オープニング

「館長。お話があります」
 レディ・カリスが直々にアリッサの執務室を訪れたのは、ヴォロスでの烙聖節が無事に終わった頃のことだった。
「そろそろ、『世界樹旅団』に対して明確な方針を打ち出すべきではないでしょうか」
「うーん」
 アリッサは考えこむ。
 当面、ターミナルで暮らすことになったハンス青年は、おそらく無害な普通人である。一方、世界群ではいまだに、旅団のツーリストが引き起こす事件の報告が入ってきているのだ。
「そうよね。ちょっと考えさせてくれない?」
 アリッサは言った。
 レディ・カリスは、アリッサが旅団に対して積極的な攻勢に出るなどとは期待していなかった。そもそもできることはと言えば、せいぜいが各世界群での警備に力を入れるくらいだろう。それでもまったく手をこまねいているよりはましだ。
 だが、カリスは忘れていたのだ。
 アリッサの思考がときとして、そんな常識的な判断をはるかに凌駕することを。

 数日後、世界司書たちは図書館ホールに集められていた。なんでも館長アリッサからなにかお達しがあるというのである。すでに、レディ・カリスがアリッサに面談したことは噂になっている。場合によっては、世界樹旅団への正式な宣戦布告があるかもしれないという予測もあって、緊張する司書もいた。
「みんな、こんにちはー。いつもお仕事ご苦労様です」
 やがて、壇上にあらわれたアリッサが口を開いた。
「今日集まってもらったのは、今度行う行事についてです。ロストナンバーのみんなが参加できる『運動会』をやりたいと思います!!」
 運動会……だと……?
 予期せぬ発表に司書たちは顔を見合わせた。
「会場は、壱番世界、ヴォロス、ブルーインブルー、インヤンガイ、モフトピア。5つの世界をロストレイルで移動しながらいろんな競技をやるの!」
「楽しそう!」
 最初に反応したのあはエミリエだった。
「でも運動会ってことは、チーム対抗? 組み分けはどうするの?」
「図書館チームと旅団チームの対抗戦です!」
「あ、そうなんだ。旅団チームと対戦かぁ…………。え……?」
「館長」
 リベルがおずおずと挙手する。
「念のため、確認しますが、旅団とは世界樹旅団のことでしょうか」
「そうだよ。ほら、これ」
 アリッサが手にしてみせたのは、ウッドパッドと呼ばれるかれらが通信手段として用いている機器だった。
「どうにかつながりそうだったから、これでメールを送ってみたの」
 見れば、ウッドパッドからケーブルが伸びていて、宇治喜撰241673に接続されており、茶缶に似た世界司書からは白い煙が上がっていた。
「ちょっと待て! 返事は来たのか!?」
「ううん。でも時間と場所は伝えてあるから」
「旅団に開催地と時刻を知られている状態で運動会をするのですか? もし、敵が攻撃してきたら!?」
「応戦するよ。当然じゃない」
「で、でも運動会は旅団とやるって」
「参加してくれるならやるよ。攻撃してきた人もお誘いしてみて」
「ま、待ってくれ、よく理解が……」
「要するに、同じ日時・同じ場所で、戦争と運動会の両方をやるの!」
 ざわざわざわ。
 図書館ホールはどよめきに包まれている。
「……カリス様?」
「……わたくしはしばらく休養します」
 ウィリアムは、そっと話しかけたが、レディ・カリスはかぼそい声でそう言っただけだった。

  *

 一方、その頃、ディラックの空のいずこかにある、世界樹旅団の拠点では、ウッドパッドのネットワークに送られてきた謎のメッセージが話題になっていた。
「これは一体?」
「罠にしても、あんまりだしな……」
「とりあえず、偵察に行ってみたらどうだ?」
「この日時に、この場所に連中がいるのが確実なら、一掃してしまえば、あとあと活動がやりやすくなるしな」
「よし、いくか!」
 そんな様子を横目に、ドクタークランチは我関せずと言った顔だ。
「……よろしいのでしょうか」
「くだらん。悪い冗談だ。行きたいやつは行かせておくがいい」

  *

「この運動会にはふたつの意味があるの」
 アリッサは、続けた。
「ひとつは、文字通り、運動会にお誘いしてみて、旅団の人たちの中で、私たちと交流してもいいという人を見つけるということ。もうひとつは、どの世界にでも私たちはいつでも大軍を送り込むことができるということを知ってもらう、一種の示威行為ね。だから、みんなには、思いっきり派手に暴れてきてほしいの」

 ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆


「と、ゆーわけで、エミリエがブルーインブルーの解説するよー!!」
 ピンク髪を揺らし、世界司書エミリエが導きの書……ではなく、ルールブックのようなものを広げる。
「うんと、ブルーインブルーでやるのは棒倒し……ならぬ、船倒しです。全長約20メートル、全幅約7メートル、排水量約50トン。
 んーと、難しいことはそんなに考えないでおっけー。
 よーするに、細かいことを考えないで、そういう船が両チームあるから『相手の母艦をひっくり返したら勝ち』!
 世界図書館の母艦と世界樹旅団の母艦とは、大海原で大体1キロメートルくらい離れているから、
 ロストナンバーの皆さんは小船で進みます。空飛んでもいいけど、海に落ちたら失格なので、競技参加はできません。
 戦略はねー。エミリエよくわかんなーい。
『1.小船で進み、世界樹旅団の母艦をひっくりかえす』
『2.小船以外の方法で進み、世界樹旅団の母艦をひっくりかえす』
『3.小船で世界図書館の母艦を守る』
『4.世界図書館の母艦に乗船して、母艦を守る』 ……などなどがありまーす」
 小船の大きさは手漕ぎボート程度の大きさで、推進力は人力、つまりオールで漕いでいく形になる。
 三人、無理すれば四人ほど乗れるかも知れないが、それ以上はさすがに窮屈。
 ついでに、ひっくり返すのが目的だから相手の船を木っ端微塵にしたらひっくり返すものなくなっちゃうね。
 ……などなどなど。
 エミリエはあからさまに何かを棒読みする形でルールを説明した。

 ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆

 順風満帆。
 真っ青な空、真っ青な海、真っ青な顔色。
 空と海の狭間、手漕ぎボートから身を乗り出し、長手道もがもは海面を覗き込む。
 目的は海面の観察ではなく、胃のあたりからこみあげる熱いものの処理先の確保のためである。
「うぇぇぇー、小型のボートってこんなに気持ち悪いとか聞いてないー!!」
 もががががががっと熱い何かの解放を行った後、持っていた水筒の水を飲み干す。
 手漕ぎボートのオールは血まみれ、主に血豆がつぶれたことに気付かずこぎ続けたためである。
 しかし、その甲斐あって世界樹旅団の母艦は目の前にあった。
 この位置からなら開始と同時に何らかのアクションを起こすことができる。
 ただ、それも世界樹旅団がアリッサの誘いに乗っていれば、と話だ。
 見上げたもがもの視線の先は突き抜けるような空。
 ああ、やっぱりなに変わらない、といいかけたその矢先に空が光った。
 光の中、銀の円盤がいくつもあらわれると、母艦の周囲を取り囲む。
「え、う、うわわわ、わわわわわ」
 あまりの出来事にもがもは小型ボートから立ち上がることができないまま、円盤と母艦を交互に見比べた。
 人数は50人ほどだろうか。

 ふと、ぼちゃんぼちゃんと海面に何かが落ちる音がした。
 こっちの母艦に付属していた小型のボートが展開されたらしい。
 もがもは慌ててオールを手にもがもがと漕いで、母艦の真下へと寄せた。
 ここまで近いと逆に見つかるまい。
 耳を澄ますと、世界樹旅団のメンバーであろう声が聞こえてきた。
「ええー、手漕ぎボートかよ!?」
「構わん。オレは飛ぶ」
「飛ぶとか反則だろ?」
「聞いてない。何だったら競技無視してでも攻撃仕掛けてやる」
「あいつらもそうしてくるかもな。おい、他に何か作戦はあるか?」
「ないよ。強いていえばこんなわけのわからないお誘いだ。罠だと考えていい。競技に紛れて攻撃がこないよう注意しないと」
「えー。たまにはふざけてもいいじゃん」
「あっちが正々堂々と向かってきたらの話だろ。人質も解放されてないわけだし」
「色々問題があるなぁ」
「で、当面競技に参加するわけだが」
「遠距離攻撃、念力、空からの奇襲部隊。……後は?」
「相手が汚いやつならフィールド自体が罠だろうな。最悪の場合は?」
「この船ごと念力で浮かせたら?」
「あいつの念力、そんな持つかよ」
「相手もそれくらいのことはしてくるだろうな」
「海に落ちたらダメなんだろ。じゃあ、空気のバリア貼って海底歩いて行くとかどうだ?」
「ンな能力もってんのが何人いるんだよ」
「他には、ああ、船を調べろ。穴が空いてないか、あと、スパイが潜んでないか」
「今、ソル達が船の中を探してる。あいつらに任せるよ。競技の開始はいつだ?」
「スタートの合図は花火があがったら、だとよ」
「ふーん、それまで待ちぼうけか」

