★ 【銀幕市的百鬼夜行〜百鬼討伐編〜】奪われた貌、断たれた絆 ★
<オープニング>

 銀幕市という街は、北を山に、南を海に抱かれた、一風変わった街だ。北側半分を取り囲んでいる山々を杵間連山といい、その連山の中で最も高い山を、杵間山という。登山路やキャンプ場があり、夏のレジャー場となっており、頂上近くには展望台があってそこから市を一望することも出来る。また夜景は美しく、密かなデートスポットともなっているようだ。
 その、杵間山の裾野。深い鎮守の森に囲まれた、静謐な空気に包まれた場所に、それはある。
 杵間神社。
 銀幕市の守り神ともされている神社だ。
「……静かですねぇ」
 縁側で熱い茶を啜りながら、年の頃は十四、五といったところの、巫女装束を纏った、長く艶やかな漆黒の髪を携えた少女、日村朔夜はゆるりと微笑んだ。他ならぬ杵間神社の神主の一人娘である。彼女の座るすぐ横では、ピュアスノーのバッキー、ハクタクが午後の暖かな陽射しにうつらうつらとしている。
 祭や正月には大層賑わいを見せる境内だったが、今はただ本来の姿である静けさを湛えている。連立した杉の木も、ただ静かに社を見守っている。
 また、近頃は手足を生やして散歩へ出掛けてしまった品物を探しに行くこともなく、本当に久しぶりにのんびりと過ごしていた。
 ほうと息をついて、再び湯呑みに口を付けた時。
 ぴん、と、何かが引っかかった。
 朔夜は湯呑みを置く。微睡んでいたハクタクが、朔夜の肩によじ登った。ハクタクを一撫でして、朔夜は駆け出した。何とも言えない焦燥感が、朔夜の体を動かした。
 静かな境内に、朔夜の慌ただしい足音が響く。
 行き着いた先は、杵間神社が神宝、『雲居の鏡』が納められた本社のその奥。
 一式の祭壇がしつらえられた、その中央で、神宝『雲居の鏡』が鎮座している。鏡の中の朔夜と目が合った時、その鏡面がゆらりと揺らめいた。
「これは……っ?!」
 『雲居の鏡』が映し出したのは、杵間神社。玉砂利の敷き詰められた境内、その入り口に堂々と立つ鳥居。その先には鎮守の森を抜ける参道。その中を、歩くものたちがある。
 しかしそれは、人ではない。
 人のような手足を生やした、動くはずの無いものたち。
「……百鬼夜行……」
 ぽつり、朔夜が呟いた時、ぞわりと背筋が泡立った。慌てて奥社を飛び出すと、そこには今まさしく『雲居の鏡』に映し出された光景が広がっていたのである。
 朔夜は息を呑んだ。
 その後ろで、かたりと何かが倒れる音がする。
 はっとして振り返ると、『雲居の鏡』もまた手足を生やして駆けて行くところだった。
 一昨年の秋のことが朔夜の脳裏に甦る。神宝を失くすなど、神社に使える者にとってこれ以上無い失態である。
「いけない!」
 慌てて追いかけるが、予想外に素早い動きに、朔夜はあっという間に『雲居の鏡』を見失ってしまった。
「大変、急いで父上とおじいさまに……」
 言いかけて、朔夜は一升瓶を抱えて眠りこける父親と、ボケて昼ご飯は食べたかいの〜と聞く祖父を思い浮かべる。
「いいえ、対策課に知らせなければっ!」
 動き出した器物たちは、妖怪という名をその身に冠して、一様に銀幕市を目指し行列を成すのであった。

