オープニング

「以上が我々、世界図書館の提案である。貴君らに受け入れて貰えれば幸いだ」
 仕立ての良い軍服を勲章で飾った軍人たちが囲む二重円状の会議テーブルの中央には、鍛えぬかれた完璧な肉体を正装の代わりに晒す漢。
 その自己主張の激しい姿形に反した理知的な言葉を結ぶのは、肉の字で知られる一介の軍人ガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロード。

 世界図書館を代表する異様を囲むはカンダータ軍の高級将校。
 流石というべきか、死地に鍛えあげられた彼らの胆力は、些かの動揺も見せずガルバリュートの言葉を咀嚼する。

「まずは世界図書館よりの提案を有難く受け取らせて頂く、ついて返答だが今しばらくの――」
「……戯言はよせ、ここはノアではないぞ。見目麗しい肉体の特使殿も困惑されているではないか」
 ガルバリュートに返礼する些か神経質そうな男の言葉を、カンダータ軍服を窮屈そうに着た巨漢が笑い飛ばす。
 笑いに応じ、何故かポーズを決めるガルバリュートを尻目に、将校たちは己らの言葉を交わす。
「我々の立場と能力は、これ以上の会議を必要としてはならん。世界図書館の方々の提案を吟味し返答を行う」
「左様、我らカンダータ有史以来の節目ぞ。元老共でもあるまい、我らで腹を探り合って何になろうよ」
「しかし、元老の面子を潰して西に飛ばされたグスタフが今じゃ救国の英雄か」
「俺は、あいつを罰するのは反対だったんだがな」
「ハッ! グスタフの前でほざいてみろよ、尻尾振りが上手な憲兵殿。貴様の不細工面を伊達にしてくれるだろうよ」

 ………………

 手持ち無沙汰にポーズを変え続けていたガルバリュートが再び会議の席に戻れたのは、凡そ四半刻の後。

「おっと、特使殿失礼した、我らも顔を会わせるのは久方ぶり故な。では我々の見解と意見を述べさせて貰おう。まずはこれを見てくれ」
 巨漢の済まなそうな声がガルバリュートの無聊を止める。





 会議室を照らす光源は落ち、プロジェクターが唯一の発光体となる。
 壁面一杯に表示された資料には、地上未踏地探索計画と言う標題のスライドが表示されていた。
 スライドの傍らに立つ神経質そうな男が、レーザポインタで指示しながら説明する極少数のスライドが提示する内容は、以下の通りである。


------------

□作戦目的
 ディナリア地上基地より十五日範囲の地上探索(片道十五日往復三十日)

 以下の要件を満たすことを主たる目的とする
 1)新たな地上拠点候補の探索
 2)マキーナに関する重大な情報の確認
 3)地上地図の作成、通信機器設備の設置

□行軍規模

・機械化部隊 五百人 構成員は全てサイボーグ強化された精兵である
・部隊は四隊に分かれて一定の距離を置きながら行動する
・各隊は情報収集用通信車 四輌 浮動戦車 八輌 指揮車 一輌 資材輸送車 六輌で構成される
・各隊は調査班、戦闘班、通信班、工作班、指揮者によって構成される

□行軍計画

・行軍速度は時速60km 一日八時間凡そ五百粁(キロメートル)の移動するものとする
・行軍スケジュールは一時間行軍一時間休憩を十六時間続けた後、駐屯地を構築し八時間の休憩
・食料及び燃料等の資材は20日行軍可能な規模で携帯するものとする
・不整地走破のため、肉体的に自信がないものは酔い止め薬の持参が強く推奨される
・各隊は単独での作戦行動が可能であるが、一班が全滅する規模の被害が合った場合退却を優先する
・各隊は凡そ100粁の幅を取り行軍するものとする
・複数隊が生存しているがマキーナを振り切ることが不可能と判断とした場合は若番の隊が足止めを行うものとする
・指示系に混乱が発生した場合、若番の隊の意見を優先するものとする
------------


「簡易な計画ですまないが……我々の持てる構想はこの程度だと理解してくれ。
 ……さて、特使殿。貴殿らの提案には概ね賛同するものであるが一点、我々の計画との間に大きな齟齬がある。補給線に関してだ、端的に言おう地上に補給線を構築することは我々にとって容易なことではない、残念だが貴殿らの提案を加味したとしてもだ。
 しかし、貴殿らの旗艦の輸送力に大きく期待している。積載量を考慮すると、単純に探索期間を五日は伸ばせると考えている。時に特使殿、輸送車両に我々が関与できないというのは、些か拙い譲歩頂けないか?」
 トトンと神経質そうな男がテーブルを叩く指には如何な感情が込められているのか。
「……すまんが、それは難しいと言わざるをえん」
「そういうことではないのだ特使殿。ロストレイル号とやらが、貴殿らの重要機密であることは我らも認知している、それを曲げよというのは無法だ」
 心底済まなそうに、しかしはっきりと断る筋肉の言葉を神経質そうな男が否定する。
 鋼鉄の兜に疑問符を浮かべるガルバリュートへ男は解く。
「そう、そのような特殊を受け入れよというのだ……例えば、ロストレイル号に積載する食料は、貴殿らが提供するというのはどうだ?」
 男がテーブルを叩く指の音が一際強く跳ねる。
「それはいい考えだな、異世界の食事は随分と美味と聞くぞ。三十日に渡ってあのレーションというは流石に俺でも閉口する」
 神経質な男の言葉に、笑い声を上げる同意する巨躯にガルバリュートの表情は僅かに硬い。
「……その条件ならば応諾できるであろう、しかし貴殿らは将としては些か戯言が過ぎるな」
「気を悪くしたなら陳謝する特使殿、しかし此れは我らの悟性だ受け入れて頂きたい。さて、そろそろ結論とさせてもらう」


------------
◆カンダータ未踏地探索作戦概要

□作戦目的
 ディナリア地上基地より十五日範囲の地上探索(片道十五日往復三十日)

 以下の要件を満たすことを主たる目的とする
 1)新たな地上拠点候補の探索
 2)マキーナに関する重大な情報の確認
 3)地上地図の作成、通信機器設備の設置

□行軍規模

・機械化部隊 五百人に加えてロストナンバー有志
・部隊は四隊に分かれて一定の距離を置きながら行動する、ロストナンバーは任意の部隊に所属するものとする
・各隊は情報収集用通信車 四輌 浮動戦車 八輌 指揮車 一輌 資材輸送車 六輌で構成される
・各隊は調査班、戦闘班、通信班、工作班、指揮官/副指揮官によって構成される
・輸送車両としてロストレイル牡羊座号が並走

□行軍計画

・行軍速度は時速60km 一日八時間凡そ五百粁(キロメートル)の移動するものとする
・行軍スケジュールは一時間行軍一時間休憩を十六時間続けた後、駐屯地を構築し八時間の休憩
・食料及び燃料等の資材は四十日行軍可能な規模で携帯するものとする(うち十日分はロストレイル号に積載するものとする)
・不整地走破のため、肉体的に自信がないものは酔い止め薬の持参が強く推奨される
・各隊は凡そ100粁の幅を取り行軍するものとする
・複数隊が生存しているがマキーナを振り切ることが不可能と判断とした場合は若番の隊が足止めを行うものとする
・指示系に混乱が発生した場合、若番の隊の意見を優先するものとする

