★ While there's life, there's hope. ★
クリエイター遠野忍(wuwx7291)
管理番号166-2170 オファー日2008-02-25(月) 10:16
オファーPC 清本 橋三(cspb8275) ムービースター 男 40歳 用心棒
ゲストPC1 斑目 漆(cxcb8636) ムービースター 男 17歳 陰陽寮直属御庭番衆
ゲストPC2 吾妻 宗主(cvsn1152) ムービーファン 男 28歳 美大生
ゲストPC3 北條 レイラ(cbsb6662) ムービーファン 女 16歳 学生
ゲストPC4 ゆき(chyc9476) ムービースター 女 8歳 座敷童子兼土地神
ゲストPC5 岡田 剣之進(cfec1229) ムービースター 男 31歳 浪人
ゲストPC6 流鏑馬 明日(cdyx1046) ムービーファン 女 19歳 刑事
ゲストPC7 ウィズ(cwtu1362) ムービースター 男 21歳 ギャリック海賊団
ゲストPC8 竹川 導次(crbv1703) ムービースター 男 35歳 ヤクザ
<ノベル>

 
 人間というものは、常に主役ではある。
 己の人生においては臨時の代役すら利かない、使い古された言い方をすれば、“かけがえのない”主人公なのだ。その役に立つ権利は誰にも侵すことなど出来ない。
 現実はそうであっても、映画ではそんな事はない。
 主人公は主人公。脇役は脇役。
 そうでなくては話がまとまらない。
 脇役がいなければ主人公が引き立たないのだから。



 一陣の風が町を吹き抜ける。
 素浪人風体の男が、堂々と、ピシリと背筋を伸ばして颯爽と歩いている。
 その男を数人…いや数十人の男が取り囲む。しかし素浪人は狼狽えるもせずに囲んだ男達を順にねめつける。
 誰が一番最初に柄に手をかけたのか……定かではないが、次の瞬間には斬り合いになっていた。
 素浪人の刀が一閃二閃して、次々と囲む男達をなぎ倒していく。
 倒される男達の中にはあっさりと倒れるものも居たり、幾度かの斬激の仏倒れになる者、様々だったが一様に起き上がる者はいない。
 「カァァァァァット!オッケーイ!」
 男の声が響いた後、倒れていた者達が起き上がりお互いの功を労う。
 その中の一人。清本橋三はゆっくりと立ち上がり、セットの端の方へと移動する。
 途中、肩を叩かれたり「お疲れ」と声をかけられ、それに応えつつ身支度を整えて帰ろうとする。
 たまたま斬られ役の一人が急遽休んでしまったので、斬られ役の達人たる清本に声がかかって、出演という事になった。
 −ムービースターがテレビドラマとはいえ、映像作品に参加するなんて面白い話ではあるが。
 「おーい、清本さぁん!」
 若いADが大きな声を出して、駆け足で清本のもとへやってくる。
 「おや、えーでー殿。何用か」
 鷹揚に振り返り、自分の歳の半分ほどの青年を見る。彼はいかにもとった風体のADだが、清本にはそんな【いかにも】は判らない。
 清本の顔立ちは堀が深く、苦みばしっていて少々……いや、かなり怖い造作だが、話してみると丁寧で穏やかな人柄だというのがよく判る。なので会話を交わしたことがあるもので清本を倦厭するものは、まずいない。
 「電話ですよ、市役所の、対策課から。すげーハクリョクのある声の人でした。どっかで聞いたことあるんだよなぁ……」
 「……俺に?忝い、すぐに参ろう」
 訝しんだが、出ないわけにも行かない。
 清本は丁重に青年に礼を伝え、事務所に向かう。彼は携帯電話を持っていない事を知っていて、迫力のある声をした人物。なんとなく想像は付くが、確信はない。
 「いや、どっかで聞いたことあるんだよなぁ……」
 青年はまだ唸っていた。
 
 
 
 
 
 「……事態はなるほど、理解致した。だが何故俺に?」
 「相手が相手や。あんたがいてくれたら締まると思うてな」
 電話での【すげーハクリョクのある声】の持ち主は、竹川導次だった。電話では軽く事情を説明し、清本をわざわざ対策課まで呼びつけた。
 内容は。
 
 市民体育館及び周辺施設がムービーハザードに巻き込まれた。
 人気時代劇映画の、江戸の町の殺し屋達が実体化し、本来彼らを倒すべき主人公核は実体化しておらず、暴れまわっている。今はまだ死者は出ていないが、時間の問題だろう。今のうちに片付けなければ。
 「……哀れやとは思わんか?」
 「……」
 独白の様に呟いたから、敢えて相槌も打たずに聞く。懐から煙草を一本取り出し、口に咥え、時代がかったマッチで火をつける。ふう、と吐いた紫煙が天井に上っていく。壁には【喫煙スペース】と赤いアクリル板が貼り付けてある。
 「銀幕市に突然放り込まれて、挙句故も判らんまま倒される……せめて、映画の通り決着をつけさせてやりたい思うんや」
 「……しかし俺だけでは。如何ともし難い様に思われるのだが、導次殿」
 「あんたの他にも集めとる。集めてるゆうか、たまたま居合わせた奴等と立候補しよった奴が」
 「左様か」
 まだ2/3以上残っている煙草を灰皿に押し付け、導次は無言で清本を促した。清本も無言で後に続いた。
 
 
 
 広い会議室だった。30人収容のもので、その割には広く作ってある。プロジェクタもあった。大きなダンボール箱もいくつか置いてある。
 会議室には、狐面を被った忍者、水色の上品な洋装をした黒髪の少女、どこか人とは違う雰囲気をした愛らしい少女に銀髪の背の高い理知的な青年。清本と同じようなだが全うな格好をした浪人、漆黒の髪をした怜悧な瞳をした女性。灰色の髪から長い耳が見え隠れしている青年達がいた。彼等が導次の集めたという者達だろう。
 斑目漆、北条レイラ、ゆき、吾妻宗主、岡田剣之進、流鏑馬明日、ウィズという名らしい。清本も自己紹介をする。
 「全員揃った所で、勉強会や」
 自己紹介のほのぼの雰囲気を打ち破った導次が、着席を促す。
 「ハザードの中に入ったからかて、言動や格好が変わるわけやない。ロケーションエリアとはちゃうんやからな。そやさけ時代考証と格好は大事や。日本人ならまず形からっちゅーやつや」
 「……俺日本人じゃねーんだけど」
 「わたくしも半分は違いますもの。あまりお気になさらずとも宜しいのではありません?」
 ウィズとレイラが顔を見合わせて言う。導次の発言は言うまでもなく言葉の綾だ。
 「まぁ。いいじゃないか、二人とも。どうせなら本筋通りに進めたほうがいいのだろうし。ね?」
 穏やかな調子を崩さない宗主が、座っているレイラの頭を軽く撫でる。そのまま各自に茶を配る。
 「それにするんなら早う始めんと、時間のうなるで」
 くいっと狐面を押し上げた漆がビデオ上映を促す。ゆきは何故か椅子の上に正座をしてお茶を啜っていた。座敷童子で長い間生きているだけに、一番落ち着きがある。
 「ぽちっとな」
 導次がプロジェクタの再生ボタンを押した瞬間、ウィズが音声効果。ジロリと隻眼に睨まれて肩を竦めるが、悪びれた様子は一切ない。
 
