★ 価値ある財宝、持つべきは……? ★
クリエイター西(wfrd4929)
管理番号172-6161 オファー日2009-01-01(木) 22:22
オファーPC ルークレイル・ブラック(cvxf4223) ムービースター 男 28歳 ギャリック海賊団
ゲストPC1 ギャリック(cvbs9284) ムービースター 男 35歳 ギャリック海賊団
ゲストPC2 ウィズ(cwtu1362) ムービースター 男 21歳 ギャリック海賊団
<ノベル>

 ルークレイル・ブラックが入団を申し出たのは、その海賊団の信条が気に入ったからである。
 殺さない。
 堅気から奪わない。
 その上で、『伝説の財宝』を探す。
 これは、ルークにとって非常に理想的な姿勢に思えた。この信条を、現在進行形で貫き通しているということは、実行し続けられるだけの力を持っているということでもある。

――それは、強さだ。奇麗事と一笑されそうなものを、現実に適応させている時点で、彼らは敬意に値する。

 ルークは、いささか性格がひねくれてはいたし、傲慢なところも、ないではなかった。だが、それでも賞賛するべき人を見つければ、素直に感嘆でき、尊敬もできた。
 その程度の純朴さは、いまだに彼の内に存在していたのである。だから、この海賊団の精神、いや本体そのものである、ギャリック団長に会ったときも。当人の気宇の壮大さに驚き、彼を好ましく思ったものだ。
「入団したい、か」
「いけないか? それなりに、役立って見せる自信はある。財宝に関しては、組合に所属して経験も積んだ。技能資格だっていくつも所持している。……まあ、肝心の航海士の仕事については、まだ駆け出しに近いが……」
「いやいや、別にそんなことを問題にしているわけじゃない。うちの信条が気に入ったって言ってくれているし、こちらも手が足りないといえば足りない。だから渡りに船ってもんなんだ」
 話してみれば、ギャリックは気さくな男で、気取ったところもなく……不思議なことに、下劣な部分も感じさせなかった。海賊などという、荒くれの長でありながら、下卑た精神とは無縁であった。
 一応、それらしい下品さも見られたのだが、どうにも違和感を感じて仕方がない。妙に気品があったというか、仕草にしろ、言葉の発音にしろ、いやに整ってみえる。
「では、入団を?」
「……即答はしかねるなぁ。ふむ! 財宝関係に詳しい奴か。確かに、欲しい。欲しいな……だが」
「問題があるなら言ってくれ。指摘してくれないと、直しようがない」
「ほぉ、とりあえず今の自分に問題があるってことだけは、自覚があるんだな?」
 じろり、と品定めでもするような目で、ギャリックはルークを見つめる。明らかに、彼は自分よりも格上の相手であると。ルークはこの時、確信した。
 それほどまでに、彼の視線は熱量に溢れている。見たこともない猛獣を、目の前にしているような気分だった。
「ないでも、ない。……人間、誰だって生きていれば、己の欠点に嫌気がさしたりもする」
 気負わされて、つい本心を口に出す。ここまで語るつもりは、なかったのに。……本当に、何者なのだろうかと、疑問に思う。
「なるほど、真理だ。――頭は悪くないようだな、やはり」
 とりあえず、声の張りはいい。しかし、もう少し落ち着いた感じで話せば、意外と典雅な発声になるかもしれない。
 この想像が正しければ、ギャリックは高度の教育を受けたことになる。とすれば、正体は……。

――まあ、だとしても、関係はないな。……ふん。余裕があると、つい余計な方向にも思考を伸ばしてしまう。悪い癖だぞ、こいつは。

 本の朗読でもさせれば、一発でわかるのだが。もっとも、確信を得たところで、直接的な利益があるわけでもない。ルークはそこで、団長の正体について、考えるのはやめた。重要なのは、自分がこの海賊団にもぐりこめるかどうか、それだけである。
「お前、殺しか強盗をやったことがあるだろう?」
「ある。……だが、これからは、するつもりはない。ギャリック海賊団では、そいつは許されない、だろ?」
 もともと、好きでしていたわけではないのだ。必要なら躊躇わない、というだけの話しで。
 だが、これに即座に気づいたという時点で、彼も只者ではない。改めて観察してみると、ギャリックの目は、また別の感情を写している。それは好奇心なのか、猜疑心なのか。判断が付かず、思わず体が萎縮する。
「口で言うだけなら、そりゃ簡単だろうよ。でもな、こっちは『つもり』で済まして欲しくはねぇ」
 ギャリック自身に、ルークを害する意思はない。それが明確である以上、恐れる必要はないはずである。
「具体的に、どうしろと?」
 しかし、彼の言葉は耳に痛い。今になって、良心が刺激されているようで、居心地が悪かった。
 だから、聞いた。どうしたら、いいのかと。
「試験だよ。これに合格したら、入れてやる。目標は……そうだな、あれがいい。おーい、誰かウィズに確認を取ってきてくれ」
 そうして、ギャリックは人をやって、なにかを確かめると、満足そうに頷いた。どうやら、ルークの試験内容が、決定したらしい。
「この近くの港から、だいたい三日くらいの距離に、ロードスって街がある。そこには、ある財宝が保管されていてな? ここいらでは、一番有名で、一番価値の高い代物だ」
「街が、財宝を所有しているのか? 組合や、個人ではなく?」
「うーん。厳密に言うならば、それは公共の施設に展示されていたもので、だから街のものといえばその通りなんだが……。今は、領主殿が私蔵している。あんまり立派だったから、独り占めにしちまったって事さ」
 よくある話だと、ルークは思った。財宝の価値を理解できる者ほど、その輝きに魅せられてしまう。自分だけの物にしたくなる。
 領主ほどの権力者であれば、公共の財産も、私物化できる権限を持っている。なら、欲望のままに行動してしまうのも、無理なからぬことだろう。
「で、その悪徳領主の財宝を奪取してくればいいのか?」
「もちろん、海賊団の『信条』を貫いた上で、だ。……いいな? 誰も殺さず、あの街が持つ財宝を奪って来い。それが、試験だ」
「期間は?」
 ロードスという街と、領主がどのような管理体制を敷いているか。それによっては、長期戦になる事を覚悟しなければならない。
 ここで短期間を提示されると、成り行き次第ではかなり難易度が跳ね上がるだろう。気持ちを引き締める為にも、いつまでに奪取すればよいのか、この点はきっちり把握しておきたい。
「特には設けないでおこう。俺が見たいのは、ルーク自身の行動であって、必ずしも財宝そのものを欲しているわけじゃあない。……わかるか? 重ねて言うが、殺しは許さない。良く覚えておくんだな」
「……委細、承知した。その仕事、完璧にこなしてやるさ」
 ならば、話は難しくない。たっぷり時間を取って計画を練り、決行に都合の良い日時を定めればいいのだ。

――緊張することはない。これより難しそうな状況を、俺は何度も潜り抜けてきた。

 今回も、そうするだけだ。
 ルークはギャリックから、ロードスまでの簡易な地図を受け取ると、すぐにその街へと向かった。
「見る目のある男だ。成功には投資が必要だということも、わきまえている。……こいつは、是が否にでも、仲間に入れてもらわないとな」
 気前良く、路銀も手渡してくれた。そこまで自分を買ってくれているのだと思うと、いささか気分が高揚する。
 他人から施しを受けるのは初めてだったし、こうも面倒な手段を取ってまで、人を試そうとするその姿勢が、ルークにさらなる好意を抱かせた。
 なんといっても、彼は自分を見てくれる者に弱い。これまでの対人関係が最悪だっただけに、真剣に自分と接してくれる相手には、評価が甘くなる傾向があった。
 もっとも、ルークはあまり感情的になれる男ではないから、この時点で好意が表面に現われることはなかったのだが。



