★ ハロウィンの贈り物 ★
クリエイター桐原 千尋(wcnu9722)
管理番号645-5030 オファー日2008-10-18(土) 23:53
オファーPC レイド(cafu8089) ムービースター 男 35歳 悪魔
ゲストPC1 ルシファ(cuhh9000) ムービースター 女 16歳 天使
ゲストPC2 神撫手 早雪(crcd9021) ムービースター 男 18歳 魂を喰らうもの
ゲストPC3 香玖耶・アリシエート(cndp1220) ムービースター 女 25歳 トラブル・バスター
ゲストPC4 ユウレン(cxba6072) ムービースター 女 26歳 海賊
<ノベル>


 黒とオレンジで飾られた街中をルシファは顔を忙しなく左右に動かしながら歩いていた。ルシファの頭上には黒い大型犬の姿をしたヴェルガンダがいつ転ぶか、誰かにぶつかるかと冷や冷やしながらルシファを監視していた。何時も一緒にいるはずのレイドの姿はない。今日はルシファが友人と会うというのでレイドは同行しなかったが、心配性を遙か遠くに凌ぐ過保護レイドは自分の相棒、ヴェルガンダをお目付役として尾行するように言ったのだ。
 こういう時のレイドの感は恐ろしいほど当たる。ルシファは朝早くから出かけ確かに友人と会った。だが、昼を廻る前には別れていたのだ。一緒にいた友人に急用が出来たらしく、遠くから見ているヴェルガンダにもルシファに頭を下げているのがはっきりとみえた。
 途中までの道順からいけば、ルシファは真っ直ぐ帰宅するつもりだったのだろう。レイドに注意されたように大きな通りを選んで歩き、きちんと家までの道を歩いていた。
 いつもと違ったのは街中の方だ。
 毎月、場所によっては毎週変わるショウウィンドウをルシファは眺めているのが好きだ。ガラスの向こうに飾られた綺麗な洋服や可愛らしい小物、色違いで並べられる鞄や帽子を眺めては長い時間を過ごしていた。以前レイドが欲しいのか、と聞いたときには見てるのが楽しい、と言ったという。レイドとヴェルガンダには到底理解できないことだろうが、女の子は可愛い物や綺麗な物を眺めているだけで幸せになれる時がある。
 その街中の飾りがどこもかしこもそっくりなのだ。黒い布を垂らしカボチャを並べ、白いもやのような物体と黒い蝙蝠らしい影、火のついていない蝋燭が並べられている。そしてどの店も同じ看板を並べているのだ。

 Happy Halloween !!

 Trick or Treat !!

 残念ながらヴェルガンダには何と書いてあるのか読めていないが、かろうじて同じ事を書いている看板だという事はわかった。これもマツリやウンドウカイと同じ催し物なのだろうか、と目にいたい配色を遠くから見下ろしルシファを見失わないようにしていた。


 何件も覗き込んだところでルシファはガラス越しではなく、目の前に飾られているカボチャを見つけた。足早に駆け寄り、膝を曲げて見ていると店の人が珍しいかい、と声を掛けてきた。ルシファが顔を上げるとビニールひもで括られた雑誌を両手に一つずつ持った男性が立っていた。お店は本屋さんだったらしい。
「あ、はい。これってなんですか?」
「あぁ、ムービースターだと知らない人もいるのか。今日はハロウィンだよ」
「はろうぃん?」
 ルシファが頭にはてなを沢山だしているのが目に見えてわかる仕草をすると、店員は笑いながら本を置いた。
「俺も詳しいことは知らないんだけどな。まぁ、お祭りみたいなもんだよ。子供達がお化けや魔女の仮装をしてTrickor Treat!! って言うんだ。お菓子をくれないと悪戯しちゃうぞって意味で、それを言われた大人はお菓子をあげるっていうヤツ」
「へぇ〜〜! 楽しそう!」
「ははは、あんまりメジャーな祭りじゃないけどなんでかこうやって飾っちゃうんだよな。あぁそうだ。そこに飾ってある絵本が確か、ハロウィンができた理由を書いた絵本だったよ。少しなら読めるようになってるから、良かったら読んでいきな」
 ルシファがありがとう、とお礼を言うと店員は店の中に戻っていった。
 一冊、また一冊と楽しそうに絵本を手にとっているルシファを遠くから見ていたヴェルガンダはここにレイドが居なくて良かった、と心底思ったという。
 ディスプレイされている机の奥に一冊だけ、大きく分厚い絵本がひっそりと置かれているのを見つけたルシファはその絵本を手に取った。薄く輝く真っ白い絵本は中心に金色の豪華な枠があり、枠の中には五人の人物が描かれてた。ルシファは絵本を落とさないよう両手でしっかりと抱えて表紙を捲る。まだ文字を読むのが苦手なルシファだが、殆どが大きなひらがなでかかれており、漢字にもすれば読み仮名がついていた。少しだけ読むつもりだったルシファは次第に絵本の世界に入り込んでいた。


☆☆☆


 昔々あるところに ひとりぼっちの吸血鬼がいました。
 吸血鬼はいつも街を見つめてこうつぶやきます
「友達がほしいな」
 友達が欲しいという吸血鬼に、ほかの仲間達はこう言います。
「へんなやつだ」
「ばかじゃないか」
 そのせいで吸血鬼はいつもひとりぼっちでしたが、毎晩毎晩、吸血鬼は街に行って人を捜すのをやめません。
 吸血鬼は夜しか街に行けません。太陽の光は吸血鬼には眩しすぎるのです。
 彼は今日も真っ暗な道を歩いている人に声をかけます。
「こんばんは、綺麗な月夜ですね」
 街の人達は吸血鬼を見るとびっくりして逃げ出してしまいます。
 吸血鬼はがっかりと肩を落として溜息をつきます。
「今日もだめだった」
 それでも、吸血鬼は友達が欲しかったのです。


 ある日の事です。
 吸血鬼はその日も友達ができなくてとぼとぼと森の中を歩いていました。
 突然、大きな音が聞こえました。とてもとてもおおきな音です。
「なんの音だろう、誰かいるのかな」
 大きな音の正体よりも、吸血鬼は人がいるのだろうかという事が気になりました。
 うまくいけば、お話できるかもしれないのです。
 大きな音がした方向に吸血鬼が歩いていくと、そこには悪魔が倒れていました。
 吸血鬼は自分以外に街の近くに来ている仲間がいたことにたいへん驚きました。
「どうしたの! 大丈夫かい!?」
 吸血鬼は慌てて駆け寄ると、悪魔を森の奥に移動させました。
 吸血鬼と一緒で悪魔も太陽の光は苦手です。滅多に出会わない筈の悪魔に、吸血鬼は優しく問いかけます。
「どうしてこんな所にいたんだい?」
 悪魔は寂しそうにいいます。友達が欲しくて街に行ってみたら、大勢の人に追いかけられ撃たれた、と。
 吸血鬼はびっくりしました。自分以外にも友達が欲しいという仲間に初めて会ったからです。
 吸血鬼が自分も友達が欲しかったと伝えると、悪魔は大喜びしました。
 二人は直ぐに仲良くなりました。沢山の夜を二人で過ごしました。
 幾つもの山を越えて海を見に行きました。幾つもの湖を巡り鳥と一緒に飛びました。
 ある時吸血鬼が悪魔に言いました。
「ねぇ、僕とキミだけの、合い言葉を決めようよ」
「いいね! 何だかすごく嬉しい気持ちだよ」
 二人は沢山悩み、お互いが好きな物を合い言葉にする事にしました。
「離ればなれになっても、何処にいても姿が変わっても」
「ボクたちはずぅっと友達だね」
 そして、二人とも同じ事を思い始めます。
「もっとたくさん友達が欲しいね」
 ひとりぼっちだった頃を思うと、友達ができた今はとても楽しい毎晩です。
 だけど、もっともっと、たくさんの友達ができたら、きっともっと楽しいのです。
 二人はまた、夜の街に行き始めましたが、やっぱり街の人は逃げ出してしまいます。
「そうだ、神様にお願いしに行こう」
 神様にお願いして太陽が昇っていても出歩けるようにしてもらおう。
 そうしたら、いっぱいお話ができる。きっとたくさんの友達ができる。
 吸血鬼と悪魔は神様にお願いに行くことにしました。


 吸血鬼と悪魔のお願いに、神様はとても困りました。
 友達が欲しいから昼間も出歩きたいと言い出したのはこの二人が初めてではないからです。
 二人が産まれる前から、神様は何度も何度もこのお願いを聞いてきました。
 ですが、どの仲間達も悲しい最後を迎えてしまいました。
 神様は吸血鬼と悪魔のお願いを聞いてくれません。もう悲しい思いをしたくないのです。
 吸血鬼と悪魔は何度も頼みました。何度も何度も、7日7晩続けて頼み込みました。

☆☆☆


 次のページを捲ろうとしたルシファの手がつるりと滑る。本に夢中になっていたルシファは暫くページがめれない事に気が付かず、何度もつるつると手を泳がせていた。不思議に思い始めたルシファが手に持った本をよく見ると、本はそれ以降読めないよう透明なフィルムで包まれている。
「あれ? え? ここまでしか読めないの?」
 どうしても続きが読みたいと思ったルシファは本を机に置くとごそごそと鞄を漁り、サイフの中身を確認する。ちゃりちゃりと音をならしてルシファは何度もお金を数えるが、何回確認しても金額が増えることは無い。
「う……た、足りるかな。いくらだろう」
 元々ルシファのサイフには大した金額は入っていない。物を欲しがらない性格というのもあるが、夏からイベント目白押しだった銀幕市で海だキャンプだ祭りだ運動会だと少々お小遣いを使いすぎていた。恐る恐るルシファは金額を確認しようと本の裏側を見ると、声も出さずに硬直した。数百円から大事に使うルシファにとって、絵本の金額はとても高かった。見間違いかとゼロを一つ一つ指差し確認してしまうほど、高かった。
「え、えぇぇぇぇ、本ってこんなに高いのぉ!? ど、どうしよう、お小遣いじゃぜんぜん足りない」
 いつもなら諦めるルシファだったが、この本が余程気に入ったらしい。どうしたら買えるだろうかと頭の中でぐるぐると考えるが、良い案がまったく思いつかなかった。
 こういう時、普通なら親に借りるかお小遣いを前借りする、等の案が真っ先に浮かぶはずだが、ルシファにその考えがまったくなかったのだ。もちろん、店に取り置きして貰うという考えも無い。レイドにどうしても欲しいと言えば本くらい買ってくれるだろうが、ルシファにとって高額すぎた事と、自分で買いたいという思いが強かったのだろう。
 店の前でうんうん唸っているルシファに先程の店員が欲しい本でもあった?と声をかけると、ルシファは驚いて逃げ出してしまった。



