★ 一日開店!? 王子のやりくりレストラン ★
<オープニング>

 太陽がまだ低く、幾ばくかの冷気を伴った風が流れるお昼前、ひとりの麗しき青年が、その絹のような滑らかさを持った銀髪を両手で覆い、その紫水晶のごときその双眸を苦渋に歪ませていた。
 彼らの家でもある「鎮国の神殿」の書庫には、まだ午前中だからか訪れる人は少なく、閑散とした雰囲気が漂っている。
 そして、その書庫の隣続きの部屋、彼らの食堂とでも言うべき部屋の、簡素な作りながらも上質な木のテーブルで、その青年――ホーディス・ラストニアは先程からその表情を変えずに座っていた。相当困っているようである。
 そして、彼の視線の先――テーブルの上には、一冊の黒い本のような物が置いてある。その黒い冊子には、白い四角のシールのようなものが貼ってあり、その上に黒のマジックらしきペンででかでかとその冊子の名前が記されていた。
 
 ――出納簿と。

「あー、どうしたら今月もこんなに赤い文字ばかり目立つようになるのでしょう……」
 どうやら、例のごとく悩みの種はお金のようである。冊子の隣に置いてあった算盤を光のごとき速さではじき、そのはじき出された結果を見て再びため息を付いた。
 映画の中でも、戦争の為にラストニア家はド貧乏であったが、実体化し、戦争と言うべきものがなくなった今でも、どうやら赤字という戦争は訪れているようである。
「それにしても今月は異常に赤字ですね……。きっと、あの時にリーシェが破壊した公共物の弁償代のせいですかね……」
 そう呟いて、またため息をついた。そう、悩みはお金ばかりではないのだ。そっと、台所に立って朝食の後片付けをしているリーシェ・ラストニアの姿を見やる。
 リーシェは何日か前に対策課の依頼とかで出掛けてから、いつも彼女が漂わせている、凛とした「戦女神」という二つ名を彷彿とさせる雰囲気がまったく無くなってしまっていた。
 彼女自体は滅多に怒り以外の感情を表さない人なので、表面上に変化は見られないが、リーシェはホーディスの片割れとも言うべき存在。彼女の内面に気が付かない訳がない。
 その覇気の無い背中を見て、再びため息をつこうとした時だった。
 
「あ〜〜れ〜〜!」
 ガシャ――ン!

 その言葉の意味を除けば、可愛らしく聞こえる言葉と共に、何か陶器の様なものが砕け散る鋭利な音が、彼らの家の前から響いてきた。
「……」
 ホーディスは無言でリーシェと顔を見合わせ、そして扉を開け、外へと走り出る。
 外に走り出た彼らの目の前には、何やら和風なメイド服を身に纏った、可愛らしいお姫様――珊瑚姫が道路にしゃがみ込んでいた。
 どうやら、出前の途中で何かにつまづいて転んでしまったようだ。辺りには、陶器のお皿が砕け散り、美味しそうな出前のメニューは哀れ、土まみれになっていた。かろうじて、ジャガイモの原型などが見える程度である。
「……珊瑚姫殿。お怪我はありませんか?」
 ホーディスが珊瑚姫と目線を合わせる為に地面にしゃがみ込む。珊瑚姫は、エプロンに付いた埃を払いながら、頷いた。
「妾は大丈夫ですえ。けれども、出前のめにゅうが台無しになってしもうて……! また梨奈に怒られてしまいますえ〜!」
 珊瑚姫の脳内はどうやらパニック状態のようであるらしい。彼女は慌てた様子で地面に落ちている食器をかき集め始めた。
「手を切ります。危ないですよ」
 そんな珊瑚姫の手をそっとホーディスは押さえる。
「でも……」
「私達にお任せ下さい。……リーシェ」
「ああ。分かっている」
 半ば混乱で目を潤ませた珊瑚姫に彼は笑みを向け、片割れの名を呼んだ。名を呼ばれたリーシェは、ひとつ頷く。
「出前のメニューは何だったんだ?」
「え……、きのこのすぱげってぃと、ろーるぱんと、じゃがいものぽてとさらだでしたのう」
「そうか」
 珊瑚姫にメニューを聞くと、リーシェは颯爽とその場を後にした。ホーディスはそれを見やり、食器にひとつひとつ、指で触れていく。
「? 一体何をしてるのですかえ?」
 珊瑚姫の問いに、ホーディスはにっこりと笑みを向け、空中に人差し指を向けた。
 紅くその人差し指の先が光り、そして彼の指は何らかの模様を一瞬で描く。彼が着ている、神官服のような衣装の、白の立て襟を着くずした隙間から見える鎖骨が熱を帯びたように輝いた。
 そして次の瞬間、珊瑚姫の掌の上に、「カフェ スキャンダル」と名前が書かれた白いプレートが乗っていた。
 寸分違わず、彼らの家から、きのこの美味しそうな匂いが漂ってきた。

 ★ ★ ★

「二人とも、おかげさまで無事に出前を届ける事ができましたえ。ありがとうですえ〜」
「いえいえ。珊瑚姫殿が困っているのを見て放っておく訳にはいきませんよ」
 その後、どうやら無事に配達を終えたらしい珊瑚姫が神殿を訪れると、ホーディスはにこやかに珊瑚姫に椅子をすすめ、リーシェは表情こそ変えなかったが、珊瑚姫が席に着いたときには、涼しげなガラスのポットに、緑茶を並々と入れ、そしてどこから持ってきたのか水羊羹を幾つか、そしてポットと同じく淡い青の花が咲いているガラスのカップを幾つか、お盆の上に載せて持ってきていた。
「冷たい緑茶を持ってきた……この方が珊瑚姫の味覚には合うだろうと思ってな……。こんな暑い中だ、少し涼んでいくと良い」
「りーしぇは用意が良いですなあ。折角なので、お言葉に甘えさせて頂きますかのう」
 そう言い、珊瑚姫は注がれたお茶をすすった。

 しばらく三人は和やかにお茶やお菓子を食していたが、やがて珊瑚姫が、テーブルの傍らに置かれた出納簿を見つけたようだ。
「それにしても、ほーでぃすは出納簿を付けているなんて、まめですのう」
「あ……」
 ホーディスが止める前に、珊瑚姫は出納帳をぱらり、とめくった。そのまま硬直する。
「……何だか、見てはいけないものを見てしまったような気がしますえ。……そなたも苦労してますのう〜」
「そうなんですよ〜。ここにいるバ……、リーシェがいつもいつも色々破壊してくるので大変なんですぅぅ」 
「おい、今何か言いかけただろ、ホーディス」
「それにしても、随分と毎月毎月赤字がでてますのう〜」
「そうなんです! 私はいつも頑張ってやりくりしてるんですけどね! こことかこことか!」
「お……」
 どうやら、彼らの話題は、リーシェを置いていつの間にかお金の話へと変わっていったようである。
「本当に先月も今月も赤字で……。それに、この代金をどうやって払えば良いのか、今悩んでいるところなんです」
 ホーディスはそう言って、赤字で「弁償代!」と書き込まれた丸を指差した。そこに書いてある金額は、はっきり言って天文学的な値段である(二人にとって)。
「これはかなりの額ですのう……これを一気に稼ぐのは流石に大変ですえ〜。……そうじゃ!」
 何か思いついたらしい珊瑚姫は、拳をぐっと握った。二人も彼女の表情に、興味津々のようだ。
「何か食べ物屋を作ればよいのではありませぬか?」
「食べ物屋?」
「そうですえ! 先程、見せて頂いた折角のそのりーしぇの腕前! 使わない手はありませぬえ〜!」
「……成る程! そうですね!」
 珊瑚姫の言葉に、ホーディスもぐっと拳を握った。
「ここに、とりあえず一日、レストランを開店致しましょう! そしてお金を稼ぐのです!」
「ここに?」
「ええ」
 二人の問いに、笑顔でホーディスは答えた。鎖骨辺りの刺青と、額の刺青が妖しく輝く。
「!」 
 その瞬間には、彼らは広々とした、レストランの一席に座っていた。周りには、彼らが座っているのと同じ白いクロスが掛けられたテーブルと明るい茶色の椅子が幾つも並び、壁は淡い茶色に塗り上げられていた。その内装、外観から見て、イタリアンレストラン、といった所だろうか。
 そう、この神殿は、祭主であるホーディスが一括で扉から各部屋に至るまで、かけられた全ての魔法を管理している。そして、地下書庫を除き、ホーディスはこの神殿にかけられている魔法を全て制御できるのだ。
 早速その能力を使って、どうやら神殿の地上部分をレストランに変えてしまったようである。
「さて、そうと決まれば早速スタッフを募集しなければ!」
「スタッフ?」
 首を傾げたリーシェに、ホーディスはそれはもう、あらん限りの力を込めて熱弁した。

「スーパー『まるぎん』のタイムセールで勝利品を得るのです! 出来るだけ安くお得に食材を手に入れるのです! 出来るだけ儲かる為に!!」


種別名シナリオ 管理番号180
クリエイター志芽 凛(wzab7994)
クリエイターコメントこんにちは、そしてはじめまして。

今回、何やら双子達(主に守銭奴)が自宅を魔法にて改装、レストランを開店する模様です。皆様には、レストランのスタッフとして、どうか彼らの手助けをお願い致します。一応何かお礼の品も王子は考えているようですよ、一応。

そして、神無月WR様の偉大なるご協力を頂きまして、NPC珊瑚姫様にゲスト出演、さらにはスーパー「まるぎん」もお貸し頂いております! 
NPC珊瑚姫http://tsukumogami.net/ginmaku/app/pc.php?act_view=true&pcno=180

