★ 選別への反抗 ★
<オープニング>

 どうして、と、セイコは呟いた。
 町を歩けば、肩に小さな生き物を乗せている人々や、不思議な格好をした人達が目に付く。
(バッキー、か)
 ぐっと奥歯を噛み締める。
 セイコの肩には、何もいない。中学校のクラスメイトの中にだって、バッキーを連れている子はいるというのに。
「別にね、変わらないのよ」
 その子は笑いながらそう言った。ムービーファンって言われているけど、だからといって別に変わったりしないの、と。
(違う)
 セイコは「そう」と返事をしながらも、心の中で呟く。
 それは、嘘だ。
 ムービーファンは、自分とは「違う」のだ。バッキーと言う存在を連れている時点で、何も持たぬ自分とは違う。
 幼い頃、自分には特別な力があると信じていた。いつしか空を飛べるかもしれない、光を放つようになるかもしれない……。だが、成長するにつれて、それはありえぬ話なのだと理解するようになっていった。
 あくまでも、理解。理解は諦めとよく似ていると、セイコは自嘲する。
「どうして、私は、ムービーファンじゃないの?」
 神様という存在を疑う。ムービーファンと自分に、どういう違いがあるというのか。バッキーをつれた子と、自分と、何がどう違うというのか。
 神様とやらは、どうして自分に力を与えてくれなかったのか……!
「あ……」
 オープンカフェに座る、二人の男女がいた。二人ともバッキーをつれていて、男女同士、バッキー同士が楽しそうにしている。
(二匹もいるんだもの)
 男女は、セイコに気付かない。
(一匹くれたって、いいじゃない)
 どきどきと、心臓が高鳴る。全身が心臓になってしまったかのようだ。
「一匹くらい、私にだって」
 一瞬だった。
 一匹掴んで、バッグの中へ。ただ、それだけ。
 バッグの中で、もごもごと何かが動く。温かい、小さな、何か。
「私のよ」
 全力で走りながら、セイコは小さく微笑んだ。


 対策課に、泣き崩れる女とそれを支えるようにする男が訪れた。
「私のバッキーが、バッキーが」
 泣き叫ぶ女に代わり、男が説明をする。
 オープンカフェでお茶をしながら喋り、バッキーたちを遊ばせていた所、いきなり少女が駆けてきて、バッキーを一匹掴んで逃げていったのだという。
「セーラー服を着ていたわ。髪は……長くて黒かった、かな。何しろ一瞬で、よく分からなくて」
 植村は「分かりました」と頷く。
「とにかく、その子を探して説得をしなければいけませんね」
 対策課に訪れた男女は、お願いします、と頭を下げた。

種別名シナリオ 管理番号743
クリエイター霜月玲守(wsba2220)
クリエイターコメント<補足>
・少女のセーラー服は特徴的なものであり、学校の特定はできています。
・バッキーはピュアスノーです。

<WRより>
こんにちは、霜月玲守です。
バッキー誘拐事件の解決に、ご協力くださいませ。
宜しくお願いいたします。

参加者
小式 望美(cvfv2382) ムービースター 女 14歳 フェアリーナイト
四幻 アズマ(ccdz3105) ムービースター その他 18歳 雷の剣の守護者
栗栖 那智(ccpc7037) ムービーファン 男 29歳 医科大学助教授
針上 小瑠璃(cncp3410) エキストラ 女 36歳 鍵師
ネティー・バユンデュ(cwuv5531) ムービースター 女 28歳 ラテラン星親善大使
<ノベル>

