インヤンガイの壺中天に存在するゲームの一つに、「インプレグナブル」というサバイバルゲームがある。 様々なステージを設定できるサバイバルゲームで、プレイヤー同士で2チームに分かれて対戦したり、AIチームに挑戦したりもできる。 また、各ステージに設定されたミッションをクリアして遊ぶこともできる。 この「インプレグナブル」のシステムが暴霊に憑依されてしまったようだ。 件の暴霊はゴーストタウンステージに立て篭り、そこのNPCであるテロリストチームのリーダーに憑依している。 このステージに設定されたテロリスト殲滅のミッションをクリアしないと、ゲームは終了させられない。 参加するプレイヤーは特殊部隊の隊員となるので、設定上「相応の訓練を施された人間」程度の身体能力を持てる。 なおかつ、使用する武器にはセミオート機能がついており、現実のプレイヤーが銃火器等に精通していなくとも問題なく操作できるようになっている。 しかし、このゲームを難しくしている要素もある。ステージ上に存在する敵がテロリスト達だけではないのだ。 本来、プレイヤーは死亡すれば強制ログアウトされる筈なのだが、ゾンビとなり復活してしまう仕様へ変貌している。 これ迄ミッションに挑んでは散っていったプレイヤーが、ゾンビとしてゲーム空間に閉じ込められており次の挑戦者達の脅威となって現れている。 ゾンビ化したプレイヤーは徐々に理性や記憶を失い痛覚が無くなる。 そのため、無理を防ぐための身体の防衛機構がなく怪力になっている。掴まれれば振りほどくのは難しい。 武器を使うことはないが、掴んだものを噛み付く習性があるようだ。 既に死亡状態にあるため殺すことができないが、物理的に動けなくなるまで潰せば、破壊できる設定の木箱を壊した時のように、自動的に消滅する。 足が遅いのが救いと言えるが、今までミッションに挑んでは散っていったプレイヤーの数だけゾンビは存在している。 男装の探偵であるチェンは、手帳のページを捲りながら淡々と説明をしている。「参考までに聞きたいんだけど、ゾンビはどれくらいいるの?」 読んでいた「インプレグナブル」の説明書から目を上げると、彗は静かに尋ねた。「暴霊の影響がシステムにも出ているようで、依頼元でも数を把握し切れていないらしい」「ええー」 情けない声を出したのはヒナタであった。チェンの説明が進むにつれて、だんだんと引け腰になってきている。 「テロリストチームは40人の設定となっている。恐らくゾンビはその10倍以上はいるだろう。幸いにも全てのゾンビを一斉にステージに存在させることはできないようだ」「今まで参加したやつらも相当な数いたみたいだけど、どうして誰もクリアできてねぇんだ?」 目の前にある資料の束を掴んで、劉は端からぱらぱらと捲っている。読もうというよりも、ただ手持無沙汰を誤魔化しているだけのようである。「それについては2つの理由がある」 チェンが手帳を捲る。 1つ目が、テロリストチームのリーダーが用意している兵器だ。兵器はリーダーが乗り込んで操縦する機械人形。 それが暴霊により性能が強化されている。おかげで、使用武器で破壊するのに時間が掛る。「それなら手間暇かければいいだけだろ?」 並べられた説明書や資料を折り曲げ、慎重に重ねながらタワーを作って蒔也は遊んでいる。「それができないことが2つ目の理由になる」 暴霊が立て篭もっているステージはミッションクリア型。 設定されているミッションは、潜伏したテロリストを速やかに殲滅せよ、というものである。 時間が過ぎれば、潜入が発覚しテロリストたちが逃走してしまい強制的にミッション失敗となる仕様なのだ。「時間さえ掛ければクリアできるが、その時間がないってこと?」 劉と蒔也の態度を注意しようかと思いながら、ヒナタは2人を横目に見ながら悩んでいた。「今まではその通りだった。しかし、今回は対抗策がある。爆弾だ」 その言葉に目を輝かせた蒔也が体ごとチェンへと向き直って身を乗り出した。 依頼元の会社が、今までに挑戦したプレイヤーから得た情報をもとに開発したアイテムだ。 これを使用すれば兵器の装甲を破壊できる。そうすれば、使用武器でも時間内に破壊することができるだろう。 あるいは、数回爆弾を使用できれば、兵器そのものを破壊することもできる計算である。 ただし、それだけの威力なので、使うタイミングを間違えれば味方をも巻き込みかねない。「これを全員に持ってゲームに参加してもらう。そして、最後に1つ注意事項がある」「何?」 彗の素っ気ない相槌を受けて、チェンは話を進める。 この爆弾のデータを持ち込んで失敗した場合、暴霊側が爆弾のデータを手に入れてしまうことになる。 