その冒険は、優が図書館ホールを訪れたところから始まった。 冒険旅行の受付窓口で、カウンターを挟んで相対しているのは黒ずくめの無名の司書と……「ロックさん、こんにちは」 先般、『比翼迷界・フライジング』の冒険をともにした黒翼の武人へ、優は声を掛けた。 ロックはむっつりと目だけで会釈を返すのみ。「優くん~。ちょっと助けてよ~。モンスターツーリストに絡まれているの」 無名の司書が言った。「どうかしたんですか」「何故その後『フライジング』への運行がないのか問うているのだ」「そう言われてもね~。あたしもいろいろ忙しいわけで。……そだ。優くん、かわりにロックさんをどこかへ連れて行ってあげてよ」「それは一体何がどう“かわり”なのだ。フライジングの依頼がないのであればそれがしは帰る」「まあまあ。せっかく来られたんだし。俺は構いませんよ」「おー、優とむめっち、何してんの?」 そこへ顔を見せたのが隆である。 彼は事情を聞くなり、「探検隊へようこそ!だな。こりゃ一やんも呼ばないと」 と、がぜん乗り気でトラベラーズノートを開く。「じゃ、決まりね。あたし、適当な依頼がないか探してくるわー」「待て。それがしはまだ行くとは言っておらぬ」「一やんもすぐ来れるって。……お、そうだ、いいこと思いつーいた」 しばし、後。 図書館ホールの打ち合わせテーブルに集められたのは1人の世界司書と5人のロストナンバーだった。「なーんーでー貴方がいるんですか!」 一が低い声で問いかけると、ロバート・エルトダウンはにっこりとほほ笑み、「ようやく僕も探検隊の仲間に入れてもらえるというわけです」 と応えた。「それがしは行くとは言っていないぞ」「きっと楽しいですよ。たまの息抜きだと思って」「で、どんな依頼なの。ヴォロスだろ。竜刻探し?」「まあ、そう思ってもらっていいかな」 無名の司書に後を任される形になった司書、モリーオ・ノルドは『導きの書』を繰りながら言った。 * * * そこはヴォロス南方の密林である。 かつては石造りの都市を築いた文明があったのだが、滅び去って久しい。熱帯の植物が生い茂る密林には、湿地に半ば沈むような格好で遺跡が点在しているばかりだ。 密林の中を血管のように流れている川は、ひとつの雄大な大河になり、南端で海へと注いでいる。 三角州には町が築かれていて、キャラバンも利用している交易の拠点となっていた。 この三角州の町から遺跡のある場所までは川を一日遡ればよいだけなので、そう遠くはないのであるが、地元の人々は遺跡のある湿地には決して近寄ろうとしない。 密林には危険な野生動物が多いこともあるが、なによりも……遺跡に立ち入ると祟りがあると信じられているからだ。「そんなわけで、命知らずのトレジャーハンターがまれにやってくるくらいなんだそうだ。そのため、遺跡には今も手つかずの竜刻が眠っている。具体的に特定はできなかったのだけど、竜刻が存在することは確実なので、探してきてほしい。どうかな、“探検隊らしい”内容じゃない?」 三角州の町で舟を調達することは容易だ。 そのまま川を遡っていき、支流から遺跡のある湿地帯へ向かうことができる。ただ、着く頃には日没になってしまうだろう。「あ、そうそう。この遺跡なんだけどね。地元では、夜には“幽霊が出る”と言われているらしくて」 モリーオは付け加えた。 夜の密林に、ぼんやりとした青白い光を見たものが多くいるのだという。加えて、遺跡のあたりから、ものがなしい歌声が聞こえてくるのだそうだ。「へえ、面白そうじゃん」 隆が笑った。「滅びた王国の……人々の霊、ということですか?」「それとも、それも竜刻の?」 優と一が言うのへ、モリーオは肩をすくめる。「残念ながら予言はないよ。まあ、それを解明するのも探検隊の醍醐味ということで」=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>虎部 隆(cuxx6990)相沢 優 (ctcn6216)一一 一 (cexe9619)=========
