オープニング

 ラグさんに、嘘はつけない。
 でも自分達をロストナンバーと正体を明かすのは……信じてもらえるかどうか以前に、ヴォロスに、話を聞いたラグさんに影響は……。……アルヴァク地方だと、別の世界からの移住者がいて、ロストナンバーの人達が大暴れしたっていう報告書があったね。
 となると、今更人一人に話したところで世界に与える影響はないに等しい、のかな?
 問題はラグさん自身なんだけど……。あの目をした人に、半端な嘘はつけないし。
 知り合いに、暗示をかけたりする人もいないし。いたら本当に僕が妹がいるって思い込ませてもらえばいいんだけど……。
 ……本当のこと、話すしかないかなぁ。


 深くため息を付いて福増 在利は隣に座っているシャニア・ライズンを見た。
 ターミナルのベンチに並んで腰を掛けたふたり。ここ数日悩んで悩んで悩んだことに結論を出そうとしていた。
「在利君……」
 シャニアはそっと隣の在利を見て、その名を呼んだ。


 細胞を活性化させる薬の研究の噂を追って王都まで来たふたり。偶然、以前保護に向かったロストナンバーの少女を助けてくれていた男性、ラグに偶然声を掛けられ、街を案内してもらっている時に、ふたりは薬の研究に関する情報を得るチャンスを得た。
 なんと、ラグは『細胞を活性化させる薬』の研究に携わる者の一人、それも研究に加える者を推挙できる立場にあるというのだ。
 当然、研究所に連れて行って欲しいと思った在利。そのやり取りをはらはらと見つめるシャニア。しかしラグはふたりが隠し事をしていると看破し、それが明かされなければ信用しきれないというのだ。


「シャニアさん、巻き込んでしまってごめんなさい」
「そんな! 巻き込まれただなんて思ってないわ!」
 弱々しく、けれども決意を秘めた瞳でシャニアを見つめる在利。シャニアは身体ごと在利の方へと向いて、決意を固める。
「弟を心配させてしまいそうなことは気がかりだけれど……今は在利君の力になりたいの。自分に出来る限りのことはしたいの。……ううん、させて?」
「シャニアさん……」
 ふたりは視線をあわせて頷き合い、そして立ち上がる。もう一度ヴォロスへ、ニルギ婆の店へと向かうのだ。もう一度、ラグに会うのだ。


 *-*-*


 ヴォロスに到着してしまってから、在利はこれから自分達がラグへなにをしようとしているか。そしてそうなるに至った経緯をトラベラーズノートに書いてメールとして送った。半分事後報告になるが、直接報告すると止められるに決まっている、そう思ったのだ。けれども在利には、止められる訳にはいかない理由がある。


「信じるかどうかはラグさん次第ですけど、これから話す事は真実です。……この世界の、誰にも話さないことを、約束してくれますか。もしかしたら、それがきっかけでこの世界が危機になるかもしれません」
 馬車に乗って現れたラグは、この間よりも貴族じみた格好をしていた。しかし着替える暇も惜しむほどに急いできてくれたのだとわかり、ふたりともこの人物の誠実さを感じた。
「わかった。約束しよう」
 店の奥に案内してくれたニルギ婆は、気を使ってかいつの間にかいなくなっていた。ランプの明かりの中で、三人。
「まずはどこから……」
「在利君、落ち着いて」
 隣りに座った在利が緊張しているのがわかる。シャニアはテーブルの下で、元気付けるようにそっと彼の手を握った。在利はシャニアの顔を見て、頷く。彼女はどこまでも在利に力を与えてくれる。
「僕たちはこことは異なる世界から来ました。故郷の世界から放逐されたんです。『ロストナンバー』……そう呼ばれています」
 ゆっくりと噛み締めるように語る在利の言葉を、ラグは組んだ手をテーブルにおいたまま、静かに聞いている。
 あの時ルルヤニで助けた少女、菖蒲もロストナンバーであること。言葉が通じなかった理由。在利もシャニアも別の世界で生まれ、その世界から放逐されたこと。そうした者達が集まる世界があること。
「隠し事をしていて、嘘をついてごめんなさい」
 細胞が死滅していく病にかかったのは妹ではなく自分であるということ。病の患者が自由に元気に動き回っているなんて信じてもらえないと思ったから、妹の話としたこと。病の進行は、ロストナンバーとなった時に止まっていること。そして――この病をどうしても治したいと思っていること。
「あたしは在利君を支えたいの。あたしは薬師じゃないけれど、どんな手伝いでもするわ。だからお願い。協力させて欲しいの」
 シャニアは言い募る。最初は軽い気持ちで護衛を引き受けて、デートをした。けれども在利の側にいるうちに、護衛兼助手として手伝っていくうちに、彼のために何かしたい、手伝ってあげたいと強くおもったこと。
「……」
 すべてを話し終えて深く息をつくふたり。目を閉じたラグは、黙して何かを考えるようにしていた。その沈黙がとても長く感じられて、ふたりは互いの手をきゅっと握りしめた。
「にわかには信じがたい話ではあるが……俺を謀るためにそこまで荒唐無稽な話を創りだすとも思えない。それに、お前達の気持ち、真っ直ぐ感じた。病を治したいと思う気持ち、誰かの為に何かしたいという気持ち、俺と同じものだった」
 瞳を開けたラグは、在利とシャニアと同じまっすぐな瞳でふたりを見つめた。
「お前達を信じよう」
「「!?」」
「薬の研究に協力してくれ」
「ありがとうございます!」
「ありがとうっ!」
 笑顔を浮かべたラグの言葉に、ふたりは自分たちの気持ちが、誠意が伝わったのだと感じた。



