせど客が来ない。閑古鳥が今にも鳴きだしそうな店内を見渡し、悪夢でも振り払うようにバーテンは首を振った。これが夢ならどれほど幸せだろう。いや、これは夢なのだ。昨夜は少し飲み過ぎた。大体、サムが(以下略※)。
 しかし夢は一向に覚める気配がない。外はあんなに賑やかなのに。
 そこでバーテンはふと首を傾げた。外はあんなに賑やかなのに?
 店内を包む雰囲気のあるBGMをかき消すようなけたたましい叫声と地軸を揺るがすような地響きにバーテンは不穏を感じて店の外へと出た。
 ドドドドドドドドド…
 バーテンはあんぐり口を開け、しばらくぼ~っとその光景を見つめていた。
 鳥が獣が恐竜までもが、肉食草食関係なく、我先にこちらへと飛んで走ってくるのだ。かと思えばバーテンの傍らをあっという間に通り過ぎその背の遙か彼方、地平の向こうへと消えていった。それが、どこかに向かっているのではなく、ある方角から逃げているのだと気づくのには、それほど時間を必要とはしなかったろう。
 バーテンは呟いた。
「えらいこっちゃ」


 ある方角――魔王城。
 その中庭をクアールは満足げに眺めやった。もし彼が獣の姿ではなく人の姿をしていたなら、額の汗を手の甲で拭い、俺やったと目をキラキラさせていたに違いない。
「だいぶ戻りましたね」
 傍らに並んで中庭を愛でていたしだりが言った。以前のレベルにはまだまだ遠いが、中庭の入り口にあるアーチのバラがようやく蕾を付けるにまで至ったのだ。
「ああ、コツコツ頑張ったからな」
 クアールはしみじみと言った。よく頑張ったと我ながら思う。実はこの中庭、つい最近までただの荒れ地だったのだ。紆余曲折あってあの美しかった中庭を荒れ地に変えたのは何を隠そうクアール本人であるのだが。
 とにもかくにもこれからまた四季折々の花々を見ることが出来るだろう。
 おそらく。
 たぶん。
 このまま平和に時が過ぎれば。
「しかし…」
 クアールは城の方を見上げた。クアールの視線に誘われるようにしだりもそちらを見上げた。写真でしか見たことがないがノイシュヴァンシュタイン城にもひけ劣らぬ荘厳な城。魔王の城と呼ぶにふさわしい。
 2人の視線がピンク色のカーテンのかかった窓に止まる。
「また、魔王と絵奈どのが喧嘩を始めたようだ」
 陰気にクアールがため息を吐いた。あまりに陰気すぎて吐き出されたため息が黒く淀んで見える気がする。これがマンガであれば背景におどろ雲を背負ってるところだろう。
「ナメクジ料理ですか?」
 しだりがやれやれといった面持ちで言った。以前からよくナメクジ料理で2人は揉めているのだ。ついこの前もそれで魔王が出奔してしまったことは周知の事実である(※※)。
「あまり派手にやらないでくれると助かるんだが。今度こそ、この中庭だけは死守するぞ」
 何度も言うが、前回中庭を壊滅させたのはクアール本人である。更に付け加えるなら、その事件に関してナメクジ料理問題は一切絡んでいない。もしそこに絡んでいる者があるとすれば、妥当魔王を掲げる勇者一向である。気がかりといえば、その勇者一向がどうやらこのナメクジ料理問題に絡んできているらしいということだろうか。陰々滅々。
 と、しだりが得たり顔でクアールを振り返った。
「ああ、それ、知ってます。フラグってやつですよね?」
「なんのだ!?」
「俺は死なない、と言うと死ぬっていう?」
 中庭は壊滅させない、って言うと壊滅するっていう。
「縁起でもないこと言わないでくれ」
 辟易とクアールが言った。かつて魔王と呼ばれたこともあるクアールだったが、なかなかに弱気であるのは、一度壊滅しているからだろうか。
 しだりは、ナメクジ料理に関しては永世中立を貫く所存だが、クアールの作るこの美しい庭のためなら力を貸してもいいかな、とぼんやり思った。中庭が壊滅すればまた中庭修復に尽力させられるだろうことは想像に難くない。それに、せっかくここまで仕上げ、可愛い花がつぼみ開き始めた中庭を再び潰されるのは惜しいとも思うのだ。なにより、中庭の下には彼が守護する地底湖がある。いわばこの中庭は最終防衛ラインであった。
 見上げた城のその上に瘴気のようなゆらめきを伴って竜と虎が対峙するのが見て取れた。どちらが魔王でどちらが絵奈であるのか。ただ、そのあまりの迫力に気づけば城の周囲は静まりかえり、災いに鋭敏な野生動物たちは小鳥1羽まで見かけることがなくなってしまっていた。

 それはそれとしてナメクジ如きで…

 魔王と絵奈の最後の死闘が国中を巻き込んで今、始まろうとしていた。
 クアールとしだりの後方から徐々にクローズアップされる『続々・まおゆうたん』の文字。タイトルバックには玄界灘に打ち寄せる波飛沫。右下には夢倫のマーク。ほどなくしてチャラチャチャッチャッチャーという軽快なリズムと共にタイトルはフェイドアウトしていった。





 ■1■

「これより、第31回ナメクジ料理防衛会議を始めます」
 大きな円卓に両肘をつき組んだ両手の向こうから鋭い視線を一同に投げて魔王の筆頭秘書――絵奈はそう口火を切った。彼女が纏う黒地に白の細いストライプが入った品のいいスーツと度の入っていないメガネは、この魔王城の制服であり、彼女にとっての戦闘服でもあった。
 彼女の左隣にはおおよそ魔王城には似つかわしくない職業勇者――サクラが座している。職業は似つかわしくないが、その装いは幾分似つかわしく見える…のは気のせいだろうか。かといって、この城の制服を着ているわけではないのだが。
「勇者として魔王を野放しには出来ないけれど…」
 水着…もとい伸縮自在なビキニ型アーマーを纏ったサクラの言葉に絵奈がメガネの奥で左の眉尻をわずかにあげた。妥当魔王を掲げるサクラは絵奈にとって許し難い存在であり、またサクラにとっても絵奈は最大の障害であったろう。
 だが。
「ナメクジ料理はもっと野放しには出来ません!!」
 断固。サクラは握った拳を円卓に今にも叩きつけんばかりにして言い切った。利害の一致。それが宿敵同士に手を結ばせたのである。
「その通りだと思う!」
 絵奈の右隣に座っていた魔王配下の一人ニコがそれに賛同するように言った。一見、熱く語っているように見えるが彼の銀色の目には邪気が溢れている。ハートに歪んで見える彼の目はサクラのビキニ型アーマーしか映っていないのではと錯覚させるほどだ。人が好き、特に女の子が好き、間違いなく弱点は女の子、というヘタレドラゴン。いやいや、やる時はやる男だ。たぶん。
 実はナメクジ料理に反対なのではなく、ナメクジ料理に反対している女性陣に賛成しているニコである。ナメクジ料理反対派のトップを務める絵奈に釣られてこちらにやってきたわけだが、来てみれば女性ばかりで、眼福、眼福と鼻の下を伸ばしているのだった。
「ナメクジ料理を妨害するには限界があるわ。何か、策でもあるの?」
 冷静な声で指摘したのは、サクラの隣に座っていた勇者パーティーの1人、やっぱり見た目は大事よねと、レイヤーサクラの手作り衣装を着せられ、とんがり帽子で某ゲームから飛び出してきたような魔導士――レナだった。もちろん、最後の手段も辞さない彼女だったが、それでは魔王が懲りるまで鼬ごっこだ。
 もっと決定打が欲しい。
 その言葉を待っていたかのように、絵奈が口を開いた。
「私はここで提案します」
 絵奈は一同をゆっくりと見渡してから続けた。
「ナメクジがいるからナメクジ料理を作ってみようと思うのです。この世にナメクジさえいなければナメクジ料理を作ろうとは思わない、いえ、思っても作れません」
 そこで絵奈は再び言葉を切った。円卓に座る者達が一同に息を呑んで絵奈の次の言葉を待つ。
 絵奈はたっぷりと溜め、そして厳かに一音一音区切るようにして曰った。
「総・ナ・メ・ク・ジ・殲・滅・計・画」
「おおっ!!」
 サクラが目を見張った。
「まぁっ!」
 レナが感嘆の声をあげた。
「……」
 本気でナメクジを絶滅させようとしているらしい、その気概にニコは面食らった。しかし彼女たちなら本気でやりかねない。そして実現してしまいそうだ。
 とはいえどうやってそれを実現させようというのだろう。
「最終的には殲滅しますが、まずはこの魔王城周辺のナメクジを駆逐しましょう。今こそ、ナメクジの天敵を解き放つのです!」
 そういうことらしい。
 力強く言った絵奈にレナが立ち上がった。
「それなら私がカエルを召還しましょう」
 ナメクジの天敵の一つであるカエル。ナメクジの最たる天敵といえばコウガイビルだが、それを集めてくるよりは早いに違いない。万一、ナメクジ料理を諦めた魔王が、じゃぁカエルで料理をと言い出しても大丈夫。カエルは壱番世界では割とメジャーな食材であるからだ。更に言えば召還したカエルならナメクジ殲滅後には帰っていただけるわけである。
「お願いします」
 絵奈が力強く言い、早速とばかりにレナが部屋を出ていった。
 即決迅速行動にニコはぽかーんとしている。世の女性はどうしてこんなにも積極的で行動的なのだろう…別に世の女性が皆そういうわけではない。職業ヒモのニコがそうではないだけだった。
 とにもかくにも結果を待つばかりの絵奈たち。
 彼女たちは気づかなかった。その部屋に黒い影があったことも、そしてレナよりも早く部屋を出ていったことも。


