★ 瞬・想・寫・真 ★
クリエイター志芽 凛(wzab7994)
管理番号136-5772 オファー日2008-12-11(木) 00:25
オファーPC 簪(cwsd9810) ムービースター 男 28歳 簪売り&情報屋
<ノベル>

 それは銀幕市が全体的にふわふわとした雰囲気を醸し出す、そんなクリスマスな日。簪は、少し年季の入った建物の中で、目を驚きに開いていた。
「……これを着るんですか? あちきが?」
 簪がそう言いながら指した先には、ハンガーに普段は着ない、彼から見ると西洋の服が掛かっていた。
 この建物の主――写真屋の店主は、その穏やかな顔を半ば上気させるようにしながら、その服をひらひらさせていた。
「ええ。簪さん、いつも和服でいらっしゃるでしょう? だからたまにはこういったものも良いんじゃないでしょうか、と思いまして」
「はあ――ですけど――」
 気の乗らない簪を押し切るように、店主は口早に告げる。
「ほら、クリスマスですし、ね!」
「ええっと――」
「さあさあ、重たいものはこちらでお預かりしますからっ!」
 そんなこんなで、押し切られるようにして、ただ写真を撮りに来た筈の簪は、普段着慣れない服に着替えるはめとなったのだった。


 * * *


「はあ……」
 カランカラン、とどこか陽気な音を立てて、入り口のカウベルが鳴る。その音につられ、入り口にどっかりと寝転んでいた、黒い犬がふんふんと鼻を鳴らしながら立ち上がった。その犬は、半ば疲れた表情を浮かべる連れを見つけ、どこか疑問の眼差しを送ったように感じた。
「……少し、歩きましょうか」
 やたらと店主の方がはりきってしまったらしくて、追い出されてしまいましたからね。簪はそう言って苦笑を浮かべ、ゆっくりと歩き始めた。犬も彼の横にちょこんとついて、とことこと足を進める。
 彼はしばらく歩いた後、肩から掛けているバックに手を伸ばし、ぽつりと呟いた。
「やはり慣れないものは慣れないですね……」
 いつも背負っている笈は、今日、この格好には必要ないだろうと、思い切ってがま口以外のものは預けてきてしまったのだった。
 撮影所から少しだけ離れると、そこは賑やかな通りだった。
 曇り空を知らない冬の空は澄み切っていて、そしてどこか遠い。
 通りに並ぶあちこちの店からは、張り切ったクリスマスソングが流れ、そして煌くモールでデコレーションしたウインドウが賑やかだ。
 いつも賑やかな銀幕市だが、より一層賑やかさを増したその通りに、簪はふふ、と小さく笑みを零した。
「クリスマスの夜のお供にシャンパンはいかがですかー! お安くしておりますよ」
 店先では、店内から溢れ出すように、商品を並べて笑顔を振りまいている売り子の姿がある。二人もその売り子に、少し、近付いていった。
「お客さん、よろしければどうぞ」
 にこにこと笑顔を振りまく女の子が、丸いお盆に沢山の小さなコップを載せ、それをずいと簪に差し出した。
「えっと……」
「今お店で一番のおすすめのシャンパンですよ」
 語尾を妙に間延びさせながら、その女性は小さなコップを簪に手渡した。それを受け取って、コップの中を覗き込むと、そこには美味しそうな色をした液体が並々と注がれている。
 いつもなら、こうして少し戸惑っていると、事情を察した店員が色々と説明してくれるのだが、今日はそれは無いらしいことに、簪は気がついた。
 店員はただにこにこと笑みを浮かべている。
 その違いに、しばし考えを巡らせて、そして答えに辿り着いた。
 そういえば、今日は和服では無かったのだ。
 いつもは和服を着ているから、自分がムービースターである事が判り、色々と世話を焼いてくれるのだろう。
 何だか不思議な心持ちになりながら、簪はその小さいコップを口に運んだ。芳ばしい香りの液体が、喉を滑っていく。
「……美味しいですね」
 軽い感じのお酒だな、と心の内で呟きながら簪は店員ににこりと笑んだ。ありがとう、と呟きつつ、コップを返してその横を通り抜ける。
 たまにはこういうのも良いかもしれない、とも思いつつ、どこか釈然としない気持ちを覚えながら彼は歩いている。
 それは、あるひとつの場面。


