『フォーチュン・ブックス』の一階、昼食を済ませて皿や何かを押しのけ、店主のフェイがロンに向かって、「さいたんさいをすることにした」と言った。「もっとも短い……最短祭?」「どんな祭りだ、それ」 フェイが顔を引き攣らせていて、ロンはしばし黙考する。「気合いと根性で男達が盛り上げる……祭胆祭?」「凄そうだが、違う」 本気かよ、と呆れた顔でフェイはコーヒーカップを傾ける。 だらしなくていいかげんで、いろいろどうしようもない男だが、それでもコーヒーを淹れるのは意外にうまいと、同居してから改めて知った。ポンポコフォームセクタン柄のカップを包んで、ロンは溜め息まじりに応じる。「再び産まれる、の再誕祭?」「わかってるんじゃねえか」 フェイは先日ようやく片付いた『フォーチュン・ブックス』を見回して笑った。「あの時にイベント期待してるって言われたからな、片付いたここで楽しんでもらおうと思ってる」 こういう感じでだな、と例によっていろいろ書かれたポスターを、ロンは眉を寄せて見つめる。「フェイ」「あの根っこに、持ってきたランプとかランタンとか懐中電灯とか飾ってもらって、世界樹根っこツリーのできあがりだ」 『フォーチュン・ブックス』を一階から三階まで貫いた世界樹の根。先日の片付けで邪魔な部分は整理され、今では建物を飾るオブジェ的な扱いだ。ところどころに切り込みを入れて小さな棚を作ったり、フックを取り付けて物をひっかけられるようになったりしている。「フェイ」「料理はきっと誰かがまた持ち込んでくれるだろうし、飲み物はハオが何とかすると言ってくれたし。鳴海司書も秘蔵の酒を振る舞ってくれるらしいぞそう決めた」 それはひょっとして脅すとか言いくるめるとか、そういう結果じゃないのか。 だが、問題はそこではなくて。「フェイ」「何だよ、何か問題でも」「なぜ僕がかぼちゃ男の仮装をすることになってる?」「ああ」「これはクリスマスだな? ハロウィンじゃないな?」「あのな、ロン」「ちなみに参加者は仮装してくることという一文は何だ?」 繰り返すがこれは。「ああ、ああ、わかってる。だがな、ロン」 フェイは身を乗り出した。「お前は皆に楽しんでもらおうと思わないのか?」「……」「片付けでは随分世話になったし、あの後、崩壊した『フォーチュン・グッズ』から、なお品物を回収してくれた人達も居たよな?」「………」「皆、自分達のことで手一杯だったのに、あれだけ手伝ってくれたんだぞ? そういう努力は報いられるべきだろ?」「……鳴海司書は?」「……いつかそれなりに報われるさ」 嘯くフェイに溜め息をつく。「……わかった。かぼちゃ男に変装でも猫耳でもしよう。何なら残った品物をくじ引きで当ててもらってもいい」「じゃあこのポスターを」「ただし」 いそいそとポスターを貼りに行こうとしたフェイに淡々と告げる。「君はミニスカサンタだぞ」「…………わかった」 フェイは肩を竦めた。「吐く奴がいないといいけどな。まあ、サイズが合うのを探してくる」『再誕祭のお知らせ ターミナルへようこそ! そして、おめでとう、新たな0世界! 『フォーチュン・ブックス』ではクリスマス・イベントを行います。 参加者は仮装し、灯を一つ持参のこと。 『フォーチュン・ブックス』の世界樹を灯で飾って頂きます。 世界樹ツリーの前で飲み食いして楽しみましょう。 また【1】〜【5】までのお好きな番号を店主にお伝え下さい。 ささやかなプレゼントをご用意いたしております。 『フォーチュン・カフェ』と鳴海司書から飲み物食べ物提供あり。 ただし未成年の方にはお酒をご提供できませんので、ご了承下さい。 皆様のお越しをお待ちしております。 本年も一年お世話になりました。 来年もよろしくお願いいたします。 ミニスカサンタ 店主 フェイ』=============!注意!パーティシナリオでは、プレイング内容によっては描写がごくわずかになるか、ノベルに登場できない場合があります。ご参加の方はあらかじめご了承のうえ、趣旨に沿ったプレイングをお願いします。=============
