今日も今日とて娘と喧嘩をしたファルファレロ・ロッソの機嫌は非常によろしくなかった。 細身の体を飾るスーツは、襟元を寛げて黒ネクタイを緩く結んでいる。ラフに着崩されたスタイルが良く似合っている。 怜悧な顔立ちと癖のない黒髪、銀縁の眼鏡に覆われた切れ長の双眸は、いつもならばどこか危うさを感じさせる程度のはずだった。 しかし、今日は泣く子を泣き喚かせる破壊力をもった凶悪な眼差しで周囲を威嚇しながら、ターミナルの行きつけのバーに向かっている。 その道すがら、ベルゼ・フェアグリッドと擦れ違いそうになった。 漆黒の蝙蝠を擬人化したような姿をしており、その背に大きな翼が生えている。腰には猫のような細長い尻尾が生えていて、ひょこひょこ動いている。 相手が避けるだろうと思っていたロッソは、そのまま真っ直ぐに歩いた。 ベルゼは知人から手に入れた月刊アニメインタビューを読みながら歩いていた。ちなみに、表紙には「メイドアニメ大特集! ご主人さまへ御奉仕すぺしゃる☆」と銘打ってあったりなかったり。 結果、双方が避けようとしなかったため、互いの肩がぶつかった。「てめェ、どこ見て歩いてやがる!」 これ幸いとロッソが、条件反射で噛みついた。「え、これの特集ページ?」 ベルゼが持っていた雑誌を閉じて、表紙をロッソへと見せた。 「へっ、良く見えるように目ん玉入れる穴、増やしてやろうか、ぁあん?」 臆することなく見上げるベルゼに、ロッソがギアであるファウストを突き付ける。「おー、カッコウイイなソレ! ちょっと触ってもイイ?」「汚ェ手で勝手に触ろうとすんじゃェね、化け蝙蝠が!」「じゃー、俺が勝ったらイイよな? ソレ、飾りじゃァねぇんだろ?」 ベルゼが小馬鹿にしたようにふふんと鼻で笑った時、ロッソの額からぶちっと何かがキレるような音が聞こえた気がした。「上等だ。剥製にして売り飛ばしてやるぜェ!」「却下だ」「ああ!? 何でだよ!」「コロッセオは訓練場だ。喧嘩をしたいなら余所でやれ」 頭に血を上らせているロッソにも、リュカオスは冷静に対応していた。「じゃー、訓練するから貸して?」「相手は、どうもそうは思っていないようだぞ?」 ロッソは唸るようにリュカオスも睨み付けている。「ほら、こいつ馬鹿で短気で喧嘩っ早いから。いつものことなんだよー」 さりげに言いたい放題なベルゼであった。「解った。闘技場に降りろ」 リュカオスは仕方ないといった様子で闘技場への通路を開いた。「ちっ、もったいぶらず最初から素直に貸しやがれってんだ」「感謝しろよな。俺がいなかったら、借りれなかったぞ」「ああ、ありがとよ。お礼に鉛玉をタップリとプレゼントしてやるぜ!」「キシシ、楽しみにしてるよ!」 殺る気満々といった2人にリュカオスの声が届いた。「それでは、試合開始!」「うお!?」「うひゃあ!?」 しかし、開始の合図とともに大量の水が、ばっしゃーんと2人の頭上より降り注いできた。「の準備が終わるまで、しばらく頭を冷やしておけ」 あまりの出来事にロッソが呆然としていると。「キシシ、水も滴るイイ男の完成だな~」 ベルゼが小馬鹿にするように囃し立てた。「てめェなんぞ、濡れ鼠まんまじゃねェか!」 水を被ったせいで、ベルゼのもふっとした見た目が相当にボリュームダウンしていた。ちょっと残念な外見である。 そして、コロッセオの控え室に戻った2人が、濡れた服と体を乾かしている間に、準備は終わっていた。 コロッセオは、ネオンがギラつく夜の繁華街となっていた。 上を見上げればビルを彩るド派手な照明、突き出すように設置されたそれが暗い夜を隠すように煌煌と輝いている。 