 *


 店員の声が遠ざかっていくにつれて、今度は前から誰かが騒いでいるような、そんな声が簪の耳には届いていた。声の元へ目をやると、道の隅で、人の塊があるように見える。
「……何でしょうね?」
 傍らを歩く連れに声を掛けるように呟くと、連れの犬は鼻をひとつ鳴らした。彼は速度を上げる事無く、その騒ぎの渦中へと近付いていく。
 次第に近付くにつれて、その騒ぎの原因が段々と判明してきた。
 通りの端で、幾人もの若者が、誰かを――おそらくムービースターだろう――を囲んで騒いでいるようであった。きっと、囲まれているムービースターは、人気映画の主役格の人物なのだろう。
 簪は、その横をゆっくりと通り過ぎながら、つと笑みを漏らした。
 そして、微笑ましい事だ、と思いつつ、それだけでは無い感覚に、首を小さく傾げる。
 魔法が掛かってしまった事で、他の街とは圧倒的な違いを見せることになった、銀幕市。
 こうして彼が歩いているのも、様々な偶然が重なった為だ。
 普段とは違った格好をしているからか。何となく自分の動作がぎこちないからか。どこか、不思議に深く物事を考える自分が、ここにいる。
 ――自分は、この銀幕市において、どういう存在なのだろう。
 気がつくと、そんな事を考えていた。
 今日はいつもと違う格好なせいもあるし、彼は映画の脇役であったので、ムービースターであるという事に気付かれることはない。
 いつもなら外見でスターだと判断されがちな彼にとって、それは奇妙な感慨に捕われるかのような、そんな気持ちになっていた。
 彼の前を一瞬、風が吹き抜けるような、そんな感覚に顔を上げると、スターらしき人物が、戦いの最中なのか判らないが、前を横切っていくのが見えた。
 その直ぐ後で、戦いの最中である事を気付かせるかのように、追っていく人物が見える。彼等の姿が消えてから、大きな爆発音が響いていた。
 銀幕市ではこれもよく起こる光景のひとつ。
 だが、そういえば簪は先頭は極力避けている事を今更のように思い出した。
 銀幕市では、あまり命のやり取りになった事は無い。彼等のように、命を最大限に輝かせているか、と言われるとあまり自信も無い。銀幕市に来てからは、すっかり放浪癖が身についてしまっているような気がする。
「……うーん……」
 そんな事に思いを馳せていた簪は、歩みを僅かに遅くした。
 びゅう、と風が吹いて、彼の髪を靡かせる。
 ふう、と小さく息を吐く。

 そんな時、彼の斜め前で、ふわり、と布が揺れるのが見えた。鮮やかな色の布。
 そこは洋服を販売している店のようで、簪にしてみれば薄っぺらい布がふわふわと軒先で揺れているようにも見える。
 大型のデパートなどに行けば、そんな服は沢山売っているのだろうが、彼はあまりそういった所には寄り付かない。入り口まで来ると、冬らしく、沢山のファーを纏った服が、そこにはずらりと並んでいた。
「少し、ここで待っていてくださいね」
 斜め下へ声を掛けると、その言葉を理解したかのように、犬はちょこんと入り口の傍で伏せた。そして再び鼻を鳴らす。
 幾分新鮮な感覚を覚えながらも、簪はふらふらとその店に足を踏み入れた。
 少し不思議な、一場面。