「チハッス! お邪魔しまーす」 開いた『フォーチュン・ブックス』の扉の前で、氏家ミチルは威勢良く挨拶した。ドッグフォームセクタンの着ぐるみはもちろん某人物の忠犬(自称)だから。 「何でもお手伝いシャス! ガイシャス!」 くじは3番で、と続けたミチルに、ハオはくすくす笑って小さな絵札を渡した。 「じゃあ、二階へ上がって探してね。ロンが棚にその絵と同じものを並べてるから」 「アザス!」 絵札には色とりどりの飴が入った小瓶が描かれている。ミチルはぺこりと頭を下げ、家に飛び込んでいく。 一階はもうかなり賑やかだ。 テーブルに並べられた鳥料理、サンドイッチ、苺のタルト、ブッシュドノエルは、聖職者の仮装の相沢 優が持参した。いそいそと紅茶を運んでいったアクアーリオは紺色のメイド女装、優の姿を見て一瞬泣きそうな表情を浮かべる。 「ハオさんから聞いたよ、頑張ってるんだって?」 でもあまり無理はしちゃだめだよ、と笑うと、優はそっとアクアーリオの頭を撫でる。 「プレゼント、有り難うございました」 持ってきた灯を世界樹の根に飾り、振り返ってミニスカサンタのフェイに苦笑しながらお礼を言うと、 「こっちこそ、世話になるよな、いつも」 笑い返したフェイは赤と白のもふもふ系の上着、白いもふもふで縁取られた鮮やかな赤のミニスカート、その下は赤いオーバーニー、正直なところ頭が痛くなる姿だ。 「あいつ、何をやった?」 聞かれて、優は掌に載せて転がしてみせた。木彫りの卵の中に木彫りの鳥が入っており、転がすとくるくる、と鳩が鳴くような音がする。 「ああ、鳴き鳥(メール)か。願いを込めてそれを鳴らしていると、伝えたい相手に届くんだそうだ」 「伝えたい、相手に」 優はあちこちに灯が飾られた根を見上げる。優のは灯が少ない部分に飾った。薄暗く翳った場所に置かれて、柔らかな光が鮮やかに映える。人の心の光と闇にも似ている、と思う。 「男女サンタで恥な写真を残そうぜ、フェイ」 「ぐあっ」 フェイの首に腕を回したのは坂上健だ。真紅の超短上着、赤い短パンのサンタ服で、きっちり肉がついて割れている腹筋や筋肉パンパンの生太腿やらが晒されて、男二人組むとかなり目にも心にも痛い。 「空気読めなさじゃ負けないぜ! ビールやるから酒寄越せ!」 「け、健…っ、締まって、る、ぞ、おい、おいいっ!」 ようやく振りほどいたフェイは、また筋力アップしたか、と感心して見せる。 「どこまで鍛えたら気が済むんだ?」 「……頼りがいのある男ってなんだろうなぁ」 「はあ?」 健が持ってきた瓶ビール1ケースと引き換えに出されたのは、ヴォロスの『バル・ンガ酒』。鮮やかな紫、うっすら浮かぶ金色の筋。ある種族の結婚式に出され、一瓶で出席者全員酔いつぶれるという類だ。 「悩み事?顔にでてるヨ。言いたいことあれば聞いてみるけド」 声をかけたのはワイテ・マーセイレ、棘やら鱗やら背びれやらがついた怪獣の着ぐるみでの参加、さっきまで異世界の占いの本を見ながら、のんびりインヤンガイの『月下離魂酒』という銀色の酒を舐めていたが、健の落ち込みにカードをシャッフルしながら占いを始めた。開いたカードをまじまじと眺め、 「人って大事なことほど相談せずに自分で決めるものだからネー。頼る頼られないは気にすることはないと思うけド」 「ぐ!」 おそらくは心臓直撃だったのだろう、健が胸を押さえて唸る。 「他人に頼られたいってのは自分にとってどういうことか、見つめなおしてみたラ?」 「ぐぐ!」 突っ込まれてますます健は俯いたが、そのままぼそぼそと 「…笑顔が見たかったんだ、最初は。間違ったのは俺自身だ…しょうがないさ」 呟いたかと思うとがばりと顔を上げた。 