通路には電飾で飾られた看板が整列している。ビルの路地を覗き込めば、そこにも同じような光景が広がっているようだ。 ビルとビルに挟まれた乱雑な空間は、どこかインヤンガイにも似ている。 建物の中からは、聞き覚えのあるようなBGMが漏れてきている。その曲に合わせたように、電飾の切れかかった看板が音を立てて点滅する。 無人の繁華街、それが今回の舞台である。「それでは、試合開始!」 リュカオスの合図が、繁華街の静寂を切裂いた。!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>ベルゼ・フェアグリッド(csrp5664)ファルファレロ・ロッソ(cntx1799)
無人の歓楽街。ネオンの音と店の入り口から漏れるBGMだけの静かな空間に乾いた足音が響く。 ロッソはまず様子見と路地から路地へと走り抜けて相手の出方を窺っていた。 今回はコンクリートジャングルならぬネオンジャングル。 (スラムに似てるな。土地勘はこっちにある) 看板の影に身を隠し、気配を殺しながら五感を使って周辺を探る。 何処かでネオンの点滅する音が聞こえる。別の看板へとロッソが背を低くしたまま駆けた時。 銃声が響いた。 目の前の看板へと飛び込んだロッソの下で銃弾が跳ねる。 身体に染み付いた経験が大体の方向を導き出す。見上げたロッソの先に、ビルの看板にぶら下がり銃を構えるベルゼがいた。 瞬間、ロッソの二丁拳銃が火を噴いた。 襲い来る銃弾の嵐を、ベルゼは看板の後ろに隠れてやり過ごす。 銃撃を止めたロッソが耳を澄ませば、羽ばたきが遠ざかるのがわかった。先程よりも慎重に標識や看板を利用しながらロッソは後を追った。 突然、ロッソの背に悪寒が走った。 本能に従いロッソが看板から飛び出せば、その看板を銃弾が貫いた。息を吐く間もなくロッソへ銃弾が降り注ぐ。 飛び出した勢いのまま、ロッソはビルの角へと転がり込んだ。 「やってくれんじゃねぇか」 ロッソはビルの壁に背を預けた。そして、様子を見ようとビルの角へと近寄った時。 壁面の一角が銃声とともに吹っ飛び、ロッソも吹っ飛ばされた。 大した痛みもなく受け身を取ったおかげで動きに支障もないが、その威力には内心舌を巻いていた。 そして、無闇に近寄るのは危険と判断したロッソはその場から離れた。 「キシシシッ」 ベルゼは走り去るロッソの足音を聞いていた。 「逃げても無駄だぜ」 ベルゼが小さく呪文を唱えると、ビル街に風が動いた。 「みーつけた」 ベルゼは羽を広げてビルの看板から飛び立った。 足を止めたロッソは息を整えながらどう攻め込むか思案していた。 そこに銃声が響いた。 反射的に体を低くしたが、すぐに違和感に気が付いた。銃声が遠いのである。 不審に思ったロッソが耳を澄ませば、銃弾の跳ねる音が連続して届く。 次の瞬間、ロッソの視界を尾を引いて走る銃弾が横切った。それは目の前でビルの壁に当たると、角度を変えてロッソへと跳ね返った。 予想外の軌道に反応が遅れたロッソを銃弾が打ち据える。 「ぐっ」 弾き飛ばされた体に広がる衝撃にロッソは息を詰まらせる。 また遠くで銃声が響いた。すぐにロッソは倒れた体を起こして銃を構える。何度かの跳弾音の後に、銃弾が尾を引いてロッソを襲う。 しかし、今度はメフィストが火を噴きその跳弾を撃ち落とした。 「逃げるのは性に合わねェな!」 続けて聞こえ出した銃声の中、ロッソは敢て音のする方へと駆け出した。走りながら目に付いたビルのネオン看板を、ギアで次々と撃ち抜けば、紫電が走りショートしたネオンが火花を散らす。 