という訳で、今回、まず皆様には総出で「まるぎん」へのタイムセールに参加して頂きます。勇んで参加もよし、強制で参加もよしです。強制で参加は非常に美味しいと思います。
食材を確保した後、仕込みやらお店の掃除やらに移るかと思いますが、各々のPC様でしでかしたい事がありましたら、どうぞご遠慮なくお書き添え下さいませ。今回は何してもOKです。ドタバタな感じのシナリオにしたいな、と考えておりますので力のある限り採用させて頂きます。
衣装の方も、全く決めておりませんので、普段着で行くもよし、バッチリ着替えてくるもよし、お好きな衣装をお選び下さいませ。
ちなみに、今回、王子はティータイム〜ディナータイムでの営業を考えているようです。

スケジュールの調整上、執筆期間を少々多めに取らせて頂いております。一応保険という事ですので、ご了承お願い致します。
それでは、よろしくお願い致します。

参加者
ジョニー(cbny7469) ムービースター 男 26歳 ピエロ
バロア・リィム(cbep6513) ムービースター 男 16歳 闇魔導師
梛織(czne7359) ムービースター 男 19歳 万事屋
ゆき(chyc9476) ムービースター 女 8歳 座敷童子兼土地神
鴣取 虹(cbfz3736) ムービーファン 男 17歳 アルバイター
<ノベル>


「……スタッフ募集って言っても、一体どうやって集めるんだ?」
 リーシェがもう何かやる気に満ち溢れているホーディスを眩しげ(鬱陶しそうとも言う)に見上げた。非常にごもっともな意見にホーディスは微笑を返し、ズボンのポケットから何か薄くて細長い物を取り出してくる。
「これぞ文明の利器!」
 にこにこと笑みを浮かべつつ、ホーディスはその細長い物体を操作し始める。ウフフ、とか声を上げてしまうあたり、既に気持ち悪いの領域に入っている事に彼は未だ気付いていない。


 ――その頃、銀幕市の別の一角にて――
 万事屋の事務所兼我が家の応接間のソファに陣取ってミステリー小説の最新刊を読みふけっていた店主、梛織であったが、テーブルの上に置いてある最新式の携帯電話がメールの着信を知らせた為に、読書を一時中断、携帯を手にとってぱかりと開く。その内容に思わず眉を顰めた。

 ――なおさんにいらいがありますいますぐわたしのいえまできてくださいほーでぃす

 その文面は全て平仮名なうえ、それはもう句読点一切なしの暗号チックなものであった。頭の中で漢字とカタカナに変換、句読点をつけた上でようやく内容を理解した梛織はため息をひとつつく。
「つーか、メール苦手なら電話しろよ……」
 早速突っ込みを入れた梛織は、何はともあれ、ホーディス達の家に向かう為にミステリー小説をテーブルに置き、準備を始めた。


 ――再び鎮国の神殿にて――
「これでよし、と」
 細長い物体――携帯電話(もちろん誰でも操作が出来る簡単ケータイ。只今スマートモード)をぱたんと閉じ、満足そうな表情をホーディスは浮かべた。同じ頃テーブルの上では珊瑚姫とリーシェが何だかんだ言って店名と料理の品目について話し合っている。
「これは一体どういうことじゃ?」
 その時、書庫の出口(現在はスタッフルームの出口)から驚きの表情を浮かべつつ現れたのはおかっぱあたまに着物、綿入れを羽織ったそれはもう抱きしめて連れ回したいくらいに可愛らしい和風少女、ゆきであった。
 どうやら書庫に本を読みに来たらしいが、前触れも無くいきなり書庫の本棚が消失し、代わりにロッカーやタイムカードが並んだ棚、事務所の机にパソコンなどが出現し、これは一体どういうことか、とスタッフルームから出てきたようである。
 他のスタッフをどこで探してこようかと考え中だったホーディスは、それはもう意気揚々とゆきの所にルンルンで飛んでいって今までのいきさつを話し出した。
「実はですね、私の家は大変お見苦しい話なのですがただ今かなりの財政難でして……」
 身体全体で悲劇たっぷりに演技しつつ、どことなく尾ひれのついた話を続ける腹黒青年、ホーディス。でもゆきの目には腹黒青年、という感じには見えなかったようである。
「……ほう、それでレストランを開く事にしたんじゃな」
「ええ。とりあえず一日開店してみようかと」
「ふむ、それは大変じゃな。わしに出来る事があるなら協力するんじゃよ」
「本当ですか? 本当に手伝って下さるのですか?」
「うむ」
 ゆきは瞳を輝かせている気持ち悪い領域絶好突入中のホーディスに頷いた。幸福を願い、幸せを与える事を存在意義に思っているゆきには、例え体裁はどうであれ、困っている人がそこにいるなら手を差し伸べたくなるのが性分である。
 ホーディスは思わずゆきの手を取り、その場でルンタッタと数回ほど回転した。思わず背景に花も飛んでいそうな光景である。ゆきには非常に似合うが、ホーディスには気持ち悪(以下略)。

 にわかスタッフ第二号が誕生したところで(第一号はもちろん本人の意思完全無視で梛織に既に決定済み)、再びスタッフルームの辺りで、どんがらがっしゃーんっ! ぎゃおぉぉ! ぎゃぁぁー! という実に不穏な音が響いた。
「あら?」
「何じゃ?」
 その場で手を取り合って回転していた二人は、スタッフルームに駆け寄った。扉が自動で開いていく。
「ぎゃぁぁぁ! 何か出てこようとしたら変なのが付いてきたあぁっ!」
 そこには、ネコ耳フード付きの紫色のローブを纏った少年(中身は青年?)バロア・リィムがスタッフルームの壁の見えにくい所に付いている扉から飛び出てきていた。一拍置いて、氷属性なのか白い毛皮に氷の粒を纏った狼のようなものが飛び出てくる。
「これはこれは。またスイッチ踏んだんですね、バロアさん」
 ホーディスは某事件以来、魔術の研究をしているというバロアに罠に嵌ったら自分で回避してくださいねと言って普段は閉ざされている罠だらけの地下の書庫の出入りを許していた。どうやらバロアは地下で魔術書か何かを読み耽っていたようであったが、出てくる時に何かの罠のスイッチを踏んだようである。
「地上に出てきて正解でしたね」
 ホーディスはさっと右手で魔方陣を描き出した。途端に狼のまわりに鉄格子の檻のようなものが出現する。狼は鉄格子を壊そうと何度も檻に飛び掛っていたが、檻はビクとも動かなかった。
「地下の魔術は私には制御できないので、後で戻しておきますね」
「はあ、助かった……」
 バロアはやっと人心地ついたようでふうとため息をひとつ吐いた。だが、落ち着いて周りを見回したところでこの神殿の異変に気付いたらしく、顔を驚愕の表情に引き攣らせた。
「……! っ何これ! 一体何が起きたのっ!?」
「珊瑚姫殿に素敵な考えを頂きまして。ちょっと神殿をレストランに」
「ちょっとじゃないよ、これ! レストラン!? どういうこと?」
「今月さらにお金が足りないんですよ。それでレストランを一日開店してみようという事で、レストランに改装したんですが」
「どうやら相当困っているようでの。わしもそのレストランとやらを手伝う事にしたんじゃよ」
「っゆきさんまでそんな事をっ! というかこんな清らかな心の持ち主を引き込むなんてなんて悪の心の持ち」
「バロアさん?」
 ホーディスはにっこりと極上の笑みを浮かべてバロアの言葉を封じる。そして半ば首根っこを引っ掴むようにしてスタッフルームの端っこにバロアを連れていった。
「ちょっと離してよ! 痛い! 暴力反対ー!」
「そんな事ばかり言ってると二度と神殿の入り口が開かなくなりますよ?」
「……!」
 その言葉にさらにホーディスに言い募ろうとしていたバロアは口をパクパクさせ、そしてホーディスはさらに極黒の笑みを浮かべた。
「たまには恩返しして頂かないとね? バロアさん?」
「……」
 バロア・リィム、十六歳(実年齢二十八歳)、にわかレストランスタッフ第三号に大決定♪ 
 彼の周りでは彼の意向完全無視でパフパフ、ドンドンとラッパと太鼓の音楽が流れ出している。
「さて、そろそろ店名とメニューでいい案が出てる頃ですかね?」
「わしも見てみたいの」
「ええ、勿論どうぞ」
 ホーディスはルンッタッタと相変わらず気持ち悪(以下略)で、ゆきは「そんなに落ち込んで何かあったかいの?」とバロアを微妙に励ましつつ、バロアはがっくりと肩を落としてレストランのホールに向かった。

「あ、ほーでぃす、こんな店名はいかがですえ?」
 ホールに戻ると、珊瑚姫が彼を手招きする。そこには、どこから持ち出してきたのか半紙に素晴らしい達筆、極太な筆文字で「れすとらん やりくり」と書かれていた。
「……」
「……まんまじゃん」
 ホーディスはその半紙を覗き込んで笑顔のままその場に固まり、彼の後ろから覗き込んだバロアが率直に感想を述べる。
「そうかえ? いかにもそれらしいお店の名前ではありませぬか?」
「うーん……」
「ホーディスさんっ! これはいったい何なんですかっ?」
 ホーディスが先程までの勢いはどこへやら、店名に関しての返答に窮している時、入り口から叫び声と共に梛織が駆け込んできた。確かにメールには依頼の内容なんて何ひとつ書いていなかったから、驚くのも無理はないかもしれない。
「実は、手っ取り早くこの前の弁償代を返す為に、ここで一日レストランを開店しようと思いまして……」
 ホーディスはすかさず満面の笑みを浮かべ、にわかレストランスタッフ第一号(本人の意思完全無視)梛織に優雅に近付いた。
「何そのぶっ飛んだ計画っ! いやもっとここは堅実に行くべきだよっ!」
 すかさず直球かつもっともなツッコミが入る。
「まあ、それもそうですけど、もう決めてしまった事ですし、ね?」
 ホーディスは爽やかかつ柔らかに笑みを浮かべた。かつて映画の中ではそれひとつで何国も陥落させてきた王子のその笑み、だがここでそれは使い方が間違っている。非常に。
「ね、じゃないから!」
「あ、大変、もう十時になるんですね。まるぎんのタイムセールは午前十時三十分からでしたね。もう行かねば! さあさあ行きましょう皆様! 全てはお金の為に!」
「完全無視だよ……」
 颯爽と先頭に立ってレストラン(神殿)を出て行くホーディスを見ながら梛織はため息を付いた。その肩をバロアが同情の眼差しを力一杯込めながら叩く。
 何はともあれ頑張れ、今回のツッコミ担当男性陣よ。



