その日、アマリリス・リーゼンブルグは、無限のコロッセオの管理人であるリュカオスを訪ねていた。 彼女の中性的な顔立ちとその身なりは、どこか騎士を連想させる。 それもただの騎士ではなく、天上の騎士だろう。彼女の背には白銀の翼が広がっている。「ロストナンバー同士の真剣勝負?」「ああ、そうだ。何でも過去に行ったそうじゃないか。実に面白そうに思えてな」 管理を任されているリュカオスには、当然覚えのある出来事であった。「ふむ、その向上心は好ましいな」 「それでは、使わせてもらえるのかな?」 内容は好意的なはずなのだが、リュカオスの見た目と声の威圧感によりどうにも否定的に聞こえてしまう。 念のため、アマリリスは確認を入れていた。 「構わん。ただし、あくまで真剣勝負ということを忘れるな」「というと?」 アマリリスは不思議そうに小さく首を傾げた。「ここで行うのは訓練であり真剣勝負だ。殺し合いは認めん」「肝に銘じておくよ。君に嫌われたくはないからね」 微笑むアマリリスには他意はなかった。 コロッセオを使わせてもらう立場で、管理人であるリュカオスに嫌われたくはないというただそれだけの意味である。 そして、幸か不幸か、色恋とは無縁に生きてきたリュカオスは、彼女の微笑みを勘違いするようなことはなかった。 アマリリスの呼掛けに興味を惹かれたロストナンバーたちが、コロッセオに集まっている。そして、ロストナンバーたちは男女2名でのチームに分れて、試合開始の合図を待っている。 2人の女は、お互いに面識があるようであった。「それにしても、綺麗に男女で別れたよね」 楽しそうに話しているのは、チェガル・フランチェスカ。 竜人と呼ばれる種族の少女であり、その体は青みを帯びた豊かな毛並みに覆われている。 戦闘に使う装備一式を身に付けいているために、色々とごちゃごちゃして見えてしまう。「ああ、そうだな」 そう応じたアマリリスの格好は対照的であった。 赤を基調とした上等な仕立ての服を身に付けている以外は、腰に一振りの陣太刀である彼岸花を提げているくらいであろう。 そして、その背には白銀の翼。「そうなると、ぜっったいに負けたくないよね」「無論だ。よろしく頼むよ、相棒」 アマリススは右手をチェガルへ差し出しだ。「あはは、なんかこういうの照れちゃうな。でも、よろしくね!」 チェガルは差し出されたアマリリスの右手を力強く握った。 その反対では、2人の男が佇んでいた。 一人は、ロウ・ユエ。 腰まであるストレートの髪は、普段は流したままにしているのだが、今日は首の後ろで一つに束ねている。 その髪は白く、肌も同じように白い。瞳だけが赤く色付いている。アルビノ、壱番世界ではそう呼ばれるだろう。 アオザイに似た衣装を纏い、背をぴんと伸ばしながら、ギアで軽く素振りをしている。 もう一人は、ファルファレロ・ロッソ 怜悧な顔立ちと癖のない黒髪、銀縁の眼鏡に覆われた切れ長の双眸は、どこか危うさを感じさせる。 そして、細身の体を飾るスーツは、襟元を寛げて黒ネクタイを緩く結んでいる。ラフに着崩されたスタイルが良く似合う優男である。「やっぱり生身相手の方がヤリ甲斐あるよな」 物騒な喜びを口元に浮かべてながら、ギアと拳銃の手入れをしていたファルファレロにリュカオスが近寄ってきた。「おまえの武器は銃だったな」「それに何か文句でもあるのか?」「文句はない。だが、少し干渉させてもらった」「はあ? てめぇ、何勝手なことしてやがんだ!」 自分の相棒である銃に勝手に手を出したと知ったファルファレロの顔が怒りに染まる。 暴力とは縁のない一般市民ならば腰を抜かす形相であった。「銃弾のままでは即死の危険性がある。点の貫通力を面に広げて打撃力とさせてもらった」 しかし、ファルファレロの怒りにも動じることなく、リュカオスは主旨を説明すると去って行った。「ちっ、余計な真似しやがって」「ここは訓練場であって、戦場ではない。