★ ★ ★

 所変わって。
「ダンゴって美味いなぁ……」
 その日、彼――クレイグは軍の訓練をサボって銀幕市街に繰り出していた。上司であるベオ将軍やナナキ皇子――本人は皇子と呼ぶと怒るが――にバレたら大目玉だが、クレイグはあまり後先を考えないで動く人間だった。
 そんな彼が、茶店で『ダンゴ』なる物を食べていた時だ。
「そうだ、将軍にお土産に持っていけばダンゴ大食い大会とかやってくれないかな」
 そんな戯言を呟きながら団子に舌鼓を打っていた彼は、ふと視線をやった表の通りを何か変なものが通っていったような気がして首を傾げた。
 何か、今――……花瓶が歩いてなかったか?
 つるんとした一輪挿しの陶器の花瓶に、何かが『うにょ〜ん』と生えて動いてはいなかったか?
「……見間違いか?」
 団子の串を行儀悪く銜えたまま、茶店の外へ出る。
 そして、彼が見た物は。
 世間話をするオバサンよろしく喧しく喋りながら並んでいくのは、足の生えた茶碗。
 タイヤのように上手くバランスを取って転がる、目のついた土鍋。
 ひらひらと風に乗って、自由自在に飛ぶ長い紙。(彼は知らなかったが、それは神社などで使われる弊紙だった)
 列を揃えて行進してゆくのは、おみくじのようだ。
 羽の生えたヤカンが、時折その口から中身のお茶をこぼしながらくるくるとそれらの上を飛ぶ。
 ごろごろと転がってゆくガラス瓶の中には、金色の袋を背負った二本足で立つネズミがいて、懸命に足を動かしている。
「銀幕市ってのは本当に不思議なものがたくさんあるんだな……」
 銀幕市においても珍しい――というか異常なこの光景は、彼にとっては銀幕市を初めて見た時よりはインパクトが少ないようで。物知らずな彼は、銀幕市においても非常事態であるこの百鬼夜行を、団子の追加をもらってのんびりと見物し始めた。
 と、一つだけやけにすばしっこく動く影。
「……鏡?」
 もぐもぐと口を動かしながらのそれは言葉にはならなかったが、クレイグはぼんやりと鏡を見送った。
 そっか、鏡ってすばしっこいんだな。
 とちょっと間違った納得をしていた彼はきっと隙だらけだったのだろう。
「ちえすとぉっ!」
 妙な掛け声を聞いて彼が振り返った時には、木刀(のようなもの)が彼の眼前に迫っていて――
「はァ!?」
 何事!?と思わずそれを受け止めたのが不味かったようで。
 触手みたいなものを出して手に絡まった木刀(?)は、どう頑張っても外れなくなっていた。引っ張っても余計に手首が締め付けられるだけで、外れる様子はない。
「よし、とりあえず斬れ」
「へ?」
 おまけにこの木刀、第一声から物騒な事をのたまった。いや、第一声は「ちえすと」だった。どうやらこの木刀、どこか頭のネジが飛んでいるようだ。それ以前に木刀で切れるのかとか、喋れるのかとか、何が「とりあえず」だとかいろいろ突っ込みどころはあったが、クレイグはとりあえず団子を食べてからコトにあたる事にした。
 とりあえず命の危険が無さそうだからとはいえ、その変な図太さは流石はかの将軍や皇子の部下、といったところか。
「ねえ、これ対策課に言ったほうがいいんじゃないかしら」
「大丈夫だって、誰かが通報してるよ」
「そうかしら…きゃっ」
 と、すぐ隣を歩いていた、恐らく恋人同士だろう手を繋いだ男女に転がった土鍋が追突しそうになり、咄嗟に男の方が女を抱き寄せる。それは、普通に彼女を庇う行為だったのだが。
 木刀から、「ブチッ」だか「ピキッ」だか音が聞こえた。それは、例えば彼がいわゆる「キレる」時に脳内で鳴る音とよく似ていたが、しかし木刀に血管など通っているワケがない……はずである。
「ぅおのれぃ……カップルがいちゃいちゃと」
 地獄の釜の底から聞こえてくるような低い、それはそれは低い声が木刀から漏れ出した。
 実はこの木刀、縁切りの神の祀られていた神社の御神木から切り出されたといういわくつきの物で。更に、これは事実であるかどうか定かではないが、そこの神社の神主(独身)の、カップルへのやっかみ半分の念がウン十年かけて籠められていたとかなんとか。
 もちろんクレイグはそんなことを知るよしもないが、しかし「そもそも別れたいなら自分で片をつけるべきであって云々」「最近の若者は云々」「むしろ彼女のいる男は全員不幸になるべきだ」等と理不尽なよくわからないことを演説するが如く並べ立てる木刀に、なんとなく共感を覚えた。特に、「彼女のいる男は皆不幸になるべきだ」という言葉に、深く、深く、「彼女いない暦24年」の男は共感した。
「よし。斬れ」
「応」
 とてつもなく真剣な声で物騒な事を言った木刀に、クレイグも恐ろしく真剣な目で――というかクレイグのカップルの男の方を見る視線には殺気が宿っていたりしたが――頷き。
 次の瞬間、恋人を抱き寄せていた男は脳天に強かな一撃を食らい、悲鳴をあげて引っ繰り返った。
 驚いたもののたいした衝撃でもなく、男は恥ずかしさを誤魔化すためにわざと乱暴に怒鳴りながら起き上がった。しかしそこにはもう木刀を構えた男などおらず、男は口の中に悪態を押し込んで、自分の恋人の方に顔を向けた。
 彼女の前で無様に転んでしまったのが恥ずかしい。口を開こうとして――
 彼女の口から悲鳴が迸る。
 彼は――
 顔が無くなっていた。
 のっぺらぼうになっていた。

 混乱の極みに突き落とされた男の声を、彼らは拳を天高くつきあげながら聞いた。
「顔が無けりゃキスも出来まい!」
「顔が無けりゃイケメンは女にモテまい!」

「「カップル撲滅キャンペーン実施中―――!!」」

 ここに、物凄く傍迷惑な縁切り魔が誕生した。

種別名シナリオ 管理番号372
クリエイターミミンドリ(wyfr8285)
クリエイターコメント皆さんこんばんは。
ご無沙汰しておりましたミミンドリです。

今回は【銀幕市的百鬼夜行】の影響で起こった事象のひとつに視点をあわせたシナリオをお届けします。

皆様には、杵間神社から逃げ出した数々の器物霊の内のひとつ、カップル撲滅を図る木刀(とそれに共感してしまった男)を止めていただきたいと思います。
ぶっ飛ばすも良し、説教するも良し、慰めるも良し、です。

木刀は叩いた相手の顔を奪う能力があるようです。今のところ、明らかに恋人とわかる女性を伴った男性以外に危害を加える事はないようですが、身の危険を感じた場合はカップルの男相手でなくとも木刀を振るうでしょう。
彼らは銀幕市を不規則に徘徊しながら、カップルを見つけては男の顔を奪う、ということを繰り返している様子です。
迷惑極まりない彼らの行為を止めさせ、男性たちの顔を元に戻してあげてください。

なお、【銀幕市的百鬼夜行】は全て同時に起こったものである為、同一PCによる複数のシナリオへの参加はご遠慮下さい。

それでは、皆様のご参加を心よりお待ちしております。

参加者
セバスチャン・スワンボート(cbdt8253) ムービースター 男 30歳 ひよっこ歴史学者
夜乃 日黄泉(ceev8569) ムービースター 女 27歳 エージェント
アディール・アーク(cfvh5625) ムービースター 男 22歳 ギャリック海賊団
<ノベル>