 映画が再生される。
 偶然かそうでないのか、彼らと似た世代の人物が出てきている。彼らが仕置き人たちのようだ。
 用心棒の浪人、忍者、お転婆ななお姫様に禿の少女、薬屋の若旦那と武士に葬儀屋、そして異国人の錠前師。
 内容は別段珍しくはなかったのだが、軽快なテンポと重過ぎない内容、所々に仕込まれているコメディで時代劇にも拘らずに世代を問わず支持されていた作品、という謳い文句も過言ではない。
 悪人に若武者が一人、居た。彼だけがどこか悪事に後ろめたさを感じており、だが党を抜ける勇気がなく唯々諾々と従っているようだ。彼は作中で一度抜けようとした。だがそれは能わず味方の筈だった男に後ろから斬られて死んだ。
 仕置き人達は本来の日常に戻り、ラストは典型的だがハッピーエンドで締められていた。
 つまり、仕置き人が居なければ話は終わらないのだ。
 ピッと音がしてスタッフロールが流れた後に画面が青くなった。導次が停止ボタン押したからだ。
 「仕置き人の元締めは俺がやる。……頼んだで」
 そう言って、導次は部屋は出て行った。その背中がどこか悲しみを帯びている。清本はそう感じた。
 
 
 
 
 
 「じゃあ。役割を決めようか。……清本さんと岡田さんと。斑目くんはすんなり決まるかな?」
 穏やかな笑みを崩さない宗主が三人を見る。彼らも頷いたり手を上げて諒解したり。
 「吾妻の旦那も決まりやない? 薬屋の若旦那なんて、似合いすぎるやん」
 いつの間に移動したのか、天井の板をはがして逆さまになって、宗主に話しかける。二人は知り合いらしく、抱けた様子だ。
 清本・漆・剣之進は、それぞれ【用心棒・忍者・武士】の役柄を宛がわれている。
 「わたくし、葬儀屋さんがやりたいですわ」
 「貴方はこのお姫様のほうが似合いそうだけど。葬儀屋は、あたしが」
 「わしは錠前師がいいのう」
 「ちょ、それ異人風じゃん。お嬢ちゃんはお姫様か禿ってやつでいんじゃね?」
 「あら明日様こそ。きっとお似合いだと思いますわ!何でしたらわたくし御髪を結い上げさせて」
 「…いいえ。貴方のほうが似合うわ、ゼッタイ。…そうね、ゆきちゃんがお姫様でも似合いそうね」
 「姫なんぞ窮屈そうじゃな。錠前師も面白そうじゃ」
 「錠前師異人風だろ、俺じゃん!いっそ俺がお姫様やったろか!!」
 「「「それはない」」」
 4人の掛け合いの締めは突っ込みで終わった。誰が誰にというのは推測して頂こう。一人口調が違うものが一人居るが。
 「……籤とやらで決めればよいのではなかろうか」
 剣之進がポソリと呟いた。彼は女性に優しい−というか甘いので、レイラ、明日、ゆきがわいわいと楽しんでいる(様に彼には見えた)のが可愛らしかったので、あまり強くは言えなかった。時間は然程ないのだが。
 早速レイラが「楽しそうですわ」といそいそと紙とペンを使い鼻歌交じりであみだ籤を作り始める。微妙に音階がずれているが、それがなんだか可愛らしい。
 で。結果。
 吾妻宗主は薬屋の若旦那。北条レイラは武家の姫。ゆきは禿に扮した座敷童子。流鏑馬明日は葬儀屋でウィズは異国人の錠前師。
 「いざ成敗! ですわねっ」
 箱に用意されていた衣装を抱えて、レイラがにっこりと笑う。
 女子達は別に用意された部屋に着替えに向かう。
 最後尾を歩いていた明日の肩を、誰かが軽く叩く。振り返り−そして見上げると……導次だった。
 「あん若武者おるやろ」
 「……岡田さん、ではなくて。あの映画の中の彼ね?」
 「せや。あいつぁ公正の余地がある。いや、せっかくやからさせてやりたい。あんた程の適任はおらんやろ」
 「…そう、ね…。最善を尽くさせて貰うわ」
 淡々としているが、明日はしっかりと前を見据えていた。
 刑事は、警察はただ事件を解決すればいいだけのものではない。若く、まだ少女と言っても差し支えない年頃の明日だが、導次は別段それがネックになるとは思っていなかった。人間の格とは、年齢に帰するものではないのだから。
 
 
 
 衣装換えをして、各自に体育館周辺にバラつく。
 固まっている者もいれば、漆のように単独で進入を図る者もいる。
 出ることは出来ないようだが、入ることは出来るという、都合のいいつくりのハザードらしい。
 「あのお嬢さん方大丈夫かいな」
 「そうさな。確かに心配だが……れいら殿は短筒もお持ちだ。然程心配は要らぬだろうさ」
 ぽつりと漆が零し、清本が拾う。お嬢さん方とは、レイラとゆきのことらしい。明日と漆は知り合いだから、そう言った心配はないらしい。それに刑事だ。
 だがレイラとゆきは見た目はごく普通の−いや、暴力とは全く無縁に見えた。まあ、この制圧作戦に参加したのだからそれなりに身は守れるのだろう。レイラはバッキーも連れていたのだから。
 「……さて」
 ずぶり。
 漆が清本に触れながら右足を地面に埋める。いや、影に。ゆっくりと、しかし素早く潜っていく。清本は不思議な感覚に包まれた。沼に嵌るのとも、水に沈むのとも、まるで違う。体がばらばらに分解されてまた再構築されていくような、そんな、違和感に包まれてほんの一瞬だろうが意識を手放した。
 
