クリエイター櫻井文規(wogu2578)
管理番号1156-25442 オファー日2013-08-29(木) 23:16

オファーPC ニコル・メイブ(cpwz8944)ツーリスト 女 16歳 ただの花嫁(元賞金稼ぎ)
ゲストPC1 村崎 神無(cwfx8355) ツーリスト 女 19歳 世界園丁の右腕

<ノベル>

 猥雑とした電飾に彩られ、昼とも夜ともなく淫靡な空気で満たされている世界――インヤンガイ。
 箱を積み上げ建てたような居住場所がいくつも並び、淀んだ空を突き上げるように並ぶ。その壁を這い回るパイプ管、垂れ流される排水。汚臭と退廃とに塗れた世界ではあるが、けれど反面、食という部分に関しては他の世界にも劣らない才を抱え持つ場所でもある。屋台の並ぶ大路を大きく外れさえしなければ、運が良ければスリに合うこともなく帰ってくることの出来る場所でもあるのだ。ゆえに旅人の中にはインヤンガイでの食を目的とした観光に訪れる者も少なくない。
 フリーチケットに等しいチケットを二枚、それぞれに発行してもらったのは、インヤンガイの屋台を巡り食べ歩きという名を冠した食い倒れを敢行しようという目的のためだった。けれどあいにく、共通した依頼を請けることは出来なかった。ゆえにそれぞれ別行動を取り、依頼を終えた後に合流という流れをとろうと決めていた。そのために――そうでなくても、メールは比較的頻度高く送受している。
 ニコル・メイブは雑踏の中を早足で歩き進んでいた。
 路上にはところ狭しとばかりに並ぶ屋台の数々。粗末な椅子が転がり、客人たちを招いている。その上に腰をおろし出来上がったばかりの料理に表情を綻ばせる人々。この一帯ばかりはインヤンガイという街の陰惨な気配はまるで感じさせず、朗々としたなごやかさで満ちていた。
 すれ違う人々の隙間を器用にすり抜けながら、ニコルは先ほど送ったメールを思い出す。
『今向かってるとこ。もうすぐ着くから』
 約束の時間には間に合うだろうが、それでも予定よりも少し遅れてしまった。合流予定の相手――神無はもう待ち合わせ場所に着いてしまっているだろうか。送ったメールへの返信も来ているかもしれない。けれど確認しようにも、この雑踏の中、足を止めて開くのはなかなかに難儀するだろう。ならばこのまま急ぎ向かったほうがいい。
 考えつつ、すれ違う人々の姿を何ということもなく目の端に捉え、流し見る。親子連れ、恋人同士、友だちの集団。どの顔も楽しげで、見ているニコルの頬も自然とゆるんでいく。けれどその和やかな微笑みは、次に目にした小さな違和を受けてゆるやかに消えていった。
 人ごみの向こう、少女がひとり、今にもまろびそうな足取りで歩いている。
 とてもではないが焦点が合っているとは思いがたい目つき、痩せた細い手足、黒ずみ汚れた肌、あちこちが破れた粗末な服。――けれどそれもまたインヤンガイにおいては珍しくもない光景だ。親に恵まれず街の片隅でようやく息をする子どもは無数に存在している。
 ともすれば雑踏に飲まれ消えてしまいそうになる少女の姿を、しかし、気がつけばひたすら視界の中に収めていた。何故かは分からない、けれどどうしても気を引かれてしまう。
 通りを隅にはずれ、人通りの少ない位置に移動して、急ぎ神無に向けたメールをしたためた。それから雑踏に消えそうになっている少女の背を捜して後を追いかける。
 痩せた身体を覆う黒ずみは泥汚れではなかった。ニコルには分かる。あれは血液だ。何か良くない事に巻き込まれ、怪我を負ったのだろうか。――否、違う。あれほどの量の血を流したなら動くこともままならないだろう。あれは返り血だ。何者かを殺め、噴出した血潮を頭から浴びたのかもしれない。いずれにせよ、少女はあまり好ましくない気配を纏っている。
 足早に、器用に雑踏をすり抜けながら、ニコルは金鷲の目を細くすがめた。視線の先、少女がわずかに振り向き、こちらを見た。