「恵子!?」
「涼二!!」
 銀幕市に実体化して数ヶ月、ようやく再会することの出来た恋人たちの様子に、セバスチャン・スワンボートことセバンは長く伸びた前髪の下で感動していた。若いっていいねぇ、と自分にしか聞こえない音量で呟いてみる。しかし彼もまだ30歳と若く、男としての魅力が滲み出してくる時期のはずであるのだが。
 セバンは、銀幕市に共に実体化したはずのパートナーを探してくれ、と眼前で再会の喜びに涙をこぼす女性に依頼された関係でここにいた。
 よろしくお願いします、と寂しそうに微笑んだ彼女が少しでも表情を変えたのはセバンが名乗った時だけだったから、彼女の顔にはちきれんばかりの喜びが溢れているのを見ると本当に良かったと思う。
 しかし。
 何故時折自分の姓を聞くと絶妙な、あるいは微妙な表情を一瞬なりと浮かべる人がいるのだろう。そもそもあまり本名を名乗ることはなくセバンで通しているため万人がそうなのかどうかはわからないが、個性的な(無神経だったり無遠慮だったりとってもキッパリしていたり)キャラクターのいる銀幕市である、その内指差して馬鹿笑いするキワモノが現れたりするかもしれない。
 感動しながら頭の隅でそんなことを考えていると、眼を赤くした依頼人の女性が男性としっかり手を繋ぎ、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます、ありがとうございます……!」
 礼を言う内にまた感極まって泣き出した女性の肩を抱いて、男性の方も感謝の意を述べる。セバンは少しばかり照れくさくなって両手を振った。
「いや、俺そんな大した事したわけじゃ―――」
 突如。
「ちえすとぉっ!」
 奇声と共にセバンの対面の男性の頭に木刀がしたたか打ち込まれた。
「!?」
 何が起こったのか。混乱する3人が状況を把握する前に、追い討ちのように女性が悲鳴を上げた。体勢を崩した男性を咄嗟に支えた女性が、男性の顔を見て悲鳴を上げたのだ。
 顔が、ない。
 一拍遅れてそれに気付いたセバンが驚きに目を剥く。
「フハハハハハハハ!!顔がなけりゃキスもできまい!」
 そう言い捨ててしゅば――っと逃げ去った影を、セバンは反射的に追った。
 そしてほどなくして屋根の上で二匹の猫に引っ掻かれている男を見つけ、走ったせいで荒い呼吸を整える間もなく叫んだ。
「待て――!!」
 いや、今は逃げていないから待てというのはおかしいのかも知れないが。
 その声に驚いた猫が逃げると、木刀を持った縁切り魔はものすごく着崩した軍服らしきものを翻して屋根から飛び降りた。
「やー、ネコと言えどカップルと思ってちょっかい出したら面倒なことになっちゃってたから、助かったぜおっさん」
「猫にちょっかい出した……ってガキかよ……」
「おっさん」はスルーすることにしたらしい。深く考えたくなかったのか、30はおっさんだと認めているのか、そこらへんはよくわからない。
 呼吸を整えて、セバンはがっしとクレイグの襟首を掴むと、「バカ―――――ッ!!」と大音量で怒鳴りつけた。
「あ、あいつらお互い会うためにすごく頑張ったんだぞ!お前男として以前に人としてどうなのよ!?」
 間近で怒鳴られてくわ〜んくわ〜んと揺れる頭を押さえていたクレイグは「ん?」と答えた。
「だってよー、雌猫の方が微妙に嫌がってたからつい」
「ネコの方じゃねぇええええええ!!」
 今までこんなに力一杯叫んだことがあっただろうか、と疑問に思うくらいセバンは激しく突っ込んだ。
「馬鹿、ありゃツンデレっていう高等テクニックだ。2人きりのとき以外はオスを邪険に扱うという」
「ネコから離れろ!ていうか高等テクニックって何……」
 思わず遠い目をしたセバンは、「ん?……あれ?今、何処から声がした?」と視点を遠い景色から近くに戻した。
 気のせいでなければ、男の持っている木刀から声が聞こえたような。
 しかもこの木刀、よく見たら触手のようなものが生えて手にがっちりしがみついている。容易には外れないだろうそれは明らかにただの木刀ではありえない。
「猫のくせにツンデレなんて高等テクニック……」
 木刀がぼそりと呟いた。これは、先程馬鹿笑いして「顔がなけりゃキスもできまい!」とか叫んだ声ではなかったか。では、やはり、この木刀は喋るのだ。
 しかしまぁ……と、セバンは考える。モノが喋ることは珍しくないらしい銀幕市のことだ、多分それほど驚くことではないのだろう。興味はあるが。と結論付けて、セバンは当面の問題に戻った。「高等テクニック……そうかツンデレか」とか信じ込んでしまったらしいクレイグの襟首を掴みなおす。
「だからネコから離れろって!ネコじゃなくてヒトの話!お前らマジで何やってんだよ!顔がなくなってたのってお前らの仕業か!」
 がくがくと揺さぶられながらも、クレイグと木刀はぴったり声を合わせて癪に障るぐらいキッパリ言い放った。
「「カップル撲滅キャンペーン!」」


「いきなり木刀を持った男に殴られて、気付いたら顔が無かったそうです」
 対策課で、植村が困ったように説明した。植村の背後には、顔の無い男が6人と、顔のない男にそれぞれ心配そうに付き添っている女性が4名。どうやらカップルを狙った通り魔的な犯行の被害者たちのようであった。一部の男性陣は、連れの女性が逃げてしまったようである。
「『顔が無けりゃキスもできまい!』とか『顔が無けりゃ女にモテまい!』とか『カップル撲滅』とか言っていることからして、どうやら交際している男女の仲を引き裂くことを目的としているようです」
「ふぅん……じゃあ、その人を捕まえて大人しくさせれば良いのかしら」
 静かな自信に満ちた声が植村の正面に座った女性の紅唇からこぼれる。
「ええ。その男の持っている木刀はどうやら杵間神社から逃げ出した器物のようですし、回収の意味も含めてお願いします」
 続々と別の依頼が舞い込んでいるのだろう、植村は事務員をひとり残して忙しそうに退出した。今、杵間神社で大きな事件が起こっているらしく、次々に情報が入ってきててんやわんやしている。杵間神社も気になるが、自分は依頼された案件をこなすのが今のところの役目だ。
「恋人達の仲を引き裂くなんて……これは大変ね、お邪魔虫は馬に蹴られちゃうのよ?」
 夜乃日黄泉は艶やかに微笑んで立ち上がった。