 *-*-*


 王城へと向かう馬車に乗せられたふたりは、ラグと向い合って座っていた。窓枠に肘をついたラグは、不思議そうにふたりを見る。
「しかし……なぜふたりは出会ったばかりの俺を信じたんだ? もしかしたら薬師を誘拐する悪いやつだったかもしれないぞ?」
「それは……」


 整備された道を、馬車は王城の通用門へと向かっていく。研究所はもうすぐのようだった。



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!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。


<参加予定者>
福増 在利(ctsw7326)
シャニア・ライズン(cshd3688)

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品目企画シナリオ 管理番号2770
クリエイター天音みゆ(weys1093)
クリエイターコメントこの度はオファーありがとうございます。
再び、シャハル王国王都・ネスへご案内いたします。
このシナリオは「希望の花の都へ」の続編となっています。

ラグを信用させることが出来たお二人は、王城の敷地内にある地下研究所へと向かいます。
今回予定しているのは、その道中と研究所にての2シーンです。

まず、「なぜ初対面に近いラグを信用したのか」をお聞かせください。
その他、質問があればどうぞ。
そして、研究所に着いたら何をしたいのか、何ができるのかをお聞かせください。

今回も結構自由度が高い部分がありますので、やってみたいこと、聞いてみたいことなどあれば、悔いの残らないようにおかきください。
ちなみに、まだ薬は完成していません。
前回ラグが言っていた通り、「死滅した細胞に効くかはわからない」状況です。
「弱った細胞を活性化させる」ことは、実験段階です。

それでは、いってらっしゃいませ!

参加者
福増 在利(ctsw7326)ツーリスト 男 15歳 蛇竜人の薬師
シャニア・ライズン(cshd3688)ツーリスト 女 21歳 トレジャーハンター

ノベル

 カタカタカタカタ……整備された道路を行く馬車の轍の音が聞こえる。多少の振動と引き換えに、馬車は進んでいく。
 福増 在利とシャニア・ライズンは馬車の中で、ラグと向い合って座っていた。
 足を組んで窓枠に肘をついたラグは、不思議そうに二人を見て答えを持っている。

