クリエイター天音みゆ(weys1093)
管理番号1558-27276 オファー日2014-01-28(火) 21:25

オファーPC ドアマン(cvyu5216)ツーリスト 男 53歳 ドアマン

<ノベル>

 人がいる所にはその思いが渦巻いている。ここインヤンガイではそれが一際顕著であり、暴霊という存在すら現れる始末だ。
 この日ドアマンが探偵のツォイリンを介して引き受けた依頼は、募る想い(それがいいものであれ悪いものであれ)が顕著なものだった。
「こちらのお屋敷でございますか」
 インヤンガイの中でも比較的富裕層が多く住む地域に今回の護衛対象は住んでいた。屋敷はしっかりとした作りでかなり昔から存在しているのだろう、時間を重ねた建物特有の良さと影が浮き出ている。ただ、屋敷の持ち主は何度も変わっているようで、今住んでいる一家ももちろん、古くからこの家に住んでいる一族ではない。
「お前が探偵の派遣してきた護衛か」
「ドアマンと申します」
 朱塗りの椅子にふんぞり返るように腰を掛けたこの屋敷の主はリャン・パイルー。孤児から一代で実業家へとのし上がった男だ。当然、まっとうな方法だけを使っていてはここまでなることは出来ない。後ろ暗い手も使ってきたのだろう。それ故、敵も多い。
 ドアマンにはこの男がどんな手を使ってのし上がってきたかなど興味もなかったし、咎めるつもりもなかった。ただ50歳前後であろうのにほとんど白くなった髪の毛がその苦労を物語っているように感じられただけだ。
「役立たずに払う金はない。わかってるな?」
「心得ております」
 パイルーは言葉の選び方に難は見られるものの、言っていることは正論で実直さが伺えた。
「妻のシンリーと跡取りのシンヤオ、娘のルーファに害が及ぶことも許さん」
「かしこまりました」
 ツォイリンの前情報にもあったが、妻子を愛しているのは確かなようで。パイルーが人としての心を失ってはいないことが少しドアマンを安心させた。
 だが、気になることが一つだけある。どうしても、見過ごしておけぬこと。それは――。
(……あのお嬢様は)
 パイルーの側に立つ小さな女の子。肘掛けにおかれたパイルーの手の上に、透き通った自分の手を乗せている。ずっと、パイルーの側に佇んでいるその女の子は、ドアマンが自分のことを視認できているのが不思議で半信半疑なのだろう、大きな瞳を瞬いたり見開いたりしながら、パイルーと話をしているドアマンを見つめていた。
「襲撃に備えるために、お屋敷の構造を把握しておきたいのですが、自由に歩いて見て回る許可をいただけませんでしょうか?」
「まあいいだろう。失敗した時に屋敷内を見せなかったことを理由にされては困るからな」
「ありがとうございます」
 丁寧に一礼して部屋を辞する。その時、ずっとパイルーの側にいた少女がぱたぱたと走ってついてきた。さりげなく彼女が部屋を出るのを待って扉を閉めたドアマン。
『やっぱり私が見えているのね』
 その言葉に小さく頷いて、部屋から離れた廊下の隅にで二人は足を止めた。窓からは庭が見えたが手入れはあまりされていないようだった。使用人もまた、襲撃に怯えているのだろうか。
「お嬢様はパイルー様のご息女であられますか?」
 5歳位だろう、黒目がちの少女に視線を合わせるようにしてしゃがみこむと、彼女は頷いてメイシンと名乗った。
「メイシン様はお傍でご家族を守っていらっしゃるのですね。このことをご家族は……」
『……ううん』
 首を振ったメイシンは少し、淋しそうに見えた。だから。
「お伝えいたしましょうか?」
 幼くして亡くなった彼女が今も霊となってそばにいると知れば、リャン家の者は喜ぶだろう。先ほどパイルーと面会した部屋にも、彼女の写真が飾られていたのだから。
『ううん、いいの』
 だがメイシンはまた首を振って、悲しげな笑みを浮かべた。
『私が死んで、お父様もお母様もお兄様もとても悲しんだの。立ち直れないんじゃないかってくらい、嘆き悲しんでくれたの。私のせいでみんながそんなふうになっちゃって、私もとてもとても悲しかったの』
 でもね、きゅ、と小さく結ばれた拳。
『もう立ち直って、妹ができて、幸せに暮らしてる。たまに私のことも思い出してくれるから、それだけでいいの。だって、ちゃんと寿命が来たら、一緒に暮らせるでしょ?』
「そうでございますね」
 小さなこの子は死してからも小さな胸を痛めたのだろう。握りしめられた拳の中には、家族への思いが詰まっているのだろう。ドアマンは優しい笑顔でメイシンを見つめた。


