「ブルーインブルーに向かってもらう。ジャンクヘブンから海賊討伐の依頼が入った」 集まったロストナンバーにシドは話し始める。 ブルーインブルーのとある都市で就航された豪華客船が海賊の手に落ちた。 客はすべて降ろされ、海賊たちはその船を手に入れて何処かへと去った。 幸い乗客たちの命に別状はなく、抵抗した護衛たちが多少怪我をしたくらいだった。「ここまではブルーインブルーならよくある話だ」 問題はその船に積まれていた貨物にあった。豪華客船をカモフラージュにして、御禁制の品物を積んでいたのだ。 豪華客船となれば、乗員もそれなりの地位のある者たちばかり。港の兵士たちもおいそれと手出しはできない。 それを輸送することこそがこの船旅の真の目的だった。 当然、御禁制の品物が海賊の手に渡れば依頼主は大損である。 しかも、それを材料に金銭を強請られるようなことにもなりかねない。最悪、司法に見つかれば身の破滅である。 そこで、考えた依頼主は肝心な部分は伏せたままジャンクヘブンに依頼を出したのである。 表向きは、海路の安全確保と海賊の取締強化のため。仄めかした裏の意向は、自分の面子を潰された報復のため。 そして、件の海賊を全滅させれば、報酬は倍に。加えて、客船を無傷で回収すれば、さらに倍。「これも珍しくはない話だな。叩けば埃が出るような商人はうじゃうじゃいるだろう」 シドの腰掛けた椅子が乾いた音をたてる。「証拠隠滅を優先させるが、出来れば目当てのものを回収しろってことだな。随分と都合がいい話だな」 そう呟いたのは赤竜のネイパルムであった。巨体を司書室の椅子にどうにか押し込めて座っている。 肩掛けのベルトポーチから葉巻を取り出して、視線でシドに問い掛ける。「好きにしろ」 シドの許可を得てから、ネイパルムは葉巻の先を噛み千切り、小さな炎を噴き付ける。 葉巻を咥えて息を吸い込めば、焦がした先端に赤々と火が灯る。「それじゃ、わざわざロストナンバーを募集することもないんじゃねぇの?」 ぼやいたのは古城蒔也。今日もヘッドホンをしつつ、アノラックパーカーは上まできっちりと閉めている。特徴的な逆立てた髪型も健在である。 前後を逆転させた椅子に跨るように座り、蒔也はだらしなく背もたれに顎をのせていた。「話は終わってねぇだろ。最後まで聞け」 蒔也の顔に向けて、ネイパルムが煙を噴き掛けた。「その通りだ。わざわざロストナンバーを募集したのは意味がある」 葉巻の独特の匂いに蒔也は顔を顰めた。「ここから話すのは導きの書から読み解いた情報だ。この御禁制の品物の中の一つに、ある海魔の卵がある。海魔の取り扱いはブルーインブルーでは色々あるようだが、問題はそこじゃない。その卵から孵化する海魔が問題なんだ。孵化すると予言に出ている以上、孵化は止められないだろう」「つまり、その孵化する海魔が危険なんだな?」 ネイパルムの質問を受けて、シドの説明が始まった。 その海魔は卵から幼体を経て成体になる。 幼体は直径1mにも満たない半透明のヒトデのような姿の海魔である。 小さな隙間にも潜り込める柔軟さ、強靭なゴムのような伸縮性もあり容易には切れない。 そして、この海魔は幼体のままでは数日で死んでしまう。だから、生き残るために側にいる生き物を捕えて寄生する。 成体は、幼体が寄生した生き物の外見を残した海魔になる。 今回は、人間に似た見た目になってしまうだろう。体は幼体と同じく柔軟かつ強靭な性質のままだ。 注意すべき点は、その体液が強力な酸性だということ。「そして、この海魔で最も脅威となるのが、その繁殖力だ」 葉巻を奪おうと手を伸ばす蒔也の頭を押え付けながら、ネイパルムはシドの説明を聞いている。 本来ならば、巣を作り群れを成す。群れに雌は1体のみ。 