 
 「これを、弄っ、て………よし、開いた」
 ウィズが開錠用のピッキングツールを使って、器用に鍵を開ける。体育館の入り口に掛かっていた鍵を開けた。彼はいかにも町人、といった格好をしている。
 「器用だね」
 宗主が感心する。確かにウィズのツール捌きは見事なものだった。
 「そりゃまー手馴れてますからねっ。なんたってウチには……」
 自信たっぷりに語ろうとしたが、明日の鋭い視線に敢え無く沈黙。ウィズの名誉の為に断っておくが、彼はケチな泥棒などではない。夜中。小腹が空いたとき等にちょいちょいと食料庫の鍵をあけたりするだけだ。他人の家ではなく自分の家(厳密に例えれば船だけれど)でもあるのだから、犯罪ではあるまい。
 漆、剣之進、清本は単独行動を貫く。漆は清本を連れて陰から中に進入、剣之進は出入り口でいつも通りの格好で佇んでいれば中に入るのは容易いだろう。
 残りの宗主たちは同じ入り口から入り、後にバラける作戦だ。
 「さて開けるぜ?」
 不適に笑いながら振り向いたウィズに応えるように、宗主、レイラ、ゆき、明日が頷く。
 ギィ、と古くない筈なのに古めかしい音を立てて扉が開いた。
 中から眩い光があふれ出て、反射的に目を閉じた。
 
 
 剣之進はのったりと歩いていた。少し腹がすいていたのではんばぁがぁでも食べようと思ったのだが、時代劇ハザードの中でそれはおかしく、そしてあるばいと先まで行くのにも対外時間が掛かる。
 出入り口付近を探し当て、しばしうろついてみる。
 何の音沙汰もない。上を見上げると、たまに前を通るときにみる体育館と何も変わりがない。
 彼は仲間に成りすます案を出し、決行する。
 剣之進本来も浪人であるから作法などで違和感をもたれることもないし、殺し屋達と年齢も釣り合う。
 扉の内側はおそらく剣之進が元々居た町と同じ筈だ。会議室で見せられた映画もそうだったのだから。
 「ふむ」
 ウロウロしているだけでは埒が明かないので、剣之進は考えを変えてみて、扉をノックしてみた。
 すると。
 奥のほうでガラリと聞きなれた音がした。障子が引かれた音だ。その筈なのに。
 ぱっと目の前が開かれた。室内だ。
 「……」
 「……」
 中から出てきた男と、剣之進の目が合って、しばし沈黙。
 「お。遅くなった、な」
 若干引きつりつつ、だが何とか笑って剣之進は男に挨拶をする。男は剣之進より使い古された着物を着ていた。 男は僅かに訝しんで剣之進を上から下までねめつける様に見る。あまり気持ちのいいものではないが、無礼だといって反感を買い、中に入れない方が問題だから、我慢。
 「……遅かったな、入れよ」
 「あ、ああ」
 くいと無造作に首でも「入れ」と示され、剣之進は開き直ってしまった。むしろ、開き直って堂々としていた方が疑われない、と思ったのだ。
 「そういえば、お前。なんて名だ?」
 「剣之進だ。聞いてなかったか?」
 「ああ。腕の立つ男が一人仲間に加わるってだけさ」
 そうか、と相槌を打ちながら、鈴のような音が聞こえて外を見る。
 しゃららん、しゃらん。
 びらびら簪と呼ばれる、未婚女性向けの派手な簪をつけた少女が、町民の少女を伴って歩いていた。品の良さを伺わせるあやめの着物が気品すら感じる彼女に相応しい。
 ともに歩く少女と仲睦まじそうに歩いている。幼い少女はお世辞にも高級とはいえない着物を着ていたが、生活に困窮していそうな雰囲気もない。
 類型は違うが紛れもない美少女二人に、ついつい剣之進は心も目線も奪われる。
 −女子が揃うと誠に華やかで良いな。
 等とのんきに考えていたが、よくよく見ると、レイラとゆきだった。
 瞬時に顔を引き締め、二人から目線をそらす。万が一にもその所為でこの男達に目をつけられ、あの二人が絡まれては大変だ。
 「? ……おかしな組み合わせだな。子ども二人か。お前、あのぐらいのほうが好きなのか」
 「!? い、いや俺は……女子に好みだとない。女子であれば十分だ」
 剣之進はこの時言葉少なだった。彼は、「女性の華やかさや凛とした強さ」を言いたかったのであり、「女性であればなんでもいい」といういい加減な気持ちではない。
 しかし相手の男はそう思わなかった様で。
 「くっくっくっ、若いねぇ。俺ぁ、もっと、こう…」
 「……ほほう、それは。いやしかし」
 いつの間にか、剣之進と男は膝を割って好みについて語り合った。
 後に剣之進は「作戦だった」と言い張るが、近くにいたバードに巻き込まれた体育館職員が言うところには、「実に楽しそうに和気藹々と女性について語り合っていた」と証言された。



 吾妻宗主は、大きな店の軒下にいた。薬屋があったから多分、自分が演じることになった男の店はここだろうと当たりをつけたらドンピシャだった。
 「あ、若旦那!珍しいですね、店にいるなんて!」
 実体化したらしい、少年が宗主に声をかける。にこりと笑って「たまにはね」と応えると、丁稚らしい少年は若旦那の普段の行動を教えてくれた。
 曰く。甘味所でのんびりしている。
 曰く。酒場に入り浸って飲んでいる。
 曰く。賭場で荒稼ぎしている。
 等々。
 つい、遊郭に入り浸って遊興に耽っている、というのがなくて良かった。と、宗主は僅かに苦笑しながら心ひそかに思った。
 「この辺りは平気ですけど……もう少しあっちの方に行くと、無頼漢達が暴れてるみたいです。今日はお出かけ、お止めになった方がいいですよ」
 あっちの方、と示した方向は確か清本と漆が向かった方角だった。あの二人なら多少の荒事に巻き込まれたって平気だろう。
 「吾妻さん」
 黒の着物に赤い帯を締めた怜悧な少女。明日が片手を挙げて宗主に声をかけて近寄ってくる。
 「やあ。似合うね、その格好」
 にこりと。宗主は笑って明日をみる。
 「吾妻さん。今はそんな軽口を叩いている場合ではないわ」
 「それもそうだね…君は、どうやって?」
 攻める、とは敢えて付け加えずに。どこで誰が聞いているか判らないのだから。
 明日はほんの僅かに声を潜めて、けれどあまり宗主に近づき過ぎないように。
 「先程…見かけたわ。若武者。あたしが追うわ。吾妻さんは…?」
 「俺はどうしようかな。適当にぶらついてみるよ、他の皆も心配だし」
 柔和な笑みからほんの少しだけ、何かが垣間見えた。腹黒そうとかそういったものではなくて、修羅の様な表情が見えた気がした。
 「流鏑馬さんも気をつけて。どこに何がいるか判らないのだから」
 宗主はそう言って、丁稚少年に出かけてくるよと残して、返事も待たずにさくさくと歩いていってしまった。
 明日はその後姿を見ながらきゅっと形のいい眉を引き締めた。



