★ 【Sol lucet omnibus】ハコニワ・ティーパーティ ★
クリエイター犬井ハク(wrht8172)
管理番号102-8414 オファー日2009-06-25(木) 21:59
オファーPC ジャック=オー・ロビン(cxpu4312) ムービースター 男 25歳 切り裂き魔
ゲストPC1 二階堂 美樹(cuhw6225) ムービーファン 女 24歳 科学捜査官
<ノベル>

 日差しが徐々に強さを増す初夏、六月初旬。
 時刻は午後一時三十分。
 場所は、平和記念公園の一角、青空の下で。
「すごい……!」
 一面に広げられたスイーツを見ての、ジャック=オー・ロビンの第一声がそれだった。
「びっくりした? ステンドグラスのお礼に、と思って頑張って作ったのよ。全部ジャックのために焼いたものだから、幾らでも、好きなだけ食べてね」
 言って、二階堂美樹(にかいどう・みき)がにっこり笑う。
 華やかでキュートなピンクパープルのワンピースと黒のレギンス、おおぶりのアクセサリを身につけた――もちろん白衣も着用だが――美樹は、『人間は外見ではなく中身』がモットーのジャックをしても可愛らしいと断言出来る。
 無論ジャックは、美樹という人間の中身をこそ興味深く、また大切に思っているのだが。
 ともあれ、今大切なのは、自分の目の前にこれでもかというほどの大量のスイーツがずらりと並べられている、ということだ。そして、それを作ってきてくれたのが、綺麗なレジャーシートの上でお皿の準備をしている美樹だ、という事実だ。
「ありがとう、美樹! この上もなく幸せな気分だ!」
 甘いものをこよなく愛するジャックは、満面の笑顔で美樹を抱き締めた。
 と、
「ぅきゃわー!?」
 ジャックの文化圏ではハグというのは挨拶に均しいのだが、美樹の……というよりもこの国の文化では、年頃の異性が同年代の異性を抱き締めるという行為は、あまりポピュラーではないらしく、ジャックの腕の中で真っ赤になった美樹が奇声を発する。
「あ、ごめんごめん、この国ではあんまりしないんだったかな?」
「うん、あの、だ……大丈夫……うん、本当に」
 ジャックがパッと手を離すと、美樹はしどろもどろといった感じでモゴモゴとなにやら口にしていたが、すぐに気を取り直したのか、特大のバスケットからフォークとナイフとスプーンを取り出して、笑顔とともにジャックに差し出した。
 バスケットからは、DP警官帽ではなく、お茶会用シルクハットを被ったバッキーのユウジがひょっこりと顔を出し、ひらひらと飛んでいく蝶々を珍しげに見上げている。
「さあ、どれから行く、ジャック?」
 美樹に問われ、ジャックは小首を傾げて今日のメニューを見渡す。
 カットマンゴーを花のように並べたシフォンケーキ、シンプルな焼きチーズタルト、洋酒を利かせたモンブラン、ふんわり淡雪のような口解けのシュークリーム、さっくりとしたスコーンに濃厚なクロテッドクリーム、素朴な風合いのマドレーヌにナッツとキャラメルの風味が抜群のフロランタン。
 チェリーのコンポートを惜しげもなく使ったチョコレート・ケーキ“フォレ・ノワール”、バターを使わずに焼いたパータ・ビスキュイを使った“ルレ・オ・フリュイ(フルーツロール)”。ミルリトン、アマンディーヌ、ガレット・ブルトンヌ。アーモンドクリームのパイ“ピティヴィエ”、フランボワーズとクリームのパイ“ピュイ・ダムール”。
 もちろん冷たいデザートもたくさんある。
 真っ白で滑らかなブランマンジェ、たくさんのフルーツを閉じ込めたテリーヌ、ラムを利かせたチョコレートのムース。パッションフルーツのムースとココナッツ入りジェノワーズ(スポンジケーキ)を組み合わせた“ココ・パッション”、メロンゼリーを載せたヨーグルトムース、とろけるような滑らかさのプディング。
 あとは、指先でつまんで食べるプティ・フール、プティ・フール・ドゥミ・セック。いわゆる、一口菓子や一口半生菓子だ。
「……うん、迷うね、これは。もちろん全種類食べるけど?」
 一種類の量は少ないが、よくこんなにたくさん作ったな、と思わず感心するほどの、圧巻とさえ言えるお菓子の群れだった。それを、美樹が自分のために作ってくれたのだと思うと、何とも嬉しく、微笑ましい気分になる。
「おっと、じゃあボクからもお礼をしなきゃね?」
 ハイキングに行こう、青空の下でティーパーティをしよう、と誘ったのは美樹だ。
 以前美樹とともにヴィランズと戦い、悩む彼女のためにステンドグラスを贈った、そのお礼だったのだということは先ほど初めて知ったジャックだが、美樹がお菓子を焼いてくれることは知っていたので、彼はティーセットとフルーツを持っていくと約束していたのだった。
「今日のお茶はディンブラ。マイルドな口当たりと、コクとフルーティな香りが特徴の飲みやすい紅茶だよ。瑞々しい風味があって、日本人好みの味らしいね」
