★ 守りたいもの ★
クリエイター依戒 アキラ(wmcm6125)
管理番号198-5127 オファー日2008-10-28(火) 22:26
オファーPC 旋風の清左(cvuc4893) ムービースター 男 35歳 侠客
<ノベル>

 ジリジリと照らす太陽。真っ直ぐに降る日差の中、キラキラと、爆ぜた光りが煌く。
 それは夏。どこまでも暑い、夏。
 旋風の清左が初めてその二人に出会ったのは、そんな夏だった。


 明確な目的があった訳ではない。強いて言うならば、からっからに晴れた空が気持ち良さそうだったから。
 散歩がてら通りかかった銀幕広場で、清左は大道芸人と吟遊詩人の妙なコンビの街頭パフォーマンスを見かけた。
 足を止めて横目で見てみる清左。客の付きはなかなかに盛況のようである。
 吟遊詩人の弾き語りに合わせて、大道芸人のパントマイム。演劇にちかいそのパフォーマンスの行方がどこか気になり、清左は人だかりまで近づいてみる事にした。
 ストーリーは、これといって挙げる部分もないような平凡なものだった。それよりも目に付くのは、コンビの笑顔と観客の笑顔。つられるように、いつの間にか清左も笑みをこぼしていた。
「さあてお次の芸は、誰か手伝いが……っと、そこの旦那」
 ちょいちょいと。手招きの先には清左がいた。
「あっしですかぃ?」
 こういった大道芸に客いじりは付きもの。清左は指名のままに割れた人だかりを進み、小さな楽器を受け取った。
「……こりゃあ何でぇ?」
 見覚えのない楽器に、問いかける清左。その反応を見た大道芸人は愉快そうに笑って答える。
「ハーモニカって楽器さ」
 聞きなれない横文字を復唱する清左。大道芸人は別のハーモニカを取り出してそれを吹いてみせる。それをみて同じように真似てみる清左。飛び飛びの音が響く。
「結構結構。それじゃ旦那。それを適当に吹いて欲しいんだ。旦那が吹いた音色を、そっくりそのまま、こっちの相方が口で真似て見せましょう」
 わあと湧き上がる観衆。清左に視線が集まる。
 響いたのは、やはり飛び飛びで滅茶苦茶な音。それが木霊するように同じ音がもう一度響く。そう。大道芸人が宣言したとおりに、吟遊詩人がその音を出したのだ。清左が吹いたハーモニカの音を。何も持たぬ口だけで。
 湧き上がる歓声でパフォーマンスは終了した。次々とその場を去る観衆の中、清左はハーモニカを持ったまま、笑顔で観衆に手を振るコンビを見ていた。
「なかなか難しいもんでしょう」
 大道芸人が清左を振り向いて話しかける。何がとは言わなかったが、ハーモニカのことだろうと清左が返事を返す。
「あっしの世界には無かったものでさぁ」
「お。やっぱりムービースターでしたか。俺は違うけど、相方もスターなんだ」
 それをきっかけに、三人はそれぞれ自己紹介をする。
 外見からして豪放磊落を地でいくような大道芸人と、口数少なく静かに微笑んでいる吟遊詩人。やや中性的に見えるが、男である。
 対照的な二人は、大道芸人と吟遊詩人の組み合わせ。見れば見るほどに、妙なコンビだった。
「でさ、コンビを組んで初めての公演の時なんて――」
「違いますよ。あの時は貴方が寝坊して――」
「ははっ。そいつぁ可笑しい」
 ぽんぽんと話は弾む。二人の出会いからこれまでの活動。失敗談や嬉しかったことなど、三人はすっかり意気投合してしまい、ベンチに座り込んで話し合う。そして気がついてみればいつの間にか日も暮れる時間に差しかかり、そろそろと清左がベンチを立つ。
「そうでぃ、こいつを」
 持ちっぱなしだったハーモニカを返そうと清左。しかし二人は、記念に貰ってくれと、それを受け取らない。
 しかし。と、清左が呟いたところで、大道芸人が愉快そうに笑って話し出す。
「今度会った時、こいつにハーモニカの吹き方を教えてもらうってのはどうだい? 次に会う理由になる」
「それはいいですね。私達は大抵この辺りや公園あたりにいますから、暇な時にでも立ち寄ってみてください」
 そうまで言われたら受け取らずにはいられない清左。礼を言ってその場を後にする。