 ロードスまでは、順調にことを進められた。地図に従って、乗り合い馬車を使用しただけだから、当たり前である。
「……結構、大きな街なんだな」
 問題は、ここからだった。領主が財宝を私蔵している、という話だけでは、動きようがない。もっと多くの情報が、必要だった。
 路銀に余裕はあるのだし、時間も丁度いい具合に、夕飯時である。仕事帰りの男達が、仕事の愚痴をこぼしに、酒場に来る頃合。

――信憑性はあまりないが、量を確保する事を考えるなら、酒場が適当か。

 不特定多数の情報が集る場所であるから、用意に信用はできない。出所さえ、確かではない話も多いだろう。
 とはいえ、こんな遠方になると、ルークの知る伝手はない。情報屋を見つけるのだって、初めて来た時点では難しい物だ。
 盗賊組合なり、冒険者組合なりを利用できればいいのだが、ルークは脛に傷を持つ身である。過去の行いを思い返すと、そうした公共の施設を利用するのは、なかなか勇気の要る行いだった。

――下手に勘ぐられて、身の上を洗い出されては面倒だ。やはり、非公式の場で、モグリの情報屋を探さなくては。

 財宝組合といえば、名の知られた大きな組織である。そこの脱走者と発覚したら、どのような追っ手が差し向けられるか……想像するだに、恐ろしい。
「ハッ」
 思わず肩をすくめて、ルークは笑った。……思考が後ろ向きになっている。気分転換も兼ねて、ここで一杯やるのもいいかもしれない。
 近場の酒場に入り込み、適当に空いている席に座った。周りを見れば、結構な賑わいである。
 入店する際には、特に注意を払わなかったが――中は、結構広い。テーブルだけでも、二十近くあった。安っぽいアルコールの臭いが鼻に付くが、このような大衆が入り浸る場に、上品さを求める方が間違っている。

――聞き耳を立てれば……存外に、愉快な噂も飛び交っている。これは、苦労しないで済むかもな?

 多数の人々の話し声から、重要な言葉を抽出。それを元に会話の内容に集中し、情報を得る。これを複数、しかも平行して実践しなくてはならない。
「ふぅん。……ああ。麦酒と、何か腹にたまる物を一つ。ついでにサラダを添えてくれ」
 適当に注文を済ませて、再び思考と分析の海へと乗り出していく。こうして情報の選別を行うのは、何も今回が初めてではない。財宝の手がかりというものは、いつだって益体もないホラから始まるのだ。火の無いところに煙は立たない。
 ルークは正規の情報源を用いることができないのだから、自然とこの手の不確かな手段に頼らざるを得なくなる。必要に迫られて覚えた技能だが、今となっては慣れたものだ。

――領主とやらは、自分が領民に嫌われている事を、自覚しているのかな? 自覚した上で開き直ってる奴と、自覚せずに幸せに生きている奴とでは、対応に差が出てくるんだが。

 適度に憂さ晴らしの愚痴を、周囲からつまんでくると、領主への不満が結構な割合を占めた。
 都合の良いことに、役人が集団で飲みに来てくれている。綺麗な制服が汚れることも厭わずに、酒をかッ食らい、恨みつらみを述べる。その様はひどく滑稽だが、利用価値はあった。
「肉も魚も、嫌いではないが。……新鮮な野菜が、ここでは一番のご馳走だな」
 運ばれてきた料理を口に運び、麦酒を一杯。味はそれなりだが、船旅が続くと水気たっぷりの野菜が恋しくなる。特筆すべき出来ではなくとも、久々に味わうそれは、ひどく美味く感じられた。
 もちろん、腹を満たすだけではなく、この間も頭は働かせている。情報を集めれば集めるほど、この街の領主の小物ぶりが、さまざまな言葉で表現されていた。
 ただ気になったのは、強欲さと傲慢さに準じる程度には、執念深く疑い深いという事実。
「……典型的、ではあるが」
 こうした手合いは、己の財産を守るためなら、あらゆる労苦を惜しまない。目標の財宝には、相当厳しい警備が付いていると考えねばならないだろう。
 それは想定内なのだが、具体的にどのような管理体制を敷いているのか。これが問題である。……流石に、下級役人の愚痴からでは、詳しいことは読み取れない。結局、たいした情報は得られなかった。

――これまで、か。次は、情報屋にかかわりそうな話を追ってみよう。

 頭を切り替えて、別の目的を追求する。追加で、軽くつまめる物を注文したが、これは単に居座る時間を長引かせる為の処置に過ぎない。
「さて……」
 一晩で何もかもがわかるような展開は、最初から期待していない。ただ、次につながる情報が欲しかった。
 後ろ暗い連中の噂でも、悪党の批評でもいい。そうした掃き溜めの中から、価値のあるものを引っ張り出せない物か……と。そんな風に、考えていた。

「やあ、一人かい? ……ここ、いいかな」
「……どうぞ」

 だから、不審な男が同席を申し出てきた時は、あっさりとこれを許可した。
 抜くとは限らないが、銃の手入れは欠かしていない。テーブルの向かいに相手がいる、この状況。抜いて、引き金を引くまで、約一秒程度か。

――さあ、釣り針に魚がかかった。大物か、小物か。あるいは、釣り上げた魚に噛み付かれるのか?

 ルークは、自分が人の話に聞き耳を立てている風に。何かを考え事をしている風にして……ほんの少しだが、不審さを周囲にばら撒いていた。
 機敏な者なら、感付くように……そしてこの不審さを餌に、誰が食いついてくるか、試したのである。
「注文はしないのか? こちらに気兼ねすることはないぞ」
「いや……オレの分は、あんたに頼んでもらおうと思ってね」
「代価は?」
「情報。……たぶん、あんたが一番欲しがっている物さ」
 ルークは給仕を呼んで、好きなものを注文させた。そのうち自分の分まで来たが、これも相手に譲る。
「いやぁ、悪いね。気を使わせたかな?」
「かまわない」
 本当は、こちらから申し出る前に、勝手に自分のつまみを手を出されてしまったのだが……咎めるつもりはない。

