★ This graceful world ★
クリエイター高村紀和子(wxwp1350)
管理番号98-7700 オファー日2009-05-31(日) 22:35
オファーPC ヘンリー・ローズウッド(cxce4020) ムービースター 男 26歳 紳士強盗
ゲストPC1 小暮 八雲(ctfb5731) ムービースター 男 27歳 殺し屋
ゲストPC2 神月 枢(crcn8294) ムービーファン 男 26歳 自由業(医師)
<ノベル>

0.
 ヘンリー・ローズウッドは映画を鑑賞していた。
 スクリーンでは、勇者アシュターと魔王カドクグが壮絶な死闘を繰り広げている。きらめく白刃、飛び散る体液、鼓膜を震わせる咆吼。
 幻想的な映像で綴られるヒロイックファンタジーは、本国でも日本でも好評を博した。美しいものは正義、醜いものは邪悪。記号化された二元論が、ストーリーを貫く主軸となっている。
 二部作として作られたこの映画は、前編だけが存在していた。後編は、永遠に公開されることはない。
 後編の編集途中に起きた事故で、フィルムのほとんどが焼失した。時間と金をかけて新しく撮り直すこともできた――が、そういう流れにはならなかった。監督が映画誌のインタビューで製作中止を明言した。
 しかし。
 ここ銀幕市では、「失われた」幻の作品でさえ手に入れることが出来る。
 映画に対する愛と同好の士が集まり、大いに歪んだ形で結びつき、暴走した熱情で法や倫理を消し去ってしまえば可能なことだった。
 現存する台本をベースに、わずかに残った映像と既存作、俳優が出演した別の映画、まったくの捏造。それらをモザイクパッチワークのように継ぎ接ぎして生まれた後編は、ファンなら絶望のため息を漏らすほど本物そっくりだった。

 長い戦いの末、勇者は勝利を収めた。
 息絶えた聖女メリラの骸を抱き、こちらを振り返る。
 涙をたたえた瞳。その表情のない顔を、スタッフロールが覆った。

 ヘンリー・ローズウッドは眉根を寄せ、うっすらと笑った。
「無くなったものを蘇らせる技術は、もう特別なものではないんだよ。……僕の【失われた筋書き】を蘇らせることも、出来るんだろうね」
 自分の言葉に反吐が出る。
 己のちぐはぐな性格は意図されたものではない、とわかっていた。
 失われたも何も、ヘンリー・ローズウッドを論理的に説明する筋書きは、最初から存在しない。



1.
 神月枢は膝をつき、診療所の玄関にもたれかかる男を視診した。
 金髪碧眼のファンタジー系ムービースターで、満身創痍。特に右足は千切れる寸前だった。しかし、早急に処置をすれば間に合う。
 男は枢を見た。迷子のような目をして、中途半端に手を差し出す。
「どうすればいい?」
「怪我を治しましょう。治療したいから、ここまで来たんじゃないですか?」
 抽象的な質問に、枢は身近な目標を提示する。望んだ答えとは違っていたのだろう、曖昧な首肯が返ってきた。
「死にたくない……」
 うわごとのように呟いて、男は気を失う。

 枢の迅速な治療により、診療所のベッドが一つ埋まった。
 意識を取り戻した男はアシュターと名乗った。映画では勇者として、魔王を退治し世界を救ったのだという。
「銀幕市は見知らぬものがあふれていて、何度も絶望しそうになった」
 回診に来た枢に、アシュターはぽつぽつと話した。
「だが、私には神の加護があった。聖女のメリラが先に実体化しており、間もなく再会できた。辛さも苦しさも分かち合える仲間がいれば、乗り越えていけるのだ。私と彼女はこの世界に馴染むことができた」
 自分達の生活が軌道に乗った頃、メリラはアシュターに言った。
 ――まったく違う環境に置かれて途方に暮れている人は、私達の他にも多く存在するでしょう。
「実際、その通りだった。私達は困窮する人を助け、手を貸した。その人数が増えるに従い、私達は小さな共同体になった」
「いい話ですね」
 枢の相槌に、アシュターは悲愴な顔で叫んだ。
「いい話だ! いい話なんだ! 私達は銀幕市に定住するため、肩を寄せ合って共に暮らしてきた。その暮らしが何故――」
「大きな声を出さないでください。安静が必要です」
 興奮は、弱った体に毒だ。枢はなだめるように肩を撫でる。
「何故、悪行に利用されたんだ!」
 アシュターが叫ぶ。その声は、診療所の外まで届くようだった。
 枢はこめかみを押さえる。そして、ゆるく笑って椅子を引き寄せた。
「……お話を、聞かせてください」
 彼の怪我は人為的なものだった。具体的に言えば、現代兵器も交えた戦闘による負傷。アシュターが患者である限り、この診療所はトラブルに巻き込まれる可能性が高い。ならば対処するために知っておきたい。
「俺も混ぜろよ」
 いつの間に入り込んでいたのか、暗がりから小暮八雲が現れた。握ったナイフと据わった目が、ここを訪れた理由を暗に告げている。
 枢は起き上がろうとしたアシュターを押さえ、八雲を観察した。刺すような枢の視線に八雲は肩をすくめて、離れた壁に寄りかかる。
「殺す前に、悪行ってやつを聞きたい」
 アシュターはうめき、天を仰いで神の名を唱えた。



