イラスト/ピエール(isfv9134)

オープニング

 その実は血肉に似る。
 赤く艶やかな粒を吐き出す白い果実。
 残酷な欲望を制することのできぬ者に与えられ、多産と豊穣を導いた。
 コロッセオにも同じ欲望が満ちている。
 滴り弾ける紅の果実を欲しがる獣が己の闇に向き合っていく。


「で、言ってやったの」
 ニコル・メイブは青い髪を翻し、金色の目を煌めかせて高らかに笑う。
「そんなことやって男だって言うんだ、って」
 身につけているのは花嫁衣装だが、その姿をしていることに揺らぐ自分がいるのを最近自覚している。脳裏を掠める一人の男、夫ではない彼の顔を振り払うように、目の前の控えめな微笑を浮かべる村崎 神無を覗き込む。
「…」
 微かに頷いて微笑む左目尻の泣きぼくろ、テーブルのアイスティを支えた両手首には手錠がじゃらりと重く鳴る。
 トラベラーズ・カフェの一画で交わされる会話、明るく語りかけるニコルとことばの少ない神無、一見噛み合っていないように見えるが、本人達にとっては、ごく自然ないつものやり取りだ。
「前から思ってたんだけど、カンナってさ……」
 手錠に目をやったニコルが、ちら、と上目遣いに相手を見た。
「本気出したらいいセンいくと思うんだよね」
 目の前の気弱そうな少女が、ひとたび戦場に出ると表情が一変し、戦士の目になることをニコルは知っている。神無の戦闘的な素養を認めている。
 常日頃から両手を封じながら自在に足技を繰る身体能力がいかに驚異的か。剣術と格闘術を修め、双方を組み合わせればいかに強力か。
「そんな…」
 神無は一瞬淡い金色の瞳を瞬き、困惑したような恥じらったような顔で慌ててかぶりを振った。
「私なんて」
「ううん、ひょっとしたらさ」
 自分を脅かすかも知れない。そう続けかけたことばを呑み込む。
 けれど、同時に気づいた。ニコルはそれが見てみたいのだ。
 手合わせをして確かめられたらいいのに、そう思ってにやりと笑った。
「って、そっか。やればいいんだ。やろうカンナ。コロッセオ行こう」
 立ち上がって、神無の手を引いて歩き出した。
 いささか強引な動きは、やがて来る結末の時をどこかに感じていたのかも知れない。


 風が舞う。
 平常通りの砂地、身を隠すものも遮るものもないコロッセオの設定、だがいつもなら周囲に溢れかえって、武人を煽り囃し立てる観客の姿はない。
 勢いに流されるまま、気が付くとコロッセオの舞台に立っていた神無は、ただひたすらに困惑していた。
 私達はどうしてここにいるの?
 これは何のための戦い?
「あの…」
 意気揚々と、むしろ楽しげに銃の動きを確認しているニコルになお迷う。
 私の力は悪しき者達を浄化するためのもの……彼女はそれとは違う。
「私、あなたと戦う理由が……」
「理由? いいよ、そんなの考えなくても。さ、どっからでも打ち込んできて」
 ひょいと肩を上げてみせるニコル、頭に被っていたベールを脱ぎ捨てる。
 本気なのだ。
「……強引ね」
 戸惑いをあっさり吹き飛ばすニコルに、神無は口元を緩めた。