となれば、次からはテロリスト側が爆弾を使用するようになるだろう。そうなれば、暴霊をゲーム内から倒すことはまず不可能になるだろう。 内部から暴霊を取り除くことができないのであれば、最後の手段として「インプレグナブル」自体を壷中天より消去するしかない。「それって捕われた人たちはどうなるんでしょうか?」 それまで黙って説明を聞いていたサクラが初めて口を開いた。「不明だ。目を覚ますかもしれないし、目を覚まさないかもしれない。少なくとも私は似たような事例で目を覚ましたということを聞いたことはない」 チェンは手帳から目を上げて、ロストナンバーたちを見回した。「では、最後にもう一度ゲームの説明書に目を通しておいて欲しい。君たちの幸運を祈る」 チェンの手帳を閉じた小さな音が、ロストナンバーたちの耳に嫌に響いた。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>鹿毛 ヒナタ(chuw8442)吉備 サクラ(cnxm1610)古城 蒔也(crhn3859)天倉 彗(cpen1536)ヴァージニア・劉(csfr8065)=========
暗闇に走る幾筋もの光が世界を照らし出す。 気が付けば、ロストナンバーたちは人気のないゴーストタウンへと降り立っていた。 全員がゲーム「インプレグナブル」の設定通りに特殊部隊の隊員としての装備を身に付けている。首から上の装備はインカムだけであり、互いの顔は確認できる仕様であった。 「リアルね。匂いはどこまで再現されるのかしら」 装備を点検しながら彗は呟いた。 「匂いはほとんどしねえな。ゾンビがうろついてんなら死臭くらいすんだろ」 「言われれば、その通りね」 「このゲームには大して必要ないから再現されてないんじゃね?」 (つまり、死臭がどんな匂いかお分かりなんですよね?!) 彗、蒔也、劉が何気なく交わす会話を聞きながら、ヒナタの心中は穏やかではなかった。そんな心を落ち着かせようと、ヒナタは目を閉じて深呼吸を繰り返す。 「総てはデータの塊、よく出来た的、人じゃない、ヤッてよし。普段のゲームと同じ、クリアの為の破壊と殺戮に疑問が生じる隙は無し!」 盛り上がる気持ちに合わせて声も大きくなる。 「窮地に陥りゃテンション上昇と共に変な笑いが込み上げるあの感覚を思い出せ! 合言葉はF・P・S!!」 ヒナタは握った拳を力強く突き上げた。 「……イメトレ完了」 目を開けたヒナタが腕をゆっくりと下ろした。 「ヤル気だなー、少年」 面白そうに蒔也が口笛でヒナタを囃したてる。 「いやいや、ゲームですから! 俺は現実だと鶏一羽絞められん様な猛者ですよ!」 「そりゃ凄ぇー。俺なら我慢できずに木端微塵だな」 「えっ?」 楽しそうに語る蒔也に、ヒナタは絶句する。その間にも、劉、サクラ、彗は装備を点検を進めている。 (昔よりは平和な日常にも慣れたと思ったけど。身に付いた癖は簡単には抜けないみたいね) ターミナルで妹と平穏な日々を彗は過ごしているが、戦場に立てば血が沸き立つのを感じる。 「皆はどうするの?」 彗は静かな声で全員に尋ねた。 「オレは下水道から行く。ゾンビが徘徊してたら詰むが、そうじゃなけりゃ集会所まで直で行けるだろ」 だるそうにぼそぼそと劉は応えるが、彗と視線を合わせようとはしなかった。 「一人で?」 「オレの勝手な考えで動くんだ。誰かを巻き込むなんて真っ平だ」 劉は嫌そうに手を振った。 「それじゃ、本当にゾンビがいたら無駄死にじゃ」 「ぁ?」 劉がじろりとヒナタを睨みつけた。 「か、可能性ですけどね!」 「あの」 サクラが手を挙げていた。 「それなら、私が劉さんと一緒に行っていいでしょうか? 私の武器は釘バットですから、ゾンビ相手なら十分に戦力になるはずです」 「ってことは、爆弾2個持ってんだ。いいな~」 蒔也には曖昧に笑うと、サクラはじっと劉の顔を見詰めて返事を待った。 しかし、劉は黙ったまま視線を合わそうとはしなかった。 「いいんじゃない。否とは言ってないわけだしね」 様子を見ていた彗の言葉に、小さく劉は舌打ちした。 「いいんですか?」 「好きにしろよ、ばっかじゃねぇーの」 「あ、あのですねー」 今度はヒナタが遠慮がちに手を挙げた。 「俺は屋根伝いに行きたいなぁ~なんて。そうすれば、曲がり角でゾンビ達とこんにちはなんてことはないし、元々ホラゲじゃないんだから屋根を突き破るようなアグレッシブなゾンビもいないと思うんですよ。叩き上げの方々からみて、素人が何言っちゃってんのって言うんでしたらスルーしてくれると嬉しいです」 「それだとゾンビを壊せねぇからツマンなくねぇ?」 「すると、下水、屋根、道で三つに分かれんのか。