オープニング

 そいつらがインヤンガイの一角を根城に『悪さ』を始めたのはほんの数か月前のことだった。
 彼らの大半は、無軌道で凶悪な、人の痛みなど知りもしないし知るつもりもないといった、思想も理念もないがゆえにいっそう危険な、まだ若い男たちによって構成されていた。
 リューシャン街区の隣、もともとはクァンロンと呼ばれていた街区が、何らかの事情で壊滅し打ち捨てられた、その廃墟の一部に彼らは『巣』をつくった。武器を持ち込み、近辺の街区から強奪してきた酒や食い物を積み上げ、やはり無理やり奪った財を無造作に溜め込んだ。
 汚れた金に惹かれて同類が集まり、彼らの規模は膨れ上がっていく。
 繁栄を享受するリューシャンとは違い、さびれて汚れ、静まり返ったそこが、下品な『遊び』の場に成り果てるまで時間はかからなかった。
 大量の刃物や重火器を持ち、優秀な――しかし心根の腐った――術者を何人も仲間に加え、それはちょっとした武装組織の様相を呈してくる。武装組織と呼ぶにはあまりに幼く、拙く、不格好な代物ではあったが、戦闘力という点において彼らはすさまじいまでの脅威となりつつあった。
 リューシャン街区は、警察や警備隊が街の護り手として機能しているおかげもあってまだ襲撃を受けていなかったが、元クァンロン街区と隣接している他の街区、リューシャンほど防衛機構がしっかりしていないところは、やすやすと襲撃を許し、著しい被害を出している。
 彼らは遊びの感覚で人を殺した。
 街を護るために武器を取った警備隊員も、その日の暮らしで精いっぱいの一般人も、自分が肥え太ることばかりに心血を注ぐ金持ちも、等しく彼らの餌食となった。
 彼らには、兵士も兵隊も戦士も武人も、一般人も非戦闘員も関係がなかった。
 気に障った、見た目がムカつく、悪口を言ったなどの難癖をつけられ、拷問に均しい暴行を受けたものも後を絶たなかった。特に、見目のいい男女は『巣』へと連れてゆかれ、聴くに堪えぬ暴力と辱めを受けた。麻薬のたぐいを無理やり使われ、廃人にされたものもいるという。
 どの街区でも彼らの存在を憂慮し、方策を巡らせたが、自分たちの街を護るだけで精いっぱいというのが現状だった。
 そんな中、唯一まだ余裕のあるリューシャンで、暴力的な事件を解決するのが得意と評判の探偵、シュエランは一計を案じた。
 大規模な軍隊を派遣すれば、彼らは警戒し護りに入るだろう。あの『巣』を閉ざし、迎え撃とうとするだろう。
 更に、彼らの『巣』にはまだ生存者がいて、絶望の中で救助を待っているはずなのだ。自暴自棄になった連中に道連れにされる、もしくは思うようにいかないことへの腹いせに生存者が殺されるようなことがあってはならない、というのがシュエランの判断であり、願いでもあった。
 連中は気づきもしていないが、さらわれ囚われた人々には、彼らが死ねば嘆き哀しむ誰かがいて、その人たちは今も、彼らの帰りを信じ、祈りながら待っているのだから。
 そしてシュエランは依頼を出す。
 荒事の解決を頼むに最適な人々――すなわち、ロストナンバーたちに。

 *

 アキ・ニエメラ。ハルカ・ロータス。阮 緋。古城 蒔也。ジュリアン・H・コラルヴェント。オルグ・ラルヴァローグ。アヴァロン・O。劈。
 赤眼の司書、贖ノ森 火城から、リューシャン街区の近辺で起きている凶悪な武装組織の話を聴いたのち、放っておけば殺された人々が無念と哀しみのあまり暴霊化しかねない状況下にあることを聴いて、彼らはインヤンガイへ向かうことになったのだ。
 現地へ着けば、シュエランが「ちょうどよかった」と安堵の顔をして歓迎してくれることだろう。
「……非戦闘員を巻き込むのは、職業兵士としちゃやっちゃいけねぇことだろ。連中の理念なんざ知らねぇし、知りたくもねぇが」
 道すがら、アキがぽつりとこぼしたように、アキもハルカも、緋も蒔也も、ジュリアンもオルグも、アヴァロンも劈も、立場こそ違えど、それぞれが戦いを主とする職業についている。戦いは彼らの日常で、彼らにとって、戦いとは呼吸と同じくらい自然なことだし、それが『普通』だ。
 軍人、武人、兵士、戦士、騎士、殺し屋、兵器、傭兵、将、何でもいい。
 八人には、それぞれ、戦うものとしての理念があるし、思いがある。
 命を貴ぶばかりではないが、少なくとも、幼稚な武装組織のやり口を称賛するものはひとりもいない。
 やがてシュエランのもとへ辿り着いた一行は慌ただしく説明を受ける。
 何でも、またどこかの街区が襲われ、大きな被害が出たらしい。
「一刻の猶予もねぇな。力に奢って他者へ痛みを強いるんなら、容赦はしねぇ」
 アキは静かに戦意を高めているし、
「帰りを待っている人がいるなら、助けたい。理不尽な暴力で愛する人を奪われるのはとても辛いことだから」
 ハルカは朴訥に生存者を案じていて、
「無抵抗のものを害するなぞ無粋の極み。そのような連中をのさばらせておく道理はないな」
 緋は誇り高く憤り、
「まあ別にそいつらのことなんかどうでもいいけどよ。盛大に壊せそうだし、退屈はしなさそうだよな」
 蒔也はどこまでも楽しそうで、
「頭は幼稚でやることは凶悪な武装集団か、性質が悪いな。そんなにエネルギーが有り余っているなら、もっと有効に使えばいいものを。――僕が言えた義理じゃあないが」
 ジュリアンはやれやれと呆れ顔だったし、
「戦う気もねぇ奴らに刃を向けるたぁ、ちぃっとおいたが過ぎるみてぇだな。今後のためにも、しっかり懲らしめてやらねぇと」
 オルグは気合十分で、
「……紛争の鎮圧は私ノ役目。お役に立ちまショウ。同時に、非戦闘員の被害は最小ニ計算すべきデス」
 アヴァロンはどこまでもクールだし、
「あからさまに不穏な話ですわね。義賊集団に身を置いていたものとしては、聞き捨てなりませんわ」
 劈もまた、自分自身の立ち位置において、彼らの所業を憤っている。
「確認だ。俺たち八人で全部片づけなきゃならねぇから、それぞれけっこうな数を受け持つ必要がある。取りこぼしのねぇようにしなくちゃな」
 アキが、これまでに判っていることを列挙し、情報の共有を図る。
 殲滅すべきは二百数十名。
 刃物や銃火器で武装した戦闘要員が二百と少し。そのうちの十数名は、手練れと呼んで差し支えない程度の強さを持つらしい。
 妖しくも強力な技を使う術師が十数名程度。
 そして、『巣』のあちこちに囚われている非戦闘員は数十名にのぼる。
 『巣』は元クァンロン街区でもっとも雑多に入り組んだ、巨大な廃工場で、陰険な罠などはないようだが、迷路のような立地らしいから、思いもよらぬ場所に賊が隠れていることもあるだろう。
「非戦闘員の救出が依頼に含まれてるからには、派手にぶっ壊すのはそいつらを助けてからだな。面倒臭ぇが、まあ、引き受けたからには仕方ねぇ」
 シュエランから入手した、廃工場の簡単な図面を見下ろしつつ蒔也がつぶやく。
「要救助者のことを考えたら、真正面から、というのはどう考えても危険だな。廃工場というのは好都合だ、こっそり潜入して迅速に救助、そこから殲滅というのが手っ取り早い」
 ジュリアンが図面を見ながら提案すれば、皆から同意が返った。
「気づかれず潜入できそうな場所がいくつかあるな。誰かと組むもよし、ひとりで往くもよし。腕力にものを言わせることが大前提ではあるが、機転を利かせて立ち回る必要もありそうだ」
 緋の言葉通り、やるべきこと気をつけるべきことは多い。
 力技だけでは果たせぬこともあるだろう。
 しかしそれでも、戦いへ赴く八人に悲壮感などないのだ。
「さて……じゃあ、行くとしようか」
 オルグの、何でもないような言葉を合図に、八人は歩き出す。
 修羅の宴、血の舞台をつくりあげ、静かな朝を願う人々に平穏を届けるために。



