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<ノベル>
ガルムは楽しい気持ちを胸に持って、家路を急いでいた。図書館で本を読んでいたらいつの間にかこんな時間になってしまったのだ。
絵本ばかりだが、面白い作品ばかりだったのでついつい止まらなくなってしまった。ガルムは、本を読むのが大好きだった。新しい世界が広がっていくからだ。
「……急がなくちゃ……」
呟きながら走っていたその時だった。
ぶわん、と空気が歪む。目眩がしたのかと、一瞬思った。
「ごめんな」
と、目の前に突然男が立ち、そう言った。
「俺の名は村上悟。君たちは今、俺の能力に取り込まれた。隣を見てごらん」
見ると、隣にはブタのかぶり物をしたお兄さん……レオ・ガレジスタとブタ耳をつけた武士……清本橋三と、そしてボーイ服に帽子、ブタの鼻と小さな眼鏡をかけたウサギがいた。
「ブタ……ウサギ?」
ガルムが呟くとレモンが食ってかかる。
「誰がブタよ。この神聖なるウサギ様をつかまえて……ってあら本当にブタさんだわ。でもあたしはウサギ……でもブタ……んもうやになっちゃうわね」
頭が混乱してクルクルと回っている。
それを見て村上が続きを話す。
「君たちは俺の能力によって今から『さんびきの子ぶた』を演じてもらわないといけない。そうしないと元の世界には戻れないんだ。能力が暴走した結果だから俺に責任はない。許せ」
村上の言葉にレオが呆れる。
「でもまあ本人もどうしようもないんじゃ、しょうがないよね」
そして、ちょっと諦め気味だ。
「さんびきの子ぶたの粗筋は知ってるな」
村上が問うと、橋三が応えた。
「俺は知らぬ。すまぬがお教え願えないだろうか」
そうか、と呟いて村上が役所も含めて話し始めた。
「ではまず、橋三さん、あんたは長男ブタだ。ブタらしくしてごらん」
「こうかぶぅ」
橋三の言い方にレモンが吹き出した。
「似合わない、似合わないわよ」
丁髷を結った武士がブタ耳をつけてブーブー言っているのだ。レモンでなくとも笑いたくなる。だが、残りの二人は笑えない。
「長男ブタは、藁の家をこしらえて、オオカミにその家を吹き飛ばされ、食べられる役だ」
「なんと、俺にここで死ねと申すか」
さすがの「斬られの橋三」も食われると聞いて面食らう。
「いやいや、それは元々の役で、もちろん食われてもらったら困るから、俺も」
村上が慌てる。
「だから次男……次女……? の所まで逃げてくれ」
橋三がぶぅ、と言いながらレモンを振り返る。見られたレモンは自分の姿を見て、村上の言葉を聞いて、そして崩れ落ちた。
「男装、このあたしが男装してるっての? しかもブタ? 何よこの鼻、ブタッ鼻じゃない。ブタだから当たり前だけど。でも次男……せめてお母さん役が良かったわよ。食べられないし……ってあたしも食べられちゃうわけ?」
クルクルと動き回るレモンを、ガルムがおかしそうに見つめている。
「お兄ちゃん……面白いね」
分かっていないガルムのその一言に、レモンが衝撃を受けた。
「お兄ちゃんじゃないわよ!」
ビクッとガルムの肩が震える。ヒクヒクと唇がわななき、目に涙が溜まっていく。
「…………ほ、ほら〜、面白いおにいちゃんだわよぉ」
仕方なく踊ってみせるレモンを、気の毒そうに橋三は見ていた。
「じゃあ僕は三男ブタだね。頑丈な家を造って、皆が来るのを待てばいいのかなぶぅ」
レオが口を挟んで話を進めようとする。
「そ、そうだな。次男ブタが木の家を造るから、君は頑丈な家を造ってくれ。そして、オオカミ役なんだが……」
村上がガルムを見つめる。オオカミの耳と大きな口がついている。
「なんで君がオオカミに選ばれたんだろうなぁ」