「どうしたファッキンバッド! 隠れて撃つだけか!」 迫る跳弾をメフィストで撃ち落としてロッソは叫んだ。そして、ショートしたネオンが火花を降らせる中、急に足を止めると慎重に周囲を窺い始めた。 その姿にほくそ笑みながら、ベルゼは無事なビルのネオン看板に降り立った。銃を構えてロッソに狙いを定めていると、周囲に視線を走らせていたロッソがベルゼのいる方角へはっきりと目を向けてきた。 そして、ベルゼと目が合ったロッソが獰猛な笑顔でファウストを連射すれば、ベルゼの隠れていた看板に銃弾が突き刺さり紫電が走る。 「うわわ!」 ショートして火花を散らすネオンから慌ててベルゼが飛び離れる。 「見つけたぜ、ファッキンバッド!」 ロッソの銃弾の嵐の中、ベルゼは近くのビルの看板へと隠れようとした。 「いいっ!?」 ベルゼは驚いた。見渡せば隠れていた看板から近い看板はほぼ全てショートしていたのである。 (嵌められた!?) ベルゼは正解であった。ロッソは闇雲にネオン看板をショートさせていたのではなかった。ネオン看板を使えなくし、特定の場所に立つことで自分を狙える場所を幾つかに絞り込んでいた。あとは、挑発しながらそれらの狙撃場所を確認しながら待つだけ。 そこにベルゼは飛び込んでいたのだった。離れた看板へと逃げ込もうとベルゼは翼を大きく広げて羽ばたかせた。 (ただの凶悪メガネじゃねぇのか!) ロッソがその機会を見逃すはずもなかった。 「的を広げてくれてありがとよ!」 ロッソの銃弾がベルゼの翼を精確に撃ち抜いた。 「ぎゃんっ!」 翼から走った痛みと急激に失われる浮力のせいで、ベルゼがそのまま地面へと顔面から落下する。 「よくもおれの翼を台無しにしやがったなぁ!」 強打した顔面の痛みをこらえつつ、ベルゼが全身の毛を逆立てて威嚇する。その尻尾は忙しなく左右に揺れている。 「見下ろされんのは大っ嫌いなんだよ、自慢の翼も風通しよくなりゃあもう飛べねぇだろ」 ベルゼに銃口を向けたままロッソは嘲笑う。 「さあ、アップルパイみたい弾けてみせな!」 「やなこった!」 互いの銃が火を噴く中、ロッソもベルゼも転がるように近くの看板へと隠れる。翼の痛みを堪えながらベルゼはギアに急いで魔力を込めて叫んだ。 「看板ごとブチ抜くぞ!」 魔力を込めた貫通弾、ベルゼの銃技アルデバランが、隠れた看板を貫いて放たれる。 看板から身を乗り出したロッソがギアの火炎弾を撃つ。途中で衝突した魔力弾同士が破裂し爆煙を広げる。 それが収まった先には、穴の開いた看板だけが倒れていた。 「ちっ! 逃げやがったな」 「眼鏡かけてンのって大人しい系ばっかじゃねーの?」 ベルゼは路地裏に隠れて、ひりひりと痛みを訴える翼を恨めしげに撫でていた。 「しばらく飛べねぇな」 翼の傷の具合を確認したベルゼは呪文を唱え始めた。 「我が眷族よ、主たる我の呼掛けに応えよ。――バッドレギオン!」 ベルゼの前に漆黒の魔法陣が出現する。 「出て来いチビども、出番だぞ!」 「はーい!」 魔法陣が輝くと、二頭身並のチビベルゼが次々と湧き出てきた。見た目は随分と可愛くデフォルメされた縫いぐるみのようであった。 「オヤジー、久しぶりー」 「久しぶりー」 返事も元気良く出てきたチビたちは、落ち着きなく走り回っている。 「こら! 言う事聞かないとお仕置きだぞ!」 ベルゼの一喝でチビたちはぴしっと整列した。 「いいかチビども。凶暴なメガネがいるから、そいつを襲ってテキトーにからかえ。いいな?」 「はーい!」 