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!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。


<参加予定者>
ジュリアン・H・コラルヴェント(cutn5843)
オルグ・ラルヴァローグ(cuxr9072)
アヴァロン・O(cazz1872)
劈(cets7249)
古城 蒔也(crhn3859)
阮 緋(cxbc5799)
ハルカ・ロータス(cvmu4394)
アキ・ニエメラ(cuyc4448)

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品目企画シナリオ 管理番号2787
クリエイター黒洲カラ(wnip7890)
クリエイターコメント皆さんこんばんは。
オファー、どうもありがとうございました。

少数精鋭対多数の、武の腕前や特殊能力を駆使したガチバトルをお届けいたします。
今回は、潜入→救助→戦闘(殲滅)に心情描写を重ねたものが主な流れになっております。

ご参加に当たっては、
・『戦うもの』としての心構え、考え、理念
・要救助者を助け出すための方法
・武装組織(物理)とどう戦うか
・術師への対応をどうするか
・参加メンバーとどう連携するか
・その他、考えていることややってみたいことがあれば
などについてお書きいただけますと幸いです(もちろん、それ以外のことを書いていただいても問題ありません)。
文字数の関係もありますので、武装組織(物理)と術師への対応に関しては、どちらか片方だけに専念していただいても問題ありません。偏った場合は、記録者裁量でどちらかに移動していただく場合もありますがご容赦を。

なお、それぞれのPCさんの、各PCさんへの呼びかけ方、名前の呼びかたなどをどこかに書いていただけると大変ありがたいです(不明な場合は捏造する場合もあります)。
また、プレイングの文字数もありますし、連携に関しては記録者裁量での捏造希望としてくださっても構いません。盛大に捏造させていただきます。

そして、凶悪な犯罪者組織対少数の戦いですので、とても痛い目に遭ったりひどいものを目にしたりするかもしれません。チートなだけの戦いなんて面白くないよね? をスローガン(?)にいろいろやらせていただこうと思います。
ご自身の思われる、『たぎる戦い』、外連味たっぷりのそれを、どうぞご自由に演出してみてください(※確定ロールは採用されにくいですのでお気をつけて!)。

せっかくの企画シナリオですし、いつもと同じく『1PCさんにつき一見せ場』を心掛けてはおりますが、プレイングによっては登場率に偏りが出てしまう場合もございます。ご納得の上でご参加くださいませ。

とはいえ基本は、皆さんの戦いを皆さんらしくド派手にカッコよく。
それぞれの立ち位置を大切に、クールだったりホットだったりスタイリッシュだったり泥臭かったりする戦いを展開していきたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。


それでは、無辜の人々の怨嗟と絶望が渦巻く廃工場にて、皆さんのお越しをお待ちしております。

参加者
アキ・ニエメラ(cuyc4448)ツーリスト 男 28歳 強化増幅兵士
オルグ・ラルヴァローグ(cuxr9072)ツーリスト 男 20歳 冒険者
ジュリアン・H・コラルヴェント(cutn5843)ツーリスト 男 26歳 専属エージェント
古城 蒔也(crhn3859)ツーリスト 男 28歳 壊し屋
ハルカ・ロータス(cvmu4394)ツーリスト 男 26歳 強化兵士
阮 緋(cxbc5799)ツーリスト 男 28歳 西国の猛将
アヴァロン・O(cazz1872)ツーリスト その他 20歳 汎用人型兵器アーキタイプ
劈(cets7249)ツーリスト 女 12歳 妖術師

