|
|
|
|
<ノベル>
『明夫さん、鶏に襲われたんですって?』
『らしいわねぇ。明夫さんの奥さんが仰ってたけど、散歩から帰って来た時は引っかき傷と羽根だらけだったんだそうよ』
住宅街の静かな朝、御近所の奥様達が集まって何やら話し込んでいる。
話のネタは数日前、謎の鶏の大群に襲われた明夫さんの事だ。私も見たわよ。明け方鳴いているわよね……等、話す声のトーンは低い。様子からして、彼女達御近所さん達も謎の鶏の影に怯えているらしい。
「あのさ、その明夫さんってじいちゃんの家はどこにあるんだ?」
「明夫さんのお宅? ああ、この角を曲がって、左側の――」
「そっか、ありがとなっ!!」
「いえいえ、どういたしまして……」
突然、奥様の1人が声をかけられた。声の主は明るい口調で、これと言って不審な点は無い会話だった。そう、話の相手が――
「今の、犬?」
「ハスキー犬が、し、喋ってる……??」
――相手が、犬だという事以外は。
「ここか、例のじいさんの家は」
ビルの清掃員のようなツナギを着た男が1人、田中と書かれた表札のある家の前に立っていた。その男は、今では罰金ものの歩きタバコでその家の前に歩いてきた。途中何人かの人と擦れ違ったが、彼が呼びとめられる事は無かった。
「電話での話の様子じゃ俺の他に誰か来るらしいし、茶でも出してもらって待ってるとすっかな」
飄々とした態度の男は、チャイムを鳴らす事無く直接玄関の戸を開け、家内へと入って行った。
一つ言い忘れたが、彼が声を掛けられなかった原因は、その背中に背負われた、いわくありげなモップのせいかもしれない。
「田中田中っと、田中……あ、ここだな。すみませーん、田中さーん」
モップを担いだ男が入ってから数分後、1人の若い男が走ってやってきた。どうやら彼も、鶏の軍勢を退治するために集まった者達の1人のようだ。少々ピンポンダッシュ気味に数回チャイムを連打で鳴らしていたが、インターホン越しに聞こえてきた家主の声に頷いて、玄関の戸を開けて中へと入って行った。
「おお、よう集まってくださったのぅ。ありがたやありがたや」
「おいおいじいさん、俺たちゃ仏壇じゃねぇんだからそんなに拝むなよ」
田中家リビングにて。ツナギを着た男、ミケランジェロが明夫さんに苦笑していた。
「なぁ〜、もう始めていいんじゃないか? 鶏退治の話」
ハスキー犬、狼牙が立ち上がった。と言っても彼は犬。2本足で立っているわけではないので、その目線は皆の半分の高さもない。
「あら、3人なの? おかしいわねぇ、確か4人集まって下さるはずなんだけど」
と、そこに明夫夫人が顔を出し首を傾げる。狼牙用なのだろうか、手には牛乳の入った深めの皿を持っている。
「なんだ遅刻か。まぁ、とりあえずは目の前の脅威を片付けるのが先だろう? 俺達だけで話を」
「心配ありません。ここに居ます」
「うお!?」
梛織が話を先に進めようとした時、室内に声が響いた。辺りをキョロキョロと見回すが、声の主の姿は見えなかった。
「声は聞こえど姿は見えず、か。おい、気どってないでさっさと姿見せろよ」
ミケランジェロが口を開いた。落ち着き払った態度で、天井付近を見上げている。
「そうですね。失礼しました」
ガコッという音とともに天井の板が一枚ずれて落ちる。そしてストッ、と時代劇で忍者が降りてくるように1人の男が静かに降り立った。口ぶりからして鶏退治の参加者のようだが、入室方法は軽く……いや、明らかに不法侵入だと思われる。
「いやぁ、びっくりしたのぉ。服部半蔵みたいじゃったのぉ」
時代劇が好きらしい明夫さんは、ツィーの登場ぶりに感心して笑顔をこぼす。驚くところで驚かない明夫さんは、妙に肝が座っているようだ。
「どうするんですか? これから」
ツィーは、ぐるりと室内を見回した。
「決まってるじゃんか、じいちゃんに悪さした鶏達をやっつけるんだ!!