 *


「いらっしゃいませー」
 どこか気だるげな挨拶を受けながら、簪はゆっくりと店内を歩く。店内には、彼にはあまり理解出来てはいなかったが、男女様々な洋服が置いてあるようだった。奥には、装飾品もあるらしい事が、とりあえず分かるくらいだ。
 顔に不思議な表情を貼り付けながら、彼はゆっくりと歩いていった。
 店内には、この店にはどこか空回りしている印象を受ける、クリスマスソングが流れている。
 どことなくその曲にちぐはぐなものを感じながらも、簪はもの珍しげにくるくると店内を回って、さまざまな服を眺めていた。
 なめらかな素材で出来た、シャツのようなもの。
 ふわふわのファーがついた、黒いコート。
 幾つものズボンが並ぶ棚。
 どれも普段、銀幕市では目にするが、簪とはあまり縁が無かったものだ。
 どこと無く、自分とは違う次元にあるもの。
 どこか意識を沈めたり、浮かべたりしながら店内を歩く。
 そんな中、店内の一角に、きらりと輝く装飾品が並ぶ棚を見つけ、簪は歩み寄った。そこにはネックレスやピアスなど、銀幕市ではありふれたアクセサリーが並んでいる。
 儚い鎖にちらりと下がる、小さなクロス。
 どこか大振りな飾りのついた指輪。
 綺麗な色のビーズが下がる、ピアス。
 どれも、ありきたりなものだが、簪にとっては、興味深い空間であった。
 そうして様々な装飾品を眺めていると、つかつかと後ろから店員さんが歩いてきた。
「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」
「……あ……えっと……」
 そう言われて簪は、少し考える仕草を見せた。ただ頷くだけでも良かったのだが、何となくそれでは勿体無い、そんな気がしたのだ。
「えっと……――そうでした、これからちょっと写真撮影なんですけど、これに合わせるものってないでしょうかね? あちき、こういった所はあまり来ないので、ちょっとよく分からなくて……」
 簪の言葉で、店員は彼がムービースターという事に気がついたらしい。そうですね、と頷くと、彼の全身をちろりと見た。
「アクセサリーとかでも良いかと思いますが、よろしければこの季節ですし、こんなものはどうでしょう?」
 そう言ってその店員は、簪を棚のひとつに導いた。後ろからてくてくとついていくと、様々な布が掛けられた棚の一角に辿り着く。
「こちらのマフラーなどはいかがでしょうか?」
 彼女はそう言いながら、幾つかの色の、ふわりとしたマフラーを取り出した。幾つかを簪の襟の所に合わせながら、そうですね、とぶつぶつ呟いている。
「このお洋服の色には、……こんなマフラーはいかがでしょうか?」
 そう言いながら、店員はふわりと緑色のマフラーを簪に巻きつけた。肌触りの良い、ふわふわとしたマフラーが彼の首元に彩られている。
 鏡を覗いてみると、なるほど、服との色合いが綺麗に合っていて、しっくりとその場に嵌っているような感じだった。
「へえ……この色は良いですね。では、これを頂きましょうか」
「このままでいかれますか?」
「はい」
 簪はにこ、と笑むと、どことなくぎこちない手つきで、鞄からがま口を取り出し、代金を支払う。
「ありがとうございました」
 にこやかな声を背に、店の入り口をまたぐ。
 少し暖かな、一場面。


 *


 店を出ると、途端に冬の風が彼の体を撫でていった。だが、先程よりも首元だけは不思議と温かい。
「行きましょうか」
 声を掛けると、今まで大人しく寝そべっていた犬は、鼻をふんと鳴らして立ち上がった。大人しく歩き出す黒い犬。簪も同じく歩き出す。
 寒々しい空の中に、陽が燦々と降り注いでいる。
「まだ戻っても……また追い出されますかね……」
 犬に呟いてみるが、今度は無反応で、のそのそ歩くだけである。
 そうしている内に、先程よりも広めの通りへと出たようで、周りの光景が一層煌びやかになったように感じる。
 映画館も近くにあるのか、それに関連したグッズを販売する店もちらほらと並んでいるようだった。すれ違う人々も、倍くらいに多い。
 それを眺めながら、ゆっくりと歩いていく。
 ある店の壁には幾つかポスターが貼ってあり、ちらりと見ると、そういえばこの銀幕市で見かけたことのある人物がそこには写っていた。主役なのだろう。銀幕市で見かけても、いつも周りには騒ぎ声が上がっていたような、そんな気がする。
 微笑ましい光景だ、と思いながらも、ふと頭を掠めた考えがあった。
 ――脇役は、いったいどんな風に、この銀幕市で過ごすのだろう。
 主役格の人は、皆ある程度強かったり、華やかだったりするから、銀幕市でも彼等らしい、華やかな生活を送ることが出来ているように感じる。日常の中に転がる非日常を彼等は生きているのだ。
 ――じゃあ、自分は?
 明るい歌声が流れ出す店では、映画の主人公を象った人形や、彼らが持つものをストラップ化したものが置いてある。
 これは、銀幕市の日常なのだろう。
 そう考えた彼の横、幾つかの車がスピードを上げて通り過ぎていった。
「おっとっと」
 簪はそつなくそれを隅によって避けながら、走り過ぎていく車を眺める。彼には車の事はよく分からないが、それでもあの車達が普段の銀幕市の日常では無い、非日常の中にいる事だけは、はっきりと分かった。
 自分は、あんな風に、戦闘はしない。
 危ないところへも、近付かない。
 そう思うと、脇役である自分の非日常はなんだろう、と考える。
 今度は、映画を題材に作られた、ポスターやカレンダーを販売する店の横を通り過ぎる。たまにはこういうのにも載るかもしれないが、それでもほとんど載ることは無い。
 それでも、自分にはきちんと過去があり、そして現在があるのだ。映画ではぞんざいに扱っていても、自分には意思がある。
 沈んでいた意識を浮上させて、周りを見る。
 そうしている間にも、沢山の人々が足早に過ぎていく。
 ふと、簪はその場で立ち止まって振り返った。
 人の波にぽつり、一場面。