□撤退条件
・各隊ごとに損耗が3割、あるいは調査が続行できないと判断する程度の被害を受けた場合
・全体の5割が撤退の意思を示した場合
・指揮官が死亡し交代要員のない場合
・事前調査によってマキーナとの交戦で甚大な被害が出ると判断したとき
------------


=============
!注意!
パーティシナリオでは、プレイング内容によっては描写がごくわずかになるか、ノベルに登場できない場合があります。ご参加の方はあらかじめご了承のうえ、趣旨に沿ったプレイングをお願いします。
=============

品目パーティシナリオ 管理番号2663
クリエイターKENT(wfsv4111)
クリエイターコメントタイトルはギリシア神話におけるアルゴー号の探索隊と見せかけてテッカ○ンブレード某探索船より

米軍が対ミサイルにレーザー兵器を試験実装したと聞いてワクワクしているWRのKENTです。
最近カンダータ向けに現代兵器のスペックシートとか性能試験動画を見てたりするんですが、反則としか言いようがないものが多いですね。

今回のシナリオは投票結果及び掲示板での提案を受けて実施されるカンダータ未踏地探索を目的としたシナリオになります。
PCさん向けには情報がほとんどない状態から何かを発見することを目的とするシナリオとなるため、困難な内容となるかと思います。
地上については拙著の『誰がために戦う』で触れてはいますので参考程度に読んで頂けると幸いです。

さて、具体的なアクションプランはOPの末尾の通りです。
作戦の主体はカンダータ軍になるのでPCさんは如何に探索隊各所をサポートして目的を確実に達成させるかが肝要になるでしょう。

ざっくり以下のようなことができるかなと思います。
・探索にどのように協力するか
・襲ってきたマキーナとどのように戦うか
・どのようにマキーナを回避するか
・円滑に進軍するための提案と実施
・進軍するカンダータ兵と交流する
・料理作ってカンダータ兵に振る舞う
・車に酔ってえろえろする(作戦の中の酔い止めは軍隊ジョークぐらいに認識ください)
等々
もっとも、プレイングに基いてイベントは発生させるつもりですので各位の独断先行に期待しています。


・カンダータ軍戦力
○通信機通信限界:三百粁
○対マキーナレーダ有効圏:検知一〇粁 個体識別及びミサイルロック二粁
○浮動戦車
主砲:徹甲弾 対マキーナ有効射程千五百米(W型想定) 最大射程四粁 再装填時間一〇分
副砲:機関銃 秒間三百発
オプション:SSM八門 ロックオンを必要とするため最大射程は二粁

○サイボーグ兵基本兵装
サイボーグライフル:対マキーナ有効射程一一〇〇米(S型想定) 二〇〇米(W型想定)
パイルバンカー:当たればW型を破壊可能

今回のカンダータ軍の主力はノアから派遣された主戦派になります。
探索隊にはネームドNPCは基本的に存在しません。
また本シナリオでは探索隊以外は扱いません、探索隊に関係しないアクションは基本的に却下致します。

あ、どうでもいいですがカンダータは地平線がありますのでご留意ください。


以上となります、それではよろしくお願いします。

参加者
ニコル・メイブ(cpwz8944)ツーリスト 女 16歳 ただの花嫁(元賞金稼ぎ)
シーアールシー ゼロ(czzf6499)ツーリスト 女 8歳 まどろむこと
ジューン(cbhx5705)ツーリスト その他 24歳 乳母
アマリリス・リーゼンブルグ(cbfm8372)ツーリスト 女 26歳 将軍
コタロ・ムラタナ(cxvf2951)ツーリスト 男 25歳 軍人
ネイパルム(craz6180)ツーリスト 男 47歳 竜の狙撃手
ローナ(cwuv1164)ツーリスト 女 22歳 試験用生体コアユニット
ルン(cxrf9613)ツーリスト 女 20歳 バーバリアンの狩人
ブルーナイト・UE‐HB72-07(cndb3415)ツーリスト その他 0歳 戦闘用バトロイド
ジャック・ハート(cbzs7269)ツーリスト 男 24歳 ハートのジャック
ハクア・クロスフォード(cxxr7037)ツーリスト 男 23歳 古人の末裔
華月(cade5246)ツーリスト 女 16歳 土御門の華
川原 撫子(cuee7619)コンダクター 女 21歳 アルバイター兼冒険者見習い?
マスカダイン・F・ 羽空 (cntd1431)コンダクター 男 20歳 旅人道化師
ティーロ・ベラドンナ(cfvp5305)ツーリスト 男 41歳 元宮廷魔導師
ナウラ(cfsd8718)ツーリスト その他 17歳 正義の味方
百田 十三(cnxf4836)ツーリスト 男 38歳 符術師(退魔師)兼鍼灸師
ガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロード(cpzt8399)ツーリスト 男 29歳 機動騎士
ティリクティア(curp9866)ツーリスト 女 10歳 巫女姫
ニコ・ライニオ(cxzh6304)ツーリスト 男 20歳 ヒモ
グリミス(ccdd9704)ツーリスト 男 15歳 炎の霊獣
幽太郎・AHI/MD-01P(ccrp7008)ツーリスト その他 1歳 偵察ロボット試作機
医龍・KSC/AW-05S(ctdh1944)ツーリスト その他 5歳 軍用人工生命体(試験体)
伊音 清華(ccdu4031)ツーリスト 女 16歳 エンチャンター/学者
冬路 友護(cpvt3946)ツーリスト 男 19歳 悪魔ハンター
ヌマブチ(cwem1401)ツーリスト 男 32歳 軍人
吉備 サクラ(cnxm1610)コンダクター 女 18歳 服飾デザイナー志望
テリガン・ウルグナズ(cdnb2275)ツーリスト 男 16歳 悪魔(堕天使)
エータ(chxm4071)ツーリスト その他 55歳 サーチャー
しらき(cbey8531)ツーリスト 男 38歳 細工師・整体師
村崎 神無(cwfx8355)ツーリスト 女 19歳 世界園丁の右腕
ブレイク・エルスノール(cybt3247)ツーリスト 男 20歳 魔導師/魔人
レイド・グローリーベル・エルスノール(csty7042)ツーリスト その他 23歳 使い魔
アヴァロン・O(cazz1872)ツーリスト その他 20歳 汎用人型兵器アーキタイプ
旧校舎のアイドル・ススムくん(cepw2062)ロストメモリー その他 100歳 学校の精霊・旧校舎のアイドル
黒燐(cywe8728)ツーリスト 男 10歳 北都守護の天人(五行長の一人、黒燐)
エイブラム・レイセン(ceda5481)ツーリスト 男 21歳 ハッカー
シューラ(cvdb2044)ツーリスト その他 38歳 おっかけ/殺人鬼、或いは探偵
ヴィクトル(cxrt7901)ツーリスト 男 31歳 次元旅行者
ライベ・ラピリト・スズシラ(cvnp5836)ツーリスト 男 34歳 賞金稼ぎ
枝折 流杉(ccrm8385)ツーリスト 男 24歳 『博物館』館長
藤枝 竜(czxw1528)ツーリスト 女 16歳 学生