――軽い男だ。しかし、表面上をつくろっているだけで、実際にはひどく狡猾な奴かもしれない。心して、かかるとしよう。

 それ以上に貴重な事を、きっと彼は知っているのだから。無礼の分も上乗せして、必要なことは全て引き出すつもりでいる。
「俺は、ルークという。あんたは?」
「ウィ……ウィードと呼んでくれ」
 少し、言いよどんだ。これは、己を偽る事に、なれていない奴がよくやるミスだ。こちらの意図を感付く程度には、頭が切れる男であるはずだが……?
「偽名か? ――まあ、どうでもいいが。とにかく、手付金は渡した。こちらの質問に、答えてくれるだろう?」
「料理が手付金か。……もちろん。この街のことは、大概知っている。何でも聞いてくれ」
 ルークはこれを見逃さなかったが、情報屋の本名などに興味はない。
 きっと、公明正大に、嘘をつかずに相手を丸め込むのが得意な奴なのだろう。信用と信頼に近しい、やり手の商人にはありがちな傾向だ。
 どうしてそんな奴が、この場で情報を売っているのか。気にはなるが、利用するのはお互い様ということで、追求はしないでおく。
「まずは、領主について。評判が、あまり良くないらしいが?」
「良くない、っていう愚痴で済んでるだけ、可愛いもんさ。あいつは強欲だが、特別に残酷なことを好むタチじゃない。興味が財宝に偏っているだけ、まだマシだと思うね。……悪徳領主であることに、違いはねぇが」
 悪徳は悪徳でも、金銭や宝物に熱を上げるうちは、まだ人間らしい。これが、領民を趣味で惨殺したりしないだけ、良心的といえる。……比べる対象が悪すぎるのかもしれないが。
 よそ者であれば、適当に聞き流せる話題だ。ルークが聞きたいのは、さらに踏み込んだところにある情報である。
「財宝に、興味か。そういえば、この街には財宝が保管されていたと聞く」
「……それが目当てで、ここに来たのかよ? だとしたら、残念だな。今は、一般公開してねぇんだ、これが」
「なぜ……いや、愚問だな。財宝に熱を上げるあまり、街の資産を私物にしちまったのか?」
「大当たり! ――話が早いぜ、旦那。あのお馬鹿ときたら、まるで自重しやがらねぇ。無断で人様から奪っていいのは、心だけだっていうルールを知らないのかよ。まったく……」
 賑やかな奴だ、と思う。だが不快でない程度に抑えているのは、好印象だ。
 調子の良すぎる奴は、たいがい人との距離感がつかめず、相手に遠慮しないので、憎まれやすい。しかしウィードとやらは、不思議とそうした嫌らしさがない。
 狙ってやっているのだとしたら、これは相当な切れ者である。軽薄な上っ面を別にして、ルークは彼を評価し始めていた。ここは、もう少し明け透けに話してもいいかもしれない。
「奪った、か。そこまでして手に入れた物なら、さぞかし大切にしまいこんでいるんだろうな」
「大切には、しているんだろう。大仰に自室に飾っているみたいで、まったく人目に触れていないらしい。……他人の目が入っていない分、管理は甘くなってるみたいだけどな。まあ、屋敷自体への警備は相当なもんだから、ことさらに隠蔽する必要性を、見出していないだけかも知れんがね」
 財宝を守ろうとする執念より、それを愛でようとする執着心が勝ったのか。疑い深さが、財宝を他人に任せることを嫌った……とも取れるだろう。
 しかし、これはこれで問題だった。領主の邸宅は、外敵の侵入を考慮に入れており、守るに易い構造になっている。不審者などは、もっとも警戒すべき条項であろう。
 忍び込むには、相当の労力が必要になる。わかっていたことだが、仕事の難しさに、ため息が出そうだった。
「ふむ。気の滅入る話だな」
「どういう意味で? 街の財宝を分捕った、厚かましさ? それとも――」
 一旦言葉を切って、ウィードは小声で呟いた。
「それを狙っている当人としては、面倒になりそうで困ったのかい?」
「……ほう」
 ルークは、まるで猛禽のような目で、ウィードを見つめた。
 かまを、かけている。うかつな返答は、命にかかわるだろう。もし万が一にでもこの男が、領主の回し者であったとしたら……。
「おっと! 失礼。……いや、喧嘩を売るつもりじゃないんだ。オレとしても、領主の野郎は気に食わない」
「だからといって、見ず知らずの相手に、好意的になる理由も無い。……前提として成り立つには、信用も信頼も足りないな?」
 ウィードが、個人的な感情から、ルークに肩入れしようとしている――と解釈したとしても、これを容易に信じることはできかねた。たとえ情報を提供してくれるとしても、それがこちらをはめる罠でないと、どうして確信できるだろう?
 彼は能天気な人間ではない。疑うべきものは、全て疑うことにしているのだ。それが、生き残る上でも重要な要素であることを、身をもって知っているから。
「わかった。じゃあ、無理にとは言わない。……どうせ、この街には長く滞在するつもりなんだろう? オレは、いつもこの時間に、この酒場にいる。気が変わったら、いつでも訪ねてくれ」
「気が、向いたらな」
 ルークは、手にかけていた銃を離した。テーブルの下でも、彼は相手との暗闘を繰り広げていた。
 ウィードにしても、己の身を護る為に、あらゆる手段を講じているに違いないのだ。でなければ、こうして無造作に近づいてこない。まさに、お互い様である。

――敵ではない、らしい。もし利害が対立する相手なら、俺を泳がす理由がないからな。……二日ばかり様子を見て、何もないようなら、利用してやってもいいかもしれない。

 他に、情報源は見つかっていないのだ。とりあえず別の方向から努力してみて、それから判断すればいい。単純に、弱みを見せるのもしゃくに障るし、自分だけでどこまでやれるか、試したくもあった。
「難しいな。やはり、コネクションが働かない地では、有用な情報は得にくい」
 ……しかし、ルークは結局、ウィードの元に出向くことになる。
 彼なりに二日、情報収集に励んだつもりだった。たいした情報が得られなかったのは、結果論に過ぎないが――それでも、わかったことはある。
 領主への反感は、ほとんどの領民が持っていること。そして、密偵や監視役などを城下にばら撒くような、回りくどいことをする男ではない、という事実。

――疑い深いとは言えど、そこまで病的ではない、ということか。あくまで、世評だからな。いくらかは、愉快に誇張されたりもしているのだろう。

 案外、無能な小心者……というのが、真実かもしれない。楽観的に過ぎるかもしれないが、いちいち旅人を一人一人検査したり、不穏分子狩りに、酒場を見張らせるような物騒さは、本当にない。
 そうとわかれば、あのウィードにも利用価値を認められた。彼は、こちらの利益になる。
 ルークは、決断した。あの日と同じ時間帯、同じ酒場を選び、彼の訪れを待った。
「早かったな。もう少し、粘るかもしれないと思ったんだが」
「最短の道が、目の前にあるんだ。これを無視する手はないと、ようやく理解できてね」
 酒肴は、ルークのおごりだった。それが、話の代金だと、二人はすでに了承していた。



