「私としてもシャハル王国を調査してくれるのは嬉しいし助かるけど、……やっぱり在利さん一人じゃ危ないと思うんだ。在利さんの探している情報ってさ、王都での研究に関わるかもしれないんでしょ? そういうのって大概内密にされていたりするじゃない?」 福増 在利は先程、世界司書の紫上緋穂から言われた言葉を反芻していた。在利とて、いきなり未知の王都へ突入しようと思ったわけではない。ただ、自分の病気を直せるかもしれない『細胞を活性化させる薬の研究』が実行されていると聞いて、黙っていられなかっただけだ。「だから、もしかしたら情報収集の段階で何か危ないことがあるかも知れないし……一人じゃやっぱり危ないと思う」 ならば、戦闘に長けた方に同行をお願いすればいいのですね、そう言って納得の上で部屋を出てきたのだが、はてさて自分の事情に何処まで他人を巻き込んでいいものか。小さくため息をつく。 司書の言うこともわかるのだ。研究内容というのは確かに研究者にとっては命のように大切なものである。そう簡単にたどり着けるものではないし、情報を守ろうとする者もいるはずだ。それに移動するだけでも危険を伴う可能性もある。 さてどうするか、近くにあった椅子に座り込んで考えていたその時。「在利君? 難しい顔をしてどうしたの?」「え? あ、シャニアさん……!」 在利が顔を上げればそこに立っていたのはシャニア・ライズン。以前交流したことのある知人だ。彼女は在利の隣の椅子に座り、軽い調子で彼の様子をうかがう。「何かあった?」「それが……」 事情を話そうと口を開きかけた在利。ふと、頭によぎったのはシャニアの戦闘手腕。 そうだ、彼女だったら知人でもあるし、戦闘面でも頼りになるではないか。「実は、折り入ってお願いがありまして……」「なあに?」 可愛い在利に上目遣いで願われて、シャニアが断れるはずはない。元々ヴォロスには興味があったし、同行できることが素直に嬉しい。 というわけで、彼女は二つ返事で承諾するのだった。 *-*-* そして二人が降り立ったのは、シャハル王国のとある街。 先日在利が訪れたルルヤニの町からキャラバンの馬車に乗せてもらい1日ほどの距離にある場所だ。ルルヤニよりは大きく、店も多く観光地となっている場所もあるらしい。街道が幾つか交差する中心となっているので、人も情報も行き交う場所だ。 カローヴというその街にはシャハル王国特有の、花を使った花食(かしょく)を扱う料理店や、木材や枝、木の実を使った工芸店が多い。 他には『星喰の丘』と呼ばれる丘があり、そこは夜、花畑に星が降る様が見られるという。チューリップのような、逆釣鐘型とでもいえばいいのか、上を向いた花が降ってくる星を食べているように見えることからそう呼ばれるようになったらしい。星が降るのはこの時期は3日に一度ほどで、翌朝星を食べた花にたまる朝露は美容によく、良い化粧水となるという。他には飲み物に一滴垂らして飲めば、体の内部からも美を助けてくれるという。 朝露は街の者が採取して販売しているが、一区画だけ観光客が自由に採れるように開放しているという。 もう一つ、『白の平原』と呼ばれる場所があり、そこはまるで毛足の長い白い絨毯を広げたようだという。 その平原を構成しているのは綿毛である。タンポポのそれによく似た綿毛はそれ自体が花であるらしい。ふっと吹けば風に乗って飛んでいくが、平原に分け入ったくらいでは飛ばないという。どういう基準で反応しているかはわかっていないらしいが、その性質ゆえに花束やアレンジメントののアクセントに使われたりと重宝されているとか。 観光客がこの平原で、この花『ラヴァン』を吹いて飛ばして楽しんでいる姿がよく見られるという。 情報収集も大事かもしれないが、折角の機会なので名所を訪れるのもいいだろう。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>シャニア・ライズン(cshd3688)福増 在利(ctsw7326)