ノベル

 カンダータ軍・地上基地
 地上と言う冥獄において、唯一人の存する希望の窓口。

 清冽な空気に砂煙を刻み、未踏の地に進むは鉄騎と異界を渡る列車。
 居並ぶ軍人は、地平の彼方にその姿が消えるまで敬礼の姿勢を崩さなかった。


‡ ‡


 宿営予定地点に降り立った白鳥の姿がモザイクのように乱れ翼ある人の形が浮かぶ。
 幻覚で変じて先行偵察をしていたアマリリスは、後方から追いつく土煙に合図を送った。

 程なくして合流した車両からは、兵士とロストナンバーが宿営地に降り立つ。
 地上基地より旅だった探索隊の初日は波乱なく、休憩時間を含めた十六時間に渡る移動を終えた。


「車って結構揺れるんだね。酔いそうになっちゃった」
 輸送車からぴょんと飛び降りた小さな姿。陰陽師風の黒衣に顔まで隠した人物――黒燐は、どこか楽しげな子供っぽい口調で遠足気分を醸し出す。
 両腕を上げて狭苦しく押し込められていた体を伸ばすと背中に軽い衝撃。
 零れるように輸送車から転げ落ちて黒燐の背中にぶつかって崩れ落ちる女――吉備サクラの顔は真っ青を通り越して土気色に近い。
 お世辞にも快適とは言いがたい、いや屈強の男でも一時間以上は耐え難いと言われる不整地走破。輸送車での長時間の移動はサクラの三半規管を撹拌していた。
「……き、気持ち悪いです……」
 力の入らない掠れ声が途切れ、忌まわしい音が口腔から漏れる。
 悲惨な様相の女に少年――黒燐がはいっとペットボトルを差し出した。
「えっと、はい『すぽおつどりんく』すっきりするよ!」

 別部隊の輸送車でも乗り物酔いに苦しめられた蜥蜴型悪魔――冬路友護が覚束ない足取りで地面に降り立つ。
『友護、そういう意味で迷惑かけんじゃねーぞ』
 傍らにいた翼竜型機械――フォニスが好きな子を虐める小学生のように相棒に辛辣な台詞を投げかける。
「酔い止めはバッチリ飲んできたんで大丈夫っす! ……たぶん」
 気弱に締めた言葉は、ふらふらと揺れる体と相まって頼りない。


 探索隊の車輌が次々と停車する傍らに、牡羊座号もまた車輪を軋ませる。
 鉄輪の擦過が火花を散らし、車体が揺れ、屋根の上で遠方を観察してた人物――ニケ像よろしくポージングを決めていたガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロードの体が宙に舞い飛び、無謬の大地に新たな傷跡を刻む。
 ちょうど牡羊座号から降車しようとしていた隻腕の男は、突然目の前に出現した珍奇な現象に驚愕を浮かべ……地面に埋まる人型を見て得心する。
「ぬふぅん……ヌマブチ殿、見ていたのならば受け止めてくれても良かろう」
 みちりと肉音を立てながら体を起こし、土を払う筋肉男は隻腕の男――ヌマブチに無茶な文句をつける。
「それは失礼、ガルバリュート殿。生憎、某片腕故……貴殿を抱きとめることは罷りならん」
 慇懃無礼な物言いと共に袖を揺らして肩を竦める知己の姿にガルバリュートは鼻息だけ鳴らし姿を消す。

 (……死地にあって駒の如き整然たる動き……良く躾けられた犬だな)
 ガルバリュートの行き先を追った視線の先、かつて贄に捧げようとした者たちを見遣りながらヌマブチは独りごちる。
 ……理解し難い、個より全体を優先する忠誠。それを美徳とする彼らに嫌悪にも似た情を感じる。
 湧き上がる感情のまま波風を立てる心算は毛頭ない、だが……。

 ――――有用な兵士とはああいう者達の事を言うのだろうな

 その嘲笑は彼らと同じ職分にありながら、彼らが持つ誇りを理解できない自分への嘲弄でもある。
 帽子を直し居住まいを正そうとしたヌマブチは期待した感触がないことに気づき自嘲の歪みを大きくした。





 故障を恐れて架台に一人座していたコタロ・ムラタナは、その反動なのか常識外れの社交性――彼の基準では、を発揮しカンダータの兵士達に話しかけていた。
「…………貴殿らは……いつからマキーナと?」
「さあ? 分かんねえな、俺の親父も爺さんもマキーナと戦ってたけどよ。そん前からずっとやってんじゃねえのか?」
「……そうか……戦うのは…………怖くはないか……死ぬことは……何のために……戦う?」
「んなこといったってなぁ、戦わないで生き残れるならそりゃいいだろうよ。おっと……死ぬが怖いとか考えたことねえぜ、兵士になるってのはそういうことだろ? 生命の全てをカンダータのためにってやつだ」
「…………そうか、そう……いえば、ルドルフは……彼の遺族は安堵されたのか?」
「ルドルフ……? 誰だ? ノアのお偉いさんか? そりゃそれなりじゃねえのか? ……ははぁ~ん、わかったぜ。お前、新婚だろ? 嫁さんに未練があんだろ、やることやってねえからそうなんだぜ。いやいや、こりゃ生き残らンわけにはいかないな」
 誤解? を正そうとして、しかし如才ない言葉が出るはずもなく口篭るコタロの肩に腕を回し兵達が笑う。

 資材輸送車の傍らで、壱号のユーザサポートで兵器の使用方法を学んでいた撫子は笑い声に気づき目を細める。
「コタロさん、沢山喋っていて凄く楽しそうですぅ」
 遠目にも浮かれて見えたコタロの姿に、暫し手を休め、笑みを浮かべる。
「よぉ撫子じゃねえか、何してんだ? ちょっとコタロのところに行こうと思ったんだが一緒に行くか」
「今はここでいいんですぅ」
 知己であるおでん魔術師――ティーロ・ベラドンナの誘いに撫子は軽く首を振った。
「そうか? まあ撫子が良ければいいけどよ」
 気を効かせたつもりであったティーロは、意外な返事にきょとんとするが深くは追求せずにカンダータ兵に纏わりつくコタロの方へ向かう。
「……なあコタロ、お前が行くって言うからついて来たけどよ。カンダータって今一体どういう状況なんだ……すげーものものしいけどよ?」


 ――ここを彼が故郷と定めるのであれば、自分もここで生きる道を見つけたい

「打ち型、構え!」
「構えます……お、重いです」
 機械兵用ライフルを訓練しようと構えた藤枝竜の手元はなかなか定まらない。

「このスイッチは?」
「三番は長距離無線用だ、脇のスイッチは暗号パターンの切り替えに使う」
 通信車では村崎神無が、機器の使用方法を教わっている。

「ルンは狩人。獲物を狩る、得意。ギア、通らない? 武器、貸してくれ」
 カンダータ兵士に渡されたライフルを両手に構えて地面に発砲する野生児は、重たい反動と土砕く爆音に満悦の笑みを浮かべていた。