「っ! まだまだっ!」「!」「遅いよ、それじゃ!」「っ」
 唇を歪めて神無が背後に後退した。
 もちろん、両手首を手錠に繋いだまま、ニコルの動きに反応し、攻撃を食らわないどころか反撃してくるその足蹴りは、賞讃に価する。
 だがそれでも、今のニコルにはその動きが全て『見えてしまう』。
 わかっている。以前体さばきを見ていたせいもあるが、それ以上に、今は、この戦いの意味がわからず、神無が加減している為だ。
「ちっ!」
 その証拠に、ニコルの攻撃も全く決定打にならない。まだまだ余裕かまされてるってわけよね、と思うと、ちりちりとした怒りが身内に走った。
(本気になれないのなら、そうさせるまで……!)
「これならっ」「くっ!」
 一気に詰めた距離は予想以上だったはずだ。いつも踏み込む分より深い、しかも、神無が体を引く分まで計算済みで入った上、振り放った銃身による打撃は受ければ確実に神無の頬を砕いたはず。吸い込まれていく自分の銃を見ながら、ニコルは悟る。
(ああ、私も甘かったんだ)
 どこかで友達に怪我をさせたくないと思っていた、その緩みを神無は感じていたに違いない。当たり前だろう、神無こそは本来退魔師として生きるか死ぬかの瀬戸際を渡り続けていたのだ。命を張らなくていい戦いに本気を出さないのは、むしろ戦闘を生業とする者にすれば当然のことではないか。
 けれど、この一撃こそ、本気。
 だが。
「っ!!」「……」
 金属のぶつかりあう音。頬を砕いて散るはずの飛沫などどこにもなく。
 ニコルの銃身はあっさりと神無の手の中に出現した抜き身の刀に受け止められている。
 その冷ややかな殺気を放つ刃の向こうから、神無は澄んだ静かな瞳でこちらを見返してきた。
「いい抜きっぷり」
 不敵に笑って素早く距離を取り、構えながら悔しさが滲んだ。
 距離を取らせた。追い込んでこない。まだ神無にはニコルの攻撃を計算できる余力がある。
 本気が欲しい。ニコルを追い詰め、そこから駆け上がることしか許さない力のぶつかり合いがどうしても欲しい。
 息を細く吐く。彼はこういう時にどうしろと言っただろうか。いや、確かこう言ったのではないか。
『──その先、などありませんよ』
 それはただの死だ。強くなることはただ死に近付くだけのこと。
『先を見るのは良いことだ。しかし行き過ぎて人は気付く。自分の周りにいたはずの人々がことごとく屍になっていることに』
 そうかも知れない、そうかも知れないね、けど。
「本気で来ないと大怪我するよ」
「え…?」
 神無が訝しげに首を傾げた。さすがに鋭い、今のことばが自分に向けられたものではないとわかったのだろう。
 くすりとニコルは笑う。そうだ、今のことばは自分に言い聞かせたのだ。
 ニコルは強くなんかない。その先どころか、今この時さえ生き抜くことができないほど弱いから、どうしても強さが欲しいのだ。
 まだ死にたくない、から。
「……来い!」
 改めて構えたニコルを静かに見返した神無の目に、光とも闇ともつかない鈍いゆらめきが宿る。


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!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。


<参加予定者>

ニコル・メイブ(cpwz8944)
村崎 神無(cwfx8355)

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品目企画シナリオ 管理番号2922
クリエイター葛城 温子(wbvv5374)
クリエイターコメントこの度はご依頼ありがとうございました。
戦うことへの欲望。
それがどこへ、何に繋がっているのか。
つまりはそういうことでしょうか。
戦うことでしか見つけられないものとは何でしょうか。
好奇心だけで済まないのは、ここコロッセオにおいても同じです。
殺意を向け合って友情を保つ術は、昔も今も難しいものですから。