 対策課は早めに対処した方がいいと言う事で、すぐに手伝える人達を招集した。そうして集ったのは、五人。
「あたしと同じ年代なんだよね」
 小式 望美(コシキ ノゾミ)はそう言って、悔しそうに顔をしかめた。見つけ出さなきゃ、と小さく呟く。
「中学生といえば、丁度複雑なお年頃だね」
 四幻 アズマ(シゲン ―)はそう言い、続けて「とはいっても」と呟いた。
「そうは言うても、その子の気持ちも分かるわぁ……」
 針上 小瑠璃(シンジョウ コルリ)は、しみじみとそう言った後、すぐにカップルに向かって「勿論、あんたらの気持ちもな」と付け加える。
「これがバッキーなのですね」
 カップルの男が抱いていたバッキーを見て、ネティー・バユンデュが感心したように言う。「科学では解明しきれない存在。興味深いですね」
 そんな中、栗栖 那智(クリス ナチ)は壁に背をもたれて立っていた。対策課からの要請に手をあげたのではなく、たまたま対策課を訪れた際に頼まれた。だからと言うわけではないが、あまり気乗りはしていない。ただ、小さなため息をこぼすだけだ。
「では、確認をいたします」
 植村が皆に向かって声をかける。
「まず、バッキーを連れていった子は、この方向に向かっていったと思われます」
 植村はそう言いつつ、銀幕市の地図の一部を指し示す。
「その先は、分からないんだよね?」
 確認のようにアズマが言うと、植村が「はあ」と頷く。そこに、小瑠璃が「大丈夫や」と声をかける。
「盗みをしてしもうて、動揺しているはずや。なら、そんなに遠くまで行ってへんよ」
「あまり事を荒立てたくありません。できれば、説得によって解決したいのですが」
 植村が言うと「そう言うが」と那智が口を開く。
「まずは本人を探し出さなければ、どうしようもないのではないか?」
「それなら、私に任せてください」
 ネティーはそう言って、携帯電話のようなものを取り出す。
「それ、何ですか?」
 望美はネティーの取り出したものを覗き込みつつ、尋ねる。
「これは、ディテクターです。拉致されたバッキーの体の一部があれば、センサーでスキャンし、居場所を探知することが出来ます」
「それは便利だね。問題は、そういうものがあるか、だけど」
 アズマはそう言い、カップルの方を見る。カップルは顔を見合わせ、ゆっくりと首を振った。
「そういうものを、見た事がないんだが」
 冷静に、那智が言う。ムービーファンである那智にはバッキーが居るのだが、何故かその姿は今見えない。
「そうですか。生物ならば、この方法が確実かと思ったのですが」
 ネティーが残念そうに言うと、カップルの男が「でも」と口を開く。
「それで見つけられたら、凄いですよね。こいつがいなくなったら、探してもらえそうだし」
 男はそう言って、バッキーをネティーの目の前に差し出す。ネティーはそれをじっと見つめ、はっと気付く。
「これは……通常の生物ではありませんね」
「え、そうなの?」
 驚いたように、望美が声を上げる。ネティーはこっくりと頷き、ディテクターとバッキーを見比べる。
「私の世界では、この世界よりも随分と科学が発達していました。しかし、バッキーは科学的に分析不能な生命体です」
 ネティーの目は、驚きであふれている。科学が万能ではない事が分かっているが、それでもネティーのいた世界はこの世界よりも科学の発展具合が違う。そんな中にある「バッキー」という通常の生物ではないという存在が、不思議でならない。
「となると、後は……」
「一生懸命、走り回って探すしかないわね!」
 困ったように言う植村の後を、望美が力強く続ける。
「まあ、それしかないのかもしれないね。後は、対策課に通報があるのを待つくらいしか」
 アズマはそう言って肩をすくめた。
 カップルはそろって、皆に「お願いします」と頭を下げる。そこに、小瑠璃が「あんな」と口を開く。
「その子には、ちゃんと反省させて返させるから、許してもらえへん?」
 小瑠璃の申し出に、カップルは「え」と言って顔を上げる。
「うちらやって、神さんの選ぶ基準や解らへん。子供の目からやと、えこひいきにしか写らへんわ」
「まあ、選定基準は未だに分からないな」
 ぽつり、と那智が呟く。
「せやろ。きっと、我慢してたと思う。で、衝動的なもんやったとも思う。せやから、許して貰えへん?」
 カップルは顔を見合わせる。そうして、ふ、と表情を和らげる。
「分かりました。私は、バッキーが無事なら、それでいいですから」
「ありがとな。ほな、しっかり反省はさせるから、安心しといて」
 にこ、と小瑠璃は笑う。相手を安心させるかのように。
 そこに、電話が鳴り響く。植村は受話器を取り、暫くやり取りをした後に、電話を切って皆の方を向き直る。
「ピュアスノーのバッキーを連れた女の子が、公園の方をうろついているそうです。おそらく、その子だろうと」
 植村が言い終わるや否や、皆は走り出す。その背に、女の「よろしくお願いします」の声がかけられるのだった。