 ――訓練とは今を勝利するためにある、だが自分の目的は少し違う
「もしここで生活するなら兵士になるのかなって思いましたぁ。私自身にとってもこれは訓練なんですぅ」
 特に馴染んだパイルバンカーを両手に構え、撫子は誰にとでもなく零す。


‡ ‡


 探索隊を待つ未踏の大地は、無限とも思える寒風吹きすさぶツンドラの荒野。
 カンダータの技術とロストナンバー達の能力が未知を既知へと変える。


「フォニスは周囲の偵察を頼むっス、オレっちはギアを使って周りの地形を解析して、地形の特徴や付近の様子を調べて見よかと思うッス!」
『OK友護、ついでに隠れているマキーナを発見してやっつけるぜ』
「わわわ、そんな危ないことやめるっス」
 偵察中だというのに騒がしいコンビに厳ついカンダータ軍人も苦笑を零さずにはいられない。

「わ、私もがんばります!」
 結局機械兵用兵装は諦めて、軽量化された装備に着られながら輸送車に乗り込む竜。
 いかなる気配も見逃すまいする意気込みと緊張からめらめらと燃える焔が全身を包み――
「ぅお、うぉ、うぉーたーぷりーず!?」
 熱感知のマキーナに見つかるのではないかと慌てて水を探す。

 幾度と無くカンダータに降りた機械竜――光学情報を歪める鱗を纏う幽太郎は、かすかな物音を知覚しては、センサーをマキーナに破壊されたことを思い出し小さく震える。
 (僕ノデキルコトヲスルヨ……大丈夫、マキーナヨリ僕ノセンサーガ優秀……)
 臆病な幽太郎は、己に言い聞かせ多分に勇気を振り絞る。
「地図情報取得……地形解析……統合、調査結果ハ通信車ニ転送スルヨ」
 各通信車両のレーダ波を張り出したセンサーで知覚し、調査の死角を埋めるべく集積したデータを通信車へ転送する。
 
 (……地下に比べると空気が綺麗なせいか素直な子が多いな)
 ティーロの口笛に集まった無垢な風の精霊達が、初めて聞く言葉に驚きつつも好奇心のまま彼の耳目として飛び立っていく。

「こちらアヴァロン、各員情報を全司令車に同期――完了デス」
 カンダータ兵とロストナンバーが集める情報を統合し、部隊間の同期をサポートしていたアヴァロンに別回線から通信が割り込む。

 ――アヴァロン様、エイブラム様、回線の通信状態如何でしょう?
 ――……良好デス、ジューン様
 ――こっちもOKだ、ジューンちゃんの可愛い声がハッキリ聞こえるぜ
 電子の魔術師達はある不信感を持っていた。
 ――マキーナは誰かと通信している事実がありマス
 ――内通者の通信先にはマキーナの施設があるかもしれない。そう思いませんか
 ――断定はできねえが、不信な通信は見逃さないぜ
 獅子身中の虫を炙りだすために彼らは専用のネットワークを構築していた。





 情報の着信――データ入力――データ処理――
 一連の処理音が指揮車の内に反響し耳が休む暇もない。
 些か辟易としつつも、予てから興味津々であった異世界の機械技術にふれる半獣人・伊音清華は興奮に尻尾をはためかせている。
 あっという間にマニュアルを読みきった彼女は、己の入力が生み出す膨大な情報の坩堝、機械の明滅の虜にとなっていた。

 (……アキバ君ストラップか……さては……イテッっと、わりぃわりぃ)
 作業に熱中する半獣人のもつ某電気街限定ストラップに気を取られ手を止めていたティーロ。
 働き者の精霊は湯気でも吹きそうな立腹の表情で彼の無精髭を引っ張っていた。
 ティーロが作る手書きの地図は、デジタル処理に比べると荒いが臨機応変な口賢しく言えばメモ的な能力に優れる。
 デジタルとアナログを組み合わせてよりよい成果をあげようという算段だ。

 学習したばかりで少し覚束ない操作で、モニターに表示される地図を確認する神無。
「自然物があればそこに拠点を作るのがいいと思うが……やはりない?」
 カンダータ兵と共に拠点にふさわしい場所はないかと眺めるも荒野ばかりでよい場所がない。
 敵地である地上での補給線構築の困難さを考えると、せめて水くらいは現地調達したいところであったが。
 目を皿のようにして一刻余り――慣れぬ徒労にリクライニングを倒し、目頭を抑えて休む神無の袖が強く引かれた。
「お前、水探している? ルン、水ない拠点ダメ、思う。水の匂い、こっち、一緒に来る、いい」
 ルンは故郷の世界でそうであったように大気に漂う微かな水場の香りを感じ取っていた。





「通信機クリア、第一隊調査班から各部隊へ拠点候補を発見に現地調査に移ります」
 通信を終えた通信兵の怜悧な顔に浮かんだ微かな驚嘆。
 カタログスペックを遥かに超える通信精度は張られた符の恩恵。
 成した半獣人は御澄まし顔であったが、得意気な感情はピコピコと揺れる耳にあらわれていた。


 野性児の導いた先には漂う靄。
 視認性の悪い中を慎重に第一隊調査班が進む。
 水に含まれた成分のせいなのかレーダによる探索も届き辛く調査の空白地となっていた。

「……この足跡は……」
 周囲の動作物の跡を注意深く探っていたニコル・メイプが大型の足跡を見つける。
 マキーナとの接触の予感に緊張が高まる調査班。
 しかし足跡を追った先、丘陵の洞に住んでいたのは大型の四足獣であった。
 肩透かしを食らった呈はあるが、一般的に食物連鎖の上位に位置すると想像される大型獣の存在は、近くに被捕食者が飲むであろう水場があることを期待させる。

 (ミネラル分が増えたか? 少し湿っぽいな)
 体を硬質化させた中性的な少女ではなく少年――ナウラが土を食みながらが呟く。
 経口によって土壌の成分分析を行える彼も水場への接近を感じていた。


 靄を抜けた調査隊、その視界の先には氷の浮かぶ湖があった。


‡ ‡


 地下世界に存在する水場――地底湖とは趣の違う水溜まりの傍ら。
 数日振りに合流した探索隊が作る宿営地は、宴のような高揚感に包まれていた。

 数少ない嗜好品の類が封切られ、牡羊座号の中にあった食材も貴重な固形燃料を使って存分に振舞われる。
 ロストナンバー達もあるものは探索隊と共に杯を開け、あるものは慰労のためにその能力を発揮した。


 探索隊の最右翼、四番隊に横付けされた牡羊座号の裏手にカンダータ兵の一群が集まる。
 原因となったはエイブラム・レイセンことエロハッカー。
「よーしよし、好きな子と好きなシーンを選んでくれ。おっと持ち込みは別料金だぜ、新規データ登録料だ」
 彼はサイボーグ化された小脳――人体制御システムに接続し『夢のような仮想現実』を見せる素敵なサービスを提供していたのだ。