『ごめん、カンナ。少し遅れそう』
 二通目のメールは一通目のメールから間を開けずに届いた。
 村崎神無は自在にひらめく猫のそれを彷彿とさせる金色の双眸を瞬きさせて、先にきたメールと二通目のメールとを改めて読んでみる。時間にすれば十分ほどしか開いていない到着。胸に点るのは小さな違和感。”もうすぐ着く”と言ったそのすぐ後、何かがニコルの足を留めたのであろうことは確かだ。
 例えば誰か他の知己と偶然に出会い足を留めているのかもしれない。
 例えば道すがら、目を惹く店でも見つけたのかもしれない。
 考えて、けれど、神無は目をすがめる。
 ――湧き起こる違和への火は瞬く間に肥大していく。開いていたメールを閉じ、周りの景色を検めた。
 立ち並ぶ屋台の数々、行きかう和やかな人々の姿。すぐ近くを過ぎていく親子連れが手にしている風船がふわりと視界を踊る。その赤い色に不安を掻き立てられて、神無は思わず地を蹴り上げた。雑踏を走り抜け、どこへともなく向かう。ニコルがどの方角からこちらへ向かっていたのかは分からない。どこにいるのかも分からない。こういう場合には待ち合わせ場所で待機しておくのが最善であることも把握している。けれど。
 自分の中にある指針がニコルの居場所へと導いてくれるような、確信にも似た感覚。もちろん確証などあるわけもない。それでもきっと、必ず。
 そうして走りニコルを捜し続けていた神無の視界が、突然ふと開かれる。路上を埋めていた数多の人々が、ある一点で途切れていたのだ。
「ニコル!」
 名を呼びながら人垣から飛び出した神無が目にしたのは、捜していた無二の友人の姿ではない。そこにいたのは見も知らないひとりの少女だった。
 神無より幾分年下だろうか。長い黒髪は汚れて束になり、肌も、粗末な服も黒ずみボロボロに汚れている。手足は痩せこけて、眼孔も落ち窪んでいた。
 路上に座りこみ泣きじゃくる少女を、群集は遠巻きに見つめているばかり。誰ひとりとして手を伸べようとはしない。当然だ。少女が不穏な気配を放っていることは容易に見て知れる。下手に手を伸べれば無用なトラブルに巻き込まれるかもしれないのだから。
 けれど神無は人の群れを外れて少女に駆け寄る。何事かを繰り返し落としながら泣きじゃくる少女の骨ばった腕を取り、窪んだ眼を見据えて問うた。
「大丈夫?」
 それは少女の身を案じる言葉。少女は怯えたように肩を大きく震わせた後、何かを思い出したように顔を持ち上げて、力のこもらぬ指を震わせながら神無の腕を掴んだ。
「――助けて」
「え?」
「助けて、助けて、お願い」
 しぼり出す声は消え入りそうに細い。神無は少女の手を取ってうなずいた。
 少女の全身を包む黒ずんだ汚れが泥汚れでないことには、もうとっくに気がついていた。少女がまとう不穏の正体が何というものであるのかも、神無はとうに理解していた。
「大丈夫よ」
 少女にわずかな笑みを見せる。けれど少女は神無の腕を弱々しく掴みながら、消え入りそうな声で言葉を続けた。
「お願い、助けて。わ、私のせいであの人が、あの人が私の代わりに」
 小さな嗚咽すら交えながら落とす少女の言葉に、神無の動きがわずかに止まる。
「……代わり?」
 問う。少女は弱々しく首肯した。
「あの女のひとが」
「――私と似た色の目をしてなかった?」
 問う。少女は弱々しく首肯する。次いで神無の腕を掴む。神無の手首にさがる手錠に目を移し、嗚咽を大きなものへと変じさせた。
「私、私、あなたを、あなたを捜してたの」
 言いながら神無の顔を仰ぐ少女の肩を掴み、神無はゆっくりとした口調で問うた。
 心が急く。今すぐにでも、
「ニコルはどこ?」
 ――今すぐに行くわ