 その日から、清左は週に一度くらいの頻度で二人の元に足を運んでいた。
 それは二人のパフォーマンスを見るだけだったり、話をしたり、ハーモニカを教わったり、そして偶にはパフォーマンスのちょっとしたゲストとして参加したりと。
「こうして一日一日を重ねるごとに、ふっと怖くなることがあるんですよ」
 そんな時だった。清左が吟遊詩人の口からそんなことを聞いたのは。
「……怖く?」
 優しげな口調と笑顔の中のそんな言葉に、清左は思わず聞き返す。吟遊詩人は向こう側でソロでパフォーマンスをしている大道芸人とその観客を見据えて小さな声で話し出す。
「私も彼も、あの笑顔が大好きなんです。今まで見た沢山の笑顔を、日増し日増しに重ねていく。それは何よりも幸せです」
 ふっと緩んだ口元をきゅっと閉じて、吟遊詩人は続ける。
「だからこそ私は怖い。魔法が解ければスターは消えます。けれど、多くの市民は既にスターと切れぬ関係を築いています。魔法が解けたその時、失われるであろう笑顔が、私は怖い。でもそれは、魔法が掛かっている今の状態もなんです。いつか起こるであろうハザードに怯える人がいる。善悪に関わらず強い力を持つスターを恐れる人だっている」
 震え声で話す吟遊詩人の言葉を、清左は黙って聞いていた。
「笑顔を知るごとに、その笑顔を失うのが怖いんですよ」
 それきり無言の吟遊詩人。一連の様子にどこか只ならぬものを感じた清左が何かを言おうとしたその時、それに被せて話しだす。
「今の話。彼には言わないでおいて下さい。彼は私とは違って、きっとこんな風には考えてないでしょうから」
 見ると少し向こうでは大道芸人がパフォーマンスを終えて客と握手などを交わしていた。