「南で戦ったと思ったら今度は地上……座って命令ばかりのお偉いさん方はちった前線のことを考えて欲しいもんだぜ」
 別所では炎色の頭髪と衣服を纏う翁――しらきが按摩を施しながらカンダータ兵の愚痴に耳を傾ける。
「ディナリアの大将もノアに食料と物資を握られてるせいで強くでれねえしなぁ……なぁ、やっぱさ機械の体には按摩は余り効かねえみたいだぜ」
「ふむ、そうか」
 カンダータ兵の言葉に返すのは気のない相槌。 
 機械熱の籠るサイボーグを揉み解すことを諦めたしらきが腕を軽く振る。
 腕の軌道を追って現れた紫炎の揺らめきが、掌に集まり形作った針を徐に突き刺す。
 しらきの口が窄み、ふっと息を吸うと針と共に紅紅い揺らぎが浮かび上がる。
「お、なんか脚のサーボ、反応が良くなったぜ。ありがとよ」
「ああ」
 感謝に返す相槌も簡素なものだ。





 日は傾き、夕焼けに染まる空へ炊煙が立ち上る。
 炊事場では輜重部隊に混じって一部ロストナンバー達が料理に腕を振るっている。


「マイ包丁で、切るよ。でないと、調子でないんだよね」
 ――何の?
「マキーナ相手だと、自分の欲求は満たされないからね。料理で誤魔化すんだよ」
 ――何を!?
 微笑を浮かべながらジャガイモをトスットスッと切る貫頭衣姿の人物――シューラの淡々とした様は、屈強の兵を推して潜在的な恐怖心を換気する。
 巨大鍋に煮込まれたカンダータ風ベーコンとジャガイモたっぷり入り真っ赤なトマトスープは、その美味しそうな匂いにも関わらず何故か禍々しい。

「えへ、僕も料理の手伝いするよー。だってー、戦おうと思ったら、止められたんだもん。子どもだからって」
 仮設射撃訓練場から追い出された黒燐が子供のように口を尖らせる。
「切るのはまかせてー。得意だから。これでも一人暮らししてた期間あるんだしー」
 危うさを感じさせる言動とは裏腹に包丁をぶんぶんと振り回しているにも関わらず野菜は綺麗に刻まれていく。

「そう、ですね……食事の準備くらい、手伝わないと……うっぷ」
 黒燐の言葉に反射的に立ち上がり口元を抑えながらふらふらと歩くサクラ。
「おねーちゃん大丈夫……?」
 野菜の皮を剥きながら心配気な言葉をかける黒燐にも気づかず、サクラは炊事場を二歩三歩とあるくとテーブルに当たって倒れた。

 大量に作られていく料理は、壁役と称して牡羊座号に埋まっていたススム君三百体が配って回っていた。
「どうぞ、お代わりをお持ちしやすか? あ、デザートに1つイチゴ味心臓でもいかがでやんす?」
 特製デザートの人気は今ひとつであったことを付記する。





「――その大っきな眼鏡がなければもっと可愛いと思うよ」
「あら、ほんと? でも、これ外したら貴方、凄くびっくりすると思うけど……」
 配膳を手伝っていたはずのニコ・ライニオは、いつの間にかミラーシェードをつけた女性通信兵の傍らで軽口を叩いていた。
 少し悪戯っぽく口元を歪める女がミラーシェードを外すと眼球まで見える機械式義眼が顕になる。
「これでどう? ほんとに可愛いと思う?」
「うん、エキセントリックで素敵だと思うよ」
「……脈拍、心音ほとんど変化しないのね。ちょっと感心したかも」

「あれニコは? ってまた女の子に粉かけてるのかよ。全くあんな可愛い彼女いるのに……チクってやろうかな」
 自分の出す炎の熱に辟易としながらも炊き出しを手伝っていたグリミスは、友人が悪癖を発揮して仕事をサボってるのをみてぶつくさ文句を言っている。

「ローナワンから全ローナに報告、カンダータ兵の接触が頻繁にあります」
「ローナツーから返信、ローナツーにおいても同様ですー」
「ローナスリー以下同文」
「ローナフォーから全ローナへ……カンダータ糧食が劣悪であることが判明……そのためだと思われます。多分……」
 壱番世界から自衛隊糧食とフランス軍糧食を大量に持ち込んでいたローナ達の周りに多くのカンダータ兵が集まる。

 むさ苦しい兵達の間に透明感のある澄んだ声が響いた。
 こっそりと持ち込んだお菓子をデザートにと籠に入れて配るティクリティアの歌声。
 菓子の甘味と少女の聖歌が疲れた兵士の体に染み渡る。
「ゼロも負けないのです!」
 対抗心を見せた白い幼女が謎の子守唄を熱唱しながら謎団子を配るが、受け取る兵士達の表情は微妙だった。





 日は完全に落ち宿営地は歩哨の照らす明かり除けば極わずか

「いいか、武器の手入れは恋人を扱うより丁寧にやるんだ。人間は後でもご機嫌は取れるが、武器に機嫌を損ねられたら死んじまうからな」
 昼間の探索で緊張した成果眠りにつけず気持ちを紛らせるために武器を整備していたナウラに、酒臭い赤ら顔の軍人が話しかける。
 精神年齢十二歳の彼にとっては不躾すぎる内容だったが、故郷では自分を道具扱いにしていた軍人が人間として話しかけてくるのは嬉しかった。

「お前らはこの探索の果てに何を望むの?」
 珍しく人と交じるハクアの問いに答えるものはいない、日がなを生きる兵士達には高尚すぎる問い。

「ロストナンバーにも皆さんと同じ人間がいるんです。一緒に戦って平和な世界が増えればいいと思います!」
 少し寒そうに毛布をかぶった竜がホットミルクを飲みながらカンダータ兵達に混じって話している。


「あの……ごめんなさい。私、少しロストレイル号で休みます……すみません」
 探索隊の食事中、只管に結界を貼り続けていた華月は疲労困憊の表情でふらふらと寝台車の中に消える。
 結界の維持もさることながら、見ず知らずの男所帯は華月に心労を与えていた。
 何も悪気はないのだろうが気さくに話しかけてくる男臭い軍人達にいちいちびくびくとしてしまう。

「ご心配なく。私には睡眠も休息も不要です」
 機械の女神に拝謁奉ろうとしたカンダータ兵がまた一人討ち死にしている。
 にべにもなく否したジューンは通信車の整備……いや調査を行なっていた。
 内通者を疑う彼女は通常と異なる通信回路、発信機が通信者に設定されていないか調べるが結果は芳しくない。

「ゆりりん、ミネルヴァの眼お願いします。幻覚被せます」
 オウルフォームのセクタンを上空に飛ばし鳥瞰した宿営地にようやく体調の落ち着いてきたサクラが幻影を貼って回る。

 念動力で高々度を飛ぶジャック・ハートは闇夜を透視し宿営地周囲を警戒する。
 目視に加えて赤外線やレーダ波も見通すジャックの視界は一定時間ごとに探索隊から発信される通信を捉える。
 訝るジャックが目を凝らした発信源はアヴァロンとエイブラム。