 ▼


「ナメクジ殲滅計画だってぇ!?」
 魔王城の地下にある巨大な貯蔵庫でお気に入りのデニム柄のエプロンに身を包み在庫のチェックと今夜の夕食のメニュー作りをしていた我らが魔王――優は、配下であり、ナメクジ料理賛成派の一人でもある黒燐の報告に素っ頓狂な声をあげた。
「うん」
 優の命令…もとい、お願いで、絵奈が開くシークレットミーティングの偵察に出ていた黒尽くめの小柄な男は小さくしかし確りと頷いた。
「ナメクジがいなくなればナメクジ料理は作りようがない、って」
 肩を竦めてみせる。人の姿をしているが実は彼は亀蛇と呼ばれる魔物だった。ナメクジをそのまま食すのではなく料理をして食べるという事に興味があって優を手伝っているのだ。
 優は黒燐の言にうぐっと言葉に詰まらせた。確かに材料が手に入らなければどうにもならない。痛いところを突かれた気分だ。
「それは大変なのです!」
 優の在庫チェックを手伝っていたゼロが慌てたように声をあげた。
「ナメクジさんが駆逐される前にナメクジさんを確保するのです!」
 ナメクジ料理どころか、まどろみに生きる彼女にとって食事は必要のないことであった。しかしこの城の先住人であったゼロは優の料理をことのほか気に入っている。食べる必要のない彼女にとって食べることに楽しみはなかった。それをくれたのが優であるとも言える。だからこそこの城を優に譲り、自らは居候となって優の世界(胃袋)征服を手伝い、今はナメクジ料理完成に尽力しているのである。
「おれも手伝うよ!」
 ユーウォンが今にも駆けださん勢いで続いた。ただひたすらに興味の対象としてナメクジ料理を食べてみたいと思う彼である。食べず嫌いなんてもったいないことだ。人生の半分を損している(過言)。もしかしたら、すごく美味しいかもしれないじゃないか。その為なら、どんな密命もやり遂げてみせる。
「そうだな。それから彼女に見つからないように飼育出来る場所を確保しないといけないな」
 優は考えるように顎を指で撫でた。ナメクジを採ってきても保存方法が思いつかない。何より、この先本当に駆逐された後のことを考えると畜産を考えるべきだろう。
「僕も手伝うよ」
 黒燐が言った。ありがとうと笑みを返したはいいが優は考え込む。これまではどのように料理するかだけを考えていればよかったのだが、育て増やすことも考えなくてはならなくなったのだ。
「ナメクジってどうやって飼えばいいんだろう?」
 土はどんなものがいいのか。餌は何を食べるのか。ナメクジの生態がさっぱりわからない。すると。
「ナメクジさんの大好物はビールなのです!」
 ゼロが言った。少し前、絵奈とナメクジ料理で喧嘩をし、絵奈が怖くて優は家出をしたことがあった。その時、ナメクジがビール樽に群がるという話を聞いたのだ。
「ああ、そうか」
 とはいえ、ビールが主食というわけでもあるまい。ビールの香りに群がってくるのだろう。
「穀物系の何かかな?」
 いずれにせよ調べる必要がありそうだ。ネットに出てるといいのだが。壱番世界では害虫扱いされているだけに、飼う方法というのがあるのかどうか。ちょっぴり不安だが。とにもかくにも。
「とりあえあず俺はナメクジについてもう少し調べてみるよ。ゼロとユーウォンはナメクジ集めを頼む。黒燐は俺とナメクジ飼育場作りだ」
「「「おー!!」」」
 優の言に3人は力強く拳を握って突き上げた。
 かくて優と黒燐とユーウォンとゼロはナメクジを確保すべく動き出したのである。
 総ナメクジ殲滅計画。
 よもや、そんな非現実的な、とは誰も思わなかった。
 あの絵奈のやることなのだ。彼女ならやりかねない。
 誰もそれを疑わなかった。