1 「用意ができたよー」 桟橋で優が手を振っている。 時刻はまだ早朝だ。涼しい川風に吹かれながら、船の用意を待っていた一同は乗船の準備を始める。 「持とうか」 「結構です。さ、ロックさん行きましょう」 一はロバートの申し出をツンと断ると、片手に旅行鞄、もう一方をロックの腕に添え、さっさと行ってしまった。 「え、まだラファエルさんとは話をされてないんですか?」 そんな会話の切れ端だけが聞こえてくる。あからさまに異なる態度の一の背中を見送り、ロバートはやれやれと息をつく。 きしし、とその様子を見て隆が笑った。 「今だけ、今だけ。一やんのことだし、続かないって。珍しい動物でも見つけたら気をとられて忘れるに100ペリカ」 「せっかくの探検旅行に、僕が来たせいで水を差すことにならなければよいのだけれど」 「んなことないって。っていうか、ロバートはそんなに探検が好きだったっけ?」 ロバート・エルトダウンは、軽装のサファリジャケットにパナマ帽。なかなか様になっている。 「こう見えて東インド会社の商船で東南アジアの島々を巡ったこともあったんだよ」 「そうなのかー。まあ俺は仲間は大歓迎だけどね!」 話しながら、船へ。 フォックフォームになっているロバートのセクタンが、隆のナイアをくわえて、ぴょんと先に飛び乗った。 「ロバート」 声を掛けたのは優だった。 「係留ロープを解いてもらえる?」 「……いいとも」 まるで同い年の友人に対するような言葉遣いに、ほんの一瞬、驚いたようだが、すぐに笑顔でロバートは応じた。 こうして、ヴォロスでの探検旅行が始まったのだ――。 「●REC」という文字が点灯する画面の中―― 一の構えたハンディカムはさまざまな風景をとらえる。 深い緑に艶めく、なめらかな川面。両岸に茂る熱帯性の植物。 高い、空。真っ白な雲。 ヴォロスは生命に満ち満ちた世界だ。どこを見ても、むせ返るほどの生命の鼓動がある。 川の上に突き出した枝の上に蛇が這っているのを見る。 岸辺をサルたちが駆けてゆくのを見る。 空を鳥たちの群れが飛ぶのを見る。 どこかでなにかの動物が鳴いた。ぱしゃん、と水音がしたのは魚でも跳ねたのだろうか。 一のカメラは船を写す。 優とロバートが話し込んでいるのがまず見えて、なんとなく画面から外した。 地図を睨んでいる隆。ふと視線が合う。 「バッテリー切れるぞ。肝心の“幽霊”撮れなきゃ意味ないだろ」 と笑われた。 船先に彫像のように立つロックの姿を撮る。 そっと近づいてまわりこみ、彫りの深い横顔をなめる。暗い瞳の一瞥があったかと思うと、ばっと飛び立っていってしまった。 追う。上空で、もといた鳥たちが慌てて散り散りになってゆく。漆黒の翼を広げたイカロスのようなシルエット。 「ああ、一やん、ロックにカメラ渡してくれたらよかったのに」 隆が言った。 「空から撮ってもらえるだろ。ま、遺跡に着いてからでもいいけど」 「あそこ見て。なにかいる」 ふいに、優が言った。 「ワニ……かな。大きいな」 ロバートがオペラグラスを覗いた。 一のカメラもズームアップする。波紋。そして、ギザギザした黒い背が浮かぶ。 「危険かな」 「近づかなければ平気だろうけど」 「よし、それじゃ」 隆が荷物をさぐって、食料の燻製肉を取り出した。ワニのいるあたりへ放る。それに気をとられている隙に通り過ぎる。 たん、と音がして、船が揺れたのは、ロックが降り立ったせいだ。 「500メートルほど先だ」 遺跡の場所を確認してきてくれたらしい。 「だがそのまえに……ひと雨くるな」 バケツをひっくり返したような豪雨はすぐにやってきた。 熱帯にスコールは付き物だ。 