ノベル

 1.優男の災難

 いくつかの乱雑な足音とともに、錆の浮いたドアが荒々しく開く。
「やめろ、触るな、離せ! 僕がいったい何をしたって、ッ!」
 動揺に震える声で、必死に抗っていたと思しき青年が、部屋の中へと乱暴に放り込まれると、彼より先に囚われ、待ち受ける運命にただ怯えていた人々は小さく悲鳴を上げて部屋の隅に縮こまった。
 放り込まれたのは、くすんだ金髪に青の眼、すらりとした細身の、端麗な顔立ちの青年である。右半身に施された繊細な刺青が、彼にエキゾティックな美を与えている。
 この部屋に囚われている人々は、要するに『そういう目的』で集められているのだろう、皆がそれぞれに美しい顔立ちをしていたが、この青年は彼らとはまた違った姿かたちの佳さを持っていた。
「何なんだ、くそッ」
 無様に尻餅をつきながらも毒づく青年を引っ立ててきたのは、筋骨たくましい、粗野な男らだ。
 彼らは、精いっぱいの虚勢を張る青年をにやにやと笑いながら見下ろし、
「まぁ、心配しなくても、うちのボスがあんたにちょうどいい仕事を『紹介』してくれるさ。楽しみに、いい子で待ってな」
「違いねぇ。こんだけ見目がよけりゃ、相当な高値がつく。いい拾いものをしたぜ」
 ごつい手が伸びてきて、青年の前髪を掴み、乱暴に上を向かせる。
 痛みに呻く青年の眼を、怯えの色がよぎった。
「……僕は、どうなるんだ」
「さあ? ま、やさしい飼い主に買われることを祈るんだなァ。ウチは節操のないやつが多いから、『出荷』される前につまみ食いに来るやつがいるかもしれねぇが。なんにせよ、もう戻れやしねぇんだ、覚悟を決めな」
 彼らの恐怖心をあおろうというのだろう、むしろ優しげな口調で言い、青年の髪から手を放した。嬲るように軽く蹴飛ばされ、青年は汚れた床に転がる。
(喜悦、優越感、嗜虐心、破壊願望、『ボス』への依存、信頼……いや、怯えか……)
「ま、逃げようなんざ思わねぇこった、悪い子にはきっついお仕置きが待ってるからな!」
 げらげら笑い、男たちが部屋を出て行く。
 ガチン、という、鍵のかかる硬質な音が響き、囚われの人々がよりいっそう身を硬くした。
(外には見張りがふたり。脱出には、複雑な経路をひと息に抜ける必要がある……僕ひとりで今すぐどうこうは無理だな)
 華やかな美貌の少女が、華奢な四肢を縮こまらせて啜り泣いている。
 家族や恋人、友人の名を誰かがつぶやく。
 それほど広くない部屋には、けしからん欲望を抱く連中がいるのも当然と納得してしまいそうな、見目の麗しい男女が全部で十人、押し込められている。買い手がつき次第、『出荷』される運命にある人々だ。
(しかしまぁ……不細工なやり口だ。こういうのを、うんざりする、と言うんだろうな)
「ねえ」
 不意に、二十代半ばと思しき女が口を開いた。
 話していたほうが、気がまぎれるということなのか、青年を見やる。ふっくらとした頬には涙の痕が見えた。
「あなた、名前は? どうしてここに?」
 青年は深々と溜息をついた。
「ジュリアン・H・コラルヴェント。通りかかったところを囲まれて、このざまだ。ここはいったい何で、あいつらは何をするつもりなんだ?」
 女性にはついやさしい態度を取ってしまうのが彼の常なので、懐から清潔なハンカチを取り出し、ヨウファと名乗った彼女に差し出しつつ、無力な優男を装い、情報収集を始める。
 ジュリアンが名乗り、事情を話すと、室内には嘆息と同情の声がにじんだ。
「そう……運が悪かったわね。それはわたしたちも同じだけど。ここはね、あいつらの遊び場なのよ。私たちはそれに巻き込まれているの」
「『仕事』を紹介する、というのは?」
「わたしたち、いい値で売れるらしいわ。何人か、連れていかれたのを見たけど……せめて、生け贄を甚振って悦ぶ類いのお金持ちに買われないよう祈るばかりね」
「馬鹿な……そんなことが許されるはずが。それは、僕たちだけなのか?」
「見張りの話だと、あとひとつ、同じような部屋があるみたい。わたしたちみたいな『商品』をしまっておく『倉庫』以外にも、彼らが嬲って遊ぶための人間を集めた部屋もいくつかあるらしいわ」
 見張りの意識をスキャンし、それが事実であることを確かめる。
 どこであっても結局はこういう流れになるのか、と、内心うんざりしつつ、怯えた男を演じる。
「救助は? それに、なんとか逃げ出せば」
「チゥンウー街区から派遣されてきた警備隊は、あいつらに何の痛手も与えられないまま完膚なきまでに叩き潰された。優秀な術者の部隊がいて、並の戦力では歯が立たないと言っていたのを覚えている。そんな体たらくだから、たぶん、自分たちの街区を護るだけで精いっぱいだろう」
 知的に整った顔立ちの青年が口を挟む。
「逃げるのも、難しいわね。外には見張りがいるし、一時間ごとに一定数の『兵隊』が見回りにも来るから。あなたと同じように逃げ出そうとして、ひどい仕打ちを受けた人たちを何人も見たわ」
 ヨウファが溜息をつき、取り乱すでもなく膝を抱えた。諦める要素しかないから、むしろ冷静なのかもしれない。
(絶望、悲嘆、憎悪、諦観、かすかな希望、希望の否定。あまり長引かせると、今後の精神状況にも影響しそうだな)
 ジュリアンも彼女らに倣い、汚れた壁に背を預けつつ意識を巡らせる。
(聞こえるか、アキ、ハルカ)
 チャンネルを開き、呼びかけると、
(無事に潜入できたみてぇだな。堂に入った役者ぶりじゃねぇか)
(聞こえている。状況は?)
 ふたりの強化兵士から言葉が返った。
 ジュリアンの能力発動有効範囲は半径3メートル前後だが、実に半径20kmの思考中継が可能というアキ・ニエメラの感応力を手繰り寄せるようにして情報の共有につとめる。
(見目のいいのを集めて『商品』として出荷する部屋がふたつ。連中が好き勝手に遊ぶために集めた人間を閉じ込めておく部屋が、おそらく四つくらいある。要救助人数は、多く見積もって八十名といったところか)
(了解。思念を捕捉、位置を把握して皆に中継する)
(徒歩でのひそやかな脱出が難しい場合は俺が転移させてもいい)
(判った。それと、ここのボスとやらと術師部隊には警戒が必要だ。相当、やるらしい。『ボス』に関する思念に怯えが混じるのを感じた)
(判った。他の連中もそろそろ潜入し終えたころだろう、そちらと連携しつつまずは救助につとめる。ジュリアンは引き続き情報収集を頼む)
(了解)
 同意し、チャンネルを切る。
 アキのテレパスは強力無比な代物だが、同じ能力を持つジュリアンは、それに引きずられるからか疲労感が大きい。あまり長時間『つないで』いると、変に消耗しそうだ。
(さて……どうしようか)
 表面上は怯えと諦めによってぐったりと壁へもたれかかる風を装いつつ、彼はひどく醒めた意識で周囲を伺う。見張りたちの、粗野な愉悦が伝わってきて呆れのため息が漏れる。
 ジュリアンは戦う行為、力を特別視しない。
 それは、ただの技術と道具に過ぎない。
(僕もまた、技能を存分に揮える場で動きたい、それだけで依頼を受けた。だが……)
 弱者が一方的に嬲られる光景を久々に見た。
 依頼は成功させねばならない。その思いから冷静さは保つものの、決して気分のよいものではない。

 *

 オルグ・ラルヴァローグは、金の毛皮を黒いコートで覆い隠して潜入を果たしていた。
「夜陰に乗じられないってのも、なかなか不便だな」
 金の双眸をきらめかせ、オルグは薄暗い通路を進む。
 物音ひとつせず、気配の欠片も感じさせない、ひそやかな道行だ。
「どう考えても、秘密工作には向かないな、これは」
 やれやれと息を吐けば、
「あら……わたくし、オルグさんの毛皮、好きですわ。あたたかい、力強い光ですもの」
 傍らの劈が微笑む。
「そうかい? そりゃ、嬉しいね」
 陽気におどけてみせたのち、オルグは表情を引き締めた。
「――群れをなす狼は、狩りや戦の場において、そのひとりひとりが情け容赦ない戦士となる」
「ええ」
「その振る舞いには理由がある。狼の誇りのため、群れの仲間を護るため……。“暁の獣王”たる親父がそうだったし、その息子である俺もそのはずだ。そして……それは狼だけが持ち得るものではないってことも、知ってる」
「ええ……本当に、そうですわね。戦いには、ほとんどの場合、何か理由があるはず……否、理由もなしに罪なき者を傷つける行為など、許されるものではございませんわ……」
 故郷では義賊として暗殺集団に所属し、妖術を駆使して義侠的な活動を行っていたという魔竜人の少女は、淑やかな所作と口調に強い意志を載せる。
「そのような者たちから、弱き方々を救うことがわたくしの役目であり、目標でしたの。ならば、今もまた、この地区を救うため、力を尽くしましょうか……」
「おう。まぁ、その、なんだ……いざって時は頼りにさせてもらうぜ?」
「もちろんですわ」
 劈の微笑へオルグも笑みを返しつつ、薄汚れた廃工場内を滑るように――足音など微塵も立たない――行く。
「この辺りだな」
「ええ。その角を曲がった突き当りです」
 ジュリアンが引き出し、アキが突き止めた要救助者の位置を確認し合い、ふたりはめいめいに周囲を探る。
「見張りが二名」
「……向こうから、巡回の『兵隊』が五名、来ますわ。到着まで二分。やり過ごしますか?」
「巡回の兵隊は、囚われた奴らに無体を働くっていうじゃねぇか」
「なら……ひと息に、ですわね」
 にやり、というのが相応しい不気味な雰囲気を滲ませた、そう思ったとたん劈の姿が掻き消えた。しかし、オルグには、ただ消えただけではないことが判る。目を凝らせば、黒い蜘蛛が壁にぶら下がっている。
「幻覚か……その質感、リアリティ、大したもんだ」
『ふふ、お褒めの言葉をありがとうございます。オルグさん、見張りの片方をお願いしても?』
「もちろんだぜ」
 糸を吐き出し、蜘蛛がゆらりと宙を舞う。
 オルグも同時に動いていた。
「うわ、でけえ蜘蛛! 気持ち悪ィな!」
「蜘蛛ぐらいでギャーギャー言ってんじゃね、――ッ!?」
「おいどうし、!?」
 見張りの意識が黒蜘蛛へとそれた瞬間、瞬時に距離を詰め、死角から肉薄し片割れを引っ掴むと暗がりへ引きずり込む。当然、声を上げられないよう咽喉元は締め上げてある。
 唐突に姿を消した相棒に驚愕し、片割れが声を上げようとするよりも、
「ヒトに痛みを強いることがお好きな方は、自らが強いられることには鈍感ですわね……少し、お灸をすえて差し上げましょう……」
 劈の声が殷々と響くと同時に、胸を押さえてその場に崩れ落ちるほうが早かった。何をされたのか、口から泡を吹いて昏倒している。
「ふふふ……あなたの心臓は、今やわたくしのもの……さあ、どうしてさしあげましょうか……」
 不気味な笑い声を響かせると、劈は次に、自分たちが優位であることをかけらも疑っていない不細工な足音を立てながら近づいてくる巡回の兵隊たちへとこうべを巡らせた。
 それが妖術師の妖術師たる所以か、
「……ッ、!?」
 五名は次々と呻き声を上げてその場に崩れ落ちた。
 なぜか、その顔は恐怖と絶望に歪んでいる。いったい、どんな恐ろしいものを目にしたというのだろうか。
「おお……なかなかえげつなくていい感じだな。こりゃ、俺も負けてられねぇ」
 暗黒魔法でつくりだした黒いあぎとに倒れた人々を喰わせて『何もなかった』ことにしている劈を横目に、オルグはどうにかして彼の手から逃れようと無駄なあがきをする見張りを見下ろした。
「鍵は?」
「し、知らね……っぎゃああああッ!」
「うるせーよ。お前が嘘をつくからだろ? 俺に嘘は通用しねぇ。これ以上痛い目に遭いたくないんなら、さっさと吐いたほうが身のためだぜ?」
 オルグに、掴まれた手首を握り潰され、見張りが不自由な体勢のままのた打ち回る。しかしオルグに同情の念など湧こうはずもなく、彼は冷ややかな眼を向けるばかりだ。
「テメェの首を賭けてもう一度だけ訊くぞ。鍵はどこだ」
 次は首を握り潰す、というニュアンスを込めて問えば、見張りは失禁せんばかりに震えあがり、鍵のありかから囚われている人間の数、要救助者が閉じ込められている部屋の正確な位置や見張りの数まで、オルグが尋ねるままにぺらぺらとしゃべってくれた。
「最初からそうすりゃいいんだよ。まあいい、寝とけ」
 首筋に手刀を叩き込み、見張りを昏倒させる。
 物陰に仕舞い込まれた鍵を探し出し、ドアを開けると、囚われの人々が怯えた悲鳴を上げた。『そういう』目的で連れて来られたからだろう、虜囚の大半がたいそう見目のいい男女ばかりで、オルグは自分がやったことでもないのにいたたまれない気持ちになったほどだ。
「あー、心配すんな、俺はあいつらの仲間じゃねぇ、シュエランに頼まれて助けにきたんだ」
 探偵の名を出すと、人々の眼に希望の光が射した。
「俺たちが潜入したルートがある、そこから脱出させるから、ついてきてくれ」
「あなたがたのことはわたくしたちがお護りしますわ……ですから、どうぞご心配なく」
 すぐには信じきれぬものもいただろうが、どのみちこのままここにいたところで待ち受ける運命は残酷なものでしかない。それを理解して、人々が同意の声を上げる。
「よし、こっちだ」
 昏倒させた見張りはというと、目覚めたあと騒がれると厄介なので、縛り上げて部屋に放り込み、鍵をかけておいた。部屋には劈が魔法をかけ、『人々が諦めて大人しくしている』幻覚が見えるようにしておいたから、しばらくは時間が稼げるだろう。
 さらに、劈が要救助者たちに魔法をかけ、彼らがちっぽけな虫などに見えるよう幻覚で覆ったため、脱出行は非常にスムースで、かつ、安全なものとなった。入り組んだ廃工場内を、警戒しつつも速やかに走り抜ける。憔悴の激しいものは劈とオルグが背負った。
「大丈夫だ、すぐに帰れる。俺たちが帰してやる。だから、今は俺たちを信じてついてきてくれ」
 言葉の力強さに真実を感じ取ったのか、人々の警戒と緊張が少しずつ緩んでくる。それを痛いほどに感じ、彼らを無事に日常へと帰す使命感に燃えながら、ふたりは廃工場内を駆け抜ける。
 ここを抜ければ、向こう側には、シュエランの迎えが待っている。