「来年中にKIRIN卒業できるか占ってくれ」 「……いいけド」 開いたカードを眺めたワイテがちろりと健を見る。 「で、俺が言いたいのはだな、何でそこは沈黙なのかってことなんだよ!」 天を仰いで叫ぶ健の横を通り過ぎて、年末の二次充に向けて驀進中の彼女に以前着せられた軍服仮装の鹿毛 ヒナタが溜め息をつきつつぼやく。 「俺は実質シングルベルですよ。最早何かがおかしいとも思わなくなったよ。これが悟りか」 手にしているのはランタンをステンドグラス風にアレンジしたもの、ツリーもサンタも影絵になったのを椅子に乗って高めのフックに吊り下げる。ヒナタが選んだのは2番、少しは心を慰められるものでありますようにと願いながら本を探したが、『恋人と一緒に試す手管』だったのは、如何なる神の企みか。 「無垢な優しい光が気に入っておる。世界樹には酷い目にあったものじゃが、樹のオブジェとしてはなかなか素晴らしいものがあるのう。ふむ、これも不幸中の幸いというべきかのう?」 手足の長さを生かしたセクシィミニスカのグリーンサンタ衣装をつけたジュリエッタ・凛・アヴェルリーノは、暖かなオレンジ色の卵型ソルトランプを棚に載せている。ヒマラヤ岩塩の塊から作られたソルトランプはぼんやりとした温かな光を周囲に放ち、荒れた心も宥めるようだ。 「何かこう、恋愛運がアップするような小物が当たれば良いのじゃがのう」 彼女が引き当てたのは、ローズクォーツの薔薇付き、黒ビロードチョーカー。身に着けていると、次第にふんわりと優しい香りが漂い始める。 黒いミニスカサンタ姿の川原 撫子は、乾電池用ミに室内灯を階段から身を乗り出して、誰もかけられなかった一隅にかけると、「貧乏暇ばっかりで財布の中身が軽くてぇ☆」と苦笑いしてみせ、 「ホットケーキミックスで山のようにプレーンホットケーキ焼いてきましたからぁ、どうぞ物々交換させて下さいぃ☆」 そこへハオが特製のジャムやコンフィチュール、生クリームやヨーグルトチーズ、肉の香草炒めや野菜サラダなどを運んで、次々周囲から手が伸びる。 「わーい、とりあえず幸せは物々交換で稼ごうと思いますぅ☆」 撫子は笑み崩れ、 「フェイさんやロンさんの好みのお菓子ってなんですぅ? やっぱりハオさんの得意なマーラーカオとかフォーチュンクッキーとかですかぁ☆得意な物は好きな物とかぁ☆」 ハオに質問を投げかけた。うーん、と首を傾げたハオは、 「フェイはマーラーカオはあまり好きじゃないみたいだね。ああ、そのピーマンのコンフィチュールはロンも好きだよ」 「ピーマンの……えーと、ジャムぅ? さっそく試してみますぅ☆」 もぐもぐと口を動かしながら、そう言えばぁ、くじではこんなのが当たりましたぁ、と撫子は見せたのは、淡いピンクのコンパクト。真珠色がかったそれを開くと、大好きな人の顔が一瞬見えるらしい。 「えへへへぇ☆楽しみですぅ☆」 次の料理を運んできたのは、普段の格好に白い猫耳とふわふわの猫尻尾をつけたジューンだ。持参の小ランプは、皆の顔がすぐ照らせる間近に釣られている。 「ジューンさん」 見知った顔に優が笑顔になると、テーブルに料理を並べたジューンが、 「猫耳メイドさんと言う方がいらっしゃると伺いましたので。簡単な仮装にさせていただきました…にゃん」 右手を丸めて、生真面目な顔で猫のポーズをとった。 「これ、置く場所をどこにしましょう…にゃん」「他に何かお手伝いすることはありますか…にゃん」 頑張ってにゃんにゃん言い続けるあたりが、何とも可愛らしい。 「ほのかさんが、冬至の七草汁を作ってくれたんだそうです。一緒に運んでもらえますか?」 リオがジューンを見上げて小首を傾げる。