 情報のあった公園内には、がらんとしていた。ちらほらと通行人は居ても、ぱっと見、少女と思わしき姿はない。
「何処かに行ってしまったのか?」
 那智は呟き、当たりを見回す。
「まだ、連絡あってからそんなに時間は経ってないんや。その辺探せば、おるんやないか」
 小瑠璃の言葉に、皆が頷く。
「なら、皆でそこら辺をさがそう!」
 望美はそう言って、走り出す。きょろきょろと周りを見回しつつ。それを皮切りに、分散して探し始める。
「……あれは」
 そんな中、ぽつりとネティーが一箇所を見つめる。がさがさと、不自然に動く茂みがあったのだ。
「何かあったの?」
 茂みを見つめるネティーに、アズマが尋ねてきた。ネティーは「あれを」と言い、茂みを指差す。それを見て、アズマは「なるほど」と言って頷く。
「私が後ろから回ります。アズマさんは、前から行ってもらえますか?」
「了解」
 ゆるりと、二人は動き出す。そんな二人の様子を見て、他の三人も茂みの不自然さに気付いたようだ。万が一を考えて公園の入り口を封鎖し、見守っている。
「いた」
 前から行ったアズマは、学生服を着た黒髪の少女がピュアスノーのバッキーを抱きしめているのを確認し、ぽつりと呟く。少女がそれに気付き、慌てて立ち上がって逃げようとするのを、後ろから近づいていたネティーが腕を捕まえて阻止した。
「ヤダ、何するのよ!」
「あなたは、何をしたんですか?」
 叫ぶ少女に、ネティーが静かに言い放つ。その言葉で、少女は暴れるのをやめた。
 ぴたりと。
 少女は動きを止めて、手の中のバッキーをぎゅっと抱きしめていた。そこに、入り口を見張っていた三人も合流した。
「探したで。あんた、名前は?」
 小瑠璃が尋ねると、少女は俯いたまま、小さな声で「セイコ」と答えた。
「セイコちゃん。何でこないな事になったか、分かってるやろ」
「……何よ、一匹ぐらい」
 優しく語り掛ける小瑠璃に対し、セイコは絞り出すような声で言う。
「二匹も、いたの。私は、一匹も居ないの。なら、二人で一匹を可愛がればいいじゃない」
「そのバッキーは、女の人にとって唯一のバッキーだよ。一匹くらい、じゃないよ。あの人にとっては、かけがえのない一匹だ。何にも変えられない、ね」
 アズマはそう言って、じっとセイコを見る。セイコはびくりと体を震わせ、より一層強くバッキーを抱きしめる。
「それは、窃盗だ」
 セイコは再びびくりと体を震わせる。声のした方を見ると、そこには那智が居た。
「バッキーが犬猫と同じだと仮定すると、窃盗の罪に問われるが、判っているか?」
「せ、窃盗って」
「考えてもいなかったのか? 窃盗は犯罪だ。今後の人生に支障をきたすから、あまりしないほうがいい」
 那智の言葉に、セイコは「だって」と口にする。
「私は、特別に、なりたいの。折角、銀幕市にいるのに、私は、私は」
 小さく震えつつ、セイコは言う。それを望美は「特別?」と言って、小首をかしげる。
「特別なものが与えられるって、良いことばかりじゃないんだよ。責任もあるし、大変な事だってあるんだから」
 望美の言葉に、アズマも頷く。
「責任は、生ずるよ。辛い事だって、あるし」
 二人の言葉に、セイコは「そんな事、知ってる」と口にする。
「うんざりするくらい、聞いたわ。羨ましいって言うたび、ご丁寧に教えてくれたから」
「他人よりも特別でありたいという願い。その原点にある感情は、自尊心もしくは他人への劣等感です」
 静かに言い始めるネティーに、セイコは「そんなの」と言い放つが、ネティーはそれを押さえ込むように「どちらも」と言う。
「人であれば、誰もが持っている感情です。それらを持つこと自体に摘みはありません。自尊心も劣等感も、自らを高めるための大切な要素なのですから」
「えら、そうに」
「そう聞こえてしまったのならば、すいません」
 ぎり、とセイコは唇を噛み締める。何か言い返さなければ、と思ってはいるものの、上手い言葉が口から出てこない。