 ★  ★  ★



「そういえば、忘れてましたのう〜」
 まるぎんに向かう道の途中、突然珊瑚姫は何かを思い出したらしく、その場に立ち止まった。
「何かありましたか?」
「……ほーでぃす、ちょいとりーしぇをお借りしてもよろしいですかえ?」
「ええ、それは勿論構いませんが……」
「私の意志は無視か……無視だな、そうだよな」
 ホーディスはきょとんとした表情で、リーシェは無表情の中にも既に諦めを多分に出していた。
「ここまでれすとらん開店に立ち会った身、お給料分はしっかり食材を確保して参りますえ。期待して待っていてくだされ」
「……ええ、お願いします……?」

 手を振りながら横道にそれて行った彼女達を見送り、残った四人は再びまるぎんに向かいだした。
 大分太陽は高くなり、彼等の額にもそれぞれ汗が浮かんでいる。
「それにしても……何だか人が多くなってきた感じだな」
「それも皆、主婦達にみえるのう」
「銀幕ふれあい通りまでまだまだあるんだよね……ここでこれなら、この先どうなるんだろう?」
 梛織は腕で額の汗を拭う。ゆきが頷きながらも周りをきょろきょろと見回し、現時点でやる気のかけらもないバロアはかなり暑いのと面倒なので鬱陶しそうな表情を浮かべている。
 確かに彼らが歩いている車道脇の歩道には、ちらほらと、だが確実に人、それも主婦達の姿が溢れていた。皆手に財布の入ったバッグを持ち、のっしのっしと勇ましく歩き、または自転車に乗ってシャーッと目が覚めるような速さで過ぎ去って行く。暑さなんてタイムセールの為ならものともしない、といった感じだ。

「何だか随分目立っている方達っすね、皆これからどこに行くつもりなんすか?」
 さらに少し歩いた所で、彼らの横手から、ひとりの明るい茶色の髪に、暗緑色の瞳を輝かせた青年、鴣取 虹(コトリ コウ)が現れた。肩にはパステルブルーと白のサニーデイ色のバッキーを乗せ、お財布に買い物カゴというタイムセール完全装備の主夫の格好である。
「タイムセールですよ。あなたもですか?」
「はい、そうっす。あ、よくよく見ればそこにいるのは梛織さんじゃないっすか! いつもうちの同居人がお世話になっているっす」
 虹はぺこりと頭を下げた。
「いえいえ、こちらこそいつもいつも癒されてるよ」
 梛織はにこりと微笑み返す。
「それにしても、どうして皆さんお揃いでタイムセールに?」
 虹はきょとんと首を傾げた。確かに、主婦達が次第に勢揃いしていく中で、銀髪紫眼の長袖神官服の青年に、すっぽり紫のローブ、フードに身を包んだ赤髪に青の瞳の少年、黒髪に銀の瞳の、短パンに長ズボンと左右長さが違うズボンに半袖ジャケットの青年、おかっぱの黒髪、黒い瞳の着物に綿入れを羽織った少女の四人は素晴らしいほどに異彩を放っていた。
「それがさ、もう大」
「よくぞ聞いてくれました! 実はですね……」
 バロアがここぞとばかりに今までの苦労話を切り出そうとするが、勿論途中でホーディスが身を乗り出してきてにこやかに封じる。更に、今までの貧乏苦労話(やや尾ひれつき)を身振り手振りで話し出した。
「……」
「今日、ヤツ絶好調だから……」
「……バロア、そんなに落ち込んで何かあったかいの?」
 梛織とゆきがやや方向性は違うものの、バロアを慰めに入る。
 そして、虹とホーディスはどうやら貧乏苦労話で同調したらしくいつの間にか、会話がヒートアップしていた。
「うんうん、そうなんだよなー、いっつも自分が頑張っても、周りにぶち壊されてしまうんですよね」
「そうそう、そうなんです。私は本当、これだけ苦労しているのに……!」
「うんうん。家で一番苦労するのは家計を預かる人間なんっす……! ……よし、レストラン、俺も手伝わせてくださいよ! ホーディスさんの力になれて、バイト料も入るなら一石二鳥、お互いに得っすね!」
 虹はホーディスの腕をがしりと掴んだ。どうやらスタッフ募集中という事を聞いて熱血アルバイターの血が騒ぎ始めたらしい。
「良いんですか? 助かりますっ! えーと……」
「鴣取 虹っす。『ココ』って呼んで下さいっす」
 ホーディスもにこやかに笑みを浮かべて虹の手を握り返した。
「分かりました、それではココさん、早速タイムセールに参りましょう!」
「おぅっ! タイムセールなら任せとけっ!」
 こうしてにわかレストランスタッフ第四号、鴣取 虹が誕生した!
 虹も加わって、彼らは主婦達に囲まれつつある中で殊更に異彩を放っていた。ちらちらと主婦達の目も彼らに向かいつつあった。
 だが、さらに彼らの上を行く人物がまるぎんの前でタイムセールを待ち構えていた。


 ――午前十時十五分。まだホーディス一行が到着する少し前のまるぎん前にて――
「もうすぐタイムセールが始まるわよ」
「今日の厳選食材はなにかしら」
「うふふ、なにかしらなんて、まだまだチェックが甘いわねン」
「痛いっ! 押すなよこのババア!」
「ババア!? なんだこの死にぞこない!」
 銀幕ふれあい通りの角にて、平均身長、百六十センチ程の鼻息も荒い主婦達が大集団を連ねている中、ひょこりとその彼女達の頭の上をふよふよと泳いでいる黄色のアフロがひとつ、あった。
「あらン、今日もやっぱり大盛況ねン。これじゃお店の中に入れないじゃないのン」
 手にはしっかり今日の厳選食材に赤丸が振られたチラシを握り締め、まるぎんに入れるのをいまかいまかと待っているその青年は、ピエロのジョニーであった。
 やっている事は周りの主婦達と大した違いはないのだが、その派手なピエロの衣装といい、化粧といい、髪型といい、それはもう激しく周りから浮きまくって目立ちまくっている。しかしジョニーはそんな事は気にもかけていない様子だ。
「何このオバちゃん達の数。ますますやる気無くすんだけど……」
「そんなんじゃオバちゃんに押し潰されるっすよ!」
「……あらン?」
 ジョニーの視界に、彼に負けず劣らず浮きまくっている一団の姿が目に映った。いくつかの見知った顔に気付いて、ぶんぶんと手を振る。その姿に最初に気付いた梛織が手を振り返して、主婦達でごった返しでいる中を突き進んで行った。
「ジョニーさんじゃないですか! もしかしてジョニーさんも、タイムセール狙い?」
「うふふ、そうよナオミチャン。生きる上で何より必要なのは食でしょン? 日々の糧の為にもアタシ負けないわよン!」
「へえー、ってナオミじゃなくて、梛織だからっ!」 
 梛織がツッコミを入れたその時、まるぎんの入り口付近からトラメガのようなもので拡大された声が響いてきた。
「大変お待たせ致しました! では、只今から、タイムセールを開始します! 皆様慌てず騒がずおさっぎゃあああああっ! 痛いっ! やめてぇぇぇぇぇ!」
「む! 早速始まったわねン! じゃ、梛織チャンまた後でねン」
 ジョニーは主婦達に押されたり足を踏まれたり押し潰したり踏んだりしながらも、慣れた手つきで素早くカートにカゴを設置してまるぎんの店内へと消えていった。 
「さ、私達も行きますよ! 全てはお金の為に!」
「わしもちょいと頑張ってみるかの」
 ホーディスは颯爽と、その後ろをゆきがちゃっかり壁にして付いていく。
「はあ、面倒だけどおぉぉっ! 痛い痛いからぁぁぁぁ!」
 既にバロアは主婦にもみくちゃにされつつある。
「よしっ! 行くっすよ!」
「まあ、日頃から参加してるから慣れてるけどね」
 虹と梛織、日頃から参加している為にタイムセール慣れている二人は、人の少ない地点をひょいひょい進みつつ、店の中に吸い込まれていった。
 僅か数分で、がらんどうになったまるぎんの前に、ひょっこりと二人の女性達が姿を現した。


