★ ドラッグな午後 ★
クリエイター志芽 凛(wzab7994)
管理番号136-1792 オファー日2008-02-02(土) 18:49
オファーPC ファーマ・シスト(cerh7789) ムービースター 女 16歳 魔法薬師
ゲストPC1 バロア・リィム(cbep6513) ムービースター 男 16歳 闇魔導師
<ノベル>

 閑静な住宅街は、賑やかな光を放つ昼間でもひっそりとした静けさに包まれている。
 その中を一人の少年(青年?)と、一人の少女が、丁度互い違いにその住宅街の中を歩いていた。
 少年は手に分厚い本を抱え、むっつりとした表情。そして少女はどこか晴れやかな表情で、小さくて不思議な生き物を引き連れている。
 少年は何事かを――それが魔導についてなのか、食についてなのか、はたまた最近デフォルトになりつつあるネコ耳なのか、ジョソウ属性なのかは分からないが――考えているので、どうやら少女が歩いている事には気がついていないらしい。
 そんなこんなで、はじめに反対側を歩く人に気が付くのは、少女である訳で。
「あら、バロアさまじゃないですか?」
「……あ」
 呼びかけられた少年――バロア・リィムは少女に顔を上げ、初めてそこにいる人物が知人のファーマ・シストである事に気がついた。
「今日もそんなに分厚い本をお持ちで。さすがですわね」
「え、あ、うん、まあ、いつもの事だから」
「わたくしも見習わなければ」
「う、そ、そうかな……?」
「ええ。――それでは」
「……」
 晴れやかな笑顔を残して去っていくファーマ。
 バロアにとっては唐突な出来事であった。そんな訳で彼はしばし呆然と立ち尽くして。
 いやちょっと待て。何で自分は呆然と突っ立っているんだ?
「ちょ、ちょっと待ったあぁぁぁ!」
 たっぷり十秒考えた後、大切な用事を思い出したバロアは駆け出していた。


 ★


「え? この耳を何とかしてくれ、とは一体どういう事ですの?」
 その後、がっちり両肩をバロアに掴まれたファーマは、バロアの(ファーマにとっては)唐突な問いに首を傾げた。
 かつてバロアにネコ耳を生やしてしまった事は、確かに彼女の失敗というか、寧ろその場の成り行きでネコ耳が生えるんだったら彼しかいなかったからという訳だったのだが。
 失敗にめげる事なんて有り得ない彼女にとってそれは、可愛いから成功ですわね★的な考えだった。
 だが、勿論バロアにそんなポジティブ過ぎる考えは持ち合わせていない。寧ろ被害者だし。
「だーかーらー! この耳をキミが生やしたせいで、僕はものすごーく困っているの! 頼むから、何とかしてくれよ」
 キョロキョロ往来を見て人がいないのを確認してからバロアはその紫色のフードを頭の後ろへやる。
 フードの中にあるのは赤毛と、そしてふんわりふさふさな毛が生えたネコ耳。
 それはもうネコ耳ファンの市民の人々が見たら我先に掴みに来そうな可愛さである。
「……?」
 熱弁を奮ったにもかかわらず、相変わらず本気でキョトンとした表情で彼を見返すファーマの顔を見て、バロアはひとつため息をついた。一瞬だけ、何だかどうでも良い気持ちになる。
 ――冬の青い空を走馬灯のように駆け抜けていく、ネコ耳が生えてからの今までの辛く哀しき思い出達。
 そう、この思いを忘れてはいけない! これからの人生の為にも! 
 バロアは両手の拳を握り締め、必死に気持ちを盛り返そうと意気込んだ。
「どうしてかは分からないけど、僕の魔導じゃどうにも治らないからさ、頼むよ」
 再び肩をがっちり掴んで揺さぶるバロア。そのあまりにも真剣な剣幕に、ファーマも釣り込まれるようにして頷いていた。
「ええ……それは勿論治療を依頼されたからには、薬師として引き受けない訳には参りませんから治療は致しますが……」
 ――それにしても折角お似合いですのに、勿体無いですわね。
 その言葉は、よし、意気込んで頷いたバロアの前にさすがに空気を読んで呑み込んで。
「分かりましたわ。わたくしも今丁度時間が空いておりますし、わたくしの実験室へいらして下さいな」