 まず麦酒をあおってから、ウィードは語り出した。それを代価として、提供する話題。一語一句聞き漏らさぬよう、ルークは気を引き締める。
「領主殿は、なんともご丁寧なことに、財宝を自室に持ち込んでは毎晩愛でているらしい。オレなんかは、愛でるなら石よりも女性の方がいいと思うんだがね」
「石? ……そういえば、財宝について、俺は何も聞いていないな。知っていることがあれば、全部話してくれ」
「仕事だからな。聞かれたことには、答えてやるよ。……石、とは言ったが、当然ただの石ころじゃない。古代に発見された希少な鉱物、それを当代随一の職人が磨き上げ、形にした『宝玉』……それが、財宝の正体だ」
 宝玉とは、この地では鉱物を見栄え良く仕立て、部屋や衣服の飾りとして用いるもののことを言う。名の通りに球状である物が多いが、中には円形のものもあり、さらに用途によって大きさはまちまちだった。東方では、壁(へき)とも呼ばれるらしい。
 宝石の現石で作られるのが一般的で、財宝の中でも人気が高い。発掘された物の中には、現代の職人では再現できない物もあり、これは特に高値で取引される。
「希少な鉱物……というと?」
「何の原石が使われたのか、厳密にはわかっていない。ただ、その宝玉は闇にあれば発光し、夏は涼しく、冬は暖かく部屋の気温を整え――蚊などの害虫がいれば、それを殺してしまうという。……実際、オレも知りたいもんさ」
 事実だとすると、まさにとんでもない価値の財宝である。組合の競りにでも出せば、目玉が飛び出るような価格で落札されるだろう。
「ひどく便利な宝玉だな。部屋に置いておきたくなるのも、わかる」
「だろう? だから、この財宝が他に移される心配だけは、しなくていいぜ。自室になければ、ほとんど意味のない代物なんだからな」
 とするなら、問題はやはり館の警備である。領主の自室にたどり着き、脱出する手はずを整えねばならない。
 この点こそが、奪取の要であり、成否を分ける部分といっても過言ではない。どんな情報を得ても、これを解決できなければ、意味はないのだ。
「自室に『入らなければ』、確かに意味はないな。……どうなんだ?」
「それをオレが見落とすと思っているのかよ? ――ま、慌てず聞きなって」
 酒場は、あまりにも開放的過ぎる。決定的な言葉を口にするには、やはり勇気がいった。
 ウィードもこれはわきまえているようで、しっかりルークの意図を理解し、話を続ける。
「オレには、知り合いが多くてね。深夜の見回りは厳しいだろうと、警備に当たっている連中に、よく差し入れをするんだ」
「大変だな。それも、人付き合いの一環ってやつか?」
「まさに。すっかりオレも、連中の好物まで把握しちまってな? 仕事を放り投げてまで、差し入れに飛びついて来やがる。一時期、それで警備に穴が開いたりするんだが……まあ、この辺りは治安も悪くない。盗賊に入られたって話は聞いたことがねぇ。だからこそ、オレみたいな奴の存在が、許されているんだろう」
 侵入の隙は作れる、ということか。ルークはそれを理解すると、続けて問う。
「好かれてるんだな、つまりは」
「嫌われてはいないだろうよ。誰だって、自分の利益になる人に対しては、殊勝にもなるだろうからな」
「……そういえば、差し入れに行くといったが。屋敷の中に入ったことは、あるのか?」
「ああ、何度かある。といっても、警備兵の詰め所までしか、行ったことはないが。そこから先は、『図面』でしか知らない」
 内部の構造を、彼は把握している。ならば、ここは追求すべき部分。ルークは話を促し、より詳しい情報を求めた。
「詰め所には、屋敷の見取り図が置いてあってな。巡回のルートや、交代の時間なんかも張り出されてた。……部外者をいれておいて、隠そうともしなかったのには呆れたね。何度も足を運ぶうちに、すっかり暗記しちまったよ」
「間抜けだな」
「愛すべき、協力者さ。……理解したかい?」
「おおよそは。――しかし、わからないことがある」
 ここでルークは、もっとも重要な疑問を口にする。ここからは、どんな冗談も入る余地はない。率直な気持ちを、問いたださねばならないと、彼は考えていた。
「俺が目的を達成したとして……お前に、なんの利益がある? 領主が気に食わない、というだけで動くには、あまりに危ない橋だ。失敗すれば、死罪は確実。相当の覚悟がなければ、できないことだろう」
 ルークの立場では、財宝を奪取したら、それは海賊団に引き渡さねばならない。しかも成功報酬は入団権であり、金銭ではなかった。
 ウィードが手助けをしてくれたとしても、その働きに見合う報酬を、ルークは用意できないのだった。もちろん、小金でよければ渡せようが……普通、このくらいの情報になると、相当な価値で売り捌けるはずなのだ。それなら、わざわざルークに渡す必要もなく、もっと羽振りのいい盗賊か、侠客にでも話を持ち掛ければよい。
 なのに、あえて自分を選ぶ理由は何なのか? これもまた、ただ目に付いたから……では説明できない。
「利害の一致であれば、手は組みやすい。だが、動機のわからん相手と、共に行動するには勇気がいる。もし、最後の最後で利害が対立すれば、裏切られる可能性だって出てくるだろう?」
「オレの目的、あるいは動機を話せと?」
「そうだ。――情報の提供は、ありがたいと思う。だがこちらが納得する答えが得られないなら、それも疑ってかからねばならない。ひどい言い草だが、理解して欲しい」
 ウィードは、少し考えるそぶりを見せた。その間に、注文した料理が運ばれてくる。
 重いものもあれば、軽いものもあった。ルークは、鳥の腿肉を手に取り、齧り付いた。塩の味付けの上に、酸味の強い果汁を加えてある。……悪くない。ウィードも同じように、それを食べた。そして、ようやく答える気になったのか、目をこちらに向けてきた。
「あいつは、街から財宝を奪った」
「それは聞いた」
「……財宝を展示してた博物館とは、ちょっと縁があってね。取り返してやりたいって、思うんだよ。あれがなくなってから、見学する楽しみが減ったって、街の人たちも悲しんでいるし。……なら、一肌脱いでやりたいと、思うだろう?」
 ルークにしてみれば、そんな真っ当で綺麗な理由を持ち出されると、返って信用していいのかどうか、迷うのである。
「一応断っておくが、俺は財宝を手にしたら、それをある人のところまで、届けなくてはならない。それが仕事だからな。……それでも、構わないのか?」
「構わない。こちらとしては、あの領主に一泡吹かせてやれればいい。どうせ、まともな手段じゃ戻ってこないんだ。なら、少しでもマシな人間にでも渡した方が、宝玉も喜ぶだろうよ」
「――そんな、ものか」
「そんなもんだよ。……少々、感情的になってるのは認めるがね」
 感情的な部分を、外面から把握するのは難しい。これならまだ、財宝を自分が有効活用してやろう、とか。奪って富に変えたいから、といったわかりやすい理由であれば、即座に納得できるのだが。
「かも、しれない。――わかった、いいだろう」
 だが、この世には自分に理解できることばかりではない。まったく別の価値観がある事を、彼は知っていた。
 ウィードを信用すると決めたことも、その知識ゆえ。もし、これでしくじるようなら、自分はそれまでの人間であったと、諦めるほかない。

――ギャリック船長の気風を、少しでも真似してみたいって、気分でもあるしな。

 つまるところ、それが全てであるといっても良かった。もっとも、ウィードの立場からしてみれば、ルークの理由にさほど意味はない。了承してくれた、という事実だけが、何よりも重要だった。
「交渉成立だ。俺は俺の目的の為に。お前はお前の倫理の為に。手を組もう」
「よし、じゃあ、さっそく動こう。こちらはたいした準備は要らない。すでに万端、整えてあるからな」
 そうしてウィードは腰を浮かせた。テーブルの料理は、いつのまにか全て片付けられている。
 健啖ぶりに感心しているうちに、彼は勘定を済ませてルークを外に招く。強引だったが、彼もすでに腹は適度に満ちていたので、特に不満はない。
「しかし、いきなりだな」
「何の為に、今こんな物騒な話しをしてると思う? ――いくら領主がずぼらだからって、時間を置けば感付かれるかもしれない。だから、今すぐにでも決行する必要があるのさ。本当は、わかってんだろ?」
 真理であった。納得すると、ルークはウィードの薦めに従い、変装用の衣装に着替える。
 下級役人の制服を二人は着込んで、領主の館へと向かった。やけに用意がいいと、不審に思わぬでもなかったが――。