シャハル王国のカローヴの街を訪れた二人は、まずは街の中で目的の研究についての聞き込みをすることにした。 さすがに人と情報の行き交う街というだけあって、様々な人々が街のあちらこちらでそれぞれの目的を果たそうとしている。活気があるその中へ入っていくのを一瞬躊躇った福増 在利。その瞬間、すっと腕を掴まれた。共にシャハル王国まで出向いてくれたシャニア・ライズンだ。 「在利君、行くわよ?」 「あ……え?」 躊躇ったのを気づかれていたのだろうか。半ば腕を絡めるようにして人混みへと連れ込まれていく。シャニアにとっては深い意味は無いのだろうが、在利の心臓は大きく跳ねる。年上の女の人との二人旅なんて……。 「ほら、どのお店に行くか教えて?」 自分と視線を合わせるようにするシャニアの一挙一投足にドキドキしながら在利は思い返す。 「……といっても手がかりというのが全くないんですよね。んー……地道に聞き込みするしかないのかなぁ」 「お店を回りながら聞き込みかしら?」 「そうですね、それっぽい店をあたって……ああ、あの辺は薬草とか扱っていそうですね」 急いであたりを見渡して当たりをつけた店は、ドライフラワーなどを吊り下げていて「いかにも」という雰囲気である。人混みをかき分けて近づいてみれば、粉末類を入れた瓶や薬包を店頭に並べていることから、やはりそれらしい店だと知れた。 「いらっしゃい」 人のよさそうなおばさんが声をかけてくれる。よくよく値札を見てみれば、どうやらスパイスなどを中心としている店だったらしい。だが医食同源という言葉もある通り、スパイスと薬は通じるところがあるはずだ。シャニアと目を合わせて頷きあって、在利はヴォロスの薬草で作った薬を取り出しながら、情報収集を目的の交渉に入る。 「すいません、旅しながら薬屋を営んでいるんですけど、何か珍しい薬草とか、新しい薬を開発しているとか売っているとか、そういう話は耳にします?」 「あら薬屋さん? ごめんなさいねぇ、うちはスパイス中心なのよ」 「いえ、大丈夫です。何か情報があれば教えていただきたいと思って声を掛けたので……」 「そうねぇ……」 考えこむようにしたおばさんを二人はじっと期待の瞳で見つめて。 「この国の王都には行ったことがあるかしら? 王都の近くに行くと時々聞こえてくる噂があるの」 「噂……」 在利は頭の中を探る、そうだ、元々在利が持病を治す薬があるかもしれないと、シャハル王国への調査を望んだのは噂を聞いたからだった。呟いた彼の後ろで、シャニアはメモをとるべくノートを広げた。気分は在利の助手だ。 「こういう土地だからこの国では植物学者や薬師が多いんだけどね、数年前から優秀な薬師が秘密裏に集められたり、国が孤児を引き取ったり身寄りのない人を保護するといって王都近隣の街や村に連れて行っているっていう噂がチラホラあってね。まあ噂が噂を呼んで、新しい薬の被験体にしているんじゃないかーとかいう噂が出てきているのよ」 冗談にしても笑えない噂よねーとおばさんは一笑に付す。彼女自身はこの噂を信じていないようだ。もしくは土地柄、今までもよくあったことなのかもしれない。在利とシャニアはなんとなく物騒な噂に顔を見合わせた。 「植物学者の人が集められるとか、珍しい薬草を増産したりとか、新しい薬草の交配をしているとかそういう噂は……」 遠慮がちに問うた在利に、おばさんは「やーねー」と笑顔を向ける。 「そんなのしょっちゅうよ。