 ▼


 移植後手とビニール袋を手に現れたユーウォンとゼロを見つけてクアールは無意識に生唾を飲み込んだ。片端から庭を掘り返そうといわんばかりのそれに彼は全力で身構える。
 なんとしても、このようやく花が咲くところまでこぎ着けた中庭を荒らされるわけにはいかなかった。
 緊張で強ばるクアールの隣でしだりが何とものんびりと2人に声をかけた。
「何をするんです?」
 クアールはその返事をハラハラしながら待つ。
「ナメクジを集めるのです」
 ゼロが移植後手とビニール袋を掲げて元気に応えた。
「言っておくが、この中庭にはナメクジはいないぞ」
 クアールは言った。嘘ではない。
「もしかして、もう駆除されちゃったの!?」
 ユーウォンが慌てたように言う。会議はつい先ほど行われていたばかりのはずである。それがこんなに早く駆逐されるなんて。
「ああ」
 頷いたクアールにゼロが食ってかかった。
「クアールさんは絵奈さんの味方ですか?」
「え? いや、味方っていうか…」
 クアールはその勢いに思わずたじろいだ。絵奈にナメクジ料理反対に協力してくれとは頼まれているが、そういう理由でこの中庭にナメクジがいないわけではないのだ。
「ナメクジは植物を食い荒らしますからね」
 しだりがゼロを宥めるように割って入った。
「食い荒らすですか?」
「ああ、そうだ」
 おうむ返すゼロにクアールも頷く。
 ナメクジはガーデニングには大敵であった。故に、美しい中庭を作りあげ維持するためにも最初から寄りつかないよう工夫してあるのだ。
「だから椿油粕を撒いてあるんだよ」
 椿油粕――椿油のしぼり粕は、サポニンと呼ばれる殺虫成分に加え肥料成分も含まれる高性能な天然の殺虫剤であった。しかもその殺虫効果は抜群で、うっかり成分が流れこむと近隣の池や川の魚や貝や蛇などまで死滅させてしまうほどである。
 もちろん、その威力の及ぶ範囲についてぬかりはなく、事前にしだりに頼んで成分が中庭以外に広がらないような水回りを地中に作り上げてもらっていた。そのためこの中庭の下にある地底湖に害は及んでいないのである。
 閑話休題。
 絵奈にはいろいろ頼まれてはいるが、絵奈に味方とかではなくそういった次第でそもそもこの中庭にはナメクジはいないのだった。
「ナメクジなら裏庭の方がいるんじゃないか?」
 クアールが言った。ぶっちゃけ、この中庭さえ荒らされなければいいのである。
「わかったのです!」
 ゼロが移植後手を握った手を挙げた。
「よし、行ってみよう!」
 ユーウォンが促して2人は城の裏手へ向かって走り出した。
 その背を見送ってクアールはホッとしたように息を吐く。一先ずの驚異は去った。中庭はまだ無事だ。
 すると、しだりがそれに水を差すように言った。
「ところで、これはどうするんです?」
 しだりの目配せにクアールが振り返る。
「……」
 グロテスクな緑で覆われた中庭にクアールは気が遠くなるのを感じた。
 どうやらユーウォンとゼロを見かけたレナが大慌てで大量のカエルを召還したらしい。
 椿油粕はカエルも死滅させる。

 ――誰がこれをかたずけるんだ!?

 クアールは内心で絶叫したのだった。





■2■

「ダメだよ!」
 その会議室に高らかな声があがった。
 早速駆逐計画を遂行するため会議室を出ていったレナを見送りご満悦で結果報告を待つ構えの絵奈がその声を振り返る。
「ナメクジを殲滅だなんて絶対ダメだよ!!」
 鼻息も荒く言い放った声に絵奈は焦点を合わせるように目を細めた。そこにはレナが開いたドアが開きっぱなしになっているだけで人影はない。隣のサクラも同様、怪訝そうに眉を顰めているばかりだ。
「ナメクジが可哀想だもん!」
 声はすれど姿は見えず。するとニコが席を立ち、ドアの外を覗いてみた。
 隣の部屋のドアを開きぜーぜーと息を切らし俯きながらそれでも懸命に部屋の中に向けて声をあげている小さな女の子がいる。魔王城で迷子になりそのまま住み着いたコロポックルのゼシカであった。
 彼女もナメクジ料理反対派の1人だ。そういえばこの会議にも出席を予定していた。しかし時間になっても訪れなかったため、彼女不在のまま始めてしまったのである。そのサイズも相まって遅刻し、迷子も重なって部屋を間違えてしまったらしい。
「こっちこっち」
 ニコが手招きするとゼシカはハッとしたように顔をあげ、空っぽの部屋の中を見、再びニコに視線を戻して顔を真っ赤にしながら隣の部屋にやってきた。
「絶対、絶対、反対だわ!!」
 彼女は絵奈に向かって愛くるしい顔を哀しみに歪め懇願した。
 そもそも彼女はナメクジ料理について、ナメクジを料理に使うことはナメクジが可哀想である、という主張の元、反対していたのである。ナメクジを料理に使うなんて可哀想=ナメクジを殺すなんて可哀想。つまり、殲滅なんてもっとありえない。
 彼女は小さなポシェットから何やら紙切れのようなものを取り出すとブツブツと呟き始めた。
「パパもそう思うわよね」
 それは彼女の亡き父の写真であった。彼女の目尻が光をキラリと跳ね返す。
「……」
 ここまで強く懇願されては、なんとしてもナメクジ殲滅とは主張し辛くなって、絵奈はばつが悪そうに視線を明後日へ向けた。ナメクジ如き、と思っていた絵奈であるが、そのナメクジに涙をこぼす者もあるというのか。ほんのちょっぴり申し訳ない気持ちになった。ほんのちょっぴりだけだが。
「さすがにナメクジ殲滅計画は現実的ではないかもしれないわね」
 サクラが尤もらしく言った。


 ナメクジ料理賛成派がナメクジ飼育計画を始めた頃、ナメクジ料理防衛会議は更に次なるステップへと進むことになった。ニコがレナを呼びに行き会議が再開される。一応、付言しておくと、中庭のカエルはそのままクアールに任せて放置してきました。あしからず。
「確かに、ナメクジ殲滅計画は現実的ではありませんでした」
 絵奈が自嘲気味に言った。
 本気で事を成そうとしていたレナは肩すかしを食らった気分であったが、ゼシカの主張とゼシカの亡きパパの写真に圧倒されては、引き下がるほかあるまい。
「5ヶ年計画くらいで何とかというところ、それまでにナメクジ料理が完成してしまう可能性の方が遙かに高い」
 絵奈はそうやって自分を誤魔化したが、ある意味、全くもってそれはその通りといえなくもなかった。いやいや5年かけてもナメクジを根絶やしにすることなど不可能に等しいだろう、現実的には。奴らの繁殖力を侮ってはいけないのだ。貝や魚まで死滅させてしまう以上、中庭のように世界中に椿油粕を撒くというわけにもいかないのである。
 会議はふりだしに戻った。
「ナメクジ駆逐計画と平行して…」
 チラチラとゼシカの反応を確認しながら絵奈は一つ咳払いをする。ゼシカは駆逐という言葉に白い目を送り、平行して、という言葉にまだやるの? という顔を見せたが、絵奈の言葉を遮ることはしなかった。
「即日ナメクジ料理をやめさせられるような有用な策はありませんか?」
 絵奈の問いに一同は黙り込む。
 かと思われた。
 しかし、意外にもすぐに口を開いた者があった。サクラである。
「可哀想で思ったんだけど、ここは逆の発想をしてみるというのはどうかな?」
 サクラの言に絵奈は意図を測りかねて眉を顰める。
「逆の発想?」
 皆目検討もつかなかった。逆の発想とはどういうことか。ナメクジ料理を推奨するとでもいうのか。すると、サクラは絵奈の言葉に「そう」と頷いて言った。
「駆逐するのではなく守る」
「守る?」
 やはり絵奈にはさっぱりわからない。ナメクジを守ってどうするのか。あまりにもったいぶるサクラにイライラと絵奈は目でサクラに答えを促した。
「徳川綱吉に倣って」
 ニヤリと笑うサクラの言葉に絵奈はハッとした。壱番世界出身ではない他の者たちの頭の上にはクエスチョンマークが並ぶばかりだろう、しかし絵奈にはすぐにサクラの意図がわかった。
「それは、最も即効性のある策ですね」
 絵奈が再び勝ち誇ったような笑顔を満面に浮かべた。「でっしょー」とサクラがどや顔で応える。
「何なの、それ?」
 レナが焦れったげに尋ねた。とくがわつなよし、とは何であるのか。何となく、人の名前のようではあるのだが。その人物に倣うとは。
「生類<ナメクジ>憐れみの令を発布するのです」
 絵奈が言った。
「生類<ナメクジ>憐れみの令?」
 ニコが初めて聞く言葉をおうむ返す。

