★ 陰陽寮の長、荒ぶる魂のだいえっとに協力せし事 ★
クリエイター神無月まりばな(wwyt8985)
管理番号95-3757 オファー日2008-07-05(土) 22:16
オファーPC 蘆屋 道満(cphm7486) ムービースター 男 43歳 陰陽師
<ノベル>

 ――午前10時29分。
 外観はレトロだが、内部は改装して広さと清潔感を増した、2階建ての小売店舗前。
 道を挟んだ電信柱の影には、見事な体躯のグレーハウンドが身を潜めている。

 いわずとしれた、ここは無国籍ごちゃ混ぜ商店街「銀幕ふれあい通り」の角にある、スーパーまるぎんである。
 一時は倒産の危機に陥ったものの、銀幕市民による驚異的なサポートにより持ち直し、最近では以前を遙かに上回るほどの大繁盛ぶりだ。何でも、ロシア有数の大企業の代表取締役がスポンサーになったとかで、市内の小売店業界からはむしろ羨望のまなざしで見られている。
 午前10時30分。
 タイムセール開始を告げるBGMも新しくなった。心浮き立つ曲調なのにスタイリッシュで、つい口ずさみたくなるのは、優れた音楽家が関わっているからなのだろう。
 活気ある戦場と化した店内から、歓声が聞こえてくる。こればかりは以前から変わらない、定番目玉商品であるところの「素材厳選カニクリームコロッケ」が店頭に並んだのだ。
 10時31分。32分。33分。
 それまで彫像のように動かなかったグレーハウンドは、ぴくりと顔を上げる。
 34分、35分。
 出入り口が開閉するたびに、香ばしい匂いが漂う。
 今日の戦利品を抱えた人々が、店から出てきたのだ。
 クレーハウンドの双眸が、きらーんと好戦的に輝く。
 
 見つけたのである。

 店を後にする人々の列の中に、部下5人を引き連れた、芦屋道満の姿を。

  ★ ★ ★

 道満と部下5人は、それぞれ5個ずつカニクリームコロッケを購入していた、
 何となれば、タイムセールのカニコロは、「おひとり様5個限り(引換券使用分も含む)」なのである。
 したがって(1+5)×5で、総計30個。いくら洋食大好きだからって食べ過ぎっすよお館さま〜、というツッコミが、おそらくは銀幕市中から聞こえてきそうな今日この頃だが、この数量にはそれなりの理由がある。
 如何にお館さまがカニコロをお気に召され、まるぎん倒産回避プロジェクトのときには16個一気食いした実績の持ち主だからといって、30個全部独り占めにはしない。部下5名だって食べるのでござるよ、口がなくとも。どっかの小隊が商ってるポップコーンをしゃくしゃく咀嚼した経験もあるでござる。
 ……そもそも。
 30個全部を、無事にお持ち帰りできないのが常なのである。
 まるぎん前にはいつも、虎視眈々とカニコロを狙う「天敵」が待ちかまえているからだ。
 つまりこれは、奪われる可能性を加味しての個数確保、リスクヘッジでもあったのだ。

 ――今。
「……む。来おるぞ」
 道満が低く、部下に注意を促した、そのときだった。
 
 電信柱の影から、グレーハウンドがひらりと躍り出た。
 身構える道満と部下たちの前に立ちふさがり、激しく威嚇する!

 ぐるるる、
 う゛わんっ! わん!
 うわん、わん、わわんっ!
 
( ( (((出たあぁぁぁぁー))) ) )
 ほとんど条件反射で、部下たちは揃って固まり、震え上がった。

 う゛わわわ、う゛わんーっ!
 わわわん! わぉん!
 う゛ぅぅうわん、う゛わん、わわぉーんっーーー!
 
