オープニング

 ついにリエ・フーは立ち止まった。細身で小柄であっても、身に纏った気配は虎、平和ボケしている相手では凝視一つも受け止められない。金の瞳を煌めかせて、とっとことっとこと軽い足取りでついてきた相手をねめつける。
「俺はリョンでもリャンでもねえ、リエだ。いい加減覚えろ脳筋野郎」
「わかってるってリュンちゃんだろ?」
 健康そうな小麦色の肌、生き生きとした黒い瞳に溢れる笑顔。
 こいつ。
 舌打ち、一つ。

 ここは0世界だ。
 くわえて、今居るのはただの食堂だ。
 腹が減ったから入って、空腹を満たして一息ついていたら、こいつが話しかけてきた、ばかでかい大声で、嬉しそうに楽しそうに。
『あっ、俺おまえ知ってるぜ! リョンちゃんだろ!』
 初対面ではない。何度か依頼で一緒だった。世界樹旅団がらみの事件にも関わった。だからといって、きっちりフル・ネームで認識しろとは要求しない。関わり合うのは一瞬のことかもしれないし、長い時間を生きてくれば、覚えられる名前が限られてくるのも知っている。だから、冷ややかに突き放した。
『リエだ』
『ああ、リャンちゃんかあ!』
 再びの大声、繰り返す間違い、ちゃんづけにもリエの小柄なことや女性的な匂いのようなものをからかってのことと想像がつく。相手にしてられるかと立ち上がった、そのリエを追いかけて、なお重ねた台詞に我慢が切れた。

「……てめえ表でろ」
 殺気を控えたつもりはない。だが、相手には通用しなかった。
「わざとじゃないですかー、やだー」
 くねん、と筋骨逞しい体を揺らせてみせる。
 別の場所で、別の状況で、あるいは改まった場所や目上の相手に対して、きちんとしたことば遣いをしているのを見たことがある。トラベルギアらしい手甲・足甲にだれた感じは宿っていない。
 つまり、これは挑発だ。
「桐島、」
「あー、知ってくれてたんだー、やだ、怜生、うれしいー」
 黙っていれば、充分見惚れる偉丈夫だろうに、リエを煽るにしてもやりすぎだ。
「望みは何だ」
「えーとー」
「わざと人の名前を間違えて、何がしたい?」
 くん、と顎を上げて見下すと、きらり、と黒い瞳が輝いた。
「コロッセオで一勝負」
「うぜえ」
「あー、じゃあリョオちゃんでいっか」
「……」
「リェイちゃん? リュンリュンちゃん?」
「…………」
 溜め息をつく。もはや間違いでさえない。
「負けたら」
「はい?」
「名前を覚えろ、脳筋野郎」
「できっかなあ」
 店を出るリエの背後で嘯いた怜生に、予約は入れておくぜ、と言い捨てた。


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!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。


<参加予定者>
桐島 怜生(cpyt4647)
リエ・フー(cfrd1035)

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品目企画シナリオ 管理番号2386
クリエイター葛城 温子(wbvv5374)
クリエイターコメントこの度はご依頼ありがとうございました。
お二方が導かれたコロッセオは、現在基本ベースです。
周囲に幻の観客が溢れた円形の闘技場、下は砂がまかれた地面、観客達はお二方がぶつかりあうのを今か今かと待ち望んでおります。
さて、お二方は、何を求めてここでぶつかろうとされているのでしょう? 
戦闘方法に加えて、そのあたりも書き添えて頂くと、より展開しやすいかと思われます。
では、歓声のただ中でお待ち致しております。

参加者
リエ・フー(cfrd1035)コンダクター 男 13歳 弓張月の用心棒
桐島 怜生(cpyt4647)コンダクター 男 17歳 騒がしい大学生

ノベル

「てめえ……桐島とか言ったな。性懲りなく人の名前を間違えて覚悟はできてんだろーな?」
 コロッセオの設定は風巻く砂の平地、どこまでも広く、どこまでも平。遥か彼方に観客席があるのが見える通常以上の広さ、身を隠せるもの一つない、つまりは真っ向からの力勝負。
 そのど真ん中でリエが冷笑して、名前の返礼を始める。相手は氣の遣い手、結界を最大に生かし、猿真似を警戒するのは、嘲笑っても気を抜いて勝負できる相手ではないとわかっているからだ。
「俺のギアは半径10メートル内に踏み込んだ相手を膾にする」
 冷ややかに言い放てば、
「えー、すごーい! 怜生びっくりー!」
 対する怜生は大袈裟に驚いて、頬に両手を当て、目を見開いてみせた。
「じゃあ、へたに近づくと俺バラバラ? ないわー、こわーい」
「ちっ」
 ふざけた口調と気配が同期しない。視線はまっすぐでしかも強い、やりあう気満々、だが、リエにはまだその意図が掴めない。
 怜生が頬に当てた両手を降ろすその瞬間に、トラベルギアを発動した。勾玉のペンダントが翻る、走る輝線、囲まれた範囲に怜生は居る、音速で放たれた無数の鎌鼬、瞬間に地面を叩きつけて切り裂き振動させ、怜生本人にも襲い掛かる風の刃を避け切れずはずもないが。
「よっ、と」
 衝撃音の合間、軽い声とともに怜生はあっさり空に浮いた。