 「ぽっくりって……ハイヒールよりは楽だわ」
 滅多に履かないが、何度か挑戦したときの感覚を思い出す。足元のぽっくりは品良く磨き上げられた黒漆、鼻緒は桜色で花びらの意匠がされている。江戸時代にこれは少し違和感がないだろうか。
 現代の感覚ならば多少値は張るが、無理をするほどの値段ではない。江戸時代では庶民が簡単に購入できそうな感じはしない。
 どんな職業がどれだけ儲かるなんて考えたこともなかったが、ふと平均寿命は医学の進み具合と併せみて「葬儀屋は確かに生活に困らなさそうだわ」と思った明日である。
 若武者は尾行されている事など全く感づいていなさそうだった。ぽっくりの立てる音は雑踏にかき消される。今いる場所は剣呑な雰囲気に満ちている。
 若武者が足を止める。一・二度辺りを見渡して、うらびれた小屋に入っていく。
 長屋の一室より狭そうなので、さすがに中に入っていくことは出来なかったが、壁が薄いので裏に回って聞き耳を立てる。
 「……った、俺…やる……せてくれ」「頼……あんた…は期……」「これも幕府が……さ。……こうぜ」「今……けよう……なんざ聞か……」「……判っているといっているであろう!」
 男達の会話は所々聞きにくかったが、とどのつまり若武者は【幕府の財政や体制が悪いので悪事を働くのも已む無し】と思っている様子だ。
 今更抜けられない、ということは、やはり若武者は一味(だと思われる)に入ったことを後悔しているらしい。
 明日でも男4人相手に大立ち回りを演じて勝てる算段はかなり少ない。しかも内一人は大小をさしている。
 話の流れで、若武者が一人、警邏に行く様だ。男達は宗主がいた辺りを荒らしに行く算段を立てている。あの辺りのことは別の誰かに任せよう。勘でしかなかったが、今あの若武者を捕り損ねたらもう機会は巡ってこない気がするのだ。
 携帯電話を一応開くが、予想通り圏外だった。懐に戻しつつ男達が出てくるのを息を潜めて待つ。まもなく4人の男達が三々五々小屋から出てきて下卑た笑いを浮かべながら散っていく。
 一人だけ、笑いを浮かべていなかった男がいた。若武者ではない。
 引っかかったが、明日は自分の役目を優先した。ちらりと反対側の小路にある長屋を見る。ほんの少し扉が開いていたのだ。影がひょっと隠れる。
 あの男達の事は仲間が何とかしてくれると、漠然とそう思ったからだった。
 
 月代の若武者は大刀の柄に手をかけた。身の危険を感じたからではなく、それを携える事を許された自分のことを考えているのだろう。それなりの家柄の武家に生まれたが、何故今こんな事を。どこで間違えた。
 だが今更抜けるわけには行かない。裏切り者にも臆病者にもなれない。
 「お侍様」
 落ち着いた少女の声に呼び止められる。はっとして振り向いた瞬間、腹部に衝撃が走り彼は意識を失った。
 
 
 これからの作業は些か力仕事だった。ウィズが居てくれたからまだ楽だった。ウィズは明日が導次から受けていた件を聞いていたらしい。先程の長屋の影はウィズだったのだ。
 大小ははずして明日が持ち、ウィズが若武者を背負って葬儀場まで運ぶ。
 「……重いのね、意外と。つか予想通り……」
 気を失って全く力が入っていない状態だから重いのは仕方がない。だから死体だって重いのだ。
 土葬用の樽型棺に二人で力を合わせて若武者を入れる。口の端からうめき声が聞こえるが、意識は取り戻していない。
 「ちょ、どんだけ力入れてんだよ…っ」
 「腹部へ膝蹴りしただけよ…。貴方こそ、ここにいて平気なの?」
 「平気っつーか、あんた一人じゃ大の男一人は運べないでしょ」
 人懐こそうな笑みで、ウィズは自分の腰を叩く。明日は大小を樽型棺の中に入れる。
 「どういうつもりだ、お前ら」
 ばっとウィズが振り向く。明日はゆっくりと顔を上げる。
 柄の悪そうな−実際悪いのだろうけど−男二人が睨んでいる。気の弱い者であれば泣きだしてしまいそうなほどのものだ。
 「さっきから見てりゃあ……」
 「そいつぁ、俺達の知り合いでね。返してくれるかい?」
 勿論返すって言ってもタダじゃすませねぇぞグラァ、みたいな態度だ。返すつもりなんてさらさらないが、穏便に済ませてくれそうにもない。
 「返すつもりなんて無いぜ? コイツもう死んでるんだし。あんた達もさっさとおうち帰ったほうがよくね?」
 ウィズが軽口を叩く。
 明日は動じず男達を睨んでいる。
 知り合いということは、彼らも実体化した殺し屋一味なのだろう。
 「言うじゃねぇか……!」
 「お前ら二人だけで、俺と葬儀屋明日姐さんに勝てると思ってんの?このお人はな、赤ん坊の頃に伊賀の里で隠密修行を受けて3歳の頃には全て免許皆伝里最強を誇り幕府の特命隠密して全国各地を飛び回りしかしその実体は俳人が全国漫遊していると思わせていたんだぞ、それだけじゃない御庭番衆お頭として最強という名の花を手向けるために」
 立て板に水とはまさにこのこと。
 出会ってから一時間も経っていないというのに、明日の経歴を語る騙る。冷静な態度は崩していないが(意識しているものではないから、そうそう崩れることは無い)、饒舌なウィズを呆気にとられて眺めている。
 「現にそこに明日姐さんの手下その八百八が!」
 「んだと!?」
 二人の男が振り向く。
 瞬間だった。
 明日とウィズが男に向かっていったのは。
 彼らが気が付いたときにはもう遅く、一人は足元を掬われ体制を崩した所を前三角締めに近い形で締め上げ、落とす。一人はピッキング用のハリで頚椎をさす。
 「悪いね、コレも定めさ。 ……仁義の無い悪党なんざ、無様なだけだぜ?」
 今までの軽い調子と違い、真面目な顔をしてぐったりとした男を抱えている。明日はじっとウィズを見た。彼は確か海賊だった。海賊は略奪行為をするものだが、彼からはそのような略奪者という雰囲気は無い。
 「ま、とりあえず!こいつら縛り上げますか!」
 ハザードを解決すればヴィランズたちも消えるだろう。それまでまた暴れられても困るから、縛り上げておとなしくさせておこう、とウィズが提案する。
 「でも縛るものなんて……って何をする気なの…?」
 水色の着流しの懐に腕を入れて、ごそごそと漁っているウィズを見咎め、珍しく狼狽える。
 「いや帯でね。スペアがあるから。 ってやーだ明日姐さんたらっ!えっちっ」
 いやーん☆とシナを作っておどけたが、明日に軽く小突かれる。明日は縛り上げるのをウィズに任せ、若武者の下に戻る。
 いまだ意識をなくしていた彼に活を入れて起こす。
 「……う、うう……。ここ、は?俺は…」
 「貴方は今、生き返ったの」
 「そなたは?」
 「あたしは明日。ただの葬儀屋よ。 …貴方は一度死んで、そして蘇ったの。これからは真っ当に、そして人の為に生きなさい」
 粛々と説く明日の言葉を、若武者は淡々と聞いていた。傍からウィズが見ていたが、若武者は明日の言葉を何故か信じているようだ。もしかしたら、そう思い込みたかっただけなのかもしれない。
 「……ああ、そうする、よ……」
 若武者は少し達観しているが吹っ切れたような表情で、樽型棺から立ち上がる。衝撃がまだ体に響いているようで、少しふらついている。
 「しっかり。とりあえず、安全な場所まで。 ウィズさん、あたしこの人を導次さんの元へ連れて行くわ」
 「りょーかい。俺はこいつら見張ってる。縛り付けたから、まあ大丈夫だとは思うけどさ」
 言うとおり、男達は長い帯でグルグル巻きにされている。
 ウィズが「気をつけてな」と声をかけると、明日と若武者はこくりと頷いて葬儀嬢を後にした。
 
