オープニング

 真っ暗な部屋の中に、それは突然現れたように見えた。
 激しく窓を叩く雨風が、どうどうと唸る。
「どこにいるの……? わたしのお人形……」
 男は驚き、弾かれたようにそちらを見た。
 暗がりで良く見えないが、髪の長い女のようだった。ぼさぼさの髪が、ゆらゆらと揺れる。
 どこから入ってきたのだろうか。戸締りはきちんとしてあるはずだった。
「誰だ!? そこで何をしている!?」
 男はベッドサイドボードから拳銃を取り出し、銃口を女に向ける。その先が微かに震えているのが、自分でも分かる。
「わたしのお人形……」
 暗い声でそう繰り返し、ゆっくりとした足取りで近づいてくる女を見て、男は思わず後ろへと下がった。
「来るなっ! 撃ち殺すぞっ!」
 男のかすれた恫喝にも、女は動きを止めようとしない。
 そして。
 銃声とともに、夜空を射抜くような悲鳴が上がった。

 ◇ ◇ ◇

 世界史書に赴くように言われ、インヤンガイのイーペイ街区に向かう。
 狭く薄暗い路地を通って、古びたビルの二階へと上がり、錆が浮かんでいるドアをノックすると、黒い中折帽を目深に被った男が、咥え煙草のまま出てきた。
 リーと名乗った探偵は、足早に部屋の奥へと向かうと、スチールデスクの上に広げられていた書類を手に取り、早速依頼の説明を始める。
「今までの被害者は四名。そのうち五十八歳の男と、二十五歳の女は死亡。いずれも死因は心臓の停止。外傷はなし」
 淡々とした言葉が、殺風景な部屋の中に響く。
「だが、うち二名はその女と遭遇しても無事だった。九歳の少女と、七十六歳の女。二人とも、怖くて身動きできずにいたところ、いつの間にか居なくなっていたとのことだ」
 彼は煙草の煙をふうと吐き出してから、書類を捲くる。
「現場からは人形が盗まれていた。それは、どれも被害者や、被害者の家族のものだ」
 差し出された写真には、被害者であろう少女と、抱きかかえられている人形が映っていた。これといって特徴はないように見える。ただ、古そうな感じはした。
「被害者の持っていた人形は皆、先日行われたフリーマーケットで買ったとのことだ。もしそこで売られていた人形を目当てに女が現れるならば、まだ被害が拡大する可能性がある」
 リーは椅子にどさりと腰をかけると、視線をこちらへと向けた。
「俺一人の手には余ると思ったのでな。あんたらの活躍、期待させてもらう」

品目シナリオ 管理番号927
クリエイター鴇家楽士(wyvc2268)
クリエイターコメントこんにちは。鴇家楽士です。
今回はインヤンガイでの依頼です。

○死亡した被害者二名の心臓停止の原因は分かっていませんが、事件があった時刻、近隣住民は、悲鳴のような大きな音を聞いたと証言しています。
○プレイングは、PCさんの口調で書いていただけると、雰囲気がつかみやすいので助かります(もちろん、強制ではないので、書きやすいようになさってください)。
○その他、思いついたことを何でも書いていただけると、もしかしたら、ノベルに反映されるかもしれません(されなかったらすみません)。

それでは、皆さんのご参加、お待ちしております。

参加者
夕篠 真千流(casw8398)ツーリスト 女 17歳 人間
カリシア(czzx2224)ツーリスト 男 17歳 実験体
坂上 健(czzp3547)コンダクター 男 18歳 覚醒時:武器ヲタク高校生、現在:警察官
オフィリア・アーレ(cfnn8798)ツーリスト 女 10歳 人形に取り憑いた幽霊