 【生類憐れみの令】すべからく生き物を保護しようという法令。
 江戸幕府第5代将軍徳川綱吉が出した悪法と名高き法令である。

 今回はこの生き物をナメクジに限定しようというわけだ。
 この法令がある限り、気軽にナメクジを殺生出来なくなるのである。気軽に殺生出来ないとは、つまり気軽に調理出来なくなる、という事である。
「それは素晴らしいわ!」
 ゼシカが笑顔で賛同した。亡きパパの写真に向かって、パパもそう思うわよね、と呼びかけている。
「確かに、それが出来れば即効性はあると思うけど…」
 レナは首を傾げた。相手はなんと言っても魔王である。こちらが勝手に押しつけるルールに彼が従うだろうか。
「その点については大丈夫です」
 絵奈が言い切った。魔王の人となりは十分に把握している秘書である。
「押し切れば」
 天下の魔王は押しに弱かった。絵奈の教育の成果なのか、諦める、とか妥協する、という言葉が身に染み着いている魔王なのである。
「次の会議で議題にあげ、早急に票決がとれるよう手配します。票決には皆さんの協力が必要です。魔王には気取られぬようお願いします」

 こうしてこの後に続く泥だらけの投票戦は静かに幕を開けたのだった。





 ■3■

 魔王城世界征服定例会議。
 既に世界の大半の人々(の胃袋)を征服済みの魔王優である。よってこの会議では今後の展望についてと、征服済みの人々の統率に関することが話し合われた。議長は常に中立の立場にあるしだりが務める。
 会議も終盤にさしかかった頃、魔王秘書――絵奈による発議あった。
 生類<ナメクジ>憐れみの令という法案が提出されたのだ。
 驚愕したのは魔王優である。寝耳に水の話であった。日々、ナメクジを飼育すべく腐葉土をこね水をやり泥を作りナメクジの繁殖によりよい環境を作ることで、ナメクジ殲滅計画に対抗しようとしていた優である。つい先ほども会議の直前まで土いじりをしていたため、爪の間には土が残っていた。それを絵奈に気づかれぬよう、布巾で拭っていた優は思わず布巾を落とす勢いで立ち上がったのだった。
「何だってぇ!?」
「生類<ナメクジ>憐れみの令です」
 絵奈はにこやかに、しかし有無も言わせぬ態で言い放った。
 会議に出席していた魔王直属の使いっ走りユーウォンには意味がわからなかったが、優にはその意味がはっきりとわかった。生類憐れみの令のなんたるか。壱番世界の者であればわからぬ者はないだろう。
 既に発議はなされていた。この発議について、審議を行うかの票決が取られることになる。
 優はまさか絵奈がここまで考えているとは予想出来なかった。何と言ってもナメクジ殲滅計画を立てていたような人物なのだ。どうしてここまで真逆の発想が出来るのか。
 その場にいた者だけの採決により、かくて議長から審議委員会への付託が行われたのだった。


 ▼


「やられた…」
 魔王城の巨大なキッチンの片隅で、優は口惜しそうに吐き出した。生類<ナメクジ>憐れみの令が施行されるということは、言うなればナメクジの飲食が禁じられるようなものである。
 あんな発議があるとわかっていれば、ナメクジ料理賛成派の黒燐やゼロも会議に参加させておいた。採決には出席者の3分の2が必要であるからだ。多数決というやつだった。通りで会議に庭師のクアールはともかく打倒魔王を目論む勇者サクラや魔導師レナといった明らかに会議とは全く無関係の者たちまで出席していたわけである。絵奈に頼まれたのだろう。
「どうするですか?」
 ゼロが不安げに優を見上げた。このままいけば、生類<ナメクジ>憐れみ法案審議委員会から本会議に審議の報告があり、本会議で形式的質疑応答が行われた後、多数決で可決されれば生類<ナメクジ>憐れみの令は法律として成立してしまい公布される。
 つまり、それを止めるには一つしかない。
「票を集める」
 議長のしだりを抱き込めればいいが全てにおいて永世中立であるが故に議長たれる彼を説得するのは難しそうだ。次の本会議には黒燐やゼロも出席させるとして、後は、向こう陣営で寝返りそうな人間の抱き込みである。ナメクジ料理に対しこれといって反対しているわけでもなく、絵奈に頼まれて向こう側についたクアールあたりをうまく説得できれば…。
「ゼロも頑張るです」
 ゼロが力強く言った。もしもの時は、とはゼロは言わなかった。一緒にと優が言ってくれたからだ。
「おれも頑張るよ!」
 ユーウォンも意気込んだ。まだ、残された道があるというなら、その道に全力投球するだけである。
「僕だって!」
 黒燐もその心意気を表すかのように飛び跳ねながら言った。ナメクジ料理、諦めてなるものか。
「ああ」
 タイムリミットは次の本会議だ。


 ▼


「まずは成功ということでしょう」
 円卓に乗るシャンパングラスの中で弾ける気泡を見つめながら絵奈が勝利に酔った声で言った。
 誰とはなくグラスを取ると「乾杯」と声があがって、一同は喉の奥をそれで潤す。中に入っているのはノンアルコールに仕上げたピーレープをベースに炭酸で割ったカクテルだ。炭酸の泡が喉の奥で心地よく跳ね踊る。勝利の美酒に誰もがしばし酔いしれた。
 それも束の間。
 飲み干したグラスを円卓に戻して絵奈は一同をゆっくりと見渡した。緩んでいた空気を引き締めるように、絵奈はメガネを中指で押し上げ「しかし」と切り出す。
「まだ法案が成立したわけではありません。向こうも票集めに躍起になってくることでしょう。ここで甲の緒を締め直さなくてはなりません」
 そして絵奈はニコを見る。
 相手がクアールを説得しようとしてくるであろうことは絵奈とて予測済みのことである。しかし、それよりも危険な男――ニコであった。絵奈の天性の勘がそう告げているのだ。
「え? 俺?」
 ニコは面食らったように絵奈を見返す。本人自覚は全くないらしい。
「サクラさん、彼の監視をお願い出来ますか」
 絵奈がニコに目配せしながらサクラに耳打ちした。
「えー? 私がー? なんでさ」
 唇を尖らせるサクラに絵奈が小声で囁く。
「彼は積極的にナメクジ料理を反対しているわけではありません。むしろ、どうでもいいと思っています」
「何ですって?」
 サクラは驚いたように絵奈を見返して、それからキョトンとしているニコをまじまじと見た。確かに、言われてみれば流されそうな顔をしている…ような気もする。
「こちらの方が女性が多いからなんとなくこちら側にいるのです」
 絵奈はきっぱりと言い切った。秘書の特殊能力たる審美眼がそう彼女に告げていたのだ。
「それはつまり…」
 サクラはごくりと生唾を飲み込んだ。
「ゼロさんに説得されでもしたら、彼は一瞬で手のひらを返すことでしょう」
 絵奈が言った。たぶん、おそらく、間違いなく、絶対に。使いようでは使える男。しかし場合によっては使えない男。ニコは絵奈たちにとって諸刃の剣であったのだ。
「わかったわ」
 サクラは神妙に頷いた。そうとわかれば、彼にゼロを近づけさせるわけにはいかない。
 相変わらず間抜け顔をこちらに向けているニコに向かってサクラはとびっきりの笑顔を作って見せた。
「よろしくね。一緒に頑張りましょう」
 サクラの笑顔に、ニコはだらしなく鼻の下を伸ばして頷いた。
「は、はい!」
 嬉しそうなニコの手綱をしっかと握ったサクラの様子に安堵して、絵奈は他の面々を振り返った。
「クアールさんには私が再度念を押しておきます。ゼシカさんは魔王陣営の偵察をお願い出来ますか?」
 小柄な彼女なら、魔王陣営の元に忍び込みやすいと考えたのだ。
「はい!」
 ゼシカがビシッと敬礼してみせる。やる気の顔だ。
「私は?」
 レナが尋ねた。密偵はいいとして方向感覚が多少複雑骨折してる彼女では情報の伝達に時間がかかってしまうのでは、と思ったのだ。自分ならば召還獣を偵察に送り込み、情報を伝達することが出来る。
 しかし絵奈は別の事を考えていた。
「レナさんには、密かに潰してもらいたいものがあります」
 絵奈が言った。
「潰してもらいたいもの?」
 レナが怪訝に首を傾げる。
「魔王が密かに作っているはずのナメクジ飼育場です」
 絵奈の言葉にレナは目を見開いた。
「!?」
 いや、レナだけではなかった。サクラもニコもゼシカも初耳というより、想像もしていなかったものである。そんなものを魔王たちは作っていたのか。それはつまりナメクジ料理は既に目前ということなのだろうか。法案が成立し施行されるまでには、まだもう少し時間がかかる。その前に完成されたら、と思って息を呑んだ。
 とはいえ、その存在に気づいていたとはさすがは魔王秘書である。敵にするには恐ろしい。実は絵奈もこの件に関しては彼らが考えそうなこと、という予測の域であったのだが。それらも含め、見つけたら即刻潰して欲しいということであったのだ。
「わかったわ」
 レナは静かに、しかし重々しく、使命感に満ちあふれた顔で頷いた。
 密かに探し速やかに排除する。レナにしか出来ないに違いない。見つけたらディスインテグレートで分子レベルまで分解してやろう、生類<ナメクジ>憐れみの令が施行されたら出来なくなるから。もちろんゼシカにもバレないように、と思うのだった。