 からかいはしているが甘くみてはいない、リエのギアは呪縛と炎上、地面の振動は想定外だが、両手足のギアから直接氣を爆発させて脱出を図るのは予定のうち、襲い掛かってきた鎌鼬は空中に身を翻しながら放った氣砲で次々と相殺していく。
「リゥちゃん、ちっさいのに危ないってー」
「まだ言うかよ!」
 再び鎌鼬を放ってくる。煌めく瞳は鮮やかで見惚れる。
 グレイズ・トッドとリエの間に何があったかは知らないが、ツンデレ気質が親友と似てる気がした。ちょっと世話を焼いてみたくなったのもそのせいかも知れない。女顔、低身長、名前が弄り用のカードだな、そう見極めてちょっかいかければ、案の定、だ。
「うっひゃああー」
 それにしても見事なものだ。相変わらず軽い悲鳴を上げながら、ちらりと地上のリエを見下ろし、怜生は感心する。
 これだけの結界を保持し、しかも怜生が逃げるのを予想はしていなかっただろうが、瞬時に鎌鼬の方向を切り変えてきた。おかげで、次々氣砲を放って撃退するのがやっと、並の相手ならばリエの宣言通り、クリスマスクラッカーなみに空中で飛び散っていることだろう。
「きついよな」
 呟いて、くるりと前転、リエの居る地上に飛び降りていく。
 これだけの腕があり、これだけの気迫があり、これだけの胆力があっても、助けられなかった仲間、手が届かずに失った仲間がやはり居る。
 ずっとコンダクターしてるなら、親しい人との死別は経験はしてんだろう。慣れるなんて無理だろうし、長年の溜め込んだ感情を俺への怒りにスライドさせてちょっくらガス抜いてやろうじゃんか。
 怜生の発想ははっきりしていて明るい。
 飛び降りた瞬間に防御を固めるだけでは対抗できない、攻めなくちゃリエは弾けてくれない、だが隙を作るのもまた勝負の楽しみ。
「ほら来たっ」
 やはり鎌鼬はハッタリ、地上に降りた怜生のすぐ側に飛び込んできたリエが強烈な蹴りを股間に見舞ってきた。
「いやんっ、リエぴょん、ひっどおいっ」
 もちろん、遣り口が汚いなんて思わない。派手な音をたてて掌で受けた一撃、そのまま足を掴んで捻り上げようとしたら外される。近づいたのをいいことに、双掌打ちを放とうとしたが逃げられた。両手のギアに蓄積した残氣弾を、叩き込んだ掌打と同時に炸裂させる。頭も揺さぶるから効果的だと思ったが、さすがに好きにはさせてくれない。逆に開いた脇に手が伸び、体を忍び込ませてくる動きは別の急所を狙う気配、ストリート育ちなら当然だ、こちらも倍返しで腕や足の関節外しを狙う。ただし、ギアならギア、素手には素手で対抗する予定。
「はっ!」「ふっ!」
 互いの呼吸が空間を裂く。相手の制空権を侵しながら、足場の地上も目まぐるしく移動する。腕を絡みかけたが外される。足を狙うには頭上がやばい。背中を合わせる、隙を作りあい誘い込みあい、仕掛ける罠も二重三重、読み合いに神経がどこまで反応してくれるかが勝負の分かれ目。
 正直、楽しい。体が研ぎすまされ、弾かれて鳴る筋肉の音に踊りそうだ。
「ちいっ!」
 鋭くした舌打ちしたリエが、こちらの攻撃を巧みに躱して、逃げるどころか頭から突っ込んでくる。体の小ささで力負けするなど思ってもいない、動きは気合いではなく計算尽く、素早くて鋭いステップは喧嘩慣れ、フェイクを含めて予想値を超え、懐に飛び込まれた。殴る蹴るより締めや関節技主体で行くか、そう思ったとたんに、リエから絡まれてきて地面に倒される。
「おしっ」
 願ってもない好機、四肢を絡めて捻り上げて落とす、体を入れ替えるまでは数瞬の間、だが。
「怜生…?」
「へうっ」
 いきなり接近した顔が首筋、耳元にまで入って囁かれ、ぞくり、と別口で怜生の体が震えた。