(ペス殿、相変わらず超迫力でござるよ)
(今の今まで気配がなかったのに)
(さてはペス殿、忍犬でござるな?)
(どどどどどんなに恐ろしくとも)
(カカカカカニコロは渡さないでござる)
 部下壱・弐・参・四・五は、ガクブルしながらも、しっかとカニコロ入り袋を抱きしめる。
「……う゛わんっ!(訳:ふっ、あんたたちが脆いことは知ってるのよ。あたしにかなうとでも思ってるの?)」

 鋭く一声を放ち、ペス殿は跳躍する。
 狙うは、部下たちが抱えた袋である。

「ええい、この猛々しい雄犬めが。弱き部下を狙うとは卑怯なり」
 道満は、1mサイズに調整した鉄扇「残骸丸」を持っていた。さすがに開いての電磁波操作まではしないとはいえ、普通の(?)犬相手に随分とごっつい武器である。お館さま、大人げなーい。
 畳んだ残骸丸をバットのように構え、道満はペス殿を阻まんとする。しかしペス殿は、目にもとまらぬ早さで部下たちに突撃し、そのひとりに噛みついたのだった。

(うわぁぁぁー、わわわわ脇腹に、わわわわわわ)
(お館さまー、部下参がペス殿に脇腹を囓られてぽっきり二分割されたでござる)
(カニコロは無事でござるよ)
(身を挺してカニコロを守った部下参……)
(おぬしのことは忘れないでござる)

 あわれ、ぽっきり二分割状態になっても、部下参はカニコロ入り袋を抱えて離さない。その周りを囲み、部下壱、弐、四、五がさめざめする。
「やってくれたな、雄犬」
 道満はぎろりとペス殿を睨んでから、通り沿いの水飲み場から水をすくい上げ、ちょっちょっと部下の傷口をぬらして身体をくっつけた。
 部下参、あっという間にもとどおり。
「わん! ……わわん!(訳:だーかーら、あたし女の子だってばぁ。……ふん、まあいいわ、そのカニコロ、いただくわよ。あんたが部下に気を取られている隙にね!)」
 道満は部下参を治しているわずかな間、自分のカニコロ袋を足元に置いていた。

 ペス殿は、その瞬間を待っていたのである。
 すかさず袋ごとくわえ、走り去った。

「おのれぇぇーーーー!」
 道満が後を追う。
 時速60kmで、ペス殿は逃げる。
 銀幕ふれあい通りを、つむじ風のように。

 ………。
  ……………。
   ………………。

 このところ、そんなこんなの毎日が続いている。
 現時点において、勝敗は五分五分だった。
 
  ★ ★ ★

「なあ、ペス」
 今日の戦果のカニコロ5個を食べ終え、ペス殿はほくほくと土曜日朝の自主散歩から帰ってきた。本田家庭先の、やたらファンシーな犬小屋【〜*〜* ペスのおうち *〜*〜】で大きく伸びをしていると、高校生の次男が声をかける。
 ちなみにこの次男、長男とは対照的な長身・老け顔ゆえ、お兄ちゃんと並ぶとこっちが年上に見られる始末だが、それはともかく。
「おまえ最近、太ったんじゃね?」

 ぎくーーーーっ!

 乙女心に氷の刃を当てる衝撃の指摘であった。
 ペス殿の背後に劇画調の派手なベタフラッシュが乱れ飛ぶ。
「母さんはちゃんとカロリー計算してドッグフード出してっから……。よそで誰かにおやつ貰ってるな? ……ははん、道満さんだろ? 最近、あの人と仲いいもんな」
 本田家の人々は、まるぎん前のカニコロバトルを目撃しているくせに、それを仲良しさん同士のコミュニケーションと勘違いしている。ペス殿が勝利したあかつきには、高カロリーの揚げ物を飼い主に内緒で貪り食ってる事実に思い至っていないのだ。
「まぁ、まるぎんが持ち直したあたりから、おまえも兄ちゃんも元気が出てきたんでいいけどさぁ。女の子はぽっちゃりしてるくらいが可愛いっていうけど、おまえ一応犬なんだし、おやつ貰うのもほどほどにしとけよ?」
 次男は、「いけね、部活の打ち合わせがあるんだった」などといって外出し、白目放心状態のペス殿だけがその場に残された。

「…………わぅん……(訳:……まずいわ……。ダイエットしなくちゃ……)」
 
  ★ ★ ★

 そんなわけで。
 ペス殿は、連帯責任者(?????)の道満に、ダイエットの協力を求めることにした。
 依頼及び意思の疎通については、困ったときの本田夫人頼みである。
「わん、わんー! わわわん!(訳:道満に責任取らせてよママさん。あの男があたしをこんなにしたのよ!)」
 銀幕ジャーナルの道満の記事と写真が載っているページを、ペス殿は前足でげしげし叩く。その気持ちは半端に通じ、本田夫人はわかったわ、と頷いた。
「そうよね、漆くんがいなくなって寂しそうにしてたペスに、ご自身もお辛いでしょうにあんなに良くしていただいて……。ちゃんとご挨拶と御礼に行かなくちゃって思ってたの。おつかいものは何がいいかしらね? お酒は召し上がらないみたいだけど――」
「わんわん、わわーん(訳:手ぶらでいいわよ手ぶらで)」
「記事を読んだ限りでは、洋食がお好きなようね。オムライスを持って行きましょう」
 そして、ふっくらペス殿と本田夫人は、道満が住みついている神社を訪ねることになり――