その視線に落ち着かないものを感じたのだろう、ぴたりと動きを止めたジューンが、 「仮装と言うのは意外と難しいですにゃん」 「あ、でも、よく似合ってると思います、ボク」 「……それは何の仮装ですかにゃん」 「あ、えーと」 口ごもったアクアーリオはちょっと赤くなり、お店の制服の一つです、と応え、ハオに鋭い視線が投げられたが、当の本人は、 「来てくれる人が増えたよね、アクアーリオ」 と屈託がない。 「できましたよ」 取りにこないのに焦れたのか、ほのかがしずしずと冬至の七草汁を運んできた。 立烏帽子に白狩衣の白拍子姿、それは彼女が幼い頃憧れた姿だ、後々、甘い仕事ではないと知ったが、それでも幼い頃の憧れを満たすのは心が安らぐ。今回のイベントも、神様に灯を捧ぐ神事、吉利支丹ではないけれど折角のご縁だから、と吊り灯籠を持参した。出迎えたロンがかぼちゃ男だったのも、冬至の候だものねと納得、そこからも冬至の七草汁を作ろうと思い立った様子だ。 「出汁も取れる干し椎茸と、より温まる生姜も加え、南京(南瓜)蓮根人参銀杏を出汁で煮、饂飩と微塵切りの金柑の皮を入れ、刻み寒天を入れた椀に注ぐ…」 静かな呟きを、優が興味深く聞いている。 「食後は金柑の甘露煮…」 供された青い器の金色の粒はつやつやと色鮮やかに光を放つ、テーブルに添えられた灯のように。 彼女が得た品物は、黒い網かごに入った宝石の蝶だ。手に取るとふわふわと翔ぶ不思議、白い指先で持ち上げてそれを眺めるほのかの瞳は楽しげだ。 「うむ、旨いな、どれも」 アマリリス・リーゼンブルグは仮装するのを知らないで来店した。とりあえず仮装だな、とフェイが持ち出してきたのは頭の上に金色の輪が浮かんでいる棒が首に突き立ったドレープ一杯の白い天使服。魔力で白銀の輝きにした灯を持参した彼女が、世界樹の根の高い位置にそれを飾る姿は神々しいやらおごそかやら。 しかし、居住まいを正したくなる状況はそこまでで、後はテーブルで大きなカップでブルーインブルーの『爆発一番酒』という赤とピンクと金色の泡がぶくんぶくん飛び散る派手な酒を楽しみ、近くの者にも酌をし、あれやこれやと会話する姿は、天使の酒盛りという異空間になった。 「今年もまたターミナルでクリスマス行事に参加できたのは、喜ばしい…」 噛み締めるような一言に、深く頷く者、考え込んだ顔になる者。 「すまん、仮装を考え付かなくてだな…この時期ならこんなものだろうかと思ってだな」 ひょっとこお面を被った職人風仮装で苦笑いしたのは百田 十三だ。油を使用するミニ石灯篭は、根の棚の広めな部分に置かれている。 「練うに、畳いわし、くちこ、からすみ、塩昆布を持ってきた。甘味はハオが準備済みだろうと思ってな」 一層種々揃ったテーブルで、十三は久々に見せる落ち着いた笑顔だ。壱番世界の『華峰舞』、好事家の間で知られる辛口で香り高い酒の味わいに目を細める。 「あぁハオの作った甘味をつまみながら酒を飲むのは悪くない」 溜め息まじりに零れた台詞は珍しく甘い声音だったが、真正面で賑やかにわいのわいのとやっているフェイの姿を改めて見やり、 「これはまた…なかなか正視しづらい仮装だな、フェイ。着替えんのか?」 「今夜のイベントホストのお約束なんでな」 さっさと酔っちまってくれ、そうすりゃ絶世の美人に見えるかもしれんだろ。 ウィンクするフェイにからからと笑った。 「…酒が尽きるまで一緒に呑むか」 見上げた石灯籠の灯に、何を想ったのか、満足そうに次の一献を手酌する。 「仮装じゃねえよ、素だよ。同居人と派手な喧嘩やらかしちまってさ」 ぼやいているのは、ミイラ男の仮装にしか見えないヴァージニア・劉だ。くじで当てた酒はヴォロスの『バンガルンガ』、真っ黒で真緑の泡を立てる様はなかなか目に痛い。 「うちにゃうるせえ居候がいるし、ここで呑んじまった方が早え」 ごくごくごくごく、ごっくん。 「あー……俺の人生こんなはずじゃなかったのに……なんでこうなっちまった……」 ばくばくばくばく、ごっくん。 