 ――どーん、どーん、どーん。
 青空にも眩しく花火が散る。
 世界図書館の母艦上、高空に大輪の炎が花咲いた。

「早速来たか。おい、ルールの確認」
「相手の母艦をひっくり返したら勝ち。参加者は海に落ちたら失格。どっちかのメンバーが全員海に落ちたり降参したらそこで終わり。後はスポーツマンシップに則り正々堂々とやりましょう、――以上だ」
「正々堂々なぁ。俺は望むところなんだが」
「そこで聞き耳を立ててるヤツ、仲間にいたか?」

「ひぁぁ!?」
 あまりの驚愕に情けない叫び声をあげ、もがもは後ずさる。
 後ずさったところで小船の長さは3メートルもないため、すぐに船べりへとへばりついた。
「あ、え、ええと、僕、こないだ世界樹旅団に来たばかりで!」
 必死にアピールしてみる。
 彼の心臓が32ビートを刻む。
 数秒の後「なんだ、そっか。じゃ、頑張ろうぜー」と明るく帰ってきたのは拍子抜けである。
 ――もしかして、意外とちょろいかも知れない。
 長手道もがもはこの状況を最大限利用すべく立ち上がり、バランスを崩し、派手に音を立てて、最初の失格者となった。


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<ご案内>
このパーティシナリオは11月23日頃より行われるイベント『世界横断運動会』関連のシナリオです。

同イベントは、掲示板形式で世界群でのさまざまな運動会競技が行われます。つまり今回のシナリオで行われる競技+掲示板で行われる競技からなるイベントということです。

シナリオ群では、競技のひとつと、「その競技を襲撃しようとする世界樹旅団との戦い」とが描写されます。このシナリオの結果によっては、掲示板イベントでの競技が中止になったり(攻撃により競技ができなくなった場合など)、競技の状況が変わることがあります。

シナリオ群『世界横断運動会』については、できるだけ多くの方にご参加いただきたいという趣旨により、同一キャラクターでの複数シナリオへの「抽選エントリー」はご遠慮下さい。

抽選が発生しなかった場合の空枠については、他シナリオにご参加中の方の参加も歓迎します。
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品目パーティシナリオ 管理番号1505
クリエイター近江(wrbx5113)
クリエイターコメントこんにちは!
パーティシナリオ二連中、近江です。
どこまでやっていけるか、自分の限界に挑戦中といっても過言ではあります。
ってことで、ルールの再確認です。
・相手の母艦をひっくりかえせば勝ち。
・自分の母艦がひっくり返されたら負け。
・ひっくり返すの定義は「横転」状態でOKです。
・移動は小船。飛行や潜水もOK。ただし海に浸かった時点で失格。
・世界樹旅団はかなり本気でやる気満々のようです。

『1.小船で進み、世界樹旅団の母艦をひっくりかえす』
『2.小船以外の方法で進み、世界樹旅団の母艦をひっくりかえす』
『3.小船で世界図書館の母艦を守る』
『4.世界図書館の母艦に乗船して、母艦を守る』
『5.その他の行動を行う』(極端に描写が少ない可能性があります)

※プレイング最初の一文字に1~5の数字が書いてあると集計しやすくて喜びます。

まぁ、あまり気にせずばーっとやってください!!

参加者
ハクア・クロスフォード(cxxr7037)ツーリスト 男 23歳 古人の末裔
イテュセイ(cbhd9793)ツーリスト 女 18歳 ひ・み・つ
ファルファレロ・ロッソ(cntx1799)コンダクター 男 27歳 マフィア
ベヘル・ボッラ(cfsr2890)ツーリスト 女 14歳 音楽家
ジャック・ハート(cbzs7269)ツーリスト 男 24歳 ハートのジャック
最後の魔女(crpm1753)ツーリスト 女 15歳 魔女
フカ・マーシュランド(cwad8870)ツーリスト 女 14歳 海獣ハンター
小竹 卓也(cnbs6660)コンダクター 男 20歳 コンダクターだったようでした
百田 十三(cnxf4836)ツーリスト 男 38歳 符術師(退魔師)兼鍼灸師
ガン・ミー(cpta5727)ロストメモリー その他 13歳 職業とは何なのだー?
ヴィクトル(cxrt7901)ツーリスト 男 31歳 次元旅行者
コタロ・ムラタナ(cxvf2951)ツーリスト 男 25歳 軍人
レイド・グローリーベル・エルスノール(csty7042)ツーリスト その他 23歳 使い魔
ロウ ユエ(cfmp6626)ツーリスト 男 23歳 レジスタンス
あれっ 一人多いぞ(cmvm6882)ツーリスト その他 100歳 あれっ一人多いぞ
石川 五右衛門(cstb7717)ツーリスト 男 39歳 海賊
玖郎(cfmr9797)ツーリスト 男 30歳 天狗(あまきつね)
ホワイトガーデン(cxwu6820)ツーリスト 女 14歳 作家
業塵(ctna3382)ツーリスト 男 38歳 物の怪
宇宙暗黒大怪獣 ディレドゾーア(ctrt3329)ツーリスト 女 5歳 宇宙暗黒大怪獣
ティーロ・ベラドンナ(cfvp5305)ツーリスト 男 41歳 元宮廷魔導師
山本 檸於(cfwt9682)コンダクター 男 21歳 会社員
ヘルウェンディ・ブルックリン(cxsh5984)コンダクター 女 15歳 家出娘/自警団
鬼兎(cbuz8217)ツーリスト 男 14歳 ユグドラシルメンバー
鰍(cnvx4116)コンダクター 男 31歳 私立探偵/鍵師
テューレンス・フェルヴァルト(crse5647)ツーリスト その他 13歳 音を探し求める者
ニルヴァーナ(cbrf1996)ツーリスト 女 27歳 楽土を担う慈母
ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノ(cppx6659)コンダクター 女 16歳 女子大生
春秋 冬夏(csry1755)コンダクター 女 16歳 学生(高1)
シーアールシー ゼロ(czzf6499)ツーリスト 女 8歳 まどろむこと
アマリリス・リーゼンブルグ(cbfm8372)ツーリスト 女 26歳 将軍
カール・ボナーレ(cfdw4421)ツーリスト 男 26歳 大道芸人
ハーデ・ビラール(cfpn7524)ツーリスト 女 19歳 強攻偵察兵
川原 撫子(cuee7619)コンダクター 女 21歳 アルバイター兼冒険者見習い?
カリシア(czzx2224)ツーリスト 男 17歳 実験体
ロナルド・バロウズ(cnby9678)ツーリスト 男 41歳 楽団員
日和坂 綾(crvw8100)コンダクター 女 17歳 燃える炎の赤ジャージ大学生
シレーナ(chbb4928)ツーリスト 女 24歳 バーテンダー
しだり(cryn4240)ツーリスト 男 12歳 仙界の結界師
アルベルト・クレスターニ(cnuc8771)ツーリスト 男 36歳 マフィオーソ
ブレイク・エルスノール(cybt3247)ツーリスト 男 20歳 魔導師/魔人
Mrシークレット(cprs3736)コンダクター 男 25歳 手品師兼…謎の男
クロード(cmhr2334)ツーリスト 男 28歳 民間ジャーナリスト
逸儀=ノ・ハイネ(cxpt1038)ツーリスト その他 28歳 僭主と呼ばれた大妖
ダンジャ・グイニ(cstx6351)ツーリスト 女 33歳 仕立て屋
ガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロード(cpzt8399)ツーリスト 男 29歳 機動騎士
相沢 優(ctcn6216)コンダクター 男 17歳 大学生
PNG(cptm5641)ツーリスト 女 14歳 銃人形
リーミン(cawm6497)ツーリスト 男 11歳 高所清掃
虎部 隆(cuxx6990)コンダクター 男 17歳 学生

