★ まぁぶるさんでえ ★
クリエイター依戒 アキラ(wmcm6125)
管理番号198-2252 オファー日2008-03-07(金) 23:29
オファーPC 清本 橋三(cspb8275) ムービースター 男 40歳 用心棒
ゲストPC1 斑目 漆(cxcb8636) ムービースター 男 17歳 陰陽寮直属御庭番衆
<ノベル>

「そないなこと言われたかてなぁ」
 困ったように、斑目 漆は眉をひそめる。尤も、狐面に遮られたその表情は見えることは無いが。
「一度でいい。頼めぬだろうか」
 対するのは清本 橋三。彫りの深い顔。妙に雰囲気の出るその声で頼まれごとをされれば、大抵の人間は無条件で首を縦に振るのだが、漆は清本の事を知っていたし、清本もまた漆の事を知っていた。
 事の発端は、清本が懇意にしていた時代劇好きの老婦人からの頼みだった。
 老人ホームから病院に移った老婦人をお見舞いに行った清本。雑談を進めるうちに、知り合いに忍者がいるという話になった。それを聞いた老婦人は顔を輝かせて、是非お会いしたいと清本に頼んだのだ。
 痩せ細ったその顔で笑いながら老婦人。以前の少しふくよかな老婦人を知っていた清本は、何とも言えない気持ちがこみ上げてきたが、それを隠すように口を緩めて頷いたのだ。そして今、一緒にお見舞いに行ってもらえないかと漆に頼んでいるところだった。
「せやけど、興味ないねん」
 言葉どおりの意味を思わせる口調で漆は言う。見世物にされるのは好きではない。など色々な理由があったが、敢えて言うことはしない。
「どうしても、頼めぬか?」
 呟くように清本。そのいつにもまして真剣な物言いに、漆はどうしてそんなに? と聞いた。
 しばらく黙っていた清本だったが、言い難そうにチラリと目を伏せた後、ぽつりと呟いた。
「もう、長くないそうなんだ」
 その老婦人には身寄りもなく、余命もあと僅かであると、清本は漆に話す。
 それは。言いたくない言葉で、聞きたくない言葉。
「あちゃー。いらんこと聞いてもうたなあ」
 軽く後ろ頭を掻きながら、漆は続ける。
「それ聞いてもうたら、断る事できへんやん」
 漆の言葉に伏せていた目を上げて、清本はじっと漆を見る。
「恩に着る」