一番残酷な役をこんな子供が……。村上が目頭を押さえていると、ガルムが言った。
「ボク……さんびきの子ぶた……知ってるよ。楽しそうな……お話だよね」
小さな、消え入りそうな声で話している。大人しい子なのだろう。
「子ぶたさんと……追いかけっこをすれば良いんだ……よね?」
自信なさげに問う。村上が頷くと安心したように微笑んだ。
「で、最後は……最後は……」
と、そこでオオカミは最後に茹でられて食べられてしまうことを思い出してしまった。
「食べられ……ちゃうの?」
また泣きそうになるガルムをレモンがあやす。
「ほらほら泣かないで〜、ふわふわの耳だわよぉ」
「レモン殿……ぶぅ」
形無しのレモンを見て、橋三がそっと涙をぬぐった。
「さてさて、ともかくもそろそろ始めないとな。準備は良いかな」
皆が頷く。と、急に辺りが暗くなり、誰の姿も見えなくなってしまった。
「昔々、ある所に、三匹の子ぶたがいました。長男の橋三ぶた、次男のレモンぶた、三男のレオぶたはある日、お母さんに言われました」
スポットライトが村上母さんに当たる。
「橋三、レモン、レオ、お前たちもそろそろ大きくなったのだから独り立ちしなさい。食費がかかってしょうがないのよ。それぞれが家を建てて、立派に暮らしてごらん」
すると段々と周りが明るくなる。ブタたちの家の中のようだった。四人はテーブルに座って話しをしているのだ。
「うむ、俺もそろそろ、そうしようと思っていたところであったぶぅ。一国一城の主となるからには国主としての天寿を全うしようぞぶぃ」
「じゃあ、あたしも家を建てるわよ。でも面倒よね、自分で建てるのって」
レモンが愚痴をこぼすと橋三が言った。
「レモン殿、しからば最近はやりの『たいしんぎそう』をしておくと良いぞぶぅ」
するとレモンが首をかしげた。
「たいしんぎそう?」
「うむ、柱の数を減らしたり、細くしたりして経済的にするらしいぞぶぃ」
すると得心したようにレモンが頷いた。
「へえ、それならあたしにもできそうだわ。ありがとう、清本」
続いてレオが言った。
「家を造るならお手の物だよぶぅ。任せといて」
すでにレオの頭の中ではより頑丈な家を造るための設計図が出来上がっていた。
「なんなら皆の分も作るけどぶぅ?」
その提案は母親によって否定された。
「駄目よ。ちゃんと一人ずつ頑張らないと。誰の力も借りないでやってご覧なさい」
村上母さんは真剣な顔でレオを叱った。
「ごめんなさい、母さん。じゃあ皆、頑張ろうね」
あっけらかんと話すレオにレモンと橋三が笑いかける。
「そうだな、お互い力を尽くそうではないかぶぅ」
「負けないわよ。びっくりするような家を造ってあげるわよ」
こうして、三人(匹?)はそれぞれの家を造りに出かけた。
★★★
橋三ぶたは、家の材料を探すために道を歩いていた。銀幕市の風景はどこへやら、のどかな田園風景が広がる。
ふと畑を見ると、そこに積み藁がしてあった。橋三はブタ耳をひくひくさせ、ぶぅ、と唸る。
「あれが使えそうだな」
橋三は交渉し、積み藁を一つ、リアカーに乗せてもらう。
それを広場まで持って行った。
「ここらでよかろう。屋敷は無理でも、小屋くらいなら建てられる」
彼の暮らしていた時代は、藁で屋根を葺くことも珍しくなかった。作り方については心得ている。
橋三は藁を魂である刀で切り揃え、それを並べて置いた。さらにその一端を荒縄で結ぶ。地面には何本かの細木で柱を立て、先程の藁束を立てかける。
「うむ、我ながら良い出来だ。我らがやられねば話は進まぬからな。レモン殿は立派に『たいしんぎそう』できたであろうか」
自慢げに胸を張り、顎に手をやった。
一方、レモンぶたは眼鏡をくいっと上げて何かを見つめていた。
「ぶぅ」
ブタ鼻が鳴る。でも耳はウサギのままだ。