ノベル

―――Turn.1
 青い空、白い波、エメラルドブルーに輝く水面を書き分け、先ほどまでは霞むように見えた小船の集団は、今やはっきりと視野に入る。
 二十程の船が船首を並べ、世界図書館の船と数十メートルの距離を置き、船足を止めてお互いに様子を伺っていた。
 世界樹旅団の使っている小船も、基本的には世界図書館のそれと代わりがない。
 ブルーインブルーの文明に合わせた木造船であり、さらには小船に装備した武器というものもない。
 運動会と銘打っているものの、今回のミッションは相手の母艦をひっくり返せという漠然としたもので、さらにお互いに深い交流があるわけでもなく、ついでに戦争とまで言い合っている。
 世界図書館側のロストナンバーはそれがために手出しができないでおり、世界樹旅団側も同じ理由で先行ができないのか、と憶測飛び交っていた。

 数分のにらみ合いの中、一艘の小船が動いた。
 世界図書館側から世界樹旅団へ。
 その小船を避けるようにU字型に展開した世界樹旅団の船団のひとつへ、悠々と近づく。
「こんにちは、美味しい冷たい飲み物やかき氷、お菓子にお握りとかの軽食はいかがですかぁ?」
 にっこりと笑顔を掲げ、春秋冬夏は手をあげた。
 その船の向こうで何やらずっこける音がする。
 覗きこむと、体格のいい青年が拍子抜けしたように船に突っ伏していた。
「おいっ、なんだそれは!?」
「せっかく会えるんだから美味しいもの食べてお話したら仲良くなってケンカする気もなくなっちゃうかなって」
「運動会やるってんじゃねぇのか?」
 やがて外から「何やってんだ大丈夫か?」とお声がかかり、青年は冬夏をじとっと睨む。
 返礼のほわっとした笑顔を見て、毒気が抜かれたか「あー、じゃあひとつだけご馳走になる」とおにぎりとひとつ掴むと、冬夏を強引に船へと着き返し、青年の船は遠ざかっていった。

「イレギュラーの力、存分に振るうとしようか!」
 レイドが明るく口にした。
 獅子のレギオンを展開し、目の前の船へと散らせる。
 ひとつふたつ、海に落ちる影が見えるが、後続の戦果を見ることができない。
「……あれ、少ない?」
 レイドは全滅させるつもりでレギオンを送り込んだ。
 が、それにしては数がいくら何でも少なすぎる。

 どどどどどど

 レイドの足元で地鳴りがする。
 船底から。正確にはもっと下から。
 真っ青な海がどんどん黒に染まり、泡が溢れ。
 やがて、海が大きく盛り上がって空へと爆発的に広がった。
「うわっと!」
 本能的な危険を察知し、瞬転の靴を発動する。
 レイドの視界が一瞬ぼやけ、次の位置に移動して、視界を結ぶ。
 お尻のあたりが冷たい。
 目の前には陰気な男の顔がドアップで映る。
「うわ、お化け!?」
「確かに儂は物の怪の類ではあるが……」
 陰のある表情はさらに哀しそうな色を帯び、怪談と見まごうほどのダークなオーラを帯びていた。
 その男、業塵の胡坐の上に飛び込んできた形になっている。
 レイドが立ち上がると、彼の手元にあったアイスがべっちょりと押しつぶされていた。
「世界樹旅団のものか」
「えっ」
「ならば問答無用」
「きゃー!」
 ねっちょねちょした蟲の粘液にくるまれ、レイドの身動きが取れなくなる。
「せ、世界図書館側! ホント!」
「そうか、早合点した。儂は業塵という」
「違う、それどころじゃなくて!」
 レイドが慌てて転移した理由を語りだす。即ち、海の異変について。

 どっぱぁぁぁん。
 説明半ばで派手な音がたち、海が爆ぜた。
 先ほどまでレイドがいたあたりの区域が盛り上がって空へ海水が舞い上がっている。
 数秒の間隔を空け、ざぁっと豪雨よろしく水面へと落ちた。
 海水に濡れたら失格、である。
「……しまった」
「なんだ、今の爆発」
 世界樹旅団の面々にも降り注いでいる所を見ると、あちらの作戦でもないらしい。

「何よ今の! よく見てよ! あれが噴水ってレベル!? 間欠泉も可愛いくらいじゃない!」
「よく見なくても海底噴火レベルだよ! 可愛いの好きだろが!?なら間欠泉にしとけェッ!!」
「あたしのせいじゃないわ!力の加減もできないの!?」
「俺の所為でもねェし! 俺ァ穴空けただけだ!」
 金髪の男女、アルベルトとシレーナが海水の雨の中で怒鳴りあっている。
 海底を深く掘り、水を流しこむと地熱で水蒸気爆発がおきる。
 その再現をこの二人はやってのけた、が、ご覧の有様である。
 海域ごとの自爆、それが結果であった。

 世界樹旅団側の小船からもブーイングが飛ぶ。彼らも数名は失格したようだ。
 中にはバリアらしきもの、あるいは傘を広げるもの、何艘かの船が海域の生き残りとして世界図書館の母艦を目指し、次の戦場を求めて移動を始める。


―――Turn.2
「パール大尉、前方に敵影です」
「了解。予想通りだ。……セリンボン小隊、出るぞ。全員抜杖!」
「「「マジカル☆オープン!!」」」
 世界樹旅団の母艦で少女達の声が響く。
 パールと呼ばれた少女の周囲にパールピンク色のオーラがまとわれる。
「世界図書館ってアノ人のいたトコでしょ」「ああ、あの……」「あの人が特殊かも知れないし……」「えー」
「無駄口を叩くな。これより、母艦の防衛に廻る。世界図書館が『競技』をする以上、我々もそのつもりで応戦するが、『戦争』を仕掛けてきたら、その時点から各個の判断で戦闘行動に移れ。ただし、今回は攻略が目的ではない。命を賭す必要はない。いいな!」
「「「了解!」」」
 世界樹旅団の母艦周囲に八騎の魔法少女が滞空を始めた。

「部長、ミカン隊準備できました」
「はーい、じゃ、ミカン隊もお役目開始。照準合わせ!」
「はっ、照準合わせー!」
「主砲目標、世界図書館母艦。三人配備、特大の魔法弾を打ち込みましょう。残りの隊員は支援射撃、弾種は各自得意なものを。敵船を守護している小船を片っ端から打ち下ろして」
「部長、いつでも行けます」
「よろし。……てーっ!!!」
 世界樹旅団の母艦の一角から橙色の爆光が世界図書館の母艦へと一直線に爆ぜた。


―――Turn.3
 世界図書館母艦、マスト上。
「前方! オレンジ色の光球がこっちにつっこんでくる! 直径は3メートルくらい。あと、色々な色の玉!」
 マストの上からリーミンが叫ぶ。
 指差す方向にはオレンジ色の光球が真っ直ぐに世界図書館母艦へと向かっていた。
「ナイフとかだったら投げ返すんだけどな。おーい、そっちは任せたよー!」
「任せな。結界、"仕立て"るよ! そこの旦那もやるかい?」
 ダンジャ・グイニが声をあげ、己の結界を張り巡らせる。
 旦那、と呼ばれたハクアもそれには答えず、無言で前方に手をあげた。
「3,2、1……行くよ! どっこいしょーっ!!!」
「落ちろ!」
 ダンジャの結界はオレンジの光球を包み込み、霧散する。
 光球に付随していた火炎弾、光弾の類はハクアの風が左右へと吹き散らす。
「はん、大した事ないね」
「気を抜くな、次が来るぞ」
「……あちゃ」
 第二射は思った以上に早かった。
 初弾の効果なしと見たか、今度は光球の周囲に虹色の小さな光球が幾筋も舞い踊っている。
「風では飛ばせぬな、どうする?」
「どうするったってねぇ」
「遠距離射撃も大したものだ、旅団も。まぁそうでなくては面白くないがな」」
 百田十三は不敵に笑う。
「余裕ぶってる場合かい、あんなの食らったら結界で受け止めても船がひっくりかえっちまうよ」
「なら、受け止めるだけでいい」
「はーん? ま、時間もないからねぇ。信じてやるよ」
 ダンジャの言葉通り、母艦に向かう橙色の光球は初弾より遥かに早く、大きかった。
「こんなババァをあんまり働かせるもんじゃないよ!」
 ダンジャが再び結界を仕立て上げる。
 大きな布団に命中したかの如くに母艦が大きく揺れた。
「豹王招来急急如律令! この母艦の周囲の海面を凍らせろ……この船が横転なぞ出来なくなるように」
「手伝おう」
 百田の印と、コタロの魔方陣が母艦の周囲に浮かび上がる。
 それはダンジャの結界を無視し、母艦周囲の海上を青白い光で覆った。
 瞬時に海面が凍結し、横転する空間的な猶予を失くしてしまう。
 凍った海水が船の移動を妨げており、横転するほどの力がかかっているにも関わらず、船は倒れない。
 その分、大いに軋み、震動して耐久の限界を訴える。
「ババア一人でどこまで耐えられるか、根競べだね」
「危ないことは控えなさい」
「あン?」
 ニルヴァーナが布を広げた。
 ダンジャの広げた結界を上から覆い包み込む。
 ニルヴァーナが手を下ろすと、トラベルギアの中身は消失した。
 ダンジャの結界も、橙色の光球も、すでに目の前にない。
「私の空間に転移させました。もう大丈夫です」
「あたしゃまだ仏さんに会う程、トシ食っちゃいないがね。それよか」
 指差した方角で、コタロがぶつぶつと何がしかを呟いている。
「終わったぞ。いつまでぶつぶつやっている」
「そうか」
 百田に声をかけられるまで、呟き続けていたコタロはようやくふぅと息を吐いた。