 
 後ろ髪が引かれるように、ルシファはとぼとぼと歩いては後を振り返っていた。
 絵本の続きが気になってしょうがないのだ。
「吸血鬼さんと悪魔さん、友達できるのかなぁ……できるといいなぁ……」
 ルシファはもう一度サイフの中を見てみるが、何度見ても変わらない。どんなに頑張っても絵本の代金には遠すぎる金額に、ルシファは初めてお金が欲しいと思った。
「あ、ルシファさ〜ん! こんにちは」
 声が聞こえた方を振り返ると、長い銀色の髪をひとまとめにしたポニーテールと両耳の赤いイヤリングを揺らして駆け寄ってくる女性がいた。
「香玖耶さん! こんにちは!」
 偶然会えた知り合いにルシファはぱっと明るくなり香玖耶に抱きついた。よしよしとルシファの頭を撫でる香玖耶に何かあったのかと聞かれ、慌てて何もないと言おうとしたルシファだったが、耐えきれずしょんぼりしてしまった。ルシファはぽつりぽつりと香玖耶に相談を始めた。
「あぁ、ハロウィンって今日だったのね。少し前から飾り続けてるからてっきり今までが全部ハロウィンだと思ってたわ。それにしても……絵本って結構するのね。」
「うん。私もびっくりしちゃった」
 絵本が買えなかったのが余程ショックだったのだろう。いつも笑顔で明るいルシファがしょんぼりしている事に香玖耶は動揺した。同時に、いつも一緒にいるはずのレイドが見あたらない事も拍車をかけ、香玖耶は何とかならないかと考える。
「うーん、対策課……はレイドさんが怒るか。んー? あ」
 ぐるりと辺りを見渡していた香玖耶は一軒の店に目を留めた。先程から何人も子供を連れた母親が入るその店の前で、店員と思われる男が張り紙を張ろうとしていたのだ。香玖耶はルシファの手を取り店に向かって走り出した。
「すいませ〜ん、それってバイト募集ですよね? 私達でもできます?」
 店員が張ろうとしていた紙には超!急募と書かれていた。
 



☆☆☆



 吸血鬼と悪魔のお願いに、神様はとても困りました。
 友達が欲しいから昼間も出歩きたいと言い出したのはこの二人が初めてではないからです。
 二人が産まれる前から、神様は何度も何度もこのお願いを聞いてきました。
 ですが、どの仲間達も悲しい最後を迎えてしまいました。
 神様は吸血鬼と悪魔のお願いを聞いてくれません。もう悲しい思いをしたくないのです。
 吸血鬼と悪魔は何度も頼みました。何度も何度も、7日7晩続けて頼み込みました。
 神様は二人にこう言います。
「悲しい最後を迎えるようであれば、お前達は消えてしまうよ。それでも、友達を探しに行くのか?」
 神様の言葉に、二人は頷きました。二人が頷くと、神様は手に持っていた杖にふぅ、と息を吹きかけました。
 すると、杖の先から黒い黒い煙がもうもうとあらわれ、二人をすっぽりと包み込んでしまいました。
「いいかい、よぉくお聞き。お前達はこれから太陽の光に当たっても苦しむことはない。だがね、これは呪いなんだ。お前達に友達ができないとその呪いは解けないよ」
 吸血鬼は変身することも空を飛ぶこともできない身体になりました。
 悪魔は大きな大きな蝙蝠の身体に変わりました。
 二人はこれでたくさんの友達を創ることが出来ると大喜びです。神様は最後にこう言いました。
「呪いを解く方法は人間が知っている。お前達にちゃんと友達ができたらなら、消えることもないだろう。忘れるでないよ、吸血鬼と悪魔。お前達にかかっているのは呪いだよ」
 悲しそうに言う神様に、吸血鬼と悪魔はこう言いました。
「あぁ、神様。願いを叶えてくれてありがとうございます。必ずたくさんの友達をつくって貴方の元に戻ってきます。絶対に悲しい思いはさせません」
「必ず帰っておいで愛しい子供達。呪いに負ける前に、必ず帰るのだよ」
 空を飛べなくなった吸血鬼を背中に乗せ、悪魔は街の方に飛びたっていきました。


 街の傍にある森で二人はドキドキしながら夜明けを待ちました。
 いつもなら二人で眠りについている時間です。太陽が昇っても二人の身体は痛くなりません。
 初めて夜明けを見た二人はとてもとても喜びました。
「やった! これで友達をたくさんつくれるよ!」
 二人は初めての明るい世界を歩いて旅をすることにしました。
 光で伸びる影を見ては笑い、綺麗な花や蝶々を見ては喜びました。
 何もかもが初めて見る光景の二人はずっと笑顔です。
 森を離れた二人は一台の綺麗な馬車が止まっているのを見つけました。
 馬車の周りでオレンジ色のマントを付けた二人の騎士が腕組みをして悩んでいます。
「どうしたんですか?」
 吸血鬼が話しかけると、騎士は驚いた顔で二人を交互に見ます。
「これは驚いた。吸血鬼と大きな大きな蝙蝠が太陽の下を歩いている」
「これだけおおきな蝙蝠ならなんとかなるだろうか」
「だが吸血鬼と悪魔だぞ。隙を見せたらぱっくりと食べられてしまう」
 吸血鬼と悪魔は人間にとって天敵です。二人の騎士は話し合っています。
 今にも剣を抜きそうな騎士に吸血鬼も悪魔も困ってしまいました。このままでは街の人達と同じように吸血鬼と蝙蝠を鋭い剣で切りつけそうだったからです。
 ですが、吸血鬼も悪魔も旅に出てから初めて出会った人間です。お話をしてみたくてうずうずしています。
 どうしたものかと悩んでいると、綺麗な馬車の窓からお姫様が降りてきました。
「まぁ! 吸血鬼さんとおおきな蝙蝠さん! 私はじめてお会いしましたわ!」
「こんにちはお姫様。お姫様は僕たちが恐くないの?」
「太陽の下を歩いているなら吸血鬼さんも蝙蝠さんも悪い人ではありませんわ。そうだ、お願いがあるんですこの先の橋が壊れてしまって渡れないのです。吸血鬼さんと蝙蝠さんはどこかこの馬車が通れる道を知りませんか?」
 お姫様の問いかけに、二人は困ってしまいました。橋がある場所を一生懸命思い出しても、お姫様が乗っている馬車が通れるところが思いつかなかったのです
「こんなに大きな馬車が通れる道は知らないよ。ごめんね」
 二人の言葉にお姫様と騎士はがっかりしました。
 お姫様たちが悲しそうな顔をしているのを見た吸血鬼と悪魔も、なんだか悲しいキモチになりました。
 吸血鬼と悪魔はなんとかしてお姫様の馬車が通れないかと話し合いました。悪魔は蝙蝠の姿になってしまいましたが、空を飛ぶことはできます。吸血鬼は蝙蝠にも霧にも変身できませんし空も飛べませんが、力と頭脳はあります。
 二人で話し合った後、吸血鬼はお姫様にこう聞きました。
「馬車が向こう岸に渡れればいいんだよね」
 お姫様が頷くと吸血鬼はこういいました。
「じゃぁ簡単だ。騎士の人も馬車に乗って、しっかり捕まっていてね」
 騎士が馬車に乗ると、吸血鬼も蝙蝠の背中に乗りました。
 大きな大きなその足でお姫様の馬車を軽々と持ち上げると向こう岸まで運んであげました。
 これにはお姫様も騎士も大変驚き、向こう岸に渡れた事を喜びました。
 お姫様達が嬉しそうにしているのを見て、二人も嬉しくなりました。
 お姫様はお礼に、と二人に一つの箱をプレゼントしてくれました。
「いいよ、いらないよ!」
「僕達はただ、友達になって欲しいだけなんだ」
 吸血鬼と悪魔がそういうと、お姫様はこう言いました。
「では尚更受け取ってください。今は急いで帰らなくてはいけないのです。この箱を持っていてくだされば、 必ずまた会えます」
「じゃぁ、お姫様にだけ僕達の合い言葉を教えてあげるね」
「吸血鬼さん蝙蝠さんありがとう! きっと私の国に遊びに来てくださいね!」
 大急ぎで出発してしまったお姫様はいつまでも馬車の窓から二人に手を振ってくれました。
 お姫様の姿が見えなくなっても、二人は嬉しそうに笑っていました。
「お友達になってくれたね」
「うん。じゃぁ、お姫様の国を目指して旅を続けよう」
「それまでお姫様がくれた箱は大事に取っておこうね!」
 岸を渡った二人は近くのなすびの村に向かうことにしました。



☆☆☆



 大きな撮影スペースの中は天井から垂れた反射幕とふかふかの絨毯がひかれている。周りにあるのはもちろん、ハロウィンらしいお菓子がたくさん入った宝箱やカボチャの置物だ。写真写りが良いように中心にスポットライトが当てられ、周りは薄暗い。
 子供が一人、場合によっては数人がカメラマンの指示に従って決められた場所に座り込むと、魔女の格好をした香玖耶とルシファが子供と一緒に写真に納められていく。
 パシャパシャと眩しいフラッシュが何度も瞬く中、撮影スペースの隅で腕を組み壁に寄り掛かって立っている男女が一組。その二人に挟まれ、赤髪の男は頭を抱えしゃがみ込んでいる。そんな三人を見物するようににこにこと微笑んでたっている男は、フラッシュの明かりでうっすらと浮いているのがわかった。
「……で。この場合私はお前に文句を言えばいいのか? レイド」
「今回ばかりは俺も文句を言いたいぞアルジドノ」
「…………ゴメンナサイ」
 最初に口を開いたのはユウレンだ。彼女は未だにわけがわからないままここにいる。言葉を続けた褐色肌の男はレイドの相棒ヴェルガンダが人の形に変化している姿だ。先日動物が人になるハザードに巻きこまれたヴェルガンダは魔犬故か、ハザード以降も人に化ける事を覚えたヴェルガンダは今日、その特技を覚えた事を誰にともなく怨んだ。
「早雪くーん、お願い〜!」 
「ん。行ってくる〜」 
 香玖耶に呼ばれて早雪はふよふよとスポットライトの中に混ざりこんだ。ハロウィンの仮装に身を包んだ子供達と魔女姿のルシファと香玖耶、衣装に着替えてはいないものの、元々早雪は死神という役だ。ハロウィンの写真を撮るのにそのままでも充分だった。三人はカメラマンの指示を聞きながら子供達と楽しそうにポーズを決めている。
 唯一救いを求められそうだった早雪が傍から居なくなったレイドはもう一度謝罪の言葉を口にした。


