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<ノベル>
「〜〜♪」
上機嫌で、マリアベル・エアーキアは店の前で水撒きをしていた。
勤め先であるとある洋食屋。暑さを増していく昼に備えて小まめに店先に水を撒いているのだ。
比較的いつもほわわんと幸せそうに笑っているマリアベルだが、今日の上機嫌には理由があった。有名なピアニストが、午後から店内でライブをするのだ。一度、生で聴いてみたいと前々から思っていたマリアベル。水撒き一つをとっても心待ちにしている様子が伺えた。
「お? マリアちゃん上機嫌だね。何かいいことあったかい? 昼時にでも寄らせてもらうよ」
「ふふ。分かります? あ、それなら、昼ちょっと過ぎくらいがいいかもしれませんよ」
店の前を通った常連客の男性にやわらかく微笑んでマリアベル。この笑顔見たさに店に足を運ぶ常連客も少なくはない。
「お。そういえば今日はマリアちゃんが楽しみしてたあれか。なら、尚更昼時に来ないとな、忙しくないように」
ははは。と笑いながら歩いていく男。あら。と小さく笑ってマリアベルは水撒きを続ける。
ラジオやCDでしか聴いた事のないそのピアニストの演奏を頭の中で再生しながらマリアベル。ピシャッ。ピシャッという涼のある水の音がアクセントに響く。
パシャッ。
「――!?」
……え?
なにか違う感触に、思わず視線を上げて水を撒いた先を確認するマリアベル。
そこには、ギターを肩にかけた葛城 詩人の姿があった。
「ん?」
よそ見しながら歩いていた詩人。水の感触に振り向くと、マリアベルと目が合った。
「……あ」
「……あ」
同時に、二人呟く。そして同時に視線が下がる。そこには水に濡れた詩人の足。
「ご、ごめんなさいっ!」
勢いよく謝るマリアベル。
「ああ。いいよいいよ。俺も余所見してたし、ね。マリアさん」
「あ、シド君」
名前を呼ばれて顔を上げ、気がついたようにマリアベル。相手が詩人だということに気がついてなかったようだ。
「ごめんなさい。ええと」
どうしよう。とでも言うように困った声でマリアベル。
「だいじょぶだって、こいつも無事だったし」
肩にかけたギターのケースをひょいと持ち上げて笑う詩人。
「とりあえず乾かさないと。タオル貸すから、どうぞ」
そういって店のドアを開けて詩人を促すマリアベル。ほんの一瞬だけ少し考えてから、詩人が店内に入っていく。
「終わったかい? ご苦労さん。……ん? ああ」
マリアベルに労いの言葉をかけた店長が、詩人の濡れた足を見て直ぐに気がつき、厨房の奥へと入っていく。
マリアが詩人をカウンター席に座らせると、店長が戻ってきて、手に持っていたタオルを投げてよこす。巧くキャッチしたマリアベルが詩人のボトムスの濡れた部分を拭いていく。
「自分でやるよ、貸して?」
気がついたように言う詩人に、首を振ってマリアベル。詩人は困ったように指先で軽くこめかみを掻いて、手持ち無沙汰に店内を見回す。
ちょっとお洒落な街の洋食屋さん。
それが詩人の受けた店の印象だった。あまり格式ばっているわけでない、親しみやすい作りの洋食屋。センスの良いBGM。そして目立たない場所にちょこんと置かれた数本のアコーステックギター。音楽に携わっている詩人は、それをみてなんだか少し嬉しくなる。
「だいじょうぶかな。風邪引いたりしないかな。やっぱり脱いだ方が……」
一通り拭き終わったマリアベル。詩人の横に座って独り言のように小声で呟く。詩人がそれに返す。
「ま、夏だし。すぐに乾くよ」
気にしないようにと、明るく笑って詩人。そこに店長が詩人とマリアベルにアイスコーヒーを出す。
「済まなかったな」
冷えたグラスに注がれたアイスコーヒー。出したばかりだというのに、既にグラスにはうっすらと汗。
「丁度暑かったし気にしなくてもいいんだけど、いただきます」