それが女王となり、卵を産む苗床を用意した後に、卵を産み続ける。 雄は尖兵となり、幼体を育てる苗床や女王の餌とするために生き物を狩る。 それを繰り返し周辺に生物がいなくなれば、雄は自ら女王を生かす餌となる。 そして、群れの雄を全て喰らった女王は死ぬ間際に一つの卵を産む。 それが、次代の女王となる雌の卵だ。「もう解ったと思うが、今回孵化するのは女王となる雌の卵だ」 腹いせに蒔也がネイパルムの腹肉を掴んだ瞬間、竜の拳骨がその脳天に落ちた。「やりましたね、お頭ー!」「おうよ、これでしばらくは遊んで暮らせるってもんよ!」 豪快に笑う海賊たちは酔って顔を赤くしている。「それにしても、こいつらいいもん食ってやがりますね!」「これだけでも襲った甲斐があったんじゃねぇですか?」「そうかもしれねぇなぁ!」 誰かが笑えば、釣られるように全員が笑い出す。「そいうや、頭ぁ目当ての御禁制の代物って何なんですかい?」「俺も詳しいことは知らねぇよ。知ってるのは、売れば大儲け間違いなしってことだな!」 奪った船の食堂に御馳走を持ち込んだ海賊たちの乱痴気騒ぎは止まる所を知らなかった。 その下にある誰もいない貨物室では、ぱりぱりと何かが割れるような音がしていた。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>古城 蒔也(crhn3859)ネイパルム(craz6180)=========
客船へと乗り込むため、蒔也を小脇に抱えてネイパルムが飛び立った。 「そういえば、何で憲兵なんか連れてきたんだ?」 「海賊討伐の証人と御禁制の卵から生まれた海魔の目撃者になってもらうためだ」 「ふーん、まっ、あれこれ考えるのは任せる! 俺はぶっ壊す係ね!」 「その頭はヘッドホン置き場か! ちったぁ使ってみろ!」 「爆破できねぇかなーって、いつも考えてるだろ?」 「座禅でも組んでろ」 ネイパルムは胃の辺りを手で押えた。 それから、すぐに2名は客船の甲板に降り立った。 「妙に静かだな」 「海賊は全滅してるんだろ?」 甲板を素手でなぞりながら、蒔也は船の状態を見る。多少の傷はあるが、そこまで荒らされた様子はない。 「余計な心配をしない分、気は楽だが。それを殺った連中の気配がしねぇな」 「怖くて隠れてるんじゃね?」 肩を竦める蒔也に、防護マスクが投げつけられた。 「それをつけとけ」 見ればネイパルムの顔は、既に防護マスクで覆われていた。 「何これ?」 「酸対策だ。目に入るとヤバイだろ」 「これだとヘッドホン付けられねぇよ」 「いいから、つけろ!」 文句を言いつつも蒔也はマスクを装備すると、ヘッドホンをその上に被せた。 「そういや、女王は何処にいると思う?」 「ツンツン頭はどう考える?」 「俺は座禅してればいいんだろ?」 わざとらしく蒔也はその場に座り込んだ。 「自然に髪の毛がツンツンになるようにしてやろうか」 ネイパルムは力強く拳を握った。 「貨物室かな」 「そこが妥当だな」 その時、物音がした。即座に武器を構えて周囲を警戒していると、船室へ続く扉がゆっくりと開いた。 ぺちゃりと進み出たのは成体の海魔であった。その形は人間に似ており二足歩行をしている。頭部はなく、腕に当る部分が長い。その先端は足に触れそうになっている。その全身はゼリー状のもので形成され、中にある器官らしきものさえ見えた。 そして、甲板へ出た海魔はそれまでの鈍い動きとはかけ離れた俊敏さで飛び掛かってきた。 「遊ぼうぜ!」 蒔也が乱射して襲い来る成体を撃ち抜く度に、飛び散る体液が甲板を焦がす。 「撒き散らすな!」 ネイパルムがリボルバーに装填したのは氷の魔弾。それに撃たれた海魔は凍り付き砕ける。 