 うたうように滑らかに説明しながら、汲んで来たばかりの美味しい水を――清らかな泉のムービーハザードが近くにあったのだ――ポットに入れ、友人からもらった魔法のキューブで火を熾し、沸騰させる。
 湯の泡が大きくなったタイミングで、茶葉を入れたもうひとつの丸いポット――もちろんよく温めてある――へと湯を注ぎ、ジャンピング運動を引き起こす。
「わ、いい香り……花みたい」
「ああ、そう言う人は多いみたいだね。そしてそれは、ディンブラの特徴で、身上でもあるんだよ」
 言いつつ、お茶を温めたカップに注いでいく。
「はい、どうぞ、美樹」
「ありがとうジャック。胸の奥がすっとするような素敵な香りね……!」
「そうだね、ボクもお気に入りの茶葉なんだ♪ それから、こっち」
 ジャックが取り出したのは、オレンジ、キウィフルーツ、林檎、パインアップル、巨峰にマンゴーにパパイヤなど、色とりどりの瑞々しい果物たち。
 ジャックは、右手の指先を刃物化させると、それらを器用に、驚くほど手早く飾り切りにして、持参したガラスのお皿に並べていく。
「今日は薔薇モティーフにしてみたよ」
 と、彼が言うとおり、見事にカットされた果物たちが渾然一体となって、大輪の薔薇を表現しているという、美しいフルーツ盛りが出来上がり、美樹が惜しみない賛辞と拍手を送ってくれた。
「きゃー、すごーい! さすがはジャック! 私も切り絵とステンドグラスの練習は続けてるけど……フルーツの飾り切りも素敵よね、今度やってみようかしら」
「うん、やってみると奥深くて楽しいよ?」
「ええ、そうするわ。こんなフルーツでもてなすのも楽しいと思うもの。……さあ、ひとまず用意は出来たみたいだし、いただきましょうか」
「じゃあボクは……まず、この、フォレ・ノワールからいただこうかな」
 ジャックは無邪気に笑み崩れながら、皿とフォークを手に取った。
 ――そこからはもう、食べて、笑って、しゃべって、食べて、しゃべって、笑う、その繰り返しだ。
「美樹、このピティヴィエ……しっかり焼き込まれてるからかな、香ばしくて歯ごたえがよくて、最高だね」
「本当? じゃあ、こっちのフロランタンも試してみて。ナッツの風味が素朴でとても美味しく仕上がったと思うの」
 味もかたちも彩りも様々な、それぞれに美味な甘い菓子に囲まれた、口に出して言うことはないけれど特別な友人とのティータイム。
 これを幸せでないなどという人間は、きっと、よっぽどの捻くれ者だろう。
 そのくらい、ふたりとも終始笑顔で、幸せオーラを全身から発散していた。
「そうそう、そういえば『大人の法科学読本』今月号読んだ?」
 ――そして、話題は、共通する専門分野へ。
「ああ、読んだよ。指紋鑑定の歴史って何度読んでも面白いよね、ヘンリー・フォールズ先生って素敵だ」
「発端が日本文化だったっていうのも興味深いわ。それに、DNA型鑑定より速さや正確さ、コスト面でも優れているのに、確立はずいぶん早かった、っていうのも凄いわよね」
「あ、『ラボ・データ特別号』は買ったかい? γ−GDPに関する考察とか、面白かったな」
「私まだ買ってないわ、それ! 前回の、『ラボ・データ増刊号』は買ったのよ、インフォームド・コンセントに関する興味深い考察が載っていたから。本当の意味での説明と同意って、まだまだ難しいのかしらって思ったわ」
「ああ、それはボクも読んだよ。お医者さんにはプライドの高い人が多そうだもの、説明のあとに拒否されたら、カッとなっちゃう人も多いんだろうとは思うけど? でもそれって、インフォームド・コンセントになってないよね」
「そうなのよ、プライドは必要だと思うけど、患者さんの気持ちや実情に沿っていない医師のプライドなんて無意味だわ。まだまだ、改善の余地があるということよね」
「そうだね、若い人たちがこれからの医療界を引っ張っていくしかないんじゃないかな?」
「ええ、本当に。あと、そうだわ、『新設 人体のはたらきと仕組み』はもう読んだ? 私、資料の素晴らしさに思わずときめいちゃった」
「ああ、もちろん手に入れたよ。人体って素晴らしいよね、だからこそ時々細かく刻んで隅々まで見てみたいって思っちゃうんだけど」
「細かく刻むのは却下ね」
「おや、残念。……でもまぁ、ヴィランズとして退治されちゃうと美樹とお茶が出来なくなるから、我慢するよ」
「そう……よかった。私も、ジャックとお茶が出来なくなるのは寂しいし、哀しいもの。そう、その本のことなんだけど、第三章の循環器の働きと仕組みの項目でね……」
 青空の下で交わされるにはディープすぎる話題が次から次へと出てくる。
 なにせ、ふたりとも優秀で好奇心にあふれた科学者なのだ。
 自然と、会話の内容もそちらに偏る。
 ――偏るのはいいのだが、若い男女がスイーツを山盛りにしての微笑ましいお茶会に、通りすがりの人々が穏やかな微笑を向け……たかと思うと話題のディープさに珍妙な顔をして行き過ぎていく、そんな光景が何度も繰り返されたことに、自分たちのお喋りに夢中なジャックも美樹も気づいていないのだった。