それを忘れるな」「へいへい、わーったよ」 不貞腐れたファルアレロを、ロウが静かに眺めていた。「何だゴルァ、見せもんじゃねぇぞ!」「武器が遠慮なく使えるようになったんじゃないのか?」 何を不満に感じているのか解らなかったロウは不思議そうにファルファレロに尋ねた。 がしがしとファルファレロは、自分の頭を掻いている。「元々、ぶっ放すのに遠慮なんかねぇよ。そうじゃなくて、これじゃ、チェリーパイが楽しめねぇんだよ」「ちぇりーぱい?」「気にすんな、こっちの話だ」 ファルファレロはギアと拳銃のセーフティを外して、黒白の拳銃であるメフィストとファウストを構えた。「足手纏いになるんじゃねぇぞ」「それは実際に戦ってみないと、解らないことだろう」 ロウは、ゆっくりと鞘から刀身に茨の意匠が彫り込まれた剣を抜き放った。 明るい光の下、その刃が月のように朧に光を弾いた。「それでは、試合を開始する!」 リュカオスの合図がコロッセオに響き渡った。!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>アマリリス・リーゼンブルグ(cbfm8372)ファルファレロ・ロッソ(cntx1799)チェガル フランチェスカ(cbnu9790)ロウ ユエ(cfmp6626)
「さて、私たちが勝ったら男性陣には、酒でも奢ってもらおうかな」 アマリリスは優雅に微笑みながら、マントを脱ぎ捨てた。 「いいぜェ、行きつけのバーでキス・イン・ザ・ダークでも奢ってやるよ。ただし、俺が勝ったら、その後にベッドで楽しく踊ってもらうぜ?」 ロッソの口元が艶っぽく歪む。 「うっわ、サイテー」 「トカゲはお呼びじゃねェ」 「ボクだって、キミみたいなのはお断りだよ!」 半眼で呟くチェガルを、ロッソは興味ないとばかりにしっしっと手を振った。 「仲良いんだな」 言い合うロッソとチェガルの姿を眺めていたロウは、何の気なしに独りごちた。 「良くねェ!」 「良くないよ!」 間を合せたように2人はロウへと顔を向けた。 「息は合ってるのに?」 不思議そうに小首を傾げるロウに、ばつが悪くなった2人がほぼ同時に顔を背けた。 (やはり息は合ってる) しかし、ロウは今度は声に出さず思うだけに止めていた。 「そろそろ言葉ではなく、剣で語るとしようか」 彼岸花に括り付けたギアである銀朱の鈴が涼やかな音を奏でる。 残像を残してアマリリスが、ロッソへと駆ける。 「女だからって手加減しねえぜ、逆に失礼だろ!」 迫るアマリリスへロッソが黒白の二挺拳銃、メフィストとファウストを踊らせる。 しかし、続けさまに撃ち出される弾丸は、アマリリスを捕えられなかった。 アマリリスは差し向けられる銃口から射線を予測して避けている。通常ならば、間合いを詰めつつ避けることなどできないだろう。 しかし、ギアにより行動速度が上がっている今、ロッソの指が引鉄を引く僅かな時間があれば、アマリリスには十分であった。 「ちっ」 間合いを詰めたアマリリスが剣をロッソを振う。 しかし、その一撃を受け止めたのは、ロッソのギアではなく刀身に茨の意匠が彫り込まれている剣であった。 そして、小さく息を吐いたロウが、細身を裏切る怪力でアマリリスを剣ごと突き飛ばした。 その勢いに逆らわず空中で体勢を立て直したアマリリスは、羽毛のように軽やかに着地した 「ふふ、そう簡単にはいかないようだ」 アマリリスが背中の翼を大きく広げると、白銀の羽根がコロッセオに散らばった。 銀朱の鈴を鳴り響かせたアマリリスが、鳥の囀りような音を紡ぎ出す。 すると、散らばった羽根が輝き、無数のアマリリスとチェガルの幻を生み出した。 「さて、誰が本物か解るかな?」 無数のアマリリスが、同時に微笑んだ。 「的が増えた分だけ、ブチ抜いてやるよ!」 ロッソの拳銃が火を吹けば、次々とチェガルの幻を撃ち抜いていく。 「残念賞! またのご来店をお持ちしてまーす!」 残った幻と本物のチェガルがカイトシールドを構えたまま、ロッソを馬鹿するように囃し立てる。 