元気良く返事をした大量のチビ蝙蝠たちは一斉に動き出した。それを見届けたベルゼはしゃがみ込むと地面に魔法陣を描き出した。 「かくれんぼは楽しいかぁ!」 通りにある標識や看板を蹴り倒しながら、ロッソは足を進めた。周囲の様子には気を配り油断などしていない。 翼に穴を開けたおかげでベルゼは空を飛べない。頭上を気にせずロッソが狩りを楽しんでいた時、空から落ちてきた何かがロッソの顔にへばり付いた。 「うおっ!」 すぐにロッソは銃を持った手でへばり付いた何かを引き剥して、眺めた。ロッソと目が合ったそれ、縫いぐるみのようなチビ蝙蝠は、楽しそうに笑い出した。 「キシシシッ」 「隠し子か?」 ロッソが思わず呟いた時、チビ蝙蝠たちがロッソに雪崩れ落ちてきた。 「何だこりゃあ!」 ロッソの体に纏わり付いたチビたちは、齧る、引っ掻く、髪の毛を引っ張るなど思い思いの方法で攻撃を始めた。 「いてて!」 慌てたロッソはチビ蝙蝠たちを叩き落し、足元にいるのは蹴り飛ばした。が、数が多過ぎる。 叩き落している腕や足にも何体かのチビが張り付き噛みつく始末だった。それでも両手に握る拳銃を落さなかったが、代わりに顔が手薄になっていた。 「とったー!」 チビの一体がロッソの眼鏡を奪うと地面に飛び降りた。 「眼鏡に触んじゃねぇ、殺すぞっ、るぁ!!」 熱り立ったロッソが威嚇を込めて引鉄を引くも、狙いがまるで定まらない。銃声にチビたちから悲鳴が上がるも、すぐに楽しそうな声に変る。 「みえてなーい」 「めがねとったらみえなーい」 「めがねとったらめがねー!」 「だから、みえなーい!」 キシシシッ、とチビ蝙蝠たちが楽しそうに笑う。中身も見た目通りなのかくだらないダジャレで大爆笑である。 眼鏡を掛けたチビが酔ったようによろよろになるのを見て、他のチビ蝙蝠たちはさらに笑い出す。 そこへ違う笑い声が響いた。 驚いたチビ蝙蝠たちが見れば、チビ蝙蝠に覆われているロッソが身体を震わせて笑っていた。狂ったように息が切れるまで笑ったロッソはおもむろに右腕を持ち上げると、そこにへばり付いていたチビ蝙蝠に思い切り齧り付いた。 ぴっ、という悲鳴を上げて噛まれたチビは煙のように消滅した。 「噛み応えも食いでもねぇじゃねぇか」 ロッソの両目の奥に怒りが燃え盛っている。全身至る所を齧られて引っ掻かれたせいか、スーツはボロボロで赤く血も滲んでいる。 しかし、その体からは烈火の如く気勢が噴き出しており、顔を伝い落ちる幾筋の血がさらに迫力を後押しする。 「こんなにコケにしてくれたんだ。てめェら生きて帰れると思うなよ?」 ロッソがチビ蝙蝠に向けた視線から音が聞こえてきそうであった。 「いや違げェ。生まれてきたこと後悔しながらブッ殺してやるよ!」 ロッソに纏わり付いていたチビたちは怯えて一斉に逃げ出し、眼鏡を持ったチビの元に全員が集まった。 「め、めがね、か、かかえす!」 眼鏡を盗ったチビ蝙蝠が、ロッソに近寄り眼鏡を差し出す。その体は恐怖でぷるぷると震えている。 離れた場所で一塊になったチビ蝙蝠たちは、固唾を飲んでその様子を見守っていた。 「良い子だ、ベイビー」 ロッソは差し出された眼鏡を掛けると、足下のチビ蝙蝠に出来るだけ優しい顔で笑ってみせた。とはいえ、チビからしたら十分怖い笑顔であっただろう。 「てめェは一番先にブッ殺してやるよ!」 ロッソの右足が容赦なくチビ蝙蝠を踏み潰した。それを見たチビ蝙蝠たちから悲鳴が上がった。中には泣き出しているのもいるようであった。 「次はどいつだぁ!」 ロッソの怒声にチビ蝙蝠たちは蜘蛛の子を散らすように逃げだした。 