――信用すると、決めたなら。最後まで貫き通してやるさ。

 過去の自分とは決別するつもりで、あえてその疑念を打ち払った。
 己の意識を変えて行動できねば、あの海賊団に入ることはできない。仮に入団したとて、すぐに齟齬をきたすだろう。なら……今日、この時点で、他者を信頼すること。判断をゆだねる事を、覚えなくてはならない。
 ルークは、道中、不安と疑いを打ち払いながら、ウィードに付いていった。それが、目的への近道だと信じて。




 結果だけを見るならば、ルークの決断は正しかったといってよい。
「随分とあっさり、潜り込めたな」
「入り口にいた連中とは、事前に話を付けておいたんでね。……だが、それも詰め所までだ」
 一応、彼らはこの場の警備兵に変装し、館の内部にまで侵入できている。
 このまま領主の私室に向かえば、事は成りそうなものだが……?
「なぜ、そこまでなんだ?」
「この制服は、詰め所に置いておく。着替えは適当に用意してあるから、あそこからはそれを着て、進まなきゃならない」
「わざわざ、擬装の利点を捨てるのか? ますます、訳がわからん」
 ルークには、理解しがたい。効率を優先するなら、このまま警備兵を模したまま、いける所まで突っ切った方が簡単ではないかと思う。
 しかし、ルークにはルークの思案があるように、ウィードにも彼なりの都合というものが、あるのだった。
「ここの連中に、累を及ぼすわけにはいかない。侵入者が制服を着ていた、となれば。どうしたって、協力してくれた奴らに疑いが向く。……あくまでも、たちの悪い盗賊の仕業に見せかける必要があるのさ、これは」
 下級役人とは言えど、その制服は容易く手に入る物ではない。仕立ててもらうにも、身分証明が必要になるほどだ。
 その場で奪われた……としても。それならそれで、管理責任が追加で追及される。侵入を許し、財宝を奪われた時点で、ある程度の罰則は免れないであろうが――この上さらに、過失の上塗りをさせてやることもない。
「実際に意味があるかどうかはさておき、こちらも気遣いをしている、ってことをわかりやすく見せてやらないとな。形だけでも、それができない奴は誰からの協力も得られない。……そういうもんさ」
「なるほど、勉強になる」
 ルークは、ずっと一人で仕事をしていた。本当のところはさておき、認識としては、自分一人だけが、頼むべき存在であった。
 だから、これから集団に所属し、多くの人と共に行動することになった場合……こうしたウィードの要領のよさは、見習うべきものであるはずだった。
「それに、オレが取り込んでいるのは、外側にいる連中だけだ。領主の傍仕えは、親の代からこの家の世話になっている。――平たく言うと、見つかったらただじゃすまない。服装で誤魔化しても、誰何されたらそこまでさ。だから最悪の場合、覚悟を決めた方がいいだろうな」
「個人ではなく、家に忠誠を誓う奴ら、か。領主って奴は……貴族は、そんなところでも優遇されているんだな」
 適当にぼやいているうちに、もう詰め所まで来てしまった。
 促されるままに、そこで着替え、制服を置く。人がいなかったことは、果たして僥倖と思ってよいものか。ウィードが人知れず、手を回していたのかもしれない。
「奥の警備は、外とは違う。領主の周辺に関しては、この場の見回り表にも表記されていないんでね。……『奥』と『外』で、独立している感じだな。前にうっかり、私室の近くで捕まりそうになったことがある。その時は、なんとかやりすごせたが……想像以上に、厳しい警備体制だと思ったもんだぜ」
 こことはまた別の詰め所が、領主の部屋付近に配置されているらしい。そこさえ抜ければ、財宝は目の前だ。

――難関が、一つしか残っていない。そう思えば、まだ楽だな。

 銃も、ナイフも、持ち込んで服の中に隠してある。『殺さず』を守るなら、威嚇目的にしか使えない。それも下手に用いれば、より多くの敵を呼び寄せることになってしまう。
 ここでも、自分は変わらねばならないのだと、ルークは改めて認識する。以前までなら、躊躇わずに敵の首を掻っ切り、脳天を打ち抜いたであろう。
 だが、ギャリックの信条に惹かれた今の自分に、そんな行為は許されない。なんとか穏便に、事を済ませる必要があった。――たとえ、敵と遭遇したとしても。
「なあ、ウィード」
「なんだ?」
 ルークは、不安を打ち消すように微笑むと、ウィードに向かってこう言った。
「覚悟を決めろ……とお前は言ったが。別に、連中を蹴散らしてしまっても構わんのだろう? ……最悪、な」
 ルークにとって、穏便に済ませる、ということは、敵に騒がせないほどの大打撃を与えること。あるいは、露見してしまうと困るように仕向けることを意味する。
 極端な話、警備を全滅させ、領主も辱めて、財宝を奪い去ってしまえば――彼らは国家に訴えでようなどとは思うまい。それでは、恥を自ら宣伝しにいくようなものである。
 ましてや、無断で私物化した財宝が、元凶であったとするなら――。調査によっては、領主の方が痛い腹を探られる結果となる。後ろ暗いことに手を染めている以上、大失態を犯しても他者の助けを求めることはできない。
「最悪、な。面白そうだが、誰にも見つからずに財宝を奪取するのが最善。それを忘れんなよ?」
「もちろん。もしも、の場合さ」
 あえて、失敗した時のことなどは口に出さない。精一杯の強がりなのか、強い自負心と取るべきか。
 それは、全ての結果が出るまでは、判断できぬことであろう――。



 まず、ウィードが先に見つかった。そしてなし崩し的にルークも巻き込まれ……結局、否応なしに片っ端から黙らせていくほかなかった。
「ご苦労だった。もう帰っていいぞ」
「いくらなんでも冷たくないか? それ」
 顔を引きつらせながらも、ウィードは言った。確かに、己に非があることは認めるが――もっと言い方があるだろうと、暗に非難しているようである。
「なんと言うか、な。非礼を承知で言うが、足手まといだ。違和感が際立っていると言うか……そうだな。まるで、わざと発見されているんじゃないかと疑いたくなるくらいに、嫌なタイミングで気取られてしまう。それが続くようなら、こっちも困るんだ。――これまでは無難に黙らせてこられたが、次はどうなるかわからない」
 叫ばれる前に、敵に打撃を打ち込み、黙らせ、巡回している仲間に見つからぬよう隠す。
 この手の綱渡り的な行為を、ルークは好まない。今は物陰に隠れながら、小声で話しているが……それでも、いつ誰と出くわすかと、常に警戒をしている。
「さっきの男、危うく殺すところだった。……体に染み付いた動作を途中で止めるのは、難しいんだぞ?」
 だから、手を煩わせてくれるなと、ルークは言った。大騒ぎになったらなったで、それを利用することもきちんと考えてはいたが……。最初からやるつもりで行うのと、なし崩し的に選ぶのとでは、状況の設定が異なる。
 これをウィードも理解したのか、流石に観念し、彼の言葉を汲み取ろうとする。
「了解。これからは慎重に、動くとするよ。……悪かった、本当に」
「わかれば、いい。行くぞ」
 ルークは、とりあえず納得した。せめて、邪魔にはなってくれるなと願う。慎重になってくれさえすれば、補助も容易くなるだろう。そう、思って。
 ……だが、この一時の安心が、彼に気の緩みを引き起こさせる。
「え?」
「あ――」
 物陰から出た瞬間、彼はちょうど目の前に来た見張りの兵と、鉢合わせをする。
 先に事態を認識したのは、相手の方だった。
「ぞ、賊――」
 叫びが館に響く、その直前に。ルークは、相手の声帯を潰しにかかる。
 一足で踏み込み、喉に手刀を入れ、次に喉を押さえて体ごと壁に打ち付けた。勢いのまま叩きつければ、当然後頭部も打ち付けられる。……見張りは、そこで気絶した。手を離すと、ずるずると腰を落とし、倒れる。