 *

 『ボス』は『商品』に手を出すことを禁じているようだったが、それを馬鹿正直に聴くような連中ばかりではない。
 巡回と称して、待機部屋という名の牢獄を訪れた荒くれたちが、男女の区別もこだわりもなく毒牙にかけようと武骨な手を伸ばし、悲鳴を上げる犠牲者たちを捕らえて引き倒すより、
「みっともねぇ真似、してんじゃねぇよ」
 冷ややかに言い捨てたアキ・ニエメラが、念動でもって彼らの気道を圧迫し、いちどきに七人の意識を刈り取ってしまうほうが早かった。ドアが開いた様子もないのに唐突に現れたため、要救助者たちを驚かせてしまったかもしれないが、この際細かいことは言っていられない。
「ったく……欲望の赴くまま抵抗できねぇ相手を襲うとか、何のために人間として生まれたんだよ、てめぇらは」
 呆れ顔で息を吐き出し、
「よう、ジュリアン。貞操の危機だったな」
 アキがにやりと笑えば、
「想像するのもごめんだな、そんな危機は」
 やれやれ、といった風情で、意識を失って倒れかかる男の身体を容赦なく蹴飛ばして退かせながらジュリアンがぼやく。
「おい、てめぇら何を、」
 様子のおかしいことを察して見張りたちが踏み込んでくるものの、
「あーうるせぇうるせぇ」
 屠殺の無造作さでナイフを揮い、アキはあっという間にふたりを物言わぬ物体に変えてしまった。瞬時に相手の背後に入り込み、外見から想定される以上の怪力でもって動きを封じたうえで咽喉を掻き切る一連の動作には、迷いも躊躇いも慈悲も感じられない。
 無造作に投げ捨てられた骸が、びしゃりと音を立てて地面に張り付く。
 アキはそれに一瞥さえくれなかった。
「……ずいぶん怒っているな。強烈に響いてくる」
 ジュリアンに言われ、
「そうだな、怒ってる」
 アキは素直に頷いた。
「こいつらが平和を望むかどうかなんて知ったこっちゃねぇ。ただ、平和に生きてぇって人たちの邪魔だけはすんじゃねぇ、ってな」
 そもそも、境遇に似合わぬ熱い魂を持つアキである。
 今回の件は、アキの怒りのツボを強かに突いたと言っていい。
 ――『それしかなかった』からこそ兵士として生きてきた。
 殺すのも殺されるのも仕事の一環で、人の生き死には、彼の痛みの範疇からはずれていた。
 けれど、覚醒し、ハルカという相棒を得て、さまざまな局面においてともに戦い、相棒のやわらかな心根を目の当たりにするにつけ、アキ自身の考え方にも変化が現れた。そう、人々の生活を護るために戦うこと、つまり兵士としての仕事に喜びを感じるようになってきたのだ。
「こんなとこでする話でもねぇけど」
「ああ?」
「俺、この能力のお陰で親に売られたんだよな。何かするたびに化け物って罵られてたし」
「……そうか」
 どう答えるべきか悩んだものと見え、ジュリアンが無難にそれだけ言う。
 アキはかすかに笑うと、要救助者たちを牢から脱出させ、死体と気絶させた荒くれたちを部屋に放り込んで鍵をかける。次の巡回まで一時間あるから、これで十分時間稼ぎになるだろう。
「でも、何となく判ってきたんだよ。あの人たちにも、平和に、何ものにも脅かされず生きたい、って願いがあったんだろう、ってな」
 両親がアキを畏れたのは、アキが彼らの思い願う平穏な日々を壊しかねない力を持っていたからだ。
「だから、思うんだ。もう二度と会うことはなくたって、あの人たちがそう生きられるんならそれは悪くねぇって」
 アキは、その結果与えられなかったものを惜しみはするが、だからこそ出会った人々とのかかわりで築き上げられた関係を貴ぶし、喜ぶ。今となってみれば、己を畏れ嫌った人々との空虚な時間さえ、アキにとっては懐かしい思い出だ。
「まあいい、粛々とやろうぜ、粛々と」
「その意見に否やはないな。他の面子は?」
「オルグと劈が何人か脱出させた。ハルカと蒔也も救出に従事、アヴァロンは救出の傍ら雑魚排除と退路の確保、緋は囮として待機中だ」
 ジュリアンと協力して感応力の網を張り巡らせ、接近する敵に注意しながら要救助者たちを案内する。
 囚われていた人々は非常に憔悴していたが、ここから出られるという喜びや希望のほうがまさったらしく、支え合いながらどうにかついてきている。
「心配要らねぇ、あんたらは俺たちが護る」
 今や、人々の『平凡な』営みを護ることは、アキにとってごくごく普通のことになりつつある。護るための戦いはアキをかたちづくり、佳き方向へと導くだろう。それが判るから、アキは気持ちを引き締める。
「……行こう。これ以上、あいつらの好きにはさせねぇ」
 『巣』は、未だ静かなまま、不気味な暗闇をはらみ、佇んでいる。



