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<ノベル>
橙色の果実の中で、橙色の灯がゆれる。
そんな橙色が、まちの中には、たくさん、たくさん、たくさんだ。
あの夜に限って、たくさんだ。
ああ、橙の夜、銀幕市の夜、1年に365回訪れる夜のうち、ただ1回だけの夜。
そんな橙の夜には名前があってね。
そう、あれは特別な夜だったのさ。
ハロウィンの夜、だったのさ。
あの店では、パンプキンパイが売られていました。この店ではカボちゃまんじゅう。あっちの店ではカボチャジュースが売られています。どれも今夜までの限定商品というふれこみです。
中でもあの店のパンプキンパイは、とくべつよく売れているようでした。銀幕ジャーナルでもとりあげられたことのある、有名なお菓子屋さんですから、むりもありません。お客さんは、わかい女のひとばかりでした。
カボちゃまんじゅうは、カボチャと抹茶をまぜあわせたあんこをつかっているのです。おとくいさまらしいおばあさんが、あらめずらしいおまんじゅうねと言って買っていきました。おばあさんは、今夜がハロウィンだとはしらなかったのでしょう。どうしていまの時期、カボチャが街にあふれているのか、わからないのでしょう。
カボチャジュースは、わかものたちの罰ゲーム用ドリンクとしてそこそこ売れているようすでした。味ものどごしもひょうばんは最悪なのですが、いわゆるネタアイテムとしてはやってしまったのです。
こうもりみたいな黒いマントをつけて、だいだい色のカボチャのマスクをつけた子どもたちが、そんな商店街を走っていきます。みんなみんな、明るい歓声をあげていました。カボチャマスクの子どもばかりではありませんでした。ちいさな魔女や、ちいさな吸血鬼もまじっています。
子どもたちは、パンプキンパイが評判のお菓子屋さんで立ちどまりました。
「トリック・オア・トリート!」
「トリック・オア・トリート!」
かん高い声で、子どもたちがさけびます。
店員さんがにこにこしながらお店から出てきて、すきとおっただいだい色のキャンディを子どもたちにくばりました。子どもたちはお礼もそこそこに、また歓声をあげながら走りさっていきました。
「あら?」
お菓子屋さんは、子どもたちを見送ってから、首をかしげました。
「……めぇ?」
お菓子屋さんの前にぽつんと立ちつくしていた女の子も、首をかしげました。
さっきの子どもたちの集団とは関係ないのでしょうか。まるで突然その場にあらわれたかのような女の子は、ちょっとよごれたぼうしをかぶっていました。かみの毛はうすいももいろで、目の色も、ふしぎなむらさき色でした。
お菓子屋さんは、どことなくぜんたいてきに女の子っぽい色合いなので女の子だろうと思ったのですが、ちょっと見る角度をかえると、男の子のようにも見えます。年も、よくわかりません。高校生にも、中学生にも、小学生にも見えるのです。
けれど、ここは銀幕市。どんなふしぎが起こっても、どんなふしぎな人がいても、ちっともふしぎではない街です。
「あなたは?」
お菓子屋さんはにっこり笑って、今夜の『合言葉』をまちました。
けれど、ももいろのかみの子は、首をかしげているだけです。
「『トリック・オア・トリート』よ」
お菓子屋さんは笑顔のままで、その子に教えてあげました。
「『トリック・オア・トリート』って言ってみて」
「めぇ……? ……『とりっく・おあ・とりーと』……?」
「はい」
ももいろのかみの子に、お菓子屋さんはだいだい色のキャンディをわたしました。
「どうして? どうしてくれるんですか?」
すきとおったふしぎな声で、ももいろのかみの子はたずねます。
「今日はそういう日なの」
お菓子屋さんはそれだけ答えると、にこにこしたままお店にもどっていきました。
ももいろのかみの子はキャンディを見つめるばかりで、食べようとはしませんでした。
また、べつの、仮装した子どもたちの集団が走ってきて、お菓子屋さんの前に立ちます。「トリック・オア・トリート!」
「トリック・オア・トリート!」