「目を見たときの直感……って言ったら、信じますか」

 先に口を開いたのは在利だった。窺うようにラグを見やれば「直感、か」と彼は繰り返した。在利としては三割くらいそれなのは事実である。
「あとはニルギお婆さんとのやり取りも見てですかね。僕は、ラグさんほど人を見る目があるわけじゃないですけど、でも、自分の勘を信じたというか、信じたかったというか」
「なるほど。自分の勘を信じられるのは素晴らしいことだと思う。いざというときに自分の意志で判断できるというのは重要なことだ」
 ラグがあまりに感心したように褒めるものだから、くすぐったくなった在利。あわてて「それと」と付け加える。
「信じるかどうかではなくて、何も手がかりのない状態で何か、その地の人に声をかけられたら、とりあえずは乗るしかないかなって……藁にも縋る思い、ですけれど」
「なるほど、確かにそうかもしれないな」
「もちろん誘拐とかの危険もありますけど……シャニアさんが傍にいるし、大丈夫かなって」
 隣にいるシャニアをチラッと見れば、突然話を向けられた彼女は驚いたような表情で自分を指して。その後、朗らかに笑った。
 シャニアが在利のことを気にかけながら、そして周囲に目を配りながらいることにラグも気がついていたのだろう、頷いて「信頼関係が出来上がっているのだな」と羨ましそうに、もしくは少々揶揄するように呟いた。
「シャニアにも聞いていいか?」
 問われ、シャニアは小さく首を傾げる。そして、ラグと初めて会った時のことを思い出すようにしながら言葉を紡ぐ。
「確かに、いきなり声をかけられたものだから最初は少し驚いたわね。けど、何故か悪い人には見えないような気がして……」
「やはり在利と同じく直感か」
「あと、お店で在利君を険しい顔で見ているのを見て、何か深い事情があるのかしら……と思ったの」
「結局のところ、ふたりとも勘によるところが大きかったんです。ちゃんとした理由じゃなくてすいません」
 シャニアの言葉に添えて、在利は申し訳なさそうに謝罪の言葉を紡いだ。車輪が石を踏んだのか、馬車がガタン、揺れた。
「いや、こちらそ変な質問をしてすまない。あまりにも話がうまく行きすぎていると疑われはしなかったのかと気になってな。ロストナンバー、だったか、なにか不思議な力で俺を看破しているのかとも少しだけ疑った」
 すまん、その言葉に在利もシャニアも首を振って。むしろラグにとっては荒唐無稽な話をしておいて全く疑われないほうが心配である。
「直感で……というなら下手な言い訳や分析よりもずっといい。親近感が湧いた」
 ハハハと笑ったラグに釣られて、在利もシャニアも笑顔になり、馬車の中は和やかな雰囲気となった。


 *-*-*


 他愛もない話をしている間に馬車は王城に到着し、三人は馬車を降りた。格式張った衣装のラグがバサッとマントを翻らせる姿を見て、兵士たちが敬礼をする。
(わぁ……ラグさん、本当に偉い人なんだなぁ)
 さまになったラグの態度を見て、在利とシャニアは顔を見合わせる。ラグは人を使うのに慣れている立場のように思えた。秘密裏に行われている研究に薬師を推挙できる立場だというのだから、当然であると思えば納得がいく。
「ふたりとも、こっちだ」
 そこは庭を挟んで王宮の建物からは離れのようになっており、平らな屋根の石造りの建物が幾つか並んでいる。
「ここは研究所帯でな、植物の薬効や生態を研究したりしている。薬といっても特殊な効果を持つものではない薬に限るがな」
「研究所に出入りする人達は、皆赤い腕章をつけているのね」
「よく気づいたな」
 じっと観察していたシャニアが呟く。確かに建物に出入りしている人や研究員と思しき人は赤い腕章をつけていた。
「腕章をつけることである程度場内を歩く自由を認めている。後で二人にも渡そう」
 ラグが二人を連れて行ったのは他の研究所の建物と同じ平らな屋根の建物。いくつも同じものがあるので、うっかり間違えてしまいそうだ。ラグがそのドアノブに手を伸ばし、扉を開ける。ギギ……と小さな軋みは雑音に飲まれ、扉の向こうからは薬湯特有の香りがした。
「ラグ様!」
「本日はお早いんですね」
「ああ、少し時間ができたからな」
 扉の開く気配に顔を上げた研究員達はラグの姿を認めると、かしこまりつつもどこか嬉しそうだ。そして研究員達の視線は、ラグとともに入室してきた在利とシャニアに向かう。ふたりはなんとなく会釈をし、研究員達もなんとなくそれ返した。
「俺の客だ。新しい薬師とその助手。腕章は確かまだあっただろう? 二つほど用意してくれないか」
 腕章をつけた研究者に新しい腕章を渡され、ふたりはそれを受け取った。腕章は上質な布で作られているようで、手触りがよく、銀糸で花の刺繍が施されていた。
「在利君、つけてあげる♪」
 ごく自然に伸びてくるシャニアの手にどきりとしつつ、在利はされるがままだ。そんなふたりの様子を、腕章をつけ終わるまでラグは黙って見守っていてくれた。
「それじゃあ、暫くあっちにいるよ」
「はい」
「ふたりとも、行こう」
 ラグは研究員に断りを入れてから建物の奥へと歩む。本棚や実験器具の入った棚の前を歩いて行くと、奥にはいくつか扉があった。そのうちの一つは書斎のようになっていた。
 部屋に入った三人。ラグは椅子に座ろうとはせずにおもむろに本棚へと向かった。そしてそれを動かすと――。
「隠し階段ね!」
 出てきた光景にシャニアが嬉しそうに声を上げた。隠し階段なんてワクワクする要因の一つではないか。
「例の薬は地下で研究されているんですね?」
「ああ。さて、行こうか」
 ランプに火を入れたラグは階段に足をかけて地下へと促す。よりいっそう濃い空気がふたりを包み込もうとしている。
 だが恐ろしいとは感じなかった。否、恐ろしさよりも期待と好奇心が勝って。
 ふたりはラグについて、ランプの揺れる灯りを追って階段を降りた。