2.
 勇者アシュターと聖女メリラを中心とした共同体は、市の外れに土地と建物を借りた。
 銀幕市に順応するため、足りない知識や習慣を学ぶ場を用意した。
 スター達は互いの出身世界を尊重しながら、価値観の違う者と助け合う暮らしをしていた。
 ファンやエキストラといったボランティアの助けも借りて、彼らは日々の困難を一つずつ乗り越えていった。
 支え合う生活は、些細なきっかけで崩壊する。

 アシュターは過去を悔やむように、枢と八雲に語った。
「ある日、私の部屋に匿名の手紙が届けられていた。メリラが悪事に荷担しているという、噴飯ものの告発だった。私はもちろん信じなかった。だが、告発は真実だった」
「何があった?」
 八雲が問う。アシュターは組んだ手を額に当てた。
「メリラは悪趣味なコレクターに、プレミアフィルムを売り捌く悪魔の商売をしていた。彼女だけではない。ボランティアも荷担していた」
「人は見かけによらない、ってことかな」
 枢が故意にズレた発言をしても、空気は重くなるばかりだ。
「そして、その代金は……」
 アシュターは口ごもる。点と点が線で繋がった八雲は、あぁと頷いた。
「その金が共同体の運営資金になってたんだろ? 大切な資金源を殺しただけじゃないな、あんた。顧客リストも持ってんだろ?」
「その通りだ」
 素直な肯定を受け、八雲は話を進めようとする。枢は控えめに挙手した。
「わかりづらいので話を整理していいでしょうか? アシュターさんはメリルさんと同じ集団で暮らしていました。メリルさんはアシュターさんに内緒で、フィルムの密売を始めました。密売には共同体を支えるボランティアも関与していました。密売の売り上げは、共同体の運営にも還元されていました。以上、訂正はありますか?」
「ない」
「では質問をします。メリルさんの秘密を知ったアシュターさんは、どうしたんですか?」
 乱雑に置かれたピースの、順番を間違えば印象は大きく変わる。
 一呼吸して、アシュターは投げやりに答えた。
「私はメリルを殺した。顧客リストを奪って逃げた。そして貴方に救われた。以上だ」
「それだけじゃねえだろ」
 八雲は口元を歪める。怒っているようにも見えた。
「ボランティアを四人、殺したのを付け加えておけ」
「…………?」
「事情は大体わかりました」
 枢は手を振り、険悪な空気をかき混ぜる。
「事後にしか言えませんが、こういう台詞があります。『殺さなくてもよかったのに』」
「彼女はメリラではなかった! メリラの死体に憑依した魔王カドクグだったんだ」
「遅すぎる後出し情報だな」
 八雲は冷ややかに笑う。アシュターは額に汗をかきながら弁解した。
「私の出身映画の後編は、製作中止になった。だから『後編から実体化したメリラ』は存在しないはずだったんだ」
 枢は色々と面倒になって、
「メリラさんの中身が魔王だった、という証拠もお持ちなんですね」
 小さな声で、アシュターはある場所を告げた。
「そこに顧客リストと、後編のDVDが隠してある。後編を見ればメリラと呼ばれていた女が、彼女の皮を被った魔王だとわかる。だが、共同体のメンバーには決して見せないでくれ」
「聖女が悪者で悪事を働いてたって証拠を見せて、傷ついた連中に追い打ちをかけたくないって半端な同情心か」
「それもそれでいいんじゃないですか? ところで疑問があるんですが、答えてもらえますか?」
 枢は八雲とアシュターを交互に見た。
「メリルさんの悪事をアシュターさんに密告した人は見当がつきますか?」
「わからない」
「次に、メリルさんがコレクターと知り合ったきっかけは?」
「……わからない」
「では、後編のDVDはどうやって手に入れましたか?」
「人に貰った」
「ああ、その人がメリラさんは後編から実体化したと言ったんですね」
「!」
「……今度はどういう話の流れだ?」
 腑に落ちた表情の枢に、八雲がいらついた声をかける。
「裏に誰かいるんじゃないかと疑っています。メリラさんに接触して、フィルムの売買方法とコネクションを教えた誰か。時期を見計らって、アシュターさんに密告した誰か。単独犯と決めつけるのは乱暴ですが、アシュターさんに後編の『実物』を渡した人が非常に怪しいです」
 複雑な事件の横顔に、八雲は目つきを険しくした。
「どんな奴だ?」
 鮮やかな記憶を、アシュターは言葉で再生する。
「シルクハットを被った、金髪の、若い男だった。仕立ての良い灰色のスーツを着て、ステッキを持っていた。よく笑う青年だった」
 枢と八雲は、そういう容姿のヴィランズ――あるいはムービーキラー――紛いのスターに、一人だけ心当たりがあった。
「ヘンリー・ローズウッドか」
「真性の変態さんは敵でも味方でも厄介ですね。別次元の論理で行動してくれますから」
 頭を抱えて、アシュターはうめいた。
「この嘘と偽りに満ちた場所で、どうやって生きていけばいいんだ」
「割と簡単じゃないでしょうか。死なないように踏ん張るだけです」
 枢は難しく考えている患者に、シンプルな回答を提供した。どんな災難に襲われても、しぶとく生き残ればいい。
 八雲は身を起こし、手首を翻してナイフを投げた。とん、と軽い音を立てて突き刺さったのは病室のドア。
「盗み聞きは満足か?」
 ドアの向こうの人物は、ノックをして病室に入る。
「悪趣味な言い方だね。僕の噂話が聞こえたから、つい立ち止まってしまっただけだよ」
 灰色のジャケットにシルクハット、飴色のステッキ。朗らかな笑顔で、ヘンリーはアシュターにウィンクした。