 そんないきさつで二人はファーマへの住処へと向かうべく、揃って歩き出した。
 ――だが彼は最初に気づくべきだったのだ。
 ネコ耳の治療が大事なのなら、それを彼女に任せてはいけないことに……。


 ★


 そして二人が暫く歩く内、目の前にアパート群が見えてきた。
 バロアは興味深そうにそれらをしげしげと見ると、そのアパートの中のひとつを指差す。
「これがそうなの?」
 そのアパートは簡素でシンプルな白い壁や綺麗な郵便受けなど、安くても住みやすそうなアパートであった。特に女性には好まれそうな感じである。
 バロアの問いにファーマは首を横に振った。
「いいえ、違いますわ。あ、見えてきましたわ。こちらがわたくしの住んでいるアパートです」
 ファーマがにこやかにそのアパートを指す。
 バロアはそのアパートを見やって。
 そして――その場に立ち止まった。
「……え、あ、あれが?」
「はい、そうですけれど……何か?」
 ファーマは勿論という風に頷いて、そしてバロアの反応に首を傾げた。
 ちなみにその時のバロアの脳内では、幾つもの思考による戦争が起こっている。
 ――あ、あれがそうなのか? 本当に? いや、人はどこでも住めば都って言うし。いやもしかしたらあの中は意外と綺麗なのかも……。
 彼が思い悩むのも、間違いはないだろう。
 ファーマが住んでいるという、アパートの外観はまさに先程バロアが指差したものとは正反対と言っても過言ではないものであったのだ。
 恐らく昔は白色であっただろう、今は汚れで黄ばみ、所々苔、寧ろ蔦が生えている壁。きっと築ウン十年に違いない。
 それだけだったらまだ良かった。
 だが、明らかにあのアパートだけ空気が澱んでいるようにバロアの目には映っていたのだ。
 一言で言えばいかがわしい、いや、いかがわし過ぎる雰囲気のアパート。
 それを目にした時点で、早くもバロアの胸の内に何とも言い難い、まるで後悔のような気持ちが沸き起こっていた。
 だがしかし、ファーマに文句をつけたのは他でもない、自分自身。引き返す訳にはいかない。
 それに上手くいけば、時々この彼のプライドをまるでボロ雑巾のようにズタズタにする要因の一つであるネコ耳とおさらば出来るかもしれないのだ。
 そんな訳で結局バロアは、様々な思いを胸の奥へと閉じ込める事にした。
「いや、何でも無い……」
「なら良いのですけど……。このアパート、とても素敵なんですの。きっとバロアさまも興味を持たれると思いますわ」
「……」
 うん。色んな意味で。
 バロアの複雑な心中なんて何のその、ファーマはにこりと笑んで入り口へと案内する。
 そんな時、ファーマは住民らしき人物から声を掛けられた。
「あ、ファーマちゃんじゃないか。今日も元気だね」
 このアパートにはエレベーターは無いので二人は階段でファーマの部屋へと向かっていたところであった。彼の声には親しみがこもっている。おそらくファーマは住民との交流を欠かしていないのであろう
「あらドーノさま。こんにちは」
「……」
 にこやかに挨拶を返すファーマ。その横でひとり身体を強張らせるバロア。
 何故彼が身体を強張らせたのかというと、二人の横を通り抜けていったその人物。それは明らかに人間ではなかったからである。
 近くで見ると、まるでカメレオンなどに似ている、爬虫類系特有の肌。
 三白眼。
 少し先が丸まっている舌。
 そして何故か一部だけ長い、髪の毛。まるでカメレオンだ。
 この銀幕市において、その人物がいることはそう珍しい事では無い筈なのだが、何故だかバロアの背中は震えていた。
 きっとそうだ。このアパートの雰囲気と相まってこんなに震えるんだ。そうだ。
 彼はひとり頷いて何とか思考の辻褄を合わせようとする。
「この階ですわ。あ、こんにちは」
「こんにちは」
 二人の横を今度は、ボロボロの布切れのような服を纏った、ボサボサに白ひげを生やした老人が通り過ぎていく。
 ヒイィ。
 彼の心は、声にならない悲鳴を上げていた。