 
 
 
 「さて、俺達もそろそろ一暴れするか」
 女性についての談合も山を越え、落ち着いたところで剣之進と話していた男が立ち上がったので続く。
 剣之進は大小を腰に挿したが、男は小脇差だけだった。武士身分ではないようだ。
 「金奪って女買って遊んで暮らすか」
 くつくつと下卑た笑いを男が浮かべる。
 生活の為に、などならば一方的に断罪というのも宜しくないのではと思っていたが、これは見逃せない。
 金が欲しいのが悪いのではない。全ての人間がそうであるわけではないが、誰かを傷つけて、それも遊興のためだけにというのは感化し得るものではない。
 一連の動きを眺めていたが、この男、結構な手練だ。
 先に歩くことを待っても剣之進を促すし、草履を履くときも立ったまま。
 あまり隙を伺っても不審がられるから、気長に待つことにした。
 目的の場所はしばらく歩くらしい。
 雑談を交えつつ。二人は辺りを警戒していた。
 「あ?」
 「如何した」
 男がふと顔を上げる。
 視線の先には剣之進と同じような月代をした若武者。その後ろ−黒い着物に赤い帯を締めた少女が歩いている。明日だ。そして更にその近くを、水色の着流しをだらしなく来た青年がいる。
 連れ立っているわけでもなかろうが、男はついその二人に意識をやってしまった。
 それを剣之進は見逃さなかった。
 瞬時に小刀を抜き、その勢いを殺さず背中を刀の峰で打ちつける。
 ドンっ!
 と結構大きな音が響いた。
 撃たれた男は剣之進を振り返りながら驚愕の表情をしていた。「まさか自分を」といったものだろうか。それとも、剣之進が相手の気を失わせるほどの峰打ちの技術を持っていたことへのものだろうか。そのまま、地面に崩れ落ち、ほほを手の甲で幾度が叩いても反応は無かった。
 峰打ちは刃で切らないため、死ぬことはないというイメージを持っているものもいるが、実際は鉄の棒で強く叩れるのに等しく、死に至ることもある。
 意識を飛ばすだけにとどめおくことが出来るのは、それだけ力の加減と速く繰り出す技があってこそのものだろう。
 剣之進は何も言わず、小刀を戻す。男の意識がもう数刻も戻らないのは判っている。
 「さて……こやつをどうするかな」
 首根っこをつかんだまま剣之進が述懐する。差し当たり、明日とウィズのところにでも運ぶか、と。そう思った。




 「ゆきちゃんじゃないか。レイラちゃんは?」
 剣道場の前で、宗主とゆきは出くわした。
 「うむ。れいらとはぐれてしまっての。心配かけておらねばよいのじゃが」
 「そうか、うん、大丈夫だとは思うよ。ゆきちゃんしっかりしてるし。レイラちゃんもね」
 言いながら、宗主がゆきの頭を撫でる。 
 それじゃこれから一緒に行こうか、なんて話しをしていたのだが。
 「いやっ、止めて下さいっ!」
 若い女性の声が聞こえた。それもすぐ近くで。
 探すと、道場の中からだった。顔を合わせるよりもなお早く、二人は道場に駆け込んだ。
 
 若い女性が二人の男に長い髪を引っ張られていた。
 「ンだぁ、てめぇら」
 「優男とガキが引っ込んでな!」
 デフォルトというかテンプレート通りというべきか、古典的な悪役ぶりに、宗主はうっかり苦笑する。
 それを見咎めた男の一人が、宗主の品のいい仕立ての羽織を乱暴につかむ。
 「なに笑ってんだ、あァん?」
 羽織が持ち上げられた所為で、男の懐が見えにくくなった。
 宗主は躊躇い無く男の鳩尾に一撃を見舞う。
 ドッ!と鈍く重い音がして、男が手を離し、呻く。
 「ぐっ……ハァッ……っ」
 口元から汚らしく涎をたらし、苦悶する。宗主は続いて乳様突起を手刀で勢いよく付く。
 乳様突起は、耳の後ろの隆起した骨で、耳の裏側にあたり、体表からも見たり触れたりすることが可能ではっきりわかる突起である。ここを刺されると運動機能が麻痺する。手刀であれば一時的なもので済む。
 白目をむいて倒れた男に一瞥もくれず、宗主は女性を助け起こす。
 「大丈夫ですか。お怪我は?」
 「……いいえ、あたしは平気です…。ありがとうございます…」
 うっとりとした女性が宗主の差し伸べた手をしっかりと(ここ四倍角太字)握り立ち上がる。
 彼女がしっかりと立ったので、宗主は手を離そうとしたのだが、女性は中々離さない。
 まあ、上品で理知的、穏やかそうな端正な青年にときめかない女性のほうが少ないだろう。しかも、危機を救われているのだから。先ほどの男と比べてしまうのも無理はない。きっと今宗主は通常離すときよりも70倍以上格好良く見えているに違いない。
 