 ★  ★  ★



「さあさ、いらっしゃいませ、いらっしゃいませー。本日のタイムセールの厳選食材は、鶏肉のささみ、牛肉、豚肉の肩切り落とし、そして厳選された野菜が全て半額となっていやぁぁぁぁぎゃああああああ!」
「私が先よぉぉ!」
「何言っているの! 私のものは私のもの! 皆のものは私のものっ!」
「鶏のささみー! にくぅぅぅ!」
「ジャイアニズムは身体だけにしてよねっ!」
「何ですってぇぇぇ?」
「いや、ぎゃあああっ!」
「肉ゲットぉぉぉ!」
 スーパーの店内には、主婦達の駆け込む足音、カートの音、会話(一部罵り)、さらに何やら危険な叫び声などが騒々しく響き渡っていて、一気にその場は阿鼻叫喚の場となっていた。
 そんな中、ジョニーは主婦達の圧力をものともせず、脳内にタイムセールの場所をインプットされた通りにカートを押して全力で走っていた。
 野菜売り場でレアな野菜を放り込み、厳選野菜をその大きな身体を生かし、食品を主婦達からガードしてばっちりゲットして行く。
「後は肉ねン」
 今度は精肉売り場にカートを押していく。シャーッというカートが流れる小気味よい音が響く。ひしめく主婦達に押されてカートごと流されたり、手がぬっと伸びてきて商品を盗まれたりしていたが、どうやら無事に精肉売り場に着いたようだ。
「ちょ、それ俺のカゴっ!」
「何言っているの! 私のものよっ!」
「何だって!?」
 梛織は主婦達と睨みあいを続けつつ、パスタや調味料などをカゴに放り込んでいった。横から伸びてくる手からカゴを守りつつ、卵が売られているラックに向かう。
「うわっ、床が卵だらけだよ!」
 どうやら最初の闘争で被害を受けた卵が床に広がり、さながらトラップと化していた。時々滑って転びそうになりながらも彼は走り続ける。
「むう、なかなか狭いところだのう」
 ゆきも魚介類をゲットすべく、その小さめの身体を生かして主婦達の足の隙間を掻い潜って前に進んでいた。
「ぬおっ!」
 だが自分の膝の間を走り抜けている女の子がいるなんて知る由もない主婦達は彼女の着物の裾を踏み付け、動く事で彼女を蹴り飛ばしてしまう。
 ゆきはどてりと音を立てて転び、前の主婦達にぶつかりつつも、それに負けずに立ち上がり、再び隙間を掻い潜り、魚売り場へ走り出す。だが、再び着物を踏まれ、その場に転倒。大丈夫か、ゆき!
 虹は店内を迷う事無く、主婦達の隙間を出来るだけ自分の体を細長くして通り過ぎ、さらに前方が全て豊かな主婦達で壁にされている時は膝の下を無理矢理這って通り過ぎ、今日狙っていた牛肉をちゃっかり自分用とレストラン用と確保! カゴに放り込む。さらに豚肉にも挑戦してみようと、手を伸ばすが、横から大きな腕がぬっと出てきて遮られてしまったようである。
 バロアはやる気がなかった為に注意力が散漫になったせいか、既に主婦達にもみくちゃにされていた。顔には引っかき傷、髪の毛は掴まれ、ローブはボロボロになっていた。
「いたっ! ちょっと僕の足踏んでるからっ!」
「ねえねえ、何か聞こえた?」
「いえ、何も」
「あらやだ、空耳かしら」
「僕の存在無視!?」
 紫の頭は、主婦達によって段々と野菜売り場に流されていく。
 ちなみにホーディスは、ここでも魔術を発揮し、主に風の魔術を利用して主婦達の層を海をかき分けるかのごとくにかき分け、悠々とお買い物を楽しんでいた。汚いぞ、ホーディス。

 阿鼻叫喚状態の店内には、中央の付近のお立ち台に既に五人目となるアルバイトの男性が拡声器(トラメガ)を手にし、ひたすらお買い得品を叫んでいる。
「いらっしゃいませー! いらっしゃいませー! 今日のタイムセールの商品は豚肉、鶏肉、牛肉から何でもございます! い! いたっ! だからタイムセールの宣伝は嫌いなんだこのヤローッ!」
 お立ち台の周りの床には、四人の主婦達の怒涛なる攻撃を受けたアルバイト達が転がり、その上をのしのしと主婦達が獲物を求めて走り続けている。大丈夫か、アルバイト達よ。
 床には販売している豚肉なんだか鶏肉なんだかそれとも人肉なんだか分からないものが転がり、そして場所によって、魚介類を冷やしていた水や氷、卵が割れ、べっとりと広がった黄身白身、さらにバナナの皮が天然の罠として仕掛けられていた。
 タイムセール開始から大分時間が経っていたので、主婦達の攻撃により大分店内のタイムセール半額品は彼女達のカゴの中に納まりつつあった。
 だが、まだまだ半額の厳選食材は売り場の棚に並べられたままである。
「これ! これがアタシの探し求めていた今日一番の品よン!」
 精肉売り場についたジョニーは、彼がカートの手すりと一緒に握り締めているチラシに一番濃く、大きく付けられた赤丸の商品、牛肉を見つけ、瞳をキラリと光らせてさっと腕を伸ばし、肉を掴んだ。
「……」
「……」
 ちょうど最後のひとつだったその牛肉のパックを掴んでいる手がふたつ。ジョニーと、主婦のひとりが無言で睨みあう。
「……これはアタシが先に取ったのよン!」
「いいや、アタシが先に掴んだんだよ!」
 どこかでよく見る会話と光景が繰り広げられている中、その横でも虹と主婦が同じような光景を繰り広げていた。
「譲らないっすよ……!」
 ぎぎぎ。豚のパックが音を上げて軋む。
「誰があんたみたいなヤツにやるものですか……!」
 ぎぎぎ。
「うぬぬぬぬぬ……!」
 バリバリバリッ! 
 遂に二人の引っ張る力がパックの限界に達し、パックが真ん中からぱっくりと裂け、中から肉が溢れ出した。
「しまった! 最後の豚肉があああ!」
「アタシのよぉぉ!」
「負けてたまるかぁぁ!」
 床を這って豚肉を拾い出した主婦に負けてたまるものかと、虹も棚に落ちた豚肉を拾い出す。もっとも、それが売り物になるかどうかは別問題だが。
「ぬああああっ!」
 つるん。卵の売られているラックに、床に広がる卵の黄身白身のトラップをものともせず突っ込んでいった梛織だったが、卵のパックに手が伸びたところで、ついに足を滑らせ、その場に転倒した。ビチャ、ペチャ。非常に嫌な音が彼のジャケットの下で鳴る。
「うわあああ服がアアア! んぎゃ!」
 ベシャ。きわめつけに卵のパックがサラサラと音を立ててこぼれそうな黒髪に落ち、卵が割れて黄身が白身が溢れ出す。そんな事で負けるな梛織、全てはお得意料理のオムライスの為に。
 ゆきは棚から零れて広がっている水浸しの床を必死に駆ける。主婦の足下を掻い潜り、何とかにょきっと魚売り場の棚の前に頭を出したゆきは、未だに残っているサンマと鮭、さらに金目鯛、シラスとウナギを気合いで掴む。
「む! 鯛は駄目だったようだの。だが、何とか他の物は採れたぞ!」
 主婦達の激戦に勝てた事にホクホクと笑みを浮かべるゆき。気分は大漁の漁師だ。
 残念ながら金目鯛は他の主婦に力づくでもぎ取られてしまうが、他の商品は無事にゲットできたようだ。まあ、鮭はいいとして、サンマとシラスとウナギが果たしてイタリアンに使い道があるのかどうかはこれまた別問題だが。
 そして。
「いたたたたっ! あ、あれは野菜売り場! よし、折角来たんだから何か取ってやるぞ!」
 野菜売り場を目前に、今までひとかけらもやる気のなかったバロアが少しばかりやる気を出して野菜売り場に這って行く。だが、そこにあったのはナス。茄子。
「いよーし、ナス取ってやる! ん?」
 ナスを掴んだ彼の頭上で何やら不穏な会話が。
「ナスがないわ!」
「終わってしまったのかしら!」
「いや、ここに最後のナスが!」
「ナス! あたしのよぉぉぉ!」
「何言ってるの! 最初に見つけたのはアタシよぉぉぉ!」
「いや、が、ぎゃああああぁぁぁぁぁ!」
 主婦達の間に混じる甲高い悲鳴。そして布を引き裂く音。
「もうここには何もないわね!」
「よし、後は魚よ、魚!」
「何言ってるの、まだ肉があるわよ!」
 慌しく、闘牛のように去っていった彼女達。残された野菜売り場には、床に転がるひとりの少年。 彼には先程まで着用していたトレードマークとも言うべきネコミミフードが今はなく、代わりに見えるのは赤い髪とそこからはみ出る本物のフカフカの毛が生えたネコミミである。どうやらナスに間違われてネコミミフードを引き裂かれていったようだ。
 どうして未だにネコミミが生えているなんて野暮な事は聞いてはいけない。

「もう帰ってくださいよぉぉぉ! 十分でしょぉぉぎゃあああああ!」
「アタシのよぉぉぉぉ!」
 バキッ!
「んぎゃああ! 何でバナナ!?」
 つるん
「後はお会計っすね!」
「まあ、こんなもんじゃろ」
 未だに叫び声に何かの壊れる音、激しい足音が響く中、その横のエリアのムービースターが副業で作成した野菜が並ぶ特売野菜コーナーで、ふたりの女性と、ひとりのぽっちゃりした、人の良さそうなスキンヘッドの男性がそれを眺めていた。
「今日も大盛況ですかのう〜?」
「そうですねえ。今日はいつもよりもさらに大盛況な気もしますが」
「それは良い事ですえ。さてさて店主、今日も素敵な店主にお願いがありますえ〜」
「何でしょう? 今日も可愛い珊瑚姫に、お連れの美少女さんのお願いとなら、なんなりと叶えて差し上げますよ〜」
 女性のひとり、珊瑚姫がもうひとりの女性、リーシェに「さて、行きますぞ、せえの」と声がけをする。