――まずい。今一瞬、ナイフに手が伸びかけた。

 僅かなりとも、見張りが声を出せたのは、この時間差があったからである。ギャリック船長の、『殺しは許さない』という言葉を覚えていなければ、どうなっていたことか。
「ふん、驚かせてくれる」
 冷や汗を隠すように、悪態をつく。
 だが一思案してみれば、ここで生かすよりは、殺す方が安心できるのではないかと、そうも思えてきた。
 一応、これまでのところは、こうして出会い頭に一撃を加え、意識を落とす程度に留めている。……最初の方に倒した連中は、領主の部屋にたどり付く前に、目が覚めてしまうのでは?
 気絶している時間には、当然個人差がある。絶対は、ない。殺しでもしない限り、人は目覚めるのだ。

――どうする? 今からでも、方針を切り替えるか?

 場合によっては、殺しに戻ってもいい。むしろ、そうしなければ安心は得られない。万全を期すならば、やはり殺しておいた方が良い――が。
「どうした?」
「いや、埒もない事を考えていた。こいつをそこら辺に押し込んで、隠すぞ。手伝ってくれ」
 頭をよぎったのは、やはり海賊団の信条だった。

 殺さない。
 堅気から奪わない。

 自分は、これに惚れたのではなかったか。ならば、従うべきだ。
 その概念に、身を染める。自分に必要なのは、それだけなのだと、ルークは信じていた。



 ルークは殺さないことを改めて誓い、それを守って動いた。
 盗賊行為すら厭わなかった彼が、急激に態度を変える。その悪影響で、一つで済むはずだった失敗が、度重なるようになってしまうのも……心境の変化が原因、といえば言いすぎであろうか。少なくとも、彼は真っ当な海賊になるために、努力はしていたのだから。
「ああ……ったく、なんてこった」
 殺しを選ばないがゆえに、危機に陥る。覚悟を決めたこととはいえ、いざその時を迎えてみると、もう少しやりようはあったのではないかと、悩みたくなる。
 まず、懸念していた通り、気絶していた者が目を覚ました。そして仲間を呼び集めて、警戒を厳重にしている。……逃げ出した形跡がないことから、いまだ内部にいると辺りをつけているはずだ。
 そして、侵入者が狙うものといえば、この屋敷には二つしかない。領主の命か、財宝か。どちらも一箇所にまとめて置かれているのだから、防備は容易い。
「こんなことになるくらいなら、殺しておけばよかったのに」
「……む」
「なーんて、な。冗談だよ。それとも、ちょっとはそんな風に、後悔してんのか?」
 ウィードの無神経さが気に障るが、こうして明確に厳しいところを付いてくる辺りに、彼の怪しさを感じてしまう。
「ひどい冗談だ。殺さない為の努力は、いくらか見せてきただろうに。後悔するくらいなら、反省するさ。――迷わなければ、もっと鮮やかにできたのに、ってな」
 ウィードにしてみれば、こちらが『殺し』を縛っていようがいまいが、さほど問題はないはずである。この街で会ったばかりの彼には、ルークの事情を知る術はないのだから。
 なのに、こうしてわざわざ挑発するような言葉を投げかけてくる。この言葉の裏に、どのような意図が隠されているのか。……余計なことに気を舞わず余裕など、ないはずなのに。つい、そんなことまで思考に入れようとしてしまう。腑に落ちないことを全て結論付けたがる、悪い癖がルークにはあるのだった。

――集中だ、集中しろ。とにもかくにも、この場を突破しなければならないのだから。

 改めて、現状を認識する。領主の私室は、ここからそう遠くない位置にある。問題は、警備だった。
 守るものが明確であるからこその、極端な防備。遠目から見ても、私室周辺は人数がひどいことになっている。数が多ければ、隙を突くのも難しい。質の悪さを補強するように、明らかに過剰なまでの見張りが、そこには常駐していた。
 これを切り抜けるには、どうしても乱暴な手段を取らざるを得ないだろう。とすれば、きっと乱戦になる。乱戦になれば、何が起こるかわからない。うっかり人死にを出してしまうことも、ありえなくはない。
「助けが、いるかな?」
「お前は無理しなくていい。後ろで見ていろ。……分の悪い賭けに、そこまで付き合う必要はないぞ?」
 ウィードが手を貸してくれたところで、事態の解決にはならない。これまで付いてくるだけで、さほど役には立ってくれなかった……というか、むしろ手を焼かせてくれた相手である。
 この場で、決定的な解決策を提案してくれるとは、思わなかった――のだが。
「いや、そろそろだな、と思って」
「……何?」
「あんたは、充分に態度を示してくれた。ちょいと怪しいところもあったが、まあまあ、及第点としておこう」
「何を、言っている」
「あ、それとな? オレの名前、本当はウィードじゃなくて、『ウィズ』って言うんだ。覚えておいてくれよ」
 何が言いたいのか――と、彼に詰め寄ろうとした、その瞬間。ルークの記憶が蘇る。

――ウィズ? どこかで聞いたような……あ。

 ルークが完全に思い出したのと、屋敷に爆音が響いたのは、ほぼ同時であった。
「ギャリック海賊団、キャプテン・ギャリック! ここに参上――ってな!」
 外壁を派手に打ち壊して、その男は現われた。粉塵が舞う中、私室周辺の警備兵をなぎ倒し、叩き伏せ……ついには、一掃してしまった。その動きを見れば、手早さもさることながら、まったく無駄のない動きと迷いのない打撃。豪快な戦い方に、思わず感心してしまう。
 もちろんルークもウィズも手伝ったが、大部分は彼が担当した。……仲間がいても、まず自らが率先した荒事に取り組む。それが、ギャリックという男なのだろう。
 
――信条がそのまま、戦いになっている。

 言葉の意味合いとしては、やや不明瞭だ。だが、この認識が間違っているとも、思えない。
 ギャリックは、まさにギャリックであった。理屈ぬきで、人を圧倒するその迫力。これは、いくら言葉を尽くしても説明できまい。
「ギャリック船長……?」
 ただ、彼を目にした者は、ギャリックがギャリックであることを、知るのみである。ルークは驚愕の表情を浮かべたまま、その顔を凝視した。
「おう、ルーク。早い再会になったが、どうだ? びっくりしたか?」
「……ええ、それは、もう」
 ルークは、正直に肯定した。呆れていた、といっても良い。
「で、お二人は最初から共謀していたってことですか」
「あー。……まあ、そうだな」
 言いにくそうに、ギャリックは答えた。こうした裏側の事情を説明するにも、いくらかの後ろめたさを感じるらしい。
 そこで、ウィズがフォローを入れる。
「オレが船長に逐一報告を入れてたのは確かさ。最初に声を掛けたときも、お前さんをこの場に誘導する為……っていう意味合いが大きかった。けどな、気分を悪くするんじゃないぜ? これは一応、オレ達なりの気遣いなんだから」
「つまり、試験が試験としての範囲に収まるよう、調整していたわけだ。……ご苦労なことで」
 お膳立ては、整えてくれていたわけだ。不愉快とは言わないが、そこまでして自分のなにが見たかったのか。疑問に思うところではある。
「ともかく、さっさと財宝を確保しよう。この騒ぎだ。領主殿も、すでに目が覚めているはず」
「おう。持ち逃げされる前に、とッ捕まえるとしようか」
 ルークは、今優先すべき事を、間違えなかった。ギャリックらがなにを考えているのか。知りたくはあったが、まずは試験に合格するのが、先決だと思えたのだ。