 一方、セバンによる説教はまだ続いていた。
「バカ――――ッ!!あいつらすごくいい雰囲気だったんだぞ!」
 折角の感動的な再会をぶち壊した1人とひと振りはそれぞれに別次元の反応を返した。
「え?そうなのか?」
「心配無用ォ!本当に想い合ってるならその内顔は戻る!ハズだ!」
「え?マジで?」
「たぶん!」
「たぶんかよ!?」
 セバンの突っ込みが入るが、木刀は堪えた様子もない。
 普段それほどテンションの高くないセバンは、物凄く体力を消耗していた。お笑い芸人はこんなのを毎日やっているらしい。素晴らしい体力と言えよう。
「まあ落ち着け。そんでカップルを見つけろ」
「落ち着けない元凶その1に落ち着けって言われた……!?」
 得体の知れない敗北感に打ちひしがれていたセバンは、虚ろな思考でもってそもそもなんで俺こいつらについて行ってるんだろう、といった根本的な疑問を浮かべていた。
「そうそう、大体さ、縁切りしたいんで別れさせて下さいって言って鬱陶しい彼女とか彼氏とか愛人とかをさ、連れてくるんだぜ。そんな簡単に別れるくらいなら付き合うなよって言いたいワケよ」
「いいなぁ彼女。俺も恋人欲しい」
「ここからそう遠くはないトコの神社でさー、縁切りして欲しい奴がよく来て願い事してった。全くこれだからモテる男はっていうのが多くって」
 怒りながらぐちぐち言っている木刀にクレイグが同調する。
「そうだよなぁ、可愛い女の子いっぱい侍らせといて片っ端からポイ……モテ男って非道だよな」
 やけにしみじみと言うところからして、実物を見たことがあるのかもしれない。
「片端からポイは可哀相だよなー、顔に騙されてんだきっと」
 木刀がふうと溜め息をついた。
「見た目に騙される奴のなんと多いことか……男は顔じゃない!そーだろ諸君!」
「そうだ、男は顔じゃない!」
「応!男は中身だ!実力で勝負だ!」
 いつの間にかセバンも「男は顔じゃない」に同調してしまっている。なんだかんだ言って、彼女いない歴30年の男、セバンだった。
「てことは顔を無くせば目も覚めるってもんか」
 なるほど!と単純なクレイグが納得する。セバンは「それもそうか……ってちょっと待て」と流されかけて踏みとどまる。
「カップル発見!」
 キラーンと目をアヤしく輝かせて突進するクレイグに、セバンは「待てよく考えろ何かおかしいだろ!?」と叫びながらストップをかける。
 かたや木刀は「よし斬れ。今斬れ。すぐ斬れ」と物騒極まりないセリフを呟き続け、それにセバンが「そこも物騒なこと言わない!ていうか怖いから!!」と律儀に突っ込んだりして、賑やかな一行は銀幕市の中心に向かっていった。


 アディール・アークはカフェスキャンダルを出て人の波に流されるまま歩いていた。海賊にあるまじき高貴な雰囲気と背景に薔薇を背負う彼は、目元を覆う仮面も相まってどこぞの貴族様がお忍びで訪れた、といった風情。綺麗に整った顔の口元には柔らかい微笑が浮かんでいる。
 その仮面越しの青い視線がぴた、とある一点に止まった。
 てってこてってこと「歩いて」いる横笛。横笛である。本来生物ではないモノ。
「なんだ……?」
 とても不思議なものを見てしまった。
 今日の仲間への土産話が出来たのは良いのだが、全く正体がわからない。まあ、銀幕市には正体のわからないものなどごまんとあるのだが。
 周囲の地面近くをよく見てみると、地面近くに変なものがいくつか転がっている。小動物の類かと思ったら、そうでもないらしい。先程の「歩く横笛」と同類のようで、コーヒーカップに小さな足が生えていたり形は一見変わらないが自分で動いて移動していたり、と様々だ。
「ふむ」
 面白いものを見つけた、と瞳に興味の光を瞬かせた彼は、優雅に洗練された動作でそれらのひとつに歩み寄った。


「あ」
「?何だ、新たなカップルか?」
「だから止めろってば」
「まだ何もしてないだろー」
「イヤそれさっきも聞いたから」
「チッ」
 舌打ち!木刀って舌がないのにどうやって舌打ちするのか聞いていいかなと細かく突っ込むセバンをパッキリ無視して木刀は「あれだ、アレ」とクレイグの手を動かして一方を示した。
 するとそこには道の端っこを一列になって慎ましく進むお御籤の群れ。時折買い物リストらしき紙が混ざっていたりするのは何なのだろうか。
「……………紙が歩いてる……」
 セバンが唖然として呟く。クレイグは俺の始末書もあーやって歩いてどっかに行ってくれればいいのになーとぼんやり考えていた。どうやらこの男、物事にあんまり疑問を持たない性格のようである。
「あっちも」
 人形やコーヒーカップが歩いているのも見える。
「もしかしてあいつらって……お前のお仲間なのか?」
「お仲間ねぇ……同じ場所に押し込められてたらしいってだけだけど。あいつらも何かやりたいことがあんだろ」
 俺みたいにさ、と言った木刀にセバンはげっと呻いた。
「お前みたいな傍迷惑なのがたくさんいるのか……」
「フハハハハ嬉しい事を言ってくれるじゃないかね名も無き通行人A!」
「セバンってさっき名乗ったばっかりだろ!」
「過去の事は忘れたな!」
「お、いい言葉」
 なんかカッコいい、とクレイグが真面目にボケて、セバンは脱力した。
「いい言葉なのかそれ……」
 ぼやく通行人Aをまたも無視して木刀は話を戻した。
「まあ俺みたいなハタ迷惑なのは滅多にいないと思うけどな。フフフ傍迷惑……それこそが俺の存在意義!グローリア!」
 傍迷惑=世界の王者とでも勘違いしているのではなかろうか。木刀は一気にテンションを上げ、しかしすぐにそのテンションは消えた。
「まあ、あいつらは大抵、悪い気とか負の気が籠められたモンじゃないしな」
 悪気の凝りが少なからず籠められた――自分のように、とは木刀は言わなかった。かわりに、見つけたのは新しい獲物である。
「ゆけ!斬れ!ふふふふふふふはははははアベックよ絶滅するがいぃ―――!!」
「応ともさァ!」
「だぁー待て待て待てちょっとそこの人逃げて――!?」