 少女が示したのは和やかさで賑わう一郭から細い路地をいくつか折れた場所にある、建設途中のビルだった。
 建設途中で放棄されたままのビルは寒々とした空気の中に沈んでいる。剥き出しのまま風雨にさらされている鉄骨は、さながら葬られることなくさらされたままの骸骨のようにも思える。風が吹けばカタカタと震え、細く口笛にも似た音を周辺に響かせるのだ。
 錆びた足場は踏み歩く足の下で軋みをあげる。仰ぐ空は重く立ち込める雲に覆われた夜の色で染められていた。品の無い電飾で飾り付けられた一郭からも遠ざかり、住み着く浮浪者たちの姿も見当たらない。猥雑としたインヤンガイの中では珍しい、閑散とした静けさに包まれたビルだ。
 ――少女はここに友人数人と連れ立って遊びに来たのだという。霊が出るという噂に引かれ好奇に任せ気軽な気持ちで足を寄せた。ただそれだけの、ありがちな話だったはずだ。風吹く薄気味の悪い口笛に心を震わせ、足元も心もとない鉄骨の空間を進み、悪戯に響く謎めいた音に惑わされて誰からともなく場を後にする。そうして人心地ついたあたりで探検してきたビルについてのあれやこれやに花を咲かせる。――ただそれだけで済むはずの話だったはずだ。
 けれどビルには暴霊が棲みついていた。それがどんなものであったのかは知らない。しかし脅威は得体の知れぬままに少女たちに忍び寄り、気がつけば少女の意識は自身の意思とはかけ離れた場所へと追いやられてしまっていたのだ。
 少女が手にしていたのは錆びた鉄パイプだった。力任せに折り曲げねじ切ったのだろうか、先端は不恰好な槍のようになっていた。片手には粗末な槍を、片手には生命の名残を宿したままの――綱のように思えたそれの先は倒れ付した友人の腹の中に収まっていた。
 少女は絶叫する。目にしたのは文字通りの血の海と、その中に倒れ伏す無残な屍と化した友人たちの姿だったのだ。
 震える膝を無理やりに動かし場を後にした少女は、けれどその後も行く先々で意識を手放してきた。そうしてその度に無残な屍を生み出してきた。自分の内に自分ではない何かが棲みついていることを知覚したところでなす術はなかった。空腹も渇きも感じなくなっていた。あるのはただ恐怖ばかりだった。意識を手放すのが恐ろしく、眠ることさえ厭うようになった。
 いつしか正気さえも遠いものとなりかけていた。