「「ま・け・て?」」

 珊瑚姫は語尾にばっちりはぁと付きで、リーシェは微妙に棒読みのお願いであったが、効果は抜群のようであった。
「もう美少女二人のお願いなら何でも値引いちゃいますよー! ほら、これもこれもどうですか?」
 店主は次から次へと商品に値引きの札を付けていく。今日は彼の家に奥さんの怒りによる特大の雷が落ちるだろう。
 そんなこんなで、時刻は十一時を迎え、まるぎんタイムセールは終了を告げた。


 ★  ★  ★


 まるぎんのレジにはタイムセールの勝者達が長蛇の列を成して並んでいた。主婦達が勝利の品を片手に、次々とレジを済ませていく。
 レジを済ませた主婦達がスーパーの袋に品物を入れる為に白い台の上で格闘している中、その片隅でにわかレストランスタッフの面々も同じくどうにかして獲得した商品をスーパーの袋に詰め込もうと格闘している最中であった。
「む。中々上手く詰めるのは難しいのう」
 ゆきが魚類を手に、悪戦苦闘している。
「ここなら入れられるかも」
「おお、上手く収まった」
「ここにも隙間があるんだけど、何か入れるものはあるっすか?」
「これとか入りませんか?」
 梛織が自分が詰めているスーパーの袋に隙間を少し空け、ゆきの商品を詰めてやる。その横で、虹が自分の手にしているスーパーの袋に入れられるものがないのかどうか尋ね、ホーディスが袋から溢れ出ている商品を虹に渡していた。
 中々微笑ましい光景が広がる中に、シャーッというカートを引く小気味よい音と共に、それに載っているカゴの中身を一杯にしたジョニーが現れた。
「ここあいてるかしらン?」
「ええ、どうぞ」
 ジョニーはホーディスの横にカゴを置き、彼らの戦利品を覗き込んだ。
「あらン、なかなかやるわねン〜! それにしても随分パスタの量が多いわねン」
「そうなんですよ。レストランを開こうとしているので、それの買出しに来たんです」
「レストラン?」
「ええ、実は……」
 ホーディスは今までの経緯を簡潔に説明した。お金に困っていて……のくだりまで説明すると、途端にジョニーは自分の戦利品が詰まったカゴをホーディスに押し付ける。
「あらヤダ! いやあネン、そう言う事だったらこれ使って? アタシもお手伝いするわよン」
「良いんですか?」
「困ってる時はお互い様だもの。……そうねン、じゃあ、アタシこれからお客さんの呼び込みしてくるわ!」
 ホーディスのやや尾ひれつき苦労話に賛同してくれたにわかレストランスタッフ、第五号のジョニーは、どこからか風船と油性マジックを取り出すと、そのまま、まるぎんの外へと出て行ってしまった。どうやら最近没頭しているバルーンアートを使ってお客の呼び込みをしてくれるらしい。
 にこやかに両手を振ってジョニーをお見送りした面々のもとに、ズルズルと何かを引きずるような音と共にバロアが現れた。
「と、て、あ、バロアさんっ?」
 虹が商品を落としそうになり、それを慌てて掴んで袋の中に放り込み、バロアの下に駆け寄った。
「ぬぐおー、オバちゃん怖い〜」
 目尻に涙を浮かべ、何とか虹の手を借りて立ち上がったバロア。ゆきがよしよし、と慰めながらもふと疑問を抱える。
「そういえば、まだネコミミは付いたままなんじゃの?」
「……!?」
 途端にズサササッと音を立ててバロアは後退する。言葉になる言葉がないようである。
「みんな、お疲れですえ〜」
 そこに両手一杯に荷物を抱えた珊瑚姫とリーシェが現れた。珊瑚姫の笑顔からするに、大漁であったようだ。
「凄い量だな、これ。こんなのどこから手に入れたんだ?」
「それは企業秘密ですえ」
 荷物を受け取りながら覗き込んだ梛織の疑問を珊瑚姫はさらりとかわす。そしてその横からリーシェがぬっと何かの箱を差し出した。
「……折角だから帰りながら食べないか?」
「おお、アイスじゃ! それにしてもこんなの、タイムセールにあったかいの?」
「……まあ、な」
 そんなこんなで一行はアイスを食べつつ、神殿(レストラン)へと戻って行くのであった。


「さて、もう開店まであまり時間がありません。ディナータイムの仕込みと、開店直後にだすお茶とお菓子類の作成、店内の細かい装飾や掃除もしなければなりませんね」
 鎮国の神殿に戻ってきた一行は、材料をキッチンのだだっ広い業務用調理台の上に置くと、開店までの準備について話し始めた。バロアが自分のボロボロになったローブを見ながら言う。
「……それに、服装も何とかしないとね……さすがにこのまんまで接客はちょっと……」
「折角なら、俺、ギャルソンみたいな格好がしたいな」
 卵がべっちょりと付いてしまった半袖のジャケットを見ながら梛織も言う。頭に付いた卵は、まるぎん内でホーディスに会った時に落としてもらっていたが、ジャケットまでは手が回らなかったようである。
 ホーディスはふむ、と腕組みをした。
「そうですね……この神殿を手伝ってくれている従者のエプロンと、かつてここに勤めていた者達の余りの神官服なら残っているのですが……」
 すると横から商品を袋から取り出しているリーシェが口を挟んできた。
「……私の魔力も使え。確かここには何台かミシンがあっただろう? それに服を作らせれば、ディナータイムまでには間に合うんじゃないか?」
「……そうですね。分かりました。ディナータイムまでには何とかしますので、それまで神官服とエプロンで何とかして下さい」
 ホーディスはそう言うと二回、手を叩いた。その途端、どこかでガコン! ガキョン! という何やら機械が錆び付きながら動く音が鳴り、そしてどこからか何着かの神官服が飛んできた。
「わしは……」
 ゆきが少々不安げに自らの着物姿を眺めつつ呟いた。ゆきはいつも和服姿な為、和服ではないと落ち着かないようである。
「ゆきさんはそれはもう是非そのままで客引きをお願い致します!」
 ホーディスはがしりと彼女の腕を掴んだ。どうやら着物姿におかっぱの少女が店頭でお客さんを招いている姿に「これはきっとお客さんも沢山来てくださって儲かるに違いない」とか邪なる妄想を抱いていることは確かである。やっぱり汚いぞ、ホーディス。
 何だかんだでとりあえず神官服を着用するのは男性陣と決定され、どこから分かったのかは永遠の謎だが、各々のサイズにかっちり合った神官服を手にスタッフルームへ消えて行った。
 そして女性陣プラスホーディスが野菜や肉、小麦粉などに分類してそれらを出現した冷蔵庫に入れている時、どこからか再びエプロンらしきものが飛んできた。各々が手に取り、ホーディス以外の面々が不思議な顔をする。
「なあ……」
「これ、わしも付けた方が良いかいの?」
「妾はお手製のこれがあるから、大丈夫ですえ〜」
 不審そうに眉根を寄せるゆきとリーシェに、さっと逃げを取る珊瑚姫。ホーディスは何の躊躇いもなく、そのエプロンを取り、汚れてしまいますからねとか何とか呟きながら着用した。その光景に女性陣は沈黙する。
「のう、リーシェや……」
「……」
「その、ホーディスには服のセンスとやらはゼロなのかのう?」
「……ほら、ヤツいつも着るのは神官服か、儀式用の服だから……」
「今度、どこかで服のせんすとやらを磨いた方が良いと思いますえ〜」
 女性陣がホーディスの耳に聞こえないようにひそひそと呟きをかわしている間に、着替えの終了した男性陣がスタッフルームから戻ってくる。
「あ、着替えお疲れ様です。はい、これエプロンです」
 ホーディスが笑みを浮かべながら渡してきたエプロンに男性陣一行は固まり、さらに彼のエプロン着用姿に沈黙する。
「ホ、ホーディスさん、それ本気……?」
 梛織の精一杯の言葉に、他の面々も頷く。だがホーディスはどこ吹く風、のようで微笑みながら頷いた。
 彼らが着用している神官服は、純白の生地に全体を銀の糸で縫い取りがしてあり、さらに胸の部分に金の糸と藍に光る糸でホーディスの額の文様に刺繍が縫い取られていて、それはもう豪華なものである。
 だがしかし、ホーディスがどこ吹く風で着用しているエプロンは、この世界では俗に言う「メイド」が着用するような、白い生地の周りにはふんだんに白い生地でフリルがたっぷり施されたエプロンなのである。
 ……正直言って、全く持って似合っていない。個性溢れる面々が集合している中、皆の意見はぴたりと一致していた。
「ディナータイムにはちゃんとした洋服を用意しますし、まあとにかく準備の間だけでも、ね?」
「ね? じゃないからっ!」
 ツッコミ担当男性陣が彼にツッコミを入れるが、微笑とともに受け流され、準備の間は全員(珊瑚姫を除く)と、開店してからはキッチンに入る者はそのエプロンを着用することに決定された。
「折角の衣装が台無しっすね」
「……ここに来ると、いつも運がない気がするんだけど……」
 泣く泣く男性陣はエプロンを手に取る。虹の肩に乗ったバッキーの蒼拿(ソーダ)が「しゅわわ」と何とも微妙なタイミングで鳴いた。
「私は着ないぞ。こんな女物なんて着れるかっ!」
 リーシェがズササ、と後退する。というかリーシェ、あなた女性ですから。
「そんな事いってると、その服が汚れるでしょう? さあ」
「嫌だ」
「……誰がその服を洗っているんです? 誰の魔力を使っているんです?」
「……」
「はい、どうぞ」
 ホーディスはその場に硬直したリーシェの手にエプロンを問答無用で押し付けた。