「へっ、さあ来いよお嬢ちゃん、可愛がってやるぜェ!」 慌てることなくロッソはファウストを撃ち続ける。弾切れの起きないギアならではの連射が、瞬く間に幻を撃ち抜いて消していく。 その銃撃の中で、ロッソの耳が一つの跳弾音を拾った。 「ビンゴ!」 そして、本物のチェガルに銃弾が集中する。 「弾切れしないってチートだよ!」 盾を構えて動き回るチェガルに、絶え間なくロッソから銃弾が浴びせ掛けられる。 「泣き事はベッドの中で聞いてやるよ!」 残っているチェガルの幻も、ロッソのメフィストに撃ち抜かれ消えていく。 「調子に乗ってると、ダーリンお仕置きだっちゃー!」 盾を持たない左手から、チェガルが雷の魔力を矢のように撃ち出す。 「俺様に飛び道具たあいい度胸だ。格の違いって奴を思い知らせてやるぜ!」 チェガルの雷の矢が、ファウストによって全て撃ち落とされる。 「酷いっちゃよ、ダーリン!」 もう一度チェガルが雷の矢を、今度は先程の倍近い本数を作り出して放つ。 「なら俺を痺れさせてみな、ハニー!」 雨のように降り注ぐ電撃の矢を二挺拳銃が迎え撃ち、次々と無数の火花を空に咲かせる。 銃弾の嵐が自分から逸れた一瞬、雷を纏ったチェガルの体が急加速する。 「キミには速さが足りなーい!」 瞬時にトップスピードに乗ったチェガルが雷の尾を残し、盾を構えたままロッソへとジグザグに疾走する。 姿が霞むほど高速で移動するチェガルを狙おうとはせず、ロッスはばら撒くように銃を乱射した。 幾つかはチェガルのシールドの表面に火花を残すが、その突進は止められなかった。 間合いを詰めたチェガルが、右腰のグラディウスを引抜いてロッソへと突き出した時。 「てめぇには頭が足りねェな!」 2人の足下に浮かび上がった白く輝く魔法陣が、紫電を放ちチェガルの全身に蛇のように絡み付いた。 「まさかのトラップ発動!?」 一瞬で動きを封じられたチェガルの顔に、初めて焦りが浮かぶ。 「はっ、口ほどにもねえ。ツーリストってなあこの程度なのかよ、興ざめだぜ」 電光がロッソの獰猛な笑顔を照らし出す。 「顔だけは見逃してやっから感謝しな」 体重を乗せて、ロッソは強烈な蹴りを見舞った。 幻のアマリリスたちを前に、ロウはギアを地面に突き刺した。 その刀身が朧に光ると、アマリリスたちの足下の地面を突き破って淡い光の茨が飛び出した。 茨に絡み付かれた半数近くのアマリリスの幻が、溶けるように崩れて消える。 「ほう」 感嘆の溜息を吐いたアマリリスが翼を広げて空へと浮かぶと、同じように残った幻のアマリリスたちも空へと浮かんだ。 そして、彼岸花に括ったギアを鳴らしながら、一斉にロウへと躍り掛った。 それを眺めたロウは、大空を駆ける風が体の内を走り、軽くなった肉体を念動で操るさまを心に想い描く。 2つの混ざり合った異能がロウの思考と行動を著しく加速させると、先程は追い切れなかったアマリリスの姿がロウの目にはっきりと映る。 そして、ロウは視線を地面に落した。 アマリリスはその行動を不審に思ったが、勢いを緩めずにロウへと迫った。 無数のアマリリスたちの振う幻の剣がそのまま佇むロウを傷付けずに通過していく中、すっと顔を上げたロウは迷うことなく本物のアマリリスの一閃をギアで受け止めた。 驚いたアマリリスは、鈴の音色の余韻を残してロウから離れた。 「君の剣は速い上に重いな」 ロウは剣を一振りして構え直した。 「片手で止めた君が言っても真実味に欠けるが。お褒めに預かり光栄だよ」 苦笑を浮かべたアマリリスが、ふと思いついたように口を開いた。 「後学のために聞いておきたいのだが、どのようにして見分けのかな?」 「幻には影がなかった。君が空へと飛び上がったおかげでより見分けやすくなった」 何でもないことのように答えたロウに、アマリリスは軽く目を見開いた。 「本当に答えてくれるとは思わなかったよ。なるほど影か。ありがとう、次からは気を付けよう。だが、いいのかい? 