 ――マキーナ退却命令を発信シマス
 ――上書きされれば逆探もできるんだがな
 ――現在上書き命令は未確認デス

「俺の能力は半径50mだからナ。戦闘が始まるまでするこたねェヨ」
 苦笑気味に嘯くと地面に降り立つとジャックは電子機器完全制御でカンダータ軍の兵器をチェックし始めた。





 夜間警戒に混ざるその姿は、戦場に些か不似合いな道化風情。
『狙撃得意だし目は良いよ、弱虫だから危機にも敏感だしね』
 (特殊能力な方には追付かないだろうけど)
 嘯いた言葉に否定の言葉を胸中に重ねる。

 空をとぶ翼もない、夜を見通す目もない、遠くを駆ける脚もない――凡の人
 無骨な暗視機能つき双眼鏡をぶら下げながら駐屯地の縁を歩く。

 昼は笑いの仮面をかぶって慰問隊気取りに芸を見せた。
 
 ――のほほんと和ませられたらいいな、心労だけでも体力消耗するし

 隣を歩く軍人は手持ち無沙汰だったのか気に入ってくれたのか自慢なのか、息子夫婦だと言って見せてくれた写真。
 
 ――守りたい故郷があるっていいよね、なんかさ、こんな死線の真ん前なのに……よっぽど生きてるよ……ボクよりね

 それにしても、こうしてアッチの領域に侵入してる訳だけど
『マキーナって何なんだろうね』

 見上げた空に浮かぶ壱番世界と異なる星々は、マスカダインの心中に応じるように明滅したように見えた。


‡ ‡


(……今回も契約無理そうだなぁ……うむむ)
 通信班に所属したテリガンは、冗談交じりに兵士達がしてくれた契約も自分の性格を考えると破棄してしまいそうだった。

 ――世界を愛する気持ち、友を大事に思う気持ち、家族を慈しむ心

 (……ああ、オイラってほんっと悪魔に向いてないよな……もう廃業しようかな)
「テリガン、ぶつくさ言ってないで集中してよ」
「はいはい、リーダーわかってるって」
 隷属の霊体蝙蝠の群れの視界と己の視界をリンクさせカンダータの大地を見つめる。
「あ、いたマキーナ。北に10kmのところだ」
「そう……ヴィクトルさん、これを運べばいいんだよね」
「うむ、流杉よ。我輩の『電磁波領域』で彼奴らを足止める。不要な戦闘は回避せねばな、悪戯に軍を消耗させるわけにはいかん」
 流杉と呼ばれた男が姿を消し、極僅かな時間でテリガンの蝙蝠が蒼き雷槌を捉えた。

「火燕招来急急如律令、飛鼠招来急急如律令、上空からマキーナの様子を探ってこい」
 符術で生み出した従僕に偵察を命じるのは、戦闘に長けたロストナンバーの少ない四番隊の偵察部隊に所属する百地十三。
 筋骨の符術士が選ぶ戦術はカンダータの兵を最大限に生かす――上空から俯瞰した位置情報を与えられた浮動戦車の主砲は精密な射撃を可能にする。
「炎王招来急急如律令、雹王招来急急粉律令、近寄るマキーナを倒せ」
 砲撃の隙間を抜け現れたマキーナの前に焔の狒狒と白銀の雪豹が立ちふさがる。
 高熱と凍気のサンドイッチに怯むマキーナをサイボーグライフルの十字砲火がなぎ倒す。
「よし十分だ、鳳王招来急急如律令、俺達を背に乗せて退却しろ。1人でも多くの兵士をノアまで帰すのが俺の仕事だ」


 地上探索も日数を数え、遭遇するマキーナの数も日増しとなる。
 指令車を鳴らす通信音は、新たな発見を示すものからマキーナ検知へ変わっていく。
 如何にマキーナを回避し探索距離を伸ばすかが探索隊の主眼となってきた。

 調査班上空を哨戒していたライベ・ラピリト・スズシラらが視認した機影、テリガンの隷属蝙蝠が見る鉄の集団、アヴァロンの熱源感知が捉える輪郭を避け何度も回頭する探索隊。

 如何な能力を振るおうとも地に満ちるマキーナを避けきる事は不可能。
 砲火を交える回数は日に日に増えていく。





 (……なんで参加しちまったのかねえ)
 軍隊特有の鉄油と火薬の匂いが思い起こさせる従軍時代の苦味を咥えた葉巻で押しつぶす。
 前回は建前があった、今回は何もない。
 (まあ、来ちまったんだ、やれるところまでやるぜ)
 そもそも考えるの得意な方ではない、中年太りが目立ちつつある竜人は頭を掻くと立ち上がる。
 よっこらせっと漏れる己の声になんとも言えない表情になりつつ、間断なく響く警戒情報に耳を澄ます。


 (装甲車相手の有効射程距離は5kmだが、マキーナにどこまで通じるかだな)
 ネイパルムがギアから取り出した弾頭をスナイパーライフル、いや対物ライフルと言ったほうがいいそれに込める。
 (……まあ、いつも通りやらせてもらうぜ)
 腹ばいの竜人の右眼が覗いたスコープの先にはマキーナの一群。
 機械の化け物をその眼に捉えるや、竜人は己の火器に柔らかく触れる。
 竜が持つ重火器が大気を押し出し、左眼が小さな火柱を捉えた。

「さて毎度おなじみガーゴイル分隊ですわよ、奥様」
『モウツッコム気力モネェヨ』
「石悪魔も疲れるんだねぇ。まあお爺さんじみてきたラドは戦車の機関銃でシューティングゲームでも楽しんできてよ、ボクはシミュレーションゲームを楽しむからさ」
 世にも珍しい溜息をつきながらとぼとぼと歩く石悪魔に、幾度が銃把を並べたカンダータ兵達は同情的に肩を叩く。
「さて……行こうか『来るんだ、ボクの人形達』」
 ブレイクの声から明るい調子の軽口が消え、嗄れた声が呪となって従僕共を呼び出す。
 少年の背負う空間に現れた『門』より呼び声に答えた従僕共。
 高速で飛翔するインプはマキーナの頭上で砕け破片を撒き散らし――爆炎となる。
 幾多の戦果を上げた特攻魔術『ゾムの嗜虐的悪戯』がマキーナの出鼻をくじき、横一列に展開したガーゴイルがカンダータ兵共に射線を構築する。
 射撃を抜けて接近するマキーナの影、それすら予測通りとばかりにブレイクの頬が歪む。
 左手を一閃、現出したのは十程を数える巨大な四手の石魔人。
 彼の世界においてバ=アルと呼ばれたその魔人は、マキーナ躍りかかると強靭な四肢をバラバラに引きちぎる。
 (バ=アルを複数使えるようになるなんて、ブレイクも出会った頃に比べたらだいぶ成長したね。実戦は糧になるね)
 大召喚術を展開するブレイクの傍らで魔力を注ぎ彼をサポートする使い魔レイド・グローリーベル・エルスノール。
 撃ち漏らしをフォローしようとも身構えていたが、予想外に強力になったブレイクの魔力をサポートすることに徹した。