 香玖耶とルシファが見つけたのは写真店のアルバイトだった。
 店員が言うには最近お店の中で不運な事故が相次ぎ、予約はたくさん入っている日だというのに人手が足りない状態になったらしい。トラブルバスター事なんでも屋の香玖耶は店員との交渉も慣れた物だった。写真屋にとっても、バイトとして雇えるのがムービースターであれば御の字だ。ただ、たとえムービースターであっても18歳未満であるルシファは保護者同意が必要だという事は曲げられなかった。
 話しについていけないルシファを余所に、香玖耶は仕事内容やバイト料等を細かく話し合った。ほぼ一日拘束で予約はみっちり。力仕事の他に看板兼お菓子付きのチラシ配りは写真店にある貸衣装を纏う事、多少の汚れはOKだが破いたりした場合は買い取りか給料天引きと大忙しなら、もう数人スターを集めるからもう少し上乗せを、ときっちり交渉した。
 その結果、休憩は隙を見て交代で給料は気持ち付き。お昼のお弁当有りと残ったお菓子はあげてもいいが、バイトは男女同じ人数で集める事、可能なら衣装や小道具に使えそうな物を持参でという比較的好条件となった。
 バイトをすることが決まったルシファは大喜びでレイドに電話を掛けたが家にいなかった。
「どこにいったんだろう?」
「え? いないならあの犬に聞けば?」
「ほえ? ヴェルちゃんいるの?」
 ルシファには気付かれなくとも、香玖耶に居場所がばれたヴェルガンダはのそのそと出てきた。
「じゃぁレイドは迎えに行ってくるから、もう一人男の人だね!」
 と、ルシファは写真店の前から薄野家に電話を掛けると早雪が出た。早雪以外は出かけているという事だったので、ルシファは早雪に一緒にバイトをしましょうと声をかける。
「ん。僕で良いならいいよ。じゃぁその写真屋さんにいけばいいんだね」
 とりあえず四人は集まると店主に言うとルシファはレイドを迎えに、香玖耶は仕事内容の確認と早雪を待つ為に写真店に残った。ルシファがヴェルガンダに連れて行かれたのは星砂海岸にある海賊船。ユウレンはレイドが海賊船で釣りをしていた為に巻きこまれたのだ。
 レイドもユウレンもいまいち意味が解らないまま、ルシファに引っ張られるように写真店にくると香玖耶と早雪が待っていた。バイトとしてスターを集めるなら男女同じ人数、という話しで纏まっていた為、もう一人の男性として目を付けられたのがヴェルガンダだ。
 犬の姿のままでも言葉がわかる分撮影もしやすく、人の姿にもなれる。一石二鳥という形で集まった。給金は出るものの思いっ切り巻きこまれた形のユウレンとヴェルガンダにはものすごい迷惑な話だったが、ルシファに文句を言えますか、と聞かれれば答えはNOだ。
 よって、二人の怒りの矛先は保護者兼原因という形でレイドに向けられた。レイドはレイドでルシファは自分からバイトをする気になった事を成長したんだ、と心の中で喜んでいる事も二人がいらついた原因でもある。
 ちなみに、香玖耶達が今一緒に映っているのは本番撮りではない。本番をより笑顔で取れるようにまずポラロイドで撮影するのだが、親御さんや子供達の希望により彼女たちが混ざる事になってきた。これには子供達も大喜びで本番の写真もとても良い笑顔で撮れているようだ。中には別料金を払うから一緒に撮影をお願いするお客さんまで増えてきた。が、無愛想なヴェルガンダとユウレン、ヒゲのおっさんレイドはお呼びが掛からず、力仕事も彼等にとってはあっという間に終わってしまい暇である。暇つぶしに文句を言われるレイドは堪ったものではないが、反論も出来ない状態なのも事実。パシャパシャと絶え間なくシャッターが切られる中、彼は小さくなって耐えていた。



☆☆☆



 なすびの村を目指す途中で夜になりました。
 二人が木の根本で休んでいるとクモおばさんが話しかけてきました。
「おやおや、こんなところで吸血鬼と悪魔が夜に眠るなんてどうしたんだい?具合でも悪いのかい?」
「太陽の下をずっと歩いていたら疲れちゃったんだ」
 お尻から糸を出してクモのおばさんは木の上から降りてきました。
「なんだって? 吸血鬼と悪魔が太陽の下を歩けるもんかい」
「神様にお願いしたんだ」
「なんでそんなお願いをしたんだい。夜の方が静かで気持ちいいじゃないか」
 クモのおばさんの質問に二人は声を揃えて言いました。
「ともだちをつくりに行くんだ」
「変な子達だねぇ。この先には人間の村しか無いよ」
「人間と友達になりたいからいいんだよ」
 吸血鬼と悪魔の言葉にクモのおばさんは怒り出しました
「なんて馬鹿な子達だい! よりにもよって人間と友達だなんて! いいかい、人間と関わったってろくなことになりゃしないよ。 良い子だから早くお帰り。そして神様に呪いを解いてくださいって謝るんだよ」
 クモのおばさんはそう言うとお尻の糸をつたってするすると木の上に行ってしまいました。
「どうしてクモのおばさんは怒ったのかな」
「どうしてだろうね。友達がたくさんいると楽しいのにね」
 二人は初めて夜に眠りました。


 旅をして二人は最初の村にたどりつきました。
 なすびの村は家もパンも全てがなすびの形をしていました。村の人は皆なすび色の服を着ていました。
 吸血鬼と大きな大きな蝙蝠が村に入ったことで村中大騒ぎです。
 大人の男達は手に鍬を持ち、大人の女達は子供を抱えて家に飛び込んでしまいました
 なすびの長老が言いました
「吸血鬼とぉどでけぇ蝙蝠がぁ、なにしにきやったんがぁ」
「僕たちともだちが欲しくて旅をしてるんです」
 吸血鬼がそう言うと、なすびの長老は目を丸くして驚きました。
「そがぁこつ言うてぇ、わしらぁぱっくりとくぅきじゃろうてぇ」
「そんな事しないよ。でもそこのなすびのパンは食べてみたいな。ボク食べたこと無いんだ」
 悪魔がそういうと吸血鬼と悪魔は木箱に並べられたなすびを見に行きました。
 村の男達が怒ったような顔をして悪魔をじっとみていると、木箱の後から一人の子供が顔を出しました。
 大人達は大きな声で子供に逃げるように言いますが、子供はぐっと顔をしかめて動きません。
 どうやら子供は店番をしていたようです。吸血鬼と悪魔が恐いのでしょう、震える声でいらっしゃいませと言うのが精一杯でした。
「嬉しいな、僕お店で買い物するの初めてだ」
 吸血鬼が嬉しそうにお金を出すと、子供はちいさな両手で計算をしてパンを何個か紙袋に入れて吸血鬼に渡しました。
 ぱくり
 吸血鬼はパンを一囓りすると、美味しい!と大きな声で言いました。
 ぱくりぱくりぱくり
 あまりにおいしくて紙袋に入っていたパンを吸血鬼はどんどん囓ります。
「ずるいずるい、ボクも食べる!」
 悪魔は紙袋に手を延ばしましたが、うまく掴めません。手が大きすぎて紙袋に入らないようです。悪魔がもごもごしていると、店番をしていた子供が木箱の上にのって来ました。
「とーちゃんのパンは村で一番うめぇんだぞ」
 そう言って悪魔の手の上に新しいパンを置いてくれました。
 悪魔もパンを囓ると、美味しい美味しいと食べ始めました。吸血鬼と悪魔が何度も美味しいと言いながらパンを食べるのが嬉しいのか、店番をしていた子供も笑顔になってきました。
「長老もとーちゃんらもそげんおっかねぇ顔してねぇで。吸血鬼とどでけぇ蝙蝠だらぁ、こげな上手そうにパン食べる客ぁ悪い人じゃなか」
 パン屋の子供がそういうと、長老と男達は顔を見合わせて困り出しました。
 そんな事も気にせずに、吸血鬼と悪魔は悩んでいました。二人はまだパンを食べたいのですが、お金の残りも気になります。旅はまだ始まったばかりなのです。
「なん、そげなパンが気にいったんか」
「だって美味しいんだもん」
 吸血鬼と悪魔がそう言うと、パン屋の子供も楽しそうに笑いました。パン屋の子供が楽しそうにしていたか

らか、家の中から覗いていた子供達が次々と出てきました。家の中から母親が止める声が聞こえますが、子供達はどんどんでてきます。
「パンよかうちのキャンディのがうめぇぞ! 」
「なぁなぁ! うちんクッキーも食べてみぃ!」
 あっというまに子供達にかこまれた吸血鬼と悪魔はなすびの形をした食べ物をいくつも貰いました。どれを食べても嬉しそうに、とても美味しそうに食べる二人に、子供達も大喜びです。
 子供達が傍に行っても吸血鬼も悪魔もなにもしないのを見て、大人達も二人を受け入れ始めました。
 どれもこれも美味しく、沢山食べたい二人がお金の心配をしているとわかった長老はこう言い出しました。
「だらぁ、仕事するがえぇ。確か水車が壊れとん、なおせんか。向こうにゃ邪魔な大岩があって困っとるしなぁ」
 なすびの長老に言われたとおり吸血鬼は壊れた水車を綺麗に直し、悪魔は邪魔な大岩を遠くに運びました。そのお礼に二人はたくさんの食べ物と寝る場所を借りました。次の日も次の日も、吸血鬼と悪魔は村の人に頼まれたら喜んで手伝いました。
 二人と村の人達は友達になれましたが、だれも二人の呪いを解く方法は知りませんでした。
 ずっとこの村に住まないかと誘われて二人は悩みましたが、吸血鬼と悪魔はまた旅にでることにしました。
 もう一度あのお姫様に会いたかったのです。
 なすびの村の人達は、また遊びにおいで、と旅立つ二人をいつまでも見送ってくれました



 なすびのパンを食べていた二人の傍に、ヘビのおねえさんが話しかけてきました。
「あら、吸血鬼と悪魔がパンを食べているなんて、具合でも悪いの?」
「なすびの村で友達に貰ったんだ。とっても美味しいよ」
「人間を友達だなんて、あなたたち気は確か?」
 ヘビのおねえさんはちろちろと赤い舌をだして言います
「人間なんて森を汚くするだけじゃない。人間に関わるといつか大変な目に会うわよ。薄暗い森の奥で静かに暮らすのが一番だわ」
 そういってヘビのおねえさんは森の奥に行ってしまいました。
「なすびの村は良い人達ばかりだったのにね」
「こんなに嬉しいのにね」
 二人はパンを食べると、なすびの村を夢に見られるようにと願って眠りにつきました。