「これはこれは本田の奥方。結構なおむらいすを、かたじけない」
「長男の作り置きで失礼かと思ったんですけど、よろしければお納め下さい。いつもうちのペスがご迷惑をかけております」
「うむ、いつも迷惑をかけられて――いやいや、このような毛艶の良い逞しい雄犬、さぞや奥方もご自慢であろう」
「それはもう、家族中で可愛がってまして。でもこの子、子犬のときは病弱で大変でした」
「ほう」
「特に長男は、毎日のように動物病院に駆け込んだり、寝ずの看病をしたりしてました。丈夫になった今でもかなり過保護なんですよ。すぐにペス、ペスって」
 本田夫人はにっこりする。道満のペス殿の性別誤解発言にぜんっぜん気づいていない。
「わわーん。わんっわんっ!(訳:ママさんー! イイ話にしなくていいから本題本題! ていうかあたし女の子だって言ってよぉー!)」
「家族以外にはあまり懐かない子だったのに、いつのまにか漆くんの後を追っかけるようになっていまして……」
 しかし本田夫人は、今度は目頭を押さえて嗚咽を漏らす。
「……ま、まいにち、こ、この子がまるぎんの前で、うるしくんをまってるのがふびんで。でっ、でも、どうまんさんがいらしてくだって、ほ、ほんとにもう、ありがたくて、ひくっ」
「――これ奥方」
 一見無表情な道満だが、女性に泣かれてほんの僅か、狼狽する。
(本田さんちの奥さんが泣いてるでござる)
(お館さまが泣かしたでござるか?)
(何があったのでござろう)
(ただごとではないムードのような)
(……不倫はいけないでござる)
 物陰でひそやかにジェスチャー会話などしている部下5人に、うぉっほんと咳払いをひとつ。
「もしや来訪の御用向きが、ありはせぬかな?」
「あ、あらごめんなさい、私ったら」
 本田夫人は慌てて、ハンカチで目元を拭った。
「ご挨拶と御礼をと思って伺いましたの。ペスったら道満さんと遊びたくて仕方ないみたいで、先刻も私に道満さんの記事を指して、どうしても会いたいから連れて行けと、それはもう無邪気でひたむきな仕草を」
「わふっ? わわーん!(訳:えええっ? そんな仕草してないー!)」
「こう申してはなんだが、その犬は、我を好敵手と思っておる様子」
「ええ、ちょっぴり背伸びしてるんですよね」
「我もまた、その犬の凄まじき気迫、鬼神のごとき戦闘力、突風もかくやとばかりの瞬発力に感嘆するばかり。その犬がいっそう、荒ぶる魂を鍛えたいと云うのなら、修行に協力するにやぶさかではない」
「ありがとうございます。これからもこの子が運動したがるようでしたら、お付き合いくださいね」
「うむ、ちょうど時間を持てあましておったところだ。これ犬、見ればちとふくよかになっておるではないか。体躯を絞るためにも、いっそう鍛えた方が良かろう」
「まあまあ、助かります、何から何まで。じゃ、ペス。私は先に帰るけど、あまり道満さんに甘えちゃいけませんよ」
「……わん? わわん。わうーん!(訳:あれ? 全然話が噛み合ってなかったのに、何か落ち着くところに落ち着く感じ……って、ちょっとママさーん! まだ帰らないでぇー! 誤解を解いてってよぅー!)」
 
  ★ ★ ★

 そ・し・て。
 その日から、ペス殿的には美容のためのダイエットプログラムが。
 道満的には、「この雄犬が更なる高みへ昇るための修行」が、始まった。

(今日は、腰にタイヤを荒縄で括り付け、星砂海岸を夕日に向かって走っていたでござるな)
(そのあと、背中に強烈なウェイト背負ってスクワットもどきをしていたでござるよ)
(ペス殿、いっそう逞しくなったでござる)
(筋肉もばっちりついてきて)
(……あれ? ペス殿、痩せるつもりだったんじゃ? まあいいでござるが)