 2.戦士の矜持

 アヴァロン・Oは密やかに、速やかに任務を遂行していた。
 ジュリアンからの情報とアキのテレパスにより、術師集団と十数人の手練れ、そしてボスの危険性が浮かび上がったため、それらを斃すための弊害となりかねない、いわゆる雑兵の排除を請け負っている。
 現在、アキとジュリアン、オルグと劈、ハルカと蒔也の六名が囚われた人々の救助に向かっている。つつがなく救出が済めば、あとは力任せの殲滅が行われるだろう。
 アヴァロンは、その時のために、まずは囚われの人々を安全に脱出させるための任務に従事していた。要するに、巡回と称してやってくる連中を秘密裏に始末する作業である。
 彼らに見つかり、組織全体に侵入者の存在を知られては、救助者たちほど頑健でも俊敏でもない、しかも囚われ憔悴した人々が安全に逃げることが難しくなる。それゆえの『作業』だった。
「て、て、てめぇは何なんだ……ッ!?」
 アヴァロンの超振動ブレードは、鋼鉄の壁もバターのように斬り裂く。
 回り道をする、身を潜めるなどのまだるっこしい方法をアヴァロンは選択しなかった。
 ブレードで壁を斬り裂き、最短距離を進んで、ルート上で鉢合わせた者を始末する、という大雑把かつダイナミックな作業風景であるが、当然、それを目の当たりにし、また『作業』の対象となったものにとっては青天の霹靂であり、最大級の不幸であったはずだ。
 壁をぶち抜いて現れ、その場にいた八人の仲間を、正確無比な射撃で物言わぬ塊にされた下っ端の心情は察するにあまりあるが、当然、アヴァロンには通用しない。
「私の最終目標は、兵器である私が不要になることデス」
 やけに平坦な声が、運よく――もしかしたら、運が悪いのかもしれないが――生き残った最後のひとりに向けられる。
「私の存在価値を失くすため、私は稼働してイマス」
 尻餅をつき、どうやら失禁までしているらしい下っ端は、何を言われたか判らない、とでもいうように、ぽかんとアヴァロンを見あげている。
 アヴァロンに彼らの心の機微など判らない。
 彼らに、アヴァロンの『死ぬために生きている』という在りかたが理解できないのと同じく。
 しかし、彼らが、アヴァロンという闖入者、無慈悲な殺戮者に恐怖しているのとは違い、人型兵器は己の在りかた、生きかたに対していかなる疑問も感情も抱いてはいない。任務を達成するため、黙々と『作業』を実行するのみだ。
「た、たのむ……殺さないでくれ、この通りだ」
 自分の辿る運命を知って、男ががたがたと震えながら命乞いをする。アキなら、てめぇのやってきたことは棚上げかと吐き捨てただろう無様さだったが、しかし、アヴァロンの整った面立ちにはいかなる感情も浮かびはしない。
「その要請は却下シマス。あなたは今回の救助目標ではアリマセン」
「待っ……」
 きっぱりと拒否、消音機能つきライフルで眉間を撃ち抜く。
 少々勢いが強すぎたか、頭部を半ばまで吹き飛ばされた賊が血を噴き上げながら倒れてゆくのを一顧だにせず周辺をサーチ、敵影がないことを確認してからまた進みはじめる。
 この先に、要救助者が囚われた部屋がある。
 平和な時代がくれば、無用な金属塊としてスクラップになる運命さえおかしなことではない“ピースメイカー”は、しかしなんの疑問も持たず歩を進めるのみだ。

 *

 ハルカ・ロータスは、小刻みなテレポートや物質転移を駆使して囚われた人々を救出し脱出させていた。
 人造のESP能力者であるハルカにとって、ESP能力を使うことは大きな負担だが、トラベルギアがその負担を軽減してくれること、ハルカ自身覚醒したことで能力への理解が進み、より小さな力で大きな効果を出せるようになってきたこともあって、故郷でのそれと比べると驚くほど行動はスムースだ。
「……俺は兵士だから戦わなきゃ生きられない。それが仕事だから仕方ないし、最近は兵士として誰かを守るのは悪くないって思うようになった」
 独白とともに、最後の要救助者たちが囚われた部屋の前へと転移、
「んだテメェ、どっから来やがっ……」
 見張りたちがオリジナリティのない台詞をすべて吐き終わる前に、片方は音もなく姿を消し、片方はそれに驚愕する間もなくハルカに組みつかれ、首筋にナイフを突き立てられて絶命している。
「判らないな」
 名もなき一兵卒の哀しみを背負いつつ、戦う者としての生きざまをまっとうしようとするハルカにとって、遊びで人を殺す武装組織は理解し難い。理解したいとも思えない。
「彼らにも、そうせざるを得ない理由があるのかな。だけど、理由があるからって許されることでもない」
 彼らが悪徳に堕ちるには何らかの事情があったはずだ。
 しかし、たとえその事情を考慮したとしても、これらの暴挙を『大目に見る』ことは出来ない。
「助けに来た」
 鍵を探し出し、扉を開ける。
 人々の、涙に濡れた眼が、希望の欠片を宿して揺れる。
 平和でまっとうな営みを望む人たちのためにも、速やかに組織を壊滅させなければ。そんな思いとともに、ハルカは、何も心配は要らない、次に目を開ければシュエランがいて皆を日常へ帰してくれる、そう説明してから人々を『外』へ転移させる。
 数をこなしたので、さすがに少し休まなくてはならなくなったが、これが終われば、いよいよ『本番』だ。
「蒔也」
 呼吸を整えながら待機地点まで戻れば、古城 蒔也は、興味のあるものを片端から弄繰り回す少年のような手つきで、工場内のあちこちを触って回っていた。巡回の兵隊と鉢合わせたものか、彼の付近には眉間に穴を空けられた骸が複数、無造作に転がっている。
 すぐにハルカに気づき、蒔也は人懐こい笑みを浮かべる。
「お帰り、ハルカ」
「うん。そっちの準備は?」
「ま、仕上げをごろうじろ、ってとこかな」
「そうか、お疲れさん。いや、まだこれからだけど」
「なあなあ」
「ん?」
「褒めてもいいんだぜ?」
「――ああ」
 苦笑し、ハルカは手を伸ばした。
 自分より背の高い男の頭を、不器用な手つきで撫でてやる。蒔也は、陽気な大型犬のような従順さで、嬉しげにそれを受けた。
「それで、状況は? そろそろ本番だよな?」
「ああ、うん。さっき俺が転移させたので、生存者は最後のはず。あとは、徒歩で脱出中の要救助者が安全圏まで抜ければ、第一段階は完了、かな」
「アヴァロンからさっき連絡があったぜ。見回りと見張りを中心に、半分まで減らした、って」
「なら、そろそろだろうな」
「緋の出番もそろそろじゃね?」
「確かに。下っ端はともかく、感覚的に鋭い術師たちが、まったく気づかないとは到底思えない」
「ま、あそこはあいつに任せときゃ大丈夫だ。俺たちはもう少し準備に勤しもうぜ」
「そうだな。……どこか、連れて跳ぼうか?」
「おお、口にしなくても俺の言いたいことが判るなんて……ハルカって、すげぇテレパシスト?」
「いや、精神感応の能力位階で言えばCとかD級だけど、俺……」
 満面の笑みを浮かべた蒔也が甘えるようにぺたりと背中にくっつく。
 いや、背負わなくても跳べるから、と苦笑しつつ、それどころではないと判っていて、けれどどうにも悪い気のしないハルカは、蒔也の求めるまま、『仕掛け』に駆けまわるのだった。

