★ 分岐の先 ★
クリエイター有秋在亜(wrdz9670)
管理番号621-7372 オファー日2009-04-09(木) 22:29
オファーPC ヨミ(cnvr6498) ムービースター 男 27歳 魔王
<ノベル>

 路上をぽくぽくと歩いている一人の男がいた。髪は黒く、その瞳は紫だ。ムービースターや役者が数多くいるこの銀幕市では、いたって平凡で目立たない出で立ちといえる。彼は機嫌がよさそうに街路樹の植わる、大通りから一本入った通りを歩いていた。折しも季節は春。花冷えの時期も過ぎ、淡いブルーに晴れた空からは、心地よい暖かな日差しが降り注いでいる。
「天気がいいと、気分もいいですねー」
 何とはなしに声に出して呟き、ヨミは僅かに微笑んだ。交わった通りの先から何かいい匂いも漂ってきている。非の打ちどころが見当たらない平和な昼下がりであった。
 あった、はずだった。
「……あれー? 道を間違えたのでしょうかー……?」
 見覚えのない裏路地。自分が道を間違えたのかと考えていたヨミは、その気配に突然気付いた。身をよじって確かめようとするより早く頑強な腕に羽交い絞めにされ、腕が思うように動かなくなり足が空を蹴る。
「なっ、何を……?!」
 口を塞がれ、もごもごっと声が途中で遮られた。
「黙ッテ大人シクシロ。危害ハ加エナイ」
 片言の少し不自由な言葉で、耳元で凄まれる。よく見ると掴んでいる腕は赤黒くごつごつした、ヒトでないものの腕。魔物、だろうか。
(危害って、もう加えてるじゃないですかー)
 残念ながら、塞がれた口では大きな声で言えなかった。

 *

 その場で逃げ出すこともできたはずだった。と彼は思う。
 彼は見た目どおりの存在ではない。見た目はまぁ……どこにでもいるような村人だ。事実彼はどこにでもいる、ごくありふれた村人だった。ささやかな、だが確かな幸せを手に入れる……いや、まさにその只中にいたのに……。
 
 ここはどこだろう。どこかひんやりとしている。ぎくりとして目を覚ましたヨミは自身の勘違いに気づいた。ここは彼女の居るところではない。――杵間山なのかどこなのか、とにかく山中にできた横穴のようだ。そして。
「あのー、いったい何がどうなってんでしょうかー?」
「ああ、あんた……さっき運ばれてきた人か。気がついたんだね」
 そこにはなぜか、沢山の人がいた。
「僕らも何が何だかわからないんだ……。突然拉致されて」
「私も……」
 口々に言われて見まわしてみれば、市内にあふれていたあの小さな生き物がいないではないか。バッキーを連れてはいないのかと試しに尋ねてみると、その人はエキストラだという。
「バッキーを連れてるファンはここにはいないよ。……あと、その、あんまり強いムービースターもいないみたい……」
「逃走の手立てがなさそうな人を選んでいるってことですかねー……」
 後ろ手を縛られたまま唸っていると、不意に洞窟の奥の方から物音がした。壁にもたれて座っていた人々がはっと息をのんで身を縮める。ヨミがそちらに目を向けると、赤黒い体躯、の鬼にも似た魔物を数体引き連れた男が一人、現われた。
「あれは誰なんでしょうねー」
「いや、魔物の方はいつもいるやつだが……男の方はおれも初めて見た」
 ひそひそと囁き合う相手も、不安そうにちらちらとその男を見やる。魔物がぎろりとこちらをにらんだのを見て二人は口をつぐんだ。
(何をするつもりなのでしょうかー……?)
「魔王様、準備ガ整イマシタ」
 魔物の一言に弾かれたように顔を上げる。が、魔物が傅いているのは男のほうだった。彼は魔王、なのだろうか。銀幕市に現われた、別の世界観に基づく魔の存在……?
「うん、ごくろうさま」
 きゅっと酷薄な笑みをその唇が描く。その瞳が睥睨するのは身を寄せ合っておびえる人々。白い指がぱちりと鳴らされると、脅しのつもりか、転がっていた岩がぼろりと溶けるように崩れた。