「あたしは、ムービースターだけど……この銀幕市に来て、普通に暮らしているのが好き。できれば、変身だってしたくないと思ってるの」
 望美がそういうと、セイコは「そんなの」と再び言う。
「私も、普通に暮らしたいと思ったことがあるよ。兄が二人、姉が二人、妹が一人いて。普通に暮らして、普通に笑って、普通に泣いて……それが出来るようになったのは、この銀幕市に来てからなんだ」
 那智の言葉に、セイコは「だから、何?」と言い返す。相変わらず、視線は下に向いたままだ。
「あなたのなりたがっている特別というものを、誰かに放り投げてしまいたいと思ったことだってあるんだ。でも、特別の責任を放棄したら、私に待つのは死なんだ」
「そんなの、聞き飽きたわ。私の憧れる特別を持っている人は、皆同じ事を言うの。私が羨ましいって言うたび、同じように言うの」
「なら、あなたは与えられるために、何か努力したかな?」
「努力?」
 那智の問いかけに、セイコは怪訝そうに尋ね返す。
「与えられるのを待っていただけじゃないよね? バッキーは夢を持つ人に与えられるって聞いたよ。あなたは、夢を持っているのかな?」
「だから……なんで、それが努力なのよ?」
 ぎり、とセイコは奥歯を強く噛み締める。
「バッキーを持っている友達と、持っていない私と何が違うって言うの? ムービースターには到底なれない事がわかってる。だったら、ムービーファンって何? 私の何が違うって言うの? 私の抱いている夢が努力不足だ何て、どうしてあなたに分かるって言うのよ。ムービーファンであるあなたに、私の気持ちなんてっ……!」
――ぱんっ!
 セイコの言葉が止まる。じりじりとした痛みに、セイコは頬を押さえながらゆっくりと痛みを与えた人物を見る。
 望美だった。
 手をわななかせ、じっとセイコを見つめていた。
「失った人のことも、考えてよ」
 頬の痛みに半ば呆然とするセイコに、望美は言い放つ。
「あたしは、この町に来て家族と友達を失った。それは、とても哀しいことだよ。キミは、そんな思いを誰かにさせるの?」
「私は、別に、そんなつもりは」
「あなたは、間違った行動を取ってしまったのです。自らの欲望に順次、規範から外れた行動を行いました。それは、罪なのです」
 ネティーは、静かにそう諭す。
「罪……そんな、だって、私は」
「バッキーもスターも、生きている。貸し借りのできるものではないし、ましてや盗むものでもない」
 震えるセイコに、那智が言い放つ。「それに、バッキーが懐かず、主人の下に帰りたがっていたら、惨めにはならないか?」
「私、は」
 セイコは俯いた。
 頭の中を、皆の言葉がぐるぐると回っていた。どうしたらいいのか、迷っている用でもあった。
「……しゃあないな」
 それまで黙っていた小瑠璃が、突如口を開く。
「うちやって、鬼と、ちゃう。あんたの気持ちも解るし、見逃したる」
 小瑠璃の言葉に、皆が注目する。いきなり、何を言い出すのかと。
 突如、予想だにしなかった言葉に呆然とするセイコの頭を、小瑠璃はくしゃくしゃと頭を撫でる。
「ほんま、よその子と自分、何がちゃうんか悩んだんやろ? 可哀想になぁ」
 セイコは目一杯に涙をため、バッキーを抱きしめる。心が、更にゆらゆらと揺れているようだ。ゆっくりと顔を下げ、地面を見つめる。
「とりあえず、何か買ってくるわ。そこのベンチ、座っといてな」
 小瑠璃がそういうと、ネティーと那智がセイコをベンチへと連れて行った。小瑠璃は望美とアズマに「手伝ってや」と伝え、連れて行く。
「あの、いいんですか?」
 少し離れた所で、望美に尋ねる。
「あの子のためにも、認めるのは良くないと思うけど」
 アズマもそう言って、ちらりと公園の方を振り返る。小瑠璃は「もちろんや」と頷き、携帯電話を取り出す。
「せやけど、うちは平和的に解決したいんや。どっちの気持ちも、解るし」
 小瑠璃はそう言い、携帯電話で会話をし始める。その会話を聞き、望美とアズマは顔を見合わせ、小さく笑んだ。
 そんな二人に気付き、小瑠璃は悪戯っぽく笑い返すのだった。