それだと戦力がバラけ過ぎねえか」 「屋根だとゾンビに囲まれる危険はなさそうですけど、道だとありそうですよね。釘バットは私以外は選んでいないようですし」 ヒナタの提案に、それぞれが思い思いの意見を言い始める。 「いいじゃねぇかよ、危険でさ。全部ぶっ壊してガンガン行こうぜ」 「「いや、それはちょっと」」 どこまでも自分の欲望に正直な蒔也に、ヒナタとサクラが綺麗に声を揃えてツッコんでいた。 「それなら、屋根と下水の二手に分かれてみる? 下水はゾンビがいれば時間が掛る。屋根の移動には時間が掛る。それぞれの足並みを揃えるには丁度良さそう」 「もし二手に分かれるとするなら、ゾンビはプレイヤーを目指して来るっていう話ですし、場所も少し離れますし人数も半々くらいなので、上手くゾンビを分散させられるかもしれませんね」 彗の提案に、サクラも思い付いた事を口にする。 「でも、自分で提案しといてなんですけど、そうなると連絡は無線で取り合うからいいとして、万が一の時って下水と屋根だとどうやって助け合えばいいんですかねー?」 申し訳なさそうに意見するヒナタに、蒔也は不思議そうな顔した。 「何言ってんだ? そうならないように固まって行動すんだろ」 「そうね。集会所で合流するまで、お互いに助ける余裕はないものと考えましょう」 「ええー」 あっさりと過酷な状況を受け入れる彗と蒔也に、ヒナタの口から嘆きが漏れた。 一縷の望みを託して、サクラへと顔を向けるが。 「決まりだな。時間もねぇんだ、オレはさっさと行かせてもらうぜ」 「待ってください、私も行きます!」 そんなヒナタのSOSに気付かず、サクラはさっさと動き出した劉の後を追って行った。 「味方はいないのか!?」 「いるだろ、ここに」 にやにやしながら蒔也は自分を指差す。 「味方は味方でも味方じゃないですよね?!」 しかし、嘆いていても状況は変わらない。ヒナタは渋々と銃を持ち上げた。 「頑張れよ、ぴよクン。そんなんだから、何時までもケツに殻が付いてんだぞ」 「ぴよ?」 「ひよっこだし、名前がヒナだし、髪の色もそれっぽい。だから、ぴよクン!」 ドヤ顔で言い切る蒔也に、彗は小さく吹き出した。 ――名前はヒナタだし、 確かに根性無いけど成人男性! 断じてぴよではない! (って、言えたらなぁー!) 心で怒鳴るも顔で笑う一般市民、それがヒナタであった。 「も、もしかしなくても、それは俺のことだったりー?」 「他にいる?」 「デスヨネ!」 「聞こえる? 時間制限もあることだし、60分を目途に集会場を目指しましょう。状況報告は15分置き、緊急時は例外ね」 彗が無線で劉へと連絡を入れている。 「それじゃ、俺たちもパーティーに出発しようぜ」 『――緊急時は例外ね』 劉とサクラは見つけたマンホールから下水へと降りた。 「下水の臭いもねえな」 「ゲームですし、元がゴーストタウンだからきっと下水もないんですよ」 黒く塗り潰されていた2人の視界が明るい薄緑色に染まる。 気付けば2人は暗視スコープを装備していた。 「鬼が出るか蛇が出るか。出るならゾンビだけどな」 アサルトライフルを構えて劉が足を進める。それに並びながらサクラはバットを握り締めた。 (ふふっ、嘘みたい。……半年ちょっと前まで、ホラー映画で泣いてた私がゾンビを零距離粉砕しようとしてるなんて) 心のどこかが壊れて凍りついてしまったのだとサクラは思っている。 でも、それを悲しくは思わず、成長の一部であり変化なんだろうと受け入れていた。 「おい、先輩たちのお出ましみてえだ」 下水道の中をある集団がゆっくりと近づいて来る。ふらふらと覚束ない足取りは遅いながらも2人を目指して着実に距離を詰めてくる。 「うぜー、どんだけ出てくんだ」 「思ってたゾンビとちょっと違いますね」 ゾンビという単語から連想するのは腐った死体。 しかし、迫ってくるゾンビは、外見こそ青白いが何処も腐ってはいなかった。 代わりに体の一部分がぶれた写真のように歪んでいる。時折、その歪みに光が走り何やら蠢いている。 「モザイクが掛ってるみたい。見えない分余計に想像しちゃいそうで嫌ですね」 「だったら、見える部分をゾンビらしくしてやろうぜ!」 腰だめに構えた劉のアサルトライフルが火を噴く。撃たれた最前列のゾンビたちの体が踊るように跳ねる。 しかし、射撃を止めれば撃たれる前と変わらない様子で動き出した。 「私がやります!」 飛び出したサクラが短く持った釘バットを振り抜く。ゾンビに当たった釘バットから、柔らかいものを叩いたような感触が伝わる。 その直後、張り詰めた風船を割るような軽い抵抗を残してゾンビが崩れた。 「凄い、ちゃんと通じる!」 