お年寄りには優しくしなきゃな!!」
狼牙は気合を入れるように尻尾をブンブン振っている。本人ははりきっているようだが、その姿は何とも愛らしい。明夫夫人は狼牙の頭をしきりになでている。
「なぁ、じいさん。居場所は分かるのか?」
「すまんのぉ、それがさっぱりわから――」
『コォオオオォケェエエェェー!!!』
ミケランジェロの問いかけに対する明夫さんの“わからない”という言葉の語尾は、皆に聞こえる事は無かった。
故ならば、大音量で響いた鶏の叫び声にかき消されたからだ。
「どうやら、明夫殿のお答えは聞く必要無いようですね。近いな、奴らは」
ツィーは神経を研ぎ澄ませ方向を探るべく、長い腕を口元にあて瞳を閉じた。
「どうだ? 居場所わかるか?」
梛織はツィーの顔を覗き込む。ジーツと顔を見ているのは、ツィーの容姿が気になるからだろうか。
「――どこか、広い場所――そう、例えば公園などの……」
「よっしゃ、ちょうど来る途中に公園があったぞ。そこに行ってみようぜ」
ツィーの言葉を最後まで聞く事無く、モップを手に持ちミケランジェロが首を鳴らす。
「じぃちゃんのかたき討ちだな!! 頑張ろうぜっ!!」
「はっははは、わしゃぁ死んどらんぞ、わんちゃんや」
耳をピンッと立てる狼牙に、明夫さんが突っ込みを入れた。
「あー、それじゃあ皆さん? チャッチャと行こうぜ?」
梛織がパンパンッと手を叩く。その音に3人と1匹は顔を見合わせ、同時に頷いた。
―――そして、白い奴らの捕物が始まる。
昼下がりの公園で、鶏の群れと3人と1匹は対峙していた。
「食うのか? こいつら」
「俺は鶏より牛の方がいいんだけどな」
「食う食わないの問題じゃないでしょう。今考える事は……」
梛織とミケランジェロの会話を、ツィーが切り捨てる。
「こいつらを捕まえる事っ!! お年寄りの富士を守るんだ!!」
本能なのか、知能戦が苦手なだけなのか、狼牙が掛けだしてしまった。
「富士……ああ、無事って言いたかったのか? っておい、追い掛け回しても……!!」
ミケランジェロが叫び、モップに仕込んでいる刀を抜いた。
「やれやれ、彼は熱血ですね。仕方ない、ばらけて追い込みましょう」
ツィーが溜息を吐きながら首を横に振る。
「なんか檻か網みたいなのがあればなぁ。追い回してて群れが崩れたら厄介だぞ」
拳を握り締めてファイティングポーズをとる梛織だが、その顔には困惑の表情が浮かんでいた。
「檻か、網……なんだ、俺の出番じゃねぇか」
ポンと手を打ち、ミケランジェロは刀を元の鞘に納めた。走り回る狼牙と鶏達の追いかけっこを眺めながら、なにやらニヤニヤしている。
「何か、手伝う事はありますか?」
ミケランジェロの思慮に感づいたのか、ツィーが話しかける。
「そうだなぁ……お前はあのわんこの反対側から鶏達を追いかけててくれ。出来るだけ、一塊になるようにな」
「わかった、協力します」
数秒悩んだ後、ミケランジェロは指示を出す。その指示にコクリと頷いて、ツィーは走っていった。
「さて、と。あんたも手伝ってくれるか? 俺と背中合わせになって……そう、そこの枝で地面に線を書いてくれ。鶏達を囲むようにな」
「わかった。やろう」
子供達が折ったものだろうか。長めの枝を指差して、ミケランジェロは梛織に協力を求めた。梛織は枝を拾い上げ、ミケランジェロに準備OKだと告げる。
「んじゃ、行くぜ?」
半歩片足を前に踏み出し、ミケランジェロが梛織を振り返る。
「「せぇーのっ!!」」
2人はガリガリガリッと音を立てて、所狭しと暴れまわる鶏達と狼牙、ツィーの周りを線で囲んでいく―――
「ちくしょー、逃げ回ってないで、じいちゃんに早まれ〜!!」
「……ああ、謝罪しろ、という意味ですね?」
「あっ、そうそう、それだっ」
『コケーーーッ!! クゥォオオォー!!!!』
一方、いまいち噛み合わない会話の中、狼牙とツィーは鶏達を追いかけていた。群れは崩れていないが、いまいち纏まりが無い。そのせいで、ミケランジェロと梛織の線を描く作業もあまりはかどっていない。
線はぐるぐるとのたうちまわり、円とは程遠いものとなっている。
「あぁ〜もう、大人しくしてろよなぁ、囲めないだろ!!」
はかどらない作業に、梛織が叫ぶ。
「いや、囲まなくてもよさそうだ」
「えっ?」
パタリと足を止め、ミケランジェロが呟く。
「でも、囲まないと駄目なんじゃ――」
「いいからいいから、まぁ、下がってなって」
ヘラッと笑い、ミケランジェロはモップ片手になにやら構えをとる。
「おい、お前等、鶏達から離れろ!! 早く!!」
「わかったっ」
「ああ、了解した」
狼牙とツィーが鶏達から後ろに飛び退き距離をとる。それを確認したミケランジェロは、素早く地面の線に触れた。