―――Turn.4
 世界樹旅団母艦。
 がつんとした衝撃と共に母艦の横手に炎があがった。
 ボートの一艘が炎をまとって母艦に体当たりを仕掛けたのだ。
 火勢は一気に燃え上がり、母艦を包む。
「火攻めは如何かえ?」
 母艦のへさきに若武者姿の逸儀が仁王立ちし嗤っていた。
 呼応するように、あちこちで火柱があがる。
「おや?」
 マストにまで火をかけた覚えはない、と逸儀は訝しがる。
 が、炎の出所が母艦に接舷した鬼兎だと知ると合点がいった。
「ようするに、船を倒しやすくすりゃあいいんだろ? だったら、俺は小船からあいつ等の帆を焼かせて貰うぜ」
「まぁ、それはそうじゃがの」
「横転させんのは他の奴に任せた」

「負けてらんないね。よっし、あたしらも行くよ、エンエン!」
 日和坂綾、参上である。
「エンエン、狐火操り火炎乱舞! 旅団の母艦燃やしちゃえ~!」
 巻き起こる炎に木が炭化し、熱で変形してマストが焼けて炎の幕と化した。
「火が付いたらひっくり返しやすくなるっていうか、相手が延焼防ぐために自分でひっくり返すかもって思わない? という訳でマスト目掛けて火炎乱舞~!!」
「……それが世界図書館の本性か」
「ん?」
「いいや、競技をしにきたと言う参加者がいたので。……先生の忠告を聞くまでもなく、戦争を仕掛けてくる可能性はあった」
 燃え盛る船上に貴婦人という形容が相応しい女性がすたすたと歩いてきた。
「ナニ言ってんのさ! ちゃんとルール通りヒトじゃなくて船狙ってるじゃん!」
「ええもちろん、――準備はしています。マスカローゼ。お相手します」
「わわわっ!?」
 マスカローゼの合図で抜剣した旅団の小隊が現れ、間髪居れずに切りかかってきた。
 エンエンの援護で炎の渦が綾を取り巻く。
 一瞬、炎に舐められた瞳を閉じてあけた時、彼女の姿はそこになかった。
 代わりに「少し、手荒に、なったけれど」と、テューレンス。
 彼のブレスに不意をつかれたマスカローゼは踵を返し、場を離れたらしい。
 テューレンスは羽根をぱたぱたさせて日和坂に片手をあげて挨拶する。
「た、助かった……? 今の人、すごい殺気だったなぁ」

 焼け続ける炎は突風に煽られ、さらに勢いを増す。
『分かった。運動会ではなく、戦争だということが』
 マスカローゼの声がした。
 甲板の上にいるものの背筋を気迫と声だけで凍りつかせる。
 逸儀が半眼で応じる。
「ふん。こちらも猪武者ではないのでな。ここは引こうぞ」
 逸儀が日和坂とテューレンスの手を引き、空中を翔け、鬼兎の乗る小船を着地点として舞い降りた。
 どん、と母艦上に強い衝撃と音が走る。強烈にあがっていた火柱が一瞬でかき消される。
「テューラにはなにがおきたか分からないけど……、あの場にいなくて良かったかも」
 現在の足場である小船からは甲板は見上げる格好になり、甲板では何がおきているのかは分からない。
 留まらなくて良かった何かが起きていることはその場の全員が理解できた。


―――Turn.5
 中央からやや世界樹旅団寄りの海域。
 小船が数隻、睨みあう格好になっていた。
「縁、ですかね……。あまり嬉しくありませんが」
「げぇっ、ソル!?」
 小竹が黒衣の少年を指差し、絶叫する。
 その絶叫を聞きつけたかのように、どこからか少女の声が聞こえてきた。

『ここで解説をいれるのです』

 見渡す限りの大海原である。
 だが声の主は見当たらない。
「……ど、どこから?」
「あそこ」

 小竹が指差した遥か遥か先、雲をつく大きな塔が立っていた。
 1キロや2キロではない、巨大な存在が遥か遠くに聳え立っている。
 よく見れば塔ではなく、それは少女の姿格好をしていた。

『よく判らないのですがロストレイル襲撃時に図書館の男性が旅団のソルさんにはじめてのズキューンをあげて相思相愛だそうなのです』

「誰が相思相愛だ!」
 小竹の叫び空しく、ゼロの声は止まらない。

『ゼロはソルさんの恋を応援するのです』

「ちゅーされたのってあいつか?「衆道は高貴な趣味だぞ「俺の世界じゃ変態だったな「恋の証にするんだろ「何で食物摂取機能を合わせるのが恋なんだ?」」」
「うるせぇぇぇぇ!!!」
 世界樹旅団のメンバーが揶揄する中、叫んだのはソルではなく小竹だった。
 棒を振り回すかと思いきや、小船を飛び、笑う一人を蹴り落とす。
「棒使いの突発的に出る蹴りなめんな! ほらソルも言った図書館側の奴ら落としていいぞ!」
「それって、あのでっかい相手じゃないですか。どーやるんですか」
『ゼロはチアガールなのです。団体競技にチアガールはつきものなのです』

 ぎゃあぎゃあわめく小竹とソルに気付いたか、一艘のボートが近づき中から鰍が顔を出す。
「よう少年」
「……なんで集まってくるんですか」
「偶然だよ。あん時はどーも」
「どうも。借りを返したい所ですが、今回は先へ進みます」
「そうかい。じゃ、こっちの借りもツケといてやるよ」
 一発くらい殴るつもりではあったが、船を近づけて乱戦してまで、のリスクを考えて控える。
 結局、小竹に蹴り落とされた一人を痛み分けとする形で、お互いに相手の母艦へと進むこととした。


―――Turn.6
 双方母艦の中央地点。
 しだりは半眼で世界樹旅団の船を見つめていた。
 彼の能力により、海水は巻き上げられ、頭上高くに球形となり浮いている。
「あら、あれが今回の難所?」「かわいー!」「こら、お仕事お仕事」「はぁい」
 頭上で黄色い声をあげる魔法少女達を見上げると、その中の一人が手をふってきた。
 海上にあり水神の化身であるしだりの活躍は華々しく、既に難攻不落の海域として知れ渡っており、様子を見に来たセリンボン小隊の数名がはんなりと微笑っている。
 やがて「じゃ、お仕事ー」と言う声と共に、魔法少女小隊はしだりへ向けて急降下を開始する。
 危ないかな、と思い始めた直後、抜刀した相沢優がしだりの前に飛び込んできた。
 虹色のオーラを放ち突撃してきた彼女達の初撃を優は防御壁により散らす。
「大丈夫か?」
「危ない」
「え? あ、ああ!」
 ざぼーん、と水しぶきをあげ、相沢が海中へと沈む。
 数秒してあがった手をしだりが掴んだ。
「何だ。まだ沈んでないやつがいたのか」
 しだりは後方で聞こえた声に、振り返らずに指だけを向ける。
「ふふふ、ぼくの乗艦に触れるものは皆等しく海に沈むが……っ、がぼぼぼっ」
 ベヘルの頭上に海水の玉が転移し、落下する。
 冗談だ、世界図書館のものだ、と言い訳する間もなく、ベヘルは海水にずぶ濡れとなった。

