★ 【Love is Beautiful Energy!】ビター・スゥイートな夢の味 ★
クリエイター犬井ハク(wrht8172)
管理番号102-6519 オファー日2009-02-01(日) 00:03
オファーPC マリエ・ブレンステッド(cwca8431) ムービースター 女 4歳 生きている人形
ゲストPC1 エズヴァード・ブレンステッド(ctym4605) ムービースター 男 68歳 しがない老人(自称)
<ノベル>

 二月十四日。
 何の変哲もない土曜日の、午後のティータイム。

 マリエ・ブレンステッドは満面の笑顔でテーブルを見詰めていた。
「すてき……とってもすてきね、おじいさま」
 普段、それほど表情豊かではないマリエが、真紅の、ルビーのような双眸を、喜びにきらきらと輝かせてはしゃぐ様に、祖父であり彼女の創り手でもある悪魔、エズヴァード・ブレンステッドが穏やかに微笑む。
「今日は、バレンタインというお祭なのですよ」
「ばれんたいん?」
「ええ。愛を守って死んだ聖人を讃え、愛を祝福する日なのです」
「あいを、しゅくふく……するのに、チョコレートをたべるの?」
「特にこの国では、そのようですね。美味しいチョコレートを一緒に食べて、愛情を再確認するということなのかもしれません。……私の可愛い、大切なマリエに、いつも以上の愛を捧げ、祝福するには、相応しいテーブルではありませんか?」
「まあ……うれしいわ。とってもすてきね、おじいさま。じゃあ、マリエも、だいすきなおじいさまのことをかんがえながら、おいしくいただくわね」
 小さなフォークを手にしたマリエが満面の笑みを浮かべて言うと、エズヴァードは慈愛の微笑とともに頷いた。
 そして、
「ではまず……こちらの、パヴェから」
 石畳のようなかたちの――事実、パヴェとはそういう意味合いだ――、やわらかいチョコレートを幾つか、マリエの皿に載せてくれる。
「すこしおさけのにおいがして、なまクリームのしたざわりがとてもなめらかで、おいしいわ、おじいさま。あたたかいカフェオレにあうわね」
 マリエはパヴェ、いわゆる生チョコレートと呼ばれるそれをひと欠片口に含み、ゆっくりと味わった。甘過ぎない、深いコクとまろやかさが、舌の上に絶妙の余韻を残してくれる。
 マリエが言うと、祖父は満足げに頷き、
「今回準備した菓子は、すべて『楽園』というお店のものです。お店全体の仕様がバレンタインデーだったので、たくさんの種類があって、どれにするか、選ぶのに少し悩みましたね。……ええ、これだけたくさん揃えていますが、すべての種類ではないのですよ」
 マリエのカップに砂糖抜きのカフェオレを注いだ。
「では、次はこちらでしょうかね。チョコレートとドライベリー、ピスタチオの焼きタルトです。ドライベリーを赤ワインで煮戻してあるそうなのですが、そのベリーが、チョコレートに深みを与えてくれているとのことでしたよ」
 綺麗にカットされたタルトが、マリエの皿に置かれる。
 さくりとしたパート・シュクレは歯応えとバターの香りが素晴らしく、その上のチョコレート部分は、上質なアーモンド・パウダーを使ったクレーム・ダマンドにベルギー産クーベルチュール・チョコレートを加えて作ったチョコレート・クリームに、赤ワインで風味を増したドライブルーベリー、ラズベリー、クランベリーとピスタチオを散らしてあり、それを高温で一気に焼き上げたものであるらしい。
 全体的に地味な色合いのタルトだが、そこに、少し硬めに泡立てられハート型に搾り出された生クリームが彩りを添え、大人っぽいスイーツに仕上がっている。
「おいしいわ、おじいさま! タルトのクッキーきじと、チョコレートのかおりがとってもすてきね。のうこうななまクリームとチョコレートきじのあいしょうもすてきだし、ベリーのはなやかなかおりがはなをくすぐって、ピスタチオの、ほんのすこしのしおけがあまみをましているきがするわ」