 ま、細かいことはともかくも、かくして時は過ぎ。
 あら何となく最近のあたし、身体が引き締まってプロポーションが良くなってきたかもー、などと感じ始めたころ。

 次男に付き添われ、長男のたっての希望で紋付袴を着せられて、ペス殿は珍しくも非常にスタンダードなお散歩をしていた。場所はこれまた珍しいことに綺羅星ビバリーヒルズ。美形犬・美女犬・美少女犬が目白押しの界隈である。
「わあ、綺麗なグレーハウンド!」
 突然、カメラを持った雑誌記者らしき女性が、ペス殿に目を留めて駆け寄ってきた。
「すみませーん! 『愛犬宝島』の者ですが、写真撮っても構わないですか? 来月号のグラビアページのモデルを探してて、イメージぴったりなんです」
「モデル犬のスカウトだとよ。どうする、ペス?」
「わんっ♪ わんわん、わわわーん(訳:もっちろんOKよ。あたしの美少女ぶりがやっと評価されるときが来たのね。ダイエットした甲斐があったわー!)」
 ペス殿は二つ返事で了承し、雑誌記者に言われるままに高級住宅街をバックに、びしっ! ばしっ! とポーズを決めた。
「おっ、さまになってんじゃん。『愛犬宝島』って全国誌だろ? 有名になるかも知れないぞ。楽しみだな」
「……わんっ(訳:……うふふっ)」
 天にも昇る心地だったペス殿であるが………嗚呼、だがしかし、そうは問屋が卸そうはずもなく――

 どきわくしながら、発売日に該当ページを確認したペス殿は、あまりといえばあまりな表現に打ちのめされることになったのである。
 
 ★
 ★
 ★

 【激写!!! 高級住宅街で見つけた筋肉美犬!】
  本田さんちのペス君――逞しくも凛々しいグレーハウンドの魅力に迫る。
  ◆迫力満点のその姿は市内ナンバー1。育て方のコツは?

 ★
 ★
 ★

     ……………、
           ……………………、
                  ………がっくり。


 なんかもう、すっかりやる気をなくしたペス殿は、その日もいちおー、まるぎん前に来てはいたのだが、茫然自失したまま電柱の影にへたり込んでいた。
 タイムセールが終わり、カニコロ袋を抱えて出てきた道満がしばしきょろきょろし、やがて拍子抜けの顔でペス殿を見つける。
「これ雄犬。その腑抜け面は何ぞ」
「……わんっ、わんわふっ(訳:ほっといてよ。あんたなんかに乙女の気持ちがわかってたまるもんですか)」
「良い衣装であった。漢らしいおぬしによく似合うておる。あの仕立ては、あやつのものだな」
「わん……?(訳:え……?)」
 道満は小脇に、発売されたばかりの『愛犬宝島』を丸めて携えていた。
「何やら皆が噂しておるので、我も買ってみた。おぬしが着ておった紋付袴はあやつの手縫いであろう。ここまで心を砕くということは、あやつはおぬしが気に入っておったのであろうな」
 道満は、つと後ろを振り返る。
「この時間を迎えるごとに、あやつとおぬしが、ともにこの街を駆けるさまが浮かんでくる。楽しげな時を過ごしたのなら――良しとしようぞ。のう……」

 道満の後ろには、誰もいない。一陣の風が吹いただけだったが――
 しかし部下5人とペス殿は、そこにたしかに、彼を見た。

 狐面をずらした赤いマフラーの忍者が、笑顔だけを残し、風のように疾走していくのを。
 
  ★ ★ ★

 なお。
 グラビアを見てペス殿に一目惚れした全国の美女犬・美少女犬の飼い主の皆さんから、是非ウチの子の婿になってほしいとの連絡が殺到し、本田家の人々はしばらくその対応に忙殺されたそうな。


 ――Fin.

クリエイターコメントぐしっ、お館さまがいらしてくださって、わ、私、ほんとにもーありがたくて、これでペス殿も毎日心おきなくバトれます、ぐすっ(書いてる間、ずっと本田夫人が憑依していた記録者)

ところで、ペス殿の性別を誤解しているひとは、想像以上に多そうでございますな。
公開日時2008-07-26(土) 20:10
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