「全員、許さない」
「許さないだって、かわいい!」「かわいいじゃないでしょ」「反撃に備えて!」「逃げる!?」
「逃がさない」
 しだりの睨みに黄色い声が一瞬止む。
 やがて、そのうちの一人、チアリーダーのような姿の一人が微笑みながら海上へ立った。
「ハイ、ボウヤ、リシー・ハット軍曹よ、お相手します。他の皆は行ってらっしゃい」
「「「はぁい」」」

 睨みあう。
 睨みあう。

 先に動いたのはリシーだった。
「マジカル☆トンファー☆キーック!」
 彼女が叫ぶと同時、しだりも水柱をあげて応じる。
 勢いを止めずためらいなく、水柱に蹴りを叩き込むと水滴がしだりの頬まで飛んだ。
「……はい、お互い失格。じゃね」彼女は足を、しだりは頬を。海水でぬらした。だから失格。そういうことか。
「……え?」
 ぽかんとするしだりにリシーはウィンクをして飛び上がった。
「こういうフラグ立てておくと、ボウヤが仲間になってくれるかも知れないでしょ?」と言い残して。


―――Turn.7
「戦争だぁ?」
 小船の上でやる気なく横たわっていたファルファレロはその単語を耳にし、ようやく起き上がった。
「あ、おきた」
 ヘルウェンディが興味なさそうに呟く。パーカーを着て、手にしていた文庫本を閉じた。
「何よ、参加する気になったの? じゃあ、せっかくビキニ着てきたんだから! これで敵を悩殺よ!」
「黙れ貧乳、さっさとパーカー着ろ。それより船を早くあいつらの母艦に向けろ」
「なっ!? あんた興味ないから寝てるって言ったんじゃないの? じゃなくて、最初の言葉、もっぺん言ってみなさい!」
 ヘルウェンディのつっこみを聞き流し、ファルファレロはスーツから拳銃を抜いた。
 かちゃかちゃと器用に手早く分解し、再度、組み立てる。
「ああ。運動会なんてのは知ったこっちゃねぇ……が」
 銃口を向ける。世界樹旅団の母艦へと。
「戦争やろうってんだろ、戦争を。だったら話は別だ。無駄口を叩くな、漕げ。カリシア、起きろ」
「分かった。いく。いく!」
「偉そうに言ってないで、あんたも漕ぎなさいよ!」


―――Turn.8
 世界図書館側、母艦。
 艦の壁にあたるそれは、最初はさざ波だった。
 だが確実に海上に僅かな揺れが走る。
 なんとなくざわつく水面を気にしつつ、ヴィクトルはフカの後を追う。
「……視界から外れないで貰いたいのだが」
「ぐずぐずすんじゃないわよ。ちゃんと付いて来なさいよ?」
 直立歩行する魚、もといサメである。
 海に入っても問題ないというより、その方が楽なのは承知の上だが、ルール上、海に入るわけにはいかず、ぶつぶつと文句を言っていたが、何とか気分を取り戻しているようだ。
 それにエリマキトカゲが追従する形である。
「何だか海の下が、楽しそうじゃないのさ」
 ひょいっと母艦から飛び降り、器用に小船へ着地してみせる。
 フカの後ろでどぼーんと音がして、水しぶきがあがった。
「ああ!? 何やってんのよ、自滅してどーすんのよ!?」
「いや、我輩ではない」
「何よ、落ちたら落ちたってはっきり言いなさいよね。ずーるーいー!」
「本当に我輩ではないのだ」
「あら、確かに濡れてないわね。おかしいわねぇ」
「それよりも、だ」
「何よ」
 ヴィクトルが指差した地点から、いきなり海水が山のように盛り上がる。
「うわわわっ!?」
 小船ごとひっくり返され、フカとヴィクトルは海中に没する。
 二人はこの時点でルール上、失格となった。
 が、海中で二人は見る。巨大な、巨大すぎる瞳と、圧倒的質量の身体を。
「何よ、怪獣じゃない! あんなもんいるなんて聞いてないわよ!」
 ざばっと海面に顔を出したフカが叫ぶ。
 その身体を追いかけるように、圧倒的質量の物体、宇宙暗黒大怪獣ディレドゾーアは頭だけを海面に晒した。
 フカとヴィクトルの遥か下、怪獣が海面を踏みしだき、闊歩する。
「……あれ? でも海中進むって海水に使ってるわけだから失格じゃないか」
「うん、多分理解してないと思うわ。あの子」
「ああ、方向は世界樹の船に行ってるな」
「一応敵味方はわかってるのね」
 二人は目をこらす。
 ぷかぷかと海面に浮きながら。
「なんか光ってるけど」
「海中で海魔でも殴ってんじゃない?」
「衝撃で魚浮いてきてるな」
「あ、ほら、今跳ねたわよ。跳ねた跳ねた!」
「大きいな」
「インパクト絶大ねぇ」
「ビームじゃないか、今の」
「斥力波動砲って言うらしいわね」
「あれ、あのままでいいのか」
「いいわけないでしょ。ま、あたしらには関係ないんじゃない?」
 ともあれ、引き上げてもらわなければ母艦の上には戻れない。
 フカは背負った銃を構えると、頭上に向けて発砲した。
「無殺傷弾よ、まぁ、当ればデカい音くらいするでしょ、誰かが気付いてくれれば――」
 がんっ、と母船の一角が崩壊し、頭上に木っ端が降り注ぐ。
「……めっちゃ吹っ飛んだわね。やっぱコレ、実弾よりえげつないわ。気付かれる前に逃げましょ」
「痛い」
 ヴィクトルとフカ、二人はとりあえず木片から逃げるべく海中へと潜った。


―――Turn.9
「Mrシークレットのスーパーイリュージョン♪」
 シルクハットを手に、黒スーツの男は優雅に一礼する。
 世界樹旅団の母艦を見上げる形で、半眼のまま余裕の笑みだった。
「今回はこの海という環境を存分に発揮した物と参りましょう、トランプをたくさん海に放り込むとあら不思議、水のイルカさんの群に♪」
 ぱらぱらとトランプは海面に落ち、広がっていく。
 Mrシークレットの言葉に合わせ、ざばんざばんとイルカの群れが現れた。
 それだけでも十分な揺れようである。
 次いで、ぱちり、と指を鳴らした。
「指を鳴らすとアラ不思議大きな鯨軍団に♪ 鯨さんは取ってもお元気♪ 自分より大きい物を見るとー…」
 薄笑いのまま、母艦を指差す。
「遊びたくってじゃれ付いちゃうんですよ! ンフフフ♪
 イルカの群れは一旦海に沈み、次に世界樹旅団の母艦へ向けて突進を始める。
 その間にもイルカの身体はどんどんと大きくなり続けた。
 彼の言葉通り、数メートルもの巨体に変化した十数頭のイルカの群れは母艦に体当たりを仕掛ける。
 が、あたる直前に母艦が十メートル以上も飛びあがり、イルカの群れは影の下、海面を思い切り走りぬけた。
 数秒の間をあけて、今度は自由落下に任せて母艦が着水した。
 甲板上できゃぴきゃぴした声が聞こえる。セリンボン小隊の面々である。
「パール大尉、お見事です!」
「あのね。簡単に言うけどこれだけ大きい船浮かせるのって疲れるのよ、さすがに。それより、迎撃用意」
「「「はぁい!」」」
「演者に触れるのは感心しませんねぇ! ま、遊びですので、旗色が悪くなればさっさと逃げますよ、今日は観察が目的ですしね♪」
 Mrシークレットの船は手も触れぬままにすっと後退を始めた。

「メインオーダー、敵母艦の横転。NGオーダー、敵の殺傷禁止……、ちょっと難しいかな。ラド、少し加減してね」
『オーケー、了解ダ』
 ブレイクにラド、と呼ばれた石像が母艦へ向かって飛び上がる。
 その石像に向かって、世界樹旅団母艦からスコールの如き弾幕が張られた。
「……うーん、ちょっと正面突破は分が悪いかな」
『チョイト気絶サセル前ニ蜂ノ巣ニサレル』