国を上げて薬草と薬効を調べるのは、昔から国が支援して行なっているんだもの」 おばさんに丁寧に礼を言って二人はその店を後にした。「身体の中から綺麗になれるスパイスよ。お嬢ちゃん二人にあげるわね」と少しのスパイスを頂いてしまったが、うん、やはり知らない人には在利は女の子に見えるらしい。この格好ではしかたがないことだとはわかっているけれど、隣を歩くシャニアは魅力的な年上の女性で。ふたりきりで歩くだけで、なんだかその、鼓動が早くなる気がする。 「あ、在利君! 見て、あの絵皿素敵! 描かれている花は何かしら?」 「ど、どれですか?」 突然視線の先のシャニアが声を上げたものだから、びっくりして心拍数が上がりつつも平静を装おうとする在利。陶器を売っている屋台に駆け寄る彼女を追う。 シャニアは白い絵皿を手にとって、じっと眺める。他にもカップやスープボウルなどもあるけれど、やっぱりこの絵皿がいい。ひと目で気に入ってしまった。 真ん中に雪の結晶に形の似た蒼い花が数輪描かれていて、交差する茎の部分には精緻な模様の入ったリボンが結ばれている。リボンに入っているのと同じ文様が絵皿の縁付近にもぐるり描かれていて、シンプルではあるが可愛らしい。実用性はもちろんあるのだが部屋に飾っておきたい気もする。 「この花可愛いですね。でも見たことないなぁ」 「あたしも」 「お嬢さん達、旅人かい? その様子だと王都には行ったことねぇのかな?」 飾られた食器類の後ろからひょいと顔を出したのは、壮年男性だった。恐らく店主なのだろう。 「はい」 「あたしはこの国自体も初めてだわ」 「っつても俺も王都には行ったことねーんだがな」 ガハハ、と豪快に笑った店主はシャニアの持つ絵皿を指して。 「その花は王都の『蒼の庭園』に咲いてる花らしいぜ。その皿の絵付けをした奴が実際にその庭園を見学しに行ったらしい」 「なんという花なのか分かりますか?」 在利の問いに、店主はうーんと考えるようにして。 「名前は忘れちまったが、茶にして飲むと身体に良いとかいってたなぁ。それは新作だぜ。後2枚しか残ってねぇ」 その絵師は人気なのだろうか。新作だからか花が美しいからかわからないが、確かにその花の絵のついた食器はシャニアの持つ絵皿と同じものが後一枚しかないようだった。 「おじさん、じゃあ二枚とも頂戴? 別々に包んでくれると助かるわ」 「おう、毎度ありっ」 「シャニアさん、よほど気に入ったんですね」 二枚も買うなんて、と微笑んで告げた在利の前に、おじさんが包んでくれた一枚が差し出される。 「え?」 思わず手を出して受け止めようとした在利の口から驚きの声が漏れる。シャニアはいたずらっぽく、軽くウィンクをして。 「ここに来た記念に在利君にプレゼントよ。あたしとお揃い♪」 包み上がった自分の分を両手で胸の前に掲げて、シャニアは笑う。 (シャニアさん……) その笑顔があまりに眩しくて、在利は自分の胸のあたりをきゅっと掴んだ。 ドキドキドキと音を当てて、心臓は動いている。 「あ、ありがとうございます……」 嬉しさがじんわりと、鼓動の早い心臓から身体中に広がっていくようだった。 その後、一休みと称して二人は食べ物の屋台が多い地域へと来ていた。 「ん♪ おいしいわ♪」 蜜漬けにした花びらの入ったクリームたっぷりのクレープを頬張る二人。花の香りが口いっぱいに広がって、まるで花を食べているようだ。 「おいしいですね」 在利が笑顔でシャニアを見る。と、シャニアの瞳に写ったのは可愛い在利の、更に可愛い姿。クレープのクリームが口元に付いている。 「在利君、クリーム」 「え……」 そっと、シャニアの指が在利の口元に伸びる。しなやかな指先で口の端を撫でられて、彼がぴくっと身体を強張らせるのがわかった。けれどもシャニアは手を止めない。そっとクリームを指ですくい取って。 