 *


 再び歩き出した簪と彼の連れは、公園のような、広場のような所までやって来た。丁度昼間なせいもあって、どことなく閑散とした雰囲気を放っている。
 しばらくあちこちを見回していた簪だったが、近くにベンチを見つけると、犬に話しかけた。
「……少し、お休みしましょうか」
 よいしょ、とベンチに腰掛けると、その横で丸くなる犬。
「相変わらずですねえ」
 どこかのっそりとした、簪を笑うかのような態度に、思わず苦笑が漏れる。小さく笑って、そして大きく息を吐いた。
 空は、相変わらずの色のままだ。簪の周りでは、少し遠くの歩道を行き交う人々、彼と同じように、ベンチに座ってのんびりしている人々もいる。
 その中に、ムービースターを思しき人物を見つけ、思わずそこに目を向けた。
 そこに座る彼は、明らかに持っている雰囲気とは似合わないような、スーパーで購入したおにぎりを手に持ち、どうやら至福のひと時を過ごしているようである。
 それを見ているとお腹も空くのだが、それとは別の感覚も覚えた。
「……普通の人間として、ゆっくり暮らせないものですかねえ……」
 ぼそりと呟く。
 視覚の中に座る彼は、銀幕市の住人として、ごく一般的な暮らしをしているような、そんな風に見えた。
 主役程目立つことの無い、脇役としては、こんな風にも暮らせないものか、少しだけそんな事を考える。
 犬は簪の言う事など、気にも掛けないようで、悠然と寝そべっていた。
「――ああ、折角座ったのは良いですけど、何だかお腹が空いてきました」
 また移動しなくてはですね、と小さく息を吐くと、犬が出かけるのか、とでも言うように立ち上がる。
 立ち上がるのが半ば億劫になっていた簪だったが、連れの眼差しを受けては、その場に留まっている訳にはいかなくなった。
「はいはい、分かりましたよ」
 そうぼそりと呟いて、立ち上がる。さて、何か美味しいものを売っている場所は無いのか、と考えながら歩き始めた時、目の前にスーパーらしき建物が見えてきた。
「そういえば、先程の方はこちらで何か、買っていたのでしょうか」
 ならば行ってみよう、と少しだけ興味を覚えた彼は歩を速め、前へ進む。そして、店の、あまり人が通らないところを見つけて犬を留め、彼はスーパーの中へと足を踏み入れた。
 相変わらず店内には、どこの店でも共通らしい、クリスマスソングが流れている。
 簪は、先程のお店よりかは幾分良くなったものの、それでもぎこちない手つきで、食料を求めてふらりふらり、と彷徨った。
 白い蛍光灯にぶわりと浮かぶ、彼も知る食材。
 鮮やかな箱に仕舞われた、いくつものお菓子を眺める。