ベルゼが魔法陣の出来栄えを確認していた時、コロッセオのビル街に轟音と地響きが広がった。それに続いて爆音と振動が止まることなくベルゼに響いてきた。 「なんだぁ?!」 驚いたベルゼが通りへと顔を覗かせると、そこは戦場も斯くやと燃え盛っていた。 先程までの様子からはまるで予想できない惨状にベルゼが目を丸くしていると、チビ蝙蝠たちが逃げ戻ってきた。 「オヤジー!」 「めがねこわいー!」 「くわれるー!」 涙目になったチビ蝙蝠たちは我先にと必死にベルゼにしがみ付いた。 「何があったのか言わないと解んねぇだろ!」 ベルゼが声を強くして言い聞かせても、チビたちはただ震えるばかりであった。 (どんだけ怖い思いしたんだ) 近い場所でロッソの火炎弾が炸裂し、ビルの壁面が崩れ落ちた。その落下音を縫って、怒りに染まった声がベルゼに届いた。 「どこだぁ! その羽毟って口に突っ込んで目ん玉繰り抜いてケツから鉛玉ブチ込んでやるぁ!!」 ベルゼは思わずチビ蝙蝠たちを抱しめると、すぐに体を引っ込めた。 「アイツ、眼鏡かけてンのにスッゲェ形相だ?! ナマハゲってあンなじゃなかったか!?」 腕の中のチビたちは声も無くぷるぷると震えている。そこへ、さらにチビ蝙蝠が逃げてきた。 「オヤジ、たすけてー!」 飛び込んできたチビをベルゼがさらに抱え込んだ時、背後のビルの壁が爆発した。 逃げるチビ蝙蝠を狙ったロッソの火炎弾である。身構える間もなく襲った衝撃にベルゼは地面に投げ出された。 「逃げな逃げな! 最後は俺が捕まえるがなぁ!!」 飛び散った瓦礫が怪我をした翼に落ちる。激痛に呻くベルゼをさらなる不運が襲った。 「会いたかったぜェ、ファッキンバッド!」 ベルゼが身を起こしながら振り返ると、その両目に怒りの炎を湛えたロッソがいた。その凄まじい形相に、ベルゼにしがみ付いたチビ蝙蝠たちがまたもや震え出す。 「勿体無ェよなー、せっかくの色男が凶悪面で台無しだぜ?」 「なら色男に戻ってやるから、今すぐてめぇをブチ殺させな!」 ロッソの構えたファウストの銃身に魔法陣が浮かぶ。すぐにベルゼもパスホルダーからギアを取り出す。 「丸焼きじゃ気がすまねェ。出来損ないのバーガーになりな!」 ロッソがギアを地面に向けて引鉄を引く。撃ち出された魔力弾が沈むように地面に溶けると、そこを中心に紫の波紋が広がった。 足下に広がる波紋にベルゼは身体を緊張させる。が、何もベルゼには起きなかった。 腹に響く地鳴りが沸き起こったのは横に並ぶビルであり、その地鳴りは傾き倒れ出したビルの音に紛れてしまった。 ロッソのギアが引起した地盤沈下である。支える地面がなくなれば、建造物は傾き倒れるのみ。 そして、倒れるビルの壁が地面を削りながらベルゼへと押し迫る。 「叫ぶぞ、チビども!」 ベルゼは抱えていたチビ蝙蝠を放り投げた。 「我が声は響き、我が叫びは轟き、我が咆哮は撃ち砕く!――デットハウリング!」 ベルゼが開いた口から超音波を放つ。空中でベルゼを囲うように並んだチビ蝙蝠たちも口を開き、自らを増幅器として同様の超音波を放ち出す。 漆黒の魔力を帯びた超音波が音も無くビルの壁に浸み込む。ビルの一画を黒く染めた超音波がそのまま浸透してビルを貫き風化させ崩壊を起こす。 ベルゼを押し潰すはずだったビルの一部分だけが消し飛び、倒壊で巻き上げられた土埃と一緒に吹き飛んだ。 「悲鳴はベッドの中で十分だ!」 ロッソはファウストの火炎弾の爆発で粉塵を吹き飛ばすと、そこにはベルゼが座り込んでいた。 「俺が謝ったらチャラにしねぇ?」 