さっきの店員さんが、また、にこにこしながら出てきました。
「今日は、そういう日……」
子どもたちは、ももいろのかみの子には目もくれないで、キャンディをもらって走りさっていきます。ももいろのかみの子はつぶやいて、子どもたちを見おくりました。
「今日は、そういう日」
日がだんだんとくれていきます。
空がだいだい色にそまっていきます。
だいだい色は、ジャック・オ・ランタンと、カボチャをつかったお菓子の色です。
まちの中は、仮装した人びとでいっそうにぎわいはじめていました。もともと人間とはちょっとちがうすがたのムービースターさえ、こうもりマントや魔女のぼうしを身につけて歩いています。ほかにも、ネコの耳をつけたり……ツノやシッポをつけたり……つくりものの天使の羽根をしょっていたり、本当に、いろいろです。
「今日は、こういう日」
ももいろのかみの子は、まぶかにかぶっていたぼうしをとりました。ぼうしの下には、ヒツジの耳と、ヒツジのツノがありました。
「ヒツジだ」
「ヒツジだね、かわいいね」
ちいさな悪魔たちが、ヒツジのツノの子を指さして、口々にそう言いました。
「そうだよ。わたし、羊だよ」
ヒツジのツノの子は、ふわっと笑ってそう返しただけでした。
羊はしったのです。
今日は、とくべつな日なのです。
なんのために、どうして今日がとくべつなのか、そこまで羊は知りません。それでも、じゅうぶんでした。羊はそれだけ知れば、じゅうぶんしあわせな気もちになれましたから。
合言葉はトリック・オア・トリート。
それだけで、みんながしあわせになれる日なのです。
しあわせ。
しあわせ。
毎日が、こういう日であればいいのに。
ふいっ、とにぎやかな通りから、一本路地にはいったのは、羊のほんの気まぐれでした。ほんの、うっかりだったかもしれません。もしかすると、なんにも考えていなかったかも。
そこの路地は、だいだい色のランタンもなくて、オバケやカボチャのかざりもありませんでした。街灯の光さえひかえめな、日本のよくある住宅街です。もともと日本では、今日はべつだんとくべつな日ではありませんでした。はんか街をぬけてしまえば、銀幕市もちょっとは日本らしくなるのです。もちろん、羊はそんなむずかしいこと、しりませんけれど。
そんな、ちょっとさびしい道の中に、羊はひとりの子どもをみつけました。
ブロック塀に背中をあずけて、ふかいふかいため息をついている子です。その子は、きみょうなくらい大きな頭をかかえると、ずるずる地べたにすわりこんでしまいました。
「めぇ……?」
「わ!」
そんな頭をかかえている子の前に立ち、羊が首をかしげると、その子はびっくりしてとびあがりました。
羊もちょっとびっくりしたかもしれません。
その子の顔は、カボチャだったからです。街じゅうにあふれているジャック・オ・ランタンと同じ顔でした。けれどそれは、マスクではありません。まんまるい目はまばたきしていたし、ぎざぎざの口は開いたり閉じたりしています。これが、この子の顔なのです。
「どうしたんですか? とくべつな日なのに、楽しくないんですか? しあわせじゃない? あなただけ、どうして?」
羊はつぎからつぎへと質問しました。カボチャの顔の子は、しばらく口をぱくぱくさせていましたが、つっかえながら話しはじめました。
「とくべつな日だよ、たしかに、うん。今日、ぼくがあばれなかったら、いつあばれるっていうんだ。ぼくはハロウィンの怪物なんだから」
「はろうぃん?」
「今日のことだよ、とくべつな夜のこと。ぼくは今夜、たくさんの人をおどろかせて、こわがらせなきゃいけないんだ。そういう映画のそういう怪物なんだもの」
カボチャ頭の子は、男の子のようでした。なぜって、声が男の子だったからです。
男の子は、ぼろぼろのよごれたマントをきていました。カボチャ頭も、よくみると目の大きさがそろっていないし、ぎざぎざのキバの大きさもてきとうです。いびつなので、ちょっとぶきみでした。
「人を、おどろかせて、こわがらせる。そしたら、あなたはしあわせ?」
「たぶん」
