★ 伝説の勇者 ★
クリエイター有秋在亜(wrdz9670)
管理番号621-8476 オファー日2009-06-30(火) 00:33
オファーPC 鈴木 菜穂子(cebr1489) ムービースター 女 28歳 伝説の勇者
<ノベル>

「ああー、これは、駄目かも知んないな……スランプかなぁ……」
 そこは、銀幕市でない、あるところ。とある漫画家が、デスクに向かって呻いていた。彼が小指から人指しまでくるくると回しているのは手に馴染んだシャープペンシル。『鈴木さん新章』と走り書きされたその紙の下には、何も書かれていなかった。
 ――そう、彼こそが『伝説の勇者 鈴木さん』の原作者だ。
「――銀幕市より、お伝えしました」
 賑やかしにつけたテレビがその街の名前を繰り返す。見覚えのある建物に彼は目を細めた。
(で、ココが市役所。対策課とかもここなんですよ)
 そう、あれは市役所だ。画面に映る人々は肩に何も連れていない。姿もごく一般的な、市民たち……今はもう、スター達も、彼女もいないのか。実感のない空洞をあけられた様な想いだけが、手の中に残される。
 そう、こうしてテレビがその名前を繰り返すようになるよりずっと前に、彼はそこに行ったことがあった。

 *

「おおー、ここが日本のハリウッド!!」
 市内の友人から、『鈴木さん』が実体化した、と聞いてから、ずっと一度行こうと思い続けていたその街に、彼は立っていた。なんて言っても彼女は我が子も同然。それから銀幕ジャーナルも読むようになった。仕事はどうしているだろうとか、ちゃんと食べていけてるんだろうかとか、まるで一人暮らしを始めた子供を気にかけるかのごとくだったのだが、顔が見たくて、とうとうやってきたのだ
 そして。
「そっ、そこにいるのはまさか鈴木さんですか!?」
「へ? え、ええ、確かに私、鈴木ですけど……」
 黒髪黒眼、おなじみのパンツスーツ。突然掛けられた声にびっくりしているその様は普通の28歳だろう。
「鈴木菜穂子さん?」
「ええ……そうですけど?」
 何か御用ですか? と首を傾げた彼女の手を掴む。感極まって出てきた言葉はもはや支離滅裂だった。
「すごく会いたかったです! もう会えて感動うわーよかった俺漫画描いてて! よかった担当さんに実はこの企画ドッキリでした★ とか言われなくて!! 動いてるの見たのも感動だけどこれは涙出てくる!!」
「……はい? ええと、あなたはもしかして」
「原作者っス! うわーホントにいるんだもんなぁ!!」
 言うつもりはなかったのに口走っていた。……ぶんぶか振りまわしていたはずの手がいつの間にか動かなくなっている。
「原作者っていうことは、アタシがちょくちょく異世界に飛ばされるのとか」
 ぷるぷると小刻みに震える腕に目を瞬かせつつ、相槌を打つ。
「先祖がワイルドファンシーとか言うのも」
「いや、そこは正しい位置で区切ってあげて! お願いだから!」
「あのときデートの最中に突然呼びだされたりしたのも」
 ああ、そんなこともあったか。と思ったのも束の間。
「お前の所為かあああああああっ!」

 脳内に映画監督とのひとコマが流れる。アクションはスタント入れようと思うんだけど、先生の方から要望は? と聞かれた時のことだ。
「そうですね……『冗談みたいに』よく飛んで欲しいんですよ、投げられた方とか」

 結論から言おう。
 『冗談みたいに』よく飛んだ。

「うわあああっ?!」
 顔から、積み上げてあったらしい段ボールの山に衝突して止まった。着地地点が良かったせいか、幸いにして怪我はないが……腰にくるな、これ……
「こんな怪力でロクに恋愛ができないのも、叫ぶとビームが出るのも、もとはと言えばあなたの所為じゃないですか! ……あーもう、大丈夫ですか」
 畳みかけるように言いつつも、こちらに手を差し出してくれる。それに掴まって立ちあがると、彼女はこちらを近くのベンチに置きざりにしたかと思いきや、すぐまた戻ってきた。
「どうぞ」
 それは、湿布。菜穂子はそれを手渡すと、頭を下げてきた。
「……さっきは、投げ飛ばしたりしてすみませんでした。それ、使ってください」
「いや、いいよ。……気持ちはわからないでもないし」
 読んでいる方は『面白い』だろうが、実際に飛ばされたりした方はたまったもんじゃないだろうな、と思ったこともある。菜穂子はベンチの隣に腰かけようか少し迷ったようだったが、はたと手を打った。
「ね、この街に来るのは、初めてですか?」
「え? ああ、うん。昔から一度は行きたいかな、なんて思ってはいたけど」
 すると、名案だという様に彼女はにっこりと微笑んだ。
「じゃあ、私、案内しますよ」