ただ振り回すだけで釘バットが届く範囲のゾンビが根こそぎ消滅していく。 「よし、突っ切るぞ」 「あの中をですか?」 「ちんたらしてる暇はねえだろ。どれだけの団体さんが後に控えてるかも解んねぇ。背中は任せな」 「解りました」 「それに、いざとなりゃ爆弾で蹴散らす」 サクラがゾンビの群れに突撃する。小走りに進むサクラによって、ゾンビの集団が真っ二つに割れていく。 その背中に貼り付くように間を詰めて劉が後を追う。 釘バッドの届かない場所にいた左右のゾンビが、劉の背後からゆっくりと迫り出す。 少し経てば、サクラが切り開いた道は押し寄せるゾンビによって塞がれてしまうだろう。 右、左と交互に劉は銃撃を繰り返す。しかし、どうしても攻撃しない時間帯ができてしまうため、ゾンビたちとの距離がじりじりと縮まる。 「おい、左右同時は無理だ! 壁に寄って片方だけ警戒するぞ!」 「壁際ですね!」 サクラが釘バットを振いながら、左手側の壁に寄り始める。 (場所を確認してる暇がねえんだよ!) ライフルを乱射しながら劉は無線で叫んだ。 「おい! そっちで誰か暇なヤツ誘導しろ!」 『集会場は北東部にあるから、北東を目指してください!』 「どっちが北東だ!」 地下にいる2人にどうすれば上手く伝えられるのかヒナタが悩んでいると、蒔也の声が無線に流れた。 『どっちって北東の方角が北東だろ』 あまりの応えに劉が絶句する。 「役に立たねえ誘導ありがとよ!」 そして、湧き上がる怒りを叩きつけて無線を切った。 「こっちはこっちでどうにかするかなさそうだ!」 「頑張ります!」 劉のライフルが右側から迫るゾンビに火を噴いた。 「下水チームに無線切られちまった」 「向うの立場だったら、私も切るわ」 「仕方ねぇだろ。こっちからだと下水のマップが見れねぇんだから」 「そこをどうするか悩んでたりしたんですけどー」 2人の会話を聞きながら、ヒナタは控えめに呟いた。屋根チームである彗、蒔也、ヒナタの3人は順調に進んでいた。 屋根から屋根へ飛び移る、ロープで降下する、激しい運動のような移動方法もゲーム設定のおかげか苦労することはなかった。 時間は掛ってしまうが、ゾンビの大群と遭遇するような状況に陥ることもなかった。 そんな時、いきなり彗がライフルを構えた。 消音器で抑えた発射音が数発響くと、少し先の道にいるゾンビたちの頭が撃ち抜かれた。 「やっぱり、頭だけでいいのね」 倒れたゾンビは溶けるように消えていった。 彗はこれまでに倒したゾンビで、足、腕、腹と狙いを変えて弱点を確認していた。結論としては、頭以外はほぼ意味がない。あるとすれば、足を撃てば動きが遅くなるくらいだろう。 知能に関してもほとんど無い。プレイヤーを目指して動くが、目先の動く物体や音に惑わされるし、回り込む事もなくただ直進してくるだけであった。 彗が最後のゾンビを仕留めるまで、ヒナタはスコープで周辺を見回していた。 その狭い視界にテロリストの姿が飛び込んできた。直に敵と認識したヒナタは引鉄を引こうとした。 が、ゲームだと頭では分かっているのに、壷中天の仮想現実の迫真性に躊躇ってしまった。その僅かな逡巡の間に、標的のテロリストが撃ち殺されていた。 驚いたヒナタがスコープから顔を上げようとした時。 「手を上げな」 後頭部に硬いものが押し付けられた。ヒナタの心臓はひゅっと縮み上がり全身が一気に冷えた。 ヒナタが観念してライフルを手放そうとした時。 「バン!」 「ぎゃ!」 思わず体が跳ねた。すると、楽しげな笑い声が聞こえるので、首の骨が外れるような勢いでヒナタは振り返った。 そこには満面の笑みを浮かべる蒔也がいた。 「大成功~」 「ふざけすぎよ」 全く悪びれない蒔也は彗に向かって肩をすくめると、見回りしてくると言い残してふらりと離れて行った。 「じゅ、寿命が縮んだ~」 未だに暴れる心臓を押えながら、ヒナタはへたり込んだ。 「災難ね。それはそうと鹿毛さん、ゲームなんだから楽しめとは言わないまでも躊躇うことはないわ」 「あー、すいません」 一瞬何の事を言われたのかヒナタは解らなかったが、直に合点がいった。 「責めるつもりはないわ。誰かさんみたいに楽しみ過ぎるのも問題だもの」 ヒナタの脳裏に蒔也の笑顔が過った。 「頭では分かってるんだけど、こんなにリアルだと簡単に割り切れないですよ」 頭を掻きながら、ヒナタはぼやいた。 「できる、できないで言うなら、私だってできないわね」 予想外の言葉に、ヒナタは思わずまじまじと彗を見詰めてしまった。 その不躾な視線にも、彗は気にする素振りはなかった。 「私は、するかしないかだけだった。そして、するを選び続けた結果が今の私よ」 「いや、だ、だけどでっ」 彗のアサルトライフルの銃口がヒナタに向けられる。 