敵に塩を送るような真似をして」 「これは真剣勝負であって殺し合いではない。互いに腕を磨くことが目的だと俺は思っているが、君は違うのか?」 ロウの質問に、晴れやかな笑みを浮かべてアマリリスは指を鳴らした。すると、幻のアマリリスたちが溶けるように消えた。 「見破られた手を使うのは、面白くないからね」 視線で問い掛けてくるロウに、アマリリスは笑顔のまま応えた。 「君とは良い勝負ができそうだ」 気迫を漲らせたアマリリスが、鈴の音を響かせて疾走すれば、ロウも地面を蹴って一気に加速する。 涼やかな音色を掻き消すように、切れ目なく2人の刃が打ち鳴らされる。 そして、一際大きな音をたててお互いに距離を取った。 「この程度か? だが、やられっ放しは面白くないな」 ロウの周囲に無数の水の塊が浮かび上がると、続けざまにアマリリスへと放たれる。 唸りを上げて迫る水からアマリリスが身を躱そうとした時、水塊が次々と弾けて水滴となってアマリリスの周囲に広がった。 そして、ロウが手を翳すと、水滴は一斉に色を失い白く凍り付いた。 「鋭い氷片による多方面からの同時攻撃、防がないと死ぬと思う」 ロウが拳を握ると、鋭く尖った氷が念動によりアマリリスへ撃ち出された。 激しい音を響かせて、アマリリスの居た場所が薄靄で覆い隠される。それでも、ロウは攻撃の手を緩めることなく、氷の破片を撃ち続けた。 そして、全ての氷を撃ち尽くした後、ロウは立ち込める靄を風を起こして吹き飛ばした。 「……」 ロウの目の前に現れたのは、美しい光で編まれた白銀の繭であった。 その繭に一筋の線が走ると、解け出した繭がアマリリスの背に広がる翼へと吸い込まれていった。 「実に美しく容赦のない攻撃だ、まさに君そのものだね」 無傷のアマリリスは何のてらいもなく称賛を送った。 「買い被り過ぎだ」 ロウがギアを構え直すと、その刀身は朧気な光を放ち出した。 「バリバリッシューッ!」 ロッソが蹴りを繰り出した瞬間、チェガルの全身に魔力が漲った。 気合いを込めて全身から青白い稲妻を迸らせたチェガルが、自分を繋ぎ止める紫電の戒めを打ち砕く。 「何ィっ!」 暴れる雷はそのままロッソへの反撃となった。 狙って放たれたわけではないので、大した威力はない。しかし、ロッソの動きを一瞬止めるには十分だった。 「攻撃見てから、反撃余裕でした!」 雷を纏って加速したチェガルの右足が、無防備なロッソの脇腹にめり込んだ。 チェガルの足に骨の砕ける感触を残して、ロッソは吹っ飛ばされた。 が、その体は地面に落ちる前に、ロウに受け止められた。 「あ、あんのトカゲがぁ! 調子こいてんじゃねェぞ!」 怒り心頭のロッソが感情に任せて叫ぶと、脇腹に激痛が走り酷く噎せてしまった。 しかも、咳き込むロッソの口からは血が溢れていた。 「叫ぶな。下手に動くと骨が臓器に刺さる」 ロッソの脇腹へ手を翳して、ロウが異能による治癒を始める。 「……うるせェ。生憎と勝ちを譲る気はねえ。こちとら勝負に命賭けてんだよ」 痛みで気を失ってもおかしくない状態でありながらも、ロッソの両目は衰えることなく闘志を燃やしている。 むしろ、身を苛む激痛は起爆剤となって、ロッソの戦意を沸騰させていた。 「君は勝ち負けに命を懸けるのか?」 「てめぇは違うのかよ?」 勝利への執念を湛えた漆黒が、ロウを睨み付ける。 「成すべきことを見極め、それを成し遂げるためになら命を懸ける」 淡々と応えるロウの言葉には重みがあった。 「てめぇのやりたいことなんざ、勝ち続けりゃ叶え続けられるだろうがよ」 「勝ち負けだけで、白と黒の2つだけで世界は成り立っていない」 呆れたように吐き捨てるロッソに、ロウは静かに首を横に振った。 「俺の世界は勝ち負けだけだ」 「……そうか」 ロッソの言い分は、ロウには受け入れられない。しかし、否定もしない。 ただ、単純ともいえるその価値観を少し羨ましく思うくらいだった。 