 ★


「あまり片付いていないんですけれど……どうぞお上がりになって下さいませ」
「お、おじゃまします……」
 ファーマの部屋は、女の子が住んでいると言う事もあって、意外と綺麗な部屋であった。
 だが室内に目を走らせると、何だか奇妙なものも沢山あるようである。
 例えば、部屋の奥に置いてある、不思議な頭部と胴体を持った動物の剥製のようなもの。例えば、壁にずらりと並ぶ、不思議な色をした薬品と思しき液体が入ったビン。例えば、バロアも見た事のない形の花を咲かせた、食虫植物と思しき物体。
「では、わたくしはこれから隣の実験室で薬の調合を致しますので、それまでお寛ぎになってお待ちくださいな」
 あんまり寛げそうにないです。
 彼の心中もいざ知らず、ファーマはにこにこと微笑んでバロアの前に、お茶と思しき液体を置いて、扉の向こうへと消えていった。
 それをそっと見送ったバロアは、そっと湯飲みを持ち上げて――そのまま落としそうになった。
 どうしてだかは分からないが、湯のみの中のお茶の色は、赤だったからである。それも、禍々しい血のような色の。
 ――匂いも、心なしか、怪しい気がする。
「……もしかして僕って今ヘンゼルとグレーテルみたいな感じ?」
 ハハハ、と乾いた笑みを浮かべながら湯飲みをテーブルの上に戻したバロアは、抜き足差し足忍び足時々変なものにつまづき足で、実験室の扉まで歩き、そっとその扉を開いてみた。
 その中からは、ファーマのリズミカルな鼻歌が聞こえてくる。とても楽しい、幸せな時間のようだ。
 そして続いて、むわりとした不思議な匂いが鼻腔をくすぐった。ホルマリンのような匂いだ。
 すこし興味を惹かれてそっと戸口から顔を覗かせてみた。
 どうやらファーマはバロアに背を向けて仕事をしているようで、熱中しているせいもあって彼の事には気が付いていないようである。丁度鼻歌を歌いながら、乳棒ですった何かの粉末を、水で溶かしているところのようだ。
 どうやら部屋の奥に小さな窓があるらしく、蛍光灯の電気の他に白い自然光がそこから降り注いでくる。壁にはずらりと年代物の木の棚が並び、その中には幾つもの試験管やビーカーが陳列されていた。
「げっ」
 そしてその隣には、ずらりとホルマリンに漬けられた、カエルやトカゲ、さらにはよく魔術で使われると言う、マンドラゴラの根のようなものまである。ちなみにそれは、緑の葉に小さな小人が付いたようなもので、目は閉じて小さく笑った姿だ。
 よくこんなものまで揃えたな、と考えながらさらに反対側に目をやると、そこには巨大な業務用の冷凍庫やずらりと様々な分厚さの本が並んでいる。こちらは先程よりも目には優しい光景だ。本なんかには少しばかり興味をそそられるし。
「バロアさま。何か問題でもありましたか?」
 ファーマが扉の近くにある冷凍庫に用事がある様子で、首を傾げながら歩み寄ってきた。
「いや、研究室ってどんな感じなのかなと気になったもんだから」
「あら。こんな所で良ければどうぞお好きなだけご覧になって下さいませ」
 彼女はにこにこと相変わらず楽しそうな笑顔である。
「そ、それじゃあ、お邪魔します……」
 バロアはそろそろと研究室の中に入っていった。先程ちらりと気になった本棚の前へと向かう。
 本棚をじっくり見てみると、基本的な薬草の図鑑から、怪しげな装丁の本まで、実に様々な専門書が揃っているようだ。おそらく、知識を取り入れる事に余念が無いのであろう。
 ……それが実際に活用されているのかどうかは怪しいのだけれど。
「あ、これ魔術に関連した本だ……」
 バロアは見慣れた単語がついている本を見つけ、ぼそりと呟いた。やはり薬師の仕事も、時によっては魔術と深い関わりがあるものなのだなと密かに思う。
「やっぱり……」
 その事を言おうとバロアがその本を手にファーマの方を向いて……そのまま固まった。
 そこには多分、見てはいけなかった光景が広がっていた。
 冷凍庫の扉を開いたまま、ファーマが幾つかの試験管を手にその場に佇んでいる。その試験管の中身の色はどす黒い、血のような色だ。寧ろ血だ。
「どれが良いですかね……。こちらも珍しいものですし……迷いますわ」
 ファーマは魅せられたかのようにその試験管を眺めていた。まさにうっとり、という表現が似合っている。
 ちなみに背景は素敵なお花畑。
 それを見たバロアの腕に鳥肌が立ったのは気のせいだろうか。いや気のせいじゃないだろう。彼はそのままそっと後ろを向いて、研究室から出て行く。
「お、おじゃましました……」
「……あら、もっとゆっくりなさっても大丈夫ですのに……」
「いや、その、うん、向こうで待ってる事にするよ……」
 バロアはそろそろと退散していった。
 ため息をつきながら椅子に座ると、どこからかブウウーンという不思議な羽音と共に、カエルにトンボのような羽がくっついた、これまた不思議な生物が飛んできていた。
 どこか切なさを込めた瞳で見つめられ、彼等の周りに何とも切ない哀愁が漂い始める。
「何ていうか、うん、お互い大変だね……」 
 ふふ、と微笑んでどこか遠い目つきをするバロアに、その不思議な生物、ファーマによって姿を変えられたミヒャエル王子はひとつ鳴いた。
 ケロローン。
 哀愁漂う声で。