彼女が見ていたのは木材の束だった。たった今、彼女が切り倒したものだ。
「これだけあれば足りるでしょ」
何を使ったかは秘密だ。だが綺麗に面取りまでしてある。なにやら焼け焦げた後まであった。
彼女はそれを優雅に肩に乗せ、どずんどずんと柱を立てていくのだ。
「あっと、『たいしんぎそう』するんだったわね」
橋三の話しを信じて、柱の数を減らす。
「でもやっぱり豪華にしたいわね」
彼女が思い描くのは、やはり女の子らしくお城なのだった。
トンテンカンテン、トンテンカンテン。レモンぶたの作業は続く。
やがて時は過ぎ、彼女の眼前に絢爛豪華な城が姿を現す。それはまるで小さい頃絵本で読んだような夢のお城だった。
「なかなか良いできね」
汗を拭うレモンが鼻を鳴らす。
そして、レオ・ガレジスタぶたは猛威を振るっていた。瓦礫の山から何かを取り出しては打ち付けていく。それは見る間に家の形を成していく。機械によって全てが動かされている世界から来たレオは、そこでマイスターの称号を受けていた。このくらいの建築物はお手の物だ。
「えっと……ぶぅ」
その手がふと止まる。
「頑丈な家だったよね。防犯用のインターフォンとかつけた方が良いのかなぶぅ?」
思い直してインターフォンにカメラを付ける。
そのすぐ後に今度はこう思う。
「トイレはやっぱりシャワートイレじゃないと駄目だよねぶぅ」
思い立ったらすぐに作り直す。
家は瞬く間に巨大化していった。様々な機器、防犯装置……果てには「どうせなら武器もつけておいた方が安心だよね」と重火器が付けられた。
「うーん」
それでもまだ納得できない。あちこちと今度は意匠の部分が気になり始めた。
「もうちょっとモダンな感じが良いぶぅ。清潔感があった方が人が入って来やすいかもぶぅ」
手を入れればまた全体が気になる。レオぶたは一から改造を施していく。
まだまだ完成には時間がかかりそうだった。
さて、ガルム狼は悩んでいた。
「ボク……どうすればいいんだろう」
もう始まる前からベソをかいている。話の筋は知っていた。それに従わなくても良いとも言われた。だが彼の性格ではそうできないのだ。
幸い、彼の元いた世界「ムーンチャイルド」では、怪我をしても次のシーンでは治っているなど、治癒力の高い設定になっていた。それが活かされているため、彼も多少のことでは痛手を受けない。
それでも痛いものは痛いのだ。
狼の耳を触ってみる。口元に触れると狼の口がある。彼は狼だった。
「やるしか……ないよね」
小さな声で呟く彼は、一路橋三の庵へと向かうのだった。
★★★
橋三は張り切っていた。藁で出来た庵の中で、何度も準備体操をしている。頭の中で、シミュレーションもできていた。
「家を吹き飛ばされ、逃げる」
ただ逃げるのでは腕が冴えない。間一髪の際どい逃げが必要だった。そう、食べられるか食べられないかのギリギリが視聴者を引き寄せる。彼はその辺りを極めていた。
橋三は庵の外に出て遠くを見る。もう何度目だろう。
いつの間にか「ぶぅ」の言葉尻も消えていた。真剣なのだ。
その視界の端に、何かが映った。
茶色い耳、狼だ。
「来おったな。さあ見事俺を喰ろうてみろ」
コキコキと肩を鳴らし、今か今かと待ち受ける。
ガルムは橋三の庵を見つけ、とぼとぼと歩いていた。
段々と大きくなっていく庵、段々と大きくなっていく不安。ガルムは恐くて仕方がなかった。何をされるんだろう、どうしたら良いんだろう。本来なら狼役であるガルムの方が襲わなければならないのに、まるで自分が襲われるかのような気がしてしまう。
「さあ来たな、早く庵を吹き飛ばさぬか」
目の前に来たガルムに、橋三がそう言った。とても嬉しそうだ。
ところが、ガルムは逃げた。
「あ、こら、待たぬか」