 ▼


「ニコさん、ニコさん」
 廊下を歩いていると絶世の美少女に呼びかけられ、ニコは有頂天でゼロの元へ駆け寄っていた。
「僕に何かご用かな?」
 こんな美少女がいたことにどうして今まで気づかなかったのだろう、不思議に思いながらもニコはゼロに人たらしな笑顔を向ける。
「お願いがあるのです」
 と、はにかむように言うゼロにニコは内心腰砕けになって「うんうん、何かなぁ?」などとゼロのお願いを待った。自分に出来ることなら、いいんだけど、と。ちなみに彼に出来ることはそれほど多くはない。
「ナメクジさんのことなのです」
 意を決したようにゼロが言った。
「やっぱりね」
 応えたのはニコではなかった。ゼロの言葉にニコが応える前にニコを監視していたサクラが割って入ったのだ。絵奈の予想通りにサクラは内心で呆れずにはいられない。
「きっと魔王さんなら美味しいナメクジ料理を作ってくれるのです!」
 ゼロは拳を握ってニコに向け、そう力説した。
「うんうん、君がそう言うならきっとそうなんだろうね」
 ニコはゼロの言葉に大きく首を縦に振って頷いた。サクラの想像を遙かに超える手の平の返しっぷりである。彼の軽薄さは吹けば飛ぶティッシュペーパーよりも薄っぺらく軽いものなのだ。
「間違いなくそれは食べ物ではないわ!」
 サクラがビシリと言った。
「うんうん、サクラちゃんが言うならそれはきっと食べ物じゃないかもしれないね」
 ニコはどこまでも流されるばかりであった。心底そう思っているとでもいたげな仕草が大仰で空々しい。いや、それはゼロに対してもそうなのだが。本当に、どっちでもいいと思っていそうでサクラはこめかみの辺りに若干の痛みを感じながらゼロを睨みつけた。
「そもそもナメクジが美味しいわけないでしょ!」
「そうだね。サクラちゃんがそう言うならきっと美味しくないかもしれないね」
 ニコが相槌らしきものを入れる。
「食べてみないとわからないのです」
 ゼロも負けじとサクラを睨み返した。
「確かに一理あるね」
 とニコ。
「食べてみなくてもわかるっつってんの!」
 サクラはヒステリックに声を荒げた。
「確かにそれも一理あるね」
 ニコは自分の言ってることをどこまで自分で理解しているだろうか。たぶん深く考えていない態で全く逆の意見に対してそれぞれに賛同した。どこまでも自分の意見のない男である。いや、自分の意見は女性の意見なのだ。たとえ相反していようとも女性の意見が須く正しいのである。
 しかし、女性陣としてはそれで納得が出来るわけがない。
「ニコさんはどう思うですか?」
 ゼロが尋ねた。
「わかるわよね?」
 サクラが笑顔で問いただす。顔は笑っているが目が笑っていない。その剣幕にニコは怯む。
「あー、えっとー…ど、どうかな?」
 2人に詰め寄られて無意識に半歩後退った。
「あなたはどっちの味方なの?」
 サクラが業を煮やしたようにドスの効いた声でニコに尋ねる。
「えっと、俺は…えっと…女の子の味方!!」
 ニコは笑って応えた。笑ってその場をやり過ごそうとした。笑ってその場を誤魔化そうとした。
 しかし場は和んではくれなかった。
「だったら、こっちでしょう!」
「こっちなのですー!」
 今にも飛びかからん勢いの2人に気圧されるようにニコは踵を返すと駆けだしていた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 女の子2人に取り合いされ追いかけられて、嬉しいような怖いような。人生でそうあることではないわけで、しばらくこの境遇を楽しんじゃおうかな、なんて思ったりもした。
 結論から言えば、そんな事を一瞬でも考えた自分を殴りたくなるような事になるのだが、その詳細についてはとても言葉で言い表すことが難しく、敢えてここでは割愛する。ただ彼には一言、ドンマイという言葉を贈るのみだ。


 ▼


「ここにナメクジ飼育場があるのね?」
 レナは魔王城地下にある食料貯蔵庫の巨大な入口を前にゼシカに尋ねた。魔王陣営を偵察していたゼシカがその場所を先に発見したのである。
「えぇ、ここに、ナメクジが捕らわれているのよ」
 ゼシカが応えた。
「それは解放してあげないと、ね」
 レナは笑顔で言った。まさか、消滅させられるとは微塵も思っていないゼシカは力強く頷いた。
「ええ!」
 ゼシカが自分も手伝うというような顔で見上げてくるのにレナは微笑みを返す。
「ありがとう。ゼシカは任務に戻って」
「でも…」
 一人でナメクジ飼育場を破壊し、ナメクジを解放するのは大変ではないのかと思うゼシカである。大魔導師と聞いてはいるが自分も手伝おう。
 しかし。
「この間にも無辜のナメクジが捕らえられているかもしれませんわ」
 哀しそうに語るレナの言葉にゼシカはハッとした。そうだ。そしてここが潰されたとしても、別の場所に新たに飼育場を作られ、ナメクジ達が捕らわれるかもしれないのだ。
「わかったわ」
 ゼシカはそうしてポシェットから小さな写真立てを取りだした。ニコがしわくちゃにならないように、とゼシカの為に作ってあげたらしい。その下心を差し引けば割といい奴なのかもしれなかった。
「私の代わりにパパ、見守ってあげてね」
 小さな写真立てをそっと置く。
 そしてゼシカはレナを見上げて言った。
「よろしくお願いしますね」
 そうしてその場を立ち去っていくゼシカに。
「……」
 レナは貯蔵庫の扉を開いた。ゼシカの言ったとおり奥に、段ボールで目隠しするようにしてナメクジ飼育場が作られていた。よくもまぁ、こんな場所にこんなものを作ったものである。
 今日のランチに食べた、あの絶品ビーフシチューの材料もここにあったものを使ったのだろうか、と思うと複雑な気分になった。
 美味しかったけど…美味しかったけど…。
 どうしてナメクジを食材にしてみようなどと思ったのだろう。そこまでの食糧危機は起こっていないはずである。これほど多種多様な食材があるというのに、何故ナメクジを敢えてそこまで推そうというのか。
 美味しかったけど…美味しかったけど…。
 ナメクジと一緒に保管されていた食材。
 レナはふつふつと怒りがこみ上げてくるのを感じた。
「何考えてんのよ、あの魔王は!」
 そもそも、打倒魔王を掲げる勇者一向の一員である。ナメクジ料理を止めさせる前に魔王を魔王の座から引きずりおろせば、と落ち着いて考えてみれば気づきそうなものなのだが。
 若干、胃袋が征服され気味の大魔導師なのであった。
 呪文を唱え始める。
 ふと、背中に刺すような視線を感じて振り返った。魔王か、魔王陣営の誰かがやって来たのかとも思ったがそもそもそんな気配は微塵もなかった。それでも痛い。
 レナはゼシカの置いていった彼女のパパの写真の入った写真立てを取り上げてそっと伏せた。
「……」
 何ともいえない罪悪感のようなものにレナは大きな大きなため息を一つ吐き出して、諦念に満ちた顔でナメクジ飼育場にいたナメクジ達を空間転移魔法で城の外へと放逐したのだった。