☆☆☆



 一時休憩がとれたルシファと香玖耶、早雪の三人が休憩室としてあてがわれた衣装部屋に向かった。
 撮影が終わりに近づくと、撮影スペースには次のお客さんが入ってくる事がある。誰もが写真を撮るのを楽しみにしているのだろう。次々と、お客さんは入れ替わるがポラロイドを一緒に撮っているルシファ達は殆どスポットライトの真下だ。本撮りの数枚は、一分も掛からず終わることもある。その間彼女たちはずっとライトに照らされ続け、付きっぱなしのライトは室内温度30度越えを叩き出す。ライトの真下は室内温度にプラスが付き、いくらムービースターといえども長時間の高温と、慣れない仕事にくたくただ。
「ら、ライトがあんなに熱いなんて初めて知ったわ……」
「ふええ〜。頭がぐるぐるするよぉ〜」
 早雪が扉を開ける。鏡に囲まれた部屋は綺麗な模様の絨毯が敷かれ、挟まれるようにフィッティングルームがぽっかりと穴を開けていた。真ん中にはテーブルと椅子が人数分置かれている。おにぎりとお弁当、お茶やコーヒーといった飲み物からシュークリームやチョコレート、冷えたゼリー等のおやつまで置かれていた。予定外の仕事が増えたので店員が気を利かせてくれたのだろう。三人の疲れと空腹をすこんと吹っ飛ばしたのはフィッティングルームの傍で立っているレイドと、鏡にもたれ掛かり難しい顔をしているヴェルガンダ。足を組んで椅子に座り紙を睨んでいるユウレンだった。
 レイドはなぜか、星形のブラジャーとカボチャパンツにマントを付け、頭には薄っぺらい金色の王冠を乗せていた。カボチャパンツの下からは微妙に生え始めたすね毛がちらほらと自己主張している。
 ぶっちゃけると半裸。
 ありえない格好のレイドに三人はぽかんとした顔になったが、レイドは普通に、
「おう。もう時間か。さっき……」
 と、話を続ける。三人が戻ってきたらユウレンが撮影所に向かう事になっているらしい。ルシファは一人レイドの衣装が可愛い、目からビーム出せそうと喜んでいた。レイドの説明に相槌を打ちながらも香玖耶はそっとユウレンに近づき彼女が手に持っている紙を覗き込む。
「確かに、カボチャの王様だけど……これ、新生児女児用ってなってるわ」
「えーと、赤ちゃんの女の子用を着てるって事?」
 そうね、と香玖耶は頷き、早雪と一緒にレイドを見る。レイドは赤ん坊の、しかも女の子の衣装を身に纏っている事を理解するとショックなのか、ふるふると身体を振るわせ何かに耐えている。衣装の説明書らしい紙にはひらがなで「かぼちゃのおうさま」と書かれているが、レイドもユウレンもマトモに読めるのはひらがなだけだったらしく、その下に続く漢字が読めなかったようだ。わざわざ小さいサイズの衣装を魔法でも使って大きくしたのだろう。殆ど仕事といった仕事のないレイドが、何かしようとした結果が女装赤ちゃんプレイという大変残念な事となった。
「……その格好、とてもよく似合っているが……すまん。間違えたようだ」
「似合ってるって! 良かったねレイド! 大丈夫だよハロウィンだもん、きっと誰か同じ格好してる人いるよ!」
 ルシファの優しさがトドメとなり、レイドは震えることも止めて石のように立ちつくした。彼の心情を語るかのようにころん、と手作りの王冠が床に転がる。
 香玖耶はその場から逃れようと身を翻すが肩にユウレンの手が置かれた。ぽんぽん、と優しく肩を叩かれると香玖耶は苦笑する。
「そういえば、あなたのご指名だったわね。お願いしてもいいかしら?」
「……暇つぶしも無くなったし、他にできそうな事もないからな。ゆっくり休め」
 レイドの横を通り抜けてユウレンが扉を潜ると、奥にいたヴェルガンダも動き出す。後を付いてきたヴェルガンダをちらりと横目で見たユウレンはもう一度レイドを見ると、何かに納得したように扉を開け放し、ヴェルガンダが廊下に出るのを見てから扉を閉める。ぱたん、と扉が静かに閉じるのを見送ったレイドは、ギギギと音がしそうな動きでルシファ達を見る。
「……さ、さぁさぁ! 私達は着替えましょ! せっかく可愛い洋服が沢山あるんだから!」
「うん! ルシファもレイドみたいな可愛いの着る〜!」
 二人がフィッティングルームに入るとシャッとカーテンが閉められる。衣装やアクセサリーをお互いに合わせているのだろう、楽しそうな声だけが絶えず続く中、早雪はじっとレイドを見ていた。

 ―美味しそう―
  
 早雪にとって魔力や魔法といった類の物は食料だ。そういった物を使用する人物が罪や罪悪感、後悔といった念を抱えているとそれがスパイスとなってよりご馳走になる。ルシファも美味しそうではあるが、根が素直で前向きな彼女より、香玖耶やユウレンの方が美味しそうに見える。只でさえ悪魔であるレイドは特に美味しそうに見えるというのに、今は鬱々とした雰囲気を纏い早雪の食欲を刺激した。
 元々、常に空腹状態である早雪が撮影の合間も香玖耶に手を出さず我慢していたのは、彼自身が笑顔や楽しい雰囲気が好きだったからだ。今は休憩時間で迷惑も掛けない。そして、目の前には豪勢なご馳走だ。早雪の手は自然とレイドに伸ばされた。


 がたがたとカーテンの向こうから音が聞こえ始めた。何してるんだろう、と香玖耶とルシファが不思議そうな顔を見合わせるとレイドの叫びが聞こえだした。
「……っ!! おまっ! やめろ早雪! おい!」
 衣装を脱ぎ、下着姿の香玖耶はカーテンを掴むと顔だけひょっこりと覗きだす。何をしてる、と言おうとした口はぽかんと開けられたまま止まり、香玖耶はレイドと目があうと慌てて顔を戻す。
「何! なになに! 今のなに!!」
 香玖耶は今見た物を確かめるようにそうっとカーテンを開け部屋を覗く。香玖耶は見間違いなどしておらず、確かに、早雪がレイドに抱きついていた。首元に紐で結んでいたマントは左肩を露わにしてずり落ち、レイドがつけていた星形のブラジャーを頭に乗せた早雪は首元に顔を埋めている。その頭をレイドは鷲掴みにしているのだが、押さえつけているのか引き剥がそうとしているのかは見ている分にはわからない。
「お、お邪魔しました〜」
「香玖耶! 何度も見るな! ってか見てるだけかよ助けろ! 引っ込むな!」
 カーテンの向こうに消えた香玖耶に助けを求めながら、レイドはぷかぷかと浮いている早雪に抱きつかれたままフィッティングルームへ走り寄る。運悪くずり落ちたマントに足を取られたレイドは早雪と共にカーテンに突進し、そのままフィッティングルームに倒れ込んだ。
「あ」
 ふわりと浮いたカーテンはゆらゆらと揺れながら元に戻る。床に倒れ、カボチャパンツのみ纏っている状態のレイドの上には早雪が頭に星形のブラジャーを乗せたまま香玖耶とルシファを見上げていた。ボディスーツ姿の香玖耶がドレスをウエストで支えている格好で、ライトに光るサテン布の真っ白なミニスリップ姿のルシファは、先程まで着ていた魔女の衣装をかけたハンガーを持ってぽかんとしている。
「――――!!!」
 不可抗力とはいえ女性の着替えを覗いた罪は重い。香玖耶は手早く背中の編み上げを結びドレスを纏うと早口で魔法を唱え、精霊を召喚した。追い出すだけでは許されない。多少痛い目を見て貰おうと呼び出した精霊は何故か、早雪を見ると香玖耶の背中に隠れてしまった。
 精霊が自分の背中に隠れてしまい動揺している香玖耶の手を早雪が掴む。一瞬の間を置いて香玖耶は背筋を走り抜けるぞくりとした物を感じた。このままじゃ危険だ、と得体の知れない恐怖を感じ手を引っ込めようとするが早雪の手は離れない。白く細い腕からは想像も付かない力と、香玖耶の手首にじわじわと近寄る早雪の顔。ずっと絶えることの無かった早雪の優しい微笑みが消え、赤い眼が猫のように細められていくのを見た香玖耶は、開いている手で素早く太腿の鞭を取りだす。
 威嚇の意味を込めて早雪の顔を掠めるように鞭を降るが、彼の手は一向に離れない。長すぎる香玖耶の鞭はそのまま床に突っ伏していたレイドにぶつかった。
「ぃいってぇ! あだだだだだ! 香玖耶! 鞭はよせ鞭は!」
「冗談でしょう!? 覗きどころか入ってくるなんて信じられないわよ! 早く出て行きなさい!!」
「その精霊も美味しそう……」 
 ドンッ と建物全体が揺れ、叫び合っていた三人はぴたりと声を止め辺りを伺う。何か、異様な気配を感じルシファが皆を見渡すと、赤い瞳を細めた早雪が口を開いた。
「これは……撮影所の方、かな」
 その言葉にレイドと香玖耶が頷くと、三人は部屋を飛び出した。
「ルシファはここにいろよ!」
「え、え?」
 扉が閉まる直前レイドがそう叫ぶと、ルシファは一人残されてしまった。おろおろと落ち着かない仕草で首を動かした後、ルシファはハンガーに掛けられたマントを二つ抱えて部屋を飛び出した。



☆☆☆



 旅を続けた吸血鬼と悪魔は大きな壁に囲まれた街を見つけました。
 二人が大きな門に近寄ると、二人のキュウリの騎士が鋭い槍を向けてきました。
「吸血鬼が巨大な蝙蝠を引き連れて来るとは!我がキュウリ騎士団領を襲いに来たか!」
 二人はなすびの長老に言われたとおり、なすびの村から仕事をするために来たと言いました。
「ムムム、そんな話しは初めて聞くが、一応確認してきてやる」
 キュウリの騎士はそういうと大きな門の中に入っていきました。その間もう一人はずっと二人に槍を向けています。
「やっぱり最初は皆怒るんだね。ボク達ただ友達が欲しいだけなのに」
「でもなすびの村の人達と友達になれたんだ。ここでも友達になれるよ」
 キュウリの騎士が戻ってくると二人は中に入れて貰えましたが、悪魔の言うとおり最初はどの騎士も睨んできました。一番偉いキュウリの騎士団長は怒ったような顔で二人に仕事を与えてくれました。
二人はなすびの村と同じように、なんでも喜んで手伝います。馬や牛よりも沢山の重たい物を運べる悪魔と、いろんな戦い方を知っている吸血鬼と話し続けたキュウリの騎士達はだんだん優しくなってきました。
 吸血鬼の言うとおり、キュウリの騎士達とも友達になれたのです。
 ですが、ここでも二人の呪いを解ける人はいませんでした。
 二人が旅立つ日にキュウリの騎士団長はこう言いました。
「この先にあるトマトの国に行くと良い。トマトの姫には手紙を送っておいたから大丈夫だ。また近くを通った時にでも寄るといい。いつでも歓迎しよう」
 吸血鬼と悪魔の旅が無事に終わるように、キュウリの騎士達はいつまでも祈ってくれました。



 二人が沢山の友達が出来たことを嬉しそうに話していると、どぶねずみのおんなのこがくすくすと笑っていました。
「本当だ本当だ。本当に人間と友達になっている吸血鬼と悪魔がいるわぁ。なんておばかさぁん」
「キミはボク達を知っているの?」
「有名よ有名よ。また悲しい最後を迎える歴史が繰り返されるって有名よぉ」
「そんな事ないよ。僕たちはたくさん友達ができたんだ」
「ウフフウフフ。でもまだ呪いへ解けてなぁい。知っている知っている? 人間はとっくに呪いを解く方法なんて忘れているわぁ」
 どぶねずみのおんなのこは楽しそうに笑うとひょいと穴の中に入りました。
「なすびの村でもキュウリの騎士団領でも友達になれたんだ。大丈夫だよね」
「もちろんだよ」
 二人は今までと同じように眠りにつこうとしましたが、どぶねずみのおんなのこの言葉が忘れられませんでした。 