 ★


 ★特製解毒薬:試作品第一号
「さあ、完成致しましたわ! これをお飲みになれば、きっと元のバロアさまに戻られる筈ですわ!」
 自信たっぷりの声と共に、研究室の扉から薬の入った試験管を持ってファーマが現れた。その試験管の中身の色は、不気味な紫色である。
「何か……すごい色だね……」
「ええ。特製のエキスを配合致しましたから。未実験なんですけれど、きっと大丈夫なはずですわ」
「……怪しすぎる……」
 そう言いながらも、バロアはファーマが調合した薬を思い切って口の中に入れてみた。
「ど、どうでしょうか……?」
 半ば興奮した面持ちでバロアを見守るファーマ。
 と、突然、ぼわん、と言う不思議な音と共に、彼の身体がどこからか現れた白煙に包まれる。
「う、あ……!」
 中で呻き声を上げながら煙を手で払うバロア。心なしかその声が何段階か低くなっている気がする。
 そしてようやく煙が晴れた時、彼は――。
 
何故かオヤジ化していた。
 
 身長は微妙に伸び、目尻に年月を感じさせる皺が生え、何よりも声が魅惑的に低くなっている。
 いつかのデジャブー。だが問題はそこではない。
 バロアの頭には、未だふさふさの毛のネコ耳がちょこんとある。
「ちょ、何で解毒薬飲んだらこうなるの!」
「あら、おかしいですわね……あの材料が逆に効いてしまったのかしら」
 バロアは思わずツッコミを入れた。だが一向に構わずファーマは首を傾げ、原因を探っているようである。
「今度はあの材料を違うものにしてお作りしますわ!」
 どうやら何か思いついたのか、失敗にもめげずに研究室に戻っていく彼女を見ながら、オヤジバロアは密かにため息をついた。