「もうちょっとお代わり…ってか、ちょっとこいつに詰めて」 持ち込んできたタッパに料理を律儀に詰めてくあたり、結構幸せに暮らしてるんじゃないの、と突っ込まれ、ほどけた包帯を踏んづけて派手に転んだ。 「うっぎゃああ」 「あら、ほんとに傷があったんだ」 かなりきこしめしたらしいナース服仮装の臼木 桂花が、ふわんふわんとした足取りで、根に乾電池の電飾付ミニツリーを飾って戻ってきた。 「クリスマスネタの仮装ばっかりじゃつまんないでしょ、ねえ?」 ふっふっふっふ、と怪しい微笑は薄紅に染まった頬になお怪しい。 「酒は百薬の長よ、飲めば治る! ほら、ナースっぽい」 「ってかよお」 「ぷっはぁ、やっぱただ酒は旨いわぁ」 反論しかけた劉の首を抱え込み、片手で空けた大ジョッキ、そこになみなみと注がれていたのは確か、インヤンガイでもかなり高級で強い酒『極道三昧』とか言ってなかったか。白くて大きな陶器の瓶を抱え込んで離そうとしない。中身のとろりとした琥珀の液体がしとしとと雫を垂らすのに、ないわよと瓶を掴んで振り回す。 「大丈夫ですか、桂花さん」 鳴海の心配が地雷を踏んだ。 「あぁん!? 男が尻の穴の小さいこと言わない! 私ですらお気に入りのメスカル1瓶持ち込んだくらいなんだから、鳴海さんだってどぉんとお気に入りを蔵出ししなさいよ」 「おいおい、女が尻の穴はねえだろ」 「フェイとロンって本当の兄弟? あまり似てない気がするわ」 突っ込んだフェイに別口で言い返す瞳はとろんとしている。 「もちろんだぞ」「わかりましたか、全くの他人です」 「どっちよぉ!」 同時に応えたミニスカサンタとかぼちゃ男、その間から、 「メェリー・クリースマース!ヒャヒャヒャヒャ!」 爆笑しながらホラーに出てきそうな血糊付斧持ちブラックサンタ姿のジャック・ハートが現れた。 「揺らめく明かりッつたらホラーだろ? 年末ホラー納めってヤツだぜ、ヒャハハハハ」 上機嫌で踊るように根に近づき、軽く浮き上がって血糊を拭き取ったように見える古びたランプを飾る。 「おぉい、鳴海ー! 酒運ぶならいくらでも手伝ってやるゼェ? 年の納めの大掃除、テメェの酒蔵空にする協力してやるゼ、ヒャヒャヒャヒャヒャ」 「ジャ、ジャックさーん」 そんなことを桂花さんの前で言ったら終わりですよ私の酒蔵、もとい司書室は。 「それでもええ、皆さん無事に戻られたら酒盛りしようって言ってましたもんね」 鳴海が見上げる根っこは色々な形の、様々な色の、ありとあらゆる強さの灯で飾られている。それはまるで、あのトレインウォーに空を舞ったロストナンバー達の魂の光のようにも見えて。 「いつでも飲めりゃご機嫌だゼ、俺ァ」 ぱすんと鳴海の肩を叩くジャックには、0世界の『グリーン・レクイエム』が当たった。スマートな深い紺色の瓶、ラベルも名前が書いてあるだけの単純なもの、けれども味わいは壱番世界のドイツワイン、モーゼルの白に近いか。グラスに注いで色を眺めるジャックが、口とは裏腹に酒より遠くを眺める目になる。 「鳴海さん、お疲れ様です」 振り回されている鳴海に、地元のゆるキャラ、可愛い顔のイカが鮫の着ぐるみを着たような姿「サミィくん」の着ぐるみを着た新月 航が、顔の部分を外して笑いかけた。 「飲ませてもらってばっかじゃ悪いから、僕の地元の酒を持ってきました」 地獄に仏、天国から金鎖、すがるような顔で鳴海が振り向く。 「この炙ったフカヒレに、熱燗にした酒を注いで味わうんです。異世界の酒に比べると見劣りするかもしれないけど、良かったら皆もどうぞ」 「おお旨そうだ」 十三が嬉しそうに笑い、いいよ何でももらうよ俺はと劉が手を伸ばしたのを、何よ私より先に呑むんじゃないわよと桂花が制し、それじゃあこちらからも、お一つどうぞ、と鳴海が注いだのはインヤンガイ『幽門過渡酒』。真っ赤でとろみのある酒を杯に受けておそるおそる口をつけた航が、ぐ、っと顔をしかめて飲み干して一気に赤くなった。 