しかし、リボルバーは直に弾切れになった。 「ちっ」 グレネードに持ち替えているネイパルムに、ヒトデ状の海魔の幼体が飛び掛かった。 「おっさん!」 蒔也が投げた飴玉が見える。来たる衝撃に備えて、ネイパルムは体を丸めて腕で顔を隠した。 爆音が響いたが、衝撃が来ない。次々と続く爆発音の中、一向に来ない衝撃を不審に思いながらも身を守り続けた。 「おっさん、何やってんだ?」 「爆発の衝撃に備えてたんだが」 「俺、爆発する方向をある程度ならコントロールできるんだぜ。へーきへーき」 そこでようやくネイパルムは防御を解いて体を戻した。蒔也の仕業で、周囲の甲板は砕け散った海魔の体液で酷い有様になっていた。 「どうやって行く?」 「そりゃ、歩いてだろ」 蒔也はしゃがみ込んで甲板に触れると、その場から少し離れた。 「おっさん、縦にも横にもデカいから通路でつっかえねぇ?」 「横は余計だ!」 腹に響く音がすると、甲板に穴が開いた。 「何やってんだ!」 「さっきのでバレてるだろ。チマチマしないで真直ぐ行こうぜ?」 悪びれもせず言い切った蒔也は穴へと飛び込んだ。 「馬鹿野郎! いきなり飛び込むな!」 急いでネイパルムも飛び下りると、その巨体を受け止めた船の床が不吉な音をたてた。 「なあ、おっさん」 「言うな! ダイエットは終わったら考える!」 ギアから出した照明弾を撃てば、薄暗かった通路が照らし出される。通路や壁には何かと争ったような傷痕が点々と見受けられた。 それらを気にせず蒔也は床を爆破して穴を開けた。そして、這い蹲ると穴に頭を突っ込んで下の様子を窺った。 「どうだ?」 「暗くてよく分んねぇ」 その時、周囲を警戒していたネイパルムは、穴の前方に這い寄る海魔の幼体を見つけた。 「おい! 前!」 「ん? うわ?!」 顔を上げた蒔也に幼体が飛び付き、防護マスクに貼り付いた。それに驚いて体勢を崩した蒔也はそのまま穴へと落ちた。 すぐにネイパルムが穴を覗き込んだ時、火柱が噴き上がり慌てて首を引っ込めた。 「大丈夫か!」 「ヘッドホン壊れてなかった!」 「そっちじゃねぇよ!」 穴から差し込む光で見える素顔の蒔也は無事のようであった。どうやら外したマスクごと幼体を爆破したようだ。 ふざけた言動とは裏腹に蒔也は緊張して正面の暗闇を見据えていた。勘でしかないが、いる。 蒔也のギアが火を噴く。そして、撃ちながら適当な銃弾を炸裂させていく。爆破の瞬間の閃光に紛れて、砕け散る海魔が見える。 一瞬だけのライトアップが、写真のように海魔の最期を切り取る。 蒔也の顔がひどく楽しそうに歪んだ。 一方、ネイパルムも海魔の襲撃を受けていた。 先制で群れにグレネードを撃ち込み、倒し損ねたものをリボルバーで仕留める。しかし、小回りの利く幼体が相手だと分が悪く、すぐに作戦を切り替えた。 リボルバーを収めたネイパルムは、放り投げた氷の魔弾をグレネードで撃った。 爆風とともに広がった氷が通路を塞ぎ、海魔とネイパルムを遮断する。そして、足元に残った最後の幼体をリボルバーで撃ち抜いた。 「そっちはどうだ!」 「終わったと思うぜ!」 声の調子から無事だと判断したネイパルムは、穴の縁に手を掛けると後ろ足からゆっくり降りた。 「かっこ悪ぃ」 「床ぶち抜いたら沈没するだろうが!」 しみじみと呟く蒔也に吠えながら、ネイパルムは照明弾を撃つ。 「だから、飛び散らせるなと」 照らし出された惨状にネイパルムは顔を顰めた。木端微塵になった海魔から飛び散った体液のせいで、通路は酸で焦げた異臭に満ちている。 「そうそう、おっさん、新しい発見したんだぜ!」 それを全く気にせず蒔也は瞳を輝かせた。 「真っ暗な場所で小さく爆破するっていいな! 