「終わったぞ」 「治療とはいえ、野郎に抱き締められるなんざ金輪際ゴメンだぜ」 「俺もだ。出来るなら美人を抱き締めたい」 涼しげなロウから吐き出されたあけすけな欲望にロッソは軽く目を瞠ると、その口元を緩めた。 「それじゃ、あの女どもに勝って好きなだけ抱き締めるとしようぜ」 勝負まだ始まったばかりだった。 「さて、小手調べは終わりにしようか」 ギアを鳴り響かせるアマリリスが口を開くと、鳥の囀りのように心地よい音が奏でられる。 その正体は高速化された呪文。ギアにより加速されたアマリリスの高速詠唱であった。 故郷では多少の時間を必要とする強力な魔法も、ギアのおかげで短時間で発動できる。 「我が身に顕現せよ、天上の光たるアルウィス!」 膨れ上がった白銀の双翼が光の粒子となってアマリリスの全身を包み込んだ。 そして、閃光が弾けた後、そこに居たのは白銀の鎧に身を包んだ1人の騎士であった。 幻術で編み上げた魔力の甲冑、その銀色の表面には白い線で細やかな意匠が描かれており、要所要所が赤く縁取りされている。 その細部にまで凝った外観は芸術品のように洗練されており優美ですらあった。 そして、アマリリスの額には翼を象った銀のサークレットが、光を弾いて輝く。 「これは負けられぬ決戦の折に、身に纏ってきたアルウィスの鎧。この勝負に参加してくれた皆へ敬意を表し、私も久しぶりに全力を出そう」 凛と剣を一振りしたアマリリスの背に、半透明の翼が広がった。 「おおおっ! 変身だよっ、変身ヒーローだ! あ、違う、変身ヒロインか!」 その横でチェガルが目を輝かせて感動している。 「スンゴイ綺麗! ちょっとコレ、次の祭典までにどうにか作れないかな! ああー、どうして今ここにデジカメないのー!」 興奮の余りにチェガルの思考が脱線している。 「喜ぶのは勝ってからにしよう」 苦笑を漏らしたアマリリスが、銀の光を残してロウへと疾走する。ギアによる加速と比べて遜色のない速さであった。 すぐさま、ロウは異能で生み出した火炎をアマリリスに浴びせ掛ける。 が、アマリリスを覆う甲冑が全ての炎を弾き、その突進を止めることができない。 アマリリスの振るう一閃が、ロウの刃と火花を散らす。 その衝撃を支えたロウの後ろ足が沈み、コロッセオの地面を抉る。アマリリスは速さだけでなく、力さえも強くなっているようであった。 「レッツ、パーリィ!」 チェガルが大剣を構えて、動きの止まったロウへとさらに襲いかかる。が、ロウのギアの刀身から淡く光る茨が伸び、アマリリスの太刀を絡め取った。 鋭い呼気とともに、武器を握るアマリリスごと怪力に任せて振って、そのまま茨を伸ばしチェガルへと叩き付ける。 しかし、チェガルにぶつかる直前、アマリリスは太刀に絡まった茨を断ち切り、翼を広げて体勢を立て直した。 「ほらどうした、二人まとめて相手してやる!」 そこへ、ロッソが狂ったように黒白の拳銃を乱射して銃弾を浴びせかける。 「うわわわ!」 慌てて盾を構えて避けるチェガル、アマリリスは平気なので、そのままロッソに突撃。 突撃するアマリリスに、ロウが風と痕跡消去の異能を浴びせる。風に巻かれる鎧の表面から、砂粒のように光がさらさらとこぼれる。が、鎧を打ち消すことはできなかった。 「美人はいつでも大歓迎だぜ!」 ロッソのギアが炎と氷の魔弾を交互に撃ち出す。 灼熱色の火炎と極寒色の冷気が猛威を振るう中を、白銀のアマリリスがものともせずに駆け抜ける。 ロッソを間合いに捕らえたアマリリスが太刀を振るった瞬間、ロッソはその一撃から体を遠ざけず、ぶつけるように飛び込んできた。 交差した二つの影が、合わせたように停止する。 片や、鋭い太刀を相手の首元で止め。 片や、銃を相手の眉間に突き付けている。 「さあ、どうしようか?」 「聞かなくても、解んだろ?」 続けざまに2発の銃声が響く。1発目は頭を引いてかわされ、2発目は鎧に防がれた。 3発目は、肉を貫く感触に摩り替わっていた。 メフィストを放り出した手の平で、ロッソはアマリリスの刺突を喰い止めていた。 