 * * * * *

「ああ、美味しかった」
 丹精こめて作ったスイーツと、ジャックが淹れてくれた美味しいお茶、綺麗なフルーツ、その他持ち込んだスナック菓子やチョコレート菓子、ジュースなど、もうこれ以上は入らない、というくらい堪能して、美樹は大きな溜め息をついた。
 彼女の傍らでは、シルクハットに埋もれるような格好で、愛バッキー・ユウジが転寝をしている。
「うん、本当に美味しかった。美樹は天才だね」
「やだわ、そんなこと言われたら照れちゃう。でも、喜んでもらえて嬉しい」
 この細身の身体のどこにあれだけのスイーツが収まったのかというくらいの量を、ごくごく普通の顔をして、美樹への賛辞とともに平らげてしまったジャックである。
 片付けは楽でいいが。
「そうだわ、ジャック、プレゼントがあるの」
 小首を傾げるジャックに笑いかけ、美樹はバスケットの底からエアーマットで包んだそれを取り出した。
「あれからずっと練習して……少しは巧くなったと思うんだけど」
 言いながら差し出すと、不思議そうにエアーマットの包みを受け取ったジャックが笑みを浮かべた。
「……綺麗だ。上達したね?」
「そう?」
 エアーマットを剥がすと、そこには薔薇モティーフのステンドグラスが燦然と輝いている。
 ジャックを表す薔薇をモティーフに、赤と橙、緑を基本色に、空間の合間には黒を巧みに配し、同じくジャックの目をイメージしたつや消しの金が縁を彩る、幻想的で美しいステンドグラスだった。
「ありがとう……嬉しいよ」
 満面の笑顔でそれを見つめ、光にかざして見るジャック。
 美樹も満面の笑顔で頷いた。
「こっそり練習した甲斐があったわ」
 そこでしばし、ステンドグラス談義に花が咲く。
 好きなことだけに、またしても時間を忘れてふたりは語り合った。
 その、時間という有限のもののことに思い至ったのはジャックの方だ。
「おや……もうこんな時間」
 美味しいスイーツと、ディープだが心躍る話題に夢中になって周囲のことが目に入らなくなっていたふたりだが、ふと空を見上げると、さっきまであんなに青かったような気がするのに、そこはもう、朱金の色をしているのだった。
「本当、つい夢中になっちゃった。明日は仕事だし、そろそろ帰らなきゃ」
 特大のバスケットに、皿や空になった容器、ゴミなどを片付けながら美樹が言うと、それを手伝いながらジャックも頷いた。
 手早く、綺麗に、立つ鳥跡を濁さず。
 再度専門的な話題で盛り上がりつつ、手はせっせと動かす。
「なんだか……あっという間ね」
 そこから十数分後、ふたりは帰途についていた。
 楽しい時間は、どうしてこんなにも早く流れて行ってしまうのだろう、と思い、同時にそれが、今日のティーパーティだけを差すのではないと自分で気づいてどきりとする。
 ――太陽が西へと沈んで行こうとしている。
 また明日、と、茜色の光を振り撒き、声高に主張しながら。
 また明日。
 明日も明後日も、明々後日も、一週間後も一ヵ月後も何年経っても会える人たちはもちろんいる。当然のような顔をして、毎日出逢う友人たちが美樹の周りにはたくさんいる。
 けれど、
「……もう、終わっちゃうのね……」
 もう、あと数日で魔法は解ける。
 この夢は、あと数日で終わるのだ。
 夢が醒めれば会えなくなる人たちがたくさんいる。
 ジャックも、そのひとりだった。
 こっそり見つめた横顔は、いつも通り人形のように整っていて、自分がもうじき消えるということへの恐れやさびしさなど、微塵も浮かんではいないように見えるのに。
「……」
 この街に住まうたくさんのムービースターたちが、銀幕市で過ごした時間の、その幸いのゆえに、自分たちが消えること、ここから去らなくてはならないことへの寂しさよりも、ただこの街で出逢えた幸運に感謝しているのだと、美樹は知っている。
 知っているけれど、寂しさが消えるわけではない。
 彼ら彼女らの充足を思い、自分もまたその充足を与えられてきたのだと知っていても、別れは哀しい。