☆☆☆ 



 ヴェルガンダは無反応が一番キツイ事を知った。ユウレンが呼ばれたのはカップルのハロウィン写真を撮るためだった。いつもなら機械で風をおこすかパソコンで合成するかだった羽根や飾りをユウレンの魔法で実際に浮かせて撮影する。ハートマークを撒き散らし楽しそうに撮影場所に入ってくるカップルにユウレンとヴェルガンダは姉弟か、と聞かれヴェルガンダは無言で犬の姿に戻った。ある意味、それが不運の始まりでもある。
 何組かのカップルの写真が取り終わると次はペットの撮影にはいり、ヴェルガンダは何故か一緒にカメラに収まるようになっていた。人間の言うことが理解でき、犬とも意志疎通が可能なヴェルガンダはカメラマンにとって天からの恵みだ。と女性のカメラマンに言われ、ヴェルガンダは
―断る。俺は犬じゃない―
 と、吠えた。だが、その一声をカメラマンは任せろ、と答えてくれたのだと認識した。今はペットの犬と一緒にハロウィンの格好をさせられライトの下にいる。マントと魔女帽子をつけられたり、蝶ネクタイのついた首輪をつけられたりとスタイリストにもみくちゃにされながらいくつもの衣装を纏ったが、ユウレンは無表情
のままカメラマンに指示された通り飾りを浮かせたり光らせたりしていた。指を指されて爆笑される方がまだましだ、とヴェルガンダは溜息をつく。
 スタッフの一人がそわそわと時計を何度も見始めた頃だ。かたり、かたりと濃い影になった部屋の隅から音が聞こえだし、皆が不思議そうに顔を見合わせる。何の音?君が音をだした?とお互い問いかけるようにしては、首を横に振る。スタッフの一人が小さく、やだ、また?と呟くと、不気味な現象に客が早く終わらせてくれ、と言いだした。
 カメラマンがシャッターを切る。バシャッと大きくフラッシュが瞬くとヴェルガンダの背後に巨大な化け物が現れていた。
 ユウレンは浮かせていた飾りを全て化け物に向かって飛ばし、その隙にヴェルガンダは隣りにいたペットを銜え飼い主に投げつけた。最愛のペットをなんとか抱えた飼い主と、シャッタースイッチを持って呆けていたカメラマン。フラッシュの瞬きと同時に現れた化け物はライトの吊された天井に頭が届き、誰もがぽかん、と見上げていた。巨大な化け物は視界に入るライトが邪魔だと言いたそうに頭を振るとライトや電源コードが次々と落ちてくる。ガシャンガシャンと音を立てて床にたたきつけられる度、スタッフは悲鳴を上げる。ガラスを床に撒き散らす中、ヴェルガンダが数回吠えるとカメラマン達は転がるように撮影所の扉に向かって動き出す。
 逃がさないとでも言ったのだろうか。巨大な化け物がおぞましい声を上げると、部屋の奥から薄汚れたり壊れたりしている人形が青白い炎を纏って飛び出してくる。
 一人でも早く部屋の外に逃がそうとヴェルガンダとユウレンが迫ってくる人形をたたき落としていると、巨大な化け物は大きな腕をユウレンに向かって振り下ろしてきた。
 ズシン、ともゴッとも聞こえる殴られた音に誰もが首をすくめ、潰されたと思ったスタッフが二人ほど気を失ってそのまま床に倒れた。実際、ユウレンは太い腕を両手で支えて無事だったのだが。
「……さすがに狭いな。早く出ろ」
 二人は特に慌てる様子もなく淡々と怪我人を出さないことだけを考えていた。両手が塞がったユウレンは巨大な化け物を押さえることに集中し、ヴェルガンダは気絶した二人に人形が近寄らないよう全身を使って応戦している。気絶した二人のスタッフを残し、最後の一人が撮影所を出ると入れ違いでレイド達が駆け入ってきた。騒ぎが起きれば来る、と知っていたからだ。二人の思惑通り、逃げていく人の足音とは別に向かってくる足音が撮影所に入ってきた。
「何事おぉぉぉぉおおおおおお!?」
「どうしたああああぁぁぁぁあ!?」
 香玖耶とレイドは入ってくるなり大絶叫だ。暗やみに紛れてもわかる巨大な何か、がでんっとそこに存在し、人形達が青白い炎を纏って襲いかかってくる。特にホラーやおばけといった類の物が苦手な二人は人形をしっかりと見てしまった。
 ぼろぼろの衣装は破れたり燃やされた後があり、化学繊維でできた髪の毛もざんばらに切られ、一部が黒くちりちりになっている。動物をデフォルメした人形は取れかかった目のパーツが一本の糸に吊されてぷらぷらと揺れている。半分ほど千切れたり破れたりしているぬいぐるみのはみ出た綿はどす黒い血が付いていて、内蔵を連想させた。
 恐い物ほどよく見てしまうものだ。多少は慣れた、とはいえ予想外のお化けとの遭遇にレイドと香玖耶は二人仲良く一歩後に退いた。飛びかかってくる人形を条件反射で斬りつけたレイドだったが、真っ二つになった人形は地面に落ちることなくまた浮かび上がる。ケタケタと声が聞こえ二人は余計に恐ろしくなった。
「わ、私接近戦苦手だから! 皆に任せて、そ、そう! そこの人を助けるわね」
「おま! いやそっちも大事だけどな!? ぇええい畜生! ユウレンそこ変われ! 俺……が……」
 近寄るよりマシだと思った事をレイドは後悔した。ユウレンが支えていた巨大な化け物も人形であり、頭は半分ほど削れて無く、ペイントされた目や唇が血を流しているように見えるのだ。その無機質で何かを怨むような存在にレイドはごくりと生唾を飲み込んだ。
「へー。こっちも美味しそうだね」
 のほほんとした声で呟いた早雪は前に出ると、襲いかかってきた人形を両手を広げて迎え、抱きしめた。にこにこと微笑みながら人形を数回撫でると、人形は纏っていた青白い炎が消え動かなくなる。姿は壊れたままで薄汚れているが、恐ろしさは感じられない。早雪はただの人形に戻ったそれをそっと置くとまた飛びかかってくる人形を迎え入れる。優しく、包み込むように抱きしめる姿だが、人形を撫でる時の細く輝く赤い瞳は先程レイドと香玖耶に迫ったときの顔だ。
 早雪に任せれば大丈夫、と悟った二人の行動は素早かった。ただの人形、と心の中で呟き続けるレイドは人形を斬りつけないよう大剣の腹で早雪に向かって打ち飛ばし、どんどん前に進んでいく。香玖耶は気絶した人達に人形が近寄らないようヒュンヒュンと音を鳴らして鞭を操り護る。ヴェルガンダが落とし損ね、向かってくる人形は鞭で絡め取り早雪の方に投げる。
 青白い炎を纏った人形は早雪によって元の姿に戻り、何体も何体も早雪の周りに山積みになっていく。辺りに飛び回っていた人形が無くなると、早雪はゆっくりと巨大な人形にむかって移動する。
「うん、その子で最後かな。こんなに食べられるなんて思ってなかったなぁ」 
「それ、食べてんのか!? ……ってことは、只の魔法だな」
 お化けの類ではないと知ったレイドは力強く床を蹴り上げ飛び上がった。空中で身体を捻り、天井を蹴りつけて反動を付け、巨大な人形の頭めがけて蹴りつけた。バランスを崩した人形は勢い良く倒れ込むが、下にいた早雪に抱き留められる。
「いただきます」
 早雪がそう言うと巨大な人形はみるみる縮んでいく。どんどん、どんどん縮んだ人形は最後には早雪の掌に収まるほど小さな人形だった。自由になったユウレンを気遣い、香玖耶が近寄るとカランと音がした。二人が音がした方に目をやると、早雪の足下に一つのフィルムが転がっている。
「もしかして、今のハザードだったのかしら」
「……かも、しれないな。……これも「あるばいと」にはいるのか?」
「どうかしらね? 色々壊れたからもう今日は続けられないだろうし、後で聞いてみましょう」
 ふぅ、とレイドは一息つくとルシファが扉を覗き込んでいるのが見えた。来るなと行っても聞かないのを知りすぎているレイドだったが、ルシファの格好を見て目を丸くし、怒鳴りだした。
「る、ルシファ! おまえなんて格好してんだ! 服きてこい服!!」
「ふえ!? え、だって香玖耶さんもまだ着替えてないから、マント持ってきたんだよ?」
「いいからお前がまず着ろ!」
「えーと、ルシファさん? 私もうドレス着てるわよ?」
「……どちらかというと、レイドが何か着るべきだと思うのだが」
 ルシファは香玖耶がまだボディスーツのままだと勘違いしマントを持ってきたが、ルシファ自身もミニスリップ姿のままだった。香玖耶はビスチェタイプのドレスを着ていたので、ルシファが勘違いしてもしょうがないかもしれない。胸元の谷間は見え、背中は編み上げになっているが大きく空いている。ボディスーツと似たような形だ。
 ユウレンの言葉に香玖耶は半笑いするしかなかった。ここに来る前のゴタゴタでマントも星形のブラジャーも置いてきたレイドはカボチャパンツしか身につけていない。ほぼ裸だ。
「…………ルシファ、そのマント一つ俺にく…………」
 レイドが一歩前にでると、ずっと静かに立ちつくしていた早雪がレイドを抱きしめた。たった今おきたハザードの解決を彼一人に任せた状態だ。きっと疲れているのだろうと思っていた彼等は早雪の行動に虚を突かれた。早雪は他の人形と同じようにレイドを抱きしめ、頭を撫でると首筋に顔を埋めた。
「い!!??」
 噛みつかれたレイドはつい声がでた。香玖耶はさっき衣装部屋で早雪がやったのは魔力を食べる為だったのかと苦笑し、ユウレンはルシファの身体をさっと半回転させ彼女の視界から縺れ合う二人の男を遠ざけた。
「え? え? なになに??」
「早雪! お前たった今たくさん食べたんだろうが! 離れろ!」
「えーと、ルシファさんはまずマントをつけて、着替えに戻ろうか。で、私はお店の人に事情を話してくるから、ユウレンさんこの人達お願いできます?」
 ユウレンが頷くと香玖耶はルシファの背中を押して早々に撮影所を出ていく。残されたユウレンは気絶した二人の傍に立つが、レイド達には背を向けていた。
「おまえら! ちょっとは助けるとかしろ!」
 ヴェルガンダも背を向けて座っていた。
 


☆☆☆


 トマトの国は真っ赤な国です。何もかもがトマトの形、二人はなすびの村を思い出しました。
 二人が関所の傍に行くと、恥ずかしがり屋で有名なトマトのお姫様が出迎えてくれました。
 トマトのように真っ赤な顔でしどろもどろに話すお姫様でしたが、トマトのお姫様も国の人も最初から受け入れてくれました。
 二人はここでも仕事をしました。吸血鬼はなすびの村で学んだ料理の仕方を、悪魔はたくさんのトマトが詰まった箱に結ばれた紐を身体に巻き付けて運びました。箱を運んでいた悪魔が不思議そうに言いました。
「なんでだろう? いままでより大きくて重たいよ」
「トマトがたんまり詰まってるから重たいんだろ! にしたってあんたのお陰でいつもより早く終わって助かったよ!ありがとうな!」
 なすびの村やキュウリの騎士団領に比べてあまり運べなかった事が不思議だった悪魔でしたが、ありがとうと言われた事が嬉しくてすっかり忘れてしまいました。悪魔と吸血鬼は今までより仕事の量が少なかったのは、友達になるのが早かったためだと思いました。ですが、トマトの国でも誰も呪いをとく方法を知りませんでした。
 二人はゆっくりしたい気持ちもありましたが、旅立つ事にしました。
 はやく呪いをとく方法を知りたいと思い始めていたのです。
 旅に出るという二人をトマトのお姫様は止めました。
「あ、あなたたち、が、会いたいお姫様、は、たぶん、か、カボチャのお姫様。で、です、が、カボチャの国、は今、大変な事に、なっ、てます。今はい、行かない方が、良いで、すよ」
「ありがとうトマトのお姫様。でも僕達、カボチャのお姫様が困っているなら何か手伝ってあげたいんだ」
 吸血鬼と悪魔がそう言うと、トマトのお姫様は真っ赤な顔で頷きました。
「で、では、カボチャの国、に、向かう途中、気を付けて。ジャガイモのレジスタンス、という、人達、が、いるそうで、す」
「わかったよ。ジャガイモのレジスタンスだね。あのねトマト姫、最初からボク達を受け入れてくれた所はトマトの国が初めてだったんだ。ボク、すっごい嬉しかったよ」
「そうだね。本当にありがとうトマト姫。僕達、また必ず遊びに来るからね」
 熟れたトマトのように顔を真っ赤にしたトマトのお姫様は嬉しそうに微笑みました。
 トマトの国の人達も、またねと叫びながら、ずっと二人を見送ってくれました。