「残念だけど私はカウンセラーじゃないの。相談したいなら他をあたって」 ほぼ条件反射でヒナタは両手を上げていた。 「生憎時間も限られてるし、もしカウンセリングを受けたいなら、まずゲームを終わらせない?」 「貴重な意見ありがとうござーます」 彗の銃口が自分から外されると、ヒナタに気疲れがどっと圧し掛かってきた。 「良いもん拾っちゃったぜー!」 「周辺の状況は?」 戻ってきた蒔也に彗が手短に状況を確認する。 「見つけたゾンビとテロリストは全部始末したぜ。この辺りはもういないんじゃねぇか」 「そう」 「ビフォーアフターで増えてるのが一つしかないけどあえて聞いちゃいます。何が見つかったんですかねー?」 「じゃーん!」 子供が遊び道具を自慢するように、蒔也は両手に持ったアサルトライフルを掲げてみせた。 「テロリストの持ってたライフルって奪えるんだぜ! 弾切れすると勝手に消えるのが難点だけどな」 「つまり、弾切れするまで撃ったのね」 「嬉しくて、ついな」 彗の呆れた様子を気にも留めず蒔也は実に嬉しそうだった。 「俺、このゲーム中だけはあんたになりたい」 ヒナタは大きな溜息をついた。 先に集会場に到着したのは屋根チームの3人であり、意図せず正面に辿り着いた。 共有広場があるために街並みからは少し距離があり、屋根伝いに裏口へ回るには時間が掛るだろう。 そこで、遅れている下水チームが集会場の裏に回ることにした。正面と裏から攻めることで挟み撃ちにする計画である。 下水チームはマンホールに触れることで、地上マップに名前を表示させ現在位置と集会場までの距離を調べてもらい、下水マップ上のマンホールを絞込み移動していた。 「こちら屋根チーム。見える範囲にいるゾンビの始末は完了。集会場は依然テロリストが巡回しております、そちらの進捗はどうですか、どうぞー」 『今、目標のマンホールに着いた。こっちは先輩に歓迎されまくりで大変だぜ』 「なら、とっとと突入しようぜ」 「今、突入したら意味がないわよ」 逸る蒔也を彗が冷静に窘める。 「ということで、あまり時間がなさそうです、どうぞー」 『騒いでるヤツは自分でも撃ってろ。そうすりゃ静かになんだろ』 投げやりな劉の声を残して無線は切れた。 サクラと劉が視線を交わして頷く。劉はマンホールの蓋を注意深くずらし隙間から鏡を突き出す。 地上の周辺の様子を探るように鏡を一回りさせ、人影がない事を確認してから静かにマンホールを外す。素早く抜け出した劉は、最も近い車の陰へと滑り込んだ。 「大丈夫そうだ、続きな」 無線で小さく呼び掛ければ、直にサクラも機敏な動きで同じ車体の陰へと滑り込んできた。 「どうにか上手く侵入しないとですね」 「……ちょっと離れてくれるか?」 「はい?」 「……何でもねぇ、気にすんな」 劉は体をサクラから少し離すと、車の陰から鏡を使って集会場を眺めた。元々は裏口だっただろう場所は乱暴に壊され大きく広げられている。 「だりぃ、結構いやがる」 ざっと確認しただけでも、裏口の中に数人のテロリストが屯しているのが見えた。 「私が囮になりましょうか? 囮になって裏口周辺にいるテロリストを私が引きつけます。そうすれば、反対側にいるテロリストたちもこっちに来るかもしれないですよね」 「それでお前はどうするんだ?」 「私が注意と攻撃を引きつける代わりに、劉さんがテロリストを倒す。お願いできますか?」 「お願いも何もねぇだろ。囮をすんなら武器の性能上、それ以外できねぇだろ」 「じゃあ、決定ですね」 すぐにサクラが無線で囮作戦を3人にも伝えた。 『本当に大丈夫?』 「大丈夫ですよ、今の私は歴戦の特殊部隊員なんですから」 心配げなヒナタに、サクラは明るく応えて無線を切った。 「それじゃ行ってきます」 車に隠れながらゆっくりと慎重に近づく。飲み込む唾の音にさえ気を付けてしまう。 (大丈夫、どうせ見つかることが目的なんだから) そして、ある程度まで近付いた時、サクラは釘バットを車に叩きつけた。 派手な音が辺りに響き渡ると、いきなりテロリストたちの攻撃が始まった。 すぐに身を潜めて銃弾をやり過ごしながら、別の車の陰へと急ぐ。 わざと音をたてて逃げるサクラを追うために、続々とテロリストが裏口へ集まり出す。そこへ劉がライフルを乱射すれば、不意打ちを食らったテロリストたちが次々と倒れる。 しかし、テロリストも直ちに反撃体勢に入る。何人かが劉を攻撃している後ろで、無線を使って応援を呼び始めている。 『ヘマすんなよ』 劉は無線にだるそうに呟いた。 集会場をうろついていたテロリストたちが裏側へと向い出した。 「突っ入ぅー!」 