ノベル

「さて、と。……まずはどうするかな」
 坂上 健がそう言って腕を組む。オウルフォームのポッポは、事務所の窓から外を眺めていた。もし何か発見することがあれば、それは健にも伝わってくる。
「……捜さなければいけないことは、二つだと思う。フリーマーケットで売られていた人形が今現在どこにあるかと、人形の元の持ち主について」
 夕篠 真千流が、おずおずといったように言葉を発する。彼女は少し不安げに、手元の刀袋を抱き寄せた。
「フリマで人形売ってたヤツのことは掴めないのか?」
「ああ、人形を売ったヤツのことはわからなかった。被害者によると、割と若い男だったそうだ」
 健に聞かれ、リーはそう答えてからコーヒーを啜った。他の者に出す気はないらしい。
「生き残り、一人老人、一人少女。気になる、気になる」
「ああ、そういえばそっちも気になるな。どうしてだろう?」
 体を揺らしながら言うカリシアに、健は頷く。
「悲鳴で攻撃? マンドラゴラみたい、みたい」
「引っこ抜くと死ぬってヤツだな。だから犬に引かせるとかいう」
「わたしはバンシーという妖精を想像したわ。……いずれにしても、近所に聞こえた悲鳴は、女性のものだったのではないかと思う」
 どうしてこの依頼を受けたのだろう。
 オフィリア・アーレは、皆の話を聞きながら、ぼんやりとそんなことを思っていた。その理由はよくわかっている気がするのに、掴もうとすると霧のように散ってしまう。
「カリシア、人形、嫌い。そんなの、わざわざ殺して奪う、おかしい、おかしい」
 カリシアが足を交互に踏みながら言う。
 その言葉に、オフィリアはぴくりと体を震わせた。
「人形、コワレたら捨てられる。古い、人形、捨てられた人形、燃やされておしまい、おしまい。だから、だから、みんな燃やしておしまい、おしまい」
「やめて!」
 しん、と場が静まり返る。皆の視線がオフィリアへと向けられた。
 大きな声を出してしまったことに、彼女自身、戸惑いを隠せない。
「……ごめんなさい」
 何故自分がこんな反応をするのか、オフィリアにはわからなかった。
「どうした? 具合でも悪いのか?」
 健の言葉に、オフィリアは小さく首を振る。
「ごめんなさい。本当になんでもないの。ちょっとぼんやりしてしまっただけ。……そうね。二手にわかれるのはどうかしら? 人形を売っていた男を捜すのと、被害者への聞き込み。人形の元の持ち主については、得られた情報を踏まえてからの方が調べやすいかもしれないわ」
「それはそうかもな」
「わたしも、いいと思う」
「カリシア、聞き込みしたい、したい」
 こうして、手分けをして仕事に当たることになったのだが――その横で、リーはいつの間にか椅子にもたれかかり、寝ていた。疲れているのか、やる気がないのかはわからないが、皆、彼を起こさないようにと、そっと事務所を後にする。

 ◇ ◇ ◇

「ここだ、ここだ」
 カリシアが声を上げる。オフィリアも小さく頷いた。
 被害者への聞き込みを担当することになった二人は、まず、老女の家へと向かった。
 小ぢんまりとした家で、小さな庭がある。庭には色々な花が咲いていたが、少し乾き、うなだれているものもあった。
 呼び鈴を鳴らし、家の主が出てくるのを待つ。
「……どなた?」
 しばしの後、ドア越しに声が聞こえた。緊張がこちらに伝わってくる。
「リー探偵事務所から来た者です。お話を伺いたいのですけれど」
 オフィリアがなるべく穏やかな声になるよう努めて答える。少しの間を置き、軋む音を立てながら、ゆっくりとドアが開いた。ドアチェーンがついたままの状態で、その隙間から、眼鏡をかけた顔が覗く。
 尋ねてきた二人を見て、老女の表情が少し緩んだ。相手が子供だったので、少し安心したのかもしれない。チェーンを外すと、二人を中に招き入れる。
 狭い廊下を進んでいくと、リビングへと出る。二人はソファーに座るように促された。
 上品な雰囲気の部屋であったが、何となく雑然としている。
「ちょっとまだあのことを引きずっていて……中々家事をする気になれないの」
 老女が良い香りのする茶をテーブルに置きながら、ぎこちなく笑う。
「このお茶の名前、なに? なに?」
 カリシアは茶を一口飲むと、老女に向かって話しかけた。
「それ? レモンバーベナティーよ」
 彼女は、今度は自然に微笑むと、そう答える。
「へー」
 そう言ってカリシアはまた茶を口にする。
 本当は、茶の名前が聞きたかったわけではない。老女の耳が遠いかどうかを確かめたかったのだ。そのことで女の音波攻撃を防げたのではないかという可能性を考えていた。
 だが、普通よりもやや抑え気味に発した声でも、老女は正確に聞き取った。
 カリシアは、次の可能性を頭の中で探り始める。
「事件があった日のことを聞かせていただけないかしら?」
 オフィリアの問いに、老女は頷き、思い出すようにしながら語り始める。
「夜中、何か物音がした気がして目が覚めて……リビングの方に行って、電気をつけたら、知らない女の人が立っていたの。すごくビックリして、誰? って聞いても答えないし、ずっとお人形が何とかってぶつぶつ言ってるから、わたしは怖くなって、動けずにいたわ。そうしたら、わたしのことなんか見えないみたいに、勝手にうろうろして、フリーマーケットで買った人形を見つけたら、わたしのお人形見つけた、みたいなことを言って、気がついたら、いなくなってた」
 そうして、老女は茶を啜る。思い出すと怖さが戻るのか、また表情が硬くなった。
「わたしのお人形見つけた、って言ったの?」
「ええ……あんまりきちんと覚えていないのだけれど」
「人形を売ってた男、どんなだった? だった?」
 カリシアが聞くと、老女は両手を握り合わせ、考え込む。
「そうね……確か、黒いニット帽を被ってたわ。でも、わたしは見覚えのない人。フリーマーケットの時は、色々な人が来るから……」
 その後、少し話をしたが、それ以上の情報は得られなかった。
 二人は礼を言い、今度は少女の家へと向かう。