傘でしのげる程度ではない。レインコートの準備を怠っていなくて正解だった。 雨は灰色のヴェールになって360度の視界をふさぐ。水面は白く煙り、かろうじて密林の輪郭が黒く透けるばかりだったが、その中をゆるゆると船は進んだ。 一は大事なカメラを雨具の下に護った。ふと、叩きつけるような雨がやわらいだと思ったら、ロバートがビニールシートで彼女のうえに屋根をつくってくれていた。 「あ――。あの……っ」 「レディを雨ざらしにするわけにもいかないので」 「べ、べつに……! そ、そんな気遣い……」 なにか皮肉のひとつも言ってやりたいが、ロバートの行為は純粋に善意なので、無碍にするのも悪いと思ってしまう程度には、一は素直だったし単純でもあった。 結果、 「あ……ありがとう……ございます……」 と消え入るような声で言う。 激しい雨音にかき消されればいいと思ったが、ロバートがかるく微笑んだので聞こえていたのだろう。 「すっげーな」 と隆。ひどい雨に打たれていると、なんだか笑えてくる。 誰からともなく笑いが漏れるのだった。 2 スコールはすぐに止んだ。 雲は晴れ、太陽が戻ってくる。船はマングローブのあいだに分け入るように支流を進み、やがて、目指す場所へ。 船を手近な樹の幹に係留すると、一行は荷物を背負って密林の奥地へと進んで行った。 雨に洗われた木の葉はつやつやと輝き、木漏れ日きらめく梢を見上げれば枝から枝へ小さなサルたちが先導するように走っていった。 「おお」 思わず声が出た。 木々が途切れ、視界が急に開けたからだ。 湿地である。目線を遮る大きな樹木はごくまばらに立つだけで、あとは背の低い潅木や下草が茂る島状の地面と、スコールで水かさの増した沼とがまだらを描いていた。 そしてその向こうに、湿地に埋もれるようにしてあるいくつもの石造りの建物――あるいはその残骸が、植物の根に表面を覆われ、密林に飲み込まれるのもあと数年といった風情で存在しているのだった。 遺跡を見渡せる水はけのよい場所を見つけ、野営を行うことにした。 協力して地面に杭をうち、テントを張ってゆく。 隆がきわだって手際がよく、指示も的確だった。また、地面が湿っているのでブルーシートがあったのが役に立った。 近くの木の間にロープを渡して鳴る子を吊るす。作業しながら、仲間たちを振り返った。 「明日の調査に備えてさ、空から遺跡を撮ってきてくんない?」 これはロックに言った。漆黒の翼の武人は、ここまできて同調しないのもいけないと思っているのか、隆があまりに自然に指示を出すからか、なんら不平を言うでもなくカメラを手に飛び立っていった。 「それから火を起こそう」 「今、やってる。夕食はどうする? 一応、非常食は持ってきてあるけど」 優が焚き火を支度しながら言った。 「狩りをしよう。ロックが得意そうだし」 「OK。せっかくだものね。……ロバートはやったことある?」 「銃を使っての狩猟ならヨーロッパで何度か。シェフにも来てもらって、現地でジビエを調理してもらったんだけど」 「なにそのセレブアピール」 一がカッと白目を剥くのをよそに、 「でも、こんな密林では経験ないな。銃だって持ってきていないよ」 と話す表情はやわらかい。 「狩りは俺と隆とロックさんでやるよ」 「……うん?」 「ちょっ、あの……」 「じゃ、行ってくるから期待して待ってろよー」 「頼んだよ。……ヒメをよろしく」 数分後。 撮影を終えて戻ってきたロックを連れ、優と隆が食料の調達に出かけていった。 むろん、野営地に残されるのはロバートと一なわけで。 「……」 「……」 ロバートは息をついた。 結局のところこの冒険旅行はさまざまに思惑が入り乱れているらしい。 「……お茶でも淹れよう」 「……」 焚き火で湯を沸かし、ロバートが持参した紅茶葉でお茶を淹れてくれた。 