「おかーさん。ふーせん貰ったのー!」
「あら良かったわね……? ……これは何かしら」
 皆がホーディスの服のセンスがゼロなせいでとばっちりを食らっている中、広場では主に小さい子が様々な形に変形されたバルーンアートを貰ってご満悦な様子が繰り広げられていた。
「ピエロさーん、あたしにもちょうだーい」
「僕にも!」
「おじさーん、僕にもちょーだい!」
 バルーンアートを見た子供達が自分も欲しいと、広場の片隅でそれを作って配っているジョニーのもとへと走り出す。
「はいはーい、ちょっと待ってねン。って誰、オジサンなんて言ったの!」 
 文句を言いつつも、ジョニーは素早く風船を犬の形に曲げ、それに油性マジックで「レストラン やりくり」と簡単なレストランの位置を示す地図を書き、子供に渡した。
「はい、出来たわよン。ここにレストランがあるから、是非ママと一緒に行ってねン」
「わあい、ありがとうピエロさん!」
「あの……」
 そんな和気あいあいとした雰囲気の中に、ひとりの若者のカップルがやって来た。
「それ、……私も欲しいな……」
 やや頬を赤くしながら呟いた女性に、ジョニーはその特殊メイクを施された口の端をさらに上げた。
「どうぞ持っていって! よおし、暑さになんか負けないわよン!」
 温度が人の体温以上に上がっていく中、それに負ける事無くジョニーのやる気はますます上がっているようである。




 そんなこんなでますます開店までの時間がなくなりつつあるレストランでは、大急ぎで準備が進められていた。
 キッチンには梛織と虹、リーシェと珊瑚姫が入り、ホールの掃除等はバロアとゆきが引き受け、せっせと準備に励んでいる。ホーディスはキッチンとホールを行ったり来たりしているようだ。
 ホールでは、バロアがせっせと箒で床を掃き、その後ろから魔術がかかった雑巾が床を滑ってくる。
 ゆきはテーブルの上に、一輪挿しを置き、花を生け、出来上がったメニューを置いたりしていた。
 今はホールにいるホーディスは、入り口のカウンターに、どこからか飛んできたレジを置き、さらに再びどこからか飛んできたドアベルを椅子に登ってドアに括りつけようと奮闘中である。
 床を無心で掃いていたバロアであったが、ふとこの騒動に巻き込まれる前に読んでいた魔導書の内容を思い出し、壁や天井を見上げている。
 メニューをテーブルに置いていたゆきは、ふと何か思いついたかのようにメニューを開き、そしてぱたぱたとキッチンに消えていった。
「これで、よし、と」
 ドアベルを付け終わったホーディスは、額に浮かんだ汗を拭い、椅子から降りようとした。
「ねえ」
 バロアに声を掛けられ、思いの他強い力(きっと確信犯)で身体を押されたホーディスは、勢い余って椅子から転げ落ちそうになる。床に身体を叩きつけられそうになる一歩手前で無意識に魔術を発動し、ふよふよと空中に浮いた。チッという舌打ちが聞こえたような気がしたが、きっと気のせいだと彼は綺麗に受け流す。
「どうか致しましたか?」
「いや、さっき読んでた魔導書思い出して、ちょっと思いついた事があって」
「……?」
「折角だからさ、魔石使ってちょっとお洒落な雰囲気出してみない?」
 にやりとバロアは笑いながら提案する。ホーディスはなるほど、と浮いたまま腕組みをし、店内を見回した。今のところ明かりは必要ないので、何もしていないが、とりあえず壁沿いに夜の灯り取りの為の燭台があるものの、それだけでは確かに物足りない感じがするのも否めない。
「……確かにお洒落な雰囲気が出そうですね」
「でしょ? じゃあ早速」
 バロアはそう言うなりテーブルの上に手をかざした。すると、テーブルにみずみずしい蒼い色の
魔方陣が浮き上がってくる。そこから発せられた光を受け、光を帯びて青みがかった赤い髪を風もないのにふわりと持ち上げながら、彼は詠唱を始めた。
「ラス・デル・ロルシェ、水の精、光の精、力を我に」
 魔方陣がさらに輝きを増し、青い光の渦に二人は巻き込まれる。そしてその光の中、魔方陣の中心にゆっくりと魔石のようなものが凝り固まって行くと同時に、青い光がその魔石へと収集され、ゆっくりと光が収まっていった。
「こんなものかな」
 バロアは出来上がった様子の魔石を手にし、それに静かに指で触れた。掌二つ分程の大きさだった魔石は、途端に分散し、おはじき大くらいの大きさから、ビー玉の大きいものの大きさくらいへの大きさに収まっていった。
「……さすがですね。ではこれ、お借り致しますね」
 ホーディスはそう言って魔石にひとつひとつ指で触れていった。途端に魔石は壁に飛んで行き、壁の中にめり込んで収まり、青の光を発し始める。
「うん、やっぱりこの方がお洒落だよ」
「……そうですね」
 二人は満足そうに頷いた。


 キッチンでは、洗い物からお菓子の準備、夕食の仕込みと、皆が準備に追われていた。
 虹は主に洗い物からお酒やお茶の準備、梛織は夕食の仕込み、リーシェと珊瑚姫はお菓子を作成しつつ、夕食の仕込みを手伝ったりしている。
 梛織は器用に材料を包丁で刻み、ひょいひょいと鍋に入れていく。どうやらデミグラスソースを作っているようだ。
 その横で、リーシェはどこからか飛んできた電動泡立て器を使い、生クリームを絞り出せる程の固さへと泡立てている。そうしながらも、横で小麦粉と卵をゴムベラで混ぜている珊瑚姫にひょいと手を出し、何とか彼女が失敗しないようにフォローを入れているようである。
「それにしても、リーシェさん料理上手いですねー」
 梛織の言葉に、リーシェは無表情で首を傾げた。
「……そうか? まあ、戦場に出た時は、従者にばかり頼っている訳にもいかないからな。彼らを手伝っている内に、自然と身に付いたみたいだ」
 長期の戦争の場合、普通は軍隊には軍人だけでなく、料理人などの兵士の生活を支える者も同行する。どうやら彼らを手伝っている内に身に付いたスキルのようだ。
「そうなんだ。……あ、そうだ! 折角だからさ、客寄せの為に俺と手ぇ組まない?」
 ふとリーシェの料理の手さばきを見て、梛織はどうやら良い事を思いついたようである。
「? 客寄せ?」
 梛織は不敵に笑んでお玉を掲げた。
「そ、ほら、このキッチン、ホールから微妙に見えるからさ、料理の作りあいとか」
 このレストランは、ホールとキッチンの境目の壁の真ん中がおおきく開いていて、調理をしている所を眺められるようにオープンタイプのキッチンとなっている。それを利用して客寄せをしないか、と彼は提案しているようだ。
 そんな時、ぱたぱたとホールからゆきが小走りでやってきた。
「のう、リーシェや」
「……どうかしたか?」
「あのな、思いついたんじゃが、リーシェやそこで寝ている竜を元にした料理なんぞ作ってみてはどうかのう?」
 ゆきはそう言って、虹の横で蒼拿と共にころりと丸まり、すぴすぴと寝息を立てている竜を指差した。ちなみに今日はミニマムサイズである。
「……私を元にしたものは遠慮しておくが……そうだな、竜の案は良いかもな」
 そう言って、梛織に笑いかけた。彼も頷く。
「竜をモチーフにした料理で対決! に決定だな」
「ああ。……それはディナータイムに、な」
「それとな、もうひとつ思いついた事があるんじゃ」
 ディナータイムの料理対決が決定した所で、さらにゆきが提案をしてきた。
「フォーチューン・クッキーと言うやつだったっけの? それを作ってみてはどうかの?」
「フォーチューン・クッキー?」
「わしが直接手渡せば、微妙な幸運が降りかかるんじゃ」
 リーシェはふむ、と頷き、さらに小麦粉と卵を取り出してきた。
「面白そうじゃないか。作ってみるか」
 そう言い、砂糖っぽいものを取り出して小麦粉と卵が混ざったボウルに入れようとしている珊瑚姫の手を止める。
「珊瑚姫。……それは塩だ」


 キッチンで大量のカップと皿の洗い物を続けていた虹のもとに、ホーディスがお茶を入れる手伝いにやってきた。
「どうです? 大丈夫そうですか?」
「このぐらい何てことないっすよ!」
 虹はにこりと笑い、カップを泡で包み込む。ホーディスはそれは良かった、と微笑み、洗い場の上に付いている棚の扉を開け、中から様々な形のお茶を出してきた。
「そうだ、ホーディスさん! ホーディスさんに教えたい節約の秘術があるんすよ!」
 節約、と聞いた途端にホーディスの瞳がきらきらと輝きだした。虹は苦労人同士、色々と節約について教えたいし、話したい事も積もり積もっている様子だ。
「節約ですか? 是非とも教えていただきたいものです。……ほら私、まだ若いものですから、ひたすら魔術の勉強に政治の勉強しかする時間がなかったんですよ。それで、生活に対してはまだまだ勉強不足なもので……。是非とも教えてください」
 ホーディスはそう言って苦笑した。虹の手が一瞬だけ止まる。学費が払えず高校を中退している虹にとって、彼の知識は、おそらくホーディスが持っている知識には到底及ばないものであるだろう。同い年の高校に通っている者へのコンプレックスなど全くないとは言い切れない。
「もちろんすよ!」
 だが、彼が代わりに身に付けた、生活云々に関する主婦なみの知識が今、必要とされている事にちょっとばかり嬉しさと優越感を覚えて、コンロに水を汲もうとしているホーディスに節約に関しての云々を嬉々として話し始めた。
「……んで、こうすると、これだけで汚れが落ちるんだ」
「本当ですね、これは凄い! ありがとうございます」
 しばらくの間、手を焼く同居人を持つ苦労人同士、話が盛り上がっていたようである。
 そういえば、と食器を拭いていた虹がふと思いついたかのように言った。
「あの、その……魔法を使うのって、どんな感じ……?」
 そろそろと聞いてきた虹に、ホーディスは目を瞬かせた。魔法とか使えるのが羨ましいとか思っている彼にとって、ホーディスが何の躊躇いもなく魔法を発動する事に少々興奮し、それに対しての興味を押さえる事が我慢しきれなかったようである。
「……うーん、精神をひたすら集中させる感じですかね? いつも無造作に使ってるので、何とも言えないんですが」
「へえー……。いいなー……」
 ぽつりともらした呟きに、ホーディスは真顔になって、何かを考え始めたようだ。