 目の前で相方があっさりとやられる様を見た男は、ゆきを人質にとろうと画策した。悪い判断ではない。
 が。
 「のわっ!?」
 何故か足元が水漏れで濡れていて、思い切り滑って顔面強打。
 「こりゃ。忙しないのう」
 呆れたゆきが助け起こそうと手を差し伸べる。が、男は乱暴に手を払いのけ、距離をとろうとする。
 のだが。
 やはり床で滑ってたたらを踏んで、壁に思い切りぶつかって、フラフラしてそれでもゆきに手を加えようとしたところに、神棚から榊立やら徳利、皿が落ちてきて、男の頭を水浸しにする。意外とダメージは少なかった。
 これらのことは偶然ではなく、座敷童子特有の幸運能力だ。
 勿論、それを見せびらかす様なゆきではないのだが。
 「そなたらのしようとした乱暴狼藉。捨て置くわけにはゆかぬ。せめて来世での幸運を祈ろう」
 「っに、を、偉そうに……っ!」
 三度、男はゆきに襲いかかろうとするが、今度はポクリと薙刀の柄でゆきに殴られ、今までのダメージと相俟って昏倒した。
 「大丈夫じゃったかの、宗……」
 主、と呼ぼうとしたのに、最後まで言葉が出なかった。
 だって宗主が女性にびったりと抱き付かれていたから。
当の本人は、無碍にも出来ず無理やり引き剥がすなんて暴挙にも出られず苦笑しているだけだったけれど。
 
 
 
 
 
 「敵の本陣はどこかしら……」
 某あんみつ姫の様なゴテゴテした着物であるのに、全く動きにくそうな素振りを見せず、しゅららしゃららと簪の高く澄んだ音を響かせて、レイラは街を彷徨っている。
 ゆきと逸れてしまったのが心残りだが、ふしぎと心配は無かった。誰かが守ってくれるだろうとかではなくて、こういう危険なところにくるのだから、小学生ほどの彼女とて身を守る術は心得ているはずだ、と。そう思ったのだ。
 「いやだ。わたくし迷子になってしまったのかしら」
 流石に少し不安になってくる。16歳にもなって迷子だなんて。少し恥ずかしい。
 きょろきょろと辺りを見渡す。とりあえず本来の体育館に行けば誰かしらと会えるだろう。
 レイラは短慮でも無鉄砲でも無い。
 一人でヴィランズの本陣へ入り込むことが無謀を通り越して自殺行為である事くらい、簡単に想像がついている。
 「参りましょう、サムライ。わたくしから離れてはだめよ?」
 胸元に入り込んでいたレイラのサニーデイのバッキー・サムライがちょこんと顔を出す。巾着にでも入っていてもらおうかとも思ったが、いくらなんでも狭すぎるだろうし、サムライ自身は言われる前に胸元へと潜り込んでいたのだ。羨ましいバッキーである。
 「お嬢ーちゃん。どこへ行くんだよ?」
にやにやと笑って男が話しかけてきた。身なりは汚らしく、素行も乱暴だ。それだけで人柄を判断するのは早計だが、無理やり行く道を阻んでいるあたり、少なくともレイラにとっては好意的に接する相手ではない。
「秘密です。貴方には関係ないと思いますわ?」
ツンツンという程ではないが、あまり愛想良くはしない。そんな義理はどこにも無い。
「暇なら俺と遊ぼうぜ?」
男が、たらしたレイラの髪に触れる。
カッと頭に血が上るのが判った。こういうとき、頭の芯は意外と冷静なものだ。

バコッ!

手にしていたベージュに菊の柄が描かれた巾着で思い切り顎から殴りつけた。中には携帯電話などを入れていたが、布やハンカチ、財布がクッションになって平気だろう。
その分、硬かったと想像できる。
「気安く触らないで頂けます……?」
鋭い視線。
家族でも、ましてや友人でもない男が気軽に触れていいものではない。
「……気の強いお姫様だなぁ、オイ」
男は冷静なまま、レイラの手首をつかもうとする。

ベコ。

鈍い音がして、男がずるずると崩れ落ちる。
「無事かいな、北条の嬢ちゃん」
壁の中−いや、壁の表面に出来た影の中から、手甲と狐面をつけた忍者、斑目漆が顔と腕を出していた。




「なんや、迷子やったん?」
「……そうかもしれませんわね?」
顎に人差し指を当てて、レイラは可愛らしくごまかした。漆は仕方ないな、といった顔で軽く笑う。
「俺は清本の旦那の補佐の予定なんやけど。どうやろ、嬢ちゃんも来ぉへん?」
清本と漆は本来の体育館−今は劇場を勝手に乗っ取った賭場らしい−に乗り込み、そこでハザードの元になっているムービースターを倒すという算段だったようだ。
「ええ、勿論ですわ。わたくしにはサムライもおりますし。足手まといになどなりませんわ」
「ほなら、影ん中移動するで。コレの方が見つかりにくいねん」
「まあ、宜しいのですか? わたくしもご一緒して大丈夫ですの?」
「気にせんといて。一人くらいなら全然平気やし」
言いながら、漆は手甲を嵌めていない方の手をレイラに伸ばした。
「ところで、清本様はどちらに?」
「旦那は正面から乗り込むんよ。……ほら、あっこ」
漆が示す方向は、いかにもといった風体の無頼漢達が数人屯していた。門番とか、そういったものだろう。腰に刀を差している。浪人だろうか。
その彼らに話しかけている、壮年の浪人が一人。
清本橋三だ。
 レイラと漆のいる場所からでは何を話しているかは聞こえないが、剣呑な雰囲気はヒシヒシと伝わってくる。
「ある意味、陽動やね。……さ、行こか」
丁寧に、頷いたレイラのしなやかな手をとり、漆は陰の中に溶け込んだ。