 ▼


 時を少し遡る。
「これで全部かな?」
 黒燐はよっこらせと大きな透明のケースをそこに置いて、痛そうに腰を叩きながら目でケースの数を数えた。ケースの中には湿った土に大きな石などが詰め込まれている。その重さは見た目以上だ。
 石の下には飼育中のナメクジがいる。
 票集めもさることながら、今回の事態は情報戦に負けたことで招いた結果であったとも言える。偵察を担っていた以上、黒燐は責任を感じないわけにはいかなかった。最後までミーティングを聞いていれば、と悔やまれてならない。
 だから票集めに奔走している面々に票集めを託して、黒燐は暫定的な祝勝会を開いているナメクジ料理反対派総本部に乗り込んだのだった。案の定、彼らは地下にこっそり作っていたナメクジ飼育場に気づき、飼育場を潰そうと企んでいた。そこで潰される前にナメクジを飼育場ごと移動させたのであった。
「しかし、なんでバレたんだろう?」
 首を傾げつつも、その部屋を施錠すると黒燐は廊下へ出た。飼育場を作っていることに気づかれていたとは、向こうにはとんでもない密偵がいるらしい。
 とんでもない密偵が…。
 地下の貯蔵庫に向かいながらその気配に気づく。愛くるしい女の子が廊下の影からこちらを伺っていた。
「……」
 黒燐は踊り場の影にすっと身を潜めた。
 黒燐を見失って女の子が慌てふためく。第31回ナメクジ料理防衛会議では見かけなかった子だが、恐らくはナメクジ料理反対派の一人に違いない。
 しばし考えて再び黒燐は女の子の前に姿を現した。
 やられたからにはお礼をしなくてはなるまい。出来れば倍にして、と思わなくもないが、女の子相手にそこまでムキになるのもどうかと思わなくもなかったので、その辺はお手柔らかにいくことにした。
 とにもかくにも黒燐は女の子に気づいた風もなく貯蔵庫に入ると、元々ナメクジ飼育場を作っていた場所に段ボールを積み上げ目隠しし、そこにダミーのナメクジ飼育場をせっせと作り始めた。一度作っているので、段取りはわかっている。土を置き湿らせ石を置いていると、そこへナメクジを捕ってきたユーウォンがやってきた。ナメクジ飼育場を移動させたことは優と黒燐しかまだ知らない事だった。黒燐が情報入手後とるものもとりあえず優に許可をとってすぐに移動させたからである。敵を欺くにはまず味方から、というわけではなく、単純に相手に気取られぬよう事を急いだ結果であった。
 黒燐はユーウォンのナメクジを移動先の飼育場ではなく、そこに作ったダミーの飼育場に放した。
 きっとそれをあの女の子は見ているに違いない。


 ▼


 法案成立阻止の為の票集めと平行してナメクジ集めをしていたユーウォンは地下貯蔵庫にナメクジを届けて再び裏庭へ出た。何故だか飼育場のナメクジがぐぐっと数を減らしているような気がしたので、もっとたくさん集めようと思ったのだ。飼育がうまくいかなくて、死なせてしまったのかもしれない。ちょっと焦る。
 このまま優の票集めが成功して法案成立を阻止出来たら、じゃぁやっぱり殲滅と相手が言ってこないとも限らないのだ。やはり、たくさん確保しておく必要があると思えた。
 そうしてしばらくナメクジを集めていると、どこからともなく声が聞こえてきた。
「ナメクジが可哀想だわ」
 可愛い女の子の声だ。ユーウォンはその声に首を傾げてキョロキョロと辺りを見渡す。しかし一向に声の主が見あたらない。
 移植後手を再び土の中へ突き刺した。そして引き上げようとしてようやくその存在に気づく。
「あ」
 低木に隠れるようにしてその声の主が立っていた。魔王城のコロポックル――ゼシカである。
「ナメクジを放して!」
 そう強く主張するゼシカにユーウォンは困惑した。
「可哀想なの?」
 その発想は彼にはなかった。
「可哀想でしょ」
 ゼシカはナメクジの前に敢然と大の字に立ち塞がって同意を求めるように言った。
「どうして?」
 ユーウォンが尋ねる。
「ナメクジは大切なお友達だもの」
 ゼシカが言った。どこまで本気で言ってるのか、しかし彼女の目は真剣そのものだった。ナメクジがお友達。ユーウォンはしばし考えてから聞いてみた。
「……お友達、食べちゃダメ?」
「ダメよ」
 なるほど、ナメクジ殲滅から一転して、生類<ナメクジ>憐れみの令なんてものに動いたのは彼女の力であったと思われた。
「じゃぁ、さ。ナメクジを食べられなくなったら、カエルは可哀想じゃないの?」
「え?」
 ユーウォンの問いにゼシカは面食らったようにユーウォンを見返した。そんなこと、考えたこともなかったという顔だ。
「カエルが餓死しちゃったら、食べるカエルを失った蛇は可哀想じゃないの?」
 ユーウォンは更に問いを重ねる。
「そ、それは…」
 ゼシカは口ごもった。視線をさまよわせ必死に答えを探している。
「ほ…他のものを食べたら…」
「他のものはいいの? たとえばカエルが食べる昆虫は可哀想じゃないの?」
「うっ…」
 ゼシカは大きな目を潤ませながら後退った。そしてポシェットを開く。しかしそこに亡きパパの写真は入っていない。少しでもレナの力になろうと置いてきてしまったのだ。
「不思議」
 ユーウォンは心底不思議そうな顔を傾げてみせる。
 潤みきった瞳から涙を溢れ出させると、ゼシカはそのまま堰を切ったように泣き出した。
「え? わぁっ!?」
 女の子を泣かせてしまってユーウォンが慌てふためく。おろおろしながら周囲を見回して、そこにカモミールを見つけると一瞬考え、手折ったりせず根っこごと丁寧に引き抜いてゼシカに差し出した。
「ごめんね」
「……」
 ゼシカは根っこのついた花とユーウォンを涙と鼻水でぐちゃぐちゃにした顔で見返した。