 ◇ ◇ ◇

 一方、真千流と健の二人は、フリーマーケットが行われたという公園へと足を運んでいた。
 そこは、公園というよりは、広場と呼んだ方が良さそうな場所だった。遊具などはなく、ただ広い地面と、幾つかのベンチがあるだけだ。
 そのベンチの周囲で、三人の子供がお喋りをしている。
「ちょっとごめん、いいかな?」
 そちらに近づき、健が声をかけると、子供たちが明らかに怯えたような顔をした。
「ごめんね、ちょっと聞きたいことがあるだけだから」
 真千流がそう続けると、お互いに顔を見合わせた後、緊張が解ける。
「ここでフリマって、よくやってる?」
「一月に一回やってるよ」
 健の問いに、ベースボールキャップを被った少年が答える。
 リーから預かってきた、問題の人形の写真を見せてみると、三人とも色めき立った。
「これ、メイメイの持ってたやつじゃん?」
 眼鏡をかけた少年が言う。
「メイメイって?」
 真千流が聞くと、子供たちはまた顔を見合わせる。ベースボールキャップの少年が、友人に確認するかのようにしながら答えた。
「あいつんち、ドロボーが入ったんだよな? それから見てないけど」
「それで変な人がまだいるかもしれないから、あたしたちもここで遊んじゃダメって言われてるの。でも、他に遊ぶとこないんだもん。困っちゃうわ」
 ツインテールの少女が、芝居のように大げさに肩をすくめながら、溜め息をつく。
 健と真千流は顔を見合わせる。健は被害者の少女が写っている写真を出し、子供たちに見せた。
「メイメイって、もしかして、この子?」
「あ! うん、そう」
 メイメイとは、愛称のようだ。少女の家は、どうやらこの近くらしい。
 もしかしたら、カリシアとオフィリアも、この辺りにいるのかもしれない。
「――?」
 健がそう思った時、彼の目――正確には、ポッポのミネルヴァの眼が、見覚えのあるものを捉えた。
 首を巡らせ、目を凝らす。母親らしき女性に手を引かれている少女の持っているもの――間違いない。あの人形だ。
「どうしたの?」
 不思議そうな顔をしている真千流に「あの人形だ」と伝え、健は走り出した。真千流もすぐに意味を理解し、後を追う。
 しばらくして、二人は親子に追いついた。
「あの、すみません!」
 息を切らせながらかけた声に、親子が振り返る。
 明らかに戸惑っていたが、健は構わずに尋ねた。
「それ、どこで買ったんですか?」
 質問の意味が上手く飲み込めなかったのか、少し考えてから、母親は左手の方を指差した。
「え……あっちにあった露天で」
 もしかしたら、この親子が被害に遭うかもしれない。それは阻止しなければならない。
 健がどうしたものかと迷っていると、横から急に声が上がった。
「それ、爆発するぞ、するぞ」
 声の主は、いつの間に近くまで来ていたのか、カリシアだった。
 母親は言葉の意味を理解できずにいたが、健はカリシアの意図を汲み取り、小さく頷く。
「実は、そのタイプの人形の中に、爆弾が仕込まれているという情報が入ったんです」
 母親は、信じられないというような目で、真千流の方を見る。真千流もこくりと頷いた。
「はい。だから、回収を急いでいるんです。お願いし――」
「ひっ……」
 母親は、声にならない声を上げると、娘の手から人形をひったくるようにして取り上げ、真千流の方に向かって投げる。それは彼女の横をすり抜け、その後ろにいたオフィリアにキャッチされた。