 つい先程までライブなるものが行われていたらしい銀幕広場にやってきたアディールは、徐々に少なくなる人ごみの中で何とはなしにお御籤の群れを眺めていた。ぺしゃっと踏み潰されても、紙であるため全く意に介さず再び起き上がって歩き出す。しかし歩幅が小さい為、いったん車道に出ると渡り切るまでに何回もぺしゃっと地面に張り付くことになるが、めげない。微笑ましい……かもしれない。ひとつ持ち帰ってみようかとも思ったが、意思疎通の方法が無ければ誘拐になるかもしれない。
 そういうわけでただ眺めているだけだったのだが、ふと、こちらに歩いてくる一団を見止めた。逆立ったボリュームのある髪、いわゆる「最近の若者」的なヘアスタイルと上等なルックスを引っ提げた数人の若い男と、華やかな笑い声を響かせる若い女達。
 彼らの話している内容からして、男たちはどうやらライブを行っていたバンドのメンバーで、女性たちはそのファンであるらしい。
 その一団から注意を外し、そういえば御神籤の群れは、と視線を巡らせたアディールは、ちょうどバンドメンバー達の向かう先から来る木刀を持った男が、不自然なまでに彼らを注視しているような気がして片眉を上げた。
「……気のせいかな?」
 さり気なく観察……するまでもなく、男は木刀を振り上げて突進した。気付けばあれほど賑わっていた銀幕広場は人通りが少なくなった所だった。バンドメンバー達と木刀を持った男の間に通行人はいない。アディールは咄嗟にレイピアを抜いて木刀とバンドの男たちとの間に割り込んだ。


 突然現れて木刀を止めた仮面の美青年へ、クレイグと木刀はそれぞれ驚きでもって応えた。
「来たか正義の味方!」
「やっぱり俺悪役なのかよ?」
 驚きのベクトルが妙な方向へ向いてはいたが。
「いきなり襲い掛かるなんて穏やかじゃないね」
 その刹那、木刀とクレイグの間でテレパシーという奇跡が起こった。
 モテる男だ。
 イケメンだ。
 敵だ!
 素晴らしく偏見に満ち満ちた結論と言えよう。しかし、心を通じ合わせた1人とひと振りはその瞬間、無敵だった。
 刀を模しただけの木の棒が、研ぎ澄まされた刃をいなしアディールの頭を一撃した。
 同時に木刀から「ギャー!美しく削り上げられた俺がカツオブシの如く削れたー!」と悲鳴があがったりなどもしたが。
 クレイグは日々(鬼)将軍に鍛えられている軍人である。一応。
 であることからして、いつものように金属の剣を握っているつもりでやったのかもしれないが、結果、木刀の表面は削りかすを飛び散らせる事となっていた。
 アディールの、流麗な装飾の施されたレイピアの鍔は打ち込まれる木刀を受け止めからめとるのに適している。優雅な外見だけではない、実用性も併せ持つ彼の愛剣は木刀を絡めとってクレイグの手から弾き飛ばそうとして――出来なかった。
 当然である。なにせ、木刀はクレイグの手にしがみついているのだ。普通のようにはいかない。
 バンドのメンバーたちはほうほうの体で逃げ去っていた。そのことを確認し、アディールはクレイグに集中した。
「何故こんなことをする?」
「カップル撲滅キャンペーン実施中!」
 木刀がえっへんとふんぞり返っているのかのような声で答えた。アディールは木刀から声が聞こえるという事に特に驚いた様子はなく、言葉を繰り返した。
「カップル撲滅?……おや?」
 アディールは顔に違和感を感じて左手で顔に触れ、そこに何もないことを確認した。流石に一瞬硬直する仮面の貴公子は、目も鼻も口もない中で、しかし何故か見えるし呼吸もしゃべることも出来ていることに安心した。仮面をつけているので顔が無くてもあまり困らないが、それらのことはできなければかなり困る。
「顔が無けりゃ女にモテまい!ふん、イケメンなんてー!」
 ドチクショーと叫ぶ木刀を手にくっつけたまま離脱しようとするクレイグを追いながら、アディールは彼以外にもクレイグを追う者がいることに気付いてそちらに視線を――とはいっても目はないが――向けた。
「あんた大丈夫か?その……顔がないぞ?」
 使い込まれ擦り切れた丈の長いコートを翻しながら走るセバンにそう問いかけられ、アディールは肩を竦めた。相手を年上と見て取っての敬語だ。
「仮面をしているし、見えているし話せている。特に問題はないと思いますよ。……あなたも彼を追いかけているんですか?」
 セバンは長く伸びた前髪の下で呆れたように眉を寄せた。
「顔がないって時点で充分問題だと思うんだが……ああ、俺はセバン。かくかくしかじかであいつらを止めようとしてるはずなんだけど」
 なんか自信がなくなってきたと空笑いするセバンをよそに、アディールは持ち前の正義感を燃やしていた。
「男の方はどうでもいいけど、女性が被害を受けているのは見逃せないな」
 顔があったら凛々しい表情を浮かべていただろう声音で言い、レイピアを握り直す。男のほうはどうでもいいのね……と弱しく常識的なツッコミをいれるセバンの声が届いているのか否か、アディールは走りながら器用に簡素な礼をとった。
「名乗りのも上げずに失礼した。私はアディール・アーク。アディとお呼び下さい」
 期待を裏切らないキザな態度。セバンはあー、うん、よろしく、と微妙に歯切れ悪く答えた。
 逃げ続けるクレイグに、アディールは声を張り上げる。
「待ちたまえ!こんな事をしても迷惑以外の何者でもないことがなぜ分からない!」
「むしろ望むところだチクショー!」
 木刀から即座に声が返ってくる。傍迷惑と言われ喜ぶような捻くれた性格の木刀に、その説得は無効だったようだ。
 ともかくも、走りながら説得するのはやりにくい。
ゴォウッ
 仮面の貴公子がクレイグに向かって火を噴いた。むろん、足を止める為である。背後ではセバンが「大道芸人!?」と律儀にツッコミを入れていた。
「はいィ!?」
 可燃物=木刀が再び悲鳴を上げた。アディールの意図は成功し、クレイグは素早く飛び退くと木刀を構えてアディールと対峙した。
「くっ、モテ男が」
 木刀が呻くように呟く。クレイグは今までで一番男らしい精悍な表情で隙無く木刀を構えていた。戦いとなると血が騒ぐのは民族性か。
「私はそんなにモテるわけではないよ」
 自覚無しのイケメンがなんか言った。
「彼女がいないのがそんなに悔しいか。ならばお前は、その女性の身になって考えた事が一度でもあるのか!」
 「その女性ってどの女性?」稀に見る馬鹿:クレイグが小声で木刀に訊ねる。「そりゃアレだろ、女性って女のことだろ」稀に見る馬鹿その2:木刀が同じく小声で答える。「違うだろお前らに顔をとられた奴らの彼女のことだろ」セバンが呆れたように突っ込んだ。
 「「なるほど!」」稀に見る馬鹿その1その2はもし手が空いていたらぽむっと手を打っていたであろう様子で納得した。なんというか、馬鹿だ。
「顔に騙されてた女なら良かったと思うだろ」
 木刀は無神経爆発のセリフを吐いた。
「吃驚するんじゃねーの?」
 クレイグは確かにその通りなんだけどね?その次に考える事だよとツッコミたくなるセリフを吐いた。
 こいつら駄目だ。駄目人間だ。セバンは思わず遠い目をして現実逃避した。こんな奴らをどうやって止めれば良いのだろう……
「そうじゃない、きっと彼女らは悲しんだ。女性を悲しませるなんて、男の風上にも置けない行為だ。そうだろう」
 辛抱強く説得するアディールをセバンは尊敬したくなった。
「男の風上にも置けない行為……グハァッ!?しまった俺はなんてことを!?怒られる!殺される!?」
 「男の風上にも置けない行為」という言葉が何か心の琴線に触れてしまったらしく、クレイグは物凄く取り乱しながら「すみません王妃様俺何もしてませんだから蹴らないで殺さないでー!?」とここにいない上司に怯えはじめた。
 木刀は木刀で「モテ男からポイされる女を救っているのだ!」と全く主張を曲げず、「何やってんだ宿主!ろくでもないモテ男から女性を救うんだろ!その他は小さな犠牲なのだ!」とか自分がろくでもないことを言っている。
 諸悪の根源は木刀だと見て取ったらしいアディールが木刀に向かって真摯に語りかける。
 木刀は一種の子どもじみた頑なさで主張を続け、クレイグは見えぬ上司に怯えてあの世を見ている。
 顔のない青年が真摯に木刀に語りかけ、木刀は屁理屈を喚き散らし、木刀にしがみつかれた男は魂が抜けていきそうな虚ろな目で虚空を見上げている。
 どうやって収拾をつけたらいいんだろうか、とセバンが再び遠い目をした時。
 その狂乱騒ぎに終止符を打ったのは、軽やかな足取りで颯爽と現れた豊満な姿態の美女だった。