「これは、きくなあっ」 「三口呑むとあの世へ行けるほど酔うらしいです」 「ああもうこれ以上駄目ですね……ところで、名刺今何枚目でしたっけ?」 ぼやんぼやんした顔で尋ねる航に、今確か二枚目ですよ、と鳴海が応じる。航が持ってきたのは漁火の形のランプ、それがゆうらり、と風もないのに揺れる。 「オレはこれをもらおう」 顔だけ露出、タイツ的なピタピタのトナカイの着ぐるみのティーロ・ベラドンナは、壱番世界のアルコール度数56度の『白酒』をくうっと煽って満足げに微笑む。 「これには餃子が合いそうだ」 聞かされてハオが料理を追加しに立ち、しばらくして加えられた中華系料理の数々にまた皆の手が伸びた。 「まあ男は呑め呑め」 ティーロは上機嫌でグラスを手元に瞬間転移、酒を注いで次々渡す。 「撫子は呑んでるか? リーリスも来てたよな?」 二人に漫画を持って来たんだ、と取り出したのは『夢見る少年まっしぐら』『後方注意!』と多少マニアックな類の漫画本。そこへ、 「強盗だ。全財産おいてけ!」 いきなり物陰から飛び出して、ヒナタの背後に銃を突きつけたのは、リアルなゾンビマスクを被ったファルファレロ・ロッソだ。 「悪くねえこの感じ、若い頃を思い出すぜ」 うわあっと焦るヒナタをよそに、テーブルのヴォロスの『シュガストワインド』を掴んで一気飲みした。 「うち帰るとヘルがうるせーからな」 真っ白な濁り酒、周囲に華やかな香りを広がらせてぐいぐい呑んでいき、さすがに酔い始めたのか、鳴海、呑めえ、と絡み出す。 「ああん、俺の酒が呑めねえってのか!?」 「あのそのですね」 「そうだ、この間墓地ですれ違ったよな? 誰の墓参りだ、ええ?」 「はっ? あっあれはですねええ」 「ひょっとしてアレか、昔の女か?」 「ええええっ」 しばらく鳴海はファルファレロから離れられそうもない。 「人材補強で打倒メン☆タピあるよ!」 チャンは忙しく動き回っている。これぞと思ったイケメンを自分のホストクラブ「色男たちの挽歌」にスカウト、フェイ・ロン・ハオ、そして何とか鳴海にも名刺を渡して宣伝している。ホスト募集ポスターをハオのカフェに貼らせてほしいと頼んでそっと断られたが、それで怯む男でもない。 ギアの伊達メガネで、「ナルミさん、酒呑んで寝ると寝言吐きまくりアルか」とか「ロンさん、かぼちゃ好きアルなー、ベッドの毛布かぼちゃ柄アルな」とか、微妙なネタを暴露してしまい、笑い声が上がっている。可愛い女の子や美人には携帯アドレス付きの名刺を配ってもいて、ちゃっかり生活の糧を模索中だ。まあとにかく呑めよ、と渡された酒はブルーインブルーの『プラマティオス』。薄ピンクの甘い酒で浮気男が好むと言われ、「浮気男、チャン関係ないアルよ、不思議アル」とへらへら笑った。 「元気でやってるか?カフェで働き始めたって聞いたんだが」 酒や料理を運んでいるアクアーリオに声をかけたのは、京劇メイクと舞台衣装で現れたリエ・フーだ。フェイ・ロン・ハオに様子を聞き、タイミングを見計らっていたらしい。 「あ…うん。こんな格好だけど」 赤の城で一緒に踊った相手と気づいて、アクアーリオは照れくさそうに笑う。 「そのうち、インヤンガイに連れてってやる。リーラもてめえに会いたがってる」 「……うん」 頷くアクアーリオの瞳が柔らかな笑みを消して鋭くなった。 「あの時話したように、俺もインヤンガイに再帰属して『弓張月』の用心棒になりたいんだよ」 ずいぶん長い時間を生きてきた。仲間は死に絶え、できた縁もすぐに幻のように消えて行く、ターミナルで暮らす限り。 「でもその前に……ずるずるひきずってる腐れ縁に決着つけねえとな」 「……わかるよ」 グレイズとの再会の誓いを新たにするリエに、何か重なるものがあるのだろう、アクアーリオは頷いた。 