こたえがわかっているわりに、男の子は、しょんぼりしたままです。羊はふしぎがりました。人をおどろかせるのは、けっこうかんたんなことではありませんか。人間は、動物の中ではおくびょうなほうですから。
「おおきな声を出せばいい」
「できない」
「ものかげからいきなりとびだせば?」
「できないんだよう」
「どうして?」
「だって……」
カボチャの子は、ぽりぽり頭をかきました。だいだい色で、つるつるでこぼこした頭です。羊のツノより、すべすべです。
「だって、みんな、おどろくのはイヤだろ。びっくりしたら、どきどきするじゃん。ぼくだっておどろかされるのはイヤだよ、こわいもの。おどろかされる人は、きのどくだよ」
「めぇ……よくわからなくなってきちゃいました。カボチャさんは、人をおどろかせたいの? おどろかせたくないの?」
「できればおどろかせたいんだけど、できないんだよう。おどろかせたらわるいなぁっていう気もちもあるんだ。あぁ、ぼくも自分がよくわからなくなってきちゃった。ぼくはいったい、どうしたいんだろう?」
カボチャの子は、また頭をかかえてしまいました。
かれがどうしたいのか、いくら考えても羊にはよくわかりませんでしたが、たぶんこのままほうっておけば、この子は朝までずっと頭をかかえたままでしょう。
朝になったら、とくべつな日は終わってしまいます。
「カボチャさん」
「ぼく、ジャッキーだよ。ジャッキーって名まえだよ」
「ジャッキーさん。今日は、とくべつな日です」
羊がにっこり笑いかけると、男の子はまるい目をぱちくりしました。
「とくべつな日だから、人をおどろかせてもだいじょうぶだと思います。今日のみんなは、オバケとか、悪魔とか、そういうこわいもののかっこうをしていました。今日は、みんながみんなをおどろかせて、こわがらせる日なんでしょう?」
「そうかな。本当はちがうような気もするけど、そうなのかもしれない。たぶんそうだった気がする」
「だったら、おどろかせても、きっとみんなイヤな気もちにはなりません」
「そうかぁ。そうかもね」
男の子はちょっと肩のちからをぬきました。
そしていきなり、
「ばぁあああ! ぶっころしてやるぞぉぉおおお!」
羊におそいかかるように両手を広げて、大声を出しました。
どこかの家の犬がくるったようにほえだしましたが、男の子の前の羊はきょとんとしただけでした。
むりもありません、カボチャの顔はしょせんカボチャでしたし、そもそも声がふるえて、ひっくりかえっていました。つまり、ちっともはくりょくがなかったのです。
「ああああ、やっぱりダメだ。ぼくはダメな子だ。いらない子だ。ダメなやつだ」
「めぇ……、なんとなく、えんりょしてたような気がします」
「そりゃ、するよ。だって、きみはぼくをはげましてくれた人だよ。そんないい人をいきなりおどろかせるなんて、悪いことだよ。あーあ、やめときゃよかった。ごめんね、ごめんね」
あやまりはじめるしまつです。
やっぱり、これでは、だれかをおどろかせてこわがらせるなんて、できっこありません。この子は、やさしすぎるのです。また、とてもおくびょうなのでしょう。
羊は、お菓子屋さんでもらっただいだい色のキャンディを、ちいさな怪物にさしだして、言いました。
「わたし、あなたを助けられると思う」
「え?」
「食べちゃえばいい。そんないらない気もち、食べちゃえば」
「どういうこと?」
「あなたが人に悪いと思う気もち、それがいちばん邪魔だから、なくしてしまえばいいだけよ」
すきとおった羊の声。
ちょっとわらったうすいくちびる。
カボチャのジャッキーは、ぞっとしたような気がしました。うけとったキャンディを、いたいくらいににぎりしめました。
人をこわがらせる怪物なのに、そのときは、ももいろの羊がこわかったのです。
くちびるが、カボチャの顔に、ちかづきました。
「ばぁぁあああああ!」
ちいさな背たけのカボチャの怪物が、とつぜん、子どもたちの前にとびだしてきました。
悪魔や吸血鬼な魔女のかっこうをした子どもたちは、もらったお菓子を見せあって、たのしく食べたりおしゃべりしたりしながら、家にかえるとちゅうでした。