 *


 襲撃はいつあるのかわからない。ドアマンは四六時中気を張っていなければならなかった。せっかく用意された客室も、数時間の仮眠と着替えくらいにしか使わなかった。
 今日までの間、幾度か襲撃はあった。そのたびに防いできたドアマンだったが、襲撃がすり減らすのは女性や幼子の心。特に今年8つになったばかりだという末娘のルーファは防がれたとはいえ度重なる襲撃に、自分と家族の命が脅かされるという事実に心すり減らして。笑顔を見せるどころか口を開くことさえなくなってしまっていた。
 ふとドアマンの心によぎったのは、メイシンのこと。家族の幸せを願う彼女は今の妹の姿に心痛めているだろう。だから。
 メイドに頼んで買ってきてもらった毛糸を持参した愛用のかぎ針で編み上げていく。何を作るか迷うことはなかった。屋敷のいたるところに飾られているメイシンの写真。その中で彼女がいつも抱いていたうさぎのぬいぐるみ、それを作るのだ。
 ドアマンの魔法の手にかかれば、写真の中のものを再現するなんて簡単で。驚くほど短時間で白いうさぎのあみぐるみは完成した。仕上げに赤いボタンの目をつければ、完璧。
「ルーファお嬢様、うさぎさんはお好きでしょうか?」
 母親に付き添われて自室に居るルーファを尋ねると、膝を折って視線を合わせるようにしてドアマンはうさぎを差し出した。ルーファ、母親に促されて俯いていたルーファが顔を上げる。恐怖を通り越して無表情になっていたその瞳が、少し、揺らいだ。小さな手がうさぎに伸びる。
「どうぞ。差し上げます」
 母親はそのうさぎがメイシンの持っていたぬいぐるみに似ていることに気がついただろう。だが賢い彼女は余計なことを口にせず、娘の挙動を見守っている。
 ぎゅ。
 小さな手と腕でうさぎを抱きしめるルーファ。うさぎに顔をうずめるようにしている彼女の頭に手を乗せ、ドアマンは軽く撫でた。
「そのうさぎを持っていれば、きっとお姉様が守ってくださいますよ」
「……!」
 なにか言いたげに反応をみせた母親を視線で制する。彼女もドアマンの言いたいことが理解出来たのか、頷き返してくれた。ルーファに見られぬようにこっそり涙を拭うその姿から、母親がまだメイシンを愛しているのがありありと感じられた。
 折り目正しく礼をして、ルーファの部屋を出る。そこでふと思った。


 今日はまだ、メイシンの姿を見ていない。


 *


 いつまでそこにいるのかい?
 いつまでもそこで薄情な家族を守るつもりかい?
 かわいそうに、見えないんだね……あいつらの本当の心が。
 よく考えてごらん。
 お前があんなに苦しい時、あんなに怖い時、あの家族は助けてくれたかい?
 助けてくれなかったから、お前は死んでしまったのだろう?
 覚えているんじゃないか?
 助けて、助けてと願ったのに、助けてくれなかっただろう?