「ありがとうございます。……行きましょう」
 真千流は皆に目配せをすると、母親に小さく頭を下げてから、踵を返してその場を離れる。他の者もその後に続いた。
「……変な感じはしない。普通の人形だわ」
 親子が人形を買ったという露天に向かいながら、オフィリアが人形をチェックする。
「じゃあ、人形自体に問題があるわけじゃないってことか」
 健がそう言ってあごに手を当てた。彼は人形に、女が執着するような大事な何かが使われているということを考えていた。
「でも、この人形だけ、そうだという可能性もあると思う。……そういえば、聞き込みの方はどうだった?」
「女の子の方は、すごく怯えてるみたいで、話は聞けなかったんだけど、おばあさんとは話が出来たわ。おばあさんが怖くて動けずにいたら、犯人は、目の前にいるおばあさんに気づかないみたいに人形のところに行って、そのまま持って行ってしまったみたい」
「少女の時も、何も出来なかったら、目の前を通り過ぎたって、母親がいってた、いってた」
 オフィリアとカリシアが、聞き込みで得られた情報を伝える。
「もしかしたら……」
 真千流は少し考えるようにしてから、再び口を開いた。
「生き残った二人は、何もしなかったから、殺されなかったんじゃないかしら? 殺された二人は、攻撃をした。だから女性は悲鳴を上げて、結果的に殺してしまった」
 自分は、相手が敵意を持って襲ってくるのならば容赦なく斬り伏せる。そうしなければ、自分が殺されるかもしれないからだ。
 もし女も、同じだったとしたら。
「あ! ニット帽、ニット帽」
 その時、カリシアが嬉しそうに声を上げた。指差した先には、黒いニット帽を被った男がいる。その前には、青いシートが敷かれていた。
 一同は、急いでそちらへと向かう。
「いらっしゃい! 買ってくか?」
「この人形、どうした? どうした?」
 来客かと思い、それなりの愛想を振りまく男の言葉を無視し、カリシアが言うと、男はあからさまに不機嫌になる。
「あ? 何だよそれ。もちろん仕入れたんだよ」
「どこから?」
 今度はオフィリアが聞く。男は舌打ちをすると顔を横に向け、煩そうに手を払う。
「どこからだっていいだろ! 企業秘密。冷やかしなら帰れよ!」
 すると、その視線の先に移動したカリシアが、男と目が合うとにこっと笑い、男を指差した。
「ウソついてる、ついてる」
「あんだと、このガキ!」
 振り上げられた腕を、横から健ががっしりと掴んだ。その力は見た目よりもずっと強く、男は振り払おうともがくが、思うように動かせない。
「本当のことを話してもらおうか」
 掴んだ腕を引き寄せられ、睨まれると、男は力なく溜め息をついた。
「わかった! わかったって! 離してくれよ!」
 健は目線を外さないまま、静かに手を離す。男は痛そうに腕を振ってから、また溜め息をつき、続いて言葉を発した。
「本当も何も、捨ててあったのをもらっただけだよ! 捨ててあったんだから別にいいだろ!? 売ったって」
 男は唾を飛ばしながら、大仰な身振りで言う。皆は顔を見合せた。どうやら、本当に事情を知らないらしい。
 ならばと、オフィリアが再び尋ねた。
「じゃあ、その人形があったところ、教えてくださらない?」