一瞬しか見えねぇから、どう壊れるか見たければすぐまた爆破するしかねぇんだ!」 興奮する蒔也の熱弁は留まる所を知らない。 「そうするとさっきとはまた違う形になってる。だから、もっと見たい! もっと爆発させたい!」 「そういうのは、俺のいない時にやってくれ」 ネイパルムは胃が痛みを訴え出したのを感じた。 そして、通路に散乱する死体と体液を氷漬けにしながら道を確保して奥を目指した。 用心のため、船室の扉は氷漬けにして封鎖し、通路も氷の壁で塞ぐ。そうやって辿り着いた貨物室の扉は、壁との隙間から浸み出した緑色のゲル状の物質で固定されていた。 「何だこれ?」 「下手に触るな」 蒔也はそれへ飴を落して様子を見る。 「溶けないな」 酸ではないと判断した蒔也は扉を開けようとしたが、びくともしなかった。 「どうする? ノックする?」 「吹っ飛ばせ」 「よっしゃ!」 轟音を放って吹き飛んだ扉の先は、毒々しい緑色で埋め尽くされており、その表面は照明弾の光をぬらぬらと反射している。 散乱した積荷ごと包み込んだのか、至る所に不自然な膨らみがあった。 蒔也は近寄り、中の様子を見ようとした。 「あまり近寄るな」 下を見れば、開けた場所からゲルを覆っている粘度の高い透明な液体が溢れて来ている。しかも、外へと垂れた液体は煙を上げて通路を溶かし出した。 「げっ」 思わず蒔也が呟いた時、複数の成体が緑の壁面を滑り降りてきた。 即座に蒔也はギアを乱射して、扉から見える成体を次々と蜂の巣にしていく。 さらに、膨らんだ場所の合間から迫る幼体がネイパルムの目に留まった。 「退け!」 グレネードを構えたネイパルムが氷の魔弾を放り投げる。蒔也は撃ち続けながら、グレネードの射線から倒れるように退いた。 投げた魔弾をグレネードで撃てば、一気に氷が広がり目の前で壁となる。白く濁った向こう側から海魔たちが氷壁を殴り付けているのが透けて見える。 すぐにネイパルムはリボルバーを数発撃ち氷を補強した。 「うわ、さみー」 「厄介だな。おい、ツンツン頭は酸の対策を考えてきたか?」 「何で? おっさんがいるだろ」 ツンツン頭じゃなくてスカスカ頭か、と叫び掛けた言葉を飲み込むと、ネイパルムの胃の辺りがずしりと重くなった。 「おい、上に行くぞ。海魔は上から滑り降りてたな」 ネイパルムは顎をしゃくった。 「わざわざ正面から行くんだ?」 「正面と横から同時に攻め込めれば良かったんだが、どっかのツンツン頭が何も考えてねぇからな」 甲板に戻った2名は一番最初に海魔が出てきた扉の前にいた。下へと続く階段は緑色のゲルで覆われている。 階段を使い甲板に戻る際、通り過ぎただけの階層もざっと歩き回った。どうも船のほぼ半ばから船尾に掛けて、貨物室と同じ状態になっているようである。 しかし、調査中、海魔たちとは一度も遭遇しなかった。それがネイパルムを慎重にさせていた。 「さっき話した通りだ。どでかい穴を開けてやれ」 「ノックして開けるな」 緑色の大口を開けているような階段の周囲を、蒔也がギアで三度撃った。 「こんちはー!」 下方へと向けられた爆発が、周辺の床ごと吹き飛ばし階下の毒々しい緑を晒した。 「おい、ノックって」 「おっさん、知らねぇの? 邪魔する前には3回入口を叩くんだよ。ジョーシキだろ?」 「大体合ってるが、恐ろしく間違ってんだよ!」 ネイパルムは胃がちりちりするのを感じた。 「行くぞ!」 照明弾を撃ち込んだ後、グレネードで氷の足場を作って飛び降りる。 海魔の姿はない。奥の部屋へ続く扉は壊されたのか、そこにはなくぽっかりとした暗闇を湛えている。 打ち合わせの通り蒔也がギアで壁に銃弾を撃ち込む。その後、ネイパルムが今度は透明度の高い氷の壁を魔弾で作り出す。 