 真っ赤なトマトのジュースを二人が呑んでいると、ガのおとうさんがひらひらと近寄って来ました。
「人間と同じ事したってどうしようもねぇぞ。お前らは人間にはなれねぇし、友達になるのだって一瞬だ」
 ガのおとうさんが難しい顔をしてそういうと、吸血鬼と悪魔は首を傾げました。
「僕達、友達は欲しいけど人間になりたいわけじゃないよ?」
「人間と同じ仕事して同じ食い物食ってんのに人間になりたいわけじゃねぇのか。でもな、人間は人間じゃないと友達になんざならねぇよ。それに、呪いかけて昼間に会わないと話しもしてくれないやつらが友達か?」
「でも、ちゃんと友達になってくれたよ」
「人間はあっちゅーまに忘れるんだ。お前達が次ぎに行ったときにはもう、お前らの事なんざ忘れてるぜ」
 ガのおとうさんはそういうと、ひらひらと飛んでいってしまいました。
「忘れないよね」
「ボク達が忘れなければ、忘れてないよ。だってこんなに嬉しい事なんだもの」
 吸血鬼と悪魔は不安になりました。人間の寿命があまりに短いことを忘れていたのです。
 二人は相談しましたが、やっぱり旅を続けることにしました。


☆☆☆



 事情を話した香玖耶が店員と共に撮影所に戻ると、いつもの服を着たルシファとレイドがいた。何故か早雪はユウレンの二の腕に唇を付けており、疲れ切った顔のレイドが短く変わって貰ったと言う。
「えーと、まぁ、ハザードは無くなったけど撮影場所はこういう状態なんですが、どうしましょう」
 話しを逸らすように香玖耶は店員に問いかけると、店員は生返事を返し早雪達から部屋に視線を移した。
「これじゃぁもう撮影できそうもないし、しょうがないね。怪我人も出ないですんだだけ有り難いよ」
「それで、壊れちゃったライトとかは……」
「ん? あぁ、気にしなくて良いよ。最近変なことが起きてたのもハザードが原因だろうし、解決して貰ったのも助かったしね。もちろん、今日の分のお給料は渡すよ」
 自分たちのせいでは無いが、戦った事で物が壊れたのは事実。誰よりもバイト代が欲しいはずのルシファにただ働きさせずにすんだ事に香玖耶はほっとしてルシファを見ると、ルシファは山積みになった人形の傍でしゃがみ込んでいた。
 人形でも見ているのかと思ったが、ルシファは何かを拾い上げると小走りで近寄ってくる。
「あの! これ絵本のですよね! 吸血鬼さんと悪魔さんの!」
 ルシファが手にもった四角い箱を店員に見せて言うと、店員は笑顔で頷いた。
「あぁ、そうだよ。作者が銀幕市の人でね、小道具として置いてあるんだ。装丁だけ真似たレプリカだから中身はないけど……知ってるんだ?」
「はい! この本が欲しくて今日バイトしたんです!」
 頬を赤らめたルシファが笑顔で答える姿にレイドはあの本が欲しかったのか、と改めてルシファが持っている本に視線を落とす。へぇ、と呟いた店員が手をぽん、と鳴らしてこう言い出した。
「じゃぁその絵本の衣装でも着てみるかい? たしか演劇で使った衣装がまだ残ってるよ」
「本当ですか!?」
「捜して部屋に持っていくから待っていてくれるかい? その衣装で最後にチラシ配ってくれたら、バイトは終わりでいいから」
 そう言って店員が撮影所を後にした。
「あら、ちょうど五人だし皆でこの衣装着ましょうよ。ねぇ、早雪さんとユウレンさんもいいで……って、早雪さんまだ噛んでるの!? 長すぎじゃない!? ちょ、ユウレンさん大丈夫なの!?」
 二の腕に唇を付けたままの早雪を香玖耶が引き剥がした。ユウレンは心配そうに見るルシファの頭をぽんぽんと叩き、大丈夫だ、と言うと早雪が
「もうちょっと食べたいんだよね。あ、香玖耶くんもちょとだけ噛ませてよ。ね? 痛くないから」
「えぇ!? ん〜、しょうがないわね、少しだけよ? 本当に少しだけよ!?」
 恐る恐る香玖耶が手を出すと、早雪は指先を少しだけ口に銜える。痛みが全くないのを感じた香玖耶は安心して空いている手でルシファの本を指差し、もう一度二人にお揃いの衣装を着ることを確認した。
 指を口に銜えたまま早雪はん、と返事をし、ユウレンも少し間を空けたが頷いた。
 みんなでお揃いの衣装を着られるんだと呟いたルシファはえへへ、と笑うとレプリカの本をぎゅっと抱えた。嬉しそうに笑うルシファの姿にレイドは苦笑する。
「良かったな、ルシファ」
「うん! ヴェルちゃんのお洋服もあるといいねぇ!」
 そう言われ、ヴェルガンダはやっと自分が今犬用の洋服を着ていることを思い出した。
 

 しんと静まりかえった部屋でユウレンは一人座っていた。休憩室として使った衣装部屋は綺麗に掃除され、ゴミは一カ所に纏められている。ルシファと香玖耶、早雪の三人は着替え終わると直ぐに外に出ていき、最後の仕事であるチラシ配りを店先で始めているだろう。豪奢なドレスを纏った女性が二人とハロウィンにぴったりの吸血鬼が一人、あの三人が笑顔を振りまいてチラシを配るならあっという間に終わるだろう。
 いつまでも空かないフィッティングルームにはレイドが入っている。カーテンを顔で押し上げてのそりと出ていたヴェルガンダを見るとユウレンは立ち上がり、誘われるようにフィッティングルームに入っていった。
「静かなもんだな。さっきまでの騒ぎが嘘みたいだ」
 本当の、王様の衣装に着替え終わっているレイドはフィッティングルームの真ん中で胡座をかいていた。鏡越しにユウレンに話しかけるレイドは、申し訳なさそうに苦笑すると包帯を持った右手を挙げる。
「……この街で、騒がしくない日が在る方が、稀だろう」
 靴を脱ぎ、レイドの背後に膝立ちになったユウレンは包帯を受け取るとレイドの右目に付けられた眼帯の上から巻き始める。
 眼帯を外す気など最初からなかったレイドは王様と書かれた二枚のラフ画を見て安堵した。二枚目のラフ画には右目に包帯が巻かれ、眼帯を外さないですむからだ。ちゃんと衣装を着ないとルシファが嫌だったのかと勘違いしてしまうだろう。それだけは避けたかった。
 レイドは何度か自分で包帯を巻いたが、少し動くと解けてきた。誰かに巻いて貰おうにも、ルシファと香玖耶は着替えに時間がかかるだろうし、眼帯を取ればいいと言われたらどう言い返して良いのかわからない。早雪はまだ自分に近づけたくない。ヴェルガンダは今人間の姿をとると、この後が持たない。ルシファは、みんなでハロウィンを楽しみたいのだ。
 静かなフィッティングルームの中でするすると包帯を巻く音だけが響く。
「悪いな」
 レイドの言葉にユウレンは鏡越しに目を合わせると、
「……そんなに悪いもんじゃない、さ」
 と答え、包帯を解けないよう止めた。



☆☆☆


 カボチャの王国を目指していた二人を、急に大勢の男の人が取り囲みました。
 剣や銃を持った逞しい男達が、二人を睨んでいます。ですが二人は怖がりません。
 吸血鬼と悪魔は何時もと同じように声をかけました。
「こんにちは、僕達になにかお手伝いでもさせてくれるんですか?」
 何か困っているのなら手伝いたい。そうしたらお友達になれる。二人はそう信じていたからです。
 同時に、そうすれば二人とも不安が無くなるとも思っていました。
 一人だけ馬に乗った男の人が声をかけてきました。
「おぉおぉ、ちょぉ〜っと手伝って欲しい事があってな。兄ちゃんたちどこ行くんだ」
「ボクたちカボチャの王国に行くんだ」
 男達は顔を見合わせた後、大笑いしました。
「今カボチャの王国に行くって!? 馬鹿いうな。あそこは戦争が始まりそうだって大変なんだぞ。それに、 通行証がないと王国には入れないぜ?」
「通行証はないけどお姫様からもらった箱ならあるよ」
 悪魔がそういうと男達の笑い声がぴたりと止まりました。ひそひそと小声で話し合った後、馬に乗った男の人が言いました。
「もしかして、カボチャの姫の馬車を運んだっていうのは兄ちゃんたちかい」
「そうだよ」
「そうかいそうかい。で? その箱は開けたのかい?」
「ううん。まだ開けてないよ」
 馬にのった男は大きな声で笑いました。
「そいつは丁度良い、いや、カボチャのお姫様から貰った箱が通行証になるぜ。そいつを王国の入り口に立ってるヤツに渡しな。じゃぁな、気を付けていくんだぜ」
「本当! 教えてくれてありがとう!」
 大勢の男達に見送られて吸血鬼と悪魔は歩き出しました。二人が見えなくなると一人の男が言いました。
「奪わなくてよかったんで?」
「ばぁか、ありゃぁ人を疑わない、中身がどうなってるかも知らないオオバカヤロウだぜ。利用しない手はないだろ。あの兄ちゃんのおかげで戦争がしやすくなるぞ」
 大勢の男達は楽しそうに笑いました




 二人が親切な男達の話しをしていると、フクロウのおじいさんが枝に留まりました。おじいさんは悲しそうにホゥホゥと鳴くと、こういいました。
「悪いことはいわん、もう諦めて帰りなされ。このままだとまた神様が悲しみなさる」
「そんなことないよ。今日だって親切な男の人達が……」
「それが間違いなんじゃ。いいかい子供達、よぉくお聞き。お前達の会った男達がカボチャの王国と戦争をしようとしてるやつらじゃよ。お前達は騙されてるんじゃよ」
「だってお話したよ。お話したから友達になれるんだよ」
「友達になれても呪いを解く方法は覚えてなかったじゃろう? 悪魔よ、その姿を今一度よぉく見てご覧。お前さんの大きかった体は今じゃ普通の蝙蝠と大差ない。このままでは消えてしまう。さぁ、もう充分だろう? 良い子だからこれ以上神様を悲しませるのはやめておくれ」
「まだ大丈夫だよ! ボクまだ重たい荷物だって持てるから仕事も手伝える!」
 フクロウのおじいさんはなんでも知っているおじいさんです。そういわれて、吸血鬼が悪魔の身体をみると、あの大きかった体は今では肩に留まっても邪魔にならないほど小さくなっていました。二人とも楽しい事ばかり考えていたので気にしていなかったのです。
 フクロウのおじいさんがまた悲しそうにホゥと一鳴きすると、吸血鬼が言いました。
「あの人達が僕達を騙してるかどうか確かめればいいんだ。今すぐカボチャの王国に行こう!」
 吸血鬼は小さくなった悪魔を肩に乗せて走り出しました。
 その後ろ姿を見てフクロウのおじいさんは泣くようにホゥホゥと鳴き続けました。