「あ、ありがとうございます……えぇと、ハンカチが確か……」 「ううん、いらないわ」 ハンカチを探して荷物を漁る在利に、シャニアはいたずらっぽく微笑んだ。そしてクリームのついた指をおもむろに自分の口元へ持って行き、それを舐めとる。 「あ……」 彼が照れるのがわかった。照れたその表情もまた可愛くて。 「美味しかった♪」 シャニアは更にいたずらっぽく笑ったのだった。 *-*-* その後、屋台で工芸品や木工細工を眺めた二人は、茎を揚げて醤油とザラメをつけたスナック風の菓子などを食べながら白の平原へ向かった。 そこにあるのは一面の白。気を抜くと飲み込まれてしまいそうな白が風に揺らぐと、その下の緑が垣間見える。 「見た目は本当にタンポポの綿毛みたいね」 そっと手を伸ばすシャニア。無造作に触れては、飛ばしてしまう気がして。 「種じゃなくて花なんですよね。花粉を飛ばす代わりに花自体が飛ぶ、みたいな感じなんですかね?」 「不思議よね。すぐに飛んでしまいそうなのに飛ばないなんて」 ならばどうやって種を残すのだろう。もしかしたら植物学者の様な人ならば詳しいかもしれないが、今はそんな無粋なことを追求するよりもふたりきりでこの素敵な平原にいることを楽しもうと思うのは二人共同じで。 「司書さんに摘んで持って帰っても良いか聞いてくればよかったですね」 以前在利が立ち寄った祭りでは、オシェルという花を許可を得て持ち帰った者がいるらしい。だがさすがに無断で持ち帰って掟に反することになるのもいただけない。 「0世界には持って帰れないし、摘めてもお土産に出来ないのが残念ですね……。せめて写真撮っていきましょうか。シャニアさん、お願いします」 残念そうに花を見つめながら告げる在利をすかさずパシャリとシャニア。 「もう撮っちゃったわ♪ 今度は一緒に撮りましょう♪」 タイマーを仕掛けたシャニアが、カメラの先に向かってくる在利に向かってかけて来る。そのイキイキとした姿がなんだか眩しくて。 「間に合ったわ! ほら、在利君、笑顔笑顔♪」 肩を抱かれるようにしてカメラに顔を向けさせられる。他意なく密着した身体と身体。シャニアの身体からはなんだかいい匂いがする。足元のラヴァンの花とはまた違ったいい匂い。 正直在利は密着する身体といい匂いが気になってしまって心臓が言うことをきかない。笑顔を浮かべるのも難しくて。 カシャッ。 出来上がった写真は照れて戸惑っている表情になってしまっただろうけれど。 「うふふ♪ 今の表情、凄くよかったわよ♪」 シャニアがそういうのだから、きっと彼女的には気に入ってくれたのだろうと在利は胸を撫で下ろす。 「次は風景と在利君ね」 「あ、はい。僕も入ってていいのですか?」 純粋に花だけを撮るならば邪魔だろうと移動しかけた在利をシャニアは手で制して。 「いいからそのままそのまま。風景と在利君が一緒の写真を撮るわねー♪」 「は、はい」 若干緊張して居住まいを整えた在利。シャニアがシャッターをきろうとしたその時。 ぶわっ! いたずらな風が強く、二人を吹きつけた。ラヴァンの花は「今だ!」と思ったのか、一部の花びらを風に乗せて飛ばしていく。 だが飛ぼうとしたのは花びらだけではない。 「わ、わぁっ!?」 カシャッ。 焦る在利の声。シャッターを押そうとしていたシャニアの指はそのまま降りて、瞬間を記録する。 ふわり、在利のスカートが大きくめくれてパンツが見えてしまった瞬間を……。 「あわ、わわわっ……!」 在利はいたずらな風によって舞い上がるスカートの裾を抑えるのに必死だ。若干涙目である。だってパンツが……パンツが……。
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