真っ先に蒔也がロープで屋根より降下すると、途中で手を放して飛び降り2人を待たずに駆け出した。 「下水チームのサポートに行きます!」 続いて降り立った彗は、自分の横に降りたヒナタに軽く腕を振って応え、蒔也を追って走り出した。 集会場の入口の扉を開け放って蒔也が飛び込む。場内には点々とコンテナが積まれてあり、身を隠せるようになっている。 眼だけを動かして場内を一瞬で見回し、見つけたテロリストへ両手に持ったアサルトライフルを乱射する。 銃弾を浴びたテロリストたちが次々に倒れる。すぐに横に並んだ彗も躊躇うことなくアサルトライフルの引鉄を引いた。 しかし、残っているテロリストたちが体勢を整え反撃を開始する。襲い来る銃弾を掻い潜り、近くのコンテナの陰へと2人は滑り込んだ。 「俺、7人」 「4人ね」 蒔也の持っていたアサルトライフルの一つが溶けるように消える。 コンテナに当たる銃弾が止まない中、それを押しのけるように声が響いた。 「政府の犬め! 何処で嗅ぎつけやがった!」 その声の主が中央付近にある大きな輸送車の上に出現すると、同時にテロリストの攻撃も止まった。 彗が目を閉じてマップで確認すれば、その人物はリーダーと表示されている。 「餌の代わりに鉛だ」 その台詞を遮るように、彗は無防備に立つリーダーに銃弾を叩き付けた。 「や~るぅ」 「話を聞きに来たわけじゃないもの!」 「だよな!」 すぐに蒔也もリーダーを狙い撃つ。 2人の集中砲火を浴びながらも、リーダーは両手に持ったアサルトライフルを2人に向けた。その銃口が火を噴くと、再びテロリストたちも一斉に攻撃を始めた。 直にコンテナへ体を隠すが、全く銃声の止む気配はなかった。 『まだパーティーは終わってねえよな?』 「宴もたけなわよ」 『すぐに合流します!』 反撃の糸口が掴めずにいた彗と蒔也に笑顔が浮かぶ。 「参加人数が増えそうよ」 「それじゃ、取り分減る前に楽しまないとな!」 コンテナを回り込もうとしたテロリストを、蒔也が撃ち殺す。 彗はマップでヒナタ、劉、サクラの位置を確認する。ヒナタは真上の集会場の屋根におり、劉とサクラはこちらへ接近中である。 2人の侵入してくる方向を銃弾に気を付けながら覗いていると、銃を構えたテロリストが次々と倒れ出した。 「爆破します!」 サクラが叫んだ直後、場内の一画から真っ白な閃光が爆音を轟かせて広がった。 場内を埋め尽くした光が収まると、周辺にいたテロリストは一掃されており、輸送車の上にいたリーダーの姿もなかった。 「何処に行きやがった」 「まさか倒せました?」 「それならゲーム終了のはずよ。きっと何処かにいるわ」 「隠れてないで、出てこーい」 蒔也が周辺を無意味に撃ちまくっていると、輸送車の荷台が突然爆発した。 「俺やってねぇよ」 集まる3人の視線を、蒔也はきっぱりと否定した。 立ち上る煙の中から、駆動音を響かせて鋼色の装甲に覆われた2足歩行型の機械兵が姿を現す。そして、主武装である両腕の機関銃が無造作に天井へ向けられる。 「鹿毛さん、走って!」 その意図を察した彗が叫んだ直後、機銃が火を噴いて次々と天井に穴を開ける。 『ぎゃあぁー!』 無線からヒナタの悲鳴が聞こえる。それを追い掛けるように銃弾が走る。 攻撃を止めようと彗は機兵の頭部を狙い撃つが全く効果がない。 「死んだら私たちの遺体は即消滅する可能性もあります。そうなったらせっかくの爆弾が無駄になります。もし私が倒れたら、即座に撃って誘爆させて下さい」 「おい! 待て!」 劉の制止を振り切って、サクラは全力で走り出した。機兵の足元へ駆け込んで胴体へ爆弾を叩きつける。 (本当の死じゃないんだから!) 再び閃光と衝撃が広がる。その爆風に吹き飛ばされた3人は、直に起き上がると近くにあった別々のコンテナに身を寄せた。 「いいねぇ~」 『サクラの名前が消えてるわ』 嬉しそうに蒔也が口笛吹く一方で、彗は冷静に状況を分析する。 「あの馬鹿が」 小さく吐き捨てた劉がコンテナの陰から機兵を覗き見ると、下腹部の装甲が剥がれ落ちており、下水道で遭遇したゾンビと同様に歪んでいた。 「あそこか」 劉が下腹部を狙い撃つと、機兵は上半身だけを回転させて両腕を劉へ向ける。 機銃が唸りをあげて銃弾を発射する。すぐに劉は体を隠すが、その隙に彗と蒔也が機兵を銃撃する。 即座に機兵が向きを変えて彗を狙えば、隠れた彗に代わって蒔也と劉が機兵を狙う。 棒立ちで即席の連携攻撃に耐えていた機兵がゆっくりと歩き出した。 攻撃目標を変えることなく一つのコンテナに銃弾を浴びせながら距離を詰める。 向う先のコンテナには蒔也がいる。しかし、絶え間ない銃撃のせいで、別のコンテナへ移動することができない。 