「……そういうことも」 「ん?」 「……するんですね。……秘書かメイドさんにやってもらうんだとばかり」 「お茶を淹れるくらいできるさ。……昔はよく、ヘンリーたちとピクニックに出かけたものだ。……ミルクは?」 「いただきます」 「ビスケットもあるけど」 「いただきます」 「……」 茶器だけは、さすがにカップ&ソーサーというわけにもいかず、キャンプ用のマグカップであったが、紅茶の香りは本格的なものだった。ビスケットをかじると、ほんのりとシナモンが香る。 「あの……」 そっぽを向いたまま、一は口を開いた。 「このまえのお茶会のときのことなんですけど」 「うん」 「べ、べつに、間違った事を言ったとは思ってません。貴方が正しかったとも思いません。でも……」 「……」 「酷い事を言ったと思います。私が正しかった訳でもないと、今はそう思います。だから、謝ります。ごめんなさい」 「そうか」 「……ま、探検隊の仲間ぐらいには、認めてあげますよ」 一の物言いに、ロバートは小さく噴出した。 「わ、笑った……!?」 「いや、すまない」 「ひどーー!!」 一方。 「そっちに行くぞ、気をつけろ!」 隆が駆ける。頭のうえでセクタンが狐火を操り、炎の弾丸を撃つ。野生動物は火を恐れる。小型のイノシシ――に見えたが、角があるのでヴォロスの固有種かもしれない――は獰猛な咆哮とともに走った。暴れ狂うその先には優だ。 「っと、速い!」 追いつかれそうになり、イノシシモドキの角が優の防護壁に激突して火花を散らした。 「こっちだ、さあ、こい!」 それでもなんとか、目指す場所へたどりつき……ジャンプ! ふわり、と身体が軽くなる。滑空してきたロックが彼の肩を掴んだせいだ。眼下では、準備した落とし穴にイノシシモドキが嵌っている。 駆けつけた隆がとどめの火炎弾を浴びせていた。 「仕留めた……かな。ロックさん、ありがとう」 「あれが喰えればいいのだが」 武人は、うっそりと言った。 そして密林に日が落ちる頃。 イノシシモドキの肉がバーベキューになって晩餐が行われた。 「血抜きはしたし、酒に漬けたけど、くさみがあるかもしれない。よければ七味唐辛子か胡椒を使って」 優が持参の調味料を並べてゆく。 「優が切ってくれた野菜もあるからな。優がつくってくれたスープもそろそろ煮えそうだ。あと優が持ってきてくれたパンと優が作ってきてくれたディップ。特になにもしてない一やんは皿でも並べてくれるか?」 「悪かったですね、なんにもしなくて!」 「まあ、不得意なことはムリにしなくても」 「そうですよー……って、それはそれでひっかかる言い方」 「あ、ごめん」 「……料理が苦手とな。歳頃の娘がそれで困るのではないのか」 「困りません! 女の子は美味しい物が食べたい生き物です」 「ま……、一やんの料理はむしろ心配だったから」 「う。それはそれで気に障る言い方」 「優はなかなかの名シェフだよ。野趣あふれる素敵なディナーだ」 「それには異議はない」 ロバートとロックが料理を褒めた。 焚き火があたたかに照らすなか、野営の夜はすぎてゆく。 3 夜も更けた。 火を焚いていれば猛獣の害などは避けられようが、念のための見張り番を残して、あとは休もうということになる。 「慣れているほうがいいだろ。俺と……ロックさんとで交替でやるというのは?」 優が提案する。 「ロバートとでなくていいの? ってか俺もやるけど」 「隆はリーダーだし温存ってことで」 「んー、まあ、いいけど」 「それがしは異存ない」 「ではお言葉に甘えて休ませてもらおうかな」 「もし幽霊が出たら撮影して下さいよ!」 前半を優、後半がロックということになり、休むものはめいめいテントにもぐりこむ。 そして。 熱帯の空を、月がゆっくりと渡ってゆく。 聞こえるものは四方の茂みですだく虫の声と、湿地の蛙、そして密林で梟が鳴く声ばかりだ。 