「どけ。ガキ」
「ああ、もうそんな言い方失礼でしょ! ごめんねボク」
 ファルファレロの咆哮にヘルウェンディがつっこみをいれる。
 彼女の言葉もそれはそれで失礼なので、何と言っていいか分からずブレイクは黙り込む。
 それを意に介さず、ファルファレロは銃口を海面に向け、数発を打ち込んだ。
 途端、海面が凍りつき、薄氷の床となる。
 迷わず、彼は小船から飛び出し、銃口で次から次へと氷の道を生成して駆け抜けた。
「おい、鍵師」
「呼びつけるねぇ、なんだい。ヤクザさんよ」
 呼応したのは鰍である。
 母艦の傍、どうしたものか攻めあぐねている所でいつぞやのカードの相手が現れたのだ。
 何かあるのかと近づいてみれば、早速人使いの荒さの標的になったらしい。
「手ぇ貸せ」
「高いぜ」
「出世払いだ」
 軽口を叩き、ファルファレロは銃口で世界樹旅団の母艦へ穴をあけ、足場代わりに体重をかけ飛び上がる。
 途端、今度は魔弾の嵐が彼に降り注いだ。
 命中はしない。ファルファレロの前に鎖で編んだ結界が展開し、全てを弾く。
「やるじゃねぇか、鍵師」
「無茶しすぎだ。バカ」
「ちょっと! 待ちなさいよ!」
 ヘルウェンディも彼の後を追って駆け上がる。

 彼女が甲板にどうにかよじ登ると、ファルファレロが一人の魔法少女の眉間に銃口をつきつけている姿が見えた。
 少女は銃口を眼前に見ても、毅然とファルファレロを睨みつけ、余裕の笑みすら浮かべている。
「戦争だって聞いてきたんだが、あってるか?」
「ええ。そのつもりよ」
「じゃ、撃ってもいいな」
「抵抗しない女の子を撃つの? 随分、紳士ね」
「giochera con me? o prega dio?(ヤられるのと撃たれるのとどっちがいい?)」
「aspetti la prossimo volta(また今度ね)」
「おい、逃げろ」
 鰍は己の脱出と同時に叫ぶ、瞬時、ファルファレロは踵を返し、ヘルウェンディの手を掴むと船から空中に身を躍らせた。
 彼がいた地点は床下から放たれた大量の弾丸のため、穴だらけとなる。
 ほんの一瞬、逃げるのが遅れれば命すら危うかった。
 落下しつつ、ファルファレロは笑う。
「おい、気に入った。あの女、俺のモノにするぞ」
「あんたいつからロリコンになったのよ」
 空中でわめきつつ落下の衝撃を予想し、ヘルウェンディは思い切り目を瞑る。
 しかし、落下の途中で何者かの腕に抱きとめられ、ゆっくりと小船へ降ろされた。
「あ、ありがとう、カリシア」

「パール隊長! 大丈夫ですか!」
「私に構わない。追撃! まだまだ来る! 弾幕を張って!」
「「「はい!!」」」

 黒いローブの裾から羽根を生やし、カリシアはヘルウェンディを抱きかかえたまま上空へと逃げる。
 追撃で追いかけてくる魔法少女大隊の弾丸は離れるほどに命中率が落ちていった。
「あ、あのバカは!?」
「カリシア、わからない。でも、ファルファレロなら何とかする。何とかする」
 ばさばさと、カリシアはヘルウェンディを抱きかかえたまま一旦、退却とばかりに自陣の方角へと飛び去った。


―――Turn.10
「この地を侵略し改造する心算のものたちがくる。無論、おまえたちの繁殖地も例外ではない。あらがいたくば集え。かれらに二度と来たくないとおもわせるよう」
 玖郎は微塵(ボーラ)を構え、盟友である鴎達へと告げる。
「あやうくなれば一旦退け。あとはおれが暴風に巻いて海へ落とす」
 玖郎は甲板に立ち、飛来する敵の群れを眺めた。
「能力が分からないままにぶつかる程、愚かではないが。分かるまで何もせぬという程、臆病でもない」
 猛禽の翼をふるわせ、玖郎は空へと舞う。

『海原は穏やかに、空は晴れ上がり、絶好の運動会日和を迎えている』
 パレオ姿のホワイトガーデンはペンを走らせる。
 未来を綴るペンの赴くまま、否、その綴りに従うまでもなく空は晴れ渡っていた。
「暴風雨起こすじゃねぇのかよ?」
 ジャックが無遠慮にその記述を覗き込むと、ホワイトガーデンは微笑のまま日記を閉じた。
「”少なくとも最初は”正々堂々と、運動会らしい戦いが良いと思うの。ツーリスト同士の、海原さえ操るような派手な戦いも良いと思うけれど」
「そーゆーもんかぁ?」
「でも、あまり下品なことしてる人がいたら不幸がおきるかも知れないわね。例えば、突然の腹痛とか」
「ギャハハハ! おいおい、お嬢ちゃん。可愛いツラしてえげつねぇこと言うじゃねぇかよ!」
 ジャックは腹を抱えて高笑いすると、次の瞬間「俺様が『絶好の運動会日和』にしてやンぜ!」と言い残して姿を消した。

「これぶっ放したら駄目デスカネ?」
「ダメだと思うのだー」
 カール・ボナーレは名残惜しそうに大砲を見つめ、摩る。
 話し相手がみかんそのものだという事を除いても、彼の陽気さは一種、異様である。
 ある意味、照りつける太陽と青い海に相応しい程の陽気さだった。
「我は運動会がよくわからないのだ。でも、楽しむ物だとは聞いているのだー」
「いい心がけデスネー。ダイジョーブ、ダイジョーブ。ハッハー! ミーに任せなサーイ!」
「我は我の方法で守るのだー」
 てろてろとガン・ミーが奥へ引っ込んだ後、カールは洋上を眺める。
「来ましたネー! ……ヘイ、精霊サン。ちょっとお願いネ!」
 カールの呟きに反応し、周囲の精霊がざわつきはじめた。
 そのままリボルバーを手に狙いを定める。
「……おっと、これはフェアではないデスネ」
 カールは長い耳をぺたっと垂れさせ、失敗する所デシタと笑った。

「拙者が保護された様に姫もあるいは旅団に……。Fu、何を考えている豚野郎め」
 ガルバリュートは感傷にひたるかのように俯き、ため息をつく。
 大きく頭をふると、何故か大砲の中へとその身を埋めた。
「さぁ! そこのどなたか知らぬが、紐を引っ張るだけだ。我を解き放つが良い!」
「私?」
 そこを歩いていただけで指名されたホワイトガーデンは少し首をかしげると、まぁ本人がそういっているのだし、と紐を引っ張った。
 火薬が爆ぜる音がして、ガルバリュートの身体が一直線に飛んでいく。
「……いいのかなぁ」ホワイトガーデンの呟きはガルバリュートの耳には届かなかった。


「薙ぎ払え!」玖郎が吼える。
「ヒャーハハハ!!!!」ジャックの高笑いが響く。
「行っきますヨー!!!」カールの陽気な声があがる。

 晴天直下、突如おそるべき勢いの暴風雨が巻き起こり、海面を異様な程にうねらせ、荒れ狂わせる。
 三様の力が異なる手段でひとつの目的――大時化を招いているのだ。
 世界樹旅団のメンバーが乗っていたであろう小船では一たまりもなく、横転し、転覆して、人員が放り出された。
 当然、世界図書館側の小船もいくつかは犠牲となっている。
「きゃぁぁああ!!」
 悲鳴のあがったあたりへ向け、玖郎は魚で作られたボーラを投げ込んだ。
「生臭いー!」
「ギャハハハ、弱ェェェ!!!!」
 小船から発光弾が乱射される。
 ジャックの手がくねくねと動くと、それらは消失し、海中へと転移させられた。
「俺サマが半径50m最強の魔術師だって思い知りナ、旅団チャン」
「下手な鉄砲、数撃ちゃあたるのよー! 突撃部隊、私が何とかするから甲板へあがって! ソルは手伝って!」
「元気がいいのがいるじゃねぇか、無理無理、この嵐の中でどうやって……おおお?」
 軽やかに処理できていた数十の発光球体は、ものの一瞬で数を倍増させる。
「やべ、この数じゃアボーツ(物体転移)が間に合わねェ、おい、”何発か抜けるぞ、譲ってやる”」
 ジャックの思考転送が間に合ったか否か、発光球体はジャック、玖郎の浮かぶ空中へ雨の如く降り注いだ。