「御自慢の鎧に、俺の弾をブチ込んでやるよ」 白銀の鎧の継目に、ファウストの銃口を差し込む。 「派手に行こうぜ!」 紅蓮の炎が2人の間で炸裂する。広がった爆炎から、アマリリスが空へと飛び出す。 ふわりと降り立ったアマリリスの鎧は、継目の部分が欠けていた。 「無茶をする。君の方が傷を負うだろう」 炎が収まった地面に倒れていたロッソは、すぐに体のばねを使って跳び起きた。 ファウストを握っていた手は酷い火傷を負い、剥き出しになった片腕は肘まで焼け爛れている。 しかし、その火傷は少しずつだが回復している。 「スカしたアルビノ野郎と手ェ組むのは癪だが、ちったぁ役に立ったな」 先程、脇腹を回復してもらった時に、ロウに仕込んでもらった再生効果であった。 瞬時に全快とはいかないが、手足が動けばロッソには十分であった。 「うりゃりゃりゃ!」 雷を纏った大剣が唸りを上げる。加速された斬撃には、小柄なチェガルの見た目を裏切る重さがある。 持ち前の怪力を発揮して、ロウもその猛攻を凌いでいく。 2人の間では、尾を引く雷と淡い光が絶え間なく交差し、刃風を起こす。 「そいやぁ!」 チェガルの大剣とロウのギアが火花を散らして斬り結ぶ。 「行くぞ、チェガチュウ! 10万ボルトだ!」 チェガルが全身に魔力を漲らせて雷撃を放ったが、ロウへと向かった雷がいきなり霧散した。 「あれ!?」 痕跡消去の異能で雷を打ち消したロウは、そのまま別の異能を展開する。 チェガルの目の前に旋風が生まれて、空気の塊のような暴風がチェガルを空へと吹き飛ばした。 攻撃の手を緩めずロウは、空にいるチェガルへ紅蓮の炎を撃ち出す。 しかし、その姿が一瞬で消え去った。 「それは残像だ!」 電磁加速したチェガルが一瞬で空から地面へと移動し、土煙を立ててアマリリスの側で止まった。 「無事なようだな」 「当然!」 チェガルとアマリリスは、互いの顔を見合って不敵に笑った。 その時、ロッソの鋭い声が響いた。 「少しでいい、足止めしろ!」 直後、ロウが異能である念動を発動させる。 チェガルとアマリリスの全身に、上から押さえつけられるように念動が圧し掛かる。 2人の動きが鈍った瞬間、ロウは地面にギアが突き刺し、地中より伸ばした無数の茨で2人を絡め取った。 要求に応えたロウの視線が、ロッソへと向かう。 ギアと異能による二重の束縛だが、既に幾つかの茨は千切られている。 「上出来だ!」 ファウストの銃口が火を吹き、その優美な銃身に魔法陣が浮かび上がる。 「Dodona、Aquila、Quercus、Jupiter」 アマリリスとチェガルを囲う四点に、立て続けに魔力弾が撃ち込まれる。その四点を結べば正方形となり、その対角線の交点に2人はいる。 「せいぜい上手に踊ってくれよ?」 ロッソの眼前に構えたファウストの銃身に、紫の魔法陣が現れる。 同時に、紫の五芒星が正方形の四隅に出現すると、その五芒星を結ぶように巨大な一つの魔法陣が錬成される。 「keraunos!」 空へと向けたファウストの引鉄を引いた時、耳を劈く雷鳴とともに巨大な魔法陣を埋め尽くす紫電が噴き上がった。 目を焼く強烈な閃光が引いたそこには、光り輝く繭と青白い稲妻を纏うチェガルがいた。 そして、溶けるように消えた繭の中には、アマリリスが佇んでいた。 「二番煎じは通用しない!」 得意気に鼻を鳴らしたチェガルは、纏っていた雷を全身から消した。すると、その場にすとんと座り込んでしまった。 「あ、あれ? 何これ、急に力が入んない?」 気が付けば、全身が鉛のように重くなっている。戦闘用装備で動き続けることは、非常に消耗することを知っている。 だからこそ、チェガルは自分のペース配分を重々心得ているはずであった。 それなのに、今初めて自分の疲労具合に気が付いていた。初心者だった頃はともかく、今ではこんな失態は有り得ないはずであった。 「大丈夫か?」 