 *


 夜になると風が出てきた。窓ガラスをガタガタと揺らす強い風は、人の心の不安をじわじわと大きくさせる。風に乗った木の葉が礫のように窓ガラスを叩くと、大広間に集まった婦人と子ども達はひしと固く抱きしめ合った。そんな時でもパイルーは朱塗りの椅子に腰掛けて静かに目を閉じている。それはドアマンへの信頼を表しているのか、それとも――。
 チカチカと明滅して部屋の明かりが落ちた。小さな悲鳴が上がる。メイドがランタン型の懐中電灯を手に慌てて部屋に入ってきた。しかしそれ一つではとても広い応接間を照らし切ることは出来ない。だが。
「きゃぁぁっ!」
 朧気に照らしだされた部屋の隅に、人影があった。一番最初にそれを見つけたのは、母の腕の中にいたルーファだ。噤まれていた口が絞り出したのは悲鳴。視線が、人影に集まる。
(あれは……)
 ドアマンにはそれが何者なのかすぐに判別できた。だが、様子がおかしい。
「……メイ、シン? メイシンなの?」
「!」
 夫人が声を上げたことで己の感じていた違和感の正体に気がついた。ガタン、朱塗りの椅子が倒れる音がした。パイルーが立ち上がり、呆然と人影を見つめている。
 メイシンは、家族たちに姿が認識できるほどに実体化していた。ただし、悪い方向に。彼女を構築しているのは、どす黒い感情。
「メイシン!」
 パイルーの呼びかけに応えて駆け寄るさまは、父に駆け寄る幼子そのもの。だが、駆け寄ってきたメイシンをしゃがんで抱きしめたパイルーを襲ったのは、亡き娘の抱擁ではなく――。
「ぐ……う……」
 首に触れた冷たい小さな手。その小さな手が大の大人の男の首を締め上げている。常ならば不可能なこと。だが、メイシンは今暴霊化しかけている。
「……っ!」
 ドアマンは迷わずトラベルギアの特殊警棒でメイシンを打った。その衝撃でパイルーの首にかかっていた手が外れる。バランスを崩したメイシンを抱き上げて、パイルーから引き剥がした。
「メイシン様、どうしたというのです? なぜそんなに憎しみにとらわれていらっしゃるのですか」
 これまで穏やかに家族を見守り続けていた彼女が、自然に憎しみに染まるとは考えにくい。恐らくなにか外部からの接触があったのだとドアマンは考える。ここ数日襲撃に失敗している、暴霊を使う暗殺者集団が上手く彼女をそそのかしたのかもしれない。なにせ彼女は亡くなった時のまま、子どもなのだ。
『許サナイ……オ父様モお母様モ私ガアンナニ痛クテ苦シクテ、助ケテッテ何度モ祈ッタノニ、見テイルダケデ助ケテクレナカッタ……』
 メイシンが亡くなった時の状況をドアマンは知らない。けれども二人は助けたくても助けられない状況だったのではないかと思う。例えば壱番世界の病院などでは幼子に痛みや苦しみを伴う治療をする際は、家族の姿が見えない場所で行うという。それは「自分がこんなに痛くて苦しい思いをしているのに、どうして助けてくれなかったの」という気持ちを植え付けないためだとも言われている。
『私ガ死ンダノハ、オ父様トオ母様ノセイ……』
「……メイシン様が心から望まれるならば止めはしません。けれども、今までメイシン様が信じて寄り添ってこられたのは何だったのですか」
 ドアマンの腕から逃れようと暴れていたメイシンの動きが止まる。窓の外に多数の暴霊の気配を感じ、ドアマンがそちらへ意識を向けたその時。


「お姉ちゃん、パパを守って!」


 パイルーの前に立ちはだかったのは、うさぎのあみぐるみを突き出したルーファだった。するり、腕の中からメイシンが抜けていく感触。窓ガラスを粉々にして襲い来るのは暴霊の大群。
(わたくし一人で防ぎきれますかどうか……)
 多勢に無勢。それでもドアマンは次々と暴霊を消滅させていく。しかしその隙を突いた一匹がドアマンの横をすり抜けてパイルーへと迫る。
「いけないっ!」
 慌てて振り返ったドアマンだったが、その瞳に映ったのは。


 ぐもも、と天井に頭があたって長い耳が折れるほどまでに巨大化したうさぎのあみぐるみだった。


『お父様を、殺させなんてしない』


 響く声はメイシンのもの。ルーファの願いとメイシンの中に残っていた家族を守りたいという心が共鳴したのだ。うさぎを依代にしたメイシンは正気を取り戻し、そして。
 うさぎがそのまるっこい腕を突き出す。光に覆われたうさぎの腕で薙ぎ払われた暴霊は、断末魔の叫びもなく霧散し――後はドアマンの仕事だ。
「やはり人間は素晴らしい。さあ、お帰りのお時間です!」
 振り上げた腕。喚び出されたのは6頭立ての黒い葬儀馬車。何処かへと走りだす馬車に、暴霊は引きずられていく。


 馬車が去った後。風も止み、雲も晴れ、煌々とした月明かりが部屋を照らしだした。
 いつの間にか元のサイズに戻ったうさぎは、絨毯の上にくたっと倒れて、二度と動かなかった。
 

 *


 夜のうちに暴霊を操っていた術者と依頼人を訪ねたドアマンは、扉を召喚した。本心から悔いねば、狂気と絶望が待っていることだろう。
「人はそれぞれ。……だから興味深い」
 ひと気の無くなった室内に呟きだけが響いた。

クリエイターコメントこの度は大変お待たせして申し訳ありませんでした。
ノベルお届けいたします。
頂いたオファーでどういうお話にしようか考えた結果、このように書かせていただきました。
字数の都合でその後メイシンがどうなったのかなどはかいていませんが、そこはご自由にご想像下さればと思います。

このたびはオファーありがとうございました。
少しでも気に入ってくださることを祈っています。
公開日時2014-04-18(金) 21:40

 

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