☆☆☆


 二人が表に出た時にはもう日が暮れていた。チラシ配りも終わっており、オレンジ色の明かりが照らされる中でカボチャの女王様香玖耶、カボチャのお姫様ルシファと吸血鬼早雪は同じように仮装をしている子供や大人達とお菓子を交換して笑い合っていた。カボチャの王様レイドと悪魔ユウレンが歩き出すと、ルシファは満面の笑顔で二人を迎えた。
「えへへ、みんなお揃い! すっごい嬉しい!」
「このままここにいる? それともどっか行ってみる?」
 いつもより高めに浮いている早雪がそう言うと、ルシファは全員の顔を見回す。楽しすぎて、色々な事がしたくてどうしようか、どうしようかと頭が一杯らしい。
「ルシファさんに任せるわよ。あぁ、お姫様に付いていく、の方が良いかしら?」
「え、良いの!?」
 早雪と香玖耶は笑顔で頷き、レイドも好きにしろ、とルシファの頭を撫でる。レイドの影からヴェルガンダの首根っこを掴んで持ち上げたユウレンが静かに頷くと、人間の姿になったヴェルガンダもしぶしぶ頷いた。
「えっとね、えっとね! じゃぁねぇ!! ………………」






ハロウィンの夜は 更けていった。



☆☆☆


 月明かりもない真っ暗な夜です。
 吸血鬼がカボチャの王国の入り口に走ってくると、カボチャの兵士が慌てて止めました。
「こ、こんな夜更けに吸血鬼が来るなんて! 何をしに来た!」
「僕達、お姫様に会いに来たんだ! この箱が通行証になるんでしょう! 通して!」
 吸血鬼が箱をおしつけるとカボチャの兵士はおそるおそる箱を開けました。
 箱を開けた兵士がぎゃぁぁぁぁ!と悲鳴を上げるとあっというまに入り口の周りは明るく照らされました。
 手にたいまつを持った沢山の兵士が吸血鬼の周りをぐるりとかこんでいます。
「つ、捕まえろ! 吸血鬼が襲ってきた!」
「違うよ! 僕達そんな事しない! ただ……」
「黙れ吸血鬼が! 姫様の名前までだして、よくもこ、こんな腐ったカボチャを! 通行証だと!!」
「く、腐ったカボチャだと! 大変だ! すぐ王様と女王様に知らせなければ!」
「待って! 待って! お願い話を聞いて!」
 吸血鬼の声も虚しく、吸血鬼と悪魔は兵士に捕らえられて真っ暗な牢獄に閉じこめられてしまいました。
 閉じこめられてから暫くは吸血鬼も大きな声で叫んでいましたが、いつまでたっても扉が開くことはありませんでした。

 天井から糸をたらして降りてきたクモのおばさんがいいました。
「だから言ったんだ。人間に関わるとろくなことにならないって」

 影の中でちろちろと赤い舌をだしているヘビのおねえさんがいいました。
「この薄暗くて静かな場所が私達の居場所なのに太陽の下になんかでようとするからよ」

 壁の隙間からどぶねずみのおんなのこが顔をだしていいました。
「あ〜ららあ〜らら。人間は腐った野菜を嫌うのよぉ。そんな事も知らないのに友達だなんて、おばかさぁん。腐った野菜が一番美味しいのにねぇ」

 部屋の隅で羽を休めているガのおとうさんが言いました。
「だから人間は人間としか友達になんかならねぇって言ったろ。お前達の言ってるカボチャのお姫様だってお前らのことなんかとっくに忘れてるさ」

 ホゥホゥとフクロウのおじいさんの悲しい声が聞こえます。
「あぁ、また神様が悲しまれる。もう二度とこんな事は起きないでくれと思っておったのじゃがのぅ」


 牢獄に響く声の中で吸血鬼と悪魔はしくしくと泣き出しました。
 悪魔は吸血鬼に言いました。
「ごめんね、ごめんね、ボクが箱を持っているって言わなければ良かったんだ。フクロウのおじいさんが言うように騙されたんだ」
 吸血鬼は悪魔に言いました。
「違うよ、僕がカボチャの王国に行くって言わなければ良かったんだ」
 吸血鬼と悪魔は自分が悪いんだ、とお互いに言い合いました。
 それでも、旅に出なければ良かったとは言いませんでした。なすびの村もキュウリの騎士団もトマトの国も楽しかったね。みんな優しかったねと言っては涙を流します。
 しくしく しくしく
 吸血鬼と悪魔は静かに泣き続けます。神様に悲しい思いをさせる事を謝りながら、初めての友達がこんな事になってしまう事を悲しみながら。



 それから何日が経ったでしょうか。太陽の光が見えない牢獄ではもう何日経ったのかもわかりませんでした。太陽が無くても、真っ暗でも吸血鬼も悪魔も平気でしたが、悪魔はどんどん小さくなって、今では吸血鬼の掌にすっぽりと収まってしまいます。
 吸血鬼は何日も食べ物を食べていないせいでどんどん弱っていきました。呪いが悪魔を小さくするなら、吸血鬼は食べ物を食べないといけなかったようです。今まで食べ物に困ったことがなかったため、吸血鬼は食べないと弱るという事を知りませんでした。
 悲しい結末になってしまうと思ったのか、もうフクロウのおじいさんの鳴き声は聞こえません。クモのおばさんもヘビのおねえさんもガのおとうさんも見あたりません。最後まで残ったのはどぶねずみのおんなのこでした。
「なによぉなによぉ、まぁだ人間と友達になれるって思ってるのぉ?」
 どぶねずみのおんなのこがそういうと、吸血鬼と悪魔は頷きました。
「違うよ、友達になったんだ。お話したら、ちゃんと友達になれたんだ」
「また遊びにおいでって約束したんだ」
「あぁ、その約束も護れない」
「じゃぁねぇじゃぁねぇ、どうせなら最後にカボチャのお姫様に会いに行ってみれば?」
 二人が泣くのを止めると、どぶねずみのおんなのこは壁穴からでてきました。壁穴から外の光が入ってきました。覗き込むと草も見えます。
「ふふんふふん。そんだけ小さくなったら通れるでしょぉ。ねずみは結構人間好きなのよねぇ〜。だって食べ物ボロボロ落としてくれるの人間だしぃ。でもねぇ、ねずみは優しくないのぉ。もう少しでその扉が開くわよぉ。さっき聞いちゃったのよぉ。もうすぐこわぁい兵隊さんが来てつれていかれるわよぉ」
 ウフフウフフとどぶねずみのおんなのこは楽しそうに笑うと、悪魔は吸血鬼に言いました。
「ボクはキミほど頭は良くないけど、必ずカボチャのお姫様に会って助けて貰えるよう話してくるよ」
 吸血鬼は悪魔に言いました
「うん。僕はキミがカボチャのお姫様と一緒に来るのを待ってるよ」
 吸血鬼と悪魔が笑い会うのを、どぶねずみのおんなのこはつまらなそうに見ていました。
 どぶねずみのおんなのこに悪魔は言いました。
「教えてくれてありがとう。キミは充分やさしいよ」
 吸血鬼もどぶねずみのおんなのこに言いました。
「うん。もし、僕達が無事にここを出られたらキミも僕達の友達になってくれる?」
 どぶねずみのおんなのこは驚きました。そんな事を言われたのは初めてだったのです。
「ウフフウフフ。無事だったら考えてあげてもいいわぁ」
 そういってどぶねずみのおんなのこは壁穴の向こうに行ってしまいました。
「待っててねボクの友達、必ずカボチャのお姫様に会ってくるよ」
「待ってるよ僕の友達。また二人で旅をしようね」
 悪魔は壁穴を通り抜けていきました。




 悪魔はちいさな身体で一生懸命飛び回りカボチャのお姫様を捜しました。
 旅を初めて直ぐの頃はひとっ飛びだった距離が今では何度も何度も羽根を動かさないと移動できません。
 太陽はどんどん動いて行きました。
 大きなお城をぐるぐると飛び回り、悪魔はやっとカボチャのお姫様を見つけました。
 綺麗に咲いているお花に囲まれていたお姫様の傍いくと、急に現れた蝙蝠にカボチャのお姫様は驚きました。
「カボチャのお姫様ボクだよ。キミの馬車を運んだ蝙蝠だよ」
 見上げるほど大きかった悪魔が自分より小さくなっている事でカボチャのお姫様はなかなか信じてくれません。困った顔をしているお姫様に、悪魔は合い言葉を言いました。初めてあったときに教えた吸血鬼と悪魔の合い言葉です。カボチャのお姫様は合い言葉を聞くとすぐに信じてくれました。
「まぁ、本当にあの時の蝙蝠さん!? 随分とちいさくなってしまったのね」
「それよりも、ボクの友達を助けて欲しいんだ。キミから貰った箱を……」
 悪魔がそこまでいうと、お城の中から大きな声が聞こえました。
 大きな声に悪魔とカボチャのお姫様が振り返るとカボチャの王様が剣を持って走ってきました。
「まだ陽も高いうちから悪魔が悪さをしにきたか!! 姫に近寄るな!」
 カボチャの王様は悪魔を剣で斬りつけました。
 ザシュッ!!
 悪魔がぽとりと地面に落ちるとカボチャのお姫様の悲鳴が響き渡りました。
「あぁ! 王様なんてことを! この蝙蝠さんは私の友達です!」
「何を言っている姫! これは悪魔だぞ!」
「それでも私を助けてくれた、私のあげたプレゼントをずっと大事にしてくれた友達です!」
 お姫様がぐったりとしている悪魔を持ち上げます。悪魔はさっきまで話していたときより小さくなっていました。
 カボチャのお姫様の手の中で、悪魔はこう言いました。
「キミからもらった箱を兵士に見せたら……ボクの友達が捕まって……牢獄に入れられているんだ。お願いだよカボチャのお姫様。ボクの友達を助けて……」
 それきり悪魔は話さなくなってしまいました。
 カボチャのお姫様はぽろぽろと涙を流して言いました。
「あぁ、あぁ、なんて事! 王様! この蝙蝠さんはただ友達を助けたかっただけではないですか!」
「泣くな姫。まだその悪魔は生きている。それに、その悪魔のいう友達というのはこれから女王の前で裁かれる吸血鬼の事。悪魔の言うことが真実ならば女王の前で言うと良い」
 最愛の姫に泣かれた王様はしかたなく、姫と悪魔をつれて女王の元に行きました。


☆☆☆


 昨日まで街中を彩っていたハロウィンのディスプレイは一つ残らず無くなっている。
 どこか寂しさを感じながら、香玖耶・アリシエートは昨日もらったジャックオーランタンのペロペロキャンディを指先でくるくると弄ぶ。
 彼女の手にあるキャンディは二つ。
 赤いリボンが頭に付いているのが女の子。
 青いリボンが蝶ネクタイのように付いているのが男の子。
「この街では『魔女』をするのも楽しいのよ。早く、この街で会えると良いわね――――」
 想い人の名前が、彼女の口から出ることはなかった。