 *-*-*


 地下道を通って行くと、薬草独特の匂いが濃くなっていった。匂いが濃くなると換気のために上部に鉄柵を設けた壁が見えるようになってきて、その壁の向こうで研究が行われているのだと見当がついた。そして入り口と思われる木戸の前には、ふたりほど兵士が立っていて。
「ラグラトリアス様! ご苦労さまです!」
 ラグの姿を見ると、一斉に敬礼してみせた。
 挨拶を済ませて扉の内側に入ると――そこでは薬師や研究者達が新薬の研究に従事していた。その中の一人がゆっくりと、だが確実に三人へと近づいてきていた。聞けば、室内では走るのが禁止なのだという。事故防止や埃を立てないためでもあるのだろう。
「ラグラトリアス様!」
「薬室長、こちらが先日話していたふたりだ。在利とシャニア。ふたりとも、こちらが薬室長のサウルだ」
「サウルです。よろしくおねがいしますね」
 サウルと呼ばれた中年の男はゆるりとふたりに視線を移し、微笑んだ。物腰柔らかそうな態度に安心し、ふたりは挨拶を交わす。ラグの推薦ということで簡単に話が通ってしまうようで、ラグに対する謎は深まったが。
「まずは現在行われている研究について、書類上でもいいので目を通したいです」
「分かりました、こちらへどうぞ」
 サウルが案内してくれたのは部屋の中でも実験を行うスペースとは離れた所で、例えるならミーティングルームのような場所であった。実験スペースとを隔てる半分の壁。残りの半分は麻の布が目隠し用に天井から吊られていた。木製の長机が2本並べられており、椅子が何脚か置かれている。そこに腰を掛けて待っていると、少ししてサウルがたくさんの書類と花瓶に生けられた花を持ってきた。
「こちらが、これまで行われた実験結果のまとめです。そしてこちらが――レントウカという花です」
「この花の持つ成分が、細胞を活性化させる効果があるとわかっている」
 向かいに座って足を組んだラグが、花を指す。
「綺麗な花ね」
 シャニアはじっとレントウカを見た。色は半透明の銀色。ひらひらとしたフリルのような花びらをしていて、花芯は蒼い。ユリの花に形状は似ているが、茎はもっとずっと細かった。こんな細い茎で、大きな頭を支えられるのかと心配してしまうくらいに。
「綺麗で、強い花ですよ。この花の茎や花弁に含まれる成分が、弱った細胞を活性化させるようだということはわかっているのですが、その成分の抽出が難しいのです」
 在利が実験記録に目を向けると、石臼で引いたり細かく刻んだりして成分を抽出しようとしたが、上手くいかなかったようなことが書かれている。他にも花と茎を煮たり、刻んだものを水にさらしてその水のほうに溶け出した成分を使用しようとしたらしいのだが。
「水に溶けたものは薄くなりすぎて、効果も薄まってしまいました。ならば熱して水を蒸発させたあとに残ったものを、と思いましたがどうやら熱するとその成分は消えてしまうようで、それもダメでした」
「なるほど、成分の抽出自体がうまくいっていないのですね」
「ええ。昔から傷薬のように使用されていた花なのです。こう、揉んで汁を患部に擦り付ける感じで……」
 書類を手した在利は、サウルの話と書類の内容に夢中になっていた。シャニアはすぐに夢中になってしまった在利をなんだか微笑ましく思いながら、部屋の中を観察する。
「ねえラグさん、この地下研究所の中を歩きまわってもいい? 助手として、どこでどんなことをしているのか把握しておきたいの」
「ああ、構わない」
 シャニアはノートを手に、少しでも在利の役に立とうと立ち上がった。夢中になっている在利を振り返って、微笑む。少しでも力になりたいから、頑張ろうと決意しながら。