では、開始。

参加者
ニコル・メイブ(cpwz8944)ツーリスト 女 16歳 ただの花嫁(元賞金稼ぎ)
村崎 神無(cwfx8355)ツーリスト 女 19歳 世界園丁の右腕

ノベル

 細めた神無の瞳には微かなゆらめきが広がりつつある。
 実戦経験は似たようなモンだと思うけど……こっちはぶっつけ本番の叩き上げ、技の錬度は向こうが上、つまり――強敵ってワケ。
「いいね」
 唇が吊り上がる。自分が凶暴な顔をしているだろうと思う。『彼』は、ツァイレンはどう思うだろうか、いまの自分の顔を見て。
「っ!」
 神無が迫ってきた。見開かれた金色の目が一気に間合いを詰めてくる。直前まで、一挙手一投足を視界全体で把握していたニコルも容赦なく前進、相手の間合いを狂わせると同時に振り下ろされてくる刀の直前で回避、回り込んで攻めていく。躱される、逸らされる、逃げられる、いや、そうじゃない、逃げると見せかけ、刀の真下に誘われる。頭部への攻撃、だが中心を外れている。やや高い位置に構えられた刀が何度も振り下ろされてくる、それでも相手の瞳は計算を伝える。
 致命傷にならない場所を狙ってきている、但し全力で。
「…く、そっ」
 神無の手錠が鳴る音が耳につく。刀の振りはいつもより大きい。それに注意を向けさせて、足技で下半身を狙われる。かと思えば、ふっと手放された刀が予想もしない場所から神無の手に戻ってくる。
「性質っ、悪…っ」
 まるで神無と刀、二人の人格を相手にしているようだ。神無はニコルへの傷を気遣う、刀はニコルを神無の支配圏に追い込んでくる。
 近づけば、手錠が鳴り響き、同時に金気臭い一撃が飛んでくる。避け切れない。
「ぐっ!」
 派手に食らった打撃に吹き飛ばされた一瞬に銃を撃った。一発二発三発。手錠で、刀で、挙げ句には自分の掌をまるで何ものも貫けぬ盾のようにかざして弾かれる。悔しいことに銃弾が逸れる、神無の指一本傷つけただけだ。紅の飛沫が砂地に散る、刀を握る指で重要なのはどの指だったか。
「あぐっ!」
 びんと伸ばされた手錠に一瞬意識が奪われた。それに散り飛ぶ鮮血にも。ついでにべろりと垂れ下がった皮膚のささくれた表面、抉れた肉片の隅々まで、ニコルの視力は全てを捉える、その一瞬の怯みにまともに鳩尾を蹴り込まれて吹っ飛ぶ。
 見たくない。あの傷を作ったのは私だ。
 ツァイレンの顔が、吐きそうになって一瞬閉じた視界で閃く。
『──その先、などありませんよ』
「がほっ、がふっ」
 砂地に転がって咳き込み止まりかけた呼吸に悶える。それでも銃を離さないニコルに神無が無表情で近づいてくる。汗が目に入って見えにくい視野、神無に殺意がないことだけがはっきり見て取れる。
 何てことだろう、私は嘘つきだ、見たくないのは、傷ついた神無の姿じゃない、あの傷に覆われていく自分の未来だ。
「そんなもの、見てる暇は、無い…っ!」
 大鷲の視力を発動させる。研ぎすまされた集中力、視界の外側が真っ白に色を飛ばす中、神無の姿が奇妙にゆっくりと動いていく。
 撃ったのは左手小指から掌、折れているのか指先が不安定に揺れている。血肉一歩手前の紅蓮、開いた傷が果実のようだ。鎖に繋がれた手が鮮烈な赤を滴らせる果実を頭上高くに掲げ持つ。その手の間に閃光が煌めき、よく磨かれた刃が斜めに傾いでニコルの頭に落ちてくる。体の全面を大きく開けた振りだが冷ややかな瞳がその空間を埋めて見下ろし隙はない。むしろニコルが竦むのを見越してほぼ水平の軌道で右脚が叩きつけられてくる。
 脳裏に描かれた未来図は、傷に目を奪われたニコルが額を刀で撃たれ、同時に左の肋骨を叩き折られて下方に崩れ、倒れたところを一瞬空に消えた刀が再び振り落ちてきて首を断たれる、その澱みない流れ、崩れた自分の頭がざくりと開いて血潮が溢れ出す様さえ見えた。
 その先。
 その先にあるものは。
「…何だ」
 惚けた顔でニコルは嗤う。
「どっちにしても、死ぬんじゃないか」
 空白の感覚で気持ちよく両手を伸ばす。
「…っ!」