「まぁ。来てくれたの」
 病室に入った清本を見て、老婦人は痩せ細った顔をぱあっと輝かせて言った。
「お加減は?」
「なにか予感があったのかしらね。今日はとても調子がいいのよ」
 問いかけた清本に老婦人が笑って答える。
 清本は笑みを見せて小さく頷いた後、身体を起こそうとしている老婦人に手を貸す。そして身体を起こした老婦人に漆を紹介する。
「斑目 漆、言いますねん。よろしゅう」
 いつもどおりの狐面と赤マフラーの姿で漆。顔は見えないものの、愛嬌のあるその声と口調に老婦人は嬉しそうに握手を求める。
「あらまぁ。本当に。年寄りの我侭でこんな所までわざわざ。ありがとうねぇ」
「ええよええよ。暇やったし、人と話すのも好きやし」
 気を使わないようにと、漆は答える。
「嬉しいわねぇ。お侍さんと忍者さん。まるで時代劇の中に入ったみたいだわ」
 ふふ。と嬉しそうに老婦人。
 痩せ細ってしまったものの、ころころと可愛らしい笑顔を見て清本はほっと安心する。まだまだ元気そうだ。と。
「あら」
 老婦人は清本と漆の向こう側へと視線を向けて言う。それが気になって清本も漆も身体半分で振り返って後ろを見る。そこには噂を聞いてやってきたのか、老婦人くらいの年の他の入院患者達が集まって二人を見ていた。
「どうぞ。お入りになって」
 面白そうに微笑みながら老婦人が言うと、すぐに入ってきてあっという間に雑談になる。
 あれやこれやと話題は飛び、老婦人、他の患者は勿論。清本も漆も大いに笑った。
「そうなの。だから最近はね。時間を潰すために編み物をはじめたんだけれど。だめね、この年になってからなら物覚えが悪くってね。もっと早くからやっておけばよかったわ」
 趣味の話題になったとき、老婦人が編みかけの何かをベッドの横の棚から取り出して言った。
「ほら。今年は寒かったでしょう? 今期はもう無理だけど、次の冬までに、亡くなった旦那にセーターをと思ってね。向こうで風邪でも引いたら困るでしょ」
 優しげに微笑んで喋りながら手を動かす老婦人。が、その手がはたと止まる。行き先を見失った棒針がうろうろと空中をさまよう。
「ああ。ちゃうよ。こっちはこうやって、ここに、こう」
 手芸の得意な漆。見ていられなくなって老婦人の手を取って教える。
「あら。漆さんは手先が器用なのね」
 驚いたように老婦人。
「一応、忍びやさかい。手先は器用なんよ」
 はは。と笑いながら漆。
 その後、病院から道具を借りてみんなで編み物をする事になる。
「と、こうや。このモチーフを、清本の旦那さんにも作ってもらいたいんや」
「……ふむ。『もちぃふ』」
 漆の言葉に頷くように呟いて清本が手を動かす。が、すぐに眉をひそめて動きが止まる。それを見ていた老婦人が清本の指導につく。老婦人は漆から教わってすでにマスターしていたのだ。
「なかなかに、難しいものだ」
 教わったのをこなしているものの、なかなか巧くいかない清本は低い声で呟く。
「大丈夫よ。わたしでも覚える事ができたんだから」
 嬉しそうに笑いながら、皺くちゃの手で清本の手を取って編み物を教える老婦人は、とても嬉しそうだった。
 四苦八苦しながら、一つのモチーフを完成させた清本。ほんの小さなモチーフ。柄なんてちょっぴりいびつになってしまっているが、心を込めて作ったというのは誰の目にも見て取れるものだった。
「上出来やね。初めてでこれって、結構いけるんとちゃう?」
「む。そうか? ところで、これで何をするのだ?」
 作ったモチーフを漆に渡した清本。何に使うのかを聞いてみる。見ると漆が作ったモチーフがいくつも並べてあった。清本のと同じサイズのものが14つ。みんなの先生役をやりながらもこれだけ作ったのは、流石だった。
「まあ見とき」
 みんなが見るなか、手馴れた手つきでそのモチーフを次々と繋げていく漆。その鮮やかな手つきに、すごいわねぇ。と周りから声があがる。
「どや」
 一枚に繋ぎ合わせたモチーフを広げて見せる漆。出来上がったのは3×5、横長のひざ掛けだった。見ると清本の作ったモチーフはちょうど真ん中に納められていた。
「あの『もちぃふ』がこんな風になるとは」
 感心したように清本。
「まだまだ寒いねんで。車椅子に乗るときとか使ったってや。時間が足りんかったさかい、ちょっと小さいのは堪忍な」
 言いながらひざ掛けを老婦人に差し出す漆。突然の事に驚いた老婦人、それでも一瞬後には輝くような笑顔で喜んだ。
 気がつくと、面会時間も終了していた。
 病院の入り口まで送ると言ってきかない老婦人。清本が老婦人の乗る車椅子を押して入り口へと向かう。その老婦人の膝には勿論ひざ掛け。
「ありがとうねえ。なんだか息子と孫が出来たみたいで。とても楽しかったわ。先に逝った旦那にいい土産話ができました。ふふ。あの人、きっと羨ましがるわ」
 涙の浮かぶ笑顔で、老婦人は二人に握手を求めた。
「旦那さん。セーター、きっと楽しみにしてるで」
「お元気で」
 優しげな目で老婦人の目を見て、しっかりとその手を握る清本。
 夕日差す老婦人の笑顔は、どこまでも穏やかで幸せそうな笑顔だった。