火の番をしながら、優が過ごしていると、月が沖天を傾く頃、ロックが起き出してくる。 「交替だ」 「あ、はい。……どうです、ロックさん」 「何だ」 「この旅ですよ。息抜きになってますか」 「……。ぬしらといると調子が狂う」 ロックは言った。 「たしかに世界樹旅団は敗北を受け入れ、戦いは終わった。しかしな。もし人狼公が命じられれば、それがしはぬしらに剣を抜くぞ」 「そんな予定があるんですか?」 「例えの話だ」 どっかりと、ロックは腰を下ろした。 「明日に障る。さっさと眠って備えよ」 「はい。それじゃ――」 そう言って優が立ち上がったとき。 はっ、と、ふたりは顔を見合わせた。 「今の」 「聞いたか」 木々が、ざわめいている。 夜風にまじって……声が――声のようなものが聞こえた。 遺跡のほうから聞こえてくるようだ。 亡霊の歌声……そんな話だったが、なるほど、歌といえばそうかもしれないが、明確な旋律のあるものではない。ハミングのような、オペラのコーラスのような、甲高い声がうねるように発せられている。なにものかの、悲嘆の叫びだと言われればそのようにも聞こえた。 「見よ」 ロックが指した。 遺跡のあるほうの闇に、青白い光が灯っているのを、ふたりは見た。 「なにか……いる……?」 それはふわふわと宙を漂い、夜の中を滑るように移動していた。 「えー、撮影してって言ったじゃないですか~」 「すまぬ。怪異に気をとられておった」 「それに、少ししたら消えてしまったしね」 翌朝。 ロックと優から昨晩の話を聞く一。 「正体は遺跡の中を調べればわかるかもしれないね」 モーニングティーを淹れながら、ロバートが言った。 「実際に見たら泡でも吹いて倒れてたんじゃないの?」 にやにやと隆が言った。 「そんなことないですよーだ」 「なんにせよ、期待が高まってきたな。じゃあ、朝飯食ったらいよいよ本番、行くか!」 隆はメンバーを見渡してそう宣言した。 ロックの空撮をもとに、遺跡地帯の中央にある建物に目星をつけた。 「たぶん、神殿とか寺院とか、そういう感じだよな」 建物を守護するように立ち並ぶ石像の群れを見て、隆が推測する。 これより挑もうとする入り口近くの列柱に、一が糸を結び付けていた。アリアドネよろしく迷わないようにするためらしい。 セクタンの狐火を頼りに、一行は建物の中に足を踏み入れていった。 中は日が遮られているせいか、空気が涼しい。 「罠とかあるかな?」 「どうかね。この様子じゃあっても風化してそうだ。むしろ床や天井が崩れるのに警戒したほうがよさそうだぜ」 と隆の弁。 彼の言うのももっともで、内部は荒れるに任されている。 狐火に照らされて、色あせた壁画のうえを、トカゲが慌てて逃げてゆき、ひび割れた隙間に隠れるのが見えた。 侵入者を撃退する罠などが仕掛けられているのはゲームの中の話だ。ここが神殿であったなら、日常的に人々が出入りしていたであろうし、そういったものの存在は想定しにくかった。 「なにか聞こえる。……水?」 優が気づいたとおり、すこし行くと床が崩れて落ち込んでおり、どこからか流れ込んだ水が滝になっていた。 「ロープで越えるか。悪ぃけどこれを向こうの」 「待て。なにかいる」 隆がロックにロープを渡し、穴の先へ飛んで結び付けてもらおうとしたときだ。穴の底を、昨晩、優たちが見た青白い光がさっと横切ったのである。 そして―― 「あの声だ」 むせぶような、嘆くような…… ひっ、と、一が喉を鳴らした。 「なんだ今の……ちょっとゾクっときた。……けど実害はなさそうだな。もしかして地下があるのか?」 一から懐中電灯を受け取り、隆は穴の底に光を投げかける。 そこにも通路があり、この穴はその天井が抜けたものだとわかった。 「行ってみようか」 「だな」 ロープを渡すのではなく垂らすことにし、順番に降りてゆく。 