★ 【契りの季節】mysterious cat ★
クリエイター
宮本ぽち(wysf1295)
管理番号
364-7986
オファー日
2009-06-07(日) 16:56
オファーPC
ヨミ(cnvr6498)
ムービースター 男 27歳 魔王
<ノベル>
ねえ、せっかくだから六月に挙式しようよ。
冗談じゃないわ、蒸し暑い季節に締め付けのきついドレスを着るなんて。髪の毛だって湿気でまとまらないし、最悪。雨の中を正装で来なきゃいけないゲストだってかわいそうじゃない。
それはそうだけど……。でも女の憧れじゃないのか、ジューンブライド。
そんなもの、ブライダル業界のでっち上げよ。
だって、神話に出てくる家庭の神様はジュノーっていうんだぜ。
ただの偶然。ヨーロッパにはそんな風習なんかないんだから。バレンタインと同じよ。
そんなことないよ。必然だよ。きっと六月はジュノーにあやかってジューンって名付けられたんだよ――
◇ ◇ ◇
いつもと変わらぬ朝のことであった。
「あれ。タイム?」
フニャーオ。
声はすれども姿は見えず。牛乳入りの小皿を片手にヨミは首をかしげた。
「タイムー?」
ウニャーン。
きょろきょろと室内を見回したヨミの視界の端で黒いものがゆらゆらと揺れる。
「あ。こんな所にー」
がらがらと窓を開けると、ベランダ――と呼ぶには申し訳ないほどのささやかなスペースだが――に寝そべった黒猫が「ニャーオ」と返事をした。アーモンド形の瞳が無言でこちらを見つめている。相変わらず何を考えているか分からない顔だとヨミは思った。猫はいつだって気まぐれで謎めいている。
「はい、どうぞー」
目の前に小皿を置くと、タイムという名の黒猫はすぐにぴちゃぴちゃと牛乳を舐め始めた。
猫が牛乳を飲む間に顔を洗い、歯を磨く。ヨミのいつもの習慣だ。だが、Tシャツに袖を通しながら再びベランダに目をやった時には黒猫の姿は見えなくなってしまっていた。
「あれ。また……」
フニャーオ。
眼下で声がしてヨミはひょいとベランダの下を覗き込んだ。いつの間にか外に降り立ったタイムがじっとこちらを見上げていた。
「散歩ー? 行ってらっしゃい」
のほほんと手を振ると、黒猫は抗議するように一鳴きした。形の良い尻尾がゆらゆらと揺れている。ついて来いとでも言いたげな様子にヨミは首をかしげ、次いで浅く苦笑した。
「はいはい、今行きますよー」
気まぐれな同居人と散歩をするのも悪くない。
ジーンズにスニーカーをつっかけ、薄手のジャケットを羽織って外に出たヨミはふと空を見上げた。
(雨……降るかなあ?)