「え〜ん、こわいよぉ」
逃げるガルム、追いかける橋三。まったく逆の立場になって物語は進んでいく。
ただ、庵だけが残された。
二人の向かう先にはレモンのお城があった。
超巨大な城は、遙か先からも臨むことができた。橋三はそれを見て「レモン殿、『たいしんぎそう』はせなんだか」と嘆く。彼の目にはとても頑丈で立派な城に見えたのだ。
「助けてよぉ。恐いよぉ」
ガルムは泣きじゃくっていた。役所である狼も鳴いていた。これではあまりに情けなさ過ぎる。
「カラム殿、待ってくれんか。俺の庵を吹き飛ばしてもらわねば、話しが進まぬではないか」
その二人の姿を、レモンは見ていた。
「来たわね、って何よあれ」
どうして良いか分からない。かくまうべきは橋三なのに、追いかけられているのはガルムだった。
ぶひ、レモンの鼻が鳴った。
本能が、弱きものを守れと告げていた。
「カラム、いらっしゃい」
レモンが狼を中に入れて扉を閉めた。
「レ、レモン殿、殺生ではないか。開けてくれ、開けてくれ」
ドンドンドン、激しく戸を鳴らす。レモンはガルムを抱きかかえて橋三が過ぎ去るのを待った。
「まったく、なんであたしが狼を守らなくちゃいけないのよ」
ブツブツ言いながらも、手は無意識にガルムの頭を撫でていた。それが心地良くて、ガルムは目を瞑ってすり寄っていく。
すると、扉を叩く音が消えた。
「諦めたのかしら」
レモンが顔を上げると、そこに橋三の顔が見えた。
「なんでここにいるのよ、清本!」
「レモン殿お見事! この城、表だけの張りぼてだ。簡単に入れたぞ」
城を造るのが面倒になったレモンは、表面だけを作り、後は張りぼてにしていたのだった。
「あー、もう話しがややこしくなったじゃない。どうしてくれんのよ、清本!」
「ややこしくしたのはカラム殿だ。俺がやられねば話が進まんというのに……」
言い争う二人を、ガルムは見ていた。
その瞳が暗く光る。その掌から黒い液体が流れ出る。そのことに二人は気が付かなかった。
「だから、子供を虐めてどうすんのよ」
「だから、物語が進むことがカラム殿を救うことでもあるのだから……」
二人とも一歩も譲らない。そこにガルムが声をかける。
「ボクが物語を進めれば良いんだよね。良いよ、おじちゃんたちの言う通りにしてあげる」
液体はゆっくりと形を成し、犬の姿を取る。
「猟犬」
彼はその犬をそう呼んだ。
「おじちゃんたちを食べてあげて」
グルル、唸る黒い犬は、黒光りしてまるで鉱石のようだ。先程までの液体的な質感はない。
ドーベルマンを象ったそれは、犬歯をレモンと橋三に向けてむき出しにした。
「ねえ、清本」
「なあ、レモン殿」
「あれって何かやばいわよ」
「俺も危機感を覚える」
二人は顔を見合わせた。
「行けっ」
「きゃああぁぁぁ」
「うおおおぉぉぉ」
猛ダッシュで駆けていく二人を、猟犬は追いかけた。
レモンは黄色い声を上げていたが、ブタ鼻では色気の欠片もない。
鋭い歯、鉱石のような質感を、橋三は見ていた。
「あの犬ならもしや」
橋三は振り向きざま刀を抜いた。それは居合いの要領で猟犬に白刃を流す。それはガッチリと犬歯に受け取られる。
「ぐわぅ」
猟犬が吠えた。橋三は一歩下がる。ガラムはそれを暗い笑みを浮かべて見ていた。
「これは敵わん。三十六計逃げるにしかずだ」
「急ぎなさいよ、清本、三男ぶたの家に逃げるわよ」
レモンが手を差し伸べる。それをつかんで、二人は逃げ出した。
★★★
レオぶたの家はようやく完成していた。様々な機器を取り付け、意匠にも凝り、それはまるで絢爛豪華な要塞を思わせた。
それを見たレモンと橋三は一瞬、足を止めた。
「うわお」
「豪勢な城だな」
だがそれほど時間はない。すぐ後ろにはガルムの猟犬が迫っているのだ。