「明日の公演を、見に来て頂けませんか?」
 暑い日差しもすっかりと肌寒い風に追いやられ、枯葉の舞う季節だった、清左が吟遊詩人からそんな誘いを受けたのは。
 特にこれといった用事がある訳でもなかった清左は、勿論その誘いを承諾し、公演のある場所。よくハーモニカを教わったいつもの公園へと足を運んだ。
 しかし、そこには誰も居なく、ぞわぞわと木々の震える音だけが響いていた。
「……おかしいな」
 時間はぴったりのはず。どうしたものかと清左が佇んでいると、木の陰から吟遊詩人だけが姿を現した。
「おう。なんでぇ、場所ぉ間違えたかと思ったや」
 清左のその言葉に吟遊詩人は口元だけで小さく笑い、話し出す。
「ええ。その通りです。本当は今日の公演は幼稚園でなんですよ」
「……とすると、あっしにどういう了見でぇ?」
 清左の顔が険しいそれに変わる。
「相方には、用事があるから少しだけソロで持たせておいてくれと言って来ました。彼は今、幼稚園でパフォーマンスの最中でしょう」
 それきり、無言。
 ひゅうと肌寒い風が強く、二人の間を通り抜ける。
 嫌な予感が、清左の心で膨れ上がっていった。そしてそれを裏付けるようなタイミングで、吟遊詩人は再び口を開いた。
「今から、この街に住む全ての人々を…………永遠に眠らせます」
 ――ああ。
「笑顔のままに……。幸せなままで……人々は永遠に眠り続けます」
 ――予感は、あったのかもしれない。
 さして驚きもしなかった自分に、清左は感じていた。
「それが……兄さんの選択かぃ?」
「ええ」
 吟遊詩人は答えた。はっきりと。
「芸人の兄さんは――」
「知りません。彼の幸せはたった今、観客を前に芸を披露しているこの瞬間です」
 清左の言葉に重ねて、吟遊詩人は答える。
「そうかい」
 腰に帯びた刀に手を掛ける清左。
 誰かを守りたいと思うその気持ち。清左の気持ちも、そして吟遊詩人の気持ちも。それがどれほど真剣なのかというのを、お互いに理解していた。
 ただ、其れを成す手段が違ったのだ。
「手前で決めて納得しなきゃ、例え極楽でも行きたかねぇよ」
 吟遊詩人の苦悩も、優しさも。清左には十分に理解できた。
 けれども清左は、刀を抜いた。
 小さく笑んで、吟遊詩人はどこからかハンドサイズのハープを取り出す。
 すぐに、清左は動いた。ムービースター相手に自分の常識など通じない。後手に回るのは得策ではないと感じたからだ。
 親指の先ほどを鞘から抜いた刀に手を掛けたまま、全速力で吟遊詩人へと走る。それをみて吟遊詩人は手にしたハープを弾き始める。
 流麗な旋律が静かな公園内に響く。何かの攻撃かと清左。が、すでに清左は居合いの間合いに吟遊詩人を捕らえていた。
 瞬間に、一筋の銀が奔る。
 一閃。それで全てが決まる。
 ――はずだった。
 確かに捉えた筈だったのに、手ごたえのないそれに、清左はすぐに横に跳躍して距離をとる。その一瞬後に、吟遊詩人の歌声が響いたかと思うと、跳躍する前の清左がいた地面が唐突に爆ぜた。
 それが吟遊詩人の能力だった。その旋律は相手の感覚を惑わせ、その歌声は目に見えぬ衝撃波を生み出す。
「……!」
 すぐに後ろに跳躍して距離を取る清左。捉えた筈の刃が外れた、その原因を見極めなければ無駄に攻撃してもカウンターをくう危険があるからだ。
 距離を取った清左に、吟遊詩人はすぐに歌声を向ける。嫌なものを感じ取った清左が横にその身を翻すと、思ったとおりに後ろにあった木に衝撃がぶつかる。
 ――ズウン。
 重い衝撃にはらはらと葉が舞う。
 相手の特徴と現状から、清左は吟遊詩人の攻撃についてある程度の察しはついていた。
 それは音。けれど、どう対処すればいいのかが思い浮かばない。耳を塞げば防げるものなのか、そんな危ないことは出来るならば試したくはない。
 足を止めないように走りながら清左。放たれる歌声の衝撃波を避けるうちに、目に見えぬ衝撃波だが、辺りの空気の歪みを見ればその位置が読み取れることに気がついた。空気中に放たれる衝撃波との境の景色が、良く見れば僅かに歪むのだ。
 これならば、攻撃に転ずることも出来る。
 連続で放たれた衝撃波の隙を突いて、清左が吟遊詩人に向かって走る。吟遊詩人はハープを弾きながら歌声の衝撃波を飛ばす。が、清左は密集している木々を縫うように走り、盾にする。そうして居合いの間合いに入ろうかという時、突然に何かにぶつかった衝撃を清左は感じた。
 不意のそれに目を凝らすと、どうやら木にぶつかったのだということが分かった。しかし何故かと考える暇はなく、目の前には歌声の衝撃波が迫っていた。
「ちぃ」
 吐くように毒づき、横に飛ぶ。が、衝撃がわき腹を掠める。
「――カ、ハッ」
 咳込みながらも、一度距離を取りってずれた袢纏を正す。
 おかしい。
 確かに清左は左目に傷を負った独眼だが、独眼での距離感や感覚などはとっくに慣れている。居合いの間合いを見違えることや、走っていて木にあたる事など本来はないのだ。
 ならばどうして? 疑うべきは当然ハープの旋律だろう。最初の時も今も、確かに吟遊詩人はハープを弾いた。
 再度、清左は吟遊詩人に向かい跳ねる。吟遊詩人がハープを弾く。
 迎撃の衝撃波を十分に余裕を持って清左は避け、居合いの間合いを掴む。
 そして一閃。
 予想通りに、その刃は手ごたえが無い。が、清左は二の手を放っていた。
 ――ガッ。
 音とともに、吟遊詩人のハープが遠くに落ちた。
 刀を振るうと同時に、清左は腰に帯びたもう一本の短刀を奥に向けて投げていたのだ。
 そしてハープの旋律が途切れた瞬間。清左の見ていた景色がずれるように少し動いた。惑わされていた感覚が元に戻ったのだ。
 吟遊詩人の確かな場所を掴んだ清左は、直ぐに跳ぶ。ハープを失った吟遊詩人には何をすることさえ出来なかった。
 再び、一閃。
 確かな手ごたえを感じ、清左は刀を最後まで収める。キチ。と、鍔鳴りの音だけが響いた。
「……ぅ、あ」
 吟遊詩人の呻きと、次いで倒れこむ音。
 勝負は決した。ゆっくりと、清左は吟遊詩人に向かって歩く。
 その時、清左を横切って吟遊詩人へと駆け寄る影があった。
 それは大道芸人だった。
「おい! しっかりしろ!」
 大道芸人は吟遊詩人を抱き起こし、呼びかける。
「……どう、し……て」
「……知ってたよ! おまえが悩んでたこと、苦しんでたこと」
「そう……でしたか……。わた、し……は…………」
 その言葉は最後まで紡がれる事はなく、吟遊詩人は息絶えた。後に残った一本のプレミアフィルムを拾い上げ、大道芸人は清左を向く。
「相方を……有難う」
 静かに言った大道芸人のその顔は、ボロボロに涙を流しているのに、無理をして笑みをうかべていた。
「俺……。知ってたんだ。あいつが悩んでたこと。しようとしてたことも大体。でも、気がついた時にはもう手遅れで、俺じゃどうすることも出来なくて。あいつの想い、本物だったから」
 途切れ途切れに話す大道芸人。全てを話し終えた後、ボロボロと零れる涙を強引に拭いて、パンと強く頬を叩く。
「……これから、どうするんで?」
 色々な意味を込めて、清左は訊ねた。
「幼稚園に戻って公演の続きをする。誰よりもあいつが願った、人々の笑顔さ。俺は俺のやりかたで、守ってみせるよ」
 はっきりとそう言った大道芸人を見て、清左は安心したように返した。
「そうかい。頑張りねぇ」
「旦那も」
 ああ。お互いに強く頷いて、二人は公園を後にした。