 ……世界を破壊する力を我が儘に操り揮うその姿に、我知らず食い締めた奥歯が、ぎしりと鳴る。

「これだけいれば、贄には十分だね。用意して」
「承知致シマシタ」
 指示されて、魔物が近くにいた女性の腕を掴んで引っ張った。
「ホラ、立テ!」
「えっ――な、何……? いや、やっ、やめてくださいっ!?」
 強引な動きに引きずられるように立ち上がらされた女性が、男の指を見て悲鳴を上げた。何の変哲もない指だが、その指は親指と中指を合わせていまにもぱちんと鳴りそうに見える。……そう、先ほど岩を砕いた時と、同じように。
 ぐっ、とその白い指に力が込められる。突如上がる、耳をつんざくような女性の悲鳴。恐怖と、魔王と呼ばれた男の異様な存在感に気圧されて、誰一人動かない。いや、動けないのだ。
 その時、突如として、どろりと黒くまるで闇を器に注ぎ込んだような何かが魔王の右手首を覆った。みちりと異質な音が響いて、実体をもった影がその白い腕を肘から食い落す。
「――っち、ジャマが入ったか! どいつだ!?」
 さっと人のものとは思えない右肘の断面を隠して庇い、瞳を憤怒に染めて魔王が辺りを見まわす。
「これ以上は、やめてください」
 特に何の武術の構えも取っていない、何の変哲もない男が不意に告げた。
「貴様か」
 縛られているためにだらりと下げられたままのヨミの掌に黒い影を認めて、魔王はその柳眉を顰める。足元の影とつながってごく自然に見えるその右腕の影は、けれど実態を伴っていた。ゆらりと揺れた灯火にあわせて、彼の影は揺れる。揺れたまま収まらず、それは獣のように不意にあぎとを開く。音もなく影の姿をした闇が次々と魔物に襲いかかり、質量など知らぬように腕や足を呑み込んでいく。体の一部を失いバランスを崩したついでに、命令系統まで崩れている使えない部下を唾棄するように罵ってから、魔王はその瞳を真紅に染めつつ口角を吊り上げた。
「……やってくれる。何者だ、貴様」
 ヨミは答えないまま相手の出方を窺った。周囲の市民すべてが人質のようなものだ。下手に動けば、守りたいものは守れない。
「ふふふ……我に逆らうとは、愚かなものよ」
 その声がどこか聞き取りづらくなる。くぐもったうめき声は亜竜の喉から洩れて来る。きちきちと鱗のすれあう音をさせながら、魔王が変貌を遂げていた。翼を持つ亜竜の禍々しい姿。己がために世界を破壊しすべてを踏みにじる、魔の王。
 洞窟内からは悲鳴が上がり、逃げだそうともがく人の怒号や気絶した人を呼ぶ声であふれたが、結局身誰も動きがとれずにいた。逃げ道はあの魔王をどうにかするしかないのだ。
 我を見失っていればああなっていたのかもしれない。彼女を再びこの腕の中に抱きたい、そのただ一心に身をゆだねていれば、おそらくはきっと、遠かれ早かれ自分は否定しようのない魔王になっていたに違いないのだ、とヨミは思った。世界を傷つけ――ひいては人々を傷つける。ただ愛しい人を想うために。
 洞窟内の悲鳴が収まり始める。膨れ上がる不安を纏いつつも、縋るように向けられる視線の先は、ひとり魔王とにらみ合うヨミだった。魔王から逃れるためにすがる相手が魔王と知ったらどう思うのだろう、と小さく脳裏をかすめたが、彼は首を振った。――今このとき、『救いたい』のは、ここにいる『市民』だ。

 『破壊命令』を下された蠢く闇が洞窟内を踊る。鱗におおわれた肌も、牙も、爪も見境なく貪欲に呑み下してゆく。
「ぐっ、ぐああああっ?! な、何だこれは!!」
 みち、きちと詰まったような音を立てて亜竜は闇に呑まれていった。圧倒的な力の差。時折あの魔術を使っているのか闇が一部ぱちんと弾けるように霧散するが、元が闇なので焼け石に水だった。苦悶する様なうめき声と暴れまわる音が、次第に静かになっていく。

 後日。
 対策課からフィルムの代金を貰ったヨミは、手にしたその封筒をぼんやり眺めた。救おうとするが故に破壊を引き起こす力。破壊はヴィランズに終焉をもたらし、けれどその代りに多くの市民を救った。
「あ、先日の――」
 突然すれ違った女性に笑顔で会釈をされ、反射的に会釈を返してからヨミは気付いた。あのとき最初に襲われていた女性、だった。
「危ない所を、本当にありがとうございました」
「怪我もなかったようで、良かったですー」
 微笑んで応えて別れ、ヨミは空を見上げた。明るい爽やかな青が広がっている。

 きっと、あの笑顔を取り戻すことができる。
 心地いいまでの青さに、なぜか自然とそう思えた。




クリエイターコメントこのたびはオファーありがとうございました!
魔王さんの願いが果たされる日がくる事を願いつつ。

お楽しみいただければ、幸いです。
公開日時2009-04-28(火) 18:20
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