一口飲んで、お、うまい。と呟く詩人。その横でマリアベルがチラリと時計を見る。
「ついさっき連絡が入って、体の具合が悪くて休むってさ」
マリアベルの仕草に察して言った店長の言葉に、すぐに気がつくマリアベル。もうすぐ開店だというのに、アルバイトの人が来ていなくて心配していたのだ。
「代わりを探したけど、ダメだった。ただでさえ今日は忙しくなりそうなのに、困ったな」
店長の言葉に困り顔のマリアベル。それを見て横で話を聞いていて閃いた詩人が申し出た。
「もしかして人手不足? 俺が手伝おうか?」
詩人の申し出に、一瞬顔を見合わせるマリアベルと店長。
「すごく助かるけど……いいの?」
「はは。無理だったら言わないって。どうせ暇だったし、外は暑いし」
マリアベルの言葉に、返す詩人。
「よし。宜しく頼む。それじゃマリアちゃん。オープンだ」
「はーい。よろしくね、シド君」
店長の言葉に頷き、詩人に笑いかけてから、マリアベルはドアの看板をオープンにしにいった。
「シド君。三番と五番、注文お願い」
「OK」
忙しそうに少し早口気味に、マリアベルは詩人に言い、自分は両手に出来上がった料理を持って運ぶ。
「お待たせしました。こちら日替わりランチと、オムライスになります」
「ありがとっ、マリアちゃん。相変わらず今日も可愛いね」
「ふふ。ありがとうございます」
客の言葉を愛想よく受け流し、マリアベルは出来上がった料理を運ぶ。一方詩人はオーダーを聞いたり席の掃除等を中心に動く。
スタッフは店長とマリアベル、そして詩人の三人だけで、厨房に店長。厨房補助+フロアの補助にマリアベル。となるとフロア仕事の大半を詩人がやることになるのだ。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか」
店のエプロンをかけた詩人が言われたテーブルに注文を聞きに行く。
「ご注文を繰り返します――」
「二番、あがった。マリアちゃんお願い」
「はい」
昼に近くなるにつれて込み合ってくる店内。それぞれが忙しなく動く。
「……あ」
ピタリと、足を止める詩人。流れているBGMが気になったのだ。
いい曲だな。
誰に聞こえるわけでなく、小さな声で呟く。
が、すぐに活気ある店内の音に気がつき、仕事に戻る。
――カラン。
「いらっしゃいませー」
「いらっしゃ……っ!?」
ドアの開かれる音に反応してマリアベル。それに続いた詩人だったが、入ってきた客を見て目を見開く。
サングラスに黒いスーツを羽織り、インナーには紫色のシャツ。誰が見てもその筋の人だった。
サングラスの男はカウンター席のど真ん中に座り、ふぅ。と大きく息を吐いてくつろぐ。
「マリアさん……」
サングラス男に聞こえないように小声でマリアに話しかける詩人。
「あ、シド君。注文おねがいね」
笑顔で言うマリアベル。
「……Really?」
唖然と返す詩人。マリアベルの顔には冗談のそれはなかった。
もう一度、サングラスの男の顔を見る詩人。人を顔で判断するのはいいことではないが、どう考えても、悪い事は大抵やってきました。と言わんばかりの顔だと。
「おぅ。にいちゃん」
サングラスの男が詩人に向かって話しかける。思わず目を逸らしたくなる詩人だが、今は店員なので及び腰ながらオーダーを聞きに行く。
「……ふむ」
しげしげとメニュー表を眺めてから、パタリと閉じて男。
緊張に鼓動の高まる詩人。妖しげなクスリなんて言われてもこの店にはないぞ。そんなことばかりが頭に浮かぶ。
「ミルクを、一つ」
しかし、放たれた言葉はそんな言葉だった。
「…………は?」
思わず、詩人。聞き間違えだろう。と、もう一度聞きなおそうとしたところに男が付け加える。
「ホットでな」
一瞬のうちに思考がどこか迷走しはじめる詩人。
ミルクを? しかもホット? この暑い日に? いや、そもそもメニューにミルクはあっただろうか?