 ▼


「参ったな…」
 グロテスクな緑で埋め尽くされていた中庭もようやく元に戻りクアールはため息を吐き出した。顔には何とも言い難い疲労感が漂っている。
「ですが、中庭が壊滅するような方に話が進まなくてよかったじゃないですか」
 しだりが言った。ガチバトルなんてことになったら中庭はちょうどいい戦場にされるだろう。もちろん、優が出奔した時にコロシアムが作られたから、そこでやれば済む話なのだろうが、今回は大会と銘打ってるわけでもなくフェアプレイの戦いでもない。両者が相見えた場所、そこが戦場になるのだ。
 だとすれば、この展開は中庭にとってはむしろ望ましいのでは。
「確かにそうなんだが…」
 それはもちろんそうなのだがクアールの憂いは晴れなかった。
「生類<ナメクジ>憐れみの法案が成立しなかった場合、絵奈殿が次にどんな手を講じてくるかと考えると…」
 クアールは遠い目をして言った。クアールの脳裏にはカエルで覆われた中庭が過ぎって仕方がないのだ。今度こそ、世界中のナメクジを根絶やしに、と言い出すかもしれない。コウガイビルで埋め尽くされた大地を見て、今度はコウガイビルで料理を作ろう、とか言い出す魔王を想像して、コウガイビル料理反対運動が始まって…という堂々巡りに恐れ戦くのだ。
 とても、かつて別の世界で魔王と呼ばれた男とは思えぬ弱気っぷりである。そして想像以上の苦労性でもあった。
「逆に成立した場合、魔王がどんな手段に出るかを考えると…」
 しだりがまるで他人事のように言った。いや、本気で他人事と思っているのだろう。苦悩するクアールを煽って楽しんでいるかのようだ。どちらが勝っても自分が得をする、関ヶ原の合戦を物見遊山で弁当片手に見物に来た大阪商人のように、この状況を楽しんでいる節さえあった。別にどちらが勝ってもしだりが得をすることはないだろうが。
「うわぁぁぁぁぁ、俺はどっちに票を入れればいいんだぁぁぁ!?」
 クアールは思わず絶叫したくなる。
「さあ?」
 しだりは両手の平を青空に向けて肩を竦めてみせるだけだ。
 今は他人事かもしれないが、いつ地底湖にまで危害が及ばないとも限らないのに。クアールは恨めしげにしだりを見上げた。
 それから天に祈るように呟くのである。
「とにかく、何事もなく終わってくれますように」





 ■5■

 世界征服定例会議、2日目。
 生類<ナメクジ>憐れみ法案審議委員会による報告が行われた。
 報告を受け事前に質疑応答についてとりまとめが行われる。
 それは、この法案が施行された場合の不具合について話し合われた様子は皆無に等しく、ただナメクジ料理が作れなくなるというその一点についてのみ話し合われたとんでもないものであったが、絵奈の息がかかっているのか、誰もそのことについて突っ込む者はなかったらしい。
 世界征服定例会議、3日目。
 生類<ナメクジ>憐れみ法案に関する形式的質疑応答が本会議で行われ、どう考えても悪法だろうナメクジを率先して保護すれば世界はナメクジで溢れてしまうとする魔王の主張も空しく投票が行われた。
 ナメクジ料理に関心を示す者しか出席していない会議のそう出席者数は10。
 賛成5票。
 反対4票。
 白票1票。
 出席者10、賛成が過半数の6に満たなかったため否決。
 この結果に驚愕したのは絵奈である。絵奈は出席者を何度も確認して指折り数えた。反対票はいうまでもなく、優、ユーウォン、ゼロ、黒燐の4人に違いない。残りの白票を投じたのは誰か。サクラとレナとゼシカは確実に賛成だろう。絵奈はクアールをみた。クアールは絵奈の視線にぶんぶんと首を横に振る。それではっきりした。犯人は…。
「どういうつもりなの!?」
 絵奈はニコに詰め寄った。
「えぇ!? 僕!? 僕はちゃんと賛成に票を投じたよ」
 あんなに怖い思いをして、今更反対に票が投じられるわけがない。両手の平を絵奈に向けてひらひらと振りながらニコは言った。
「僕じゃない」
「あなた以外に誰がいるんです?」
 と絵奈が眉尻をあげる。
 するとその隣ですっと手が挙がった。
「!?」
 誰もが言葉を失ったに違いない。絵奈は目を皿のようにしてその手の主を見た。
 思わぬ伏兵であった。
 ここにきて絶対ありえないと思っていたゼシカが反対に投じないまでも白票に出たのだ。
「嘘でしょ…?」
 絵奈は開いた口の塞ぎ方もわからずゼシカを呆然と見返した。
 ゼシカは今にも泣きそうだ。
「ま、まぁ、まぁ、彼女を責めるのはやめて、理由を聞いてみようよ」
 須く女性の味方のニコが言うのに、絵奈は小さく息を吐いて「そうね」と応えた。
 一方、優陣営は大喜びである。なかなか票を集められず、半ばやけくそ気味だっただけにこれは奇跡の大逆転というほかあるまい。
 あまりのショックを隠しきれないまま絵奈はしだりに異議申し立てを行った。過半数には満たなかったが賛成の方が多い。納得が出来ないというのだ。そこでしだりは法案を再び審議委員会に返付することにした。
 永世中立のしだりではあるが、絵奈の目が何をしでかすかわからない感じに据わっていたので折れたのである。もしかしたらクアールの中庭のことを少しは慮っての判断…だと思いたいクアールがいた。
 とはいえ城内で票決をとっていても埒があかないように感じたしだりは併せて国民投票を行うよう指示を出した。