『各個撃破する気だわ!』 「ちっ!」 射撃を続けたまま彗が叫ぶと、劉は攻撃を止めて裏口へと駆け出した。 「へー」 蒔也は手に持った爆弾を恋人のように愛おしげに弄んでいた。 (心中するなら、もっと綺麗なものと爆死したいけど。ゲームだしな、爆弾と一緒に突っ込むのもありか) 心躍らせながら、蒔也は機兵の到着を今か今かと待ち焦がれた。 そこへクラクションが鳴り響き、一台の車が突入してきた。 「スクラップにしてやるよ!」 アクセル全開のまま劉が機兵に衝突する。さすがに動きが止まった機兵をフロントガラス越しに撃ちまくる。 片腕の機銃が車体へと向けられ、ボンネットに次々と穴が開く。 ドアを蹴り開いた劉が飛び出した直後、車が炎を上げて爆発した。 「いらっしゃーい」 「余裕だな、あんた」 「だって、楽しいだろ?」 蒔也のいるコンテナの陰に転がり込んだ劉の皮肉も、蒔也には全く通じなかった。 『何か仕掛けてくるわ!』 無線からの彗の声に劉と蒔也が急いで機兵に目を向けると、機体の前方に青白い輝きが生まれている。 さっきの爆弾の光に似ている、そう気がついたのは蒔也であった。 「走れ!」 2人がコンテナから飛び出すと、放たれた閃光がコンテナを飲み込んで集会場の壁を貫いた。 『ビームみたいなのが飛び出してきましたけど?!』 「そうね。そっちは何してるの?」 『無視!? こ、こっちはゾンビの相手してます。結構集まってますよ。あの、それで、サクラちゃんの名前がマップにないんですけ、ど?』 「ビームはこっちも意味が解らないの。吉備さんの件はそういうことよ」 『天倉ちゃん、狙われてるぞ!』 すぐに彗がコンテナの陰から走り出せば、その後ろを青白い閃光が走る。 「仕切り直しだ!」 裏口へ走る劉を彗と蒔也も追う。外へと出れば、雑然と並ぶ車の向う側から押し迫るゾンビの群れ見える。 屋根にいるヒナタが狙撃で着実にゾンビを倒しているが、集まりつつあるゾンビの数に攻撃が追いつかない。 「うぜぇんだよ!」 劉が爆弾を放り投げる。広がった閃光と爆音が収まれば、ゾンビの集団は一掃されていた。 「散れ!」 叫んだ蒔也は走り、彗は横へ跳び、劉は前方へと飛び込んだ。 3人のいた場所を飲み込むように閃光が走り、その後を機兵がゆっくりと歩み出てきた。 機銃が車の陰に隠れた劉へと火を噴く。車体に次々と穴が開き爆発が起こる。 別の車へ逃げる劉を銃弾が追い掛ける。その隙を逃さず、彗と蒔也が装甲の剥がれた下腹部を狙い撃つ。 即座に彗へ銃口が向けられる。しかし、彗はすぐさま車体の陰に隠れると、体を丸めつつ別の車へ移動する。 狙われていない劉と蒔也が銃撃する中、急に攻撃を止めた機兵の上半身が回り出した。 徐々に回転は速くなり、上半身が円盤のように見えるほどの速さになると、機銃が唸りをあげた。 際限なく乱射される銃弾が、あちこちの車を爆発炎上させる。 『ぴよクン、上から狙え!』 ヒナタが屋根から機兵を狙撃するが、頭部で小さな火花が散るだけで回転は止まらない。 『むしろ光ってません!?』 攻撃を続けるヒナタの眼下で、機兵の前方に青白い光が生まれる。膨らみ続ける光が機体の周囲に円を描く。 その光が弾けた時、裏口周辺のエリアを青白いビームが蹂躙した。 目を閉じたヒナタはマップの名前を急いで確認する。全員の名前があるにはあったが、全て赤く点滅している。 『大丈夫ですか!』 『大丈夫じゃねえよ! 何だありゃ!』 『すっげー! 何あれ超欲しい!』 『まるで爆弾じゃないの』 無線がそれぞれの声を届ける。全員救急箱を使ったのかマップ上の名前の色が一段階回復している。 ――もう一度同じ攻撃をされたら。 その危機感がヒナタに引鉄を引かせる。機兵に再度銃撃を始めるが、弱点である破損部分を屋根からでは狙えない。 「こっちに気を引ければ」 その呟きが聞こえたのか、機兵が上半身を回して両腕の機銃をヒナタへと向ければ、その銃口に青白い光が灯る。 「やり過ぎでしょ?!」 その光を誘爆させようとライフルの狙いを定めるが、銃弾は光を素通りして機銃の表面に火花を散らすだけだった。 その時、蒔也が駆け出した。その手に爆弾があるのを見た劉も舌打ちしながら走り出した。 蒔也の計算では、ビームを撃ち終わるまでの時間があれば、爆弾を投げつけて爆破できる、はずだった。 しかし、機兵の銃口にあった光が急激に萎むと、機体の上半身だけが回り始めた。 (中断しやがった!) 先程のビームで身を隠せる障害物は消された。爆弾を投げても撃ち落とされれば意味がない。 蒔也は迷うことなく、爆弾を守るように抱えながら機兵へと駆けた。 二丁の機銃が蒔也に向けられた時。 「こっちも忘れんなよ!」 