 ニット帽の男から聞いた場所まで行くと、確かに立ち入り禁止の看板が立ててあった。そこの前に人形は捨てられていたらしい。
 その奥には、この街区の中では大きいといえるであろう家が建っている。その一部は壊されていた。
「あの、すみません。あそこは?」
 近くの家の前を掃除していた中年の女性を見つけ、健はそちらに近寄ると、家のことを尋ねる。
「え? あそこ? 取り壊すらしいわよ。新しい家が建つんだって」
「前に住んでた人のこと、わからないでしょうか……?」
 続いて真千流が聞くと、女性は複雑な表情を浮かべてから真千流を手招きした。健たちも一緒についていくと、女性は小声になり、話し始める。
「あそこに住んでたのは、おもちゃ会社の社長さんだったの。あと、奥さんと娘さん。おもちゃの試作品は娘さんとか、近所の子供にあげてたらしいんだけど」
「それで? それで?」
 カリシアが合いの手を入れると、女性は箒を持ち直してから、話を続ける。
「それで、ある時、娘さんが突然いなくなっちゃったのね。捜索願とかも出したらしいんだけど、全然見つからなかったみたい。それからしばらくして、社長さんと奥さんも、事故で死んじゃったのよ」
「へー」
 女性は頷くカリシアを見てから、他の三人にも目を向けた。
「それで、あの家は空き家になったんだけど、何か気持ち悪いでしょ? なかなか買い手がつかなくて。ようやく最近、誰かが買ったみたいよ」

「やっぱり暴霊ってことだよな。姿からすると母親か……?」
「少女が助かった。昔、母親だったからかも、かも」
 健の呟きに続き、カリシアが言う。女性に礼を言い、四人はまた家の前に戻って来ていた。
 カリシアは最初の印象で、被害者の少女が助かったのは、犯人が子供を持つ親か、またはかつて親であった者だからと推測していた。
「この人形を返してあげられたら、心残りを解き放ってあげられるのかも……」
 真千流が手に持った包みを見る。
 人形は合わせて十体あった。男に返還を迫ったら、もういらないからとシートごと渡されたので、それに包んで来ていた。
 しかし、『わたしの人形』という言葉、それが引っかかる。
 そう考える真千流の隣で、オフィリアはぼんやりと家を眺めていた。
 わかったのだ。何故自分があんな反応をしたのか。
 思い出したのだ。
 自分も、死んでいるのだということを。
 それを思い出したら、怖くて体が震えてきた。向き合いたくなくて、逃げ出したくなって、視線を彷徨わせる。
 その先には、仲間の姿があった。
 彼女は首を振ると、萎えかけていた気力を奮い立たせた。
 今、自分には、やるべきことがある。
「家に入ってみましょう」
 そう言って彼女は、立ち入り禁止の看板の向こうへと、静かに進んだ。
 三人も、後に続く。

 日も落ちた家の中は暗く、塵と誇りにまみれていた。
 壊された一部の壁から街灯の光が差し込み、下に積もっている瓦礫を照らす。
 暗視が出来るカリシアは、廃墟の中を新しい遊び場のように楽しげに進み、物質には囚われないオフィリアは、静かに、滑らかに進む。健はいつもの白衣にライトが入っているので、それで周囲を照らしながら、真千流と一緒に進んだ。
 幾つかの部屋を通った後、先頭にいたカリシアが声を上げる。
「みんな、来て! 来て!」
 三人は、急いでそちらへと向かった。
 部屋の中央にはビリヤードの台があり、壁にはダーツの的がかけられている。どうやらここは、遊戯室のようなものだったらしい。
「こっち、こっち」
 カリシアに呼ばれ、一同は彼の指差した先を見る。
「人形……」
 真千流が声を上げた。
「四体……被害者のものだわ。きっと」
 そこには、形状や装飾品は異なるが、同じタイプの人形が、寄せ合って置かれていた。
「彼女は、ここに戻って来るんだな」
 健の言葉に、オフィリアも静かに頷く。
「ここに人形を置いて、彼女を待ちましょう」
 四人はその場に、持ってきた人形を全て置くと、急いでそこから離れ、女が現れるのを待つ。