 *

 そのころ、阮 緋は、廃工場の屋上から周辺を一望していた。
 天のいただきより下界を見守る守護武神さながらに、力に奢る人々の、醜悪な宴の気配を感じている。
「我が君の覇道は、あのような輩を赦しはしまい」
 乱世、力なきものから斃れ踏みにじられる世を憂い、戦の先にある平和な世を築こうとしていた王の雄姿を思い、緋は組織への憤りを募らせる。
 力とは、民に道を示すためにあるのだ。
 決して弱者を甚振るためではない。
 誇示し、驕るためでもない。
「我が君に変わり……などと言うのもおこがましいが」
 独白する緋の手には見事な大弓がある。
 シュエランに頼んで調達してもらった、生半な腕では引くことすら出来ぬ強弓だ。
「……さて」
 と、小さな気配がいくつか連なり、こちらへ向かってくるのが感じ取れ、緋は矢筒より矢を引き抜いて身構えた。同時に、揺らめくような気配があって、廃工場の一端に術師のひとりが姿を現すのが見え、緋は眼を細める。
 術師は、懸命に走る人々を憐れむように――嘲るように見つめ、空中に何ごとかのしるしを描いた。力の陽炎が立ちのぼり、
「そう来るだろうと思ったとも」
 緋は猛々しい笑みとともに弓を引き絞る。
 術師の『脈』――魔力の流れる路を言う――を見、そのど真ん中を狙って矢を放つ。
 ったああぁん、と、いっそ軽やかな音がして、貫かれた『脈』が粉々に砕け散る。それは、感覚の奥に、火花や雲母のようなきらめきを見せ、すぐに消えた。『脈』を断たれ、術は発動を許されないままわずかにくすぶって消滅する。
 術師が息を飲む気配。
 緋は間髪入れずに矢をつがえ、引き絞り、射た。隼の速さで飛んだそれは、狙い過たず術師の眉間を貫く。
 “十人力”などとも呼ばれる強弓からの、しかも緋の膂力と技巧によるひと筋であるから、肉体的には一般人となんら変わりない術師などはたまったものではない。額の真ん中に矢を突き立てられた術師は勢いよく吹っ飛び、もんどりうって転がると、首を奇妙な方向へ折れ曲がらせたまま動かなくなった。
 流れるような一連の動作の中、何が行われたか気づけたのは仲間たちだけだが、人々を励まし、さりげなく支えながら、オルグと劈、アキとジュリアンが屋上の緋を見上げる。オルグとアキが彼に向かって親指をびしりと立てるのが見え、緋は頬を緩めた。
 救助者たちに護られながら、懸命に駆けてゆく人々の背を見守る。
 アヴァロンが見回りの排除に勤めているようで、まだ、『巣』の連中は殲滅者たちに気づきもせず、爛れた遊びに耽っている。
「さて……これで、舞台は整った」
 トラベルギアをパスホルダーから取り出し、身に着ける。銀環『封天』はそれを喜ぶように、涼やかな音を立てた。
 軽やかな身のこなしで屋上から降り立ち、正面へと回る。
 正面には、敢えて手を出さず放置した見張りが十名ばかり、退屈そうに辺りを見渡していたが、青龍偃月刀を手にした緋が堂々とした姿を現すと色めきたった。戦意、闘志を隠しもしない緋の様子から、彼が友好的な目的で現れたわけではないことなど、どんな下っ端にでも判っただろう。
「ンだ、てめぇ……」
 一般人ならそれだけで意気地を挫かれかねない毒々しい表情で下っ端が言うが、無論緋にそんなこけおどしなど通用しない。
 彼は威風堂々と偃月刀を掲げ、高らかに名乗り呼ばわった。
「我が名は阮亮道! 腕に覚えのある者は前へ出よ!」
 よく通る大音声が辺りを震わせる。
 腹に響くそれに、何人かが首を竦ませ、それから顔を真っ赤にする。
 声に脅かされたという事実が、彼らの小さな矜持をしたたかに傷つけたのだ。
「ひとりでカチコミたぁいい度胸だ、お望みどおり殺してやるよ!」
 相手の力量をはかるだけの思慮などあろうはずもない連中が、銃火器や刃物を手に殺到する。ひとりが奥へと走ったから、じき、追加戦力がこちらへ投入されるだろう。
 それと同時に、
「ぶっちゃけ緋だけでもなんとかなっちまいそうだが、ひとりじゃねぇんだよなぁこれが」
 黒コートを脱ぎ捨てたオルグが、
「無辜の人々があなた方に与えられた痛み、それ以上の苦しみを……味わっていただきましょうか……」
 悪魔的な喜悦の笑みを浮かべた劈が、
「……少なくとも、君らはやりすぎた」
 正しく『うんざり』という表情を浮かべたジュリアンが、緋の背後に佇んでいるのだった。
 正面の入り口からは、手に手に武器を携えた連中が、残酷な愉悦と数を頼んだ優越感とともにわらわらと湧いて出る。
「その程度の人数で俺らとやろうってのか、馬鹿じゃねぇのか!?」
「楽に死ねると思うな!」
 それらをほとんど憐みの眼で見つめたのち、
「ハルカから連絡だ。――始まるぞ」
 アキがひどく人の悪い笑みを浮かべる。
 とたん、

 どおおぉんんんッ!

 響き渡る盛大な爆音。
 爆発は連続して起こり、あちこちから火の手が上がる。
「な……何だァ!?」
 荒くれどもの間を驚愕が走った。
「てめぇらが人に強いてきた痛み、その身で味わいやがれ!」
 オルグが吼え、剣を抜いた。
 ――それが、戦いの合図になった。