「……マリエの味覚は素晴らしいですね。甘いものへの情熱でしょうか」
「ええ、だってマリエ、あまいおかしがだいすきだもの」
 目を細めるエズヴァードに向かい、胸を張ると、祖父は目元を和ませて頷いた。
「では、次はこちらにしましょうか。ああ、まずは、こちらのお茶で味覚を一度ゼロに戻してください」
 別のカップに注がれた紅茶を口に含み、その芳醇な香りを楽しんでから、口の中のチョコレートの余韻を咽喉の奥に送り出す。
「ボンボン・ショコラというのは、一口大のチョコレートを総称する言葉なのですが、このトリュフチョコレートは、ボンボン・ショコラの代表とでも言うべきチョコレートなのですよ」
「へえ……そうなの。あら、いろいろなしゅるいがあるのね、かわいいわ」
「そうですね、ボンボン・ショコラの種類は、アイディアの数だけあるとも言われますから、トリュフチョコレートもまた、そういうものなのかもしれません。左のものから、ドライクランベリー、クリームチーズ、塩キャラメル、ブランデー、クレーム・ド・カシス、アーモンド……です」
 微塵切りにされた、宝石のように真っ赤な、細かいものがまぶされたトリュフを筆頭に、様々な形状の、様々な色合いの、様々な歯応え、風味、味わいのトリュフが、マリエの皿に載せられ、彼女の目を、舌を楽しませる。
「おいしいわ……しあわせすぎてうっとりしてしまうくらい。『らくえん』というお店のしょくにんさんは、かみさまかもしれないわ」
「ふふふ、そうですね、マリエをそんなにも幸せな気分にさせてくれる神ならば、私も歓迎ですよ」
「おじいさまはどれがおすき? マリエは、この、クリームチーズというのがすきだわ。チーズケーキとチョコレートをいっしょにたべているようなきもちになって、おとくだもの」
「そうですね、私はこの、ブランデー・トリュフの、芳醇な香りが好きですよ」
「あら、マリエもすきよ、すこしおとなになったきぶんになるもの」
 穏やかに微笑み、頷いたエズヴァードが、今度は口の中をさっぱりさせるアールグレイのお茶を淹れてくれる。
 それと一緒に供されるのは、プラリネと呼ばれる、貝殻や花、星のかたちをした、ヘーゼルナッツやアーモンドをローストし、ペーストにしたものをチョコレートに混ぜ込んだものだ。
 プラリネの濃厚な甘さには、爽やかな風味のアールグレイがぴったりだと、お茶を一口啜ってマリエは思った。
「このチョコレートは、いろいろなかたちがあってたのしいわ。かいがらのもようまできちんとさいげんされているのね」
「ええ、この細工の精緻さは、ちょっとした芸術の域に達していますね」
 微笑むエズヴァードに笑い返し、マリエは次のチョコレートへと取り掛かった。
 幸せが全面に押し出された笑顔で、チョコレートやチョコレート菓子を啄ばむように口にしていくマリエを見詰めるエズヴァードは、彼女を見ているだけで幸せだとでも言うような、実は同世界出身の悪魔たちを戦慄させる性質の持ち主だとはとても思えない、親馬鹿ならぬ孫馬鹿の顔をしている。
 そうして、ゆったりと時間は過ぎる。
「ああ……おいしかった」
 マリエは大きく息を吐き、ティーカップを白いソーサーに戻した。
「おじいさま、ごちそうさま。とってもおいしかったわ、とっても、しあわせだった」
「そうですか……何よりです」
 目尻を下げて笑う祖父は、マリエと同じくらい幸せそうだ。
 きっと、ふたり一緒だからだ、と、マリエは思った。
 それから、
「そうだわ」
 バレンタインというお祝いの日を聴いて、祖父のために用意しておいた、小さな紙包みを取り出し、テーブルに置く。
「おじいさま、プレゼントよ。マリエがつくったの……うまくいったかどうかは、わからないけれど」