 ニコルは始めから神無に撃ち込んできた。行かなければ突っ込まれた、それで不利になるとは思わなかったが、自分の戸惑いを蹴散らすには攻めるしかなかった。
「……」
 いい動きだと思う。いい攻撃だと思う。実があり重みがあり、隙を狙い緩みを出さず、突っ込んだ直前で視力の良さを生かして回避、回り込んで攻めて来る。距離を作らせない。技の未熟を手数の多さで補う気迫、タイミングを見計らって強打し、決まれば回り込んでなお追撃してくるエネルギー、躱しても逸らしても無駄だと知って、圧倒して終わらせる方針に切り替えた。
 神無の戦いは相手を殺すためのものではない。ニコルに対してだけではなく、それは誰に対してもそうだ。
(私はもう、誰も殺すつもりはないから。そして私も死ぬわけにはいかない)
 だから、どこが傷つけば『死なない』のか、神無はよく知ってる。攻撃する時はそこを狙い、受ける時もそこで受ける。それが『命あるもの』と戦う時の、神無の本気だ。
(彼女の目には、強い渇望が宿っている。でもまだ闇に堕ちてはいない、きっと光の側にいる)
 そんな思いは甘かったのだろうか?
「っ!」
 受け止められた一撃、弾かれた瞬間たて続けに撃ち込まれて、手錠で刀で、間に合わずに掌で受けた。激痛が貴重な指の支配を失ったと教える。ニコルは怯まないだろう、ここで押し返さなくては二人とも死ぬ。手錠を張った瞬間に傷を見せつけたつもりはない、だが神無はその傷を十二分に使うつもりだ、だってまだこんなもので死ぬわけがない、行き着く死より遥かに軽い。
 ニコルを蹴り飛ばす、今は肋骨を折る必要はない、そんなものでは彼女を止められない。鳩尾を蹴り込み、動きを止め、より確実にニコルを身動き出来なくなる方向へ追い込んでいく。髪は切り散らせる、額も傷つけてしまうだろう、同時に蹴り込むならば今度こそ肋骨も、加えてもう一度の斬撃で肩を切り裂き首筋を開けば大量出血で動きは一気に鈍くなる。それでも大丈夫だ、そんなことではまだまだ死なないから。
「……!」
 ふいに体中が冷えた。確実に決まるはずの技直前、ニコルがうっすら笑って見上げるその金色の目が、まるでピクニックに出かけた空を見上げるような穏やかさで、しかもいきなり伸ばされてきた両手に拳銃がない。まるで神無の刀筋も蹴り技も全て予測し見ているような妙に現実感のない動きにはっとする。
 そうだ、彼女は今『見ている』のだ。
 神無の攻撃をこれほど間近で繰り返し見た、しかも攻撃の隙を狙いつつ押し込みつつ見つめていた視線は、神無の動きだけではない、微かに揺れた表情、引きつれた口許、潜めた眉、それどころか、一瞬乱れた髪の毛の動きからさえ、神無の動きを予測し得るデータをニコルに与えているはずだ。
 刀の筋を躱された。ニコルの動きが速くなったわけではない、予測が極めて正確で、髪の毛一筋の空間で擦り抜けたからだ。爪先で肋骨を叩き折るつもりの足は力が乗切る前にニコルの両手で掴まれる。正面から抱えられたような錯覚、だがそれはニコルの動きに神無の視力が追いつかなかったからだ。掌を添えられ、振り抜く方向に軽く撫でられ引っ張られた、そんな感覚の次の一瞬には片足もがれるかと思う衝撃とともに地面に叩きつけられる。手放した刀が遠く転がる、伸びた体に覆い被さってきたニコルが、そんなところに放り出していたのを計算していたのか、体を捻って神無を引き倒した姿勢を一気に起こして、拾い上げた銃把で傷ついた左手をまともに殴った。
「あああっっ!」
 体を焼く灼熱の激痛、馬乗りになったニコルがぽたぽたと血の滴る銃を顔に突きつけ、優しい声音で呟いた。
「カンナは優しいね……私なんかに付き合ってくれるんだ」
 振り仰いだ顔の表情は影になってよく見えない。だが体が小刻みに震えているのを感じる、だがそれは、恐怖ではない、と神無は知って顔を歪める。
「ねえ……手錠、外して?」
 甘い声でねだるのに、神無はこくりと唾を呑んだ。指の激痛よりも溢れる涙よりも、何よりも相手の踏み越えている境界線が気になる。
「あなたの追い求めるものが何なのかは聞かない」
 掠れた声で応じた。
「だけど私…あなたには死んでほしくないの。その…友達が死ぬのは悲しい、から…」
 微かに笑ってしまった。こんな状況で、それでもどうしてニコルを大事だと思ってしまうのか。
「……」
 ニコルは答えない。神無の頭に銃口を突きつけたまま無言だ。何を考えているのか、この戦いのことか、それとも師、ツァイレンのことか。
「ニコル」
 呼びかけた声に、相手の震えが止まった、その一瞬、神無は自ら銃口に頭を突っ込んだ。この角度、この状況なら、致命傷になるかも知れないが、すぐには死なない。
 さすがにニコルは銃を暴発させるようなことはなかった、容赦なく引き金を引く、だが神無が顔を上げた分、ほんの数度、構えがずれる、轟音が首に弾け痛みが走る、まだ大丈夫だ、この程度では死なない、だから神無は手錠のかかったままの手に刀を呼び込み、浮いたニコルの顔を切り削ぐように振る。仰け反ったニコルが銃を放ちながら背後に一回転、銃弾は神無の肩を掠める、当たらない。しかし、それは神無も同様だった。左手が潰れていてまともに刀を扱えない。
 残った武器は。
 手錠を意識しながら倒れたニコルに走り寄る。