その瞬間、辺りに淡い光とともに土煙が舞い上がる。
そして、数分後。
ごうごうと渦を巻く土煙が収まった後、その後に見えてきたものは縄状のものに団子状態になって絡み詰まれている鶏の群れだった。
「よっしゃ、鶏団子の完成だな!」
「うわぁ〜なんか凄い光景」
自慢げに頷くミケランジェロ。その隣で梛織がポカンと口を開けていた。
「おまえ凄いな〜」
狼牙は瞳を輝かせて目の前の現象に見入っている。
「あ、そうか。円で囲んでそれを……ええと、実体化、ですか? そうするより、グシャグシャの線の方が捕まえるという観点からは有利だったんですね」
「そういう事だ。まぁ、結果オーライでいいじゃねぇか」
ツィーの問いに、網の中の鶏達を見てミケランジェロは得意げに話す。
「なぁなぁ、どうすんだ? この鶏達」
瞳を輝かせていた狼牙が、耳を寝かせて皆を見上げる。
「ふさふさしていて温かいですね。可愛い……」
「おいおい、じゃあお前が飼うのか? 軽く30羽以上はいるみたいだが……いっそのこと唐揚げか鶏鍋にどうよ?」
「駄目だって、流石に可哀想だろそれは。まぁ、人に危害を加えるのは駄目だけどさ」
鶏達を触りながら見つめるツィーを茶化すミケランジェロに、梛織が苦言を呈する。
「でもなぁ……こいつら……」
ミケランジェロは黙り込む。皆、団子になっている鶏達の処遇の仕方に、困り果てているようだ。
と、そこへ彼らに近づく人影が―――
住宅街の中を、3人と1匹が歩いていた。3人は協力して網に絡まっている鶏達を担いでいるが――
「痛っ!! 突くなこらぁ!!」
「まぁまぁ、抑えて抑えて……ああ、やっぱり可愛いな」
「お前なぁ……どこが可愛、って痛いっつーの!! 食っちまうぞ!!」
大人しそうにしていたかと思うと、隙をついて鋭いクチバシで突いてくる鶏達に、ミケランジェロが声を荒げる。そんな状況を、ツィーは何故か微笑ましく見ていた。森や動物に関わりの深い彼だけに、鶏達にも非情にはなれないようだ。
「ま、平和的解決で良かったんじゃないのか?」
「そうだよなぁ、じっちゃんが平らになって良かったなぁ」
「おいおい、じいさんペシャンコにしてどうするんだよ」
嬉しげに歩く狼牙に、梛織が突っ込む。
ちょっとしたいい間違いだが、実際にペシャンコになっては一大事である。
あの後、公園にやってきた人影は、被害者の明夫さんだった。団子になった鶏達に驚いた後、ある提案を持ち掛けてきてくれたのだ。
「まぁ、殺したりするよりはいいんじゃないか?」
梛織は言う。
「俺は、派手に切るのも面白いと思うけどな?」
「無闇な殺戮は駄目ですよ」
笑うミケランジェロに、たしなめるツィー。
明夫さんの提案とは、学校や幼稚園等の施設に譲り渡す事だった。
数ヶ月前から、銀幕市内の学校施設では野犬の被害に悩まされていた。子供達が可愛がっていたウサギやクジャクも、小屋の金網を食い破って進入して来た野犬に無残に命を立たれるという事が相次いでいた。
程なく野犬は市の職員によって捕獲されたが、被害にあった小屋に動物の姿は、無い。
そこで、今回の提案が浮上したのだ。明夫さんが連絡を取った市内の学校施設からは、是非譲り受けたいとの快い返事が聞かれた。鶏は雄1羽に対し雌数羽の一夫多妻である。雄雌の数に少々ばらつきはあるものの、数十羽もいれば、全ての施設に譲り渡す事ができそうだ。
「まぁ、めでたしめでたしだな〜……って、だから痛いっつーの!!」
「はは、鶏は可愛いですね」
「どこがだよ!?」
「でも確かに皮がいいよなっ」
「……だから、お前が言うと別の意味に……皮が良いって、食うみたいに聞こえるぞ」
相変わらず突かれるミケランジェロと、何故か鶏を可愛がるツィー。
そして同じく相変わらず別の意味に聞こえる狼牙と、突っ込む梛織。
そんな3人と1匹は、網のあちこちから頭や足、羽根が飛び出して異様な光景になっている鶏達を持ちながら、彼らに新しい居場所を与えるべく、歩いて行くのだった。
【終】
|
クリエイターコメント | まず、参加者の皆様には謝罪をしなくてはなりません。 お待たせしてしまい、大変申し訳ありませんでした。 御自身のキャラクターの口調や行動の仕方等、気になる点がございましたら遠慮なくお申し出下さいませ。 そして、後になりましたが御参加ありがとうございました。 まだまだ未熟ではありますが、これからも精進していく所存です。 またどこかで見かけた時は、宜しくお願い致します。 それでは、この辺で。 本当に申し訳ありませんでした。そして何より、拙い物語に御参加頂いた素晴らしい皆様に、山ほどの感謝を。
■村尾紫月■ |
公開日時 | 2007-11-14(水) 19:10 |
|
|
|
|
|