 どれくらい経っただろうか。どこかで、犬の吠える声がしている。
 最初は、白いカーテンが風に揺らめいたかのように見えた。
「お人形……」
 いつの間にか、髪の長い女が、遊戯室の中にいた。暗闇の中にもかかわらず、姿がそこへ浮き上がって見える。
「わたしのお人形……」
 女はふらふらと、人形の山に近寄って来た。そしてがくんと膝を落とすと、倒れこむようにして人形を一つ一つ抱え上げ、愛おしそうに抱きしめる。
「パパからもらった……お人形……」
 皆、それを黙って見ていた。
 人形の山が少しずつ隣へと移動して行き、最後のひとつになった時、女の動きがぴたりと止まる。
「……ない……」
 女は同じ言葉を繰り返す。
「ない……ない……ひとつ足りない……」
 女の体は小刻みに、跳ねるように動き、その度に長い髪がばさばさと揺れ、その動きはすすり泣きとともに、大きくなって行く。
「いけない……どうか落ち着いて」
 オフィリアがゆっくりと呼吸をしながら、精神を女に同調させ、落ち着かせようとする。
 死と向き合うことは怖くて堪らなかったが、今は、暴霊を鎮めることが自分のやるべきことだと、自分に言い聞かせる。
「お願い……これ以上、人形を不幸の理由に使わないで。貴女が人を殺して、その理由が、貴女の大切な人形にあるとその人たちが知ったら、人形のことを憎んでしまうかもしれない。人形に咎はないわ。人形は、愛されるためにあるのよ」
 彼女の言葉が届いているのかいないのか、女はこちらを見ることはしない。
 真千流は、刀袋に入ったままの刀を、ぎゅっと握り締める。
 これを使わないで済むのなら。
 しかし、もし皆に危害が及ぶなら、使うことを選ぶしかない。
「ね……落ち着いて」
 オフィリアの声とともに、女の動きが、徐々にゆっくり、静かになって行く。そしてそのまま、落ち着いていくかのように見えた。
 だが。
「おい! 誰かいるのか!?」
 その時、どこかから唐突に声がした。
 訪れる動揺。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
 女は両手で髪をかきむしり、体を上下に大きく振る。
「待て!」
 飛び出したのは、健だった。
 女の前まで行くと、何かを差し出す。すると、女の動きが止まった。
「ひとつ足りないんだろ? これ、やるよ。新しい人形だ。親父さんのと同じくらい、大事にしてくれ」
 女は――少女だった者は、怯えるようにそっと、両手を差し出す。そして、渡された人形を手に取った。
「わたしの……新しい……お人形……?」
「そうだ。あんたの新しい人形だ」
 一瞬の静寂の後。
 女の周囲を、青白い光が漂い始める。
 花びらが外側から剥がれ落ちていくかのように、女の体は段々と小さくなり、気がつけば、少女の姿になっていた。
『ありがとう。大切に……するね』
 少女はにっこりと微笑むと、夜に溶けるように――消える。
「何やってるんだ!」
 その直後、再び声が、今度はすぐ近くで響いた。
 工事の関係者なのだろう、背の高い男がライトを片手にやってくる。
「もう、おしまい、おしまい」
「……は?」
 カリシアの発した陽気な声に、男を除いた全員が笑った。

 それから数日後、家の下の地面の中から、人骨が見つかった。
 調査の結果、それは行方不明になったと言われていた少女のものと判明した。
 暴霊が少女の姿ではなかったのは、もしかしたら、彼女の大人になりたかったという願いの表れなのかもしれない。
 彼女は、大切にしていた人形、そして新しい人形と一緒に埋葬されることとなった。
 もう、あの慟哭が、聞こえることはない。

クリエイターコメントこんにちは。鴇家楽士です。
お待たせしました。ノベルをお届けします。

皆さんの素敵なプレイングのおかげで、少女は解放されることが出来ました。ありがとうございました。
ノベルを、少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

ご参加いただき、本当にありがとうございました!
またご縁がありましたら、宜しくお願いします。
公開日時2010-10-20(水) 20:40

 

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