空は低く、湿った綿のような色をしている。
普段着そのものの服装に身を包んだヨミの姿はどこまでも一般庶民だ。瞳の色こそ紫だが、それとてこの銀幕市では珍しくもない。
「ヨミさん。お散歩ですか」
「あ、こんにちはー」
近所の住人に呼び止められてぺこりと頭を下げる姿はとても“魔王”には見えないだろう。
「今日はどちらまで?」
「さあー?」
ヨミは困ったように笑って前方を指した。「あの子に聞いてみてください」
彼の指の先にはゆらゆらと揺れる尻尾と無愛想な瞳がある。
つんと鼻先を持ち上げて歩く黒猫の後をのんびりとヨミが追う。どこまで行くのかと尋ねたところでいらえはないだろう。猫はいつだって気まぐれで謎めいている。
イラスト/TERIOS(iyre6662)
住宅街を抜けて、市街地に入り、歩道橋を渡って……。立ち並ぶ建物はいつしか姿を消し、代わりに長閑な緑の風景が広がる。傘を持ってくれば良かったかも知れないとヨミはふと思った。空は自宅を出た時よりも低く、頬を撫でる風も湿っている。
……ラン……カ……ラン……。
不意に、風が聞き覚えのある音を孕んだような気がした。
カラン……カラン……。
緩やかに響く鐘の音。人々の静かなざわめき。時折ぱらぱらと混じる音は拍手だろうか。
(ああ……)
視線をめぐらしたヨミはゆるゆると微笑んでいた。
(こちらの世界でも鐘を鳴らすんだ)
緑に囲まれた白い教会、今まさにそこで結婚式が行われているのだった。
白い花嫁。白いブーケ。白い花婿。参列客は色とりどりの衣装に身を包み、惜しみない祝福を二人に向ける。一緒に鐘を鳴らす新郎新婦は頬をうっすらと朱に染めていたが、それでも幸せそうに笑っていた。
ふんわりとしたドレスに包まれた花嫁の腹はふっくらと膨らんでいた。ムービースターであるヨミは『できちゃった婚』という揶揄的な言い方を知らない。いっぺんに訪れたふたつの幸せを思って優しげに目を細めるだけだ。
――名前、何にしましょうか。
ふと耳の奥で愛しい声が蘇った。それなのに、脳裏に浮かぶ笑顔はヴェールに覆われたかのようにぼんやりとしている。
ぼんやり泳がせた視線の先の空はくすんだ乳白色に染まっていた。
「そういえば、とても多くの結婚式を見てきたなあ……」
旅をしながら気の遠くなるような時間を生きてきた。その途上で結婚式を目にしたことも幾度もあった。土地によって風習は異なるし、花嫁衣装も様々だ。しかし結婚する二人の笑顔だけはどの場所でも同じだった。
そう――ヨミだって。
カラン、カラン、カラン……。
優しい鐘の音が記憶をあの日へと運んで行く。
黒猫の姿はいつしか見えなくなっていた。
ヨミが暮らしていたのはごくごく平凡な村だった。村人皆が家族同然という小さな小さな村だった。従って、三つ年下の妻とは元々幼馴染で、物心つく前から互いを知る仲であった。
脅威ならある。時にはモンスターが現れて暴れ回ったし、天災に襲われることもあった。村のそこかしこに常に破壊の爪痕があった。その度に村人は総出で修繕を行い、住む場所を失った者は近所の家に身を寄せ、どうにかこうにか暮らしてきた。
ヨミと妻が祝言を挙げたのも壊れかけた教会だった。倒壊した家々に囲まれたおんぼろの教会で二人は愛を誓った。
「おめでとう」
「おめでとう!」
「あ、あり、が……」
次々と投げかけられる祝福の前で妻は頬を上気させ、まともに礼を言うことすらできずにいた。その度にヨミが妻の肩を抱き寄せて皆に謝辞を述べた。
ささやかだった。結婚式も、生活も、二人の新居も、何もかも。
それでも確かに幸せだった。暮らし向きは厳しかったが、支え合い、村人たちにも助けられながら生きていた。
少し経って、夫婦の元にふたつ目の幸せが舞い降りた。妻は幸福の象徴のように膨らんだ腹を愛おしげに撫で、ヨミもまた幸福を噛み締めながら新しい命の誕生を待ちわびていた。
どこにでもいるような夫婦だった。どこにでもあるようなこの幸せがずっと続くと信じて疑わなかった。
結婚しておよそ一年が経つまでは。
ぱた、ぱたた。