 言って差し出すと、祖父は慈愛の微笑みで頷き――目元がほんのり上気していたように見えるのは、そのくらい嬉しく思ってくれたからだろうか――、包みを手に取った。
 開けてみてもいいかと問われ、マリエが頷くと、祖父は、優雅な手つきで包装を解き、中から、古美銅の枠に天然石を打ち込んで作った、シンプルなループタイを取り出した。
「これは……翡翠ですか」
「ええ」
 それは、中国でもっとも高貴な石として珍重される貴石だ。
 清純や完全性、不死を象徴し、持ち主を守ってくれると言われる石で、マリエが知人に頼んで手に入れてもらい、ループタイに加工したものは、ラヴェンダー・ジェイドと呼ばれる、希少性の高い、淡く優しい色合いの翡翠だった。
「これが、マリエにかわって、いつでもおじいさまをおまもりするように、って」
 マリエが言うと、エズヴァードは、本当に嬉しそうな、幸せそうな、穏やかで優しい笑みを浮かべてマリエの髪をなでた。
「……ありがとう、マリエ。とても、とても嬉しいですよ」
 それから祖父は、マリエの前に、小さな小さな宝石箱を置く。
 開けてご覧なさい、と言われ、ゆっくりとビロウド張りのそれを開くと、中には、真紅の石を抱いた小さな小さな指輪が、きらきらと輝きながら鎮座していた。
「私から、マリエに。最高級のルビーとプラチナを使い、私が作りました。――この指輪が、私がいないときであっても私に代わり、いつでもマリエを暖め、また守るように」
 王者の石と称されもするルビーは、人に活力とバランスを与え、その人に近づこうとする病や不幸を撃退してくれるといわれる。
 しかし、そんな理由付けなどなくとも、指輪がマリエの幸いのためだけに作られたものであることは明らかだ。そっと指に通した、ひんやりと涼しげなリングから伝わってくる祖父の愛情を、マリエは感じ取ることが出来た。
「ありがとう……おじいさま。マリエ、うれしいわ、おじいさまがマリエのこと、とってもとってもたいせつにしてくれているって、わかって」
 マリエが祖父に贈ったループタイも、祖父がマリエに送った指輪も、どちらもが、世界にたったひとつしかない、ただひとりのために作られた贈り物だ。そんな素敵なものを受け取れる自分は、きっと世界で一番幸せな女の子に違いないと、マリエはうっとりと思った。
「……ありがとう、おじいさま」
 この銀幕市に実体化したとき、マリエの隣にはエズヴァードがいて、エズヴァードの隣にはマリエがいた。
 微笑む祖父に抱きつきながら、ふたり一緒でよかった、と、マリエは思う。
 心の底から、祖父と一緒にいられて幸せだと思う。
 ――そして、この町にかかった魔法が解け、夢が醒める最後の瞬間まで、ふたりで一緒に、幸せでいられたらいい、一緒にいたい、と、チョコレートの芳醇な香りに満ちた穏やかな部屋で、マリエは、夢見るように祈った。

クリエイターコメントオファー、どうもありがとうございました。
チョコレートなバレンタインプラノベをお届けいたします。

美味しいチョコレートと一緒に、おじいさまとお嬢さんの穏やかで楽しい、幸せな一時を、楽しく、微笑ましく描かせていただきました。

記録者は、チョコレートマニアというほどチョコレート好きではありませんが、あの独特の、なんともいえない深い香りと味は、確かに、世界中の人々を虜にし、幸せにする魔力のようなものがあると思います。

そんなチョコレートで、おふたりの、幸せな時間を演出することが出来たなら、幸いです。


それでは、どうもありがとうございました。
また、機会がありましたら、どうぞよろしくお願い致します。
公開日時2009-02-14(土) 20:20
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