「なんだテメェは」
お決まりの台詞を、無頼漢が発声する。
清本は特に反応せず、その鋭い双眸を眼前の男たちに向けたままだ。片手を前身頃に入れて利き手で大刀を掴んでいる。仲良くしにきている様には到底見えない。
「こちらの御大将は何処か」
冷静沈着に清本が尋ねても、男達は警戒して何も答えない。
今の清本のような輩を通してしまえば、上司から叱責、もしくは生命の危機に関わる制裁が待っている。死にたいわけではない。今だってこれから略奪の限りを尽くして大金を手に入れるのだ。
「テメェなんかに、誰が会わせるか、よっ!」
別の男が大刀を一気に抜き放ち、清本の胸部を狙って切りかかる!
キィン!
その一撃よりも早く、清本が抜刀し刀身で防いだ。
清本は返す刀で、最初の男を切り捨てる。
「っの野郎!」
 他の男達は、最初の一人が地面に倒れ込んだのを見てやっと事態を把握した。今この男をここで殺さなければ自分たちの命が危ない、ということに。
一斉に飛び掛られるが、清本はさっと数歩下がって一撃目をかわし、一番近い男の腿に蹴りを入れて全体の体勢を崩す。蹴られた男が素っ頓狂な声を出して隣にいる男の方へと倒れこむ。それが連なり半分以上の男が足止めを食らう。
中には瞬時に避け、倒れる事に巻き込まれずに済んだ者も居た。彼らは仲間である男たちを足蹴にして清本に切りかかる。 さっと清本が屈み、先頭の男を峰で叩き付ける。
清本に耳にも、“ボキ”っという鈍い音が届いた。肋骨が折れて恐らく肺に刺さったのだろう。
「げはっ!」
盛大に口から血を吐いた。
清本はそれに目もくれず、完全に腰が引けた男たちを一刀の元に切りつけ、間も無く全員を戦闘不能に仕上げる。
カチ、と古ぼけてお世辞にも高尚な細工とはいえない鞘に刀を収める。
清本は倒れた男たちを一瞥し−何か言おうと口を開けたが、結局何も言わず中に入っていった。



引き戸をくぐると、そこは大きな広間のようだった。天井は高く開放的で、二階もある。だが二階には今は人は居ない。劇場であった頃の名残だろう。
積み上げた座布団に隻眼の男が一人、座っていた。
煙管を咥え、泰然した笑みを浮かべながら清本を見ている。周囲には護衛なのかただの手下なのか、やはり男たちが固めている。当然、穏やかな雰囲気は、ない。
「……そなたが頭目か」
「あァ、そうさ。あんたかい、ウチのモン、次々と可愛がってくれたのは」
「俺だけではない」
「そうかィ。何でこんな事するんだい?」
「そなた等のしている事、成そうとしている事は看過できん」
「仕方ないだろィ? 俺達ゃ悪党だ。悪党が悪事働いてなにが悪い。“そういう風に作られた”んだ、“そうしなきゃいけない”んだよ」
盗人にも三分の理あり、という事か。
だからと言って、通ってよい道理ではない。
彼らの役目は清本と同じ。
斬られて倒されて道理は通る、という当たり前のことを世に知らしめる為にあるのだ。
斬られ役には経験も実績もあるが、斬る役は恐らく初めてであろうな、と清本は一人ごちる。自分を演じた男をフラリと思ったが、詮無い事なのでやめた。今肝心なのは、目の前の男の本来の役目を遂げさせてやること、なのだ。
そうでなければ−

導次の言うとおり、救いが無さ過ぎる。



隻眼の男の合図は煙管を動かしたことだっただろうか。
護衛達が数人雄たけびを上げて清本に斬りかかる!
パァン! 乾いた破裂音が.2度響く。
「っ!?」
男達の足元に穴が開いている。何が落ちてきたものか確認するより早く、また音がして、一人が刀を落とす。苦痛に顔をゆがめて呻いている。手のひらからは止め処なく血が流れている。
二階からだった。
レイラが装飾銃とリボルバー式の銃で狙撃したのだ。
人を撃つのには覚悟が居る。自分の命も撃つ相手同様に奪われる覚悟をしなければならないから。だからレイラは躊躇しなかった。そのくらい腹を据えている。敬愛する両親に二丁授かった時から、ずっと。
「上だ!」
叫んだ男はしかし、すぐに清本に切り捨てられる。
ばっさばっさと切り倒し、という喩えが合い過ぎるほど、清本は男達を切り倒していった。
清本の背後に回りこんだ−というよりも、レイラに狙撃された男が何とか立ち上がり、後背から清本を切りつけようと刀を大上段に構え、そのまま振り下ろそうとした。
「ぐあっ!」
両手首が鎖に絡めとられ、勢いでそのまま後ろに引きずり倒される。そして一瞬の間も無く、鋭い何かで床と着物を縫い付けられ、身動きが取れなくなってしまっていた。もがいても何も出来ない。
辛うじて仕える目で捕らえたものは、不可思議な紋様を付けた狐面を被り赤い布を首から巻いて動きのままに靡かせている黒装束の男だった。

男に切りかかられた漆は影の中に逃げるでもなく、相手よりも早く鎖鎌の鉄の分銅で脇腹を痛めつけ、素早く飛苦無で腿を攻撃する。
清本同様、それなりに囲まれた漆は袖口に隠しておいた飛苦無を取り出し、上腕骨隙間を狙って投げつける!
そこは突かれると神経を切断し腕が動かなくなるということを、漆は熟知していた。
「乱破だ! 乱破がいやがる!!」
隻眼の男の側に今だ控えていた男の一人が叫ぶ。
「……ラッパってなんやねん。俺楽器とちゃうで」
感情の無い声で漆が言う。常闇や、と言いそうになったが、通り名とはいえ自分の名を敵に知らしめる事は愚行だ。
「乱破というものは、忍者の江戸時代の呼び方だそうですわ! 飛鳥時代ではシノビ、だったそうですけど!」
二階からレイラが叫ぶ。
時代劇ファンである彼女は知っていたらしい。そんな事あまる授業では習わない。
漆も「ああ、さよけ」と応えた辺り、知らなかったようだ。飛鳥時代は知っていたようだ。彼も高校に通っているから、歴史の授業で聞いているのだろう。
レイラは大声を出している間も、二階の細い空間を右へ左へと走り回り、清本や漆のサポートをしていた。レイラに撃たれた者を清本や漆が仕留める、というものだった。いくらレイラに覚悟が出来ていても、実践の中で動けるかといえばそれはイコールではつながらない。
二階に居れば浪人と忍者が守らずとも、戦闘に参加し戦火をあげることが出来る。二丁拳銃のお嬢はそれが理解できないような鈍い娘ではない。それにレイラには大事な役目があった。