「ボクも…決めなきゃいけないことが、ある」 「…頑張ろうぜ」 「うん」 「さあ、ちょっと余興に舞わせてもらうかな!」 リエは高らかに宣言した。何だろうと見やる視線は、踊り始めたリエにすぐに吸い付けられる。翻る衣、濃く引かれた紅、流す視線は誰を想うのか、濡れた色に光って艶を帯びる。 「覇王別姫…という作品が壱番世界にありましたね…」 鳴海が溜め息まじりに呟いた。 「遅くなりました!」 入ってきたのはメイドサンタ姿の吉備 サクラ、屋外用卵型懐中電灯をいそいそと根に取り付け、くるりとフェイに向き直った。 「はい、これです!」 渡したのはキーホルダー付きのゲーセンの景品で出そうな各人に似たフェルト製、中綿を詰めた二次元ぽい布人形、フェイ・ロン・ハオ・鳴海と四人分。 「あれ、主催者様に何かお渡しするんじゃないでしたか、あれあれれ?」 サクラはきょとんと目を見張る。 「自分の荷物につけて目印にするとか彼女さんにあげたりとかする用です。彼女さん人形は注文があったら実費で製作しますよ?」 「そろそろ酒も尽きてきたかな。お茶がいるかもしれないね」 ハオが向きを変えるのに、 「お茶で皆が温まって元気になりますように! 手伝います、ハオさん」 サクラが元気よく付き添っていく。 「それじゃあ特製フォーチュン・クッキーはどうかな。三つ選んで運勢を読むんだけど」 「あ、楽しそう!」 「こんにちは!」「『フォーチュン・ブックス』はここですか!」 声が二つ重なって、ハオは振り返った。兜をつけ、胸当てを付け、青に赤のラインで装飾した立派な前垂れをつけ、正式の場にでるようなおめかしをしたサインと、その背中に騎士の仮装をして乗っているカルム・ライズンだ。 「いらっしゃい、灯はある?」 「はい、ここに」「おじゃましまーす!」 二人はたくさんの灯が飾り付けられた世界樹の根をほれぼれと見上げる。 「あそこなら飾れるよ」「じゃあ、ちょっと背中に立ち上がらせてね」 仲良く協力し合って、灯を飾りつけていると、ハオがサクラとともにお菓子を運んできた。 「くじは?」 「1番で」「ぼくも!」 「じゃあ、どうぞ」 ハオが大粒のレーズンをいれたマーラーカオと、ふかふかの肉饅頭を渡す。 「半分こしようか……クリスマスにこう過ごすのって楽しいな♪」 「んー、おいしい〜♪ こういうときじゃなくてもまたこの店来たいなあ」 楽しんで食べ出した二人の視線が、テーブルに居るフェイに止まった。 「……でも、何であの人、女の人の服着てるんだろぉ?」 サインが首を傾げる。 「えっと…あの人…おかまなのかなぁ…」 カルムが逆方向に首を傾げる。 「え?『おかま』っていうのぉ? ご飯、炊くの?」 「あ、おかまっていうのは女の人の格好をするのが好きな男の人の事…ってお姉ちゃんから聞いたの」 ふむふむと見当違いな方向で納得を重ねる二人の背後から、 「ぶわはっはっは!」 かつらに目元口許くっきりはっきりメイク、まるで舞台の男優のような姿をしたユーウォンがフェイの姿に大爆笑した。仮装、面白そう!と、ろくにポスターも読まずに飛び込んできた彼(?)は、さっきからリエの衣装に目を見張ったり、ティーロの仮装にくつくつ笑ったりしていたのだが、フェイのミニスカサンタで忍耐の限界が来たらしい。 転がり回りかねないほど大笑いをしているユーウォンとは別にもう一人、フェイをさっきから凝視しているのは布製着ぐるみトナカイパジャマのリーリス・キャロンだ。 「…クリスマスネタでこれが1番手に入りやすかったんだもの。リーリスは何着ても可愛いからいいんだもん」 やってきたとたんに唇を尖らせて呟き、陶器のランプシェードを見せて、 「明かりは根のどこに置いても良いの? でも本の近くはまずいでしょ?」 気遣いつつ置いたのは中身が蝋燭だったからだ。くじは2番、血の色のように赤い表紙の本を受け取った。 それともう一つ、心に秘めた意図、それはフェイの両目化だ。