頬を打つ雫の感触でヨミはふっと我に返った。
目の前には、教会。花嫁や若い娘たちがきゃあきゃあとさんざめきながら頭を押さえて庇の下に避難している。雨が降り出したのだとヨミはようやく知った。
「雨……かあ」
頬を伝い落ちる水滴を拭い、ぼんやりと立ちつくす。ただの通り雨だろう。空の色はそれほど暗くない。
妻は傍には居ない。この銀幕市にはいないし、元居た世界でも引き離された。
居場所は分かっている。それでも触れられない、届かない。触れようとすれば数多の生が失われる。
紫の双眸の先には礼拝堂の庇の下で肩を寄せ合う新郎新婦の姿がある。ヨミもああしていた筈だ。身を寄せ合って、支え合って暮らしていた。それが当たり前で、これからもきっとそうなのだと思いながら生きていた。
はにかんだように微笑む新婦の顔が妻の笑みに重なる。
「……あ」
だが、ヨミは反射的に額に手を当てて目を揺らした。
瞼の裏にある妻の笑顔はやはり曖昧で、頑なな霧を隔てたかのように霞んでいる。
(ミライ……)
手が震える。雨の中にがくりと膝をつく。
思い出せない。あの笑顔が自分の中で薄れかけているというのか。
「ミライ……ミライ」
震える唇で、何かのよすがであるかのように妻の名を紡いでも妻を覆う霧は晴れない。
(そんな……私は――)
その瞬間、柔らかで温かい感触がヨミの心を引き戻した。
「……タイム?」
姿を消していた筈の黒猫が手に頭をすりつけていた。いつの間に戻って来たのだろう。一体どこに行っていたのだろう。
「まさか、タイム……」
初めから結婚式を見せるつもりだったのだろうか?
しかしヨミはすぐに苦笑してかぶりを振った。猫がそんなことを考えるわけがない。しかしこの猫ならもしかしてという思いが拭えないことも確かだった。猫はいつだって気まぐれで謎めいているのだから。
黒猫は答えない。物言わぬ、しかし美しい瞳でじっとヨミを見上げているだけだ。
――ヨミは緩やかに微笑んだ。
「おいで」
手を伸ばしても黒猫は逆らわなかった。そっと抱き上げると、ごろごろと喉を鳴らしながらヨミの胸に頬をすり寄せてきた。
温かい猫を抱きながら、雨に打たれた指先に少しずつ体温が戻ってくる。
結婚式を見かける度に妻のことを思い出す。妊婦を目にすれば未だ見ぬ我が子に思いを馳せる。これからもそれは変わらないだろう。
ささやかで。普通で。けれどいったん遠のけば腕に抱くことはひどく困難で。そういうものを幸せと呼ぶのかも知れない。
だからこそヨミは結婚式を見る度に呟くのだ。
「その先に……幸、多からんことを」
ヨミの視線の先では平凡な新郎新婦が笑い合っている。腕の中の黒猫は尻尾をゆらゆらとさせながら静かにあるじを見守っていた。
吹き渡る風が、カラン、と鐘を揺らした気がした。
◇ ◇ ◇
式場、来年の六月にまだ空きがあるんだって。ねえ、六月にしようよ。
だから、ジューンブライドなんて迷信だってば。
どうして迷信やでっち上げだなんて決めつけるんだ。もし迷信でも信じて実践すれば本当になるかも知れないだろ?
六月以外の月に結婚して幸せな家庭を築いてる夫婦だってたくさんいるわ。
……それはそうだけど。
ま、六月でいいんじゃないの。幸せになれなかった時の言い訳にされたくないし。
どういう意味だよ。結婚って幸せになるためにするものじゃないのか?
だったら式を挙げる月なんて関係ないじゃない。
……あ。
(了)
クリエイターコメント
ご指名ありがとうございました。お初にお目にかかります、宮本ぽちでございます。
ジューンブライドの企画プラノベをお届けいたします。
…猫さん、存在感ありすぎでしょうか(汗)。
過去のプラノベで一度も登場していないようですし、せっかくだから…と思ったのですが。
猫は可愛いですよね。犬も可愛いですよね。
素敵なオファーをありがとうございました。
楽しんでいただければ幸いです。
公開日時
2009-06-08(月) 23:00
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