 ★特製解毒薬:試作品第二号
 どおおん。
 しばし待っていると、研究室から壮大な轟音が響いてきた。そのあおりを食らって、バロアも椅子から落ちてしまう。
「な、何だ?」
 バロアは驚きながら研究室に目をやると、不意にその扉ががたりと音を立てた。
「さあ、完成致しましたわ! これできっと、バロアさまのネコ耳は消え失せるはずです」
 その言葉と共に、研究室からファーマが再び何やらの液体を持って現れた。一緒に研究室から何らかの匂いが運んできたようで、ものすごく焦げ臭い異臭がする。
「このオヤジ化したのも、治るんだよね?」
「ええ、勿論ですわ」
 どこからみなぎって来るのか、自信たっぷりに答えるファーマ。それをそっと疑い深い目で見つつ、バロアは思い切ってその液体に手を伸ばした。
 近づけただけで物凄い異臭がする。何をどう調合したら、こんな怪しげな黄色の液体になるのだろうか。
 そう思いながらも、バロアはその液体を一気に飲み干してみる。
 その途端。
「うがっ! ……み、水!」
 喉を半ば掻き毟るようにして、近くにあった湯のみに手を伸ばした。
 ごきゅ、ごきゅ、と物凄い勢いで水を飲み干し、やっとバロアは人心地ついたようでその湯のみを置く。
「あー、物凄い味だった……、あれ?」
「あら?」
 彼がそう言い終るかどうかの内に、しゅるるんという不思議な音と共に、彼の視界が瞬く間に変わっていった。初めは今度こそ解毒薬が効いているのに、と思っていたのだが、どんどん視界の高さが低くなっていく。
 ようやくその背の高さが止まったのは、彼が着ているローブの中に埋もれそうになった時だった。
 どうやら今度は五、六歳児くらいにまで退行してしまったようである。いわゆるちみっこ化だ。
 そしてネコ耳は……未だしっかりとついていた。
「あらあら、今度は少し効き過ぎてしまいましたわ。でも可愛いからよろしいんじゃないでしょうか?」
「よくないっ!」
 どこまでもポジティブなファーマに、バロアの悲痛な叫びが飛んだ。


 ★特製解毒薬:試作品第三号
 そしてしばらくの後、再び薬を調合していたファーマが研究室から現れた。
 今度は液体ではなく、粉末状のものらしい。小さなお盆の上に、薬包紙と茶色のさらさらな粉末が乗っている。
「今度こそ……大丈夫だよね?」
「ええ。今度こそは完璧ですから、絶対大丈夫ですわ」
 バロアの恐る恐るな問いに、ファーマは笑顔で頷いた。言葉の隅々に自信の程が満ちているようである。一体どこからその自信が(以下略)
 やはりそれを疑いの眼差しで見ていたちみっこバロアであったが、いつまでもこのちみっこ化でいる訳にもいかないので、そうっとその粉末に手を伸ばした。
 何らかの草の根を磨り潰したものなのだろうか。青臭い匂いと、やはり不思議な異臭が漂ってくる。
 そこはかとなく嫌な予感はする。
 だが今は他に頼るものはない。正に背水の陣。
 バロアは思い切って、その粉末と水を一気に飲み干した。
「どどど、どうでしょうか……?」
 興奮の眼差しでこちらを見つめてくるファーマに、彼は首を傾げてみせた。味も思ったよりもひどくは無いようだ。
「なんか……何にもない、かな……?」
 先程までのように、いきなり身体に異変が起きるという事も無く、平穏である。
 それも困る、と思った時。
 唐突に、彼の身長がすらりすらりと伸びていった。どうやら戻ってくれているようだ。
「あ、何か今度こそ上手くいきそうじゃ……」
 バロアが上に上昇していく視界に、期待を込めた時だった。
 すらり、さらさら。ぼいん。
 不思議な音と共に、掌がすらりと白く、美しく変わっていった。
 そういえば、何か今度は胸が大きくなっているような……。
「!」
 バロアはこの不思議な現象にふと何か思い当たり、近くに立てかけてある鏡まで猛ダッシュしていた。
 そこにいたのは。
 赤い風になびけばさらりと音を立てそうな髪にふさふさのネコ耳、そしてまるで人形のような長いまつげ、透明感を帯びた肌、ふっくらと丸めの胸。まあ有り体に言えば女体化である。
 何だろこれ、またデジャブー。
 がっくり鏡の前で両手を床に着くバロア。そんな彼(彼女?)をよそに、ファーマはうきうきとメモ帳にペンを走らせていた。
「あらあら、これは新しい発見ですわね。あの材料を混ぜると性別が転換されるんですわ!」
「ちょっと、新しい発見は良いから、早く僕を元に――」
「いえいえ、折角女性になって頂いたんですから、是非ここは色々と着替えてみるべきです! そうですね、このワンピースなんて如何ですか?」
「うわわああぁぁぁいやだああぁぁやめてぇぇぇ!」
 アパートの一室で、誰かの断末魔の叫び声が響き渡っていた。