機兵の下腹部に劉の銃弾が突き刺さる。 火を噴く機銃の一丁は蒔也を狙ったまま、もう一丁が劉へと牙を剥く。 銃弾に晒される2人の体力が見る間に減少する。 「最後くらい派手に行こうぜ!」 劉の視界が赤く染まり出す。しかし、最後の最後まで劉はライフルを撃ち続ける。 「はははは!」 狂ったように嗤う蒔也は体力が尽きる直前まで足を動かす。 機兵の間近から閃光と爆音が広がり、2人と機兵を飲み込む。そして、光が収まった後には機兵が聳え立っていた。 「鹿毛さん、手伝って。協力しないと無理そうよ」 機兵を確認した彗は、その場を離れた。 確認したマップに残る名前は、今やヒナタと彗だけであった。 (やっぱりはやまったかも。いやいやいや、他人の命を背負うのがキツいでしょ) ヒナタは顔を叩いて気合いを入れ直す。ごくりと唾を飲み込むと、集会場の裏口から外へ歩み出た。 震えそうになる足を叱咤しながら、さっきのやり取りをヒナタは思い出した。 ーー本当に囮でいいの? 聞き返した彗にヒナタはゆっくりと頷いた。 リーダーはプレイヤーの位置を把握できるようだが、常にではなく調べれば分かるくらいのようだ。 囮が機兵の相手をしてる間なら、攻撃役は見付かり難いから奇襲しやすい。 逆に、囮が失敗すれば攻撃役が狙い撃ちにされる可能性もある。 矢面に立つ囮は言うまでもなく危険である。 「囮でいいのね?」 「いいんです、俺の彼女と同年代っぽい人に囮させるのは、男としてちょっと」 ――少し見直したわ 先程のやり取りを思い出して彗は薄く笑った。 理想は何時何処から仕掛けるか悟られないこと。相手も馬鹿ではない、何処からは予想されるだろう。 そうなると後はタイミングだけ。 「駄目ね。楽しくなってる」 屋根の上に身を潜めながら、彗はその機会を待った。。 「降参、白旗、戦う気はなし!」 裏口より接近するヒナタに気付いた機兵が、その銃口を向ける。 「ちょっと待った! 待ってください!」 慌てたヒナタはアサルトライフルを足元へ放り出して両手を上げた。 依然として向けられる銃口に、ヒナタは焦りだした。 「戦う気はないから!」 機兵に向って蹴り飛ばしたライフルが、ちょうどヒナタと機兵の中間辺りで止まった。 (げっ、途中で止まりやがった?!) 内心の焦りを隠しながら、ヒナタは口を開いた。 「ど、どどどうしてゲームを乗っ取っちゃったんですかね?」 機兵がゆっくりとヒナタへ迫る。向けられたままの機銃が火を噴けば、ヒナタは瞬く間に死亡するだろう。 「ま、全く関係ないですけど! 好きな事とか趣味とかの話でもいいんですけど!」 迫り来る重圧に誤魔化すように喋り続けるヒナタは、最早何を口走っているのが分かっているのかどうか。 もう無理、と思ったヒナタが手を動かそうとした時。 (何も持ってなかったし?!) それに気付いたヒナタは、衝撃のあまり軽く混乱して裏返った声で叫んでいた。 「世界平和バンザーイ!」 音をたてて機兵の上に彗が飛び降りてきた。 「同感ね」 頭部の継ぎ目に銃口を当てて引鉄を引いた。穴を開けて爆弾を捩じ込めれば上出来と彗は考えていたが、機兵の機銃が動き出すのを見てすぐに次の行動に移った。 機兵を蹴って後ろへ跳んで爆弾を放る。息を止めて衝撃に備えながら、彗は爆破スイッチを押した。 直近で広がった爆風に吹き飛ばされる。ダメージが入った彗の体力はレッドゾーンへ突入する。 動きの鈍い体を起こして光の収まった場所を見れば、全身の装甲がほとんど剥がれ落ちた機兵がまだ立っていた。 機兵が軋んだ音をたてながら銃口を彗へと向ける。 「いいわ。どっちが先かしらね」 片膝を立ててライフルを構えた彗は、定まらない銃口に苛立ちながら引鉄を引いた。 その瞬間、銃声を押し退けるように、機兵の足元から白い閃光が広がった。 辺りに轟く爆音と光が収まれば、無線から女性の声が届いた。 『リーダーの死亡を確認しました。ミッションクリアーです、お疲れ様でした』 ようやくライフルを下した彗は、小走りに近寄ってくるヒナタに問い掛けた。 「どうやったの?」 「爆弾を使ったんですよ」 「それは分かるわ。でも、あんな場所に仕掛ける暇はなかったはずよね」 ヒナタの手を借りて、彗は立ち上がった。 「それは、爆弾を俺のライフルにくっつけといたんですよ」 「それなら、どうしてさっきは爆破しなかったの?」 彗の質問に、しばらく目を泳がせていたヒナタは小さな声で白状した。 「……スイッチ持たずに両手を上げちゃってたもんで」 「少し見直すわ、別の意味で」 ヒナタの言葉に、彗は大きく息を吐いた。
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