 神撫手 早雪は至福の時が過ぎてしまった事を腹の虫が鳴ることで実感していた。
 昨日はたっぷりと、お腹一杯食べることができた。
 人形の呪いに三人の魔力、罪と罪悪感と後悔。一日にあれだけの種類を口に出来たのは何時ぶりだろう。
 また昨日のような日があるといい。
「――まぁ、誰も悲しまないってのが、一番の条件だよね」 
 にこにこと微笑みを絶やさない早雪の腹の虫が、また鳴いた。



☆☆☆


 女王の前ではぐったりとうなだれている吸血鬼が今までの事を話していました。
 友達が欲しくて友達と旅に出たこと。カボチャのお姫様の馬車を運んでプレゼントを貰ったこと。
 なすびの村で長老に仕事を教えて貰ったことやキュウリの騎士団領での出来事、トマトの国でお姫様に教えて貰ったこと。
 そして、カボチャの王国に来る前に会った男達に箱が通行証になると聞いたことを全て話しました。
 カボチャの女王様は吸血鬼の話しを難しい顔をして聞いていました。
「確かに、姫が馬車を運んで貰ったと言っていた。箱を渡したことも。だが、お前の言う友達は何処だ」
「お姫様に会いに行きました。僕達の話を信じて貰えないなら、カボチャのお姫様に助けて貰うしかなかったんです」
「お前を置いて独りで逃げたかもしれんな」
「そんな事しないよ」
 吸血鬼ははっきりとそういうと、カボチャの女王に微笑みました。
「だって、僕達は友達だもん。僕の友達は、きっとカボチャのお姫様と一緒に来てくれる」
 周りにいる兵士達は笑いましたが、女王は笑いませんでした。
 女王が何も言わないので、辺りはしんと静まります。
「では……」
「待ってください女王様!」
 小さな蝙蝠を手にしたお姫様と王様がやってくると、女王様も兵士達も吸血鬼の言っている事が本当だった事に驚きました。女王に説明するよりも先に、お姫様は吸血鬼の傍に行きました。
「ごめんなさい。せっかく私に会いに来てくれたのに、ちゃんと箱の中身を言えば良かった。蝙蝠さんにも怪我をさせてしまって……本当にごめんなさい」
 ぽろぽろと涙を流すお姫様の手の中にいる小さい蝙蝠を見て、吸血鬼は涙を流して笑いました。
「あぁ、やっぱり約束を守ってくれた」
 吸血鬼はカボチャのお姫様から大事な友達を受け取ると、ありがとう、と呟きました。
 その姿を見て女王は困り顔です。
「王よ。我が国の賢き王よ。この場合どうすればいい。腐ったカボチャを持ち込んだのは只の偶然であり、渡したのは我が国の優しき姫だ」
「我が国の聡明なる女王。吸血鬼と悪魔でも貴方のお心は揺らぎますか」
 女王様は吸血鬼と悪魔を見ました。
「……吸血鬼と悪魔だろうが、ここまで純粋な者に私はいままで会ったことがない。外見で判断し間違いを犯すところだったのは私達だ。本当の敵は、ジャガイモのレジスタンスではないか」
 王様は吸血鬼と悪魔を見てこう言います。
「では、彼等に金を?」
「我が国の賢き王よ、わかっていて聞くのが王の悪い癖だ。そんなものでは意味がない事は私にもわかる。だから、その先がわからないと、どうすればいいのかを聞いている」
 女王様は吸血鬼と悪魔に何をあげればいいのか、わかりませんでした。しかし、ジャガイモのレジスタンスが襲ってくるかもしれないのにぐずぐずしているわけにもいきません。
 二人を吸血鬼と悪魔だとわかった賢い王様に女王様は聞きましたが、王様も悩んでいるようでした。
 優しいお姫様のお願いにお医者様が吸血鬼と悪魔を見に来ましたが、人間ではない二人にどうしていいかわからないようでした。
 王様は吸血鬼と悪魔に近寄るとこう言いました。
「聡明なる女王、私も蝙蝠を悪魔だという理由で斬りつけました。無実の者を傷つけた罪を、私も受けましょう」
 王様は自分の右目をえぐり出すと、優しく悪魔をつつんでいる吸血鬼の手の上に置きました。
 すると、吸血鬼と悪魔はみるみるうちに元気になりました。
 吸血鬼と悪魔の呪いを解く方法を王様は知っていたのです。
 呪いが解けたのに太陽の下にいても身体が痛くありません。吸血鬼は変身する事も空を飛ぶこともできるようになり、悪魔も元の姿にもどっていました。二人は友達を信じた事とまた旅が出来ることを喜び合いました。
 二人が元気になったことを、お姫様は喜びましたが、王様の怪我を見てまた泣き出してしまいました。
「泣くな、優しき姫。私は悪魔を傷つけた。だから私も傷ついた。それだけだ」
「賢き王は罰を受けた。今度は私の番だ。さぁ、吸血鬼と悪魔よなんでも願いを言うが良い」
 呪いを解いて貰えたことだけで充分だと二人は言いましたが、女王様は譲りません。
 二人は話し合った結果、仕事を下さいと言いました。
「お手伝いをしたら、友達になれるんだ」
「でも、お手伝いをしないで友達にはなれないって、わかったんだ」
 二人はジャガイモのレジスタンスの事を思い出して少しだけ悲しくなりました。
 女王は二人の願いを叶えてあげました。
 元の姿に戻った吸血鬼と悪魔は今まで以上に働き者でした。トマトの国よりも、カボチャの王国の人達は最初から優しかったのです。それが嬉しくて吸血鬼と悪魔はなんでも手伝いました。
 ですが、ある日二人は旅に出ることを決めます。
 王様と話して、自分たちは一カ所に留まってはいけないとわかったのです。
 賢い王様はいいました。
「君たちの事を私は本にまとめ、残そう」
 聡明な女王は言いました。
「あなたたちが何時戻ってきても良いように、伝えましょう」
 優しいお姫様は言いました。
「毎年、この日には必ずこの王国に来てください。何処にいてもわかるように盛大なお祭りをします」


 こうして、吸血鬼と悪魔はまた旅にでました。
 毎年カボチャの王国で行われる祭りに二人は必ず戻りました。

 長い長い年月が経ち、もうカボチャの王国もなくなりましたが吸血鬼と悪魔と蝙蝠の集まるお祭りは今も残っています。

 それが、10月31日のハロウィーン
 友達になれる合い言葉はもちろん、知ってますね。
 さぁ、二人が好きなお菓子を持って、会いに来るのを待ちましょう!!



   Trick or Treat !!


☆☆☆


 ぱたん、と絵本を閉じたルシファはしばし考え込むとばたばたと出かける準備を始めた。
「なんだ? 今日誰かとでかける約束していたか?」
 すぐ傍に座っていたレイドが声を掛けるとルシファは元気良くううん!と返事をしながらお出掛けセットを鞄に詰め込んでいる。そんな姿を横目で見ながらレイドは
「しょうがねぇなぁ、何処に行くんだ?」
 と、ぶっきらぼうに言った。いつも出かけるとなれば誰かと一緒なのがあたりまえのルシファだ。誰と会うわけでもないならルシファは自分と出かけるつもりなんだと思っていた。
 レイドの読みも今までのルシファだったら間違っていなかっただろう。レイドの言葉にルシファは
「ううん! 今日はルシファ一人でお出掛けしてくる!」
 と、レイドの心中などお構いなしに元気良く言い切った。言われた意味を理解するまでレイドは時間が掛かったが、一人ぽつんと置いて行かれた部屋から飛び出して玄関で靴を履いているルシファには追いついた。
「ど、どうしたルシファ!? え? 何かあったか!?」
「ほえ? なんで?」
「いや、だって、お前。いつもなら俺も一緒にって、言うだろう?」
 本来なら振り回されずにホッとする筈だが、ルシファの急激な変化にレイドが困惑していると、子離れしようお父さん。と幻聴が聞こえた。
「あのね、お友達が欲しいから一人で出かけるようにするの! 新しいお友達ができたらレイドにも教えてあげるね! いってきまーす!!」
 レイドはルシファの姿を捜すように、彼女が飛び出していった玄関をぽかんと見つめていた。ほんの数秒レイドが呆けているともう一度玄関の扉が開き、ルシファが顔だけひょっこりと覗かせた。
「ヴェルちゃんもきちゃだめだからね! 今度一緒におでかけしよう!」
 今度こそレイドは置いていかれた。
 ハロウィンの絵本を読んだルシファは、友達が欲しいという主人公達に共感したのだろう。本の中の彼等はたくさんの友達ができていた。なら、自分も同じように一人で旅をしようと考えたが、旅と言うほど遠出はできない。家に帰らないのは皆に心配を掛けるからできないし、と考えた末、ルシファは一人でお出掛けする、という結論になった。
―もっとたくさん友達が欲しいね―
 考えてみればいつもレイドが一緒だった。銀幕市に来てから友達も沢山出来たから出かけるのも誰かと一緒の事が多くなっている。
―もっともっと、たくさんの友達ができたら、きっともっと楽しい―
 高鳴る胸に急げ急げとせかされるように、肌寒くなってきた銀幕市を走り出した。 
 

 


 一方、 玄関に残されたレイドはゴンッと柱に頭をぶつけて項垂れていた。
 良い傾向だ、と頭では思っている。ルシファも成長してきたんだという証拠だしレイドが振り回される回数も減るだろう。だが、思いのほか心のダメージが大きかったのだ。
「――――――――あ〜〜〜、なっさけねぇ」
 ルシファの笑顔や行動にどれだけ自分が救われていたかを改めて、もっとも情け無い方法で再確認してしまったレイドは軽い自己嫌悪に陥っていた。嫌われた訳ではない。きっと数日経てば、早ければ明日には何時も通りルシファはレイドを振り回す。そしてまた、今と同じように一人で出かける事もするだろう。その度に落ち込んでいては流石のレイドも持たないだろう。色んな意味で。
 ゴンッゴンッと頭を柱にぶつけた後、レイドはのそのそと自分の部屋に行き抱き枕として愛用している白イルカのユウちゃんを抱える。癒されるはずのユウちゃんはその真っ白いボディでルシファを連想し、余計に凹んだ。
「…………釣り。そうだ、釣りに行こう」
 聞き覚えのあるフレーズで台詞を吐いたレイドはふらふらと出かけ、ユウレンの海賊船で鬱々とした雰囲気を撒き散らして釣り糸を海に垂らした。長い間、ぴくりとも動かない竿とレイドを遠くから見ていたユウレンとヴェルガンダは同時に溜息をつく。
「……お前の主、なんとかしろ」
 ユウレンの言葉にヴェルガンダはふるふると首を横に振る。二人はそろってレイドを見ると、顔を見合わせて溜息をついた。

クリエイターコメントこんばんは、桐原です。
数日遅れてしまいましたがハロウィンプラノベをお届けします。


一番悩んだタイトルですが、ノベルの中で皆さんが手に入れた物がありましたので「贈り物」とさせていただきました。
ご依頼の内容から大幅に脱線しましたが、せっかく皆さんが仮装するなら、お揃いがいいな、と思いこういった流れとなりました。そろって、あつまって仮装するならみんな一緒だと、嬉しいですよ、ね?
皆様にも楽しんでいただければ嬉しいです。


口調や呼び方等、気になる部分が御座いましたら、事務局経由でご連絡くださいますよう、お願いいたします。


最後に、NPCユウレンも混ぜていただきありがとうございました。

書かせていただき、ありがとうございました(礼)
公開日時2008-11-06(木) 20:20
感想メールはこちらから