 その時、先程付けたドアベルが音を立て、汗だくになったジョニーが入ってきた。
「準備頑張ってるン?」
「ええ。客引き、ありがとうございます」
 音に気が付いてホールに出てきたホーディスがにこりと微笑んでジョニーを出迎えた。
「気にしないでン。さて、手が回っていない所のお手伝いするわよン」
「……そうですね。キッチンのお手伝いをお願いしても良いですか?」
「勿論! 任せて頂戴ン」
「それじゃあ、これどうぞ」
「……何このダッサイエプロン!」
「まあまあ、折角ですから、ね?」
 ホーディスが笑みと共に有無を言わさず押し付けてきたエプロンに思わずジョニーは声を上げた。
 ここにも犠牲者がひとり、出たようである。



 ★  ★  ★



「さて、そろそろ準備は完了しましたかね?」
 ひとりホールとキッチンを見回して呟いたホーディスは、レストランの外に「営業中」の札とイーゼルを持って行く。外はますます暑さを増し、道行く人は皆気だるそうに歩いていた。
 午後三時。ようやくレストラン「やりくり」開店である。
「さて、ではこれから皆さん、頑張っていきましょう!」
「おー!」
 ホールやキッチンなどのそれぞれの持ち場から拳を突き上げた面々は、早速やって来たお客さんに顔を綻ばせ、さらに夕食の準備に向けやる気を増して取り組み始めた。
「いらっしゃいませ、何名様ですか?」
「ふたり」 
「それでは、こちらへどうぞ」
 洗い物が完了した虹が一番に来店したお客さんを迎え、持ち前の明るさを発揮しつつ席へと案内している。
 ゆきはカウンターに座り、招き猫ならぬ、招き座敷童となって、来店したお客さんを和ませているようだ。
 初めは急に出現したレストランは何かと覗きにきたりとお客さんの入りはまばらな感じであったが、時間が経過するにつれて広場でジョニーの配った風船を持ったお客さん達も来店し始め、少しずつお客さんは増えつつあった。
「すいませーん!」
「はい、ただ今参ります!」
 お客さんのスタッフを呼ぶ声に、梛織がエプロンを脱ぎながら、メモ帳とペンを片手にホールに飛び出していった。
「お待たせ致しました。ご注文をお伺いいたします」
「えーっと、このパウンドケーキが二つと、あとこのフォーチューン・クッキーが二つ、紅茶が二つで」
「かしこまりました。ご注文は以上でよろしいですか?」
 万事屋でたまにこのような依頼が来ることもあってか、梛織は手慣れた様子で接客をこなしていく。
 カランカラン
「いらしゃいませ」
 愛想悪く、子連れで来店したお客さんを迎えたバロアは、途端に子供に頭上を指差される。
「うわ、ネコミミだー! 本物だー! 触ってもいい?」
「駄目だよ」
 触ったら魔術かけてやるぞこの野郎という勢いの表情で、何とかお客さんを席まで案内するバロア。子供相手に大人気ないぞ。
「オーダー入りまーす!」
「……珊瑚姫、あのポットを取ってくれるか?」
 リーシェは何だかんだでレストランの仕事に参戦している珊瑚姫に声を掛ける。珊瑚姫は上の棚に手を伸ばして、綺麗な模様が浮かんでいるポットを取ろうとした。
「お安い御用ですえ〜。……あ〜〜れ〜〜!」
 ガシャーン! 珊瑚姫の手からポットが滑り落ち、床に陶器の欠片が砕け散る。

「ゆきさん、これお願い!」
「うむ」
 梛織から焼き上がったフォーチューン・クッキーを手渡されたゆきはひとつ頷くと、やや危なっかしい足取りでそれをお客さんのもとへと運んでいった。
「お待たせ致しました。こちらがフォーチューン・クッキーじゃ」
「はい、どうもー、わー可愛い!」
 テーブルの上に乗せられたクッキーは、ゆきをかたどって作られたようで、おかっぱ頭の少女の形になっていた。すこしでも幸運があるようにと、ゆきはにこりと微笑む。

「オーダー入りまーす!」
「いつでもいらっしゃいン!」
 お客さんからオーダーを聞いてキッチンに飛び込んできた虹に、ジョニーが笑顔で対応する。運動音痴なジョニーであったが、以外にもピエロ服を自分で縫い上げてしまうほどの家事能力を持っていた為に、キッチンでの貴重な戦力となっていた。
「ティラミスにモンブラン、ミルクティーが二つです!」
「OK! 任せてン!」
 ジョニーはささっと焼き上がったモンブランに、最後の飾り付けを絞り袋で絞り出し、そして別のところからティラミスを綺麗に取り出して皿の上に乗せていった。
「はい、後は頼んだわよMr.ネコミミ!」
「……バロアだ! バロア・リィム!」
 ツッコミを入れつつお盆を受け取り、バロアは再び無愛想にホールに戻った。
「お待たせ致しました」
「あのー……」
 テーブルにモンブランを並べていくバロアに、お客さんが遠慮がちに声を掛けた。
「……はい?」
 何かオーダーの取り違えでもあったのかと首を傾げるバロアであったが。
「あの……、その耳触っても良いですか……?」
 バロアの額にぴきりと微妙に青筋が立つ。彼は心の底から叫びを上げた。
「……できればご遠慮頂きたいですね……!」


 段々とお店も繁盛してきた午後五時頃、小さな戦場と化してきたキッチンにどこからか完成したらしいウエイター用の服が飛んできた。黒のギャルソンを模した服である。
「あ、出来上がったみたいですね。では早速、交代で着替えをお願いします」
「やったー!」
 提案者の梛織が喜び勇んで服を掴み、スタッフルームへと消えていく中、ジョニーがそれを見ながらホーディスに声を掛けた。
「ねえ、Mr.王子。アタシもこれ着なきゃ駄目かしらン」
「ホーディスで良いですよ……」
 沸騰したお湯をやかんからポットに移し変えていたホーディスの脳裏に、その黒い服を着た黄色のアフロのピエロの姿が浮かび上がった。
 ……さすがのホーディスも、それは不味いと思ったようである。
「…………ジョニーさんは、そのままでお願いします!」
 ホーディスの言葉に、ジョニーはやっぱりねン、と笑みを浮かべた。
「この服に、この格好がアタシのポリシーだものね! アタシどんなに暑くてもこれ脱がないわン!」
「そうですね、そうですよねー、ハハハハハ」
 キッチンに乾いた笑いが広がるのを不審そうに見つめる女性達。
「俺も着替えてきますね!」
「僕も着替えてくるよ」
 残りの男性陣二人がスタッフルームへと消えていく中、着替え終わった梛織がキッチンへと飛び込んでくる。
「どう? どう? なかなか良い感じじゃん?」
「おお、男前に仕上がりましたな」
「……うん、良い感じだ」
 その黒髪に、ギャルソンの格好の服はとてもよく似合っていた。さらに、男性陣の残りの二人も着替えを終え、キッチンに戻ってきた。
「どうかなー」
「……どう、かな……」
 虹のもとに、目を覚ましたらしい蒼拿が「しゅわわ!」と鳴きながら駆け寄ってくる。蒼拿はどうやら、虹の格好が気に入っている様子である。
 そしてバロアも、その服とネコミミが何とも言えない可愛さを醸し出し、別の意味で似合っている。ホーディスも着替えを終えてそこに並ぶと、その眺めはかなりの見ごたえがあった。
 お客さんの反応も上々のようである。


 ★  ★  ★



「さて、そろそろかな?」
「……そうだな」
 午後六時、いくら日が長いとはいえ、大分太陽も地平線へと近付き、空が赤色に染まる頃、夕食にとバルーンを持ったお客さんがどんどん来店してくる中、キッチンでは梛織とリーシェが互いに目配せをしあった。
 それを見たジョニーは、エプロンを脱いで、ホールへと向かう。彼から風船を貰った子供が彼に反応する。
「あ、ピエロさんだ!」
「ピエロ!」
「さっきのおじちゃん!」
「だから誰! おじちゃんって言ったの!」
 ひとまずツッコミを入れたジョニーは、ホールとキッチンが見える壁の前に立って、声を張り上げた。
「lady`s and gentleman! ただ今からこのレストランのシェフ達による料理対決が始めるわよン! 皆見てって頂戴ね〜ン」
「おお〜」
 その場にいたお客さんから拍手が上がった。そしてパタパタと竜が翼をはためかせ、カウンター状になっているキッチンの壁の所に腰掛ける。
「今日のテーマはこちら! このドラゴンチャンをテーマに二人のシェフが腕を競います! 是非皆さんその料理をお食べになって、どっちが良いか投票してね〜ン」
 ジョニーはそう言うと、さっと脇に避けた。丁度竜を中心として、梛織とリーシェが左右に並んで立っている。
「それでは、二人とも、はじめ!」
 号令と共に、二人は機敏に料理を開始した。梛織は丁寧だが素早くボウルに入れた卵をかき混ぜ、リーシェは包丁を丁寧に使って材料を切っていく。
 お客さんは、テーブルに座りながら観戦する人、はたまた竜を触りたいと飛んでくる子供達、ジョニーにまた風船を作ってくれとねだる子供達に、ネコミミを触らせてくれとバロアに頼み込むお客さん、ゆきと握手をしたがるお客さんと、様々な形でそれぞれ思いのままに寛いでいた。
「おお!」
 お客さんの中で感嘆の叫びが上がる。梛織のフライパンからワインを入れたために炎が上がったのだ。そこに卵を入れ、さらに丁寧に焼き上げていく。
 料理も佳境に入り、ますます盛り上がる店内。これは良いぞ、がっぽり儲かるぞとカウンターからにこにこと笑みを浮かべていたホーディスであった。