 かくて泥だらけの投票戦は佳境へと入ったのである。


 ▼


「反対、反対、生類<ナメクジ>憐れみの令なんて断固反対なのであります!」
 選挙カー(?)の上でメガホンマイクを手にユーウォンがカンペを読み上げた。
 選挙カーに手を振る人々。
「ありがとうございますなのです。応援、ありがとうございますなのです」
 ウグイス嬢のゼロが手を振って返す。
 その向かいでは。
「賛成、賛成、賛成に清き一票を投じてください。ナメクジ料理を止めさせるためにも皆さん、生類<ナメクジ>憐れみの令賛成に清き一票を!!」
 負けじとサクラが声をあげていた。
 鼻にティッシュを詰め込んだ男どもが周りを囲んでいる。ビキニ型防具は男性陣に効果覿面であったらしい。
「どう、どう、どう。はいはい、ありがとうね。でも、これ以上近づいちゃダメだよ」
 ニコが必死で男どもを押さえているが、それで鼻息の荒くなった男どもを押さえられるわけもなく。ニコを踏みつけ殺到するサクラのにわかファンたちに、レナがサクラを守るべく火炎魔法を唱えた。
 一瞬にして辺りは火の海となり、それはナメクジ料理賛成派へと飛び火する。
 燃え狂いこちらに向かってくる炎にユーウォンが翼を羽ばたき応戦。
 炎は風に煽られ更に強さを増し火柱を作り、森を焼き、山火事は3日3晩続くに至り、見かねたしだりが雨を降らせて何とか収めた。
 はた迷惑にも程がある。
 巷では、賛成か、反対かで話は盛り上がり、テレビでは毎日トップニュースで取り上げられ、賛成・反対のディベートが繰り広げられた。また、一方で賭の対象となり、とんでもない金額がやりとりされ、一種お祭り騒ぎのような様相を呈してもいた。
 レナとユーウォンがしだりに連日の説教を受けている間。
 チャリンコ部隊に任命された全身大火傷のニコが各家のポストに宣伝のためのチラシを放り込めば、設営部隊のゼロがナメクジ料理講演会の設営に奔走する。
 絵奈はゼシカの説得にまずは臨んだ。どうやらユーウォンにいろいろ質問され、それに答えられなかったことが白票の原因であったらしい。そこで絵奈は一つ一つ丁寧に答えた。まず生類<ナメクジ>憐れみの令はカエルたちが従う必要のない法令であること。むしろ、人がその生態系を脅かすことを禁じるためのものである、ということ。無駄な殺生を禁じるものであって、無駄ではない=生きるために必要であればそれは許されるということ。単純に可哀想だからと考えた案ではないこと。それでも、可哀想という気持ちに応える案であること。
 ゼシカはそれで迷いを振っ切ったのか、再びナメクジ料理反対派として精力的な活動を再開するに至った。
 黒燐はクアールの説得に通った。
 曰く。生類<ナメクジ>憐れみの令が施行されたら、もうバラ園に椿油粕を撒くことも出来なくなるのだ、と。ナメクジを駆除することが出来なくなってしまうのだ、と。さすればバラ園はナメクジで溢れかえってしまうのだ、と。
 クアールはグロテスクな緑に覆われたバラ園がナメクジで覆われたらと想像してゾッとした。
 ゼシカもクアールを説得すべく通った。
 曰く。必要もなくナメクジを殺すなんて可哀想ではないか、と。中庭にナメクジが現れたら、外に逃がしてやればいいことであって殺すことは過剰防衛ではないのか、と。
 亡きパパの写真を手に泣き落としにかかるゼシカに、かつて別の世界で魔王と呼ばれていた男は辟易となった。
 一方。
 絵奈はナメクジ料理がいかに無駄なことかをテレビを通じて世界に訴えた。
 優はナメクジ料理の可能性についてネットの動画配信を使って力説した。
 2人のブログや何やかやには返信などが殺到した。

 (ナメクジ料理に)賛成だから(法案)反対に一票。
 (ナメクジ料理に)反対だから(法案)賛成に一票。
 何ともややこしい。

 かくて両者満を持しての投票日が訪れた。
 投票会場には出店が並び、花火があがり、盆踊り大会なども開かれ完全にお祭り状態である。両陣営ともやりきった感満載で後は果報を寝て待つだけのはずであったが、せっかくとばかりに祭りへと繰り出した。
 ニコは女の子たちのナンパにサクラに説教され、そのサクラはといえば投票会場でレイヤーの血が騒ぎだし勇者ではなく最近ハマっているゲームのキャラになりきりカメラ小僧に取り囲まれたり、かと思えば、盆踊りに参加しておおはしゃぎの黒燐がやぐらの上で太鼓を叩き見事な枹捌きを披露したり、人混みに迷子になったゼシカを皆で探し回ったり、ユーウォンが射的で意外な才能を発揮したり、ゼロが金魚すくいのポイを片端から破いて1匹も掬えなかったり、レナが輪投げで商品を総なめにしたりなどしてその時を待ったのである。
 選挙管理委員長を務めることになったしだりは、祭りに行きたそうなクアールをがっつり取り押さえて開票の手伝いなどをさせていた。それでも一応、花火大会は2人でしっかり楽しんだようである。
 とにもかくにも即日開票の上、即日投票結果は公表される。
 その時を前に、優陣営も、絵奈陣営も、巨大なだるまを背に結果を待っていた。テレビカメラや報道陣を前に、お互い筆を手に、いつでも目玉を入れられる体勢である。
 すぐに祝杯があげられるよう酒樽も用意されていた。絵奈の前ではニコとサクラが、優の前ではユーウォンと黒燐が木槌を持って、すぐに酒樽の蓋を割れるよう待機している。
 控え室から開票結果を手に、しだりが現れた。
 誰もが息を呑む。
 しだりは複雑そうな顔で彼らの前に立ち、言った。
「投票率0.00…」
 そこで一つ咳払いをする。聞いていた者たちが一瞬、おや? という顔をした。
 しだりは大きく息を吸い込んで一気に結果を読み上げた。
「投票数101票、賛成48票、反対48票、白票3、無効票2」
「「「「「えぇぇぇぇぇ!?」」」」」

 結論から言えば、ナメクジの殺生について、人々にそれほどの関心はなかったということである。ぶっちゃけ、どーでもいい。つまりはそういうことであったのだ。
 投票会場にはあれほどたくさんの人々が集まったというのに、誰も投票せず祭りを楽しむだけ楽しんで帰ったということか。
 もしかしたら、本当にもしかしたらであるが、魔王と魔王秘書の対決という図式に票を投じ辛かった、という側面もあるのかもしれない。あくまで可能性の話ではあるが。
 国民投票の指示を出しておいて言うのも何だが、そもそも本会議の出席者数(率)を鑑みれば、この投票数は多い方だったのではないか、と思わなくもない、しだりであった。
「うーん、失敗だったか…」


 ▼


 結局、どちらの陣営もあの選挙活動…もとい投票促進運動が大して功を奏さないまま、審議委員会から重ねて先の投票結果の報告があり、結局本会議のみで再び決戦投票を行うことになった。
「法案成立には出席者の過半数の票を必要とします」
 確認するようにしだりが言った。前回、過半数に達しなかったにも関わらず絵奈の異議申し立てがあり、それを受理してしまったしだりである。今回は受け付けませんよ、とでも念を押すように。
 とはいえ。
 思えばゼシカが賛成に戻った時点で結果は見えているようなもの、であったかもしれない。

 出席者数10。投票数10。無効0。白票0。
 賛成6票。
 反対4票。

 もちろん賛成に投じたのは絵奈、サクラ、ニコ、ゼシカ、レナに加え、最後までさんざん悩んで結局これでけりがつくと信じたクアールだった。これでけりがつけば中庭は安泰だと信じてる。
 過半数6票を獲得した絵奈の主張通り、生類<ナメクジ>憐れみの令はかくて成立したのだった。
 しかし、悔しがる優に絵奈は勝ち誇った顔はしなかった。それどころか、どこか優しい微笑みを浮かべてこう声をかけたのだった。
「魔王が法律ですのにね」
 絶対王者として君臨できるはずの魔王が、世界の秩序のために法に準ずるというのも不思議なものであった。しかし優自身独裁者になりたいわけではないということだろう。世界征服=独裁ではなかったのだ。
 そういうところがこの魔王の魔王たる所以であり、絵奈がそんな魔王の秘書を務める所以でもあるのだった。
「はっ!?」
 優は目を見開いた。

 ――魔・王・が・法・律!!




「なんでその事に気づかなかったんだぁぁぁぁぁ~~~!!」






 エンドロールが静かに流れ始めた。
 チャラッチャッチャッチャー、と最近アラーム音に設定したバラドルグループの曲がエンドロールに花を添えている。
 やがてFinの文字。






 ――という、壮大な(?)夢を見た。





■大団円■

クリエイターコメント※まおゆうたん~魔王優の世界征服浪漫譚~ 参照
※※続・まおゆうたん~魔王優の世界征服浪漫譚~ 参照

というわけで
楽しんで書かせていただきました。
キャライメージなど、壊していない事を祈りつつ。
楽しんでいただければ嬉しいです。
公開日時2014-02-24(月) 23:40

 

このライターへメールを送る

 

ページトップへ

螺旋特急ロストレイル

ユーザーログイン

これまでのあらすじ

初めての方はこちらから

ゲームマニュアル