 一方在利は、紙をもらってすごい勢いで何かを書きだした。成分の抽出方法を思いつく限り書きだして、サウルに尋ねる。
 実際に行われたのかどうか、この国の技術で可能かどうか、それを尋ねる。するとサウルは渋い顔をした。
「撹拌機にかけるあたりは試しましたが、こっちは試していません。やはり熱を加えると消えてしまうというのがネックで……」
「じゃあ、こっちの方法は試していないんですね?」
「そうですね、今のうちの技術ではどうしたらいいのか想像もつきません」
「なら……」
 在利は思った。不可能ゆえに行われていないのなら、自分の力を使う時だと。
「やります、僕が、試してみます」
「え……」
「僕の錬金術でなら、できます」
 在利の錬金術は様々な化学反応を道具いらずに起こせる、いわば魔法だ。それを使えばきっと、不可能だとされている抽出法が行えるはずだ。
「少し時間はかかりますが、やらせてもらえませんか?」
 真摯な在利の瞳に、サウルは困惑したようにラグを見た。ラグは大きく頷いてみせて。
「どうせ今、手詰まりなんだ。水に溶けた成分じゃ小さな動物の小さな症状にしか効き目が見られない。だったら在利に試してもらったほうがいい」
「しかし……」
「ここで在利にやらせなかったら、何の為に人員を増やしたのか、彼を連れてきたのかわかるまい?」
「どういう結果になるかは分かりませんけど……やらないよりは、やりたいです」
 ラグの言葉は威厳を持ってしてサウルを説得する。在利の真っ直ぐな気持ちを受けて、最後にはサウルもそうですね、と頷いてくれた。
「分かりました。あなたにお願いします。必要な物があったら用意しますので言って下さい。人員も……っと、あなたには助手がいましたね」
「はい、彼女は最高の助手ですから」
 彼女の前で直接言うのは恥ずかしいけれど、今なら……。在利ははっきりと言って微笑んだ。


 *-*-*


 研究所の中にたくさんのレントウカが集められ、在利の詠唱が続いていた。息を呑んで見守るのはラグやサウルを始めとした研究所の面々。そしてシャニア。
 錬金術によって抽出された成分を含む液体は、花と同じ半透明の銀色をしており、沢山の花からわずかに抽出されたその液体は小さなビーカーに集められた。
 だが、在利は保険も兼ねて他に数パターンの抽出方法を試した。全て試し終わる頃には逃れられない疲労感が在利を襲っていた。
「在利君、少し休みましょう?」
「でも、本当に上手く抽出出来たのか確かめないと……」
 無理に立ち上がろうとする在利を支えるシャニア。
 ぽん、在利は頭を叩かれて、ふらり、身体を揺らした。
「検証は他の奴らに任せておけ。責任をもってやるさ。誰もお前の手柄をとったりはしない」
「そ、そんなこと心配しては……」
 微笑むラグ。口にしてからそれがラグの軽口だと在利にもわかった。
「わかりました、休ませてもらいます……仮眠室、借りますね」
「ああ、休んでおけ」
 ふらり、今一度揺れた彼の身体をシャニアはがっしりと支えて。彼女の豊満な胸が腕と背中に当たり、こんな時なのにドキドキしてしまう自分を在利は隠そうと俯いた。
「在利君、本当に大丈夫? 何もかも一度にやろうとしたらダメよ」
「シャニアさん……うん、そうですね、ありがとう」
「眠るまでついていてあげるわ」
 仮眠用の寝台に在利が横になると、シャニアも寝台に腰を掛けて。なんだか少し気恥ずかしいが、身体を襲う疲労感から在利は指一本動かすことはできなかった。けれども視線だけは、彼女の横顔を捉えている。
(僕はここにいる理由と力があるけど、シャニアさんは……やっぱり、申し訳ないけど。一緒に居たい)
「……眠れない?」
 視線を感じたのか、シャニアが在利を見つめてきた。覗きこむように見つめられると、彼女の髪がさらりと垂れ下がってきて、なんだかいつも以上に彼女にドキドキしてしまう。
(ヴァイシャで言いたかったことは、あれよりも、もっとずっと、あって)
 今も、彼女の顔を真っ直ぐ見るだけで精一杯で。
(でも、勇気が足りなくて)
 足りない勇気は中々湧いてこなくて。運悪く、睡魔も襲ってきて。だから。