「あらあらあら、これはどんな状況なのかしら」
 丈の短いスカート、胸の大きく開いたスーツと露出の多いタイトな服を着込んだ彼女は夜乃日黄泉と名乗った。太腿にホルスターを装着しているのがただの美女でないことを証明している。艶やかな笑みを浮かべ「オイタはいけないわね」とクレイグに向かって流し目を送る。突然の美女の出現にいろいろ吹き飛んで見惚れていたクレイグはどぎまぎして目を逸らした。
 アディールは胸に手を当てて一礼した。
「初めまして、美しいレディ。私はアディール・アーク。どうぞアディとお呼び下さい」
 顔がないが、その身に纏う薔薇色の空気と優雅な仕草を考えると有り余るほどの紳士っぷり。アディール・アークは顔が無くても充分紳士だった。
「あら、ありがとう。貴方みたいな美人に言われると悪い気はしないわね」
 言葉遊びのように言葉を返す彼女に、セバンが横から控えめに声をかける。
「……セバンだ。それで、状況だけどな、」
 説明しようとするのを手で制して、日黄泉は悪戯っぽく微笑んだ。
「実はさっきから見ていたの。ごめんなさいね?」
 でもありがとう、と美貌に微笑まれると、セバンは何も言えなくなって「ああ、うん、それならいいんだ」と意味のないことを言い所在なさげに視線をうろつかせた。短いスカートから伸びる見事な脚線美とか、大きく開いた襟元とかが気になって視線を向けられないらしいと見て取って、日黄泉はくすりと笑った。なんとも初心な反応だ。
「可愛いわね」
 誰に言うとも無しに呟いて、「それで」と続ける。奇妙な沈黙を続ける木刀に目を向けて、
「そこの木刀さんね、恋人達の仲を引き裂こうと顔を奪ってまわってるのは。そんなことしちゃいけないってママに教わらなかったのかしら?」
 彼女は対策課から依頼を受けて来た事を簡潔に説明した。
「そういうわけで、貴方には神社に戻ってもらうわ。何か事件が起こっているようだから、まずは対策課で留められるでしょうけど」
「いやでも俺にはカップルを撲滅するという使命が」とかなんとか木刀は言ったが、そっと木刀に手を添えたように見える彼女の繊手が有無を言わせぬ怪力を秘めていた事と、それと同時にクレイグが真っ赤になるくらいの妖艶な微笑みを向けられ、木刀は沈黙した。
 所詮木刀の自我も男の念で作られたものだ、女性には弱かったということか。ただ単純に「言う事聞かなきゃヒドイ目にあわせるわよ?」と空気で語る彼女が怖かっただけかもしれないが。

 大人しく対策課へ連行される道すがら、木刀は銘が「梗恋(コウレン)」ということ、元・御神木の枝だったということなどを聞き出されていた。
「へー、梗恋っていうのか。知らなかった」
 とり憑かれておきながらも暢気なクレイグが感心したように言った。「木刀にも銘ってつけるんだな」
「そりゃ仮にも御神木から切り出した物だからな!」
 無駄に偉そうな木刀に、日黄泉が質問を浴びせる。
「何故恋人達の仲を引き裂いたりしたの?」
「それが俺の存在意義だからな!」
 疑問の余地もない断言に、日黄泉は意味ありげな艶っぽい仕草で木刀に触れた。
「ああああああああああの俺を作った神主がそういう念をこめたからですハイ」
 敬語かよ!と内心突っ込むセバン。まるっきり飼いならされている。
「神主さんに作られたのね」
「ハハハハハイ!どこの神社だったかはわかんねーんですけどっ!」
 ものすごくどもっている。出会って短時間だというのに、しっかり躾けられたようだ。
「無残だなぁ……」
「ドやかましいっ!」
 自覚はあったのか、木刀はクレイグの手を勝手に動かしてぼこんとセバンの頭をなぐった。
「あ」
 顔をとられた。
「へへん、ザマミロ!」
 木刀が最初ほど勢いのない憎まれ口を叩く。
 日黄泉の繊手に怯えながら、木刀「梗恋」は自分がまだ御神木だった時の断片的な記憶を思い返していた。