 3.兵士の献身

 爆音が、廃工場のあちこちから響いている。猛烈な炎が、辺り一帯をあかあかと照らし出す。炎に、もしくは内部工作に従事する三名に追われ、廃工場からはぱらぱらと人が飛び出してくる。
 半数まで減らされたとはいえ、派遣された警備隊を壊滅させる程度の荒々しさを持つ連中だ。戦いが始まれば、奇襲への動揺よりも暴力を揮うことへの喜悦が勝るのか、彼らは思いのほか冷静にそれぞれの得物を手にし、またそれぞれの配置についていた。
「力をよりどころとする無頼者ならば見せてみよ、その業の絶対たらんところを! さもなくば、我が刀の露となり消えよ!」
 高らかな口上とともに緋が偃月刀を揮う。
 生の大半を戦とともに過ごしてきた、熟練の偉丈夫が操る刀は、情け容赦なく――寸分の乱れもなく、草でも刈るかのような容易さで、次々と犠牲者を生み出してゆく。
 彼を斃せば大きな手柄だと言わんばかりに荒くれどもが殺到するものの、緋に刃を届かせることが出来たものはいなかった。銃弾すら気配を察して躱してしまうのだ、接近戦など、下っ端の手におえるものではない。
「まったくもってつまらんぞ! 誰ぞ、俺を斃せる者はおらんのか!」
 虎の獰猛さで緋が吼える。
 ごくりと喉を鳴らし、下っ端が武器を握り直すのが見えた。
 もとは非常用階段だったと思しき数か所に、重機関銃やアンチマテリアルライフルなどの物騒な武器が設置されている。仲間たちは、雨あられと降る銃弾などものともせずに戦っているが、危険は排除するに越したことはない。
 劈は冷静極まりない目で状況を把握し、
「ふふ……では、参りましょうか……」
 指揮者のごとくに両手を広げた。
 小柄な彼女を与しやすしと見たか、一斉に飛びかかってくる連中を、
「あら……ごめんあそばせ。わたくし、あなたがたの期待に沿って差し上げられるほど弱くはございませんのよ……?」
 劈は両の腕を瞬時に鋭利な刃へと変え、一刀のもとに斬り伏せてしまった。
 濃い血臭が辺りに立ち込める。
「ああ、そうですわ」
 面白いことを思いついた、と言わんばかりに劈は笑う。
「傷つけることがお好きなのでしたら……同じ趣味嗜好を持つ者同士でお楽しみになればいかが……?」
 周辺に群がる者たちに幻覚魔法を施すと、辺りに驚愕が走った。彼らには、本来味方であるはずの相手が、おそろしい化け物に見えているのだ。
「うわああああ、く、来るなあああああ!」
 恐慌を来したひとりが銃を乱射、周囲を巻き込んで大きな被害を出す。
「ふふふ……報いとは、こういうことをいうのですわ……あなたがたには、同士討ちのようなみっともなさが似合っておりましてよ……?」
 炎に照らされながら不気味な含み笑いを漏らす彼女を、単純極まりない思考回路を持つ下っ端たちですら、魔女のごとき振る舞いだとして震えあがっていた。
 と、そこへ、
「はっはァ、久しぶりに手ごたえのあるのが来たな!」
 身の丈二メートルにもなろうかという禿頭の巨漢、そのくせ鈍重さは微塵も感じさせない男が、古ぼけた壁をぶち破って現れる。
 それを追って、
「スキャン実行、人物……『ボス』、円 辣儘(イェン・ラージン)。この集団の中心と断定シマス。組織壊滅のため、速やかに排除シマス」
 ライフルへと換装したアヴァロンもまた姿を見せた。
「出来るもんならな。おいてめぇら、やれ!」
 ラージンが吼えると、ばらばらだった賊の動きに一定のまとまりが生まれた。
 それだけの統率力と求心力を持つということだろう。――たとえそれが、暴力や恐怖によるものだとしても。
 真打登場とばかりに十数名の術師たちが現れ、同時に、蒔也を連れたハルカが転移してくる。
 ラージンの合図で重機関銃が火を噴き、誰かが味方を巻き込むのも承知で手榴弾を投げる。派手な爆発のあと、術師たちが生み出した炎弾や雷槍、氷矢が戦場を入り乱れる。
 容易く討ち取られるロストナンバーではないが、戦場はとたんに混沌とした。
「大混戦ってやつだな!」
 オルグは白炎で仲間たちを回復しながら剣を揮い、手近な位置にいる下っ端たちを次々と沈黙させていった。
 その傍らを、細剣を携えたジュリアンが駆け抜けてゆく。
 下っ端が固まっている真ん中へと突っ込み、剣を一閃、脚や腕など、的確に傷を与える。
「うわっ」
「くそがッ」
「てめこの……ぎゃッ」
 下っ端たちは慌てて得物を振り回すが、その時にはもうジュリアンはかたまりを抜けており、切っ先は仲間を傷つけるのみだ。
「やるじゃねぇか!」
 愉しげな感嘆とともに、腕力でのゴリ押ししか知らぬ下っ端とは明らかに違う雰囲気をまとった男がジュリアンの前に立ちはだかる。オルグも、同じ人種と思しき男と対峙していた。
「いいねぇ、こういうお愉しみがあるからやめられねぇんだよなぁ」
 双方、剣を手に地面を蹴る。
 次の瞬間、金属が甲高く鳴いた。
 数合撃ち合い、ジュリアンが後方へ跳ぶ。
 同じく剣と剣で撃ち合っていたオルグの背と、ジュリアンのそれとがぴたりと合った。
「すごい怪力だな」
 ジュリアンが息を吐く。
「優男にゃ荷が重いかい?」
「……そうでもない」
 呼気と同時に踏み込む。
「、ッ!」
 かすかな気合とともに剣が揮われ、男の大剣と噛み合う。
「そんな細っこい剣でどうしようってんだ?」
 むしろ面白がるような声に、
「こうするんだ」
 ジュリアンは淡々と返す。彼の細剣に、何らかのエネルギーが載るのをオルグは感じた。
 ぐんっ、と細剣が男を押す。
 それはジュリアンの見かけからは想像もつかぬ強さで、男は思わずよろめいたほどだ。そしてもちろん、その隙を逃す彼ではない。軽やかですらある踏み込みで体勢を変え、剣を揮う。光の線が男の首筋を撫でる。言葉もなく彼は倒れ、血しぶきに沈んだ。
 そのころには、オルグも、『煌剣』によって得物ごと斬り倒すという力技で決着をつけていた。
「さあ、次はどいつだ!」
 剣から血を払い、オルグが呼ばわる。
 アキとアヴァロンはラージンと、緋と劈は群がる下っ端と、それぞれ交戦中だ。

 *

 蒔也とてじっとはしていない。
「あいつら、邪魔だな……」
 銃弾の雨を降らせる、重機関銃やアンチマテリアルライフルを見上げ、彼はうっそりと笑った。
「全部、壊していいんだもんな?」
 蒔也が、作戦開始直後からあちこちを触ってまわったのは、当然、爆発させる箇所を増やすためだ。彼が『スイッチ』さえ入れれば、それらはすべて爆発し、破壊される。
 くすくすと笑い、蒔也は両手を掲げる。
 とたん、非常用階段が大音響とともに爆発した。錆の浮いた階段は、人間と重火器を巻き込んで崩れ落ちていく。安全圏と勘違いしていた連中から悲鳴と怒号が上がる。
「次々行くぜ?」
 どこまでも楽しげに、大型の銃火器を次々と爆発させてゆく。
 ――彼にとって戦いは破壊していいというお許しだ。
 言われた通りに壊せば養父に褒めてもらえる。必要としてもらえる。
 それは、とても嬉しくて楽しい、幸せなことだ。
 どおおん、という爆発音とともに建物の一角が吹き飛ぶ。
「ああ……」
 充足の呼気が漏れる。
 しかし、同時に、気づいてもいた。
 養父にとっての自分は、息子などではなく便利な駒のひとつにすぎないと。
 利用価値がなくなれば打ち捨てられる、ただの道具に過ぎないことも。
 それでも蒔也は、彼にすがるほか、生きる道を持たなかった。
「……でも、そうか、そうなんだよな」
 爆発が阿鼻叫喚の地獄絵図をつくりだす。廃工場は、すでに半分ばかり崩れ落ちている。下っ端の中には、腰の引けたものもいる。
 騒乱のさなかにあって、蒔也の意識は内へと向かう。
「『そこ』にいるんだろう、お父さん……」
 彼が求めているのは、大好きだった実父や、先日邂逅を果たしたもうひとりの自分に感じた安らぎやぬくもりだ。それらを、あの爆発の――破壊の中に見出すから、爆炎の中に崩れ落ちてゆく美しい光景に実父を感じるからこそ、蒔也は壊し続けるのだ。
「はは、」
 笑いがこぼれた。
 頭の中で誰かが叫んでいる。
 すべてを壊せ、壊してしまえ、と。
 頭の中で誰かが咽んでいる。
 俺を壊せ、手遅れになる前に壊してくれ、と。
「ははは」
 喜怒哀楽、すべてを孕んだ愉悦――それとも別の感情か――で嗤う。
 頭の中でいくつもの声が入り乱れ、蒔也の感覚は外界から遮断される。
 ――だから、彼は気づかなかった。爆発能力者が蒔也だと気づいた術者が、ひそかに彼を狙っていたことに。
 生み出され引き絞られた幾筋もの光矢が、一斉に蒔也へと解き放たれる。
 しかし、それが彼を貫くことはなかった。
「危ない!」
 寸前で気づいたのだろう、転移したハルカが蒔也を突き飛ばし、同時に念動の壁を展開して彼を護ったからだ。しかし、防ぎきれなかった矢がハルカの腹と腕、脚を貫いてゆく。
「ッ!」
 ハルカが勢い余って吹っ飛び、血を拭きこぼしながら地面を転がる。
 ほんの一瞬、辺りに沈黙が落ちた。