 領主は、まだ眠っていた。屋敷に入り込んだ時点で、夜は更けている。それから結構な時間がたってはいるが、夜明けを見るにはもうしばらく待たねばなるまい。
 だから、健全な生活習慣を送っていれば、眠り込んでいて当然といえる。……盗人が大立ち回りを演じていなければ、そうも表現できたのだが。
「お、あったあった。……ルーク。こいつが問題の財宝だぜ?」
 ウィズはそんな領主の醜態をものともせず、部屋に安置してあった宝玉を発見。これをルークに確認させた。
 彼もまた、あえて領主には触れなかった。叩き起こして懲らしめるのも、それはそれで楽しかろうが――ギャリックはおそらく、容認するまい。男気に溢れた人間を前にして、拷問だの脅迫だのを実演して見せるほど、ルークは悪趣味でもなかった。
「ほう、これが……ッ!」
「逸品だろ? ほのかな光が、また素晴らしくていい。……この街が誇る、最高の財宝さ」
 ウィズの言葉に、ルークは何も返せなかった。見惚れていたのである。

――聞きしに勝る。陳腐だが、ほかにどんな表現があるだろう?

 宝玉は、台座の上に、無造作に置かれているだけだった。絹の敷物に、立てかける為の台。ガラスケースの中に入れられたそれは、夜の闇の中でも発光し、その存在感を示している。
 鉱物の輝きとは、まったく異色の光。他所の光を反射するのではなく、自ら作り出し、周囲を照らしている。宝玉の表面は、滑らかな緑色。翡翠と比べれば、確実に見劣りする配色であるはずなのに――神秘性さえ、感じられた。

――いや、これで、いい。これが、いいんだ。

 美しすぎては、光の輝きがうるさくなる。微妙に調節された陰りが、光の具合を押さえ込み……結果として、素朴さが生まれ、装飾との調和を作り出す。
 磨きすぎていれば、成金趣味の徒が好むような、ビカビカした趣味の悪い出来になったであろう。職人芸とは、このことかと、ルークは素直に感嘆した。感嘆するあまり、声を掛けられるまで見入っていた。
「おーい」
「む。……なんだ、ウィズ」
「やっと本名で呼んでくれたな。――で、見るだけでいいのか? 試験はまだ途中だろ?」
 ようやく、ルークは本来の目的を思い出した。
 ギャリック海賊団に入るには、この宝玉を領主から奪わねばならない。ここまで来れば、たやすいことだった。
 慎重にガラスケースを取り外し、宝玉を敷物で包む。その上で、持参した袋の中に入れた。……傷一つ、つけてはいけない。その意識ゆえに、多少時間を食いはしたが、特に問題なくそれは手の内に収まった。さて、後はこれを持ち帰ればいい……と思ったところで、彼は気付いた。

――まてよ? ……これは、堅気から奪うことになるのか?

 しばしその場にたたずんで、ルークは思考する。領主はいまだに目覚める気配は無く、新たな警備兵が駆け寄ってくる様子もない。今しばらくの間だけなら、考える時間はあるようだ。
「どうした?」
「……ちょっと待ってくれ。考えてるんだ」
 ウィズの呼びかけにも、おざなりに答えた。早々に立ち去るのが賢い選択とわきまえてはいたが、やはり何かが頭に引っ掛かっている。容易に動けば、失格の危険があることに、ルークはここで思い至ったのである。

――領主から奪うだけなら、信条には反しない。貴族は堅気とは、呼べないからだ……が。

 元々、この財宝は街の物である。奪った領主から奪い返す。それは、いい。
 だがそれなら、元の持ち主はどうなるのか。結局、奪われたままであることに、変わりはない。ウィズがウィードと名乗っていた時は、それでも良いと言っていたが……これが引っ掛けであれば、どうだろう。あのときのウィズは、ギャリック海賊団とは関係のない存在を演じていた。
 演じていたからこそ、無責任な言葉も吐ける。そう考えれば、あれは非常に悪辣な罠ではないかと、余計な疑いも沸いた。

――落ち着け。……落ち着けよ。重要なのは、信条を守れるかどうか、だ。過去をあれこれと掘り返して責めたところで、益はない。

 ルークは、さらに深く思考した。必要な事項は【堅気から奪わない】ことと、【殺さない】こと。
 これを守りきった上で、財宝の奪取を成功させる。それが、試験である。ならば、今の自分が行うべき、もっとも的確な行動は――。
「ギャリック団長」
「ん? なんだ」
「こいつを今から持ち出すわけだが……それは俺たちの信条に反しないか?」
 思ったより滑らかに、団長と言うことができた。それに多少の驚きを感じつつも、ルークは問う。相手の本心を探る為に。
「……答えは、後だな。そろそろ外が騒がしくなってくる頃だ。朝日を拝む前に、ここから抜けるのが最善。――だろ?」
 ギャリックはそう答えると、二人を促して、部屋から出た。
 その日の明け方――領主が、なくなった財宝と、めちゃくちゃに成った我が家。そこかしこに転がる警備兵どもの醜態を見て、絶叫の末に気絶したのだが、もはや彼らにとってはどうでも良いことであった。



 三人は、財宝を持って、博物館に来ていた。誘導したのは、ウィズである。ルークがそれを望んだとき、彼は速やかに答えてくれた。
 ギャリックも、笑って受け入れた。まるで、仲間が出来た事を喜ぶように。
「本当に、いいんだな?」
 ウィズが、笑いながら言う。わかっているくせに、とルークは思いながら返答した。
「くどい。……というか、人が悪い。この展開を望んでいたのは、他でもない。あんたらだろう?」
 ギャリックは答えた。『疑問に思えるなら、まず合格だ。なら、どうすればいいか……後はわかるな?』と。
 その言葉に従い、ルークは元の持ち主に、財宝を返還しようとしている。ウィズが改めてその意思を問うたが、この時点で変心など笑い話にもならぬ。

――これから俺は、首尾一貫とした信条を持たねばならない。

 それこそまさに、ギャリック海賊団の信条である。基準が決まり、これを心根に据える覚悟が出来たなら、どこまでも一途に守らねばならぬ。ルークは、そういう誠実さを持った男でもあった。
「しかし、あるべき場所に戻しても、また領主が奪いに来たらどうする?」
「ああ、それか。そちらは問題ない。あいつを失脚させる手はずは、整えてあるからな」
 ウィズの説明では、あの騒ぎの中、別の仲間が領主の悪事を掘り返し、証拠を強奪していたらしい。
 手回しが良いというか、悪辣というか。これを元に、現領主の地位を剥奪。後釜については、こちらの息のかかった、『善良な』貴族を用意してあるとのこと。

――底が知れんな。……いや、むしろこれは、疑いが確信に変わった、というべきか?