『だってあの人の方がカッコいいしー』
 神主の青年の元から恋人は去っていった。
 あれから、毎日のように訪れる参拝客の願いがこころに刺さる。
 何年経っても彼の心から重荷は消えることはなかった。本当の本当に愛していたのに。何故。いや、理由は彼女が言っていった。『あの人の方がカッコいいから』
 訪れる参拝客は女性が多かった。
 顔に殴られた痕が残る者も少なくはなく、彼女らは気休めに、しかし本気で祈っていった。
『恋人と別れたい』
 相談に来る女性もいた。
『最初はすごく優しそうだったのに』
『外見はイケてたんだけど、やっぱり外見で選んだ罰が当たったのかしら』
 何度か女連れで来る男性がいた。
 連れてくる女性は毎回違っていた。
 女性は大抵泣きながら1人で帰っていった。


「ったくモテ男って奴は」
 呟いた木刀のセリフに、「こら、顔返せ!正直自分の顔には執着ないけど」と木刀に詰め寄っていたセバンはえ、と言葉を止めた。以前とほとんど同じようなセリフにも関わらず、籠められた感情はあまりにも違った。
 瞬間、世界が変わる。
 過去視だ、とセバンは悟った。セバンはある対象の経験した過去を”視”る事が出来るのだ。詰め寄っていた事で木刀に集中していた事、木刀梗恋が何か過去を強く想いながらこぼした言葉を聞いた事で、過去視の能力が発現してしまったらしい。

 場面がぐるり、と切り替わる。

 神主の格好をしたそう若くもない男が、小刀を手に細長い木を削っていた。セバンの視点は削られている木であることから、この木が木刀「梗恋」なのだろう。
『縁を断ち切る、ように』
 削られるごとに、神主の表情がクリアになる。
『簡単に付き合わない、ように』
『次は外見で恋人を選ばない、ように』
 それからちいさく笑って、神主は付け加えた。
『ついでに、モテる男に少し意趣返し、を』

 ―――――――…………

「どうしたの?」
 日黄泉がセバンの顔を覗き込んでいた。
「おわあっ!?」
 思わず仰け反ると、ちょうど後ろにいたアディールに後頭部の頭突きをかます破目になり男2人は暫く悶絶した。日黄泉は「あらあら、大丈夫?」と自分が原因であることなどおくびにも出さずにしれっとして微笑んだ。
「わ……悪い……」
「大丈夫ですよ……」
 アディールは頭突きをかまされた際に仮面が落ちないように手で押さえていたが、顔がないのに仮面をする意味があるのかと思い、すぐに顔がないから余計に仮面が必要なのかと思い至ったセバンは頭を押さえながら聞いてみた。
「その仮面ってさ……」
「おや、あなたも使いますか?スペアがありますよ」
「……」
 別に欲しいわけでもなかったのだが。折角なのでもらっておく事にした。
「……」
 クレイグがじっとセバンの手の中の仮面を見つめている。
「欲しいのか?」
 訊ねると案外素直に頷いた。アディールがクレイグに仮面を渡すと、彼は喜々としてそれを装着した。こういうものが好きなのだろうか。セバンもなんとなく仮面を装着してみる。仮面はほとんどが前髪で隠れてしまって、付けていても付けていなくてもあまり変わりがないような気がしたが、「お揃いね。私にもひとつくれないかしら?」と日黄泉が言って「どうぞ。貴女の美貌を隠す要素にはなり得ませんが」とアディールが仮面を渡した為、一人だけ仮面を外すのも変な気がして結局装着したままになった。彼はいったい幾つのスペアを持っているのだろうか。
 こうして仮面を付けた一団が誕生し、道行く人々の視線を少し集めるようになったのだが、それは置いておいて。
「えーと……梗恋、だっけ?」
 セバンが木刀の名を呼び、自然と皆の視線が集中する。
「応さ、梗恋っていい銘だろ」
 木刀梗恋は、一言余計なことを付け加えるのを忘れない。
 恐らく目が有ったらじろり、と横目で睨んでいただろう。否、それ以前に彼の目は前髪に隠れて見えないかもしれないが。
「モテる男に意趣返しって、お前に込められた念の中じゃ『ついで』じゃなかったのか?」
「ぎくぅっ!」
 わざわざ声に出さずともよかろうに、木刀は何故か効果音を口走った。そのことからして答えはひとつ。
 セバンの言ったことは本当なのだ。
「どういうことなんだい?」
 アディールが木刀に訊ねると、木刀は慌てた様子で答えた。
「や、でも『ついで』の方に籠められた念の方が強かったんだぜ!?つーか何で知ってんだ名も無き通行人A!」
「だからセバンだって、それ今日二度目だぞ!『ついで』の方に籠められた念の方が強いって……神主さん……」
 思わず遠い目をする。今日だけで一体何度遠い目をしただろうか。もはや数えるのも恐ろしい数字になっているような気がしてならない。
「知ってたっていうか、まあ、さっき見えたんだが。ちょっとした力があってね」
 歩きながらかいつまんで説明するセバンを日黄泉が興味深そうに見やる。アディールは「ふむ」と考えこむ仕草も堂に入っていて、全員仮面を装着しているという怪しげな集団に視線を向けていた通行人の女性が立ち止まってそれに見惚れる。
「その神主さんも随分イイ性格してたってことかしら」
「そのようですね。セバンの話から推察するに、決して悪意ばかりで作ったわけではないようですが、しかし女性に迷惑をかけるのはやはり私には見過ごせません」
「あら、真面目なのね。貴方女の子にモテるでしょう?」
「いえ、紳士として当然の想いですよ。はは、そんなモテているなんてことありえませんよ。貴女こそ、その大輪の薔薇のような魅力は人を惹きつけずにはいられないのではありませんか?」
 アディールと日黄泉が美男美女のツーショット(ただし片方は顔無し)で目に優しい光景を作り上げている中、モテない組はノリツッコミを繰り広げていた。
「ほら、よく見ろ、これが本当のモテる男だ」
「くうぅ……!まるで歯の根が浮くようなセリフ……!モテ男も大変なんだな、よくわかったぜ」
「ということはアディールさんの真似をすれば俺ももてるのか……!?よし、彼女いない歴24年の人生に別れを告げる時がついに来た!」
「宿主にゃ無理じゃね」
「何故っ!?」
「あー……ホラ、努力すれば出来なくもない……かもしれないだろ、そんなきっぱり言ってやるなよ」
「そういうセバンも微妙な言い方ですね」
 アディールがさり気に会話に加わる。それから日黄泉が憂いを帯びた表情で言った。そのサービスショットにクレイグがぽかんと見惚れる。
「きっぱり言ってあげた方が良いこともあるのよ、セバン」
 しかし日黄泉、口元は堪え切れないように笑っていた。
「美人のネーチャンもさり気にヒドイ事言ってねーか」
「あぁら、何かしら?」
「イエ何でもありませんっ!!」
「どっちにしろ一番最初に切り捨てた君が言うのはどうかと思うよ、私は」
「同感」
「何だ、皆そんなに無理無理言わなくてもいいだろ!やってみなくちゃわからないという名言がこの国にはあるんだぞ!」
「そうだね、私は君を応援するよ。しかし女性に迷惑をかけたという行為は反省したまえ」
「スンマセンしたァッ!!」
「うわ、体育会系」
「梗恋の方は反省したのかしら」
「した!しました!もう二度とやりません絶対やりません何もしません!!」
「そう、よかったわ。恋路を邪魔するなんてあってはいけないことだものね」
「躾けられてるなぁ……」
「日、日黄泉さん彼氏とかは!」
「今はいないわね。欲しいなーって気はするのだけど」
「そ、そッスか!じゃあ、あの、おおおおおおお俺と……っ」
「おやおや」
「ヒュウ!いきなりかよ、やるね宿主」
「そうね……もっとカッコ良くなったら考えてあげるわ。……ふふ、なんだか可愛いわね。青春みたいだわ」
「俺頑張ります!」
「あー」
「弄ばれてる弄ばれてる」
 対策課までの長くもない道のりは賑やかに喋りながらだと意外と短く感じられた。