四半時ほどであっただろうか。
まさに屍累々といった様相だった。ある程度離れて佇む清本と漆を中心に倒れて呻いている男達が倒れていた。呻いていても殆ど意識は無いだろう。
レイラがとんとんと階段を軽快に下りてきて、二人の側へと駆け寄る。サムライは胸元から出て、肩口に居る。

「……やるじゃねェか…」
煙管は座布団からゆっくりと下りる。左脇の刀の柄に手をかける動作にまったく隙が無い。
身構える漆とレイラを制し、清本がずい、と前に出る。
刀を抜いて構える二人の間には張り詰めた空気が漂っていた。
レイラはゴクリと息を飲み、漆は二人の方向を見ていたが、狐面をつけていたから表情までは読み取れない。

何が切欠になったのか−
ざんっ! と二人が刀を打ち合わせ、斬激を繰り返す。
力は拮抗しているようで、ぶつかり合った地点から殆ど動かない。鍔迫り合いというものだろうか。
煙管が、清本の足を掬った。
「悪ィな!」
下段から一気に、躊躇い無く、煙管が清本を切りつけた!
「…っ!」
声にならない声を上げ、清本はそのまま仏倒れになって地面に沈んだ。

「清本様!」
レイラが蒼白になって清本へと駆け寄ろうとするが、漆が腕をつかんで引き止める。非難を込めて睨んだが、容易に剥がせる力ではなかった。
「後ァ……お前等、だけだねェ…」
口元を歪めた煙管が無礼にも清本を跨いで漆とレイラの元へと、ゆっくりゆっくりやってくる。


「貴方ですか。随分経験が浅いようですけど……」
涼やかな声が3人の耳に入る。
煙管の視線を追うと、入り口付近に宗主とゆきが立っていた。
「遅くなってごめん。無事、かな?」
宗主が二人を気遣うが、
「だれの経験が浅いッてんだ、この優男!」
激昂した煙管が宗主を威嚇する。当の宗主は怯えた様子も驚いた様子も見せず(そんな感情は全く無かったのだろう)、優男といわれた事に悩んでいたようだった。
俺ってそんなに優男に見えますかね…?とゆきに問いかけている。 うぅむ。宗主は優しげな面立ちをしておるが、そうは見えんがのぅ、わしは。 ゆきも首を傾げながら応えている。
「聞いてンのか!」
怒鳴りつける。宗主は僅かに苦笑して、煙管を指し示す。
ーいや。
煙管の後ろを、指し示した。
ゆっくりと振り向いた。
斬った筈の、倒した筈の清本が、起き上がっていた。

なんて生きてる。

そう問いかける前に、清本は大きく振りかぶった。煙管男は防ぐ為に大上段に構える。
その隙に、両手が大きく上がった瞬間、右下半身の隙を狙って一気に右胴を打ち払った。


煙管が全く動かなくなったのを確認し、清本がチャキと刀を鞘に戻す。
サムライがレイラの肩から飛び降り、落ちいてる煙管をぱくりと食べる。

もくもく。もしゃもしゃ。

さして長くも無い煙管をサムライが食べ終え、ハザードが解けるのも、そう時間はかからなかった。





「ご苦労やったな」
導次が明日とウィズを労う。
二人は一足先にハザードから抜け出し、対策課に控えていた導次の元へとやってきた。若武者はハザードから抜け出した影響なのか、消えた今でも実体化したままだった。
とりあえず医務室に運び、今は安静にしている。
「彼はこれから……どうするのかしら」
「さーね。悪い仲間と縁が切れたんだ、心機一転頑張れるんじゃねーの?」
「……でも一人だわ。寂しくなったりしたら……気の毒で」
明日が眉を顰める。若武者の、これからを慮って悩んでいるのだろう。
ウィズには想像が付かなかった。彼も実体化したムービースターだが、家族というか仲間全員と共にあるから、不安や寂しさなど、銀幕市に来てこっち感じた事など無かった。
「そうかもしれんが、明日嬢。逆に言えば、本当に生まれ変われる機会ではないだろうか。確かに孤独かも知れぬ。だが開き直るしかできないから、詭弁等ではなく真に生まれ変わる事がどれだけ困難か。お判り頂けはしないだろうか」
後ろから声がかかる。
岡田剣之進が居た。彼が打ち倒した男は、ハザードの中の奉行所に差し出してきたそうだ。
嫌味等ではなく、上から視点の説教などでもなく、淡々と、これから先の生活をなるべく明るく考えた者の意見。
明日も励まされたのだろう。珍しく、僅かばかりだが表情を崩して、
「ええ、そうかもしれない。 ……あたし達だって力になれるでしょうし」
「うしっ! そろそろ皆を迎えに行ってやろうぜ! ハザードは解けたっぽいしな!」
明るくウィズが二人を促す。
ムードメーカーの彼らしく、大袈裟なポーズをとるが、真面目な雰囲気を壊すことはない。

「ありがとな、お前さん等」

導次が背中から声をかける。
明日はも言わずに会釈をし、
剣之進は「お気にめさるな」と声をかけ、
ウィズは「豪勢な料理用意しといてくれよ」と笑って手を振った。


体育館まで行って、清本、漆、レイラに宗主、ゆきを連れて帰ってきたら。

若武者を起こして、みんなで“お疲れ様でした会兼歓迎会”を開こうな、とウィズが提案した。

新しく出会った友人達と共に。
きっと楽しいに違いない。

楽しい思い出が多ければ、きっと辛い出来事があっても乗り越えていけるだろうから。

クリエイターコメントはじめましての方も、いつもお世話になっている方も、この度はありがとうございました。お疲れ様です!

沢山期間を頂いておりましたのに、ぎりぎりになってしまって誠に申し訳ございませんでした。
こんなに沢山のPCさんを書かせていただく事は初めてでしたので、戸惑いつつも、とても楽しく書かせて頂けました。
PCさん毎の魅力がお伝え出来ていれば何よりです。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
公開日時2008-05-21(水) 19:30
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