 ――その五日後だった。老婦人が息を引き取ったのは。
 眠るように、その最後は安らかだったという。


 そぼ降る雨の中、清本と漆の二人は銀幕市内の寺へ葬られた老婦人の墓参りに来ていた。
 雨のせいだろう。まだ昼をちょっと過ぎたばかりの時間だというのに、辺りは暗く、他に人もいなかった。
 老婦人の名と、恐らくは旦那であろう。二つ並んで名が刻まれた墓石の前に、二人は静かに立っていた。
 掃除をし、花とお供え物を供え、水を張り。
 その間、二人に会話は無かった。
「……」
 いくつもの死を見てきた清本。しかし、何度経験したところで悲しみが感じなくなるわけでは勿論無い。
 ぱあっと。輝くような可愛らしい笑顔の老婦人を思い出す。調子がいいのよ。と笑った顔。時代劇の中に入ったみたいと笑った顔。無くなった旦那にセーターを編むんだと微笑んだ顔。車椅子に座った膝にひざ掛けをかけた嬉しそうな顔。そして。息子が出来たみたいと涙の浮かんだ笑顔。
 いつだって。老婦人はころころと可愛らしく笑っていた。
 老婦人の墓石を見ながら、清本は幼い頃に死別した母を思い出した。あの老婦人にはどこか母の面影が……。
 いや。やめよう。
 小さく、清本は首を振る。
「ええなあ」
 その時耳に入った声に、一瞬。清本はその声が誰から発せられた声なのかが分からなかった。
「あの世とはいえ、大切な人に会えるんやから」
 ひどく平坦な、それでいて何かを含んだ声。
 それが漆が発した言葉だと気がついた清本は、ゆっくりと漆に目を向ける。
 墓石を。いや、墓石を通り越したその向こうを見ているような狐面。しかし、その面の向こうは見えない。
「……」
 言葉が、出ない。
 なんの感情も読み取れない漆の声。とても言葉どおりの意味が含まれているとは思えない口調と声だったが、清本にはそれがどれほど切実な漆の願いかは感じられた。だから、言葉が出なかった。
 なんと言えば少しでもその心を救う事が出来るのか。なんと言えばいつもの元気を取り戻す事が出来るのか。
 その術が、清本はまるで思いつくことが出来なかった。
 しとしとと。傘を持たない二人に降る雨。狐面から垂れる雨粒も、清本の顎を滴る雨粒も。きっと形になった涙。
「ええなあ」
 再び、漆の口からその言葉が漏れた。
 それはきっと無意識。強く、強く想っている。けれども決して口には出さぬ想い。
 会いたいと。強く願う人が漆にはいる。しかし、その人物は漆と同じ映画の中の人物。そしてその人物は銀幕市に実体化していない。ムービースターの漆は、もしも銀幕市で死んだとしても映画の中に戻れるかどうかは分からないのだ。だからこそ、あの世で大切な人と会える老婦人が羨ましかった。
 それきり二人は無言のまま、墓石の前に佇んでいた。
 灰色の空から降る雨は、止む気配は無かった。


「世話になった」
 墓参りの帰り道、清本はぽつりと漆に言った。
「ええで。別に」
 振り向かずに、漆は答える。
「……」
「……」
「旨い甘味を作る『きっさてん』を最近、見つけてな」
 唐突に、清本が話し出す。唐突な話に、不思議そうに漆は清本を振り向く。
「もっぱら、通いつめている」
 狐面にはてなが浮かぶような漆の視線に、清本は続ける。
「世話になった礼に、甘味を馳走しよう。『まぁぶるさんでえ』が絶品なんだ。甘味は好きだろう?」
 元気の無い漆。気の利いたこと一つ言えない清本は、元気になれるようにと、甘味をご馳走しようと思ったのだ。
「好きやけど……遠慮しとくわ。大したことしてへんし」
 清本を見ていた顔を前に戻し、当然のように断る漆。おそらくその答えは予想していたのだろう。清本もまぁいいだろ。と引き下がらない。
「ほんま、ええって」
「あの味を、おまえさんにも知って欲しいのだ。遠慮するな」
 なかなか首を縦に振らない漆の腕を取って、強引にずるずると引きずっていく清本。力なく抵抗していた漆だったが、やがて。
「しゃぁないな」
 強引な清本に、思わず苦笑交じりに漆はそう言った。
 弱まってきた雨に、二人は喫茶店への道を歩き出した。


 ――二月も中旬。慌しくも平和な、銀幕市での二人だった。ほんの少し先に、過酷な別れが待っていようとは、この時はまだ誰も知らなかった。

クリエイターコメントこんにちは。依戒です。
プライベートノベルのお届けに参りました。

ええと、まず最初に。
この度はお二人の素敵な物語のかけらを書かせていただき、ありがとうございました。

例の如く、長くなるお話は後ほどブログにて語らせていただきます。興味があれば是非にお越し下さいませ。
ここでは一言。特徴のある口調のお二人。イメージを崩さぬ仕上がりになっていればよいのですが。と、心配です。

それでは。最後となりましたが。
PL様のお二人が。そして作品を読んでくれた誰かが、ほんの一瞬でも、幸せな時間だったな。と思って頂けたのなら、私は幸せに思います。
公開日時2008-03-31(月) 22:20
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