 俯いたままベンチに座っているセイコの隣に、ネティーは座る。
「認められて、嬉しいですか?」
 静かに尋ねられ、セイコは小さな声で「わからない」と答える。
「私は、ただ、ただ……」
 手の中で、ピュアスノーのバッキーがもごもごと動いている。特に何も考えてなさそうだ。
 少し離れた所に立っている那智は、小さくため息をつき、口を開く。
「他人のものを盗むという行為は、悪い事だ。しかし、それでも欲しかったのなら言うべき事は特にない」
「何も、言わないの?」
「私だって、珍しい血液や歴史的遺産が目の前にあれば、理性が勝つ自信はない」
 きっぱりと言い放つ那智に、セイコは少しだけ笑む。そうして、バッキーに再び目線を落とした。
「お待たせ」
 望美の声と共に、ビニール袋を持ったアズマと小瑠璃が戻ってきた。小瑠璃はコンビニの袋の中から暖かい紅茶缶を取り出し、セイコに手渡す。
「熱いから、気をつけてな」
「あ、ありがとう……」
 缶を受け取ったその時、公園の向こうの方から「スノーちゃんー」という、男女の声が響いてきた。
 あのカップルだ。
 セイコは反射的にバッキーを抱きしめ、俯く。
「いないね」
「うん、いない」
 カップルは寂しそうに会話をし、近くのベンチに座る。
「何処に行ったのかな。寂しくしてないかな。酷い事、されてないかな」
 女はそう言って、俯く。男が「大丈夫だよ」と言いながら、易しく背を撫でる。
「きっと、見つかるよ。対策課の人にも頼んでいるんだから」
「そうだけど……私、あの子がいないと」
 ハンカチを握り締め、女は肩を震わせる。セイコは顔を上げ、じっとカップルを見つめていた。眉間に皺を寄せ、どうしたらいいのだろうと戸惑っているように。
「可哀想に、ずっと一緒におった子が盗まれたもんやから、狼狽しとるわ」
 小瑠璃の言葉に、セイコは「あ」と声を上げる。脳裏に、望美の「失った人の事も考えて」という言葉が蘇る。
「でも、あんたはその子一匹くらいって思うたんやろ? そやったら、しゃぁないわ」
 セイコはゆっくりと顔を横に振る。そんなつもりじゃない、と言わんばかりに。アズマの「あの人にとっては、かけがえのない一匹だ」という言葉が頭の中をぐるぐると回る。
「どうして、私のバッキーだったんだろう。私の、私の……」
 女はそう言って泣き始める。セイコは小さな声で「間違えた……」と呟く。ネティーが言っていたではないか。方法を間違えたのだと。
 今にも泣き出しそうなセイコの頭を、くしゃり、と小瑠璃が撫でる。
「良かったやん、念願のバッキーゲットやない?」
 セイコはバッキーを見る。バッキーがぐにぐにと動いている。近くに居る主人の下に帰りたそうに。那智の言った「惨めさ」が、じわじわと沸いて出る。
「バッキー一匹手に入れたところで、何も変わらない」
 迷っているセイコに、那智が言う。
「私はバッキーの力を借りて何かした事はないし、居たから何かが変わったわけでもない」
「だけど、私には何の力もなくて」
 震える声で言うセイコに、那智は「なら」と言葉を続ける。
「バッキーを持たずとも、ジャーナルに載るほどの活動をしている者達はどうなる?」
 那智の言葉に、セイコは「え」と呆気に取られる。
「そういえば、そうだよね。別にバッキーを持たないエキストラの子って、結構居るし」
 望美は思い出しつつ、そう言った。
「そうですね。私も、対策課で活動をされているエキストラと呼ばれる方達を沢山見ています。バッキーの有無は関係ありません」