一階で読書のふりをしつつ、それとなくフェイの様子を探り、彼が誰にも気づかれず孤立する時間が3分ほどあれば強襲できる、そう考えてずっと隙をうかがっていたのだが、今夜は酒も入ったせいか、フェイのミニスカサンタネタでずっと皆が騒いでいる。 「傷が残れば目があってもいいじゃない」 呟きながら、リーリスはなおもフェイを見つめ続ける。 そのリーリスの隣を通り過ぎて、いつもの踊り子風衣装にアラビア風ベールをかぶっただけ、壱番世界ではシェヘラザードとして知られる格好で、Y・テイルは二階へ上がった。 「新しい本は、入ってるかしら?」 『フォーチュン・ブックス』にはよく足を運んでいる。日頃お世話になっている店からの報せに行かないという選択肢はないだろうとやってきて、硝子覆い付アンティーク真鍮ペンダントライトはもう飾りつけた。燃料補充は不要なように錬金術で細工済み、料理も結構摘んで、今は食後の腹ごなしというところ、読み切った本を寄贈、代わりに新しい本を貰っていくのはいつもの事だ。 今日プレゼントされたのは緑の表紙の『本の迷宮の迷宮』、物語の中に物語が隠され、物語同士がより大きな物語となるという構造、帰ってゆっくり読もうと考えている。 「こんなに沢山本があるんだからメアリのお唄が載ってる本だってあるかもしれないわ」 二階の書棚を巡っているのは不思議の国のアリスの仮装をしたメアリベルもだった。 「メアリは本当の自分をさがしてるの。メアリも忘れた自分自身を」 足下を転がるように動くミスタ・ハンプにも手伝わせて、マザーグースの歌集・関連書籍を読み漁ったが、今夜は収穫がない。疲れもしたし、一階でお茶とお菓子を楽しんで、賑やかな雰囲気に少し元気になった。 「メリークリスマス! 一緒に踊りましょ!」 世界樹の根の周りでミスタ・ハンプと手を繋ぎダンスを踊る。酒で酔ってふらふらしている人間も巻き込んだせいで、みんなが異様に陽気になっているところへ、白のミニスカサンタ姿のシーアールシー ゼロは担いでいた袋の中身を配った。 『ゼロが昨日見た夢の欠片』と説明されたそれは、ぱっと見た感じでは淡い色の綿菓子かふかふかのポシェットに見える。きゅっと握りしめると、掌から伝わってくる不思議な感覚に、おおとかうほおとか奇妙な声が上がるが、ゼロ本人は、 「フェイさんは男の娘だったのです? とってもお似合いなのです」 大真面目で頷きつつ、当たった『月間ターミナル』秘密結社・アリッサ×アリオ推進委員会特集を抱えていた。なぜそんな本が紛れ込んでいたかわからない、確かメンバーはゼロ一人だったはずなのだ。ひとだまランタンもちゃんと飾ったし、どんちゃん騒ぎも踊りも済んだ、ならば残ったのはこれだろう、と唇を開く。 「クリスマスっぽい歌を歌うのです」 こ〜よい〜はせ〜いや〜。 「こ、これはまた何と言うかまったりというか」「ふんわりというか」「眠気が……堪え難い眠気がっ」「だ…だめだ…っ」 大騒ぎして食べたり呑んだりしていた一群はもちろん、立ち働いていた一群も疲れ半分、座ったり休んだりし始め、次第次第に『フォーチュン・グッズ』は寝息と吐息に満たされていく。 や〜さし〜きか〜いな〜にい〜だ〜か〜れ〜て〜。 侵略の世界樹の根のそこら中に飾られた数々の灯が柔らかく瞬き、温かく揺れ、静かに穏やかに光を放つ中、それらの光の一つ一つの担い手達の安らかな眠りが満たされていく。 お〜や〜す〜み〜な〜さ〜〜い〜〜、い〜とし〜い〜ひと〜よ〜。 安寧よ、来たれ。 ゼロは無意識に願って歌う。 全世界がモフトピアのように楽園になるように。 『フォーチュン・グッズ』は、新たな明日、新たな世界へ踏み出すべく、始まりの少女の歌声に静かに眠りについていった。
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