 そしてある一角を曲がった時、簪の耳に、威勢の良い声が飛び込んできた。
「いらっしゃいませー、こちらではクリスマス限定、ケーキの特売を行っております!」
「……ケーキ、ですか?」
 僅かに興味を持って近付いてみると、そこでは、白い生クリームで彩られたケーキが飾られていた。
 じっと見ると、その彩りの美しさは、装飾品の美しさと、ほんの少しだが似通っている気がする事に気がついた。そういえばケーキ屋のショーケースに並ぶケーキも、どれも美しいものだ。
 ――いつもは買わないが、たまには良いかもしれない。
 そう心の内で考えた時、不意に何かが氷解して、すっきりとしたような、そんな気持ちに捉われた。
 売り子が必死で叫ぶ声を耳にしながら、そうか、とぽつりと呟く。
 今まで脇役としての過ごし方を考えていたが、結局のところ、自分は好きにしているのではないか、という結論に不意に至ったのだ。
 目の前に並ぶ、ケーキ。
 それを自分は、普通の人間としての感覚では無く、簪としての、見方で良いな、と思っていた。
 普通の人間として暮らそうがどうしようが、結局のところ、簪である事は変わらないのだ。
 彼はそんな事を考えながら、しばらくケーキの列を眺めていた。
 少しだけ色を持つ、一場面。


 * * *


 片手に、ぎこちなく白い、小さな箱を持った簪は、再び撮影所の扉の前に戻ってきていた。足下では、早くも犬が悠然と寝そべっている。
「……あのー……」
 再びカウベルを鳴らしながら店内に入ると、何かごそごそと大きな道具を動かしていた店主が、ぱっと顔を輝かせて寄ってきた。にこにこと笑みを浮かべる。いかにも楽しそうである。
「おお、お待ちしておりました! 準備は完璧です、ささ、どうぞ」
「はあ……」
 そんな感じで相変わらず、半ば強引にカメラの前まで押し出された簪は、西洋服という事もあり、どうすれば良いのか分からず所在無げに佇んでいた。
「えっと、どうすれば良いんでしょうね?」
「そうですね、とりあえずその印の所に立ってください、はい、そうです」
 それを見かねた店主が、カメラ片手に簪にあれこれ口出しをする。彼はそれを受けて、ぎこちなく動いた。
「さあ、撮りますから笑ってください!」
「え、と……」
 何とか所定らしき場所に立って、笑みを浮かべようとするが、何となくしっくりこない。
 何かひとつしっくり来ない時は、何もかもがしっくりとこなくなるもので、たちまちあちこちがむず痒くなった。
 おそらく、和服を着ていないからなのだろう。
 そのむず痒さを堪えようとして、簪はそういえば、と首もとのマフラーを持ち上げて首を傾げる。
「買ってからずっと気になってたんですが、これ、どういう役割――」
 ――ぱしゃり。
 撮影所が一瞬明るくなった。
 突然シャッターを切られて、ぼうっとした簪に、さらに店主の声が掛かる。
「さあ、今度は横を向いてください! ほら、右ですよ」
 まだまだ撮影は続くようである。彼はひとつ、首もとのマフラーをゆすった。

 そしてしばらくの後、撮影所の応接付近で、簪はどこか釈然としない表情で目の前に並べられたものを眺めていた。小さく切り出す。
「……これで本当に良いんですか?」
 微妙な表情を浮かべる彼とは反対の表情を浮かべて、店主はにこにこと笑む。
「ええ! この憂いのある表情! 素晴らしいじゃないですか!」
「そうですかねえ……」
 そこに並ぶのは、マフラーを持ち上げて、店主に質問しようとした時の簪の姿。彼自身にとっては、些か間抜けに見えなくもない気がするのだが――。
「本当ですよ! これは一番のおすすめです!」
 撮影所の中には、満面の笑みを浮かべている店主の明るい声が響き渡っている。

 ――そんな、一場面。


クリエイターコメント 大変お待たせ致しました……。ノベルをお届けさせて頂きます。
 あわわわ少し時期がずれてしまってすみません……。さりげない一瞬の日常を幾つか切り取らせて頂きました。少しでもそれらしい雰囲気が出てれば幸いです。何だかケーキとかシャンパンとか変なおまけがくっついておりますが、まあそれもクリスマスということでひとつ。

 それでは素敵なオファー、ありがとうございました! またいつか、銀幕市のどこかでお会い出来ることをこっそり願って。
公開日時2008-12-31(水) 20:30
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