準備が終ったネイパルムが頷いて蒔也へ合図を送った。 蒔也が部屋を仕切っていた壁を奥へと一斉に吹き飛ばすと、広がった爆煙の中から無数の幼体が勢い良く飛び出してきた。 氷の表面が瞬く間にへばり付いた数十体の幼体で埋め尽くされる。 「ヒトデやべぇ!」 「お前の頭のがやべぇ!」 目を輝かせる蒔也の頭に、ネイパルムの拳骨が落ちる。 痛みに呻きながらも、蒔也は氷を素手でなぞる。再び爆音が響き、幼体がまとめて木端微塵になる。 その後、ネイパルムはグレネードで、蒔也は渡された魔弾を起爆させ、手際良く氷の足場を作りながら進んだ。 途中にあった部屋は、ネイパルムが懸念した通り何度か海魔の伏兵に襲われたが、先程と同じ方法で片付けていた。 そして、爆煙の収まった先が、とうとう行き止まりになった。 「ここで終りだよな?」 蒔也が魔弾を爆破して足場を作る。その視線は、中央にぽっかりと開いた大きな穴へと向けられている。 「そうだな。この真下が最初に入った部屋に続いてんだろ」 照明弾を撃ったネイパルムはグレネードを構えて部屋を油断なく見回している。 「降りてきたヒトデ以外はいなかったけどな。おっさん、どうす」 警戒を解いた蒔也がネイパルムを振り返った時、穴の中から海魔が飛び出した。 そのまま天井へ飛び付いた衝撃で、ゲルの表面を覆っていた酸が一斉に降り注いだ。 「ツンツン頭!」 ネイパルムが翼を広げて、反応が遅れた蒔也を庇う。ネイパルムの剥き出しの体を容赦なく酸が焼く。 劇痛に耐えながらリボルバーで真上の天井を凍り付かせる。 「てめぇ!」 蒔也が海魔を狙ってギアを乱射する。しかし、飛び降りて銃弾を避けた海魔は、腕をしならせ床を覆う酸を弾いて浴びせ掛けた。 咄嗟に、蒔也は氷の魔弾を爆破して酸を凍らせたが、その隙に海魔は穴へと飛び込んでいた。 「大丈夫か、おっさん!」 「心配すんな、こんなの胃の痛みに比べたら屁でもねぇ」 蒔也はパーカーを急いで脱ぐと、ネイパルムの体に残る酸を落し始めた。 「おっさん、腹の中をやられたのか!?」 「違ぇよ! ストレス性だ!」 蒔也からパーカーを奪うと、ネイパルムは自分で体を拭った。 「翼に穴が空いちまったぜ」 ぼやくネイパルムに、蒔也は無造作に手を差し出した。 「おっさん、弾ちょーだい」 その意味に気付いたネイパルムはにやりと笑った。 そして、蒔也は手渡される氷の魔弾を次々と穴へ放り込み、途切れること無く爆発させた。 十も半ばを越えたくらいで投げるのを止めて、2名は下へと降りた。 照明弾に照らされた貨物室は白く氷漬けになっていた。温度は氷点下になっており、吐く息は白く染まる。 その中を海魔の死体を探して歩き回ったが、見つけたのは蒔也が爆破した場所を塞いだはずの氷に開いた穴であった。 即座に、2名はその穴を通り抜けて駆け出した。氷の上に散らばるまだ固まっていない体液を目印に走る。 「どっちだ」 しかし、目印にした体液が甲板に向かう階段と船首へ続く通路のどちらにも落ちていた。 「上だろ。海に逃げるなら、おっさんは何処から逃げるよ?」 そう言いながら蒔也が階段を駆け上がる。 「おい待て!」 慌ててネイパルムもその後を追った。 先に甲板に出た蒔也がそのまま体液を辿れば、体の半分近くも凍り付いた海魔を見つけた。 「見ーっけ!」 その声に反応した成体は、幼体の海魔を蒔也へ投げつけて船首へと駆けた。 思わず攻撃してしまった蒔也に、四散する幼体の体液が振り掛かる。 体に走る劇痛に呻く蒔也の目に、まさに海へと飛び込もうとする海魔が映った。 玩具が逃げる、と理解した瞬間。 「逃がすかぁ!」 蒔也は後先考えず貨物室に撃ち込んだ銃弾を全て最大火力で起爆して、船を揺るがす大爆発を起こした。 