 だが、もちろん世の中、そんなに上手くいく事なんてありえないのだ。


 ――午後七時前――

 初めにしでかしたのは、マスコットとなりつつある竜であった。竜は、コンロで青々と燃え上がる炎を見て何を思ったか、その口を大きく開き、コンロに向かってブレスを吹きかけた。
 例えミニマムサイズであったとしても、その竜のブレスは強力なものであったので、たちまちそのコンロの炎は倍に膨れ上がり、天井まで炎が達してしまう。
「しまった!」
「キャアアアアー!」
 キッチンとホールには同時に叫び声が上がった。ホーディスは、何とか炎を食い止めようと魔術を行使しようとした、その時だった。
 バキッ! バリバリバリッ!
「ぎゃああ!」
「きゃあああああ!」
「うわあああ!」
 壁に仕掛けてあった魔石が、その魔術を行使しているバロアの怒りを受けてか、壁から青い雷を発し、次の瞬間には爆発を始めた。
「え、えええっ!?」
 壁際のテーブルから吹き飛ばされていくお客さん達。
 一気に阿鼻叫喚状態が始まった店内に、さらなる追い討ちを掛けたのはまるぎん特売野菜コーナーで仕込んできた、レアな果物や野菜を口に入れたお客さん達だった。
 彼らの頭にネコミミや犬の耳が生えるのはまだ可愛いもので、猫や犬に変化してしまうお客さん達もいる。
 店内は、それはもう混乱状態に陥った。

「えっ、何なにネコミミ!?」
「ニャオオオオオオオオッ!?」
「えええ!? 彼が猫に変身しちゃったよおおおおおっ!」
「ぎゃああああ!」
 どかーん バリーン!
「きゃああああ窓ガラスがああああ!」
「オジチャン何とかしてええぇぇぇぇ!」
「だからオジチャンじゃないの!」
 ばたばたばた! ぐいっ、むにょーん!
「てめえのせいだぞぉぉぉ!」
「ははは、ネコミミになる気分を味わいやがれぇぇぇ!」
「ええええっ!? どうすれば良いっすか?」
「わしを食べても上手くないぞお〜!」
 どたばたばたた! バキバキバキ! ドタタタタタ!
「わおぉぉぉん!」
 ガシャーン!
「あ〜〜れ〜〜!」
「うわっ! 竜! 何するんだこのやろう!」
「巨大化するんじゃない!」
 めりめりめりめり! バリバリバリバリッ! 
「ととととにかく、皆様避難してくださいッ! ひーなーんー!」
「ちょっとホーディスさん! 何とかしてよ!」
「どうしてどうしていつもいつもこうなるんですか……! この悪魔ーっ!」
 ハハハハ ケタケタケタ!
「どうしよう! ホーディスさんが壊れたああああ!」
「ざまーみやがれ!」
 どっかーん!
「ぎゃああああ! 前言撤回ぃぃぃぃ!」
「何で俺ちみっ子かしてるのぉぉぉぉぉ! このヤブレストランめええええ!」
 バタバタバタバタ!
「僕、大人になっちゃったよ! ママアア!」
 ゴオオオオオオッ!
「こら! ブレスなんて吐くな馬鹿!」
「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」
「あーもう、何とかしてくださいよ――!」
「折角カッコいい見せ場だったのにぃぃぃぃ! どうしていつもいつもいつもいつもいつも! こうなるんだ馬鹿アアアア!」
 がっくり。ウキャキャッキキャ
「うわ! 梛織さんも壊れたぁぁぁぁぁ!」
「ウッキー!」
「どうしましょう! 武がお猿に! 誰かアアアア!」
「ハハハ! キミもキミも同じ思いを味わいやがれぇぇぇぇ!」
 カッ! ゴウウウウウウ!
「うわっ、バロアチャン! 何変な魔法使ってるのン!」
「もう嫌だままあああああ!」
 どたどたどたどた。
「だからわしは美味しくないぞって言っておろう!」
「ウゥゥゥゥゥ! オオオオオン!」
「俺まで追い掛けないでくださいっす!」
 ばたばたばたばた、どたどたどたどた。
「シュワワワワワッツ!?」
「あー、蒼拿! 食べられちゃう!」
「もう、ホーディスさん! しっかりしてくださいよおおおおお!」
「フフフ、フフフフフ…………。誰か、誰か、時間をもどしてくれぇぇぇぇぇ!」
 バリバリバリバリ!
「ちょっと! こんな所で光の魔法なんか使わないで下さいよぉぉ!」
「ぎゃああああああああっ!」
 ドッカーン!

 そんなこんなで空しく彼等の声が空に吸い込まれていく中、予定よりも大幅に早く、レストラン「やりくり」は強制閉店に追い込まれた。



 ★  ★  ★



「…………」
「……大丈夫っすか?」
「……はい」
「……駄目だね」
「駄目ねン」
「駄目じゃのう」
「駄目だな」
 何とか元に戻ったお客さんを全員返し、ホーディスが放心状態のままレストランを魔術で神殿に戻した後の食堂で、片づけを終えた一行は、リーシェのお茶でひとまず休憩を入れている所であった。
「……リーシェ」
「……何だ?」
「……竜、一週間飯抜きにしますね」
「きゅるるるるる!?」
 彼女の背中にちょこんと乗っていた竜が抗議の声を上げて仰け反った。
「……ところでホーディスチャン、売り上げの方はどうなったのン?」
「……勿論、赤字ですよ」
「……じゃあ、俺達のお給料は?」
 虹と梛織の抗議にホーディスはあらぬ方向を見る。
「もしかして、お給料なし!?」
「それってどうなの!?」
 一同の抗議に、ホーディスは不敵に笑みを浮かべる。
「……分かりましたよ。好きに持って行くがいいハハハハハハ!」
「……また壊れちゃったよ……」
「少しいじめすぎなんじゃないかのう?」
 ゆきがささやかだがホーディスの手助けに入った。
「ううう。もう何とでも好きに言って下さい。そうだ、それと……」
 ゆきの慰めによってやや正気を取り戻したホーディスは、何かを思い出したようでパンパン、と手を二回叩いた。
 すると、どこからか幾つか懐中時計と、真新しいローブが飛んでくる。
「これは何っすか?」
 虹はその手に懐中時計を取った。つや消しを施したもので、蓋の部分には細かい彫り込みが施されている。なかなかのお値打ちのもののようである。
「それは、見た目には懐中時計なんです。でも、一度だけ、本人の精神力を使って本人が思い描いたような魔術を発動する事が出来ます。一度発動したら、後は普通の懐中時計に戻ってしまいますが。バロアさんは魔導師なので、懐中時計の代わりに新しいローブを用意致しました。それにも魔術が掛けられていて、あなたの魔力で好きな色と好きな形に変化が可能です」
「こんなの貰っちゃって良いのン?」
 ジョニーはこわごわと懐中時計を手に取った。
「ええ。折角この魔術の城にいらしたのですから、どうぞお持ちになってください」
「わしにも使えるんじゃな?」
「うわー、魔法だ! 憧れてたんだよなー! ありがとうございます」
 ゆきはしげしげと懐中時計を眺め、虹は嬉しさと興奮を抑えきれない様子である。
「うわ、凄いな、これ」
「おおー、何かローブがパワーアップした感じだね」
 梛織は驚きと共にそれを手に取り、バロアはいそいそとローブを頭からかぶる。
「この色々な事件が起きる銀幕市で、せめて皆様の身を一度でもそれが守る事ができたのなら、光栄でございます」
 ――愛する民達を守りたい。この命に代えても。
 ホーディスは苦笑と共に呟いた。それは、彼が心から望み、また彼の一番の使命でもある言葉。
「……ほとんど食材は無くなってしまったが……、良かったら食べていってくれ、皆、夜御飯はまだだろう?」
 リーシェが余り物を簡単に調理したものを次々とテーブルの上に並べていく。湯気を上げた美味しそうなそれに、一同から歓声が上がった。
 まだまだ、鎮国の神殿の灯が消える事はないようである。


 ――ちなみに後日、再びやってきた請求書の山に、ホーディスが吐血してその場にぶっ倒れた事は想像に難くない。
 そしてそれを壁際から「ざまあみろ」と覗いて笑っている人がいたとかいないとか……。


クリエイターコメントお待たせ致しました。ノベルをお届けさせて頂きます。
守銭奴に巻き込まれてしまった皆様、お疲れ様でした。お給料は遠慮なく絞り取ってやってください。
結局いつもの通り請求書の山が来る事になったラストニア家ですが、もしかしたら今後、彼らは陰謀の渦に巻き込まれていく事があるのかもしれません。その時はどうぞ、彼らを見守ってやってくださいませ。
何とか気合でプレイングを全て拾ったつもりなのですが、もし溢れているとしたらそれは私の力不足です。申し訳ありません。そして皆様の楽しくて素敵なアイデア、ありがとうございました!
皆様に最後にへんてこりんなものをお渡しさせて頂きましたが、いつかそれが皆様の身を守る事になれば幸いです。
それでは、ご参加ありがとうございました。いつかまた、シナリオでお会いできたら嬉しく思います。
公開日時2007-08-24(金) 18:00
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