「……一緒にいたいです」

 
 目を閉じかけながら寝言のように呟いた。


 *-*-*


 在利が眠ってしまったのを確認すると、シャニアは忙しそうな研究員達の中で暇そう(に見えた)ラグへと話しかけた。
「あのね、ここで研究しているのはあの薬だけなの?」
「なにか探している薬があるのか?」
「体内に巡っている成分を中和する薬ってあるかしら……? 例えるなら体に巡ってる血液の量を減らせるとか……もしそういう類の物があれば教えて欲しいと思ったのだけれど……」
「血液の量自体を減らすのは危険だろう。その、中和したい成分というのは?」
 問われ、シャニアは自分の出身世界の住人は体内を構成する栄養素の中に魔法を使うための魔力という成分が存在すると説明していく。自分の弟が年齢と釣り合わないほど多い魔力で苦労しているということも。
「ふむ……それなら恒常的に薬を飲み続けて魔力を中和し続けるか、必要な時――魔力を使うときに薬を摂って抑えるという方法があるが……どちらにしろの『魔力』とやらがわからないとなんとも」
「それなら、私の血を使って! 役に立つと思うわ」
「いいのか?」
「なんとかなるかもしれないなら、力を貸すわ」
 シャニアの熱意に押されて、ラグは頷いた。
「肉親のために何かしようとする気持ち、俺にもよく分かる」
 魔力過多すぎて、一気に使うと貧血のように体調が悪くなるのだろう、かと言って魔力を抑えてしまって不足し過ぎると命にかかわる、だったら安定させる方がいい、そんな議論を交わしながら数時間後には採血まで終わっていた。
「おはようございます~……シャニアさん!?」
 寝ぼけ眼で仮眠を終えて戻ってきた在利は、シャニアの腕に巻かれた包帯を見て一気に目が覚めた。
「いったいどうしたんですか!」
 駆け寄って、思わず彼女の腕を取っていた。自分がここに連れてきたことで怪我をさせてしまったのなら、後悔してもしきれない、そう思ったのだが。
「在利君、落ち着いて。これ、採血の痕なの」
「え……」
 シャニアの説明で自分が勘違いしていたと気がついた在利の顔が熱くなる。ラグは笑いを堪えるようにしているものだから、在利は強引にでも話をそらそうと口を開いた。
「ラグさん、『細胞を活性化させる薬』の用途……。……目指すは不老不死、なんでしょうか」
 在利の言葉に場が張り詰めた。
 しかし次の瞬間、ラグがその懸念を一笑にふしてしまう。
「この薬の研究はある意味俺のわがままみたいなものなんだ。母が、細胞が弱っていく病にかかっていてな……老化とはまた別の種の。だから薬は母のためなんだ。不老不死などに使わせないと俺が約束しよう」
「ラグさんのわがままでこんな大掛かりな研究ができてしまうんですか?」
「ラグさん、あなた、いったい……」
 ふたりが呆然とラグを見つめたその時、研究員達が歓声をあげるのが聞こえた。
「ラグラトリアス王! 動物実験成功しました!」
 それは在利の行った抽出が成功したとともに、衝撃の事実が明らかになった瞬間だった。


 【了】

クリエイターコメントこのたびはオファーありがとうございました。
おまたせしてしまい、申し訳ありませんでした。

色々詰め込もうとしたら文字数がいっぱいいっぱいになってしまって、省略した部分もありますが、上手く伝われば幸いです。
在利様の錬金術のおかげで成分の抽出には成功、そして動物実験が成功した模様です。
ただ「死滅してしまった細胞をもとに戻す」ことができるかは、試してみるしかない状況です。

また、シャニア様の求めていらっしゃる薬の効果は本文中のような形――血中の魔力の量を安定させる形と解釈しても良いでしょうか。
こちらはシャニア様の血液を元に、この国に効果をもたらす薬があるのかを探す形になります。
どちらも、お二方が求める効果を得るには、お二方が被験体となる必要が出てくるやもしれません。

重ねてになりますが、このたびはオファーありがとうございました。
公開日時2013-08-09(金) 22:50

 

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