「あの馬鹿、先走りやがって」 ようやく甲板に出たネイパルムが一息吐いた時、激しい揺れと爆音が船を襲った。 身近な壁に寄り掛かり転倒は免れたが、あちこちから船の砕ける音が聞こえ出し甲板が傾き始める。 「やりやがったな!」 甲板に置かれた物が、どんどんと船尾へと滑り落ちていく。 「おっさーん!」 ネイパルムが顔を上げると、斜面となった甲板を滑り下りてくる蒔也が見えた。その後ろには、無様に斜面を転がり落ちる海魔がいる。 すぐさま撃ち出したグレネード弾が海魔を直撃すると、その体は一瞬で凍り付いて砕け散った。 「何これ超やべぇ! 超楽しい!」 蒔也はそのままネイパルムの寄り掛かる壁へと着地する。 「どうすんだ、沈没に巻き込まれるぞ!」 服は小さな穴が開き、腕にも酸で焼けた痕があるが、興奮気味の蒔也はまるで気にしていなかった。 「おっさん、飛べるだろ?」 「今、翼に穴開いてんだぞ!」 「じゃあ、どうすんだよ?」 「こっちが聞いてんだよ!」 ネイパルムも壁を足場にして、蒔也と同じ様に傾斜がどんどんきつくなる甲板に背に預けた。 「それなら船を爆破して、空に吹っ飛んで逃げようぜ!」 「俺達も粉々に吹っ飛ぶだろうが!」 目を輝かせる蒔也の提案を一瞬で却下する。そして、ネイパルムはずり落ちそうになったグレネードを担ぎ直した。 その時、ふと考えが浮かんだ。 「そういや、好きな方向に爆発させられるんだったな?」 「できるぜ」 「さっきの案を採用だ。沈んでない部分の船を海の方に向けて爆破しろ。銃と同じだ、船を弾丸に見立てて飛ばす」 「何それ超面白そうじゃん!」 「頼むぜぇ。加減間違えたら船と一緒に粉々になる」 自分で言い出した事ながらも、ネイパルムの胃が刺すように痛み出す。 「それはそれでいいじゃんか」 「良くねぇよ!」 大きな揺れが起こると、船が砕ける音が連続して聞こえ出した。 「とっととやれ!」 「あいさー!」 両手のギアが蒔也の高揚する戦意に応えて強く輝く。 「キシャァア!」 突然、頭上から聞こえた声に弾かれたように顔を上げれば、甲板に作った突入口から海魔が上半身を出している。 そして、その胸元には、今ままでの海魔にはない女性らしい膨らみがあった。 「あれって」 「女王か!」 女王が口から酸を飛ばす。ネイパルムは素早くリボルバーを連射した。 酸は空中で凍り付いたが、すぐさま体を引っ込めた女王には当らず、穴の周囲を凍り付かせた。 「構うな、爆破に集中しろ!」 ネイパルムは蒔也に釘を刺した。 「次に俺が合図したらやれ」 甲板に腹を貼り付けて、うつ伏せの姿勢でグレネードを構える。 そして、女王が再び上半身を現した時。 「やれぇ!」 大気を引き裂く轟音を響かせて客船が撃ち上げられると、強烈な加速による力が甲板にいた全員を襲った。 それは、ちょうど穴の縁へと女王を押し付ける力となり、その隙を逃さず、船に激しく揺さぶられながらもネイパルムはグレネードを撃った。 その時、船首側が浮き上がり、甲板の半ばで接触したグレネード弾が炸裂した。 (仕方ねぇ!) ネイパルムは迷いと胃痛を振り切って叫んだ。 「ツンツン頭ぁー!」 その瞬間、女王のいる穴の周囲が真紅の炎を上げて起爆した。 その爆発は女王を呑み込み粉々にしたが、同時に壊れかけた船体に止めを刺した。 「分かってたけどなぁ!!」 「ははは! 超楽しいぃー!」 空中分解を起こした船は大量の木片となって飛び散り、2名を巻き込んで大海原へと降り注いだ。 「もう一回やろ! もう一回!」 「黙ってろ!」 木片に捕まって漂っていた2名は、快速艇に無事回収されましたとさ。
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