 喘ぐように告げた少女の言葉を思い出す。
 ――少女は言った。
 神無よりも先に少女に声をかけてきた少女――神無にどこか似た見目をもった少女が、自分の内に棲みついていたものを引き受けてくれたのだ、と。そのゆえに自分はついに解放されたが、代わりにその少女が凶器と化してしまったのだ、と。
「……ニコル、……ホントにバカ」
 苦々しく呟く。そうして頼りない軋みを響かせる階段をもうひとつ上った、次の瞬間。神無は弾かれたように上を仰ぎ見た。
 頭上、羽を得た身であるかのように軽やかにパイプを跳ねる影が見える。パイプの揺れをバネとして利用したかのような跳躍。手にしているのは二丁の拳銃。銃口が火花を弾く。放たれた弾道は神無が抜刀し構え持ったギアの刀身によって弾かれ落ちていった。
 交差する黄金色の双眸。鷲と猫のそれが互いの姿を捉える。
「ニコル!」
 神無は眼前の友の名を口にした。足元を跳ね上げる。
 対するニコルは常とは異なる艶然たる笑みで口角を歪みあげ、神無の声など聞こえていないかのように銃口を持ち上げた。再び放たれる弾道。不可視の線を引きながら神無の頬をかすめる。銃弾は確実に神無の頭を狙っているのだろう。ヒットすれば神無の頭は弾けとび、脳漿を散らしながら階下へ落ちていくのかもしれない。
 ニコルは暴霊に憑かれ、自身の意思とは関係のない殺戮衝動のままに動かされている。
 神無はギアを構える。細い腕を繋ぐ手錠が無機質な音を唄った。
 ――前にも、似たような場面を迎えたことがあった。
 あの時は自分が霊に憑かれ、自身の意思とは関係のない殺戮衝動に囚われていた。その衝動のままに愛する父をこの手にかけて斬り殺した。思い出す。意識を手放していたがゆえの行動であったとはいえ、この手に残る感触は拭い落としようのない現実だ。
 胸が裂けそうな軋みをあげた。
 誰よりも愛していた父親。愛する者を手にかけることなど、もう二度とあってはならない結末だ。非力であった己への、そそぐことの叶わない後悔。
 それなら、今は? 疑念が浮かぶ。眼前にいるのは無二の友だ。失いたいはずはない。手放せるはずもない。救いたい。
 否、
「ニコル、必ず助けるから……!」
 告げて、神無は再び足場を蹴った。
 ニコルは両翼を得たかのように軽やかに神無を交わす。時おり細い首をかしげ、愉悦に満ちた笑みを浮かべながら、躊躇することもなく二つの銃口を神無の頭に向ける。放たれる弾道は刀身によって弾かれ、時には神無の頬や首の皮を薄く削り取っていった。
「ニコル、あんたはもう、ホントにバカ……」
 何度目とも知れない接近を試みながら、神無は唇を噛む。
 ニコルの射撃センスは皆無に等しい。たった2メートルの距離を当てることも出来ないほどに。それが、数メートルの距離を離れている今、彼女が放つ弾道は確実に神無の頭を狙い放たれているのだ。
 ニコルが持つ特殊能力。
 猛禽のそれに近い構造を持つ眼球に高い集中を寄せることで、一時的に高度な望遠能力と動体視力を使役することを可能とする能力。
 けれどその能力の行使は強い副作用をも孕んでいる。限界を超過すれば、最悪の場合には死に至るかもしれない。
 暴霊がニコルの身体の異常を気遣うわけもない。動かなくなればまた次なる器に居を移すだけのことだろう。――けれども今は、他のことなどどうだっていい。
 救えなかった父親。今でも鮮やかに浮かぶ、最期に見た父親の笑み。唇を噛む。ニコルのことは何があっても救い出す。けれど、どうやれば。
 胸をえぐるような過日の記憶に、ほんの刹那気を向けた。その隙をくぐり、ニコルの足が大きく踏み込む。神無が気がついた瞬間にはもう、ニコルの顔は神無の顔のすぐ目の前にあった。
「ニコル」
 名を呼ぶ。
 ニコルの両腕が持ち上がり、銃口は神無の顔のすぐ前にまで寄せられた。薄い朱を浮かべたニコルの唇が笑みを作る。柔らかそうな舌先が唇を舐めまわす。細い指が引鉄にかけられた。
 放たれた銃弾の音。硝煙の匂い。神無は咄嗟に目を伏せた。そうして、
「……いった」
 親しんだその声が耳を撫でたのを聞いて、弾かれたように目を開く。
 そこにいたのは確かにニコルだった。片膝をつき、顔を歪め、片足を両手で押さえている。
「……ニコル」
 名を呼ぶ。
 ニコルはゆるりと目を持ち上げて神無を仰ぎ、悪戯めいたウィンクをひとつして見せた。
 ――合図。
 目を見開いて足を踏み込み、飛び込んだ勢いをつけて刀身を大きく振り上げる。切っ先が鋭利な光彩を伴い筋を描く。その光がニコルの頭を叩き斬る寸前に、ニコルの身体から黒い――無形の泥のようにも見える煙が放出された。
 ニコルの口角が吊り上がる。
「カンナ、やっちゃえ!」
 ニコルの声。神無はニコルの頭に触れる寸前で止めていた刀身をそのまま翻して再び振り上げた。座り込む格好を取ったままのニコルが低頭する。そのすぐ後、神無のギアはニコルの背に抜け出していた暴霊を一閃、――両断した。

「お見事」
 朗々とした笑みを含め、ニコルが言う。それから自らの意思で撃ち抜いた腿を抱え、うめき声をあげた。 
 神無は大仰なため息をひとつ落とし、ニコルの肩に手を回す。そうしてニコルの身を気遣いながらゆっくりと引き起こし、座らせた。傷を検める。弾は貫通しているようだった。
「無茶して」
 ニコルを睨みつつ、止血のための処置をする。ニコルは軽く笑いながら神無の肩に頭を預け、甘えたように額をすり寄せる。
「カンナ」
「……なに」
「お腹すいた」
「は?」
「お腹すいた」
 神無の肩にうにうにと甘えつきながらニコルは空腹を繰り返し訴えた。
 神無は再び大仰な息を落とし顔を伏せる。浮かべた笑みには安堵の色。
「……もう」
 困ったように声を落とす神無の耳にニコルの甘えた笑みが触れた。

 

クリエイターコメントこのたびはオファーまことにありがとうございました。お、お届けまでに大変なお時間をいただきましたこと、お詫びいたします。長々とお待ちいただきましたことに感謝いたします。

アクションの描写は得手ではないのですが、いかがでしたでしょうか。お二人の関係性、他愛のない短いやり取り。そういった場面への描写も、お二人のイメージに添ったものであればと思います。
お待たせしましたぶん、少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。

それでは、またのご縁をお待ちしております。
という、約定めいた言葉を締めにしつつ。
公開日時2014-01-21(火) 21:20

 

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