―――Turn.11
「別にロストナンバーの手でひっくり返せってぇルールは無ぇよなァ」
 シャチの背に乗り不敵に笑う石川 五右衛門。
 海面を猛スピードでつっこんだ勢いで、世界樹旅団の母艦に激突し、大いに揺らす。
「へんっ、やっぱ一発二発じゃコケねぇかァ! おい、暇してんなら出番だぜ」
 五右衛門の合図に呼応するように、世界図書館の小船がどんどん世界樹旅団の母船にまとわりつく。

「戦争ならまず応援合戦だな!」
 虎部が振り向くと、ロナルドが鷹揚に頷いた。
 ロナルド・バロウズの手にはトラベルギアであるバイオリン【たらこ】が握られている。
 弓を引くと、その音階に乗せ、衝撃波が母艦に叩きつけられた。
 母艦上で「うおっ!?」と驚く声があがる。
「はっはっは。怒るな怒るな、ただの応援合戦だ! そっちも応援で応戦しようぜ?」
 虎部の軽口に母艦から矢が振ってきた。
 ロナルドの衝撃波は空中にある矢を薙ぎ払う。
「おい、おっさん。やるじゃねぇか! 乗り込むぜ」
「あははー。おじさんね、今日は遊ぶって決めたからー、余計な事はしませーん。楽しければ良いじゃない」
「そうか? それもそだな、でも手伝ってくれよ」
 虎部は軽く屈伸すると「いいぜ」と合図をする。
 途端、ロナルドの衝撃波が臀部に叩き込まれ、その勢いで放物線を描いた虎部の身体が母艦上空から甲板へと叩きつけられた。
「痛ぇぇ! ぐっ、痛くねぇ! 行くぜ、用意ドンだ!」
 マストに駆け上がり、剣でロープを切り、錨を蹴り落とす。
 礼を言おうと振り返ると、ロナルドが手をあげてこちらに笑顔を向けている。
「美女発見ー! お姉さん、このあと、おヒ……」
 じゃぼん、と水音があがった。
 小船の上で立ち上がったロナルド、バランスを崩して落ちる。
「美女?」
 と、虎部が振り向いた時、すとっと彼の胸にナイフが飛び、突き刺さった。
「え、ぐ、ぐぉ……?」
 途端、ばんっと彼の背中で何かが光る。
『セクタンの護り』が発動し、一命を取りとめた虎部がぜぇはぁと荒い息を吐いた。
 顔をあげる。
 世界樹旅団の一員であろう女性が恐ろしい程の殺気を込め、虎部を睨みつけていた。
「あれ、どっかで……」
「マスカローゼ様、お引きください。こいつは我々で始末します」
 マスカローゼと呼ばれた女性は無言で踵を返し、母艦の室内へと階段を下りる。

「さぁ、覚悟しろ。世界図書館の……って、うわ、か、海魔!?」
 船上に海魔が出現していた。烏賊、蛸、ウミウシにヒトデ。
 ただただ何でもアリなラインナップだ。
 唐突な海魔の出現で驚愕に陥る母艦のはるか上空、アマリリスがくすくすと笑顔を浮かべていた。
「冷静に考えればあんなのが船上にいたらとっくに横転どころか真っ二つだ」
「まったくだぜ」
「!?」
 アマリリスの背後で唐突に聞こえた声に、驚きつつ振り替える。
 黄色いパーカーに身を包んだ大柄なおっさんが手をあげていた。
「旅団。……いや、見た事がある。ターミナルのやつだな」
「おう。ティーロってんだ。所でねーちゃん。ありゃ立体映像か何かか?」
「ねーちゃん? 私はアマリリスという。あれか、幻術だ。落ち着いて対処されるならともかく、乱戦中は効果が大きい」
「そーかい。それよか、ちょっくら提案があるんだけどな」
 にやり、とティーロが笑みを浮かべた。


―――Turn.12
 世界図書館、母艦。甲板。
「そなた、顔色が悪いぞ。大丈夫かの」
「ああ、海に落ちなければどうということはない」
 ジュリエッタに心配され、ロウはそんなに自分の様子が悪かったかと苦笑する。
 無理をするでないぞ、との警告は有難く受け取り、ロウは瞳を閉じる。
 意識を集中し、念力の矛先はこの母艦にまとわりつく小船をひっくり返すために使った。
 ぴしゃん、ごろごろ。どしゃん! と雷が炸裂するたびに船が揺れ、ロウの脳みそを揺さ振る。
 放っているのは先ほどロウを心配してくれた張本人、ジュリエッタである。
 セクタン・オウルフォームのマルゲリータは母艦上空を旋回し、主人へとその視界を送りつけていた。
 視界は広く、そして正確に目標を伝えてくる。そこに向けジュリエッタは雷撃を練り、ぶつけるだけの繰り返しだ。
 小船に命中せずとも、海中にあたれば波が立つ。
 それにより転覆させるもよし、揺らせば揺らす程に相手の気分も悪くなるだろう。
 だが、それは当然、母艦にも不規則な震動が襲う、という事に繋がる。
「さすがに疲れてきおったが、今日はなかなか雷の調子がいいのう! おや、どうしたのじゃ? 船倒しの本番はこれからじゃぞ!」
 ジュリエッタは快活に笑う。
 対してロウの方は海に落ちたらどうするか、対策に余念がなく、有体に言えば余裕もない。
 クロードも甲板から下を見下ろして念力を振るう。
 小船を左右に揺らし、あるいは浮かせてひっくり返す。
「青い海原、か。遠い日の祖先達もこんな風に戦ったのかな」
 ふっと物思いに耽りそうになる己の頭を振って意識を戻す。
「かかってこい。海に落とすだけで勘弁してやるつもりだが、お望みとあらば相手になってやろうか?


『おい、何発か抜けるぞ、譲ってやる』
 山本 檸於の脳裏に謎の声が響いた直後、彼の身体を無数の光球が貫いた。
 譲られた光球は檸於が身体で受け止める形で順調に防御される。
「痛ででででで!! やりやがったな、ちくしょう。発進! レオカイザー!」
 ばーんと甲板に立ちポーズを取って硬直する。
「見たか! こんな(恥ずかしい)能力者が旅団にいるか? ……いないだろちくしょー!」
 滂沱の涙を流しつつ、次々襲い掛かってくる光球に「ぐへっ」とか「げほっ」とか痛そうな声をあげつつ、受け止める。
「痛ぇぇぇ!! くっ、やられてばかりでいられるか、レオレーザぁぁ!!」
 ちゅどぉぉぉーん。
 レーザーが命中すると小船が散る。
 散った木っ端と煙の間から、黒衣の少年が一人。
 彼を背負うように、ぴっちりした赤いワンピースに魔女マント、手袋とブーツをしている少女が一人。
「来たか、世界樹旅団!」
「世界樹旅団、魔法少女大隊-ダージリン中隊所属、セリンボン小隊の長手道メイベル伍長。お相手するっ!」
 ぴしっとポーズを決めて宣言する。
 檸於のイメージする以上に、(恥ずかしい)能力者はいるのかも知れないなーと何とはなしに思ったが、とりあえず今は考えない。
「そっちの少年は?」
「ソルと言います。よろしくお願いします」
「そーかよ、二人がかりでいいぜ。かかってきなぁぁ!」
「マジカル☆ステッキ。行くぞぉー!」
「……え。いや、ステッキってそれ、どー見てもハンマー」
 ごんっ。
「ぬおおおおお。い、痛い!!!」
 檸於がハンマーでしばかれた場所を押さえて蹲る。
 折れる程ではないが、やっぱり痛い。
「うわ、お兄さんって頑丈……。ソル、手伝ってよ」
「はいはい」
 ソルがメイベルのステッキに手を添え、もう一振り。
 先ほどまでとか明らかに違うスピードが檸於を襲う。
「って、え、ちょっ、待っ……」
 ごいんっ☆
 ぺかっとセクタン、ぷる太の身体が光った。
 セクタンの護りが発動したということは、己が即死級の技を食らったということだと悟り、愕然とする。
 ついでにもうひとつ。あまりの衝撃に吹き飛ばされたため、自分は空中におり、下には海が広がっていることに、もう一度愕然とし、すぐに檸於の体は重力に引かれて落下し、派手な水飛沫をあげた。