アマリリスはチェガルへと治癒術を施そうと、羽根を一枚取り出して近寄った時。 「俺のギアには茨を出すのとは別に、もう一つ効果がある」 唐突に、ロウが淡々と語り出した。 「この光はそれと気づかせずに相手を疲れさせる」 ロウの手が触れた部分の刀身が淡く輝く。 「それって!」 気が付いたチェガルは思わず叫んでいた。 「そして、自覚した時にはもう遅い。今の君のようにな」 「ファルみたいに解りやすくないだけに性質悪っ!」 チェガルが悔しげに顔を顰めると、それを見たロッソが楽しげに口笛を吹いた。 手を止めていたアマリリスは、チェガルへと羽根を翳して直に術を施そうとしたが。 「隙が出来るし疲れるから気は進まない。だが、手を抜いたら君たちは怒るだろう?」 自分の全身に突き刺さる殺気が、アマリリスの動きを止めた。 気が付けば、2人の居る場所の近くに細い線のようなものが見えた。それは水平線あるいは地平線のように、異なる景色の合せ目を眺めているような錯覚をアマリリスに与えた。 その感覚を意識して周囲を見渡せば、その線が描く立方体の中に自分たちは閉じ込められている。 「時間を割いてまで説明してくれた理由が、これかな?」 「この距離で使ったことは殆どないが、君たちは強いから死にはしないだろう。……多分」 空間操作と火と風、3種の異能を混合した空間爆破。爆弾のように一点が爆発するのではなく、空間そのものが同時に炸裂する。 いわば、爆弾の中に相手を閉じ込めるようなものであった。 ロウが拳を握った瞬間、音も無く真紅の立方体が出現し2人を飲み込んだ。 爆音も熱風も衝撃も本来ならば一瞬で拡散するはずの全てが、二重に仕掛けた空間封鎖の外側部分が閉じ込め暴れさせ続ける。 「やるじゃねェか」 感心したようにロッソは呟くも、額に汗を浮かべながらロウは油断なく事態を見据えていた。 自分の不調をおくびにも出してはいないが、混合した異能を使い続けたせいでロウの疲労は限界に近い。 その時、荒れ狂う炎の中から、一条の銀光がロウへと迸った。 咄嗟に身を捻って避けたロウへ、その光の後を追って空間の破れ目から真紅の炎が噴き出す。 襲い来る火炎をロウが水の膜を張って喰い止める。そして、炎が収まった先には、チェガルをその胸に抱き締めたアマリリスが彼岸花を構えて立っていた。 その背にはあった半透明の翼は片方だけになっており、それを腕の中のチェガルを守るように被せている。 「全力勝負に嘘はないようだ。私の全力も受け取ってくれるかな?」 アマリリスが空へと彼岸花を掲げる。 「翼よ、我が剣に光を運べ」 残った翼が無数の羽根となり彼岸花に溶け込むと、その刀身に鮮やかな銀光が宿る。 「破ァァー!」 鋭い気合いとともにアマリリスが彼岸花を振り降ろす。 迸る鮮烈な銀光は奔流となり、コロッセオの一画ごと2人を吹き飛ばした。 陽炎のように銀光の余韻が残る中で、アマリリスは腕の中のチェガルへと呼掛けた。 「チェガル」 少し体を揺らすとチェガルは直に目を開いた。 「んぁ、あれ?」 「まだ勝負中だ。一太刀浴びせたが、私はここまでだな」 身を起こしたチェガルが見たのは、アマリリスの前から伸びている抉れた地面であった。 アマリリスの纏う鎧が解けるように消えると、その手には1枚の羽根が残っていた。 「幸い、君と私の魔力の相性は良さそうだ」 その羽根をチェガルの額に被せて、その上からアマリリスが実にさり気ない動作で口付けを一つ落とした。 「後は任せたぞ、相棒」 その羽根が魔力となってチェガルの体へと溶け込む間、チェガルはぼーっと優しく微笑むアマリリスに見惚れていた。 (はっ! 今アタシ、百合の扉を開きそうになってた!?) 意識して強めに自分の頬を叩いて、チェガルは気合いを入れ直した。 「後はボクに任せといて!」 若干頬を赤くしたまま、チェガルはグレンスフォッシュを構えた。 そして、土煙が立ち上る中で、ロッソがふらつきながら立ち上がった。 