レモンはすぐにチャイムを押した。
「はいはい、どなたですか」
レオがドアを開け、顔を見せる。
「入れなさい! 今すぐよ!」
レモンと橋三はレオの返事を聞く前に中に入る。扉を閉めると、ガンガンと猟犬が当たってくる。
「か、間一髪セーフ」
「助かったな、レモン殿」
レオは状況が飲み込めずに首をかしげていた。
強化ガラスの窓から外を見て、猟犬がうなりを上げているのを見る。
「あれ? オオカミ役、代わった?」
レモンがわけを説明する。ガラムが猟犬を出したこと、そうすると彼の性格が変わってしまったこと、ここまで逃げてきたことを。
「じゃああれ、やっちゃう?」
レオが椅子に座り、何かのボタンを押した。するとスコープが降りてきてなにやら狙いをつけている。
ドンッ。
「ちょ、ちょっと何やってるのよ」
レモンが音に慌てて外を見てみると、猟犬がいたところに穴が空いている。
「な、何をしたのだ」
橋三が聞くと、レオは何事もなく答えた。
「ちょっと大砲を」
「危ないじゃない、カラムに当たったらどうするのよ」
見てみると、ガルムは何事も無かったかのように微笑んでいる。
「無駄だよ」
掌から再び液体が出てくる。それは後から後から流れてきて、いくつもの猟犬を作っていった。
「増えたじゃないのよ、何やってるの」
レモンが吠える。レオが謝る。
「ごめんなさい、でも、三男ってオオカミをやっつけるんだと思ってぶぅ」
ふくれ面をする。
「まあでも、この中だったら大丈夫そうね」
ひと度安心を確保したレモンは、戸棚から紅茶を出して煎れ始めた。
よく見れば、要塞の中は広く、ゆったりとした気分になる。
「なかなか良いお茶置いてるじゃない」
「レモン殿、のんびりしてる場合では……」
「そのお茶、とっておきだったんだけどなぁ」
レオも悔しがる。でも止めない。
その内、レモンと一緒にレオも紅茶を飲み始める。
「落ち着くね」
「何かもうどうでも良くなってきたわね」
二人があまりにのんびりしているので、橋三もつい口を出してしまった。
「その茶を、俺にもくれぬか」
「良いわよ、飲みなさいよ」
主でもないレモンが、橋三に紅茶を入れる。
三人がのんびりしている間、ガルムはもう一度液体を出して今度は鳥の形に召喚する。
「見てきてよ」
烏のような黒い鳥が羽ばたき、窓から中を見る。その様子を聞いたガルムは呟いた。
「ボクだけ除け者にする気かい。許さないよ」
液体を走らせ、ドアの隙間から進入させようとする。
その時、要塞内に警報が鳴り響いた。
「侵入者だ。いけない、皆、しっかりつかまってて」
レオが突然壁のレバーを操作すると、家が持ち上がった。
外からそれを見ていたガルムは、家の下にキャタピラが出てきて、動き出すのを確認した。
「逃がさないよ」
猟犬にまたがって追いかける。
キャタピラをフル回転させて動き出した要塞は、追いつかれないように蛇行しながら川を越え、山を乗り越えていく。
「ちょ、ちょっとガレジスタ! 紅茶がこぼれるわよ!」
レモンが叫ぶ。橋三は壁にへばりついて目を回していた。
「レオ殿、カラム殿は追いついておるのか」
「分かんないよ、でも警報は鳴りやんでない。まだこの中に侵入者がいるんだよ」
レオがそう答えた時、ガルムの掌から放たれた液体が猟犬の形を成す。
真っ先に見つけたのはレモンだった。
「清本、そこにいるわよ」
ぶぅ、とブタ鼻を鳴らしながら叫んだ。ドアの付近に伏せの格好でこちらを見ている。
「俺が相手をしよう、レオ殿、城を止めてもらえまいか」
「分かったよ。清本さん、お願いします」
しかし、一度ついた勢いはなかなか止まらない。レオは必死に操作して減速させようとする。
その合間に、橋三は猟犬に向かって走っていた。広い屋内に猟犬と橋三が互いに牽制し合いながら牙を剥く。