「フハハハッハ、鉛弾が皮膚ではじけてむず痒いわ」
 あろうことかマキーナの一群に正面から突撃するのは、もはや説明無用の肉弾・ガルバリュート。
 縦横に満ちるガトリングガンの火線を見切り、生体ミサイルが発する煙を振り切るガルバリュートのおふぅランスがマキーナの胴を貫く。
 爆音がいくつも上がる、余りにも変態過ぎる動きにターゲットを見失ったミサイルが周囲のマキーナを破壊していた。

「この武器、強い、ルン、気に入った」
 火器の扱いを学習したはずの野生児は、何故か重火器で眼前のマキーナを鏖殺している。

 戦場の爆炎に炙られ黒ずんだ皮膚を意に介さず、部隊の先陣に男はあった。
「マキーナ相手には慈悲など必要ないのです」 
 言葉通りに探索隊に迫るマキーナを男――ライベ・ラピリト・スズシラは淡々と駆逐する。
 再生能力と択一の痛覚遮断能力によって、薄くなっていた防衛線を維持していた。

「不可避マキーナへの砲撃を開始しシマス」
 カンダータ軍の弾薬からエネルギーを得たアヴァロンの砲撃がマキーナを撃ちぬく。





 探索隊後衛である医療部隊は猫の手を借りたいほどの忙しさであった。
 ロストナンバーたちは兎も角カンダータの兵士は容易に負傷する。
 竜の背に、四足獣の背に載せられて次々と後衛に集められる負傷兵。
 無力化されたとして戦場に遺棄される負傷兵も見捨てずに助けることを責務と感じるものがいる。
「重傷者からこちらにお連れください。大丈夫ですワタクシが皆様を必ず助けます」
 医療器具を拡げる医龍の言葉は、重傷者を励ますものであり彼の矜持でもある。
 目に付く端から手の届く場所から応急処置を施し、己の血に含まれる医療ナノマシンを投与しながら重度の損傷を負ったものを再生させる。





 (カンダータはまだ知りたいコトが多いし、クランチもあまり教えてくれなかったんだよね)
 探索隊とマキーナの戦火の間を不可思議な色をした不定形体が抜けていく。
 それは、人を象る古ぼけたローブ・情報収集体エータの体からこぼれ落ちセツと呼ばれるエータの視覚であり聴覚であり味覚であり触覚である物体。
 ――みんなが探すべきモノを知らない。マキーナの来た方向を辿りればいいかな?
 思考を表すのかゆらゆらと揺れる触手がエータの体を包むローブが首肯したかのように折れ曲がった。
「そうしよう、ワタシが知るにもみんなの安全にもマキーナを探すのは大事だ」


‡ ‡


 幾多の戦闘を交えながら進む探索隊の道程は、出発から距離にして五千粁に近づいていた付近。

 ――それは存在した

 マキーナ群を抜けて探索を続けていたエータの感覚器がはじめにそれを捉える。
 次に超常の視覚を持つ者達が、高空から鳥瞰で見つめるもの達が有り様を告げる。

 姿を残した巨大なパラボラアンテナを中央に並ぶは倒壊したビル群。
 かつて何者かが存在したであろう残滓。
 ――いや、エネルギーの流れを、通信を知覚することができるもの達は気づく

 パラボラアンテナからは今もなお強力な電波が空に向けて発信されている。
 これはマキーナの根源に至る場所ではないだろうかと探索隊が色めきたった。

 緊急招集された部隊長レベルの会議が下した逸る結論は都市探索の決定。

 (都合が良すぎるのではないだろうか? ここまでの道程、誘い込まれていることを考慮に入れて守備を固めるべきではないだろうか)
 道中のマキーナは退治もしくは回避し得るものばかり……先の探索に状況が似すぎていると感じるのは自責故だろうか?


‡ ‡


 物好き屋いや枝折 流杉は巨大マキーナの内部で発見した本を片手に廃墟を彷徨っていた。
 (『旅人の言葉』による読解能力でも読むことができなかった。ターミナルでも解することはできなかった……それは)
 ――はるか過去に失われた言語、もはや意味を持たないただの形
 知己の猫悪魔からありがたく再び無償貸与させた情報処理能力が、風解しつつあるビル群にならぶ標識やディスプレイから本の文字に類似性を見出し……言葉を浮かび上がらせるにかかった時間は極わずか――

『今日は夏休み、パパとママと一緒にお買い物に行きました――』
 口に手を当てて沈思する枝折が頁を繰っても出てくる言葉はさして変わらない。
 (本当に、絵日記だね……これがマキーナの胎内にあったってことは……どういうこと?)





 アンテナ設備の施錠された扉を数発の弾丸が破壊し押し入る。
 内部にはうず高く埃が積み上がり黴のような臭いが漂う。
 
 一見長期に渡って使用されていないように見えたが、耳を澄まし、体を屈めながら慎重に探るニコルは微かな振動に埃が震えていることに気づく。
 建物内部は人のものとしては幅広で背の高い通路にドアノブの位置が高い扉が並ぶ。
 動作音に空気の流れに気を使いながら探索したどり着いた先は巨大な通信室。
 壁面一杯に広がるモニターは大半が壊れ黒身だけを見せていたが、幾つかのモニターが意味の分からぬ文字を表示している。

「これ生きている。ワタシ調べるよ」
 エータの本体である本のような物体のページが明滅しながらペラペラと捲られていく。
 モニターを表示している本体となる機械にエータの触手が触れるとモニターの言葉が翻訳され幾つかの言葉が現れる。

 ――発信
 ――ノア
 ――探索
 ――畜獣
 ――屠殺

 文章にならぬ羅列をさらに解析しようとした矢先。
 ノートに火急を告げるエアメールが届き、撤退を示す空砲が響いた。

「マキーナさんの大群が接近しているみたいです。ゼロが建物を持っていくのです、分析は持って帰ってからするといいのです!」
 巨大化したゼロがアンテナ設備を引き抜きポケットの中にしまうと、一陣の風が流れ都市探索隊の姿が消えた。


‡ ‡


 ――探索隊の上に黒い影が視える……巨大マキーナが襲撃してきた時、微かに視えた、同じような――
 纏わりつく気持ち悪い感覚を告げようとするティアと同時に青ざめた顔の半獣人が指令部に転がり入ってきた。
 
 道々に設置してきた魔法の目を宿す小石にマキーナが映ったのだ。
 野良マキーナ群ではない、探索隊を包囲するように組織だった集結をするマキーナの軍。

 程なく第一陣がレーダに触れたのは見計らったかのようなタイミング。
 アンテナ設備からデータを引きぬいた時刻に等しい。





 ――全隊に告ぐ、全方位より大規模なマキーナ群が接近。探索隊は調査活動を打ち切り、撤退をする。最短経路でマキーナを突破せよ。


 ――攻撃命令承認、ミサイル射出
 カンダータの夜に閃光が走る。
 ブルーナイトの戦略級ミサイルが四番隊の前に現れたマキーナを、大地を溶鉱炉へと変える。
 半径にして2kmを超える炎球が作る衝撃波はツンドラの大地を焼きながら華月の貼る結界を紅々と揺らし、その威力を知らしめていた。