 ★


 そんなこんなで。
 夕暮れの赤い光が差し込むファーマの部屋で、ファーマは楽しそうに、バロアは疲れきった表情でお茶を飲んでいた。それをミヒャエル王子は、生暖かい目で見守っているようである。
「……色々飲んだあげく、結局治ってないんだけど」
 そう呟くバロアの頭上で、本物のネコ耳がぴょこぴょこと動いている。
 そして彼はため息をついて、そっと紫色のローブをめくった。
 そこには、器用にもズボンを突き破って、ネコの尻尾がひょこと生えていた。こちらもふんわりふさふさの毛が生えている。
 そう、辛うじて男性には戻れたものの、結局治らないばかりか、尻尾まで付いてしまったのである。
「いえ、これはもう寧ろ成功と言うべきですわね。それはもう、お似合いなんですから」
 どうしてか自信満々に言い放つファーマ。だからその自信は(以下略)
「いや、そういう問題じゃないんだけど! これ本当に治るの!?」
「うーん、どうでしょう……」
「ちょっ……」
「まあよろしいじゃありませんか、ね?」
「……」
 悪気の欠片も無い笑顔でそう言われて、バロアは沈黙した。何だかんだいっても相手は女の人だ。そこまで強く言う事は出来ない。
「――やはり銀幕市って素敵な所ですわね。わたくし、今日またそれを実感致しましたわ」
 ゆっくりとお茶を飲みながら呟くファーマに、バロアは首を傾げた。
「……そうかい?」
「ええ。ここには、沢山興味をそそられる材料がありますし」
 それに、と彼女は微笑みを見せる。
「沢山の素敵な出会いがありますから」
「……まあ、そうだね」
 こんな出会いもあるけどね。と呟きながらも頷くバロア。
「わたくし、もっと薬師として腕を磨きますわ。そうしたら、きっと……」
「きっと?」
 今度はちゃんと治してくれるのか。そう思ったバロアの期待はコンマ一秒持たずに粉砕される事になる。
「今度は肉球もお付け致しますね!」
「いや、ちょっと待ったあぁ!」
 ふとした一日は、騒がしく過ぎていく。
 
 

クリエイターコメント大変お待たせ致しました。ノベルをお届けさせて頂きます。
個人的に何故か部屋とか研究室とかの描写に妙な熱が入っておりました(笑) 薬の変化については結局悩んだ挙句に一般的な変化になってしまいました。まあ、デジャブーと言う事で(笑)
お二人の何とも言えない関係が少しでも楽しく描けていればと思います。

それでは、楽しいオファー、ありがとうございました! またいつか、銀幕市のどこかでお会いできますことを願って。
公開日時2008-02-28(木) 20:00
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