 ギアはハッタリ、頭ごと腹に突っ込んでくんずほぐれつ寝技に持ちこむ。武道は相手の本領? わかってるよ、んなこたあ。
「ひえっ」
 怜生の吹っ飛んだ声に含み笑いする。押し倒し絡みついた相手の体の内側に入り込むような手管は腐っても元男娼、野郎の性感帯や笑いのツボは熟知している。伸びる指先のしなやかさに、これまで何人昇天したことか。
「きゃああん、怜生、やっばーい!」
 嬌声を上げて仰け反る相手、無意識に反応する体は止められない、だがそれに呑み込まれる甘ちゃんではなさそうだ。快感を浴びてけぶるはずの瞳は清涼、悔しいが正気を奪うに至らない。翻る手が氣砲を放ってくる前に、なお距離を詰め、ゼロ地点で放ったのは怜生の唇を深く奪う接吻、禁じ手奥の手上等、まっすぐに相手の目を凝視しながら一瞬の隙を見定める。
「おらっ!」「、はっ…ぐっ!」
 離れた唇から響いた声、次にはリエの頭突きを怜生がまともに喰らう。顔を覆った相手がさすがに呻いて背後に倒れた。覆い被さって鎌鼬を放てば勝機は必至、だがリエは体を引いて立ち上がる。
「リエってのは字……早い話が源氏名だ。愛着とはまた違うが、本名よりこっちで呼ばれてた期間の方が長いから思い入れはあるさ」
「…う〜」
 頭を抱えた怜生の指の間から細く流れる紅に薄笑いする。
「それを馬鹿にされちゃかなわねえ……俺の人生まるごと嗤われてるみてえな気持ちになる」
「いたた…」
 胡座を組み、なおも頭を抱えて踞る怜生に一歩近づいた。
「言いてえことがあんなら、回りくどいまねせずはっきり言え。生憎と気が短えタチなんだ」
「……わか……てるよ」
 呟いた怜生の声が弱々しく聞こえた。負け犬の言い訳、ふん、と鼻を鳴らして嘲笑する。
「レオってのはライオンの事だろ? 来いよレオちゃん。虎と獅子、どっちが強えかはっきりさせてやる」
 屈み込んだ鼻先で、ふいに怜生が顔を上げた。輝く黒い瞳、流れた血をぺろりと舐める舌の赤さ、にやりと笑った顔に身を引いたが遅かった。
「わかってるって、リエ」「っっ!」
 目の前に炸裂した氣は、怜生が打ち合わせた両手から生み出されたもの、猫騙しだと気づいて背後へ飛び退る、だが今度は足下で弾けた氣砲の爆発力で、怜生が一気に距離を詰めたばかりか、弾丸のようなその力に跳ね飛ばされた。
「ダイブだけじゃやられてくれない、それもわかってる!」「くうっ!」
 跳ね飛ばされたと装って逆襲した鎌鼬は、弓矢を射るような姿の怜生が放った氣弾に切り裂かれるように貫かれる。複数の氣弾を練り込み射られた一矢は、リエを軽々と吹き飛ばした。どこまでも朗らかな怜生の声、
「やった、かな?」
 用心深く近寄ってくる足音がする。体中が痺れたように痛い。久しぶりに全身全霊やり合って、充実感が漲っているが状況はかなり不利だ。だからと言って、このまま大人しく沈んでいられるほど、上品な育ちはしていない。
 リエはずきずきする手で静かに砂を握り込む。
「リエぴょん? 終わり?」
 すぐ側に怜生が立ち止まる。
「凄い歓声だな」
 遠く彼方の観客達が勝負がついたと叫んでいる、終わらせろ、終わらせろ、終わらせろ! ゆっくりと見渡している怜生の気配、独り言のように柔らかな囁きが、地面を揺らせるような声の隙間から耳に届く。
「なあ? 少しはすっきりした? ……リエ?」
 瞬間に胸に走った切なさを、どう言い表せば伝わるだろう。仲間を失い、共に生きる世界を失い、時間が立つにつれ、それが傷みに結晶していくのを堪える苦痛、それをこのお調子者が気遣ったと知って、何が返せるだろう。
「リーエ? わっ!」
「行けっ、炎虎(エンフー)!」
 覗き込んだ怜生の顔に砂を叩きつけた。ギアを全開、走った炎は熱砂を巻き上げ炎の虎となって怜生に襲いかかる。
「こいつの顎から逃げきれるか?」
 一気に炎に包み込まれる怜生、陽炎に揺らぐ視界、そうだ、名前を覚えられないことに苛立ったのは、幻の絆に疲れたせいなんかじゃない。
「泣いて詫びたら舎弟にしてやってもいいぜ」
 仁王立ちしたまま、冷笑した。頬についた砂が乾かされてぱらぱらと落ちる。ばふっ、と炎が吹き飛んだ。二発三発、続いて放たれる氣砲に炎の虎が穿たれていく。氣弾が来るか、それとも生身か。
「リエぴょーん」
 がっちり体を護り切った怜生が構えた腕の向こうから苦笑してよこす。
「俺疲れたー」
「嘘つけ」
 リエは唇の片端を上げた。
「以後、年長には礼を尽くせ」
「えー、リエぴょん、13じゃん、俺より年下じゃん、ないない、それないから」
 唇を尖らせて地団駄踏む相手に、立てた親指を下に向けた。

クリエイターコメントこの度はご依頼ありがとうございました。
お届け遅くなって申し訳ありません。
会話としてはゆったりめ甘めの展開だったのですが、中身は肉弾戦ありギア戦あり禁じ手ありとぎっちりです。
コロッセオの勝敗を明らかにせよと望まれる向きもあったでしょうが、心情を読み込んだ時、このような結末になるかと感じました。

名前、しっかり覚えてますよね?
いいですね、男同士って(こらこら)。


またのご縁がありますことを祈っております。
公開日時2013-02-11(月) 23:10

 

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