「ふふっ」
その時、おかしそうに笑うマリアベルの声が響いた。
「はい。そろそろおしまい。シド君困ってる」
そう言ってサングラスの男と詩人に割ってはいるマリアベル。ぽかんとしている詩人に説明する。
「この方、実はこのお店の常連さんなの。新しい子が入るたびにこうやって脅かすのよ。わたしも最初おんなじことされたわ」
思い出すようにしてマリアベル。
「はっは。済まねぇなにいちゃん。脅かして。しかし店長。いいにいちゃん見つけたなあ。これなら看板娘マリアちゃんと共に看板息子になれるんじゃないか」
サングラスの男。前半は詩人に、後半は店長に向かって言う。
「俺じゃあ看板にならないってかい? 俺だってあとほんの2,3歳若けりゃ」
その言葉に冗談交じりに返す店長。
「はっはっは。ちげえねぇや」
そうして、どっと店内に笑いが起こる。
ちょっとお洒落な街の洋食屋さんのおもむきのその店は、雰囲気的には酒場のような、親しみやすい店だった。
昼を過ぎて少し客足が収まってきた所で、マリアベルが詩人に賄い料理を作る。
「え? 食べてもいいの?」
カウンター席の隅に呼ばれたと思ったら料理を出された詩人。マリアベルに訊ねる。
「勿論。お腹すいたでしょ。賄い料理で申し訳ないけど」
間違って割れてしまった卵、規定サイズより小さくなった鶏肉などを使ってオムライス。正規メニューのデミソースとは違い、クリームソースのだ。
「商品用にと考えているソースなんだけど、出来れば感想も聞かせてほしいな」
とマリアベル。
「それじゃ、いただきます」
一口、まずは口へと運ぶ詩人。その表情が途端に変わる。
「……すげー美味い」
思わず、ぼそりと。
「すげー美味いよ!」
もう一度。あまりの感動に店内という事を忘れて大きな声で詩人。慌てたマリアベルがきょろきょろと辺りを見回したのを見て詩人も気がつく。
「あ、わり。でもほんと美味いよこれ。俺は料理のProfessionalじゃないから詳しい感想とか言葉に出来ないけど、すげぇ美味い」
そうどんどんと食べていく詩人。嬉しそうに食べる詩人のその姿に、作ったマリアベルのほうが嬉しくなる。
「ふふ。喉に詰まらせないようにね」
言いながら、水をそっと出す。
「見てて嬉しくなる食べっぷり。そうだ。今度シド君の好物を御馳走させて? 店を手伝ってくれたお礼とかもあるし」
そう言って笑いかけるマリアベル。
「や。手伝った御礼とかはいいよ。こっちも楽しんでやってるしね」
そこまで言って、でも。と笑って続ける。
「御馳走はいただきたいかも。お世辞抜きに美味いよ」
ご馳走様。とあっという間に平らげた詩人。食器だけになったそれを持って厨房に入っていくマリアベル。
「洗い物なら俺が」
立ち上がろうとした詩人を手で制してマリアベルが言う。
「ううん。多分もうすぐまた込みはじめると思うから、それまで休んでて」
お言葉に甘えて、と少しくつろぐ詩人。
軽く目をつぶって流れているBGMに意識を向ける。
センスのいい選曲はあの店長の趣味だろうか。
そんなことを考えてしばらくBGMを堪能する。
そして曲が終わってまた別の曲が始まった時。
「――!」
すぐに気がつく詩人。さっきの忙しかったときに気になった曲だった。
聞けば聞くほどに、それはいい曲だった。
こんなにいい曲。メロディーの一部分でもどこかで聞いたことのある曲ならば絶対に忘れない。あまり有名な曲ではないのだろうか。
そんなことを考えながら聞き惚れていると。突然に声をかけられた。
「いい曲でしょう」
マリアベルだった。
「凄く、いい曲だ」
再び、曲の中に入り込むように目を伏せて詩人。
「この曲、店長が昔に作った曲らしいわよ」
「……!?」
驚いて詩人。どういうこと? と詳細を聞く。
「常連のお客さんに聞いたんだけどね、詳しい事までは教えてもらえなかった。その後直接店長にも聞いてみたんだけど、はぐらかされちゃった」
マリアベルの言葉を真顔で聞く詩人。その熱心な様子にマリアベルは付け加える。
「気になるなら店長に直接聞いてみるといいかもしれないわね。シド君、音楽好きだから詳しい話聞かせてくれるかも」
そこまで言ったところで、ドアベルを鳴らして数組の客が店内に入ってきた。
「さて。休憩終わり。もう一頑張りね」
暑くなってきたから水撒きしたほうがいいかも。そう呟いたマリアベルの言葉に、詩人が申し出る。
「俺やるよ。水はどこの汲めばいい?」
「外は暑いし、わたしがやるよ」
ちらりと窓から見える外を一目見てマリアベル。
「いいっていいって。それに、マリアさんが水撒きすると、犠牲者がでるかもしれないし?」