3.
 危機的状況、と枢はぼんやり思った。
 ヘンリーが神月診療所に現れたのは、やはり事件に関与していたからだろう。天文学的確率ので偶然、という可能性もあるが。
「君の出身映画――『This graceful world』は、善と悪が戦う物語だ。前編では視覚的にわかりやすくするため、美しいものは善で醜いものは悪だった。そして後編では……」
 ヘンリーはアシュターに笑いかける。状況にそぐわない陽気さなのは、わざとだ。
「後編では、美しい皮を被った悪が平和を蝕むんだよ。前編で美しいものは善、と無条件にすり込まれた君達と観客が、そのどんでん返しに最後まで気づかないように仕組まれている。君が、美しい悪の存在に気づいた時にはもう遅すぎたんだよ。観たならもうわかっているだろうけど、ね」
 くすくす、とヘンリーは笑う。友人の冗談が面白かった、とでも言いたげな。
「ヘンリーさんは何がしたかったんですか?」
 呆れかえった枢に、ヘンリーは目を細めた。
「強いて言えば、悲劇のような喜劇を鑑賞したかったんだ。今のところ満足しているよ」
 いらいらと、八雲はポケットに手を入れる。
「あんたの根性、最低だぜ」
「素敵な褒め言葉をありがとう。ところで、ミスター小暮は依頼通りに殺人を遂行するのかい? ミスター神月は、証拠を持って対策課を訪れるのかい? とても気になっているんだよ」
 純粋な好奇心への返礼は、銃弾の雨だった。
 八雲の拳銃はフルオートでドアを粉砕したが、神出鬼没の紳士強盗に怪我を負わせることはなかった。彼は雨がやんだ時、姿を消していた。
「ドアの取り替え、安くないんですけれどね……」
 枢は深々とため息をつく。
 聞き流して、八雲はドアの残骸から自分のナイフを探した。
「アシュター、ボランティア四人もあんたが殺したのか?」
「いいや! 神に誓って、私が殺したのはメリルだけだ」
「やっぱり。中心を消して共同体と密売ルートを崩壊させたのは別人の仕業、ってことじゃねえか。全部ヘンリーのせい、とも言い切れねえ……胸糞悪いな」
 枢を振り返り、八雲は片手を振った。
「出直すぜ。次は手加減しねえからな」
「諦めてくれませんか?」
 頭の痛い院長は、駄目元でお願いしてみる。答えはもちろん否だった。
「一度請けた仕事をキャンセルするようじゃ、信用に響く。仕事相手が誠実な態度だと、余計にな」

 枢は目をつぶり、目頭を揉みながら今後について考えた。
 表情を絶望一色で塗りつぶしたアシュターは、枢にすがるような目を向ける。
「私は悪なのか?」
 答えは、はいかいいえ。枢は言葉を選び、慎重に口を開いた。

クリエイターコメントオファーありがとうございました。

救いが無くて後味の悪いノワールということでしたので、かなり遠慮なく書かせていただきました。
誤字脱字違和感等ありましたら、ご連絡くださいませ。
公開日時2009-07-19(日) 22:30
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