「美樹」
 それゆえにしんみりし、黙り込んだ美樹を、ジャックが呼んだ。
「どうしたの?」
「ボクが消えたら、ステンドグラスを全部、美樹に持っていて欲しいんだ」
「!」
 ハッとしてジャックを見る。
 けれど、彼はいつも通りの、屈託のない無邪気な笑顔のままだ。
「……うん」
 胸の奥から込み上げるものがあって、小さく頷くことしか出来なかったけれど、彼に――彼らに後悔がなく、ただ充足があるというのなら、美樹が哀しみ続けることはある種の失礼に当たるだろうという事実にも彼女は気づけた。
 夢は醒める。
 時間の流れが決して押し留めることの出来ないものであるのと同等に。
 けれど、思い出は消えない。
 ふたりが今日、楽しかったこと、美味しかったこと、幸せだったことは、美樹の記憶の中にずっと留められ、彼女の日々の彩りとなるだろう。
 彼女がこの街で経験したたくさんの出来事、彼女がこの街で出会ったたくさんの人々は、美樹の長い人生を照らす、無数の星となってくれるだろう。
「ええ……約束するわ」
 だから、美樹は微笑むのだ、まっすぐにジャックを見つめ、
「例え夢が醒めたって、決して消えないものがあることを、私が証明して見せるわ。――あなたの思い出を抱いて、持っているから」
 銀幕市と、銀幕市の魔法が彼女に与えてくれた、すべての佳(よ)きものへの感謝をこめて。
 無論、ふたりの間に通うのは恋愛感情ではない。
 ジャックは美樹が好きだった男のことを知っているし、彼が喪われたときも何くれとなく慰め、励ましてくれた。
 お互いに特別だが、その『特別』は男女間のそれではない。
 けれど美樹は、今、ふたりでこうして『約束』が出来ることを幸せに思っている。
「そうだね、キミが……キミたちがそうして覚えていてくれる限り、ボクたちは絶対に消えないと思うよ? そしてそれは、人生においてもとても稀有で、幸せなことなんじゃないかな?」
「……ええ」
 美樹の肩にくっついたユウジが同感とでも言うように鼻を鳴らした。
 ジャックがその可愛らしい仕草に笑い、美樹もまた微笑む。
「じゃあ、帰ろうか。明日も仕事、頑張ってね?」
「ええ。あ、仕事が終わったら、またお茶に誘ってもいい? ちょっと素敵なイヴニング・ティーパーティをやっているカフェを見つけたのよ。そこのチョコレート・ファウンテンのすごさったら芸術級で――……」
 哀しみと寂しさを今は押し隠し、残された時間をもうじき去る人々と楽しむことだけを念頭に置いて、美樹はまた、他愛のない、屈託のない会話に花を咲かせる。

 ――西の朱金と東の藍が混ざって、空は芸術的な色彩だ。
 ちかちかと、白銀の星が瞬き始めている。
 風は清冽で、どこか芳しい。
 そんな、静けさを増してゆく空の下を、十年来の親友のように、ふたりは歩いてゆく。

クリエイターコメントオファー、どうもありがとうございました!
銀幕市での思い出を描くプラノベ群【Sol lucet omnibus】をお届けいたします。

夢が醒める前の、平和で和やかで甘味スキー王者決定戦優勝間違いなし、のティーパーティ(話題はディープ)、ということで、色々と楽しく書かせていただきましたが、いかがでしたでしょうか。

夢は醒めるけれど、楽しかった記憶が消えるわけではなく、思い出はこれから先もずっと心にあって、残る人々を温めてくれるのだろう、と思いながら書かせていただきました。
このゆったりとした時間が、悲痛な別れのあとにも輝き、美樹さんの心に温かい光をもたらせれば幸いです。

なお、ここぞとばかりに某絵師の某イベピンと色々リンクさせてみましたので、どこがどうリンクしているか、探してみられても面白いかもしれません。


それでは、オファー、どうもありがとうございました。
またいつか、きっと、どこかで。
公開日時2009-07-21(火) 09:40
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