 ネティーはそう言い、頷く。
「まあ、実際うちもエキストラやしね」
 ふふ、と小瑠璃が笑った。セイコはゆっくりとベンチから立ち上がる。
「もう一度聞くね。何か、努力したかな?」
「私……してない」
 アズマの問いに、セイコは答える。
「私、何もしてない。ジャーナルにエキストラの人が載ってるとか、知らなかった。何も調べてないし、バッキーを持っていないと駄目なんだと思ってた」
 セイコはゆっくりと歩き出す。足が震えて上手く動かず、何度か躓きそうになる。だが、誰も手を貸さない。ゆっくりでも、自分で歩いているのだ。
 真っ直ぐに、カップルの方へと向かって。
「あの……」
 女の前に来たとき、小さな声でセイコは話しかける。手には彼女のバッキーが居るが、女はそれを責めたりしなかった。奪い返そうとするわけでもなく、ただただセイコの言葉を待っていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい……ごめんなさい!」
 バッキーを差し出しつつ、セイコは頭を下げた。女は「おかえり、スノーちゃん」と声をかけつつ、バッキーを受け取って抱きしめた。心底嬉しそうに、笑いながら。
「バッキーは、持ち主にとってとても大事な存在なの。だから、もう取らないでね」
 女はそう言って、セイコの後ろにいる五人に向かって会釈をする。男も同じように会釈をし、二人そろって公園を去っていった。その様子を、セイコはじっと見つめていた。
「小瑠璃さん、あの二人をここに呼んだのですね」
 ネティーはそう言って、微笑む。小瑠璃は頷き、セイコを見ながら口を開く。
「どうしても、セイコちゃんから『返したい』って思うてもらいたかったんや。でないと、どっちともに良うない思うたからな」
「安心したよ。本当に、認めてしまうのかと思ったから」
 アズマが言うと、小瑠璃は笑う。
「それやと、平和的解決にはならんやろ?」
「確かにそうだな。いい解決方法になったようだ」
 那智はそう言って、ゆっくりと振り返るセイコを見る。少し照れくさそうな、それでいてどこかすっきりしたような表情だ。
「えらかったね、セイコ」
 望美はそう言いながら、笑顔でセイコに駆け寄る。セイコは望美に「ありがとう」とつげ、改めて皆に向かって頭を下げた。
「迷惑をかけて、ごめんなさい。そして……有難う」
 再び顔を上げたセイコの頭を、くしゃりと小瑠璃が撫でた。それに対し、セイコはどこかくすぐったそうに、だが満更でもないような笑みを浮かべているのだった。


<反抗は穏やかに終決し・了>

クリエイターコメント お待たせしました、こんにちは。霜月玲守です。
 この度は「選別への反抗」にご参加いただきまして、有難うございました。いかがでしたでしょうか。

 無事に解決となりました。
 今回は、説得内容についての判定をこっそりさせていただいておりました。皆様の心からの説得、しかと受け止めさせていただきました。
 また、改めてバッキーの生態について調べたりもいたしました。そして、なんて可愛い生き物だろうと思ったり。そりゃ盗むわ、とか思ったのは、内緒のお話です。

 少しでも気に入ってくださると嬉しいです。
 ご意見・ご感想等、心よりお待ちしております。
 それでは、またお会いできるその時迄。
公開日時2008-10-12(日) 12:30
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