 寒さを増した風もめっきりと強まり、落ちる葉さえも失った木々がカツカツと寒そうに寄せ震える季節。
 あれからも何度か、清左は大道芸人と会っていた。
 吟遊詩人の相方を失った大道芸人は、今はソロで、やはり街頭パフォーマンスなどをしている。楽しそうに笑っては、同じように辺りに笑顔を作っている。
「あれ? 吟遊詩人の相方さんは?」
 以前の二人を覚えていた客から、ときたまそんな言葉がかけられているのを清左は耳にした。
「ああ。あいつ、今ちょいと出かけているんだ。きっとまた、そのうち戻ってくるんじゃないかな。なによりも人々の笑顔の好きな奴だから、こんな沢山の笑顔を放っておかないさ」
 そうやって返す大道芸人を、何度か見かけた。
 ひゅう。
 一際大きな風が吹いた。清左が佇んでいたそこは、あの時の公園。何度も何度もハーモニカを教わった、あの公園。
 清左は着流しからハーモニカを取り出し、口に当てる。
 静かに吹いたその音色は、風に乗って流れていく。
 やがて曲が終わろうかというところまで演奏した清左、しかし、そこで演奏をやめてしまう。吟遊詩人に教えてもらっていたのはそこまでだったのだ。結局最後まで教わる前に、ああなってしまった。
 けれど、これでいいのかもしれない。清左はそんな風に思う。
 何故ならば。
「最後まで教わるってのが、また会う理由にならぁな」
 そう呟いてハーモニカを仕舞い、清左は歩き出した。

クリエイターコメントこんにちは。依戒です。
プライベートノベルのお届けにあがりました。

もの悲しいシリアス。秋から冬にかけるこの時期に似合うジャンルだと思います。

さて、遅れましたが
この度はプライベートノベルのオファー、有難うございました。切なさや希望。色々なものを感じながら書くことができました。

ながくなることは後ほど、ブログにあとがきとして綴るとして、ここでは少し。

二人については割りとお任せとありましたが、迷った末に名前は無しで行きました。大道芸人、吟遊詩人と表現した方が、このノベルでは適切かな。と思ってのことです。

結末についても、お気に召していただけたのなら幸いです。

それではこの辺で。

オファーPL様が。作品を読んでくださった方が、ほんの一瞬でも幸せな時間と感じてくださったのなら、私はとても幸せに思います。
公開日時2008-11-17(月) 19:30
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