「あそこが市庁舎。対策課もあそこにあるわ」
 日黄泉の指し示した先を見て、クレイグはへー、と気の抜けた声を発した。
「将軍とかに話は聞いてたけど、来るのは初めてだなぁ」
「ふむ、ところで顔はちゃんと戻るのかい?」
 つるりとした顔面に手をやってアディールが訊ねると、木刀は拗ねたように肯定した。
「ちゃんと謝るし戻すって。そこまで悪徳じゃねーもん」
 何の罪もない人に殴りかかって顔を奪っておいて悪徳じゃないのか、とは誰も言わなかった。反省しているようだし、根っからの悪というわけではなさそうだ。
 植村は全員が仮面をつけているという変な集団に妙な表情を浮かべつつも、特に口を出す事は無かった。
 木刀梗恋とクレイグが体育会系風の謝罪を被害者一人一人に繰り返し、顔を戻すのを3人は後ろから見守っていた。中には本当に顔だけのろくでもない男がいたりしたが、木刀は微妙にキレつつもきちんと謝っていた。その点に関しては、「おおー、偉い!」「ちゃんと我慢しているね」「ちょっと見直したわ」3人の見解は概ね一致した。
 最後に、顔を戻されていないのはアディールとセバンのみになった。
「あ゛―!ろくでもない男に頭を下げるのってすっげぇイライラする!今からでももう一回顔奪って来たいぜチクショー!」
「木刀って頭どこにあるんだよ、頭下げたの俺じゃんか!もう一回頭下げるのは俺はいやだ!」
 ぎゃいぎゃい騒ぎながら戻ってきた1人とひと振りを流し目で黙らせ、視界の端で「流石だぜ姐さん……!」とクレイグが赤くなりながら拳を握っていたりするのを見ながら、日黄泉はアディールとセバンを振り返った。背後で木刀が「見返り美人……」と呟く。
「貴方達も顔を……あら?」
 アディールと仮面を外したセバンの顔は、既に戻っていた。
「いつ戻してもらっていたの?」
 先程までは2人とものっぺらぼうだったはずである。
「え?」
「セバン、顔が戻っているようですよ」
「あれ、本当だ」
 自分の顔に触れて顔が戻っているのを確認している2人から視線を外し、日黄泉はクレイグと木刀に視線を戻して問いかけようとして、一瞬詰まった。
 クレイグは木刀を握って不思議そうに木刀に呼びかけていた。木刀の柄から出てしっかり手を固定していた触手がいきなり消えたのだ。
 同時に木刀からは気配が消えていて、そこにあるのはもう、喋りも動きもしないただの木刀だった。


 彼らは知らない事だったが、この時杵間神社の器物たちに不思議な力を与えていた妖力が消え去り、銀幕市内のあちこちでは器物たちが次々にただの物へと戻っていっていた。


「ただの器物に戻ったのね……」
 日黄泉がクレイグから木刀を受け取り、本当にただの木刀である事を確認しながら言った。
 アディールは薔薇を小さく掲げ「Au revoir.」と呟き、セバンは「またえらく突然だなぁ……」と溜め息をついた。最後の最後まで唐突な奴だった。
 傍迷惑な奴だったけどまた会いたいなとクレイグが言い、
「女性に迷惑をかけないと約束したしね」
 仮面の貴公子は戻った端整な顔に柔らかな笑みを浮かべて首肯した。
「また顔を奪うんじゃなけりゃな」
 過去視の歴史学者も、髪をくしゃりとかき混ぜながら苦笑した。
「また会えるわよ、きっとね」
 美貌の女スパイは艶やかに笑って、物に戻った木刀にキスを落とした。


 こうして、銀幕市のカップルを巻き込んだ珍騒動は終った。
 顔を奪う能力を持つ木刀、「梗恋」の最後の言葉は「見返り美人……」だった。



 了


クリエイターコメント初めてのコラボ作品、納品いたしました。
如何でしょうか。かなり緊張しながらの執筆でしたので、とても不安なのですが、一生懸命書いたつもりです。
ご参加下さったPC様方を少しでも満足させられる作品になっていれば、と思います。
今回はプレイングの量が少なく、よって好き勝手にシーンを足してしまいましたが、もしキャラ崩壊してる!という方が居られましたらお詫びいたします。
誤字・脱字その他何かございましたらどうぞご遠慮なくお知らせ下さい。
参加してくださった皆様、本当にありがとうございました!
公開日時2008-02-29(金) 22:30
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