冗談交じりにそう言って、外に向かう詩人。
「もうっ。いじわるなんだから」
マリアベルも冗談で返し、道具の場所や水を汲む場所を教えて見送る。
「マリアちゃーん」
詩人が出て行ってすぐ、店長がマリアベルを呼ぶ。聞けば、あると思っていたオリーブオイルの在庫が切れたらしく、買いに行って欲しいとのこと。
「悪いな、もうすぐ来る時間だってのに」
時計を見て店長が言う。ピアニストが来る時間はあと30分ほどに迫っていた。
来てからの準備もあるだろうし、いつもオリーブオイルを買っている店は歩いて10分もかからない場所なので大丈夫。と、マリアベルは店を出て買い物にでかける。
「ん? どうかした?」
店の外にいた詩人に事情を説明して歩いていくマリアベル。詩人は代わろうかと言おうとしたが、目的の店の場所が分からなかったのでやめた。
マリアベルが出て行ってすぐ、店内から数名の男性客が出てくる。
「ありがとうございましたー」
そう言った詩人を、客たちは睨み付けて取り囲む。
「……?」
訳が分からない。という風に状況を見ていた詩人に一人が口を開く。
「おいお前。マリアちゃん目当てでバイトに入ったんだろ」
あーなるほど。
すぐに状況を理解する詩人。男たちはマリアベルのファンだった。
「俺はマリアちゃんが実体化する前からファンなんだからな!!」
よく分からない理論を展開するファン達の言葉を適当に聞き、収まった所で詩人は言う。
「大丈夫だって、俺は臨時で入った手伝いだし、今日だけだよ」
それを聞いてさらに憤慨するファン達。マリアちゃんと知り合いなのか? どういう関係なんだと早口に言う。
「知り合い? 友達? まぁそんなとこだよ」
適当に言って切り上げようとする詩人。水撒きも終わったし。と店内へ戻ろうとした時、肩を掴まれる。
「まてよ」
「なに? まだなんかあんの?」
面倒そうに、詩人。どうやら彼女と楽しそうに話をしていたのが気に喰わないらしい。もう二度と話すなとかこのまま帰れとか、好き勝手言っている。
「……はぁ」
適当にやり過ごそうと思っていた詩人だったが、あまりのしつこさに面倒になって言う。
「それはあんた達の決める事じゃないだろ」
打って変わった鋭い目に、男たちは少し怯える。
「俺が誰と話しをするかもマリアさんが誰と話をするかも、あんた達の決めることじゃない。それでも気に喰わないってなら、力ずくで止めろよ。ただ、骨の数本くらいは覚悟してこいよな。Do you understand?」
詩人の言葉に、男たちは素直に引き下がっていく。
「やれやれ」
男たちを見送った詩人。ふぅ。と肩をすくめて店内に戻っていった。
買い物から帰ったマリアベル。店長にオリーブオイルを渡して、注文の確認を始める。
「あー……。マリアちゃん。言い難いんだが……」
本当に言い難そうな店長に、小さく笑ってなんですか? と答えるマリアベル。
「ライブをするはずだったピアニストから連絡があって、申し訳ないが行けなくなってしまったって」
「あら……」
残念そうにそう答えるマリアベル。その様子を詩人は遠くから見ている。
「困りましたね……。演奏を楽しみに来ているお客様もいますし」
一番楽しみにしていたのはマリアベル本人だったが、それを見せないようにマリアベルは言う。
けれど、マリアベルが楽しみにしていたことを知っている店長や常連客は、どうにも複雑な表情でマリアベルを見る。
「んー……」
状況が状況だけに静まった店内に、詩人の声が響く。
「PianoじゃなくてGuiterなら弾けるんだけど。それじゃ駄目かな?」
「――!」
驚いたのはマリアベルだけじゃなかった。店長も詩人を凝視する。
「ま、Pianoとは大分違うものだけど、Liveってのは同じだしな」
ははと笑って詩人。
「頼んでもいい……?」
店長と一度顔を見合わせた後、詩人に視線を戻して、申し訳無さそうにマリアベルが言う。
「勿論。嫌なら言わないって」
こうして即興ライブをすることになった詩人。準備をしながら、店内に飾ってあったアコーステックギターを使ってもいいだろうかと店長に聞く。
「ふむ」
少し考えた店長。にやりと笑って続きを言う。
「最高のライブが出来るというなら、貸してやる」
その物言いに一瞬驚く詩人だったが、すぐに言葉を返す。
「それはまぁ聞き手の判断になっちまうけど、誇りはあるぜ」
同じようににやりと笑って返した詩人に、店長はいいだろう。といって飾ってある一本を取って渡す。
チューニングは済ませてある。との事だったので、音を確かめていく詩人。