女の子たちはちょっとびっくりしてひめいを上げましたが、男の子たちはちょっとびっくりしたあと、ムッとしました。
「なんだよ、おまえ」
「だれだよぅ、いきなり」
「あ、あれ。びっくり、しなかった? あぁぁ、やっぱりぼく、ダメなのかなぁ」
カボチャの怪物は、がっくり肩をおとして、ぽりぽり頭をかきました。
子どもたちは顔をみあわせ、それから、わらいだしました。
「そりゃダメだよ。だっせえもん、おまえのかっこう」
「もっときあい入れたかっこうしろよな。そんなんじゃ、だれもこわがんねーよ」
「あれえ……おかしいな……なんだか生まれかわったきぶんになったのに。ねえ、そんなら、おしえてよ。どんなかっこうがこわいかなあ?」
「もって背がでっかくないと」
「それはむりだよ、ぼく、まだ子どもだもん。ほかには?」
「でっかいほうちょうだよ、はものがなくちゃ。『きょうき』っていうんだ、人ころせそうなかんじのだ」
吸血鬼のかっこうをした男の子が、早口にいいました。この子は、ホラー映画がすきなのでしょう。まだ若いのに、年齢制限のかかっているものも、親がへいきで見せているのでしょう。そうにちがいありません。
「そいつにべったり血がついてたら、殺人鬼が子どものかっこうでも、じゅうぶんこわいんだぞ。さすがにチャッキーはしってるだろ? 『ペット・セメタリー』もすごいんだぜ」
「ヒロくん、こわい映画すきだよねぇ」
「でっかいはものに、血がべったりかあ」
カボチャの怪物は、うんうんと大きくうなずきました。
「それって、こんなかんじでいいのかなぁ?」
ちいさなカボチャの怪物が、にやありとわらいました。
わらったのです。そうです、そのときはじめて、子どもたちは、その子の顔そのものがカボチャであることに気がついたのでした。
怪物が、ずるうり、とマントの中から大きなものをとりだします。
ナタです。おとなでもあつかいにくそうなくらい、大きな大きな、血まみれのナタです。
子どもたちは、あとずさりました。
怪物はにやにやわらいながら、一歩まえにすすみます。
ぽたぽたぽたぽた血をしたたらせる、大きな大きな大きなナタが、ゆっくりゆっくりゆっくりふりあげられていくのです。ぷうんと鼻をつくにおいは、ほんものの血と、肉のにおい。街にあふれるカボチャのにおいは、すっかりかき消されています。
「う、うそだろ。ほんとに人ころしたりしてないだろ。にせものだろ。そ、そんなの、ぜんぜんこわくないんだからな」
悪魔のかっこうをした男の子がいいました。
怪物は、あっとなにかをひらめいたような顔になりました。
「そうか、やっぱり、ほんとに人をころさなくちゃ、みんなこわくもなんともないんだ……それじゃダメだ、だからぼくはダメなままなんだ。ころさなくちゃ……ころしちゃっても、いいんだよね?」
怪物は、ふりあげた大ナタをふりおろしました。
ひとりのオババとさんにんのむすこ、
ジェリー、ジェイムス、それとジョン。
ジェリーは首をくくったさ。
ジェイムスはおぼれっちまったさ。
ジョンはどっかへいっちまったさ。
だあれもみつけたものはない。
さんにんのむすこはみなしんだ、
ジェリー、ジェイムス、それとジョン。
今日は、こういう日。
ももいろの羊は、ふわふわとしあわせにスキップしながら、うたをうたっておりました。
とくべつな日がおわっても、このしあわせがつづけばいいのに。
けれどカボチャは、つぎの日から、すっかりかたづけられてしまうのでした。
おしまい
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クリエイターコメント | オファーありがとうございました。これまでの納品物の雰囲気を踏まえて、内容とタイトルの毛色を変えてみましたが、いかがでしょうか。童謡は、安易ではありますがマザー・グース(北原白秋訳)を引用しております。 |
公開日時 | 2008-11-21(金) 18:10 |
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