 *

 あそこの高台に広がるのがビバリーヒルズ。中央病院もあそこにあって。菜穂子は腕で指し示しながら先を歩く。すれ違うのは役者かスターか。殺陣を繰り広げる一団は……カメラ隊がいるから撮影か。
 アレがパニックシネマ。向こうのほうにあるのが聖林通り。人でにぎわうカフェを横目に銀幕広場を横切り、彼女は地方の町役場みたいな建物を誇らしげに示した。
「で、ココが市役所。対策課とかも、ここなんですよ」
「へぇ。ここが……」
 市の財政は潤っているだろうに、それを他に回しているのだろうか。この街のきらびやかさから想像すればどんな建物かと思いきや……
「気軽に入れる感じだね。ジャーナルで見たけど、依頼って対策課とかで受けたりするんだよね?」
「ええ。大体は」
 菜穂子は言って眼鏡の奥の瞳を細めた。
「依頼だけじゃなくて、イベントのお知らせなんかもここに来れば集まってきますし。……今までだけでも色んなことがあったんですよ」
 どんな、と聞くと彼女は思い出すように指折り数え始めた。 強盗を説得しに行ったり、クリスマスもひと騒動あったし、ほかにも沢山。
「そういえばジャーナルで読んだけど、テーブル丸めたとか」
「あえてその話題ですか……でも、本当にルックスが好みだったんですよ。あの筋肉! あの体型!」
「ああ、うん……」
「ただ筋肉ってだけじゃダメ、ちゃんと使ってないとああいう風にはならないんですよ! それに胸毛が」
「はあ」
「あれは間違いなく逸材……ああでも、そういえばあのあとの話なんですけどまた別にかっこいい人と出会ってですね!」
「う、うん」
「ヒゲが渋いんですけど。あれはボディビルで鍛えてましたね。名前も聞けなかったけど……」
 夢見る乙女とばかりにうっとり宙を見上げる菜穂子に少し苦笑する。
「まあ、なんだ。……筋肉はちょっとわかんないけど、ここでの暮らしが楽しそうでよかった」
 当初はイケメン王子とかヒーローの立てる恋愛フラグはへし折らんでどうする! と思って出来た設定だったが、巡り巡ってなかなかディープな好みとなってしまったらしい。こちらの言葉に彼女は少し首をかしげて、そして少し苦笑した。
「そりゃ良いことばかりってわけじゃないですけど、面白いですよ」
 この生活、と彼女は続ける。よく晴れた空を見上げて彼女は瞳を細めた。それをついっとこちらに向ける。ちょっとだけ恨みがましげな、けれどどこか楽しんでいる光。
「私の身に起こった残念なことは全て貴方の責任です」
 確かに。なにも言えない。押し黙ったこちらを見て彼女は小さく噴き出した。そんな深刻な顔しなくてもいいですよ、と呟く。
「でも、ここで沢山の人と会えて、良かったです」
 明るく、どこか暖かく微笑んで菜穂子は続けた。
「それも貴方のお陰です。――産んでくれて、ありがとう」

 これ以上の言葉があるだろうか。それはこの街に魔法がなければ、絶対に聞くことが無かったであろう言葉だった。
「でも甘えるなよ? 散々な目にあったのも、忘れるつもりないですから」
 悪戯っぽく微笑まれ、言葉を無くす。
 何を喋らせようか、そんな風に考えていた彼女とは違う。そこには創造主の手を離れた、一人の女性が存在していた。止まらない勢いで好みを語ったかと思えば怒って、そうかと思えば、気を許したように微笑う。
「また渋い顔してますよ」
「え? ああ、すまない」
 苦笑して頬に触れる。星砂海岸でも見に行きますか、と尋ねた彼女に頷いて、立ちあがった。

 *

 渋い顔してるな、と思って頬をひねる。いや、どちらかと言えばしんみりかもしれないが。復興しつつある銀幕市を映しだすテレビのスイッチを切り、ペンを再び手に取った。

 映画から抜け出したのではなく分身に過ぎないのなら、これから自分が何を書こうが関係ないのかもしれない。けれど。
 けれど魔法が存在したなら、こんな夢を見たって、良いじゃないか。
 もしかしたら同じことを考えるクリエイターがいるかもしれない。自然と口元が綻ぶ。シャープペンシルの線が軽やかに一人の女性を描き出す。その姿が、銀幕市で会った『彼女』と重なる。
 願わくは、未来にあの彼女へと繋がりますように。黒い髪に黒い瞳。眼鏡が控え目に陽光に輝く。
 描き出された鈴木さんは、軽やかにこちらに微笑んでいた。

「もう一度、会おう」

 



クリエイターコメントこのたびはオファーありがとうございました!
鈴木さんの伝説は、多分不滅です☆

お楽しみいただければ、幸いです。
公開日時2009-07-13(月) 18:30
感想メールはこちらから