 4.殲滅者、奔る

「ハルカ!」
 アキの声が響く。
 しかし、彼はラージンと睨み合っていて、動けない。
「なんで……」
 蒔也は眼を見開き、倒れたハルカを見下ろしている。
「何で、」
 感情は言葉にならない。思わず膝をついたら、ハルカが目を開けた。
「何で、と、言われても」
 痛むのか、顔をしかめつつ、言葉は明瞭だ。
「蒔也が危ないと思ったら、つい」
「いや、つい、じゃねぇだろ」
「それと」
「え」
「……何でだろうな、蒔也が、泣いているような気がしたから」
 朴訥に微笑み、ハルカが立ち上がる。
 傷口から血があふれ、したたるが、当人には堪えた様子もない。
「よくは判らないけど……大丈夫だから」
 血に濡れた手が、蒔也の頭を撫でていった。
「あ、ごめん、これじゃ汚れる」
 そのやり取りを、術師たちが嘲笑う。
「弱い連中が傷を舐め合う様は見ていて微笑ましいな。微笑ましすぎてひねりつぶしたくなる」
 蒔也はスッと表情を消した。
 その面には、怒りなど欠片も浮かんではいない。
 しかし。
「アキ、緋、風をくれ!」
 求めに応じて、それぞれ、戦いの最中であることなど意にも介さず、アキからは風刃が、緋からは馬を象った風の塊が放たれた。
 しぁん、と鈴が鳴り、風が渦巻く。
 蒔也は両手を掲げ、それをかき混ぜる仕草をした。
「何を遊んでいる!」
 嗤い、術師たちが炎弾をつくりだす。
 風が彼らの頬を撫で、髪を揺らした。
「子どもの遊びはてめぇらだ」
 蒔也が吐き捨てた、その瞬間、風が爆発した。
 耳をつんざく爆音と激しい炎熱、そして衝撃。空気中の微細な塵に力を添わせての爆破である。無論、風をまともに受けていた術師たちはたまったものではない。
「な……!?」
 驚愕の声を上げるより早く、逃げることなど出来るはずもなく、爆発に巻き込まれて吹っ飛ぶ。烈火が彼らを舐めてゆき、端から燃やした。まるで、蒔也の怒りのすべてがそこに込められている、とでもいうように。
「……派手だな」
 ハルカが感心したようにつぶやく。
 自身の傷は、特に何とも思っていない様子だ。
 蒔也は、彼にあっては珍しく、深々と溜息をつき、爆発の力をまとわせたビー玉を投擲して、ハルカへ襲いかかろうとしていた下っ端を吹き飛ばした。
「やれやれ」
 アキは安堵の息を吐くとともにラージンと向き合う。
 巨漢は、大立ち回りを演じながら、未だ疲労の影すら見せない。
 逃げ腰になる下っ端を怒鳴りつけ、荒々しく指示を飛ばしながら、アキとアヴァロンの猛攻を防ぎ、また攻撃に転ずるさまなどは、敵ながら天晴といわざるを得ない。ジュリアンの言う、下っ端が彼に対して抱いている信頼や恐怖の意味も判ろうというものだ。
「援護シマス。任務を遂行してクダサイ」
 アヴァロンがライフルを撃ち込む。驚くべき俊敏さで回避したところへアキが突っ込む。揮われたナイフの切っ先が、ラージンの頬に浅い切込みを入れる。わずかな血が散った。
「……首を狙ったんだけどな」
 アキの声音には感嘆に近い響きがある。
「さても惜しいことだ」
 手練れふたりを相手取りながら、緋もまた言葉をこぼす。
「これだけの腕を持ちながら、心が伴わぬでは」
 ふたり同時に撃ち込まれ、背後へ退いた先でアキと背中合わせになった。
 緋の呼気と、衰えぬエネルギーを感じつつ、アキが頬を緩める。
「……こんな時なんだけどよ」
「ああ」
「何でだろうな……すげぇ、興奮してる」
 緋もまたかすかに笑った。
「――違いない」
 その言葉とともに、ふたり同時に飛び出す。
 戦いは終焉へと向かいつつあった。
 もはや武装組織の崩壊は止めようがない。
 下っ端の中には、敗北を悟って逃げ出そうとする者も現れた。
 はらわたが零れ落ちようと首がもげようと動きを止めることがない、という幻覚を劈に見せられ、恐慌を起こして右往左往する下っ端たちを、オルグが次々と斬り倒してゆく。アヴァロンが、正確無比な射撃で逃亡を図る下っ端を始末する。ジュリアンは風を思わせる速さで駆け抜け、少ない手数で確実に斃していく。蒔也の爆破は絶好調だし、爆破させきれなかった部分は、ダメージなど微塵も感じさせないハルカが『分解』で無に還していく。
「ッ!」
 緋は、裂帛の気合いとともに片方を斬り倒した。
 雄叫びとともに振り被られた剣を真っ向から受け止め、力比べののちバランスを崩させる。
「さァ……終いにしようか!」
 神速の踏み込みとともに偃月刀を振り抜く。
 重々しい手ごたえと低いうめき声、一瞬遅れて、ふたつに断たれた男の身体が地面へと沈む。
 アキもまたそのセンスを存分に発揮していた。
 拳と拳の応酬で押し勝ち、ラージンの体勢を崩させると、彼の懐へ瞬時に飛び込み、襟首を掴みながら太い脚を払った。滑らかに体重を移動させながら、己の倍ほどもありそうな巨体を担ぎ上げ、回転させるように投げ飛ばし、地面へと叩きつける。
 相当な衝撃だったらしく、ラージンの口からがぼっ、と呼気が漏れた。
 彼が立ち上がろうとするよりも、
「これで終わりだ」
 アキが、見事な手さばきで、ナイフを心臓へと叩き込むほうが早かった。
 びくん、と身体を跳ねさせたあと、巨漢は、泡の混じった血を吐き、
「ああ……こういうのも、悪くねえな……」
 にやり、と笑ったきり、ぴくりとも動かなくなった。
 沈黙が落ちる。時おり聞こえるのは、廃材の燃える音ばかりだ。
「終わった……か?」
 息を吐き、オルグが剣を戻した。
「そのようですわね。皆さま、お疲れさまです」
「ハルカ、手当て」
「え? ああ、うん」
「ここはどうなるんだろうな?」
 ジュリアンが、未だあちこちがくすぶる戦場を見つめて言えば、
「『巣』再発を防ぐために、更地にして緑化公園にしてはドウデショウ? 組織の溜め込んだ財は、被害者の救済金に利用することヲ提案シマス」
 アヴァロンが淡々と提案する。否定の声は上がらなかった。
 その後、シュエランに依頼の完遂を連絡し、撤退となる。

 残党の討伐および被害者の救済が済み、辺りが平穏を取り戻したのち、廃工場跡地は丁寧に整えられて、アヴァロンの言葉通り、居心地のよい公園に姿を変えたという。

クリエイターコメントご参加、どうもありがとうございました!
お届けがぎりぎりになりまして大変申し訳ないです。

少数精鋭対武装集団の、待ったなしのガチバトルをお届けいたします。

皆さん、各方面から的確に手立てを講じてくださいましたので、非常にスムースかつ安全にことを進めることが出来ました。
救出された人々は、無事に家族や大切な人の元へと戻り、今は平凡だけれど確かな、幸せな営みを楽しんでいるそうですよ。

今回、たくさんの方が捏造歓迎と書いてくださったので、好き勝手気ままに捏造したり改変したりと楽しませていただきました。その辺りも含めて、お楽しみいただけましたら幸いです。


それでは、どうもありがとうございました!
またのご縁がございましたら、ぜひ。
公開日時2013-08-08(木) 22:10

 

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