一を起こし、地下の通路を先へと進んだ。 「ゆ、ゆ、ゆうれいとかじゃなくて、なんかあれですよね、あれ」 「アレって?」 「あれはあれですよ!!!!」 「わ……」 やがて、通路が広間のような場所へ。 青白い光の群れが、高い天井を埋め尽くしている。 そして再び、あの声が。 「見たか? 聞こえるか? ついに我々は目的の地へ到達したのだ!」 隆が高らかに宣言したが、一は隆の予言どおり泡を吹いて失神し、ロバートが紳士スキルを発揮して受け止めるのであった。 4 「なんだろう、これ」 光はかれらが足を踏み入れると、さあああ、と潮がひくように消えていき、闇に溶けるように見えなくなってしまった。 広間は薄暗くなり、狐火に照らされるのは居並ぶ神像ばかり。 「……ふっふーん。あからさまにあやしいが……あれじゃないのか」 遠巻きに、神像を観察し、隆が目を光らせる。 中央にある像の、額に位置する第三の目。鈍く光を反射する輝石のようなものから、ただならぬ気配を、かれらは感じた。 「なにか力のようなものを感じる。竜刻に相違なかろう」 とロック。 さすがにここには罠や仕掛けがあるかもしれない。隆はそう考えたが、手持ちの道具では観察以外に使えるものがないため、慎重に近づき、触れてみて確かめるほかはなかった。 「……待て!」 寸前、ロックが隆の肩を掴んで引き戻す。 神像の胴から、ぎらりと輝く刃が飛び出すのと、ほぼ同時であった。 「……っ。や、やば……」 正面から上りついて、竜刻を取ろうとすれば胴を串刺しにされていたであろう。 飛び出した刃を注意して避けながら、ロックが剣の切っ先で竜刻の石を取り外した。 これで目的を果たしたことになる。 「助かったぜ……。さっきの声と光、この竜刻の影響だったのか?」 「もしかして」 優が口を開いた。 耳を澄ませば、遠くでまた声がする。 優が湿らせた指を立てた。 「風だ。……声がするのは、風が吹いているときだ。この遺跡自体が楽器のようになって、通り過ぎる風が音を立てているのかもしれない」 「あの光は?」 「光と風は別物なのだろうね」 ロバートが話に加わった。 「でも同じ場所に発生したため、結びつけて考えられ、『亡霊』になった。見てごらん。そこで拾ったのだけど、探せばいくらでも見つかる」 ロバートのてのひらのうえにあるのは小さな虫の死骸であった。 「ほら、かすかだけど、ぼんやり光ってる」 「本当だ!」 「ホタルのような発光物質を持つ昆虫なんだろうね。その群れを、僕らは見たんだろう」 * 「一やん、怖がりすぎだろー。ちびったんじゃないのか?」 「女子に向かってちびるとか言わないで下さい! セクハラですよ!」 「え、マジでちびったん。ひくわ……」 「だからちびってません!!」 帰りのロストレイル。 探検隊の賑やかな談笑が響く。 「そうだ、一くん。今度、ヘンリーと開発を考えているブルーインブルーの下見調査の依頼があるのだけど。よければ一くん、行くかい?」 「はあ? なんで私が?」 「なかなかいいところらしいよ」 「船酔いしてゲロ吐くんじゃねーぞー」 「女子に向かってゲロとか言わないで下さい! 吐かないですし!!」 「どうです、楽しくなかったですか」 優はロックに訊ねた。 「そういう問題ではない」 窓の外を向いたまま、彼は応えた。 「だがこれも、それがしの使命のうちなのであろう」 かくして、探検隊のヴォロス行は無事、任務を果たしての幕引きとなった。 最後に、遺跡の前でセルフタイマーで撮った記念写真は、焼き増しされて全員に配られた。 その写真の背後、闇のなかにあやしい影が浮かび上がっていた件については……、深く追求しないほうがいいだろう。 (了)
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