 ギャリックの素性について、ルークはこのとき、かなり真実に近いところまで推測できていた。こちらに都合の良い貴族を、わざわざ一地方の為に消費する。
 その行動の裏にあるのは、彼が貴族社会に通じているという事実。あるいは、海賊団を支援する団体の存在。……それを作り出したのは、きっとギャリック船長自身――?
「まさか。まさか……な」
 考えすぎだと、ルークは自らの結論を否定した。きっと、何かの偶然なのだろう。そうに違いない。海賊団というか、この街の為に一肌脱いでやろう、と。そんな風に思った酔狂な貴族がいたに違いない。

――さっさと要件を済ませてしまおう。せっかく取り戻したお宝だ。きっちり管理してくれよ?

 そうして、彼らは財宝の宝玉を、博物館へ寄贈した。
 ルークが財宝を諦めたのも、他人への考察を打ち切ったのも、初めてのことだった。
 この世には、わけがわからないままでも、信じることの出来る偶像がある。それを彼が実感したのも、生まれて初めての出来事であった。




 そして今、ルークは海賊船の中にいる。試験は合格、ギャリック海賊団に相応しいと、認められたのだった。
「古文書の解読は進んでるか?」
「いま、その最中だ。申し訳ないが、もう少しだけ待ってくれ」
 ルークは、与えられた部屋で、古文書の解読にいそしんでいた。ギャリックが訪ねてきてくれたことに喜びつつも、彼は自らの仕事を忘れない。
 期待されている。それは、わかる。だが、舞い上がったりはしない。
 ルークはある意味、慢心からは遠い存在であるといえた。長い不遇の人生が、彼から自惚れという感情を剥ぎ取ったのだ。だからこそ、何事も素直に答えることが出来る。
「ウィズ。そっちの具合は? 少しは頭に入ったか?」
「……勘弁してくれ。文法どころか、単語を覚えるだけで精一杯なんだぜ? ああ、くそ。なんでオレがこんな面倒を」
 部屋に片隅に目を向ければ、そこにはウィズがいた。
 神聖文字に、大陸語、古代公用語、古代共通語など、さまざまな言語大系を学ばされているらしく、分厚い辞書と参考書の山に埋もれていた。
「解読に興味があるっていっただろう? で、手伝いたいっていうから教えているんじゃないか」
「……いや、言ったよ? 確かに言ったけど、ここまで徹底することはないだろ? ……覚えるまで机に縛り付けるとか、ありえないって」
 それに類する事を、ウィズは口にした。
 元々、知識欲はあったのだ。まともな教育を受けられなかった身として、ウィズはルークの知識量に一目おいている。だから、彼がその知識を教授してくれるのなら、喜んで受けたく思ったのだが――。
 始まってみれば、あまりの量と教え方の厳しさに、身が縮んだ。ギャリックがウィズを通常の業務から外して、ルークに任せたのも問題だった。船長なりの好意だったのだろうが、いまはそれがひどい命令であったように思う。
「そんなに無茶な教え方をしてたのか?」
「無理な注文はしていない。――ふん。やっぱり、それなりに出来ているじゃないか。こちらの課題は、ちゃんと解けているんだ。もう半月もすれば、とりあえず一端の学者くらいとなら、話ができるようになるだろう」
 ギャリックの質問に、ルークは正直に答えた。彼は、自身がかなりの勉強家、それでいて他者との付き合いが少ない環境で育っている。よって、他人にも自分と同じだけの努力を求め、同じように結果を出せると信じてしまう。また、彼は彼なりにウィズを高く評価していたから、当然のように出来るだろうと思い込んでいた。
「謙遜するな。ウィズなら出来る」
「……ちくしょう。だからって、船室でいつまでも篭ってられるか」
 彼はこれで褒めているつもりらしいが、ウィズとしては半月も机にしがみ付きたくはない。
 だから不満も言うし、悪態もつく。それが致命的な結果を招くと、想像もせずに。
「団長から許可はもらってるぞ。俺としても、解読とお前の監督をこなしている間、航海士の仕事を誰かに変わってもらうのは心苦しいが……」
「航海士としては、三流もいいとこな癖に」
「ほう、言ったな?」
 ルークの弱みというべき点に、ウィズは痛烈な批判をくれた。彼は現実から目をそらすほど馬鹿ではないが、弱点を付かれてそのままにするほどお人よしでもない。
 ルークが航海士として未熟なら、ウィズは解読に関してはまだ素人。ならば、その素人を鍛え上げる為に、さらなる努力をしなくてはならない。彼は、そう考えるに至った。
「よし、いい度胸だ。今夜は付きっ切りで、言語を頭に叩き込んでやろう。それから古代の文化、通俗まで教えてやる。当時の俗語は、これらの知識がないと読み解けない部分も多いからな? 文字を覚えてそれでお仕舞い、とはいかない。……覚悟しろよ?」
 事実上の死刑宣告。ウィズには、そう聞こえた。思わず助けを求めるように、ギャリックに視線を向けるが――。
「……取り込み中だったみたいだな。後で、また顔を出しに来るわ」
「団長! 助け――」
「頑張れ。期待してるぜ」
 救援の手段は、断たれた。そして目の前に立ちふさがるのは、あらゆる意味で恐ろしい教師。
「そう嘆くな。俺とて連日連夜、古文書に向かい合ったりするのは厳しい。人に物を教えるとなれば、なおさらだ」
「それなら――」
「けど、これは俺が一番、目に見える形で成果をあげられる分野だからな。……ウィズの勉強を見ているのも、その一環だ。ギャリック団長は、それをわかっているから、ああ言ったのさ。――ありがたい、ことだよ」
 いくらつくろった所で、ルークは新参者。海賊団に溶け込むには時間が必要である。
 といって、色々な意味で濃い団員たちと、時間をかけてなじむには相当の苦労が要る。だからギャリックは、顔見知りで、団員の中でも一番癖のないウィズを、ルークに当てたのだ。
 互いに一対一で、同じ仕事に従事していれば、親近感も沸く。後はそのウィズを通じて、人間関係になれて行けばいい。……そのように計算しているだろうと、ルークは予想している。
「曲がりなりにも、人の上に立っている方だからな。それくらいの計算は、無意識にやってのけるんだろう」
「……なるほどねぇ。色々考えてるんだな」
「ウィズもな。――俺の仕事を手伝おうなんて、その手の気遣いがなければ、最初から言い出しはしない」
「なんだ、ばれてたのか」
「あからさま過ぎるんでな。……後で、他の連中に俺の人柄を話して回るといい。苦労話を聞かせてもいいぞ。知り合いの愉快な不幸ほど、興味をそそられるものは、そうないからな」
 そして、ルークは、笑った。
 ウィズも、つられて微笑んだ。

――仲良くやっていけそうだな、お互いに。

 抱いた感想さえ、同じであった。
 彼らはこうして仲間となり、信頼の絆を結ぶ。こうして、ギャリック海賊団はまた一つ、大きな強みを得て、財宝への道のりを、ひた走るのであった――。







 後日、ウィズがルークの元から逃げ出して、他の団員にかくまってもらったことは、言うまでもない。
 これがきっかけで、ルークも団員との交流が出来、お互いに仲間の悪口を冗談めかしながら語ることで、より絆を深めていくのだが……それはまた、別の物語になる。

クリエイターコメント このたびは、リクエストを頂き、まことにありがとうございます。
 設定や、内容などで問題があるようでしたら、お気軽にご相談ください。なるべく早く、対応させていただきます。
公開日時2009-02-10(火) 18:40
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