そして準備が整い、ステージに上がってライブを始める詩人。
ピアニストが来れなくなって代理という事でステージに立った詩人。店内の客はその事を知っていたのであまり興味無さそうに好き好きな話をしていたが、すぐに、その状況は変わった。
その演奏技術。そして何より歌声に、一瞬のうちに場は魅了される。
深いまっすぐな歌声で流暢な英詩を紡ぐ詩人。歌詞も、メロディすらも、今思いついての演奏だ。
マリアベルも。気がつけば仕事の手を止めて詩人のライブに聞き入っていた。
皆、言葉が出なかった。何か声を発すれば、その歌声を汚してしまうかもしれない。そんなことを思わせるほどに、詩人の歌声は辺りを魅了した。
「――……」
一曲終わると、魔法が解けたように辺りから一斉に怒号のような拍手が沸きあがった。洋食屋で、しかも食事の途中だということも忘れて、立ち上がっての拍手の嵐。
「Thank you」
片手で返事をして、次の曲を弾き始める詩人。再び、店内に魔法に掛かる。
「それにしても、凄かった」
太陽もとっくに沈み、店を閉める準備をしながらマリアベルが言った。
「ん?」
返す詩人に、ライブ。とマリアベル。
「あぁ。いや……ふっ」
言いかけ、途中で小さく笑ってThank youと答える。
「丁度来てた若い女の子達が、ファンクラブ作ろうって真剣に話してたよ」
笑いながら、マリアベルが言う。
「はははっ」
それは嬉しいね。と軽口で詩人。そして突然、ああそうだ。と、思いついたように店長を向く。
「そうだ店長。今日、何度か店内でかかっていた曲」
そう言って、その曲のメロディーを口ずさむ詩人。
「この曲。店長が作った曲だってきいたんだけど」
正直半信半疑だったが、音楽の好きそうな素振りを何度か見せた店長だったから、詩人は聞いてみた。
「……」
無言のまま、店長はちらりとマリアベルを見る。マリアベルはわざとらしくはなうたを歌いながら閉める準備を進める。
「……さぁな。昔の事だから忘れた」
ぶっきらぼうに、そう答える。そのいい様に何かを感じた詩人。音楽をやっていたのかとさらに聞く。
「また店を手伝ってくれたら教えてやるさ。今日のライブは……最高だった。客もそう思ってるだろうよ」
そういい残してさっさと帰っていく店長。詩人は喜んでいいんだが悔しがっていいんだが微妙な気持ちで店長を見送った。
「さて。わたし達も帰ろうか」
店を出て戸締りをするマリアベル。
「あ、そうだ」
思い出した様に呟いたマリアベル。ん? と返した詩人の頬に、唐突にその感触はきた。
「お礼」
笑顔で言うマリアベル。それは、マリアベルから詩人への頬へのキスだった。
「だからお礼なんて……」
さして動揺もせずに言おうとした詩人の言葉を、マリアベルが遮った。
「店を手伝ってくれたお礼じゃなくって。最高の一日をくれたお礼」
「……なるほど」
少し時間を置いてそう言った詩人。そのまますっと、マリアベルの額にキスを返す。
「俺も最高の一日を貰ったからね、これはそのお礼」
小さく笑って言う詩人に、同じようにくすりとマリアベル。
「さ。もう日も沈んだからな。送っていくよ」
「うん。ありがとう」
並んで、二人は歩いていく。
楽しげな笑い声を残して。
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クリエイターコメント | こんにちは。依戒です。
プライベートノベルのお届けにまいりました。
あ、まず最初に。 この度は素敵なプライベートノベルのオファー。ありがとうございます! ノベル中の二人に負けないくらい。素敵な時間を過ごせて幸せでした。
さて。いつものように、長くなるお話はノベルが公開されてからあとがきとしてブログにて綴りますので、よろしければ寄っていってくださいませ。
ここでは少しだけ。
あぁ。なんか……照れる。 ラストのへんとか……その……。 て、照れる!
あ、ごめんなさい一人盛り上がっちゃって。
あとはその、英語の苦手な私……。変な部分があったらどうか指摘を……! すごく不安だなぁ。
と、それではこの辺で。 素敵なオファーをありがとうございました。
オファーPC様。ゲストPC様。そしてノベルを読んでくださった方の誰かが。 ほんの一瞬だけでも、幸せな時間と感じて下さったなら。 私はそれを嬉しく思います。 |
公開日時 | 2008-08-08(金) 19:40 |
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