身に付けたスーツは片方の袖が焼け落ちており、コロッセオの土砂で薄汚れている。 身なりを気にする素振りも無く、直に眼鏡を外すと指で乱暴に拭って掛け直した。 「おい、立てるか?」 「……大丈夫だ」 ギアの剣を杖代わりにして、ロウはどうにか立ち上がった。 「まだヤれんのか?」 「……」 その無言がロウの答えだった。 展開していた水の膜に強制変異の異能を混合し、水の膜の随所を光を拡散させる水晶体へと作り変える。 どうにか分散させたおかげで2人とも即死を免れたが、その時点でロウはもう限界だった。 遠目には普通の立ち姿に見えるだろうが、その涼しげな顔には滝のように汗が浮かんでいる。 「ちっ」 ロッソは忌々しげにチェガルを睨み付けた。 「どうやら2対1だぜ。どうしたもう降参するか? 跪いて俺の靴にキスすりゃ命だけは拾って返してやるぜ?」 「ふっふっふ、ボクは1人じゃない。ボクの中には、リリスから託された想いがある!」 ロッソのハッタリに、チェガルは動じず拳を握った。 「ボクの心が光って唸る! 敵を倒せと轟き叫ぶ!」 チェガルの全身が黄金に光り輝く。 「これぞ愛と友情のツープラトン! 燃えとモエの合わせ技!」 チェガルが金に輝くグレンスフォッシュを突き付けて宣言する。 「そりゃ良かったな!」 まともに取り合うつもりのないロッソが容赦なく銃弾を浴びせ掛ける。 それを避けようした瞬間、チェガルの体は予想以上の速さで飛び退っていた。 まるで羽毛のような身軽さに、チェガル自身も驚きを隠せなかった。 (何コレ、体が軽い! こんな気分は初めて。そう例えるなら) 「もう何も怖くない!」 グレンスフォッシュを両手で構えると、残像を残してチェガルが突進する。 ステップを刻みジグザクに動いて、銃弾を避けながらロウへ踏み込む。 横薙ぎに迫るグレンスフォッシュを、ロウはどうにかギアで受け止める。 「パワー全開!」 チェガルが電磁加速した右脚を跳ね上げる。立つことで精一杯のロウには防ぐ余裕もなく、咄嗟に力を込めた腹を蹴り飛ばされた。 「退け! てめェごと蜂の巣にするぞ!」 ロッソの射線に被るように、ロウは蹴り飛ばされていた。 (パワーアップが何時まで続くか解んない以上、ちんたら各個撃破なんかしてらんない。まとめてブッ飛ばす!) グレンスフォッシュくるりと回転させて、チェガルは地面に突き立てた。 「正真正銘、これでラスト! ありがとう、そして」 ばばばっとチェガルの両手が動いて、Yの字ような体勢を取る。 「ありがとぉぉー!」 チェガルの口から、煌めく黄金の魔力がビーム状に撃ち出される。その太さは実にチェガルの身長を越えていた。 舌打ちしたロッソがファウストを連射して、目の前に紫電の魔法陣を錬成する。 「舐めんなぁ!」 ロッソの負けん気に呼応してファウストが輝くと、溢れ出した紫電が魔法陣に漲り盾のようにビームを受け止めた。 次々と千切れる紫電を補強するように、魔法陣へと淡い光の茨が格子状に絡み付く。 ロウも倒れたままでギアへ意識を集中させて、茨の数を増やしていく。 「スパァァーークッ!」 しかし、チェガルの絶叫が響くと、巨大なビームがさらに一回り膨れ上がった。 「何ぃぃ!?」 三人を飲み込むように、コロッセオに金色の光が爆発する。放射状に広がった閃光からチェガルが飛び出してきた。 意味不明な声を出しながら、がしゃしゃしゃと勢い良く転がり続けると、大の字になってようやく止まっていた。 「も、もー煙も出せません」 大の字に伸びたまま、空を見上げるチェガルは苦しげに呻いた時。 「試合終了、そこまで! 勝者、チェガル・フランチェスカ、アマリリス・リーゼンブルグ!」 爆煙が立ち上るコロッセオに、リュカオスの声が響き渡った。 「ふっ、真っ白に燃え尽きちまったぜ、おやっさん」 そう言い残したチェガルは、やり切った思いを抱きつつ意識を手放した。
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