「泣いて土下座して、俺の靴を舐めたら考えてやるよ。あとは、てめぇが持ってるナレッジキューブ全部よこせ。それでチャラだ」 「全くチャラになってねぇよ!」 「なら、大人しく剥製になりな!」 銃を構えたロッソの顔に、空から落ちてきたチビ蝙蝠がへばり付いた。 「ファック!」 ロッソはそのまま口を開いてチビ蝙蝠に噛み付こうとしたが、チビ蝙蝠はすぐに離れると近くの路地へと逃げ込んだ。 ロッソが急いで視線を戻せば、倒れたビルの向こうへとベルゼが逃げていた。 「待ちやがれ、ファッキンバッド!」 ロッソがベルゼの後を追って走る。倒れたビルを曲がったロッソに、ベルゼが銃弾を浴びせる。 「待てと言われて待つヤツはいない!」 瓦礫に身を隠しながら、ベルゼはギアに魔力を込める。 「大地を駆け、谷を跳び、獲物を狙え!」 ベルゼが目の前の壁に向けて引鉄を引けば、放たれた銃弾は壁に跳ね返り軌道を変えた。 跳弾を繰り返し対象を狙う、銃技カプリコーン。 しかし、狭く障害物のある路地は、瓦礫によりさらに入り組んでいる。そんな場所を跳弾させるのである。ベルゼにも何処に飛んでいくか解らない賭けであった。 連続する跳弾音を背に、ベルゼはすぐに駆け出した。 「ギャ!」 しかし、そのベルゼを悲劇が襲った。自ら撃った跳弾に当り弾き飛ばされたのだ。すぐに起き上ろうとしたベルゼの顔の横で土煙が上がる。 「遺言くらい聞いてやろうか?」 ベルゼはゆっくりと振り返って座り込んだ。叩き付けられる殺気が、下手に動けば次の瞬間には蜂の巣になることを教えてくれる。 「おーっと、チビを使うのはなしだ。この距離なら目を閉じながらでも脳天に穴開けてやるぜ?」 じりじりと後ろへと下がるベルゼにロッソが言い放った事は、まさにベルゼが考えていたことであった。 「キシシシッ」 「何がおかしい? おつむがイカれたか?」」 なおもじりじりとベルゼは下がり続ける。 「下手な真似すんなよ。問答無用で穴開きチーズになるぜ」 「アンタにチビどもは使わない。使うのは、オレにだ」 止まらないベルゼの後退にロッソが不信感を覚えた時、ベルゼの手が隠していた魔法陣に届いた。 刹那、何もなかった地面に漆黒の魔法陣が現れる。それに合せて上から6体のチビ蝙蝠が魔法陣の頂点に降り立つ。 「やれ、チビども!」 「ちっ! 丸焼けになりな!」 チビたちが魔法陣を発動させると同時に、ロッソのギアがベルゼに火を噴いた。 「オヤジー!」 その時、瓦礫の影に潜んでいたチビの一体がロッソの腕にしがみ付いた。ロッソの狙いが外れてビルに大穴を開ける。 「う!」「つ!」「ろ!」「の!」「えーっ、あっ! しだ。し!」「る!」 チビ蝙蝠が次々と声を上げる魔法陣の中に、ベルゼは飛び込んでギアを構えた。 「し」 魔法ブランククレストが発動し、漆黒の魔法陣から噴き上ったのは膨大な魔力。その全てをベルゼはギアに流し込んで装填する。 「試し撃ちだから手加減なしだぜ!」 ベルゼの構えたギアが漆黒の魔力を放出する。それは銃弾ではなくもはや激流と称するものであった。 舌打ちとともに迎え撃ったロッソの火炎弾さえ飲み込み打ち消すと、ベルゼの一撃はロッソを巻き込みコロッセオのビル街を貫いた。 その一撃が収束した後、黒い魔力に呑まれ精神と体力を喰われたロッソは、糸が切れた操り人形のようにベルゼの目の前で崩れ落ちた。 「試合終了!」 ベルゼの勝利が決まった瞬間であった。
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