 大鷲の眼を使ってから後、ニコルはとても気持ちがよかった。
 何もかもから解放され、どこへでも行ける何でもできるという確信だけがあった。
 紅の傷に銃を叩きつけ、飛び散った真っ赤な雫を美しいと思った。
 命の色だ。生きている色だ。
 死んでいない。
 まだ死んでいない、神無もニコルも。
 どくどくと生きる体を真下に押さえ込んでいる。
 この体は生きている。
「ねえ……手錠、外して?」
 睦言のように聞こえた。これほどまで互いの命を握り込んでいる相手に対して感謝しかないのがじれったい。もっと深くもっと強く、もっと白い空間の中で互いの命の境界線を確かめたい。確かめて、その境界線を踏み越えて、ただの命に戻りたい。
「あなたの追い求めるものが何なのかは聞かない」
 遠くから響く声、頭痛と目眩と倦怠感が襲ってくる。
「だけど私…あなたには死んでほしくないの。その…友達が死ぬのは悲しい、から…」
 はにかんだ声、白く発光していた周囲が次第に光度を落としてきて、同時に頭痛と吐き気がしてくる。短時間しか使っていないはずなのに、いつもより数倍疲労が強い。体が原型をなくしそうなほど疲れているのに、弾かれたように跳ね飛ぶ鼓動に舞い踊る心は、まだこの体に戻ってくれない。
 私は何をしてるんだろう。
 私は一体誰なんだろう。
「ニコル」
 ふいに、ぽとんと何かが胸の中に落ちて来た。一瞬それに気を取られ、銃を逸らされ、反撃された。刀が鼻先数ミリ、いやもっと少ないか、美しい刃紋を見せながら通り過ぎるのを眺めた。手にしていた銃が不安そうで重そうで、とりあえず一発放ってみたが、やっぱり当たらなかった。跳ね起きた相手に飛ばされるように一回転、ぐるりと回った世界と叩きつけられるように転がった砂地の感触、とっさに銃を抱きかかえて、次の瞬間呼ばれるように突き上げると、今しものしかかってきた神無に銃を弾かれた。
「ぐっ!」
 どすん、と乗られた場所は胸、跳ね起きられそうだと感じた次には両腕を押さえ込まれ、マウントポジションを取られ、そのまま首に鎖が食い込む感触、
「がふっ」
 唾を弾き飛ばして咳き込む、逃れようと顔を横向けた視線の先、真っ赤に染まった手が手錠の鎖を押さえつけている。
 不思議な形。
 きれいな赤。
 痛そうだな。
 ああ、私。
 酷いこと、しちゃうんだ。
「カンナ…」
 わからなくなっていたのは、自分のありよう。
 ニコル・メイプという存在の姿。
 夫ではない男に魅かれた花嫁の意味。
『先を見るのは良いことだ。しかし行き過ぎて人は気付く。自分の周りにいたはずの人々がことごとく屍になっていることに』
 ことごとく屍になっているんじゃなくて、ことごとく屍にして、人は前へ進む。
 ほんと、それって、酷いよね。
 でもそれが、生きてるってことだろう。
 少なくとも、自分の中に、『そういうニコル』が居るのはわかった。
 それも、死に際を付き合ってくれた友人のおかげ。
「ひど…いな…」
 意識が落ちる寸前、ニコルは朦朧とした視界で神無を探し、呟いた。
「……あり…がと……カンナ…」

クリエイターコメントこの度はご参加ありがとうございました。
それぞれに激しい戦い方でしたが、『どこまでやったら死ぬかを知っている』というラインにおいて、神無様に軍配をあげさせて頂きました。
殺意を向け合って友情を保つのが難しい、と書かせて頂いていましたが、お二方を見ていると、それは半端なところで終わらせてしまうからかも知れない、と物騒な考えを持ちました。

ツァイレンさまに関しては、冬城WRにご助言頂きました。改めて、この方に皆様が魅了されるのも無理はないと一人感嘆しておりました。
ニコル様は、ツァイレン様に出逢われて、恋を夢見る『少女』から愛を育む『女』になられたのかもしれませんね。

またのご縁をお待ち致しております。
公開日時2013-10-04(金) 22:00

 

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