 ブルーナイトの戦略級ミサイルの効果に、遠距離戦の不利を認識したかのようにマキーナ軍が急激に探索隊に接近する。
 カンダータ軍の砲火に晒された己等の屍を盾に進む姿は機械の悪魔と呼ぶに相応しい。

 竜に変化したヴィクトルの火炎が居並ぶ機械の一角を飲み込むが、雲海が如きマキーナが吐き出す鉄鋼が竜の鱗を削り飛ばす。
「グ……ヌゥ」
 灼熱の血液を吹き出すながら崩れるヴィクトルの姿は、竜から蜥蜴に戻ろうとしている。
 驟雨の如く飛ぶ生体ミサイル。
 血溜まりの中で覚悟を決めるヴィクトルの眼前で、揺々と人魂が揺れ飛翔体と共に消える。
 涅槃からの導きかとも思ったそれは、ローナが放ったフレア。
「データリンク……ミサイル軌道を記録。全ローナに告ぎます、ガトリングガン一斉射撃! ミサイルごとマキーナを叩き伏せます」
 ローナの一体がサムズアップをヴィクトルに送る。
「大丈夫か、引け」
 炎を纏う鬼となったしらきが蜥蜴魔術師を庇うように仁王立つ。
 鬼の背を砕く、断続的な爆炎と光条は渦巻くように鬼の体に吸い尽くされる。火炎の化身たるしらきにとって熱エネルギーは養分でしかない。

 生暖かい液体は暫くの間は、化身できないことを示している。
 火竜の本性を晒して通信車を、カンダータ兵を庇った代償。

 ミサイルが炎の壁に呑まれて飴色に歪み破裂する。
「怪我するのは嫌がるくせにいい格好ばかりしようとすんなよ……糞」
 悪友とその後ろに居るカンダータ兵を庇うグリミスは炎の壁を生成しながら愚痴る。


「本件をΩ軍属、サイドB2に該当すると認定。リミッターオフ……」
 機械の女神がその制約を開放するコマンドの発行と同時に回線を開く。

『強い意図を感じます、このタイミングでしたら』
『ああ、このタイミングなら』
『判断を肯定シマス――マキーナ停止命令発信』
 アヴァロンとエイブラムの発呼した命令にマキーナは停止し――再び動き出す
 ――命令の上書き、待ちに待った瞬間
『来やがったぜ、こんどこそ裏で動いている奴を表に晒してやる――何!?』
 通信の起点は意外な場所であった。
 無線の経路は空を抜け、雲を貫き星界に至る――それは
『人工衛星!? あ、くそ遮断しやがった』
 動揺の間隙にエイブラムの伸ばした電子の手は打ち払われる。
 再び発行した停止命令も如何なる理由か押し寄せるマキーナには通用しなくなっていた。

 成果はあったがこれ以上は期待できない――今は
「人を守るのが私の使命です。殿はお任せ下さい」
 ジューンは探索隊の最後尾でマキーナと対峙する。



 帰還した探索隊のメンバーが乱戦気味になっていたマキーナ軍に食らいつく。

 一気に間合いを詰めたニコルの振動剣の一太刀がマキーナの胴体に切れ目を作る。
 機械の魔物たるマキーナにとっては微々たるダメージ、だがニコルの技がマキーナを倒すには十分な孔。
 鷹目が捉えるマキーナの戦闘機動をニコルの銃口が追う。
 硬い装甲の内を跳ねまわる銃弾がマキーナの主要機関を破壊し動きを止める。

 マキーナの装甲が内部から爆ぜ荒れ狂う電撃が周囲のマキーナを打ち据えた。
 帯電し動きの衰えるマキーナの四肢を宙に描かれた寸鉄の煌めきが触れる。
 魔物からただのデグになった機械を一斉射撃が破片にまで砕く。

 ジャックのPSIが砕いたマキーナを神無の太刀が切り裂きカンダータ軍の一斉射撃が消失させる。


 軍中腹で突撃する巨大なマキーナを待ち受けていたのは神の雷。
 ハクアの魔法陣から吹き荒れる雷霆が天と地を繋ぎマキーナを白光の中へ灼き払う。

 雷に煙を上げながら動きを止めぬ、巨大なマキーナの体に小さな風穴が開く。
 ――空間が軋む不快な音
 巨大マキーナについた穴から罅割れが広がり全身が風解する。
 古神の口元に微かな嗤いが浮かぶと巨大マキーナは同質量の塩の柱となって崩れ落ちた。


 撤退する部隊の最前線には鈴の音が響いていた。
 一つ音が鳴り渡ると地上を行くマキーナが両断される、また一つ鳴ると空にあったマキーナが失墜した。
 まるで鈴の音が殺意をもっているかと錯覚させるような光景。
「……数が多いな、埒があかない」
 幻覚を纏い、姿を消したままマキーナを屠るアマリリスが呟き空に上る。

 アマリリスの翼が大きく広がり、羽ばたく両翼から魔力の煌めき放つ羽毛が舞い散る。
 天使の降臨のようにも思えるその幻想的な光景。
 無数の羽毛がマキーナに触れた時、アマリリスは刀を掲げ号令を発した

 断続した爆光、羽毛一枚一枚に込められた力が光を放ちマキーナを飲み込む。


 幽太郎の口腔が大きく開き電極パネルが展開され、機械竜の全身が蒼い雷に輝く。
「エネルギー充填、ミンナドイテ――」
 大地を一直線に走る巨大な光条は彼方に突き刺さる。
 幽太郎は荷電粒子砲を放出したまま体を旋回させると蒼い光が地平線をなぞった。


‡ ‡


 かくしてマキーナを振り切った探索隊が公的な報告としたものは、地上の地図、地上第二拠点の候補地、未踏の都市の発見。

 但しゼロの持ち帰ったアンテナ設備は、ターミナルまで持ち帰られた
 エータの解析した結果に含まれた文言『ノア』へ直接引き渡すことを忌避したためである。

クリエイターコメントパーティシナリオはえらいですね。
どうもポエム大好きWRのKENTです。

前回に引き続き、個別コメントをと思いましたが残り時間が一人一分をきってるのでアキラメロン状態です。
1つだけ上げると個人的にしらきさんの熱を奪うプレイングが大変好みだったんですが上手く使う場所がなく残念な気持ちです。


さて、今回手に入った情報の内訳は以下になります。

○カンダータと共有しているもの
・地上の地図 基地から直線距離で5000km範囲
・新拠点の目星 基地から凡そ一日ちょっとの場所にある水場
・廃墟の場所

○カンダータと共有していないもの
・人工衛星について
・アンテナ設備のデータ

以上です、それではまたの機会に
公開日時2013-06-02(日) 12:50

 

このライターへメールを送る

 

ページトップへ

螺旋特急ロストレイル

ユーザーログイン

これまでのあらすじ

初めての方はこちらから

ゲームマニュアル