「お前さんに恨みはないが、邪魔立てをするならやらせてもらう」
橋三は刀を斜めに構えながら、猟犬の動きを見ている。猟犬は刀を避けようと左右に飛び回りながら橋三の隙を窺っていた。
そして、タイミングを合わせ、橋三が刀を奮おうとしたその時、頭の中によぎる言葉があった。
『子ぶたはオオカミに食べられる』
「ぐわぁ」
絶妙の間合いで襲われてしまった。
「清本! 何やってんのよ」
「清本さん!」
二人の声が聞こえた橋三は、ウインクで無事を示した。
「なに斬られ役やってるのよ!」
レモンの怒声が響く。
その瞬間、要塞がようやく大木にぶつかって止まってくれた。
猟犬もその拍子にバランスを崩す。
その隙を狙って橋三が後ろから斬った。
「背後からとは卑怯かと思うが……許せよ」
猟犬は再び元の液体になってドアの隙間から出て行った。
そのドアから、誰かが入ってくる。
ガルムだった。
「皆……ひどいよ……ボクだけ除け者にして」
彼は元の大人しい性格に戻っていた。橋三が猟犬を斬ったせいで、召喚された全ての獣が消えてしまったのだろう。
「ごめんよ、カラムくん。でも、僕たちだって逃げなくちゃ危なかったんだよ。何しろ子ぶたはオオカミを怖がるものだからね」
レオが説得する。ガルムは泣きながらも声に耳を傾けていた。
そこに、村上が現れる。
「ご苦労様、みんな」
「どこに行ってたのよ」
レモンがすかさず突っ込んだ。
「見てたんだよ。物語が終わるのを」
彼がそう言うと、再び舞台が暗転した。
お互いの姿だけが確認でき、ガルムはまだ泣いていた。
「子ぶたたちはこうして家を造り、オオカミに追いかけられました。でも、最後にオオカミはやっつけられました、ってことで」
最後に猟犬が橋三にやられたことを指しているのだ。
「ってことはこれで終わり?」
「終わりだ。物語はともかくも無事に終わり、本の中に収まっていったよ。もう暴走することもないだろう」
「これで、良かったのか」
橋三はまだ納得できないようだ。
「これでやっと解放されるね」
レオは巨大な要塞を構築できて十分満足のようだ。
「ボク……恐かったよ」
ガルムが下を向いている。皆はそれを哀しそうに見ていた。
そんなガルムに、レモンが言った。
「カラム……知ってる? さんびきの子ぶたってオオカミが子ぶたを食べる話ばっかりじゃないのよ」
え? とガルムが顔を上げた。レオと橋三もレモンを見つめている。
「オオカミと子ぶたが追いかけっこして、楽しんでいる話だってあるんだから。あたし達がそうなったって、良いんじゃないかしら?」
ブタ鼻のウサギは、ガルムにウインクして笑いかける。
釣られて、ガルムが笑った。
「良かった」
それを見て、橋三も笑った。
「一件落着、だね」
レオがはにかむ。
「じゃあボク、子ぶたさんと仲良しのオオカミになるよ」
話は終わったが、四人の仲は、これからも続いていく。
村上はそれを見て、自分の能力の暴走に対する呵責を、少しだけ軽くするのだった。
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クリエイターコメント | 村上悟です。 お待たせいたしました。 さんびきの子ぶた、完成です。
元々の物語とはずいぶん違った話になりましたが、お楽しみいただけると嬉しいです。
なお、キャラクターの語調や性格などで問題があればいつでもお申し付けください。修正いたします。
それでは、次のコラボ作品でお会いしましょう。 |
公開日時 | 2008-05-15(木) 19:10 |
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