―――Turn.13
 チェスを模したボード上を駒が滑る。
「敵さんもなかなかやりますなぁ」
 世界樹旅団の母艦は周囲を小船に囲まれていた。すでに何人かには乗り込まれているようだ。
 が、参謀然として余裕の笑みを浮かべるのはイテュセイである。
「競技の上のことだから追撃なんかはないと思うよ。馴れ合う? 逃げる?」
 巨大な一つ目はパールの瞳を射抜き、恐怖心を呼び覚ます。
「くっ、セリンボン小隊。各員に通達、撤退の用意。無理をせず各自の判断で躊躇わず逃げてください」
 パールは悔しそうに呟いた。

 ハーデが転移したのは世界樹旅団の母艦に接したまま放置されている小船の上だった。
 甲板の様子はよく見えないが、誰かが騒いでいるのはよく分かる。
 が、今回のルールは船をひっくり返すことだった。
 その念動力を用い、滞空すると、ハーデは己の腕に光の刃をまとわせ、躊躇なく、母艦の装甲へと手を差し込む。
 豆腐にナイフを通したようなもろさで、あっけなく木造の装甲を貫ける事を確認すると、ハーデは甲板の外周に沿って移動する。
 一周するまでに要した時間はほんの数十秒。
 喫水線のやや上あたりで、船体が横断スライスされた状態である。
 ただ、海に浮く板の上に木造の箱が乗っているのと大差はない。
 船そのものの重力と摩擦によりすぐにバラバラにはならないが、時間の問題だと確信する。
「出番だ」
「はーい、任せてください! なんてったってボク百万馬力ですもんー!」
 ハーデの合図に少女の快活な返事が応えた。
 額に刻まれた「PNG」の文字、少女の姿をしたガンドールは笑顔のまま、ジェット噴射を利用して船の上部をズラそうと推し続ける。
「もうちょっとですよー!」
 ぎりっ、ぎりっと軋みをあげて船の上部だけがズレ続ける。

 ひゅるるるる

 最初にハーデが音に気付く。
 甲板の上でも誰何の声がする。
 何かが高速で飛来、否、落下してきていた。
 腕を頭上で組み、隆々たる筋肉を誇示しているマッチョマンだと理解した時、その肉塊はぐっと親指を立てた。
 あれは何だ、肉だ、いや人だと誰何の声をガルバリュートは恍惚の中で聞く。
「新鮮な目が拙者を射抜く……ふんぬぉぉぉー!!!!」
 どーん、と猛烈な音を立て、船体に己の体をつっこませ、食い込ませ、さらには押し込む。
 ぐらり、と船が揺れた。
 やがて、みしみしみしみしっと音を立て、海に浮かんでいる船の上部だけがスライドし、水面へと押し出される。
「むちゃくちゃやりますねー!」
「人は狙わず船を狙い、木っ端微塵にしたわけでもない。レギュレーション通りだが、何か」
 ハーデは無表情のまま、PNGの声に応える。
「それより、ひっくり返すのは船だろう。急ごう。ここまでやって先に世界図書館の母艦をひっくり返されてはつまらない」
 目の前にあるのは分厚い板が一枚である。
 PNGの力を持ってすれば、ひっくり返すに時間はかからない。
 後は、それまでに世界図書館の母艦が倒されなければ、の話となる。
「よっし、最後の大暴れだ。いくぜ!」
 石川五右衛門の合図で、遠巻きに見ていたシャチの群れが再び動き出した。
 食い止めようと回頭する世界樹旅団の小船の上から水が降る。
 ティーロとアマリリスがどこから用意したのか、如雨露で海水の雨を降らせたのだ。
「露払いは任せときな」

 総攻撃が、始まった。


―――Turn.14
 世界図書館、母艦。
 川原 撫子の背中には樽が背負われていた。
 目の前にいるのはメイベル伍長、本人の意思はどうあれ、彼女の目にはメイベルの衣装は若々しく瑞々しいスタイルを誇示するかのように見えていた。
 それが完全に被害妄想であろうと、あるいは逆恨みであろうと。
「どうせ私はビキニ似合わないし水に浮きませんよ~だ」
 ぼそっと呟いて。
「あぁん、くやし~!」
 今度は思い切り叫ぶ。
 叫んだついでに樽からホースで水を散布する。
「海水に触ったら負けなんでしょ! ほらほらほらほら!!!!」
「マジカル☆ステッキ!」
 メイベル伍長はステッキという名のウォーハンマーを手に、撫子を睨みつける。
「行くぞぉー!!」
「待つのだー! おまえの相手はこっちなのだー! 防御用体液を食らうのだー!」
 ガン・ミーがメイベル伍長の前に立ちふさがった。
 ごいんっ☆
「あーれー、なのだー」
 ゴルフよろしくフルスイングで飛ばされ、空と海の間の方向あたりへ消え去る。


 力任せにステッキという名のハンマーを振り回すメイベルの前に一人の魔女が立つ。
「こんにちは」
「……? こんにちは」
 フルスイングでガン・ミーを吹き飛ばしたポーズのままのメイベルに、一人の女が静かに声をかける。
 メイベルの方も不審ながらも挨拶を返すと、最後の魔女は口元を歪ませた。
「私の名前は最後の魔女」
「……魔女?」
「ここには私以外の魔女は存在せず、私以外に魔法を扱う者が存在してはならない」
 最後の魔女を名乗る彼女は手を広げ、頭上に翳す。
 メイベルの手からウォーハンマーが消えた。
 ぱちくりと目を見開き、あるいは落としたのかと己の手から消失したマジカル☆ステッキの行方を探す。
「何故なら、私が最後の魔女だから」
 きっぱりと言い放ち、凄絶で陰鬱な瞳がメイベルの瞳を射抜く。

「あ、あれ、雷が出なくなったのじゃ」
「おい、空中にいた連中の何人かが落ちたぞ」
 突如、浮力を失い落下したジャックは玖郎に拾われており、カールの耳に精霊の声は届かなくなる。

「……味方に被害甚大って結構な魔女じゃない!」
「光栄よ」
「うっわ、自覚ありか。酷い!」
 メイベルの軽口に最後の魔女は嗤って応える。
 ――やがて。睨みあう、いや、最後の魔女の方は微笑んだまま、競技終了の合図が聞こえてきた。


―――Last Turn.
 世界図書館、世界樹旅団ともに負傷者多数、死者ゼロと確認を取る。
 競技が終わる前から手分けをして海域を飛び回り、負傷者救助にあたっていた二人のおかげで回収されたものも少なくない。
 母艦への突撃を行ったメイベル伍長やソルをはじめ、近隣に展開していた世界樹旅団のメンバーは、競技終了の合図と共にナレンシフへと帰り、気付いた時にはブルーインブルーから姿を消していた。

「ご苦労様。大勝利! ぶい!」
 アリッサの元気なアナウンスが、ロストレイルに戻った参加者を迎える。
「みんな疲れてる?」
 当たり前だーと誰かが呟く。
「うんうん、でもまだまだ! じゃ次の競技に行こう!」
 無駄に元気なアリッサの声に「こんちくしょうやってやんぜ!」とヤケクソな笑い声が、世界の移動を開始したロストレイル車内に響いた。

クリエイターコメント 他のパティシナより幾分か「戦争」要素が強めなパーティシナリオとなりました。
 こんばんは、近江です。

 世界樹旅団の戦力は盟友、高幡信WRよりお借りしたり押し付けられたり。
 気付けば何やかんや、ぱやぱやとした明るいパーティシナリオになりました。
 このお話はアリッサが事前に言った通り「運動会と戦争を同時に」やることになり、
 世界図書館の皆さんも、戦争よりだったり、競技よりだったりするように、
 世界樹旅団の皆さんの方も、競技よりだったり、戦争よりだったりするようです。

 血生臭い事件や根深い怨恨に発展せずに済んだのは
 皆様のプレイングがからっとしたものだったから、と言い切ります。
 さて、攻撃での参加は20名、防御での参加は26名と、
 非常にバランスの良い割り振りになりました。
 極端な参加の偏りがあれば責めあぐねるとか、守り損ねるという展開もあったかも知れませんが、
 今回はバランスの良い結末を迎えることとなり、一安心といったところでしょうか。

 これからの展開、目が離せませんね!
 と、いうことで、皆様。ご参加ありがとうございました。
公開日時2011-11-26(土) 11:50

 

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